人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
「じゃあそろそろ行きましょうかー」
名前も決まり喜ぶシンジュたちを尻目に、カルメが腰を上げる。
チビルナたちによって改めてしっかりと首を接続し、他の部分もついでに治療していたらしく、身体の調子を確かめるように動かす彼女にこちらも装備を整えたエリが近づく。
「カルメさん、身体は大丈夫なの? その、首がとれてたそうだけど……」
恐る恐る声をかけたエリに、カルメは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ええ! 全く問題ないわー。……エリさん、でしたね? これからどうぞよろしくお願いいたしますね」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ゆっくりと頭を下げるカルメの仕草はやけに優雅で、服装こそ違えばどこぞの令嬢と言われてもおかしくない所作に見える。対する齢1000年を超える勇者は戸惑い首と手をあたふたと振っている始末。
そんなエリに微笑みかけると、カルメは一歩その身体へと肉薄する。
「エリさん、とっても強いんでしょう? なにせ勇者ですし、見ただけでもその強さは分かります」
「そ、そうですかね……?」
「ええ。ああ、こんな状況でなければ一度お手合わせをお願いしたいのですが……」
「へ……? そ、そうですね……落ち着いたらいずれ……‼」
エリの細い右腕に触れ、恍惚とした表情でカルメは告げる。
優しく撫でられる感触にぞわりと寒気を覚えるが、エリは何とか堪えて笑みを返した。
ランバの時と似たような光景だが、あの時とは違う怖気がエリの身体には走った。
この人、ちょっと怖い――と。
そんなエリの感情など露知らず、カルメは満面の笑みで手を合わせる。
「それは楽しみです! さて、では今度こそ向かいましょう、南西部へと」
「はい! 案内お願いしますね、カルメ」
「任せなさーい!」
「大丈夫かな……?」
戦力的には問題ない筈だが、何故か若干不安に思うエリであった。
***
「木よいなくなれー」
『――――』
奇妙な声を上げながら、ヤマとシンジュが不思議な踊りをしている。ついでにウミも。
ふざけているように見えるが、彼らの周囲には緑の光が舞っており、踊りに合わせて教会方向へと降り注がれていた。
「あれは何をしてるの……?」
「シンジュたちに木を動かしてもらってるんだ。あのままじゃ進めないからな」
通りかかって思わず立ち止まって呟いたイオに教えてやる。
まあ、初見じゃわからんよなあれは……。
その間に俺たちは準備を済ませる。
後で合流するとはいえ、向かう先がどうなっているかは分からない旅になる。
食料に簡易拠点などの装備をしっかりと準備していかねばならない。
ちなみに準備を進めている間に、ランバとエリも踊りを見て同じ反応をしていた。
「いってらっしゃいませー!」
「気を付けてねー!」
皆に見送られながら、カルメ、ルナ、エリ、俺の4人で地下へと潜っていく。
建物裏手から地下聖堂へと入り、その奥へと進む。シンジュによって木を動かしてもらったので、通路に埋まっていた木は通れる程度には退かしてある。
快適になった通路を、カルメは勝手知ったるようにどんどん進んでいく。
道中の魔物は僅かにいたが、こちらに近づいてくる様子はない。
彼らも突如開けた道を通って我先にと外に向かっている。彼らもまた、かなりの長期間閉じ込められていたのだろう。
「えーっと、確かこの辺りだったわね……あった!」
通路の途中でカルメが壁を探ると、その一部がスライドして開いた。
言われなければ気づかない、殆ど壁と同化した入口を潜り抜けると、そこから先は巨大な岩の通路が続いていた。
「うわあ、広い空間……」
エリの声が反響しながら消えていく。
天井はあの教会が丸ごと入りそうな程に高く、ルナの持つ灯りに照らされた壁は大街道を思わせる程に幅広い。その上、通路の先まで同じ幅の道が続いている。
元々は整備されていただろう巨大通路は長い時を経て天然の洞窟のようになっており、天井から垂れ落ちたような石が無数に連なっている。
「ここは……?」
「大陸南西部に繋がる地下道よー。多分、前は鉄道だったんじゃないかしら?」
「なるほど! それならこの僻地に教会があっても不思議ではないですね」
例の長距離移動用の乗り物か。岩の洞窟と化した今は跡形もないが、見上げる程の巨大な空洞が綺麗に同じ幅で続いているこの光景は、確かに自然にできたとも思えない。
後から雨に溶けた岩に侵食されてこの景色となったのだろう。
つまりはここを通れば間違いなく南西部にたどり着けるが、同時に列車が必要なほどの距離があるということだ。
「先は長そうだな……」
「ここから数日はかかると思うから、頑張りましょうね」
そうして、俺達は人の手など当の昔に入らなくなっただろう石の道を進んでいった。
かつて騎士たちが覇を競ったという、武の大地へと向かって。
***
そして、森よりも歩きにくい岩の道を突き進むこと三日。そう、三日だ。
