人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
翌日、夜明けを待って俺たちは行動を開始した。
魔獣たちの動きが鈍いうちに砂漠を北上していき、日差しが最も強くなる頃には目的の場所へと到達した。
第一の都市スルゥト。
畜産で栄えた都市だと聞いているが、砂漠化した今は居住用の建物が残るのみだろう。
長きにわたる熱砂の気候で都市は崩壊していると思われたのだが――。
「あれが……都市?」
岩場に登り都市を眺める。
そこに広がっていたのは、およそこれまで見た事がない形の建造物であった。
砂の色をした壁面は奇妙に膨らみ、波打つようなうねりが球状になって四方八方に広がっている。
今まで見てきた建造物は大体が四角い形をしているのだが、まるでその壁面が溶けて膨れ上がったような、そんな奇怪な姿をしていた。
「見た事もない形状をしていますね。あれは泥でしょうか……?」
確か泥を固めて巣をつくる虫がいる筈だ。あれもその一種なのだろう。
そう、『虫』だ。
カルメ曰く、混獣種の中にも幾つかの分類があるらしい。
それぞれが全く異なる外見をしているからわかりにくいが、一つの巣を形成している混獣種たちは胴体――土台となる部分が同じなのだという。
確かにこれまで相手してきた混獣種も腹や腰といった胴体部分は一つの生物であり、それ以外の部分を取り込んでいる印象があった。
あの巣の様子を見るに、ここは『虫』の巣なのだろう。虫にしてはやけに大規模だが……。
だがいくら巨大化した虫の巣とはいえ、この砂漠の地にあれほどの量の泥を作れるとは思えない。
案の定、カルメは首を横に振る。
「泥じゃなくてあれは肉よ。混獣種の身体と同じ、得体のしれない肉の塊。それが都市を覆っているの」
「肉ですか? 都市を肉で覆っているとは、一体どういった意味があるのでしょうか……」
「分からないけど、多分色々よ。砂や陽は防げるし、隠れて眠れる場所は必要でしょう? それに何より、あそこは混獣種たちの巣。生まれた混獣種が育つ場所なんでしょう」
「まさに虫の巣か」
確かにあれを巣だと言われれば理解はできる。巣とは自身の身を守り、子を成す場所だ。
「ということは、中に女王が居たりするの? カルメさん」
「さっすが勇者様! 他の巣には居たわ。ここではないけど、私が石を拾ったのも、そいつの体内からよ」
場所はもっと北だから、今回は通らないけど、と残念そうにカルメが首を振る。
「やっぱり……一筋縄ではいかないということだね。そしたら、どう攻める?」
双眼鏡なる遠見の道具を覗き込みながらエリが言う。
巣に入口らしい物は見えない。
ご丁寧に扉でもあればありがたいのだが、虫の巣にそんな気の利いたものがあるはずもない。
他の入口を探そうにもでこぼこと膨らんだ肉壁はここからでは構造がよくわからない。
「幾つか穴が開いている筈だから、そこから入れるわ。外はあんなだけど、中は案外普通の街よ。いくつかの部屋――コロニーがあって、それぞれが小規模の巣になってるんだけれど、全部は壊さなくて大丈夫。目指すは奥。そこに、巣の大本がある」
カルメは都市の中央に向けて指をさす。
「この巣を作り出した母体……『卵』とでも言いましょうか。それを見つけて破壊すれば、巣は停止するわ。そして不思議なことに、巣にいる混獣種たちも、ね」
「巣は分かるが、混獣種もか?」
「そう。卵が壊れた瞬間、巣にいる混獣種全員が動きを止めるの。凄いのよ、びっくりするくらいに一瞬なんだから。それがあいつらのおかしなところ。混獣種という生き物にしてはあまりにも歪で、ね」
