人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第45話 死の大地

 

 

 どこまでも続く緑豊かな草原地帯だった筈の土地は、生命の枯れた砂漠になっていた。

 

 碌に光のささない洞窟に三日も居たせいか、卒倒しそうなほどの暑さでおかしくなったのか、今見えている光景が幻にしかみえない。だが、どうしようもない現実だ。

 

「砂漠……? 本当に……?」

「ルナ、受け入れろ。目の前のこれが現実だ」

 

 ここに俺以上に衝撃を受けている奴がいるから、なんとか平静を保って居られている。

 ルナは何度も砂を掬っては散らして確かめている。

 

「……砂、本物ですね。……本当に? だって、おかしいです! ここは草原地帯のはずで……」

「そうね。魔王様が生きていた時代はそうだったんでしょう? あなたが教えてくれたから覚えちゃった。でも、これも知ってるでしょう? 資源の酷使と環境の変化で、人類史末期には砂漠化が進んでいたって」

「それはっ、そうですが……でもそんなのは修復者が直して――って、そうです! 修復者はどうしたのですか?」

 

 救いを求めるかのように叫ぶルナだが、その声は空しく砂漠へと響いて消えていく。

 それを嘲笑うかのようにカルメは満面の笑みでその肩を叩く。

 

「まーまーまー、見ればわかるから、ね?」

 

 こいつ、そればっかりだな……。

 先の恍惚とした態度もあるし、そもそもリヴラを旅立った目的は武者修行だ。

 

「カルメさんって、ひょっとして……」

「ああ。いわゆる戦闘狂ってやつだろうな」

 

 そしてこの場所は、カルメ曰く魔獣だらけの土地となっている。

 あまり説明をしてこなかったのも、文字通りさっさと戻って戦いたいからなのだろうか。

 そう考えるとかなり性質が悪いが……。

 それに対して失礼な、と頬を膨らませてカルメは首を振る。

 

 

「戦闘狂とは心外だわ。ルナの目的の場所はこの先にあるのでしょう? そしてわたしはここで戦う理由があるのです。ならば、やることは一つ――この魔獣だらけの土地を斬って、斬って、斬って、駆け抜けるのです! それだけの力があなた達にはある。わたしはあの教会でそれを知りました」

「……ほう。つまり、俺たちならこの大陸で勝てると?」

 

 そしてだからここに案内しと、そう言うのかこの女は。

 

「ええ、その通り。ああ、いちいちどんな魔獣がいるかなんて聞かないでくださいね? 見ればわかる――何度もそう言っているでしょう?」

「……はあ」

 

 改めて聞いても、何をしたいのか全くわからない。

 わからないが……選択肢はなさそうだ。

 

「要は行くしかないってことだな?」

「ええ! この先にわたしが拠点に使っていた場所があります。先ずはそこまで行きましょう? 船で来られる方も、目印が必要でしょうから」

 

 変わらない笑顔でそう言って、カルメは歩き出した。

 

「……そう、そうですね。拠点は確かに必要です。行きましょう!」

 

 その言葉に復活したルナも慌ててその後に続いていった。

 

「騒がしくなりそうだ……。行くぞ、エリ」

「あ、はい。……砂漠化、か……」

「そうらしい。暑さに気を付けないとな」

「……ええ、そうですね」

 

 その返答は重い。

 以前森の探索中に見せたあの暗い表情に似ていた気がした。

 一物を抱えているのはカルメだけではないらしい。

 ……この地方も、一筋縄ではいかないようだ。

 早くも熱のこもった息を吐き出して、二人並んでカルメの後を追いだした。

 

 

***

 

 

「ふふふーん」

 

 呑気な鼻歌を奏でながら、カルメは砂漠を進んでいく。

 黄色がかった白砂が広がる景色は、僅かに覗く岩場こそ見えるが、殆どは砂の起伏に隠れて遠くを見渡すことはできない。

 少しでも道を違えば永遠に彷徨うだろう砂の迷宮だが、その中をカルメは悠々と進んでいく。

 ルナもそうだが、彼女たちは頭に地図が叩き込まれているようで道に迷うことがない。

 今もスキップするように進んでいるが、彼女の中では正確に進んでいるのだろう。

 

