皆の合流を待ってからの出発。
ルナのその考えを、同じ
更に怒りを見せるその表情に、地下拠点の空気が張り詰めた。
「……何故ですか、カルメ。どうして合流を待っては駄目なのでしょう」
「それは、わたしたちが先行部隊だから」
よっと、と腰掛けていた机を降りて、カルメがゆっくりと歩き始めた。
かつかつと音を響かせながら、彼女はその理由を話し始める。
「今ここまでの情報は、あの教会でわたしがルナに教えれば事足りた事よ。でもあなたは、船が直るのを待たずにここへ向かうことを選んだ。そうでしょう?」
「……はい」
「ならば、あなたは絶対に巣まで行くべきよ。だって船を待って皆で都市に挑むのと、船を修理してこの拠点に向かうこと……この二つの選択肢に、違いなんてないんだから」
見知らぬ土地に全戦力を投入する――ルナはそれを避けるためにこの偵察を行った。
なのに今度は見知らぬ巣に投入するのか?
カルメはそう問うている。
「あなたは見たでしょう? 言葉ではとても信じられない事態がここ地方では起きている。あの混獣種の生態は、正直わたしもよく分かっていないわ。……それでも、この先の巣なら案内ができる。このメンバーなら勝てるとわたしが保証する。あなたは、わたしのこの言葉を信じられない?」
「……いいえ。カルメを疑うなんてこと、するはずがありません」
「ふふっ、ありがとう。嬉しいわ」
本当に嬉しそうに目を細めてから、カルメは再び言葉を紡ぐ。
「もし何も知らない仲間をこの地方に導き、あの巣に連れて行って、万が一誰かが死んだら……それは指揮官であるあなたのせいになるの、ルナ」
「……」
「わたしたちは仲間のために情報を手に入れなければならない。……そうでしょう?」
刃物のようにカルメの言葉がルナに突き立つ。
ただ、止めることはしなかった。言葉こそ厳しいが、それを告げるカルメの表情が俺たちには見えていたから。
「忘れたとは言わせないわ。わたしたちの失敗を。……何もできずに死なせてしまった、仲間たちのことを」
「……忘れる筈がありません。わたしのせいで、皆が死にました」
「いいえ。
カルメの手が肩に置かれて、ルナがようやく顔を上げて彼女の顔を見る。
そこに浮かぶ慈愛とでもいうべき優しい笑みを見て、ルナもまた強張っていた表情を崩した。
「カルメ……」
「ねえ、ルナ。わたしたちは、あの時間違えちゃったの。きっともっと上手くできるやり方があったと、今なら思うわ。でも、わたしは強くなったわ。きっと、あなたも。……だから、わたしたちはもう間違えない」
「……はい」
……唯の戦闘狂という思い込みは、どうやら間違いだったらしい。
やはり彼女もまた、ルナの仲間なのだ。それも、とびきりルナのことが大切な。
――イオといい、こいつらは本当に人形なのか?
何故か一緒になって潤んでいるエリのことは置いておいて、意識を切り替えるために手を叩いく。……ロアの癖が移ったな。まあいい。
「決まりだな。俺たちは先行して都市の調査に向かう。カルメ、先導を頼むぞ」
「勿論、わたしに任せて」
「頼む……で、だ。カルメ。そろそろ話して貰おうか。お前がそうまでして此処での戦いを急ぐ理由を」
「……あら」
カルメを真正面から見つめて告げると、彼女の表情から笑みが消えた。
「武者修行の為じゃ……?」
「ならばこんなに急ぎはしないだろう。それにこいつは『やっと戻ってこれた』と言った。ただの修行にそこまでするとは思えない。それに、『あなた』とも。……何かあるんだろ? ここで戦う理由が」
そして先程の戦闘だ。彼女の戦いへの意欲は異様と言っていい。
ルナたちを守るための性格付けというのならある程度納得はできるが、それにしても好戦的すぎる。
戦いだけではなく、この場所自体に憑りつかれていると言ってもいいほどに。
恐らくは、彼女のこの行動の理由はこの場所にあるのだろう。
それを知らなければならない。彼女の言う通り手遅れになる前に。
エリとルナの視線も集まり逃げ場を失くしたカルメは、大きく息を吐いた。
「……嘘はつけないわね。あ、つく気はなかったわよ? そこは安心して。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけ――だって、そうでしょう? わたしの想いを話すなんて初めてなんですもの」
そう言って、カルメは首に下げていた鎖を掴んで掲げた。
その先端には、歪に結晶化されたような、虹色に光る石が付いていた。
「あれは、わたしが修行を始めてから五年ほどが経った頃かな。自分の力で混獣種を倒し始めていたわたしは、ある時巣に挑んだの。そこで特別大きな個体と戦ってね。これは、その混獣種の身体から出てきたもの」
「石のように見えるけど……ルナさん、分かりますか?」
