それから拠点へ進む道中にて、俺たちは二度もあの魔獣の襲撃に遭った。
一体目が巨大な蜥蜴のような体躯に蛇の頭、鷲のような翼をもった個体。
そして二体目は甲殻を纏った巨大な甲虫に竜のような尻尾の生えた個体。
どちらも魔獣と呼んでいいかすら分からない、様々な虫や獣が混じった化け物であった。
カルメの名付けた『混獣種』という呼び名が相応しい、悍ましく奇怪な生命体。
二体目を倒した時にはもう全員が身をもって理解した。
この地方に生息する魔獣は、常識では理解不能の生態系を形成しているのだと。
「そろそろ日が消えますね……」
砂漠を焦がしていた陽は陰りを見せつつある。
あれだけ強烈であった熱気はとっくに消え失せ、既に肌寒い冷気が漂い始めている。
そういえば、思わず震えるほどの寒さを体験するのはこの時代に目覚めて初めてだ。
「カルメ、拠点まではまだかかりますか? そろそろ野営の準備をせねば……」
「大丈夫よー。ちょうど着いたから」
そう言ってカルメは足を止める。
だがそこは砂漠の合間にぽつぽつと存在していた赤茶けた岩山があるだけで、想像していた拠点と呼べるものは見当たらない。
「ここがですか?」
「そう。見つけたのはほんと偶然でねー? ほら、見て!」
カルメが岩山の壁面に触れると、その手を中心に光が立ち上がる。
岩山の表面を奔った光は四角の形を取り、その後中心から分かれて岩が消えていく――扉が開いたのだ。
「岩が消えた……?」
「ふふっ、ここが入口なのよ。リヴラみたいでしょー? さ、入って入ってー」
驚いているルナの後ろに回ると、その背を押して中へと入ってしまった。
「ちょっと、カルメ?」
「大丈夫。怖くないから。ほら、魔王様たちもー!」
二人を追って岩をくぐると、直ぐに足元に灯る光に気が付く。
ごつごつとした岩の洞窟かと思われたが地面は綺麗に均されており、両脇の壁面には光源が埋め込まれていた。
光が導く先は地下――階段だ。
「地下空間か。カルメじゃないが、確かにリヴラみたいだな」
「でもここ砂漠の中ですよ? 砂の中に地下室なんてどうやったんだろう。凄い技術……」
「……恐らくだが、後から砂漠化したんじゃないか?」
「あ、そうか。それなら確かに」
「ただ、こんな場所に地下室を作る理由は分からないが」
「……それも確かに」
長い階段の先には、想像していたよりも広い空間が広がっていた。
白を基調としたやけに滑らかな石材の壁。
無駄な装飾のない机には用途不明の機械が並べられている。
棚には工具やらが詰めこまれており、広間の中心には壁に埋め込まれた巨大な液晶。
それら全てが天井に薄く灯る青い明りに照らされていた。
「なんだここは? 研究施設か……?」
「さあ? ここは魔獣が来ない安全地帯だから、寝床に利用させてもらってただけなの。……ルナなら何かわかるんじゃないかしら」
「……」
だが、肝心のルナは辺りを見渡したまま停止していた。
「……ルナ?」
「はっ! すみません。ここまで完璧に保存されている場所を見るのは初めてで、つい……」
どこも植木屋や魔獣たちに壊されボロボロだったからなあ。
ここはたまたま、誰の手にも触れることなく残っていたのだろう。
「早速調べてみます!」
「五年ぶりだから、色々まだ動いているといいんだけれど」
そこからは手分けして、建物内部を調べていった。
***
小一時間程の調査を終えて、施設の中心と思われる広間に集まった。
「結局、ここが何かは分かりませんでしたね……」
ここは入口から直通しているこの広間から、三つの方角に部屋が一つずつ繋がっている構造をしており、その先は倉庫や居住区へと繋がっていた。つまりはこの広間こそが文字通りここの『中心部』であるらしい。
ルナの後ろには青い映像を映し出す巨大モニター。そこには大陸南西部の地図が映されている。
「でも電源が復旧できてよかったわ」
「はい。手持ちの魔石で足りたのは幸いでした。代わりに水道などは枯れていましたが……リヴラから水生成装置を持ってきているので問題ありません」
「隣にベッドもあるし、拠点にはちょうど良さそうだね。カルメさんの言う通り」
「でしょう? 案内なら任せて!」
砂漠を放浪する可能性もあった中、この拠点を得られたのは非常に大きい。
唯一残念な点を挙げるとすれば、残されていた資料は周辺の地形図や娯楽用の書籍くらいで、この場所に関する情報は一切残されてはいなかったことだろう。
ルナが装置を調べてはみたのだが、人為的に破壊されていたそうだ。
誰が何の目的で使っていたのかは分からないが、余程秘匿しなければならないことをしていたらしい。
「わざわざ記録を消したんだ。今は知る必要のないことだと考えるしかないな」
「むむ……大変気になりますが、今は諦めましょう――さて、皆さん」