聞けば聞くほど生命からは逸脱した存在である。
一体どうやったらあんな生物が生まれるというのだろうか。
「気になることは多いが、やることは一つか。卵は奥だな?」
「ええ。前は一番高いところにあったわ。とりあえず上を目指してみましょう。近道はどこかにあるとは思うけど、探している時間が無駄ね。最初だし、わたし流でいかせて? どこか決めて、一点突破。それを提案するわ」
「行ってみないと何とも言えないね。私は構わないよ――」
エリの言葉の途中で、都市に動きが起きた。
砂埃が舞い上がり、鈍く小さな揺れがこちらまで届く。
咄嗟に視線を向けると、魔獣同士の戦いが起きているようだった。
真っ黒な体毛を持つ虎のような――こちらは混ざりものではなさそうな四足獣が、巨大な、こちらも真っ黒い殻に覆われた虫と戦っている。
動き出そうとしていた身体を止め、観測に戻る。
「魔獣同士の戦いですね」
「一体で巣に乗り込んできたのか。無謀にも思えるが……」
「混獣種だらけのせいで、この地には餌になる生物が殆どいないのよ。だから分かりやすい目印である巣を襲う魔獣も多くいるの。……結果は見えてるけれど」
その言葉の通り、虫相手に善戦していた虎の魔獣であったが、わらわらと湧いてきた他の虫たちに囲まれ、すぐさま動かなくなった。
「あっという間ですね……」
「あの数ではな。だが、丁度いい。これで入口が分かった」
虫たちが湧いてきたところ、そこが入口であろう。未だ残っていた都市の土壁で隠れていたが、どうやら肉壁の下側には穴が開いているらしい。
「巣には餌を運んで解体する場所があるはず。そこなら守りも薄いでしょう。あの魔獣を連れていく虫を追いましょうか」
そう言って立ち上がるエリだったが、すぐさま言葉を失った。
「――みんな、あれ」
呆然と告げる声に導かれて先の魔獣を一斉に見つめる。
そこには都市の手前側で輝く緑の光があった。
「何かしら?」
「あれは、修復の光!」
首を傾げるカルメに、遠見鏡を覗いていたルナが息をのむ。
あれが何かを、俺とルナはよく知っている。
森の植木屋に、鉱山の鉱石竜。
自然を無理矢理修復してしまう、獣の姿をした意志ある自然というべき者たち。
彼らがその修復の際に放つ光と魔力に良く似ていた。
つまりあれは、この地方に生まれ出た修復者なのだろう。
この枯れた大地には存在しないのかと思っていたのだが、ちゃんとその役目を果たそうとしているようだ。
「ああ、あれが噂の修復者なのね。巣を壊してここを直すつもりだったのかしら」
その言葉通り、光を起点に周囲に緑が広がっていく。
このまま修復が進めば、砂漠だろうが混獣種の巣だろうと上から塗りつぶしてしまう――筈なのだが。
「でも残念。そんな簡単に直るなら、ここはとっくに草原地帯よ」
その直後、虫が一斉に蠢いた。
唯一双眼鏡を覗くルナだけは見えていた。
虫たちは我先にと頭と首を振り上げ、光を放つ修復者の身体へと飛び込んでいく。
鋭い顎を、牙を、爪を突き立て、魔獣の肉を散々に食い破り始めたのだ。
だが、修復もまた進んでいく。
そんな状態で肉を喰らえばどうなるか。当然の如く、虫たちの身体は突き立てた部位から草に侵食され、緑色へと変化していく。
「……そんな」
それでも構わず彼らは肉を喰らい続け、ほんの僅かな時間の後、光は急激に萎んでいき、そのまま消え去ってしまった。
結果的に修復者の倒れていた僅かな地面と、喰らいついた虫たちの身体を草原へと変え、修復者は跡形もなく消失してしまうのだった。
「……修復者、破壊されたようです」
「あっという間でしたね、どちらも……」
あまりにも暴力的な光景だった。