「索敵は……するだけ無駄か」

 

 この広い砂漠では下手に蛇を放っても大した成果は得られないだろう。戻ってきた蛇が熱くなるのも嫌だしな。

 むしろこの砂地に足を取られるのが厄介だ。蛇を足裏に展開して足場とした方が良いだろう。

 索敵は諦めてカルメの隣へと進み出る。

 

「カルメ」

「あら魔王様! どうしました? 拠点はまだ先ですよ?」

「いや、幾つか聞いておきたいことがあってな。歩きながらなら構わないだろ?」

「……ふふ、魔王様は知りたがりですね。いいですよ。何が知りたいんですか?」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら、カルメは頷いた。

 それを聞いて慌ててルナも近くまで寄ってきたが、足を取られて転びそうになっている。

 蛇を伸ばして引き寄せてから、そのまま話を続ける。

 

「そうだな、先ずはお前がどれくらいこの大陸にいたのか、だな。リヴラから離れた後、ずっとこの大陸にいたのか?」

「んー。時間で言うと10年くらいかしら? リヴラを離れてしばらく彷徨って、辿り着いたのがここからもう少し北にある山裾だったの。あの時は砂漠が広がっていてびっくりしたわ」

 

 10年と言ったか、この女。

 つまり一人で、あの巨大魔獣たちと10年も戦い抜いていたというのか。

 唖然としているこちらを無視して、カルメは話し続ける。

 

「最初は直ぐに戻ろうと思ったの。だって砂漠ってなにもないじゃない? だけど、ちょっと歩いて直ぐにここが魔獣だらけの場所だって気づいたの。そして、その魔獣がとっても強いってことも」

 

 手にしていた薙刀を愛おしそうに胸で抱きしめる。

 

「わたしは戦うためにリヴラを出た。そんなわたしにとって、ここは最高の修行の場所だったのよ」

「最高、ね……」

 

 この荒廃した大地を見てそう言えるのは、こいつだけだろう。

 

「そこからはずっと戦ったわ。色々歩いてみるとね、結構建物とか都市も残っていたんだけど、殆どが魔獣の巣なの。びっくりよ。これから行く拠点を見つけられたのも偶然よ。たまたま魔獣に見つからずに埋もれていた所を、魔獣と戦っている最中に掘り出しちゃったの」

「都市が残ってるんですね! では人類史も……」

「あると思うわ。わたしはあまり集められてないけど、探せば資源も結構あるのよ?」

「そうですか、それは良かった……」

「後で色々と案内するから、そこは任せてね?」

 

 ルナが安堵の息を漏らす。

 砂漠化するほど風化した場所なのだとしたら、確かにそこは不安要素であった。

 まともな補給もせずマナホールへと向かうのは、無謀なことだからな。

 ルナの様子に笑みを浮かべると、カルメは再び口を開く。

 

「そこからは戦って、拠点で休息しての繰り返し。幸い、わたしは他のみんなより燃費がいいから、長い期間一人で戦えたの。でも、遂に武器にガタが来ちゃってね。自分で修理するのも限界だった。仕方ないから戻るか―って思って東に向かっていたら、さっきの地下通路を見つけたってわけ。その後はみんなも知ってるでしょ?」

「確か、あの木に捕らわれていたんだよね」

「そうよー! 多分五年は寝てたんじゃないかしら。時間の無駄よね、ほんと」

 

 ぷりぷりと怒ってはいるが、出てくる時間の単位が全くもって可愛くない。

 

「でも、こうして戻ってこられた! ルナのお陰で武器も直ったから、もう完璧!」

「それはなによりです。……しかし、見事に砂漠化していますね……」

 

 見渡す限り砂、砂、砂。

 遠くに岩山こそ見えるが、眼前には文句のつけようのない砂漠が広がっている。

 