とてもそうは聞こえない唸りるような声を上げてから、ルナは本題へと切り替える。
「幸い、建物自体には大きな破損はありませんでした。燃料も持ってきた魔石で問題ありませんし、拠点とするには十分でしょう。なにより地形図が見つかったのは幸いでした」
背後のモニターに映した地図を振り返って言う。
この施設があるのは、大陸南西部の東端部。大陸中央を縦に走る山脈のすぐ隣だ。
あの樹神教会があったのが大陸の丁度中心なので、ここが山脈を超えた直ぐ横にあたる。
「この距離なら通信装置が使えます。イオにはここの位置を伝えておきますので、後は彼女たちがここに拠点を建設してくれるはずです」
「なら、私たちはそのまま探索を続けるってことかな?」
「はい。そのつもりです」
「ふふっ、そうこなくっちゃ!」
カルメが嬉しそうに小躍りをし出す。
……どれだけ戦いたいんだこいつは。
まあいい。この戦闘狂は放っておくとして。
「ルナ、マナホールはどこにある?」
「はい。南西部北側、五つある首長国の一つトゥリハが位置した場所に建造されたようです」
そう言ってルナが装置を操作すると、地図上に赤い点が表示される。
この南西地方は急峻な岩山地帯が広がる北東部と、広大な草原の広がる中央〜南西部に分かれていた。
かつての独立騎士国家連邦の国々があるのは草原地帯。
トゥリハはその中でも岩山地帯との境界近くに位置する連邦最北の首長国であったという。
何故そんなところにマナホールを……と思ったが、むしろ首都にあんな巨大装置を建造するわけにもいかないかと納得する。
ただ――。
「トゥリハか……」
よりにもよってその名前が出るとは思わなかった。
「何か曰くある所なんです?」
エリが首を傾げて聞いてくる。この勇者の知識に歴史というものはないのだろう。
その問いには、ルナが代わりに口を開いた。
「トゥリハは人類と妖精が決定的に対立した事件――妖精狩りを行った国なんです」
「ああ、妖精狩り……それは私でも知ってる。人類が妖精を捕らえて、奴隷化したって事件だよね」
「はい。実際にはより凄惨なことが行われたとも言われてますが、人類の歴史にはそう残されています」
悪い意味で歴史に名を刻んだ都市。それがこのトゥリハだろう。
彼らの起こしたその『妖精狩り』を発端に人類と妖精には根深い断絶が起き、一時は世界初の種族間戦争にまで発展しかけた。
「当時の連邦の統王、第六代ハリド王により戦争は未然に防がれましたが、その後長い間、人類と妖精は対立し続けたと言われています」
「そんな場所にマナホールがあるんだね」
「……だからこそ、かもしれないが」
人間、獣人、妖精。この三つの人型種族の関係を決定的に変えた歴史の転換点。その現場となった曰く付きの土地。
それは人類史末期でも変わることはなかったはず。
本当に不運で、罪深い歴史を持たされた都市なのだろう。
「なら俺たちが目指すのはそこか」
「はい、そうですね。そのためにはまず北へ――」
「待って」
頷き、トゥリハへのルートを説明しようとするルナをカルメが遮った。
「残念だけどそこへ行くのは無理よ」
「どうしてですか、カルメ」
「それはー……それが古い地図だから。ほら、わたしが調べた地図を見せてあげる」
そう言ってカルメが装置を操作すると、彼女が調べたという「今」の地図が表示される。
そこに映っていたのは――。
「……トゥリハ、失くなってますね」
南西部に開いた、どでかい大穴であった。
***
俺たちの目的であるマナホールがあるという土地、トゥリハ。
だが映し出された地図にあるのはトゥリハ周辺に空いた大穴であった。
トゥリハだけではない。周辺の幾つもの都市が穴に呑み込まれて消えている。
その半径は数十㎞を軽く超えているように見えた。
「ど、どういうことですかカルメ!」
「わたしに言われてもわかんないわよー。でも、この地図はほんと」
手にしていた資料を放り捨てて詰め寄っていたルナに肩を掴まれ揺さぶられながらもカルメは微笑みを絶やさない。
……怪しいが、ここで嘘をつく理由もよく分からない。
恐らくは真実なのだろう。
「ルナ、離してやれ」
「ですが……!!」
「まずは落ち着け。でないと何が起きてるかもわからん」
その肩を掴んで落ち着かせると、肩越しにカルメを見やる。
今は一つ一つ確かめていくしかない。
「カルメ、その穴の中がどうなってるかわかるか?」
「うーん、潜ってないから分からないのよね」
「……待て、潜る? そんなに深いのか?」
「ええ。とっても深くて砂塵も濃くてね。覗いては見たけど何にも見えなかったわ」
それほど深い穴が開く様な何かが起きたということらしい。
「ルナ、お前が知る人類史末期にはなかったんだな?」
「……はい。記録には何も」
「そうか」
となると、マナホール関連か?
