人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第46話 休息地にて

 

 

 

 それから二度ほど魔獣の襲撃に遭いつつも、その全てを討伐して拠点へと真っすぐに進んでいった。

 遭遇した魔獣は巨大な蜥蜴のような体躯に蛇の頭、鷲のような翼をもった個体に、甲殻を纏った巨大な甲虫に竜のような尻尾の生えた個体と、凡そ見た事のない魔獣と呼んでいいかすら分からない連中であった。

 様々な虫や獣が混じった、カルメの言う通り混獣種と呼ぶべき奇怪な生命体。

 

 二体目を倒した時にはもう全員が身をもって理解した。

 この地方に生息する魔獣は、常識では理解不能の生態系を形成しているのだと。

 

「そろそろ日が消えますね……」

 

 砂漠を焦がしていた陽は陰りを見せつつある。

 あれだけ強烈であった熱気はとっくに消え失せ、既に肌寒い冷気が漂い始めている。

 そういえば、思わず震えるほどの寒さを体験するのはこの時代に目覚めて初めてだ。

 

「野営の準備をしなければ……カルメ、拠点まではまだかかりますか?」

「大丈夫よー。ちょうど着いたわ」

 

 そう言ってカルメは足を止める。

 だがそこは砂漠の合間にぽつぽつと存在していた赤茶けた岩山があるだけで、想像していた拠点と呼べるものは見当たらない。

 

「ここが、ですか?」

「そう。見つけたのはほんと偶然でねー? ほら、見て!」

 

 カルメが岩山の壁面に触れると、その手を中心に光が立ち上がる。

 岩山の表面を奔った光は四角の形を取り、その後中心から分かれて岩が消えていく――扉が開いたのだ。

 

「岩が消えた……?」

「そう、ここが入口なのよ。リヴラみたいでしょー? さ、入って入ってー」

 

 驚いているルナの後ろに回ると、その背を押して中へと入ってしまった。

 

「ちょっと、カルメ?」

「大丈夫。怖くないから。ほら、魔王様たちも―!」

「……行くか」

「……はい」

 

 岩をくぐると、直ぐに足元に灯る光に気が付く。

 ごつごつとした岩の洞窟かと思われたが地面は綺麗に均されており、両脇の壁面には光源が埋め込まれていた。

 光を追っていくと、それは傾斜をつけて地下へと向かっているらしい。

 

 

「階段……なるほど、地下に空間を作っているのか」

「砂漠の中に地下室を作るなんて、どうやったんだろう。凄い技術……」

 

 長い階段を下りていくと、その先には想像していたよりも広い空間が広がっていた。

 白を基調とした滑らかな石材の壁に囲まれ、無駄な装飾のない角ばった机がいくつも並び、その上には用途の分からない機械が置かれている。

 棚には工具やら分厚い衣服等の様々な用具が詰めこまれており、広間の中心には壁に埋め込まれた巨大な液晶。

 それらが天井に薄く灯る青い明りに照らされていた。

 

「……なんだ、ここは?」

 

 どこかの研究施設、という印象を受ける。

 だがそれがこんな砂漠の真下に……いや、砂漠化したのは後からか?

 

「さあ? 詳しくは調べてないのよねー。ただここは魔獣が来ないから、ありがたく利用させてもらってるの。……ルナなら何かわかるんじゃないかしら」

「……」

 

 だが、肝心のルナは辺りを見渡したまま停止していた。

 

 

「……ルナ?」

「はっ! すみません。ここまで完璧に保存されている場所を見るのは初めてで、つい……」

 

 確かに、どこも植木屋や魔獣たち、風化によってボロボロだったからなあ。

 ここは地下で、入口も隠されていたから、誰の手にも触れることなくここまで綺麗に残っているのだろう。

 

「早速調べてみます!」

「……そうだな。どんな機能が生きているか、それは調べないとな」

「わたしも五年ぶりだから、色々まだ動いているといいんですけど」

 

 そこからは手分けして、建物内部を調べていった。

 

 

***

 

 

「結局、ここが何かは分かりませんでしたね……」

 