修復者も虫も、どちらも命を犠牲に自身の役割を果たしたのだ。
事実草に覆われた虫たちは半分がその動きを止めたまま動かず、残った虫たちが魔獣の代わりというように仲間の身体を咥えて引きずり始めている。
根を張った足を地面から引っこ抜いて。
「これではっきりしたな。この地域がまだ砂漠のままな理由が」
「……はい。まさか修復者でさえも殺しうるとは」
狙ってやったのかは分からないが、彼らは修復者を喰うことで自然そのものではなく自身の肉体を修復させたのだ。
植木屋を見ていた限り、彼らの修復にはある程度の範囲制限があった。
一度の修復ではそこまで広範囲を直せない。だからこそ未だに彼らは世界の修復を続けているのだ。
そして、この地方に関しては
恐らくは数多の修復者が、ああして混獣種に喰われて修復が阻止されているのだ。
どうすれば修復者を止められるのか。それは移住する前の人類にとって至上命題であった。
結局はその解決策は見つけられなかったというのに、この混獣種は見事解決して見せた。
まさか対象を変えて修復を行わせない――そんな方法があったとは。
興味深い事実ではあるが、これは混獣種にしかできない芸当だ。真似はできない。
そしてますます、この魔獣たちが恐ろしくもある。
俺たちはこれから、あれを相手にしなければならないのか……。
「さ、終わったみたいだし行きましょう。さっき言った通り、あの虫の後を追えば良い筈よ」
僅かに沈んだ空気の中、カルメが明るい声で立ち上がる。
薙刀を肩に担いで、満面の笑みを浮かべて俺たちを見渡した。
「あの混獣種が凄くても、修復者を止められるとしても、わたしたちのやることは変わらない。巣まで行って、敵を倒すだけよ」
「……ああ、そうだな。いいか? リーダー」
彼女の言う通りだ。兎にも角にも、入ってみないと分からない。
それに俺たちなら勝てると、同じ虫の巣を単独で攻略したカルメが言うのだから、信用する他ないだろう。
全員の視線を集めたルナが、確りと頷く。
「はい。行きましょう、皆さん!」
「よろしい! では、戦争ね!」
武器を振り上げカルメが叫ぶ。
そのままの勢いで、彼女は奇怪な都市へと飛び出していった。
***
前を突き進むカルメを追って、都市へと近づいていく。
南西部の都市は低層の建造物が多いらしく、肉泥に覆われはっきりとはしないが高くても5階層程度。それでも見上げる巣の威容は凄まじい。
強さを増してきた陽は焦げ茶色の外壁を焼き、冷えていた巣を温める。中の虫たちも目覚め、徐々にその活動を始める頃だろう。
草に覆われた同胞を咥えた虫は、ゆっくりと壁面の一つへと潜り込んでいく。
そこが入口――ならばやることは一つだ。
「突貫!」
全速力で突き抜けるカルメが、手にした薙刀を輝かせる。
力を込めた三段跳びで街を囲む石段を飛び越えて、眼前に聳える
鈍い音と揺れが響き、壁に大きな穴が開く。
混獣種は通れず我々が通過できる絶妙なその切り口の先へ飛び込んで、俺たちは都市の中へと侵入していく。
飛び込んだそこは、想定通り獲物の解体所となっているのだろう。
周囲に乱雑に積まれた骨と、その中で蠢く巨大な虫が数体見えた。
どれも別の腕や堅そうな角が生えていたりと特色は強いが、どれも胴体は虫――蟻のものだ。
そして巨大な顎で仲間の虫を咥え運んでいる近場の一体に向け、カルメは跳んだ。
「せーのっ!」
青白い一太刀を胴へと一閃。
血と咥えた獲物をまき散らし、虫の一体はあっさりと吹き飛んだ。
『――――!!』
瞬間、解体所の雰囲気が一変する。
カルメ曰く、彼らは不思議な通話器官を有している。虫であろうと奴らは瞬時に意思を共有しているのだ。
