人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
蜘蛛との戦いが始まる少し前のこと。
「えー、ヤマちゃん、声が聞こえるの?」
「はい。そうなのです」
壁を破壊してカルメと出会ってから、ヤマはずっとカルメと話をしていた。
カルメは長い間一人だったからか、或いは元からその性格なのか、会話に飢えていたらしい。元からいろんな人といろんな話をしたいと願うヤマ相手に、延々と会話をし続けてくれていた。
そんな二人の会話の内容は、ヤマが聞いたという声について。
船から降りて、初めてあの巨大樹を見たときにヤマの耳に聞こえてきたのだ。
――だれか。
「……?」
辺りを見回しても、声の主はいなくて。
皆が話していた地下に耳を傾けると、ほんの少しだけ大きく聞こえた。
だからこの地下にいるのだと思って着いてきたのだけれど。
その声の相手は、まだ見つかっていない。
「カルメさん、ヤマのことを呼びましたか?」
「んー、一応そういう機能はあるんだけど……多分わたしじゃないかなー」
「そうですかー……」
ルナのお友達だと聞いたから、てっきり彼女が呼んでいるのだと思った。
でも、違ったらしい。
落ち込んでいると、カルメの優しい声が聞こえてくる。
「でもわたしじゃないってことは、多分この先にいるんだと思うわ」
「そうでしょうか……」
「そうよ。でなきゃ声なんて出さない。……誰に届くかも分からない言葉を投げているのは、その人が助けを求めてるから」
わたしはそう信じていると、カルメは笑みを浮かべて言った。
その目を見つめ、彼女を持ったルナを見つめると、頷きを返してくれた。
――そうか。そうなんだ。あなたは、わたしに助けて欲しいんだ。
カルメとはまだ少ししか話せていないけれど。
この二人が言うのならばきっと正しいのだ。
探索をしている間も声は聞こえていた。
そして地下の大広間に入った時、その声は一際強く響いたのだ。
事実、カルメの言う通りに木を叩いたら、通じなかった魔力が通った。
ヤマの声が黒い木を通って、あの巨大な球体まで届いていく。
そして、その言葉に歓喜するように、強烈な声が響いてきたのだ。
――そこにいるの?
聞こえてきたのは、弱弱しい、けれどやけに頭に響く声であった。
いるよ、とこちらも大きな声を木に送り込む。
あなたはどうしてここにいるの、と。
――ずっと、ここにいる。出られないんだ。
直ぐに、この黒い木が原因なのだと理解する。
てっきりこの子が黒い木の発生源だと思っていたけれど、違うのだ。この子もまた、捕らわれているんだろう。
だが、のんびりしている暇はない。
魔王が今にも食べられようとしているのだ。
精いっぱいの力で、ヤマはあの子に声を届ける。
お願い、力を貸して――と。わたしも一緒に戦うから、と。
――うん。分かった。君となら、頑張れる。
その言葉を聞いて、ヤマは全力で巨大樹の球に力を込めた。
黒く染まった木を、少しでも引きはがすように。
そして、僅かに緩んだその拘束をぶち破って――あの腕が現れたのだった。
***
蛇を使って自爆した後、掠れた魔王の視界に映ったのは理解不能な映像の連続だった。
ゆっくりと迫る大蜘蛛。
木の幹を奔る不思議な光。
直後破裂した巨大樹の球と、そこから現れた人の胴はあろうかという太さの巨腕。
握りつぶされる蜘蛛に、飛び散る樹の破片たち。
そして球の中に紛れていたのだろう。骨やら破片やらと一緒に、首無し死体が宙を舞っていた。
「わたしの身体ー!!!!」
「なんじゃありゃー!!!!」
カルメとロアの叫び声が同時に響く。
だがその驚愕に答えるものはおらず、事態は止まることなく進んでいく。
『――――!!』
咆哮が響き、大気が震える。
樹の球を破壊した腕は、蜘蛛を握りつぶしたそのまま雑に横へと薙ぎ払われた。
それだけで、あれだけ強固に見えた樹の球はあっさりと折れ、砕かれていく。
その開いた隙間からもう片方の腕が現れ、木の端を掴んで思い切り左右へと広げ、中に眠る存在が現れる。
「……巨人?」