 小一時間程建物内を調査した俺たちは、施設の中心と思われる広間に集まっていた。

 ここは入口から直通しているこの広間から、三つの方角に部屋が一つずつ繋がっている構造をしており、その先は倉庫や居住区へと繋がっていた。つまりはこの広間こそが施設の中心部であるらしい。

 

 ルナの後ろには青い映像を映し出す巨大モニター。そこには大陸南西部の地図が映されている。

 その周囲には辺りから見つけてきた、この場所に残されていた資材が詰まれている。

 それらと、この施設自体を調べて分かったことは三つだ。

 

 まず、水道などのライフラインは流石に機能していなかった。

 だがこれはリヴラから水生成の装置を持ってきているから問題ない。

 明かりが灯ったのは魔石――固定燃料を使った独立式だったからで、こちらはルナが入れ替えたことで暫くは持たせることができるだろう。

 

 宿泊用の部屋も幾つか見つかった。これが二つ目。

 殆どは人一人がギリギリ入る、眠るだけが目的の小さな部屋だったが、ベッドには棚があったり場所によっては頭の真上にモニターが来るようになっていたりと狭いなりに快適な空間になっている。

 数日ではなくある程度長期間の滞在を想定した施設のように思える。

 

 そして最後、この施設の作られた目的について。

 残念ながら残されていた資料は周辺の地形図や娯楽用の書籍くらいで、この場所に関する情報は一切残されてはいなかった。

 ルナが装置を調べてはみたのだが、人為的に破壊されていたそうだ。

 誰が何の目的で使っていたのかは分からないが、余程秘匿しなければならないことをしていたらしい。

 

「わざわざ記録を消したんだ。今は知る必要のないこと、と考えるしかないな」

「むむ……大変気になりますが、今は諦めましょう――さて、皆さん」

 

 とてもそうは聞こえない唸りるような声を上げてから、ルナは本題へと切り替える。

 

「幸い、建物自体には大きな破損はありませんでした。燃料も持ってきた魔石で問題ありませんし、拠点とするには十分でしょう。なにより地図が見つかったのは幸いでした」

 

 背後のモニターに映した地図を振り返って言う。

 この施設があるのは、大陸南西部の東端部。大陸中央を縦に走る山脈のすぐ隣だ。

 あの樹神教会があったのが大陸の丁度中心なので、ここが山脈を超えた直ぐ横にあたる。

 道程から考えれば当たり前だが、こうしてはっきりとわかるのは安心できる。

 

 かつての独立騎士国家連邦は、ここから更に西に向かった先に位置していた。

 最も近い都市ですら数日はかかるだろう。

 つまりはあの魔獣がわんさかいる砂漠を西に横断していかなければならない。

 ただ、幸いここは海に近い。

 リヴラ号に乗った後発組との合流は比較的簡単にできるだろう。

 

「この距離なら通信装置が使えます。イオにはここの位置を伝えておきますので、後は彼女たちがここに拠点を建設してくれるはずです」

「なら、私たちはそのまま探索を続けるってことかな?」

「もちろんよ! そうじゃなきゃ困るわ」

 

 机をたたいてカルメが抗議するも、こいつはただの戦闘したがりなので無視して続ける。

 

「ルナ、マナホールはどこにある?」

「はい。わたしに残った記録ですと……南西部北側、五つある首長国の一つトゥリハが位置した場所に建造されたようです」

 

 そう言ってルナが装置を操作すると、地図上に赤い点が表示される。

 この南西地方は急峻な岩山地帯が広がる北東部と、広大な草原の広がる中央〜南西部に分かれていた。

 トゥリハはその境界近くに位置し、連邦の中では最北の首長国であったという。

 何故そんなところにと思ったが、むしろ首都などにあんな巨大装置を建造するわけにもいかないかと直ぐに納得する。

 それに――。

 

「トゥリハか……」

 

 よりにもよってその名前が出るとは思わなかった。

 

「何か曰くある所なんです?」

 

 エリが首を傾げて聞いてくる。この勇者に歴史という知識はないのだろう。

 流石異世界人の上、長いこと山奥に引き籠もっていただけはある。

 その問いには、ルナが代わりに口を開いた。

 