「こっち側――南東側は特にひどいわ。都市跡も何もないの。だから魔獣も少なめなんだけど……また来たわね」

 

 会話の途中でカルメが薙刀を構える。

 直後地響きが起き、視界の奥から砂煙が上がってくるのが見えた。

 

「あら、あの魔獣は――丁度いいかもしれないわね」

「魔獣がどうかしたんですか? カルメ」

「見ればわかるって、さっき言ったでしょう? その答えが来たのよ」

「え……?」

 

 一体何が、と問う前には砂煙はもうそこまで迫っていた。

 仕方なく蛇を引き抜いて構えるのと、魔獣が現れるのは同時であった。

 

 

 そして、その瞬間、カルメ以外の全員が言葉を失った。

 

「……なんですか、この魔獣は」

 

 そこにいたのは、凡そ生物と呼べるものではなかった。

 それは巨大な針山が動いているような、全身棘だらけのフォルムは禍々しく、その中心に埋まった顔すら円錐のように尖って前に突き出されている。

 腕や足、尻尾もその隙間から生えてきてはいるが、そこすら鱗や棘で覆われている。

 そしてその針も体表も、黒や紫のまだら模様に染まっていた。

 見るからに毒を持つその生物だが、針から垂れる液体はその身体にも垂れ落ちている。

 強すぎる毒に自ら侵されているようにしか見えないその姿は、異常の一言だ。

 

 こちらへ襲いかかろうと地面を掻くように進む腕は見えているだけで四本。

 恐らくは八本身体についているのだろうが、その腕は全く別の生物の腕が生えているかのように、色も形もバラバラであった。

 そして何より、それらの部位が接続された胴体は、甲殻に覆われた、虫の様な姿をしていた。

 

「この地方に住む魔獣の一種よ。でも、あれは初めて見るかも。よっぽど食い合わせが悪かったのかしら」

「食い……? 待て、10年いて知らない魔獣がいるのか?」

「もちろん! というより、ここでは魔獣の『種族』なんてものはないのよ」

「……うん? 何を――」

 

 問いを言い切るよりも先に、魔獣が眼前へと到達した。

 咆哮とも言えない奇妙な金切り音を上げて、その魔獣は巨大な口を開いた。

 肉を噛み千切るための鈍く尖った乱杭歯が覗くその口腔からは、体表に滲むものと同じ液体が迸る。

 ガチンと閉じられたその噛みつきをルナを抱えて飛び退って避けた。

 追撃はない。思ったより緩慢な動きに安堵していると、カルメの声が響く。

 

「見てわかると思うけど、あれは毒よ。ルナはいいとして……お二人は毒は平気?」

「私は平気。毒の類は効きません」

「体内に入らなければ問題ない」

「そう。安心して、腐食毒ではないみたいですから。――じゃ、行くわよ」

 

 待ちきれないと言うように笑みを浮かべて、カルメはその大きく開かれた口へと飛び込んだ。

 手にした薙刀が青く輝く。

 飛び込んだ勢いをそのままに、薙刀を口へと一気に振り下ろした。

 開かれた口にぴったりと咥えられるように放たれた一撃は、異形の左頬を深く切り裂いた。

 肉が裂け、血が飛び――でることはなく、あふれ出たのは少しだけ色が赤みがかった、あの毒液だった。

 

「魔王様、続いて!」

「なんなんだこいつは!」

 

 悪態をつきつつ、カルメの切り開いた傷口へと蛇槍を突き立てる。

 そのまま潜り込ませ、すぐさま爆破。左顔面に巨大な穴が開く。

 

「エリ!」

「はい――!!」

 

 そこに、踏み込んだエリが聖剣を撃ち出した。

 身体の芯を銀が貫き、異形の獣は砂漠の上に僅かに浮き上がる。

 その下に滑り込んでいたカルメが、最後の一撃を振り上げた。

 