その言葉通り、素早く異変を察知した虫の一体が背中に生えた薄羽をばっと広げた。
それは、襲撃に対する警戒音の予備動作に見えた。
「エリ、右を」
「はい!」
故に、動き出す前に潰す。
瞬く間に羽根虫へと跳んでいったエリを尻目に、こちらも引き抜いた蛇を眼前の虫へと放つ。
こちらもまた警戒の音を鳴らそうと開いていた顎に槍は突き立ち、そのまま飲み込むように蛇が潜り込み、起爆。
崩れ落ちる巨体をすり抜け、すぐさま次の相手を探すが、目についた虫はカルメが既に両断していた。
これで四体。
この解体所に居たのはそれだけだったらしく、途端に静寂が周囲を包み込んだ。
警戒音も巣の奥までは届いてはいなかったようで、巣に大きな動きはない。
「なんとかなったか……」
「数が少なくて助かりました。あの程度なら、我々だけでもなんとかなりそうですね」
「あれで済めば、な」
ここはあくまでも獲物の解体所。巣の中でも入口であり、小規模の部屋だろう。
この奥には彼らの住処が広がっている筈だ。そこに潜む虫の数はこの比ではないだろう。
「……凄い、あっという間なのね」
「カルメ?」
不意に聞こえた呟きに振り向けば、呆然とこちらを見るカルメの視線とぶつかった。
何事かと思うが、その表情は直ぐにいつもの笑みに切り替わる。
「流石ルナの見つけた特異主ね。虫相手ならなんともないのね」
「……まだ入口で何を言ってるんだ」
これから今の数十倍の虫を相手する可能性があるんだ。
呑気な事は言ってられない。
「あの警戒音は厄介極まりないな。数が多ければ間違いなく止められないぞ」
「そこはもう諦めるしかないと思うわ。卵まで行くんだから、どうせ敵には気づかれます。大軍が押し寄せる前に、卵を壊す。それが今のわたしたちには最適だと思う」
魔法で殲滅する手もあるが、都市の全貌が分からない段階でやれば建物を、その中にある人類史を破壊しかねない。
地道に進んで倒していくしかないだろう。
「結局、最速突貫で行くしかないということね……。行きますか?」
ため息を吐くようにそう言って、エリがこちらを見る。
それはそれで構わないのだが、懸念が一つ。
「俺らはいいが、ルナをどうする。もし集団で囲まれたら最悪守り切れない事態が起きるぞ」
「そこは大丈夫よ。ね、ルナ」
「はい!」
自信満々に頷いたルナが、バックパックから箱型の装置をいくつか取り出した。
それらは光を帯びると形を変え、上面から飛び出た四本の棒が回転を始めて浮かび上がった。
核を運んでもらった機械に似たそれらが、ルナの周囲を飛び回る。
「防御壁を展開する小型飛行機です。これで私の身は守れるはずです。皆さんは安心して混獣種討伐を」
「ね? だから気にせず進みましょう。今は、それが何より大事」
「……ルナがいいなら構わんさ」
元からあれば大分楽になっただろうが……恐らくは南西部に向かう際に用意した装備なのだろう。
強度は分からないが、カルメが大丈夫だと太鼓判を押すなら信じよう。
「で、どっちへ向かう?」
「もちろん、中央よ。さっきも言った通り、卵は一番高い所にあったわ。この先は各コロニーに繋がる通路があるから、上へ辿っていきましょう」
「方角なら任せてください!」
脳内で地図を作製できるルナは、こういうところで役に立つ。
方向指示はカルメとルナに任せ、俺とエリは最速での虫撃破だけを考える。……単純でいい。
「了解だ。……行こう」
次なる部屋へと向けて、全員で駆けていった。
***
元は大通りだったのだろう肉泥の通路を抜け、次の区画へと飛び込んだ。
そこもまた複数体の虫が蠢いており、鳴き出す前にその全てを撃滅した。