「……詳細は分かりませんが、中に細かく刻まれた紋様があります。魔法石か何かでしょうか」
目を光らせて告げるルナに、カルメは頷く。
「これね、音を閉じ込めてあるみたい。魔力を流し込むと、記録された音声を再生してくれるものだったの」
「ボイスレコーダーですか。それがあの魔獣の中に?」
「そう。多分、幾つかの強力な個体の中に仕込んでいたのね。……これを倒せる存在を、探していたみたい」
「探していた……? それは、つまり――」
「そう。混獣種たちの大本には『誰か』がいる。そして、これはその誰かからのメッセージ。そして、わたしがここで戦う理由よ」
いくわよ、と言ってからカルメはその音鳴石に魔力を流し込んだ。
すると、石は淡く輝きを放って中に記録された音声を再生し始める。
一体どんな音が流れてくるのかと思えば、聞こえてきたのは微かな――優しい声色の男の声であった。
『これを聞いている誰か。お願いを聞いてほしい。――どうか僕を、殺してほしい』
***
わたしの目的と言って流された音声は、自分を殺して欲しいと告げている。
その剣呑さに全員が言葉を失っていると、微かな呼吸音の後に音声の続きが流れていく。
『僕は首都イグトゥナにいる。イグトゥナの地下監獄。その最下層だ』
そしてあまりにも絶望的な言葉が続く。
俺とルナの顔が同時に引き攣り、その逆にカルメの笑みは深まっていく。
『どうか、どうか僕を殺して欲しい。君が今倒した彼らを止められる手段は、それだけだ』
その言葉を最後に、石は光を失っていく。
どうやらそれがメッセージの全てであるらしかった。
「どう?」
「と……とっても重要な情報ではないですか!!!」
飛び上がるように立ち上がってルナが叫ぶ。
「つまりその声の主を倒せば魔獣は止まるということですよね?」
「多分ねー。でも目的は変わらないでしょう? 南西の首都イグトゥナに行って敵を倒す。それだけよ」
「変わりますよ! とっても!」
「そう? だってどの道あの混獣種は攻撃してくるじゃない」
「でも魔獣を全て殲滅するかしないかは変わります! 大きな違いです!」
まさにその通りであるが、その作戦立案は後回しだ。
更に詰めようとするルナの肩を掴んで止めて、カルメに視線を向ける。
「カルメ。今のが、お前がここで戦おうとしてる理由なんだな?」
「……ええ、そうよ。この人を殺すことがわたしの目的。この石を拾ってからずっと、わたしの目的は変わらない。例えあの教会でルナたちに出会わなかったとしても、わたしはここに戻って来たわ。やるべきことは、変わらないの」
石を愛おしそうに撫でてから、カルメは吹っ切れたように顔を上げた。
「魔獣を倒し、強くなること。そして最後に、この人を殺すこと。それが、わたしがこの地方で戦い続ける理由よ」
そうしてカルメは語り始めた。
自分がどうしてこの男を殺したいと願ったか、その理由を。
***
この声の主を殺すこと。
それがわたしの戦う理由だった。
だってそうでしょう? そもそもわたしの存在理由は、魔獣を殺すことだった。
ルナを――他の皆を守るために多くの命を殺すこと。
それがわたしの使命で、造られた理由で。別にそれを疑問に思ったことはない。
でも戦いに負けて、皆を失って。ルナともイオとも別れることになった時思ったの。
――ああ、わたしはそれすら出来ないほどに弱かったんだなって。
だからわたしは修行の旅に出ることに決めた。
大好きなルナたちとも別れて、もしかしたら守らなければならない時に傍に居られない可能性も飲み込んで。
偶然辿り着いたこの場所はとってもシンプルだった。
殺した相手は仲間だろうと食らって糧にする。わたしが何も考えずに成長して、得た力でルナたちを今度こそ助ける――その目的にはピッタリだった。
そして五年以上、わたしはここで戦い続けた。
でもずっと一人で戦い続けることは、いくら戦うことを前提に造られたわたしでも苦しかったのでしょう。
多分、どこかおかしくなっていたんだと思う。
その証拠に、実は最初の何年かの記憶はあまりないの。記憶力だけは確かなわたしたちだけれど、それでも摩耗してしまうほどに我を忘れていたみたい。
覚えているのはどうやれば戦いに勝てるか……それだけ。
毎日魔獣と戦って、血を浴びて、装備が消耗したらここに戻ってくる。それだけの日々だったから。
でもある日、この石に出会った。
初めて一人で巣に挑んだ時だった。片腕が取れかかってなんとか勝てたと思ったら、綺麗な石が出てきて驚いたのを覚えている。
そして声を聞いたときはもっと驚いたわ。わたしたち以外に生きている誰かがいるんだって。
それこそルナの言う特異主が生きていたのかも、って。
でも同時に、何を勝手にと思ったわ。
だってそうでしょう?
