人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
押し寄せる真っ黒な波。
一体どこに潜んでいたのか、床を覆う程の無数の蜘蛛が俺たちの立つ入口へと殺到して来る。
「ロア!」
「はいよー!!」
鋭く叫んだ声に呼応してロアが柏手を打つ。
眼前に透明な膜が出来上がり、押し寄せる蜘蛛の先陣がぶつかり鈍い音を立てて中身をぶちまける。
だがすぐに次の波にのまれ、直ぐに膜は黒く埋まっていく。
「うわ……おい蛇! これじゃ時間稼ぎにしかならねえぞ」
「分かっている。――爆ぜろ、蛇」
壁を張る前に地面に放っていた蛇を一つ起爆する。
目の前に巨大な土埃……否、木屑が上がり、衝撃と余波で壁に群がる黒が吹き飛んでいく。
だが――。
「駄目ですな。数が多すぎます」
吹き飛んだ隙間を直ぐに他の蜘蛛が埋めてしまう。
どれだけ数がいるのか、これじゃ何度繰り返しても終わりが見えない。
「オレとランバじゃこの数相手は無理だ。蛇、何とかしろ!」
「お得意の金属魔法はどうした?」
「ここの魔力じゃ発動には足りねえ! 安心しろ、強化はしてやる!」
「……仕方ない」
ランバの戦法は近距離の肉弾戦。ロアは補助魔法が多く、何より壁の維持に力を注いでいる。
ここは自分が何とかせばと、蛇を剣にして抜き放つ。
「もう一回爆破して蜘蛛を退かす。その一瞬、壁を解除してくれ。俺が出る」
「わたしもたたかえますー!」
ヤマが光を帯びると、周囲の木々が呼応して動き出す。
「あれ……? うごかない木がいます……」
だが張り巡らされている木の中で、黒く染まったものだけが微動だにしない。
やはりあの木には何かあるようだが――今は考えている余裕はない。
「それだけ動けば十分だ。ヤマ、援護を頼む」
「はいー!」
「ロア! ――爆ぜろ、蛇!」
名前を叫ぶと同時に前方へと飛び出し、蛇を起爆する。
舞い上がる木屑の中を蛇の足場で駆けあがっていく。
直ぐに壁が張られるのを確かめて、周囲に蛇を解き放つ。
背後を除く全方位に魔法陣を作り上げ、魔力を叩き込む。
こんな風も碌に通らない地下で火は不味い――なら。
「凍れ、蛇!」
溜め、吸い込んだ魔力が輝きを放ち、青白い可視化された冷気が周囲へと飛び散っていく。
光に触れた途端に蜘蛛は小さな氷の塊と化し、ぼとぼとと樹や壁から剥がれ落ちる。
落下の衝撃で砕け散るものも多くいたが、大半はただ凍り付いた――だけなのだが。
「えーい!」
その上からヤマが木の幹を叩き下ろして今度こそ潰していく。
だがまだ奥の壁や垂れる蜘蛛糸に数多く残っている。
親玉らしい巨大な個体も、あの球に張り付いたままだ。
「もう一度――っ!」
再び蛇を放とうとした瞬間、眼前の『巣』が大きく揺れる。
それは彼ら独自の会話手段なのか。甲殻の擦れる音が鳴り響き、直後、無数の真っ白な何かが放たれる。
「魔王さま!」
「やべっ!?」
咄嗟に鳴る柏手の音に、眼前に壁が形成される。
ギリギリで間に合ったそれが飛来した白を防いでくれるが、止めたのは激突の衝撃だけだ。
あの巨大な個体の吐いた白い塊は凄まじい速度をもって放たれ、――そのまま壁ごと背後の木に叩きつけられた。
光線のような白の正体は、蜘蛛の糸。
追って飛んできた大量の糸で隙間なく壁に縫いつけられる。
『――――』
がさがさと鳴る音が響き、再び無数の白の一閃が襲い来る。
その量の糸をそのまま受けたら、頑丈なこの身体とて身動き一つとれなくなる可能性は高い。
「――爆ぜろ、蛇!」
故に、自分から砕く。
蛇を身体から放った瞬間に爆破し、身体を縛る蜘蛛糸ごと背後の壁を破壊する。
壁だけを壊せるように加減したつもりだが、咄嗟には調整しきれず木屑と共に血が噴きあがる。
その代わりに解き放たれた足で壁を蹴り、思い切り下へと飛び込んだ。
先程までいた場所を、無数の糸が穿ち白い塊となっていく。
他の連中があれに捕まればひとたまりもない筈だ。
飛び込んだ勢いをそのままに、中央の巨大蜘蛛へと走り抜けていく。
抜き放った蛇の剣で手当たり次第に蜘蛛を斬り飛ばしながら、限界まで魔力を吸わせていく。
刺して起爆し、一撃で殺す。
さっさと終わらせなければこちらがやられる。
蛇の足場を飛び渡り、蜘蛛の頭上を駆け抜ける。
迎撃するように無数の糸が放たれるが構わず、一直線に巨大蜘蛛を目指す。
『――――』
警戒の音が鳴り響くがもう間に合わない。
