人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
わたしの目的と言って流された音声は、自分を殺して欲しいと告げている。
その剣呑さに全員が言葉を失っていると、微かな呼吸音の後に音声の続きが流れていく。
『僕は首都イグトゥナにいる。イグトゥナの地下監獄。その最下層だ』
そしてあまりにも絶望的な言葉が続く。
俺とルナの顔が同時に引き攣り、その逆にカルメの笑みは深まっていく。
『どうか、どうか僕を殺して欲しい。君が今倒した彼らを止められる手段は、それだけだ』
その言葉を最後に、石は光を失っていく。
どうやらそれがメッセージの全てであるらしかった。
「どう?」
「と……とっても重要な情報ではないですか!!!」
飛び上がるように立ち上がってルナが叫ぶ。
「つまりその声の主を倒せば魔獣は止まるということですよね?」
「多分ねー。でも目的は変わらないでしょう? 南西の首都イグトゥナに行って敵を倒す。それだけよ」
「変わりますよ! とっても!」
「そう? だってどの道あの混獣種は攻撃してくるじゃない」
「でも魔獣を全て殲滅するかしないかは変わります! 大きな違いです!」
まさにその通りであるが、その作戦立案は後回しだ。
更に詰めようとするルナの肩を掴んで止めて、カルメに視線を向ける。
「カルメ。今のが、お前がここで戦おうとしてる理由なんだな?」
「……ええ、そうよ。この人を殺すことがわたしの目的。この石を拾ってからずっと、わたしの目的は変わらない。例えあの教会でルナたちに出会わなかったとしても、わたしはここに戻って来たわ。やるべきことは、変わらないの」
石を愛おしそうに撫でてから、カルメは吹っ切れたように顔を上げた。
「魔獣を倒し、強くなること。そして最後に、この人を殺すこと。それが、わたしがこの地方で戦い続ける理由よ」
そうしてカルメは語り始めた。
自分がどうしてこの男を殺したいと願ったか、その理由を。
***
この声の主を殺すこと。
そう、それがわたしの戦う理由だった。
だって、そうでしょう? そもそもわたしの存在理由は、魔獣を殺すことだった。
ルナを、他の皆を守るために多くの命を殺すこと。
それがわたしの使命で、造られた理由で。別にそれを疑問に思ったことはない。
でも戦いに負けて、皆を失って、ルナともイオとも別れることになった時思ったの。
――ああ、わたしはそれすら出来ないほどに弱かったんだなって。
だからわたしは修行の旅に出ることに決めた。
大好きなルナたちとも別れて、もしかしたら守らなければならない時に傍に居られない可能性も飲み込んで。
偶然辿り着いたこの場所はとってもシンプルだった。
殺した相手は、仲間だろうと食らって糧にする。わたしが何も考えずに成長して、得た力でルナたちを今度こそ助ける――その目的にはピッタリだった。
そして五年以上、わたしはここで戦い続けた。
でもずっと一人で戦い続けることは、いくら戦うことを前提に造られたわたしでも苦しかったのでしょう。
多分、どこかおかしくなっていたんだと思う。
その証拠に、実は最初の何年かの記憶はあまりないの。記憶力だけは確かなわたしたちだけれど、それでも摩耗してしまうほどに我を忘れていたみたい。
覚えているのはどうやれば戦いに勝てるか、それだけ。
毎日魔獣と戦って、血を浴びて、装備が消耗したらここに戻ってくる。それだけの日々だったから。
でもある日、この石に出会った。
初めて一人で巣に挑んだ時だった。片腕が取れかかってなんとか勝てたと思ったら、綺麗な石が出てきて驚いたのを覚えている。
そして声を聞いたときはもっと驚いたわ。わたしたち以外に生きている誰かがいるんだって。
それこそルナの言う特異主が生きていたのかも、って。
でも同時に、何を勝手にと思ったわ。
だってそうでしょう?