 聖剣が抜けるのと同時。青い一閃が空へと昇り、異形は両断されて砂漠へと落ちた。

 今度は毒の雨を浴びることなく真横へと転がって、カルメがくるりと身体を飛び起こす。

 

「――ふうっ! お二人とも、流石ですね。こんなに簡単に勝てたのは初めてです」

「カルメさんこそ、強いですね。このサイズの魔獣を両断ですか……」

「ふふ、ありがとうございます。勇者様に褒められるなんて、わたしも捨てたものではないですね」

 

 両断された死体の横で微笑んでいる。

 相変わらず、こいつの倫理観はどうなっているのやら。

 

「……で、なんなんだこの魔獣は。俺の見間違いじゃなければ、血まで毒液になってなかったか?」

 

 蛇で死体を突いて見るが、やはり赤い血はどこにも見当たらない。

 俺の問いに、ルナも同意の頷きをする。

 

「私も見ました。身体に毒を持っていたり、一部が毒を持っていたりはありますが、全身――それどころか血管、恐らく内臓までも毒にまみれているようです。これでは直ぐに死んでしまうではないですか」

 

 そういった魔獣がいないわけではないが、そんな連中は大抵沼地などの水辺にいる。こんなカラカラに乾いた、何もない砂漠に生息はしていないし、そもそも世界で数例程度の希少種だ。

 こんな気楽に出てきていい相手ではない。

 

「それに、お前は言っていたな。魔獣の種族なんてない、と。あれはどういう意味だ?」

「……そうですね。実際に見てもらったわけですし。そろそろ信じてもらえるでしょう。話しますから、先ずは歩きましょう? わかったと思いますが、ここでは外を歩いていたらそれだけで魔獣が寄ってくるのです。落ち着ける場所まで進むのが先決です」

 

 そう言ってさっさと歩き出してしまう。

 だが彼女の言う通りなので、皆黙って従う。

 気持ち早くなった速度で進みながら、カルメが口を開く。

 

「さて、ルナ。さっきの魔獣、何の種だかわかる?」

「……いえ。あのような針を持つ動物はネズミの仲間にいた筈ですが、あの体は虫のそれでした。しかも足は八本……頭部は肉食獣のものにも見えましたし……毒を持つ生き物の特徴とも違います。そんな魔獣を私は知りません。あれは、そう、まるで色んな生き物を混ぜ合わせたような――」

 そこで言葉を切って、ルナははっと顔を上げる。

 

「種類なんて、ない。まさか――」

「そう。ここに住む魔獣はね、ああいう連中ばかりなの。つまり、色んな生物の特徴を無理矢理つぎはぎさせたような……そうね、混獣種とでもいうべきかしら?」

「そんなことが……」

 

 ないとはもう言えない。

 それほどまでに、一目見れば分かるほどにあの生物は異常であった。

 だが体液まで毒になっているのは流石に信じられないが……。そんな生物がどうやって生まれるというのだ?

 その問いには、カルメは首を横に振る。

 

「何が原因かはわたしも知らないわ。でも、ここはあいつらの楽園なのよ。おおよそ生物に対する概念全てが壊されるの。だからわたしはここに残った。だって、最高じゃない? これほど修行に、未知の敵と戦うことに適した場所をわたしは知らないわ!」

「……事情は理解した。これはさっさと拠点とやらに向かうしかなさそうだな」

「だからそう言ってるじゃない」

「お前は説明が足りなさすぎる!」

 

 えー、と抗議の声を上げるカルメだが、その顔には直ぐに笑顔が浮かぶ。

 説明しても無駄だと言われているようで腹が立つ。……だが、俺も見るまで信じられたかといわれれば微妙なところだ。

 何も知らずにここに来て、あれの集団にでも襲われれば、どうなっていたのやら。

 そういう意味で、少数で大陸の端から静かに侵入したことは正しい――のかもしれない。

 それにしたって説明不足ではあるのだが。

 

 兎も角、この先はこれ以上のものが待っているのだろう。

 再び大きな息を吐いて、以降は黙って目的地へと進んでいった。

 

 

 

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