久しぶりの長距離徒歩旅行の末、ようやく、真っ暗であった洞窟の奥に差す僅かな光が見えてきた。
「出口か……?」
「はい、間違いないかと」
「よ、良かった……!!」
「やっとたどり着けた……」
広い洞窟に反響するルナの声を聞き、俺とエリは歓喜の声を上げる。
「ええ、本当に。……お二人とも、ちょっとおかしくなりかけてましたもんね」
だって明かりはあるとはいっても寝ても覚めても真っ暗な洞窟の中。それを三日だ。
周囲の闇は時間が何時かも教えてはくれず、反響する音は平衡感覚を狂わせる。
照らしても視界は壁まで届くことはなく、闇の中から突如現れる魔獣たち。
カルメは暗闇も気にせずどんどんと進んでいくし、休んでも全く休まらない三日間であった。
魔王だろうが勇者だろうが精神攻撃には弱い。
特にそれが魔法でも何でもないただの自然現象相手ならなおさらだ。
というわけで疲弊しきっていた俺たちは足取りも軽くなり、光の先へと真っすぐに目指していくのだが。
その合間に明確な変化を感じ取る。
最初に気が付いたのは、先を進むエリであった。
「……なんか、暑くない?」
何?と思ったのもつかの間。
彼女の方から流れてきた風が、頬を擦る熱気を伝えてくる。
「……確かに暑いな。リヴラ周辺よりもずっと暑い。なんだこの異常な熱は……」
あそこは多湿が原因の蒸し暑さだったが、こちらはどちらかといえば空気が熱い。
大気そのものが熱を持っているような、ひりひりと肌を焼くものだ。
話に聞く草原地帯の気候にしては、やけに熱くて――。
「ん? それはそうよ。だって、この先は砂漠だもの」
そんな俺たちの疑問に対して、軽い足取りでついてきているカルメはあっさりと言い放つ。
しばらく全員の足が止まり、我に返ったルナが慌てて詰め寄った。
「さ、砂漠!? それはどういうことですかカルメ!」
「どういうことって……知らなかったの?」
「知りません! だって、もう砂漠は修復されている筈で――」
「ああ、そういうことね。直ってないみたいよ?」
「そんな筈は……!!」
「まーまーまー、見ればわかるから、ね?」
振り返り迫るルナの身体を押しのけて、どんどんと前へと進めていく。
見た目からは想像つかない怪力で、ずりずりとルナの身体が動いている。
終いには抱きかかえて進みだすカルメを追いかけて俺とエリも出口へと進んでいった。
その間も熱気は増していき、流れ込んでくる風が目を、頬を焼いていく。
遂には足元まで岩から砂の感触へと変わっていき、視界は真っ白な光に包まれる。
その眩しさに目を閉じ、開いた先に広がるのは――。
「冗談だろ……」
「本当に、砂漠化してる……」
視界に映るのは一面黄色の世界。
さらさらと流れる砂が辺り一面を覆い、照り返す日の光で白く周囲を焼いている。
洞窟の湿気は一気に吹き飛び、乾きひりつく大気が肌を焦がす。
強い日差しと照り返しに、思わず目を細めてしまう。だが、一瞬でも視界に焼き付いた景色は脳裏から離れない。
カルメの言う通り、そこには砂漠化した世界が広がっていたのだった。
「ここが大陸南西部。かつて騎士たちが覇を競い、変革を経てからは商人たちが知を貪り、遂には枯れた大地と化した場所」
呆然と佇む俺たちを他所に、勝手知ったるようにカルメは先へと進んでいく。
数歩先を進んでから、俺たちへと振り返る。いつの間にか取り出した、背丈を超える薙刀を構えて。
「気を付けてね? ここから先は命がけの旅になると思うわ」
「ちょっと、待ってください……それは、一体どういう……」
「んー? 直ぐに分かると思うわよ。ほら、来た」
言葉を言い終わる前に、地響きが起きる。
それは猛烈な音と煙を上げてこちらへと近づいてくるようだった。
慌てて武器を構える俺たちへと、カルメが告げる。
「今この場所はね、とっても強い魔獣の巣窟になってるの。少しでも歩けば魔獣が飛び出してきて戦いが始まる。魔獣同士も殺し合っていて、近づいたらどっちも襲い掛かってくる――休息なんてない、四六時中戦いが起きている場所。それがこの南西部」
言い終わると同時に、カルメは手にしていた薙刀を振り上げる。
真っ白な刀身に刻まれた溝に青の光が奔り、振動音が大気を揺らす。
『――――!!』
その直後、砂煙を上げ、巨大な影が砂の海から飛び出した。
赤みがかったブヨブヨの皮、大きな影を落としてなお全体の分からぬ巨躯を持つのは、恐らくは
だがその胴体は、飛び出した直後に振りぬかれたカルメの一閃によって、瞬時に切り離されるのであった。
身体の半分を失ったワームはのたうち回り、辺りに吹き出た血が降り注ぐ。
その中心に立ちながらカルメは歓喜の声を上げる。
「――ああ! やっと帰ってくることができました! この場所に! あなたのいる場所に!」
「……カルメ、さん?」
突然の変化に呆然とする我らを他所に、カルメはくるくると嬉しそうに舞っている。
頬を垂れる血の赤は、まるで涙を流しているかのようで。
その狂気的な声も相まって、本当に歓喜の涙を流しているように見える。
砂漠を潤す血の雨の中、我らを誘った少女が薙刀を振り抜き、叫ぶように言った。
「さあ、行きましょう、皆さん! ここから先は、戦場です!」
――こうして、大陸南西部の旅が幕を開けたのだった。