例えばアルトで戦った解体屋が全力で暴れた後……とかならあり得るのかもしれない。
ロアは『他のマナホールは多分大丈夫』と言っていたが、早速否定されそうである。
やはりこの時代、何事も一筋縄では行かないようである。
「湖底の次は大穴か……」
「うーん、どうやって降りるか考えないとだね」
まだアルトには水があったからいい。
俺なら単身でも降りられるが、深さが分からないとなると安易には飛び込めない。
ロープを垂らすわけにもいかないし、どうしたものか。
「底も見えない位だから、勇者様でも降りるのはお勧めしないわね。……といっても、わたしが観測できているのはこの大穴の南側の一部分だけ。北東の方は針みたいに尖った岩山が連なっていて向こう側がどうなっているかは分かってないし、もっと奥――西側は半分も調べられてないわ」
他の外縁部からなら侵入できる可能性があるわけか。
……とんでもなく広い大穴。しかも砂漠だ。
歩いて調べるのは自殺行為かもな。
「その穴の南側には何がある?」
「都市の跡がたくさんあるわ。特にここ、南西端部には一番の大都市があるの。確か、名前はイグトゥナ」
ルナがよく使う指示棒で地図左下の都市を叩く。
するとそこを含めた周囲が毒々しい紫色へと染まっていった。
「でも、そこは今はあの混獣種の巣。というより、この先の都市跡は多分全てそうよ」
「……つまり、西に行くにしろ北に行くにしろ、調査のためにはあの化け物の本拠地に乗り込まなければならないということか?」
「そういうこと」
何とも楽しそうに言う奴である。
その呑気さに腹がたってくるが、彼女の言うことが事実であるならやるしかない。
「その巣に潜入、って訳にはいかないのかな」
「残念だけど無理ね。あんな見た目でも、ちゃんと魔獣の感知能力は残ってるの。何なら個体によっては感覚器官が増えてたりするわよ? 全て殺すつもりでいかないと駄目」
エリの提案も一蹴される。
殲滅以外の選択肢はないということらしい。
「殲滅……あの気味の悪い魔獣だらけの都市をか。気が引けるな……」
「でも、橋頭保は必要でしょう?」
「……そうだな」
魔獣だらけの砂漠を当てもなく彷徨うのは御免だ。
俺らに必要なのものは三つ。
大穴の先にあるマナホール――そこへの移動手段。
そもそも大穴が生まれた原因の解明。
そして、あの気味の悪い混住種とかいう怪物についての情報も得なければならない。
何も考えずに乗り込んで全滅しました、では話にならない。
非常に気は進まないが、都市を――カルメのいう『巣』を調査する必要があるのだろう。
「大穴の前に、この地方に何が起きたのかを調べなければなりませんね。……アルトの二の舞はごめんです」
「そうだね、ルナさん。修復者があの魔獣を作ったとはとても思えない。多分、別の何かがあるんだと思う」
「ええ、ええ! そうでしょう?」
皆の考えも同じらしい。
なら決まりだ。
「カルメ、ここから一番近い都市は?」
「西側に向かった先にあるわ。都市スルゥト――ここからなら、2日程歩けば着くかしら」
「よし、では最初の目標は此処より西の都市スルゥトの調査、並びにそこに居座る魔獣の殲滅、だな」
「はい! ……あ、ですが魔王さま」
「なんだ?」
俺の言葉にルナがしっかりと頷いて応えるも、直ぐに首を横に振った。
「都市規模の巣を殲滅となると、他の皆さんの到着を待った方が良いかと思います」
「そうだね。先程の魔獣がいっぱい出てくるとなると……人数は必要だと思うな」
「いや、それは――」
「――駄目よ、ルナ」
だがその言葉は、カルメの一言に断ち切られた。
驚いて彼女を見れば、一瞬寒気を感じる程に鋭い視線がこちらを向いていた。
「ここで後続を待つ? そんなのは絶対にダメ」
「カルメ……」
抜き身の刃の如く怒気を孕ませて。
この説明不足自動人形は、ようやくその目的の一旦を開示し始めるのであった。