巨大蜘蛛の眼前に迫り、気味悪く開かれた頭部に剣を叩き込む。
鈍い音と硬質な感触に構わず押し込んでいき、後は起爆するだけ――。
『――――』
だがその瞬間、再び音が鳴り響く。
直後、視界の端に映る白い何か。同時に、身体にとてつもない衝撃が激突し、叩き落される。
――上からの砲撃。
咄嗟に視界を向けると、天井にはあの巨大蜘蛛と同サイズの個体がもう一体忍んでいた。
雌雄か、兄弟か。どちらにせよ完全に想定外。だが、一体は確実に殺す。
「ロア、任せたぞ!」
精一杯声を張り上げ、一匹目を貫いた蛇を起爆させる。
強烈な閃光を放った剣の蛇が、礼拝堂中央部を包み込む巨大な爆発を起こした。
***
ロアの張った壁の中で、見えていたのはほんのわずかな光景だけであった。
打ち上げられる無数の白い糸の中を縫うように駆ける魔王。
そして、誰も気が付かなかったもう一体の蜘蛛の存在。
援護するなんて豪語したにもかかわらず、何もできずにいたヤマは焦りを覚えていた。
無論動かなかったわけではない。
魔王を助けようと、あの蜘蛛を倒そうと、木を操ろうとはしたのだ。
だが、彼のすぐ傍にあったあの巨大樹の球体はピクリとも反応を示さなかった。
蜘蛛糸に包まれているからか、または別の理由なのか。
どのような原因にせよ、木は動かず、魔王は蜘蛛糸に撃墜された。
だから、彼はあんな行動に出たのだろう。
「――ロア、任せたぞ!」
「マジかよあいつ!」
自爆覚悟の彼の行動に、師匠が咄嗟に結界を張る。
直後眩い光に視界は塞がれ、爆風で眼前の結界が震える。
「ひゃああああ」
「魔王さま――!!」
ルナの叫び声が消えるころ、ようやく瞼裏に焼き付いた赤色がなくなった。
慌てて目を開けると、あの球を覆う糸は全て燃え落ち、黒い樹の塊が現れていた。
巨大蜘蛛も、魔王の姿もない――否。僅かに結界による光の反射が床に見えた。
「ま、間に合った……」
師匠が息も絶え絶えにそう言っているから、生きてはいるのだろう。
だが直ぐに起き上がることはない。
そして、天井からゆっくりと糸を垂らして、黒い影が下りてくる。
誰も気が付かなかった、もう一体の蜘蛛の親玉。
――あれは間違いなく、魔王を狙っている。
「我輩が出ます! ロア殿、結界の解除を!」
「無茶言うな! もう囲まれてるわ!」
そして、爆風で散っていた小蜘蛛もとっくに集合済み。
結界を解いたらどうなるかは目に見えている。
「――まかせてください!」
だから、自分がやらねば。
幼い思考でも明確に理解できる土壇場。そして今この時は、自分の独擅場だ。
あの蜘蛛を倒すには、強く太い木がいる。
そしてそれがあるのは――あの巨大な球体だ。
ヤマが知らないことではあるが、妖精が起こす神秘である妖精魔法は、願うことで相手が応えてくれる故に実現する。
それは妖精が意思を持つ「自然の子」であり、願う相手がいつか還る場所だからだと言われている。
木妖精にとって、その相手が「木」なのだ。彼らは、その命尽きるとともに樹に姿を変える。
だが、あの黒い木にヤマの声は届かなかった。
理由はいくら考えても分からないけれど、今必要なのはあの黒い木なのだ。
一体どうすればいいのか――。
「ヤマちゃん」
ふと、カルメが口を開いた。
ずっと黒い木を見つめるヤマを見ていたのだろう。振り返ったヤマに、思いっきり笑いかけて彼女は言う。
「声が届かないなら、直接ぶん殴ればいいの。わたしなら、そうするわ」
「……!!」
その言葉に、ヤマを支配していたモヤモヤは吹き飛んだ。
直接、殴ればいい。
凡そ暴力とは無縁であったヤマだったが、さっきまで散々蜘蛛を叩き潰した。
その時の感覚で、もうやり方は理解していた。
「いうこと……」
右手を高く振り上げて。
振り向いた先には、足元を奔る黒い幹が一本。
「ききなさーい!」
全身を使って、ヤマは生まれて初めての「全力ビンタ」を黒い樹に向かって叩き込んだ。
瞬間。
ヤマから迸った緑の光が黒い幹に走り、瞬く間に巨大樹の球まで到達した。
そして起こったのは、空間を揺らす程の、歪で巨大な破砕音。
それはまるで、鉄の檻を踏み潰した様な――。
一瞬の静止と静寂が広がった、その直後。
『――――!!』
凄まじい爆砕音が響き渡った。
思わず耳をふさいだヤマの視界に映る、ロアの張った結界を覆う黒い蜘蛛の膜。
その隙間から僅かに見えたのは、解かれた樹の球から現れ蜘蛛を一瞬で握りつぶした、巨大な木の腕であった。