自分が死ねば何とかなるのなら死ねばいい。人に託すなんて、無責任にもほどがある。
でもただ強くなることが目的のわたしにとっては丁度良かった。
この人を殺すことができるまで強くなれれば、きっとわたしは皆を守ることができるから。
だからそれからはずっと、この人を目指して戦った。
混獣種を倒して、補給のために戻ってきてはこの声を聞いていたの。
もう何度聞いたか分からない。
そうしたら、色んな事を考えるようになった。
なんでこの人は自分を殺すことが出来ないんだろう。できない環境にあるのか、自分では動くこともできないくらい弱ってるんだろうか。
だから声を残したんだとしたら、納得はできた。
そしてある時。
襲ってきた混獣種を切り伏せ、その血を浴びてる時に気づいたの。
もしかしたらこの人は
ルナの探していた特異主の話。
封印されていたり、眠っていたりはあるけれど。
死ぬことができない……生き続けてしまう人だっているんじゃないか。
もしかしたらこの人がそうなんだろうかって思ったの。
自分では死ぬことができないから、混獣種を殺すことができる誰かに頼んでる。
それならこの石が混獣種の体内に隠されていた理由はよくわかる。
わたしならできると、そう思った。
あの化け物だらけの魔獣たちを乗り越えて、強くなることができれば、殺すことができるかもしれないって。
それからわたしの目的は少し変わったわ。
強くなって、そして、この人を殺してあげること。他の誰でも出来なかったことを、わたしならしてあげられるんじゃないかって。
だってわたしは、願いが叶わない苦しみを知ってる。
ルナが苦しんでいたことを知ってるもの。
あの子の願いを叶えることができなかったわたしが、この人の願いを叶えることができるなら……それはわたしにとってなによりの成長になる。そう思ったの。
それからはこの人のために戦った。
何年も何年も戦って、強くなっても同じくらい強くなっている魔獣に阻まれて。
帰るたびにこの人の声を聞いて――そうしているうちに、気づいてしまったの。
もう目的はどうでもいい。
わたしは、この人を殺してあげたい。この人の存在が、長い時間をかけてわたしの心に深く刻まれてしまったのだ。
「それって――」
エリさんの声が聞こえてくる。
驚いたような、少し喜んでいるような。
ああ、やっぱり本当の勇者様には分かるのね。
出来れば話さずにいたかったのだけれど、魔王様の気持ちも分かります。
こんな何も話さない女、信用されるわけもない。
でも、だって――恥ずかしいんですもの。
「ええ。この方がわたしの運命の宿敵。世界のため、わたしのために絶対に殺さなければならない人だと、そう思うんです」
***
宿敵だと、この少女の姿をした人造人形はそういった。
全員が唖然とする中、頬を染め、両手を当てたカルメはふりふりと身体を揺らしている。
まるで恋をする乙女のように。
ひとり、エリだけが首をぶるぶると横にふるっている。
「いえ、どう見てもそれはこ――」
「ええ、ええ! そうです。これは運命なんです。わたしがこの方を、この手で殺してあげる。それこそがわたしの戦う理由です」
「カルメ……」
ルナは目を見開いて驚きを表している。
その奥に宿るのは、果たしてどのような感情なのか。
「いえ、だからですねカルメさん? それは多分――」
「ええ、エリさん! ルナから散々聞いてあなたと魔王様の話は覚えています。世界の命運をかけ、命を懸けて戦う二人――なんと燃えることでしょう! わたしには関係のないことだと思っていたのに、きっとどこか、仄かな憧れがあったのでしょう。……わたしにも、そんな相手がいたのです! これは是が非でも、殺さなければならないのです!」
運命なのです!と響く声でカルメは叫んだ。
しかしこのカルメ、イオと比べても異常なほどに感情が豊かである。ルナを見ている限りでは全く信じられない。
彼女の経験がこうした感情を生み出したのか。あるいはもとよりこういった感情が現れる可能性があるのか――。
エリも驚き半分、訂正したい衝動半分といった表情で、身体が上下に揺れ動いている。
話が終われば今にでも突撃して聞き出そうという様子であったのだが。
「だから、それは……? あれ? でもこれ訂正したら自動的に私も……?」
何やら呟いた後、黙って動かなくなってしまった。
ややこしいのでそのまま静かにしていて欲しい。
「本当はルナや皆を巻き込むつもりはなかったんだけれど……でも丁度良かったわ。わたしの目的を達成すれば、ルナの目的達成にも繋がるのでしょう? マナホール……初めて聞いたときは驚いたけど。全ては一つに繋がっている」
「……そう、ですね。もしこの方の言うことが事実なのだとすれば、この方を倒すことで都市の探索はとても楽になるはずです」
「そう。あの人を殺せば全て解決する。だからやることは変わらない……そうでしょう?」
「ああ、そうだな」
やることは結局変わらない。
だけど、やはり聞いておく意味はあった。
「理解したよ、カルメ。お前がここに固執する意味も、戦いたいと願う理由も。約束しよう。この声の主を殺す役目は必ずお前に任せると」
「それは勿論! ならばわたしも約束します。必ずわたしがこの方を殺して、皆さんの、ルナの願いを叶えると」
音鳴石を手にもって、胸に手を当てて、カルメは改めて告げる。
「戦闘用個体カルメ。これより皆さんの刃となりましょう。全ては、この方を殺すため。ルナの願いを叶えるために」
想いを一つにして、俺たちはようやく南西部攻略へと踏み出すのであった。