混獣種といえどもやはり虫。個体としては貧者で、魔法を使うまでもなく、蛇の一撃で死んでいく。
単体であれば然程脅威ではない。分厚い顎や吐いてくる酸は当たれば凶悪な威力だが、小回りが利かない分俺たちの速度なら敵ではない。
――個体なら。
次に飛び込んだ部屋には、総勢二十を超える虫が待ち構えていた。
手前の奴らを倒している間に周りから放たれる酸の集中砲火は、流石に俺達でも危なかった。
それでもものともせず突っ込むエリとカルメが地上の虫を減らし、俺は蛇で空を駆け、壁面の虫達を潰してなんとか事なきを得た。
ただ戦い終わった後には、酸の液溜まりの中で身動きが取れなくなったルナが慌てふためいていた。……障壁装置があって本当に良かった。
その後は勢い良く、巣を奥へ奥へと進んでいき、進むこと数区画の後、カルメのいう『卵』へとたどり着いた。
それは、肉の坂をひたすらに登った先の広間に鎮座していた。
他の部屋と比べてもやけに広い空間は八方全てが肉泥に覆われ、元の都市の姿はまるで判別がつかない。これまでは壁面や床などに肉に包まれていない都市本来の部分があったのだが、ここにはそういったものはない。
全て分厚い肉泥に隠されてしまっている。
泥は全て卵を中心に、外へ外へと向かう流れがあるように見えた。まるで卵から泥が湧きだしたかのように、足下は分厚く積み重なる巨大な鱗のような、花弁のような泥の層が続いて緩やかな階段状になっている。
「――着いたわ」
そして、その先に鎮座する、この巣を生み出したという『卵』。
空間の中央、そして最も高い場所に置かれたそれは驚くほど巨大な球体であった。
「これが卵……?」
赤く透き通る球体は、肉泥のような質感でありながら水晶のような光沢をもっている。
内部には滲むような光がゆっくりと渦巻いており、漏れ出た赤光が周囲を照らしていた。
「そのようだが……それだけじゃなさそうだ」
そして、卵の周囲には守護をするように、十を超える虫が待ち受けていた。
ぼこりと一段高い位置にある卵の玉座を囲む巨躯たちに加えて、耳障りな振動音を響かせ、周囲に浮かぶ羽蟲が複数こちらを睨む。
更にその中心には、他の倍はある一際巨大な虫――女王がこちらへと向けて顎を開いている。
「あれが女王……とんでもない姿をしてますね……」
女王は背に羽ではなく、竜のような鱗に覆われた腕が四本伸びている。
六つの足も歪な甲殻に覆われ、肉泥に突き立つそれは巨大な杭の如き鋭さだ。こちらへと開かれた顎は左右に巨大な鎌が牙として伸びている。
「あれ、虫なの……?」
「胴体と頭は虫だな、少なくとも。……巣の主ってのはあんなのばかりなのか?」
「前の巣はもう少し大人しかったかしら。随分と節操のない虫みたいね」
最早虫とは呼べない異形は、流石に一筋縄ではいかないだろう。
そして厄介なのが飛行している個体だ。
あれだけの巨体をどうやって浮かしているのか知らないが、分厚い透明な羽を振動させるようにして四体ほどがこちらを見下ろしている。
小刻みに揺れる動きも素早い。女王に気を取られていれば上空から凄まじい速度と質量で襲いかかってくるだろう。
「さて、どうします? あれを突破するのは骨が折れそうですが」
剣を構えたエリが言う。油断なく、いつでも飛び出せるように腰をかがめている。
相手もまた巣の同胞を尽く倒してきた俺らを警戒しているのか動きはない。安心して状況の観察ができた。
……ふむ。これは、ひょっとするかもしれない。
「巣の主になる個体は、何をしてきても不思議じゃないわ。一体どんな能力を持ってるのか分からないから気をつけ――」