「トゥリハは、人類と妖精が決定的に対立した事件――妖精狩りを行った国なんです」

 

 悪い意味で歴史に名を刻んだ都市。それがこのトゥリハだろう。

 連邦の首都は知らなくてもトゥリハは知っているという者は当時数多くいた。

 ルナの言葉にエリも顔色を変える。

 

「妖精狩り……それは私も知ってる。人類が妖精を捕らえて、奴隷化したって事件だよね」

「はい。実際にはより凄惨なことが行われたとも言われてますが、人類の歴史にはそう残されています」

 

 それから人類と妖精には根深い断絶が起き、一時は世界初の種族間戦争にまで発展しかけた。

 

「当時の連邦の統王、第六代ハリド王により戦争は未然に防がれましたが、その後長い間、人類と妖精は対立し続けたと言われています」

 

 人間、獣人、妖精。この三つの人型種族の関係を決定的に変えた歴史の転換点。その現場となったのがこのトゥリハだ。

 そして今はマナホールが置かれ地方を砂漠化させているという。本当に不運で、罪深い都市だろう。

 

「なら目指すはそこか」

「はい、そうですね。そのためにはまず北へ――」

「待って」

 

 頷き、トゥリハへのルートを説明しようとするルナをカルメが遮った。

 

 

「残念だけどそこへ行くのは無理よ」

「どうしてですか、カルメ」

「それはー、それが古い地図だから。ほら、わたしが調べた地図を見せてあげる」

 

 そう言ってカルメが装置を操作すると、彼女が調べたという「今」の地図が表示される。

 そこに映っていたのは――。

 

 

「……トゥリハ、失くなってますね」

 

 南西部に開いた、どでかい大穴であった。

 

 

***

 

 

 俺たちの目的であるマナホールがあるという土地、トゥリハ。

 だが映し出された地図にあるのはトゥリハ周辺に空いた大穴であった。

 当然、トゥリハ含めた幾つかの都市が、ごっそりと消失してしまっていた。

 

「ど、どういうことですかカルメ!」

「わたしに言われてもわかんないわよー。でも、この地図はほんと」

 

 手にしていた資料を放り捨てて詰め寄っていたルナに肩を掴まれ揺さぶられながらもカルメは微笑みを絶やさない。

 ……怪しいが、ここで嘘をつく理由もよく分からない。

 恐らくは真実なのだろう。

 

「ルナ、離してやれ」

「ですが……!!」

「まずは落ち着け。でないと何が起きてるかもわからん」

 

 その肩を掴んで落ち着かせると、肩越しにカルメを見やる。

 今は一つ一つ確かめていくしかない。

 

「カルメ、その穴の中がどうなってるかわかるか?」

「うーん、潜ってないから分からないのよね」

「……待て、潜る? そんなに深いのか?」

「ええ。とっても深くて砂塵も濃くてね。覗いては見たけど何にも見えなかったわ」

 

 カルメの言葉に合わせて、地図の大穴が黒く塗りつぶされていく。

 アルトなんて目ではない。都市が複数入る程の巨大な大穴だ。

 事実、塗りつぶされる前の地図ではトゥリハを含めた複数都市が描かれていた。

 その全てが消滅したとなれば、一体何があったというのか。

 

「湖底の次は大穴か……」

「うーん、どうやって降りるか考えないと、だね……」

 

 まだアルトには水があったからいい。

 俺なら単身でも降りられるが、深さが分からないとなるといくらエリでも飛び込むのは危険だろう。

 ロープを垂らすわけにもいかないし、どうするべきか。

 

「こんな場所に大穴ですか……一体何が……」

「それを調べるのがルナの役目でしょう? だから、早く行きましょう!」

「だから待て」

 

 ルナを引っ張って出ていこうとするカルメを慌てて止める。

 

 

「もー、なんですか魔王様」

「まだ他の場所のことも聞いていないんだ。いきなり大穴に行くわけがないだろう」

「……わかっていますよ。冗談じゃないですか、冗談。もちろん説明しますよー」

「さっさとそうしてくれ……」

 