思わずそう呟いたのは誰だろうか。
だが事実そこに現れたのは、木で編まれた巨大な人のような存在であった。
『――――』
木の幹をくるくると縒った様に編まれた身体。
足も腕も大の男のそれを優に超える太さがあり、その背丈は四m近い。
厚みのある胴体に、背には連なる葉が紐のようになって二本垂れている。
同じように葉の髪が伸びた頭は、狐を思わせる尖った、しかし分厚い形をしていた。
その咢は大きく開かれており、先の咆哮がそこから聞こえてきたというのは直ぐに理解できる。
一見すると木で作られた像かと思うが、眼だと思われる隙間や開かれた口から漏れ出る緑の光が、ただの木の塊ではないことをはっきりと示していた。
『――――』
球から完全に抜け出し、巨大な人型が大地へと降り立った。
地下空間が揺れ、淡い緑の残光が揺らめく。
木と葉で作られているにも関わらず、決して汚いとは感じさせず、寧ろどこか神々しさすら覚える威容であった。
「綺麗……」
カルメを抱えた状態で固まったルナが思わず呟く。
まだ大量の蜘蛛に囲まれた危機状況にもかかわらず、一行は完全に停止してその人型を見つめていた。
動いていたのは主を失った無数の蜘蛛たちと、当の巨人本人。
『――――』
がさがさと鳴り響く警戒の音色に、巨人はゆっくりと右手を掲げる。
巨大蜘蛛の体液で濡れたその掌に伸びてきた木の幹が絡まった。
球を構成していた木がほどけ、開かれた手に巻き付いたのだ。
その動きが止まったと同時に、巨人は木を
響く乾いた音の直後、木は半ばで折れて自由の身となり――つまりは、巨人の右手に巨大な木の剣が姿を現した。
巨人の足が僅かに開かれ、一歩前へと踏み出した。
石ころを振りかぶるように乱雑に。けれど圧倒的な体躯を用いて。
溜まった地下の空気を吹き飛ばすように、巨人は木の剣を振りぬいた。
「どわーっ!?」
ごう、と衝撃が突き抜ける。
慌ててロアが壁を強化するも、砕かれた床や木の破片が次々と激突し罅が入る。
だが耐えてくれたおかげで、間にいた大量の蜘蛛は一気に潰された。
他の蜘蛛たちも、剣閃の軌跡にいたものたちは残らず吹き飛ばされている。
「――よくわからないですが、好機! ロア殿、壁の解除を! 魔王殿を拾います!」
「お、おお! 任せた!」
ロアが指を鳴らして壁を消した直後、ランバが駆け抜ける。
翼を広げて浮かび上がると、巨人の横を通って魔王の下へとたどり着く。そこには衝撃を免れた蜘蛛たちが僅かに集まっていた。
「このぐらいの数ならば――!!」
構わず飛び込むランバ。
腕を覆う籠手には魔法陣が浮かび上がり、赤く光を帯びた瞬間に蜘蛛の集団へと振り下ろす。
――彼の籠手は魔法を仕込める。
魔王ほどの大魔法は使えなくても、殴ると同時に魔法を叩き込めば小規模の魔法でさえも脅威となる。外皮を拳で撃ち砕き、中身を魔法で潰す。それがランバの用いる拳術であった。
目の前にいた蜘蛛を上から殴り潰し、続けて発せられたのは風の魔法。
拳の着弾点から放射状に発生された強風が、近くにいた蜘蛛を残らず吹き飛ばす。
「――えーい!」
そして、その浮いた蜘蛛たちをヤマが木で薙ぎ払う。
その隙に魔王の身体を抱え上げる。
いつの間にかまた糸で覆われていたので、火の魔法を打ち込んで糸を焼き切った。
「ご無事ですか!」
「……ああ、なんとかな。すまない」
意識はあるようで頭を押さえながら眼を開くと、直ぐ近くに立つ巨人を顎で示す。
「あれは?」
「……よくわからないですが、ヤマ殿の力のようです」
「そうか……。なら、一応は味方か」
そう呟くや否や、彼の身体から複数の蛇が放たれた。
何を、と問う前にそれらは円環を成し、魔法陣へと切り替わる。
ほんの一瞬で生成された筈だというのに、もう震えるほどの魔力を蓄えこんでいる。ランバが先程放った魔法なんて、一瞬で掻き消える程の……。
「悪い、待たせた。後は任せてくれ」
「――その力、やはりあなたは、魔王なのですな」
「何を今更。……終わらせるぞ」
彼のその言葉通り。
主を失った蜘蛛たちは、あっという間に巨人と魔王によって殲滅させられるのであった。