「……なあカルメ。要は卵さえ壊せばいいんだよな?」
「? ええ、そうね。都市の破壊にはそれで十分よ」
「そして、卵があるのは都市で一番高い場所……それも間違いないな?」
「……それも、その通りね」
良かった。勘違いではなさそうだ。
何せ巣に入ってからずっと昇っていたのだ。ここが都市で一番高く、ここから真横には、他の建物は――気を遣うべき人類史は存在しない。
「なら、話は早いな」
そう言って、蛇を多重に展開していく。
この数なら六つもあれば十分だろう。全てを円に変え、魔法陣を作り上げていく。
ここは都市の最高層。下側にさえ放たなければ、都市を壊すことはない。何より俺たちの破壊目的も目の前にあるのだ。
だから、全て壊してしまえばいい。
「ちょっと……魔王様!? 何を――?」
「魔法で一気に焼くぞ。硬さがわからんが、恐らく数撃はかかるだろう。女王や周囲の虫は残る筈だ。そいつらは任せた」
「魔王さま! 都市の破壊は――」
「それくらい理解してるよ、いくぞ」
問答している暇はない。
そのまま全力の魔法を六つ放ち、直後エリと、遅れて事態を把握したカルメが飛び出した。
六色の魔法は射線上の虫を焼き、卵へと直撃した。六つの色が混ざり合い、直後、凄まじい爆風が巻き起こる。
「――っ、なんて無茶苦茶な……もう!」
文句を言いながらも、吹き飛んだ女王の腕を跳んだカルメが切り落とす。
爆風に煽られた飛行虫はエリが貫き、伸びた剣をそのまま振り回し他の虫ごと両断して見せた。
俺は、間髪入れずに魔法の砲撃を卵へ向けて放っていく。
何かしら抵抗があるかと身構えていたが、虫は虫。卵は卵であった。
五度目の砲撃を受け、卵は焼かれ、遂にボロボロと崩れ去っていったのだった。
『――――』
その瞬間、女王虫の絶叫が響き渡り、直後赤い光の爆発が卵から放たれ、巣を駆け巡っていった。
「――わっ!」
間近にいた俺たちの視界は焼かれ、咄嗟に全員で目を瞑る。
風が吹き荒れ肉の焦げた嫌な臭いが周囲を包む中、次に目を開けた時には、卵も虫も、何処にも見当たらなくなってしまっていた。
「……あれ? 女王は?」
そう呟いたエリが近づこうとした直後、ぱらぱらと頭に何かが降ってきた。
目の前を通ったそれを手に乗せてみると、それは泥の破片であった。
「これは……」
「皆さん見てください。都市が――!!」
ルナの声に顔を上げれば、都市を覆う肉泥に亀裂が走ったのが見える。
仄暗かった都市に光が差し、直後、ばきりと音を立てて崩れ落ちてきた。
「まずいね……!! 屋根のある場所に行きましょう。こっちへ!」
いくら泥とはいえ、都市を覆う泥全てが降ってくれば押しつぶされるだろう。
見れば先程まで卵があった場所の肉泥が剥げ、その先には空洞が覗いていた。
どうやらここは建物の屋上らしく、卵があったのは、階下への階段がある塔屋の上だったのだ。
驚いたのも一瞬。そこならば屋根があると、エリに従い慌てて駆けだすが、カルメだけが一人立ち止まって泥に覆われた都市を眺めていた。
「……こんな、簡単に……」
震えた声で呟いた言葉は響く崩壊音にかき消される。
「おいカルメ、早く――」
来いと声をかける前には動き出し、弾かれたようにこちらへと振り返り駆けてくるが、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「こんなあっさりと都市を攻略できるなんて、さっすが魔王様に勇者様! これなら行けるわ、首都イグトゥナへと!」
彼女の声をかき消すように、都市は崩壊を始めた。
第一の都市、スルゥト。
この地方最初の都市は、僅か一刻程の時間で攻略に成功するのであった。