 先程までルナがいた場所にカルメが立ち、彼女が見た南西部について教えてもらう。

 

「といっても、わたしが観測できているのはこの大穴の南側の一部分だけ。北東の方は針みたいに尖った岩山が連なっていて向こう側がどうなっているかは分かってないし、もっと奥――西側は半分も調べられてないわ」

 

 北東の岩山以降は当時から人の住まない、魔獣の領域下であったという。

 我々が調べるような文明はないのだろう。

 

「その穴の南側には何がある?」

「都市の跡がたくさんあるわ。特にここ、南西端部には一番の大都市があるの。確か、名前はイグトゥナ。そこがこの地方の首都よ」

 

 ルナがよく使う指示棒で地図左下の都市を叩く。

 するとそこを含めた周囲が毒々しい紫色へと染まっていった。

 

「でも、そこは今はあの混獣種の巣。というより、この先の都市跡は多分全てそうよ」

「……つまり、西に行くにしろ北に行くにしろ、調査のためにはあの化け物の本拠地に乗り込まなければならないということか?」

「そうねー」

 

 何とも楽しそうに言う奴である。

 その呑気さに腹がたってくるが、彼女の言うことが事実であるならやるしかない。

 

「その巣に潜入、って訳にはいかないのかな」

「残念だけど無理ね。あんな見た目でも、ちゃんと魔獣の感知能力は残ってるの。何なら個体によっては感覚器官が増えてたりするわよ? 全て殺すつもりでいかないと駄目」

 

 エリの提案も一蹴される。

 ……確かにあの魔獣はどこまでも得体が知れない。

 巣というからには多くの魔獣が潜んでいる筈。

 そこに忍び込んで、内部で気づかれてしまったらこちらが全滅する可能性がある。

 それなら地道に殲滅した方が早い……のかもしれない。

 カルメの言っていた、俺たちなら勝てる、という言葉も巣に真っ向から立ち向かえる戦力があるという意味だったのだろうか。

 

 

「そう簡単にいくとは思えんが……やるしかないか?」

 

 大穴の先にマナホールがあるとしても、この地方で何が起きたかは調べておかなければならないだろう。

 俺たちはまだマナホールを一つ修理しただけ。次は解体屋以上の化け物――それこそ修復者の混獣種なんてものが現れる可能性だってある。

 何も考えずに乗り込んで全滅しました、では話にならない。

 非常に気は進まないが、都市を、カルメのいう巣を調査する必要があるのだろう。

 ルナを見れば、同じ考えなのか頷きが返ってくる。

 

「大穴の前に、この地方に何が起きたのかを調べなければなりませんね。……アルトの二の舞はごめんです」

「そうだね、ルナさん。修復者があの魔獣を作ったとはとても思えない。多分、別の何かがあるんだと思う」

「ええ、ええ! そうでしょう?」

 

 皆の考えも同じらしい。

 ならばそのための準備をせねばなるまい。

 

「カルメ、ここから一番近い都市は?」

「西側に向かった先にあるわ。都市スルゥト――ここからなら、2日程歩けば着くかしら」

「よし、では最初の目標は此処より西の都市スルゥトの調査、並びにそこに居座る魔獣の殲滅、だな」

「はい……!!」

 

 先ずはカルメの言う巣を調べて、今この地方に起こっている問題を知らなければならない。

 俺の言葉に、ルナがしっかりと頷いて応えるも、直ぐに首を横に振った。

 

「ですが、都市規模の巣を殲滅となると、他の皆さんの到着を待たねばなりませんね」

 

 確かに、巣という言葉だけ聞けば大した規模には聞こえないが、そのサイズは都市が丸ごと一つだ。

 あの巨体とはいえ、どれほどの数が生息しているというのか。

 ルナの言葉にエリも同意の頷きを返した。

 

「そうだね。先程の魔獣がいっぱい出てくるとなると……人数は必要だと思――」

「駄目よ」

 