自分が死ねば何とかなるのなら死ねばいい。人に託すなんて、無責任にもほどがある。
でもただ強くなることが目的のわたしにとっては丁度良かった。
この人を殺すことができるまで強くなれれば、きっとわたしは皆を守ることができるから。
だからそれからはずっと、この人を目指して戦った。
混獣種を倒して、補給のために戻ってきては、この声を聞いていたの。
もう何度聞いたか分からない。
そうしたら、色んな事を考えるようになった。
なんでこの人は自分を殺すことが出来ないんだろう。できない環境にあるのか、自分では動くこともできないくらい弱ってるんだろうか。
だから声を残したんだとしたら、納得はできた。
そしてある時。
襲ってきた混獣種を切り伏せ、その血を浴びてる時に気づいたの。
もしかしたら、この人は自分で死ぬことができないのかもしれない――って。
ルナの探していた特異主の話。
封印されていたり、眠っていたりはあるけれど。
死ぬことができない……生き続けてしまう人だっているんじゃないか。
もしかしたらこの人がそうなんだろうかって思ったの。
自分では死ぬことができないから、混獣種を殺すことができる誰かに頼んでる。
それならこの石が混獣種の体内に隠されていた理由はよくわかる。
わたしならできると、そう思った。
あの化け物だらけの魔獣たちを乗り越えて、強くなることができれば、殺すことができるかもしれないって。
それから、わたしの目的は少し変わったわ。
強くなって、そして、この人を殺してあげること。他の誰でも出来なかったことを、わたしならしてあげられるんじゃないかって。
だってわたしは、願いが叶わない苦しみを知ってる。
ルナが苦しんでいたことを知ってるもの。
あの子の願いを叶えることができなかったわたしが、この人の願いを叶えることができるなら、それはわたしにとってなによりの成長になる。そう思ったの。
それからはこの人のために戦った。
何年も何年も戦って、強くなっても同じくらい強くなっている魔獣に阻まれて。
帰るたびにこの人の声を聞いて――そうしているうちに、気づいてしまったの。
もう目的はどうでもいい。
わたしは、この人を殺してあげたい。この人の存在が、長い時間をかけてわたしの心に深く刻まれてしまったのだ。
「それって――」
エリさんの声が聞こえてくる。
驚いたような、少し喜んでいるような。
ああ、やっぱり本当の勇者様には分かるのね。
出来れば話さずにいたかったのだけれど、魔王様の気持ちも分かります。
こんな何も話さない女、信用されるわけもない。
でも、だって――恥ずかしいんですもの。
「ええ。この方がわたしの運命の宿敵。世界のため、わたしのために絶対に殺さなければならない人だと、そう思うんです」
***
宿敵だと、この少女の姿をした人造人形はそういった。
全員が唖然とする中、頬を染め、両手を当てたカルメはふりふりと身体を揺らしている。
まるで恋をする乙女のように。
ひとり、エリだけが首をぶるぶると横にふるっている。
「いえ、どう見てもそれはこ――」
「ええ、ええ! そうです。これは運命なんです。わたしがこの方を、この手で殺してあげる。それこそがわたしの戦う理由です」
「カルメ……」
ルナは目を見開いて驚きを表している。
その奥に宿るのは、果たしてどのような感情なのか。
「いえ、だからですねカルメさん? それは多分――」
「ええ、エリさん! ルナから散々聞いてあなたと魔王様の話は覚えています。世界の命運をかけ、命を懸けて戦う二人――なんと燃えることでしょう! わたしには関係のないことだと思っていたのに、きっとどこか、仄かな憧れがあったのでしょう。……わたしにも、そんな相手がいたのです! これは是が非でも、殺さなければならないのです!」
運命なのです!と響く声でカルメは叫んだ。
しかしこのカルメ、イオと比べても異常なほどに感情が豊かである。ルナを見ている限りでは全く信じられない。
彼女の経験がこうした感情を生み出したのか。或いはもとよりこういった感情が現れる可能性があるのか――。
エリも驚き半分、訂正したい衝動半分といった表情で、身体が上下に揺れ動いている。
話が終われば今にでも突撃して聞き出そうという様子であったのだが。
「だから、それは……? あれ? でもこれ、訂正したら自動的に私も……?」
何やら呟いた後、黙って動かなくなってしまった。
ややこしいので、そのまま静かにしていて欲しい。
「本当はルナを、皆を巻き込むつもりはなかったんだけれど……でも丁度良かったわ。わたしの目的を達成すれば、ルナの目的達成にも繋がるのでしょう? マナホール……初めて聞いたときは驚いたけど。全ては一つに繋がっている」
「……そう、ですね。もしこの方の言うことが事実なのだとすれば、この方を倒すことで、都市の探索はとても楽になるはずです」
「そう。あの人を殺すこと。そうすれば全て解決する。だからやることは変わらない、そうでしょう?」
「ああ、そうだな」
やることは結局変わらない。
だけど、やはり聞いておく意味はあった。
「理解したよ、カルメ。お前がここに固執する意味も、戦いたいと願う理由も。約束しよう。この声の主を殺す役目は必ずお前に任せると」
「それは勿論! ならばわたしも約束します。必ずわたしがこの方を殺して、皆さんの、ルナの願いを叶えると」
音鳴石を手にもって、胸に手を当てて、カルメは改めて告げる。
「戦闘用個体カルメ。これより皆さんの刃となりましょう。全ては、この方を殺すため。ルナの願いを叶えるために」
想いを一つにして、俺たちはようやく、南西部攻略へと踏み出すのであった。
説明がややこしかったので旧4~6話を統合して、2話に圧縮しました。
話数がずれちゃったので何か不具合があったらすみません…。