 だがその言葉は、カルメの一言に断ち切られた。

 驚いて彼女を見れば、一瞬寒気を感じる程に鋭い視線がこちらを向いていた。

 

「ここで後続を待つ? そんなのは絶対にダメ」

「……何故ですか、カルメ」

「それは、わたしたちが先行部隊だから。今ここまでの情報は、あの教会でわたしがルナに教えれば事足りた事よ。でもあなたは、船が直るのを待たずにここへ向かうことを選んだ。そうでしょう?」

「……はい」

「そして、あなたは見たでしょう? 言葉ではとても信じられない事態がここ地方では起きている。あの混獣種の生態は、正直わたしもよく分かっていないわ。船で乗り付けることが安全だと保証もできない。……それでも、この先の巣なら案内ができる。このメンバーなら、勝てるとわたしが保証する。あなたは、わたしのこの言葉を信じられない?」

「……いいえ。カルメを疑うなんてこと、するはずがありません」

 

 驚いたものの、はっきりとそう言い切ったルナに一瞬目を見開き、小さくありがとうと呟いてから、カルメは再び言葉を紡ぐ。

 

 

「ならば、あなたは絶対に巣まで行くべき。何も知らない仲間をこの地方に導き、あの巣に連れて行って、万が一誰かが死んだら、それはあなたのせいになる」

「……」

 

 刃物のようにカルメの言葉がルナに突き立ち、ルナは何も言えずに俯いている。

 だが、俺もエリも口をはさむことはできなかった。言葉こそ厳しいが、それを告げるカルメの表情が俺たちには見えていたから。

 

「忘れたとは言わせないわ。わたしたちの失敗を。……何もできずに死なせてしまった、仲間たちのことを」

「……忘れる筈がありません。わたしのせいで、皆が死にました」

「いいえ。わたしたちのせい。ねえ、ルナ。わたしたちは、あの時間違えちゃったの。きっともっと上手くできるやり方があったと、今なら思うわ。でも、わたしは強くなったわ。きっと、あなたも。……だから、わたしたちはもう間違えない」

「……はい」

 

 カルメの手が肩に置かれて、ルナがようやく顔を上げて彼女の顔を見る。

 そこに浮かぶ慈愛とでもいうべき優しい笑みを見て、ルナもまた強張っていた表情を崩した。

 

 ……唯の戦闘狂という思い込みは、どうやら間違いだったらしい。

 やはり彼女もまた、ルナの仲間なのだ。それも、飛び切りルナのことが大切な。

 

 彼女の言うことも最もだ。

 あんなよく分からない生物がいる場所に船で乗り付けて、万が一船を破壊されれば俺たちは詰みだ。

 その恐怖を、俺たちはシンジュのいた廃教会で十分味わった。

 それなら少数で乗り込み安全を確保した方が余程確実だろう。……ちゃんと考えがあっての行動だったらしい。

 それでも、その情報は先に話しておけよ、と思わないでもないのだが。

 何故か一緒になって潤んでいるエリのことは置いておいて、意識を切り替えるために手を叩いく。……ロアの癖が移ったな。まあいい。

 

「安心しろ。元から何もしないつもりはない。俺たちは先行して都市の調査だ」

 

 蛇を使って一人ででも調べようと思っていたが、そうと決まれば話は早い。

 

「うんうん! それなら任せなさい!」

「ああ、頼んだぞ。だがその前に魔獣たちの話も聞かなければいけない。混獣種と言ったか?」

 

 目的がはっきりすれば、次は敵が誰か、だ。

 

「ええ。わかりやすいでしょう? ただあれも、わたしが知っていることはそんなにないわよ? 見ての通り、色んな魔獣の混合体。分かっていることは……そうね、二つくらいかな?」

 

 そう言って指を立ててカルメは言う。

 

「一つは巣をつくり群れをつくること。そして、あれは食べた相手の特徴を奪う、ということ」

「相手の特徴を……? そんなゲームみたいに……。でもそっか、だからおかしな身体をしてたんだね」

「そうなのよ。彼らは魔獣だけじゃなく、仲間の死体も食べるの。その中からいいとこどりをして、彼らは強くなっていくみたい」

「恐ろしい生態ですね……」

 

 これまで対峙した混獣種を思い出す。

 あれが『良いとこどり』なのかは不明だが、あの調子で強化され続けた、所謂主クラスの個体がいるのだとしたら厄介この上ないだろう。

 

「彼らに共通した特徴はないっていうのはそういうこと。つまりわたしたちはこれから、あらゆる生物の集合体と戦うということになるわ。……ああ! なんて素晴らしい!」

「そう思うのはカルメだけではないかと……」

「……素晴らしい、ねえ」

 

 どう考えてもそうは思えないが、それは相手の魔獣が理由というだけではない。

 ずっと、気になっていた。このカルメという存在の行動が。

 あえて情報を出さず、俺たちをここまで誘導している理由は今わかった。

 だがそれだけではない。

 

『――ああ! やっと帰ってくることができました! この場所に! あなたのいる場所に!』

 

 こいつはあの時こう言ったのだ。

 そこにルナへの心配は欠片もなく、先のルナへの叱咤にあの時の激情はなかった。

 

 ――あれは、あの感情は狂気だ。

 

 そして、『あなた』と告げる誰かの存在。

 そろそろ、はっきりさせておかねばならない。こいつの中にあるものが何なのか。

 

「……で、だ。カルメ。そろそろ話して貰おうか。お前がそうまでして此処での戦いを急ぐ理由を」

「……あら」

 

 カルメを真正面から見つめて、告げる。

 その瞬間、彼女の表情から笑みが消えた。

 

「それは、武者修行の為じゃ……?」

「ならばこんなに急ぎはしないだろう。それにこいつは『やっと戻ってこれた』と言った。ただの修行にそこまでするとは思えない。それに、『あなた』とも。……何かあるんだろ? ここで戦う理由が」

 

 そして先程の戦闘だ。彼女の戦いへの意欲は異様と言っていい。

 ルナたちを守るための性格付けというのならある程度納得はできるが、それにしても好戦的すぎる。

 戦いだけではなく、この場所自体に憑りつかれていると言ってもいいほどに。

 恐らくは、彼女のこの行動の理由はこの場所にあるのだろう。

 それを、知らなければならない。彼女の言う通り手遅れになる前に。

 

 エリとルナの視線も集まり、逃げ場を失くしたカルメは、大きく息を吐いた。

 

「……嘘はつけないわね。あ、つく気はなかったわよ? そこは安心して。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけ――だって、そうでしょう? わたしの想いを話すなんて初めてなんですもの」

 

 そう言って、カルメは首に下げていた鎖を掴んで掲げた。

 その先端には、歪に結晶化されたような、虹色に光る石が付いていた。

 

「あれは、わたしが修行を始めてから五年ほどが経った頃かな。自分の力で混獣種を倒し始めていたわたしは、ある時巣に挑んだの。そこで特別大きな個体と戦ってね。これは、その混獣種の身体から出てきたもの」

「石のように見えるけど……ルナさん、分かりますか?」

「……詳細は分かりませんが、中に細かく刻まれた紋様があります。魔法石か何かでしょうか」

 

 目を光らせて告げるルナに、カルメは頷く。

 

「これね、音を閉じ込めてあるみたい。魔力を流し込むと、記録された音声を再生してくれるものだったの」

「ボイスレコーダーですか。それがあの魔獣の中に?」

「そう。多分、幾つかの強力な個体の中に仕込んでいたのね。……これを倒せる存在を、探していたみたい」

「探していた……? それは、つまり――」

「そう。混獣種たちの大本には『誰か』がいる。そして、これはその誰かからのメッセージ。そして、わたしがここで戦う理由よ」

 

 いくわよ、と言ってからカルメはその音鳴石に魔力を流し込んだ。

 すると、石は淡く輝きを放って中に記録された音声を再生し始める。

 一体どんな音が流れてくるのかと思えば、聞こえてきたのは微かな――優しい声色の男の声であった。

 

 

『これを聞いている誰か。お願いを聞いてほしい。――どうか僕を、殺してほしい』

 

 

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