人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第5話 食料を作ります

 

 

 食糧生産施設の捜索。

 それが俺たちの最初の目的となった。

 

「……外に? 行っても平気なのか?」

 

 さっきまで「呑気に喋っていたら死ぬぞ」的なことを言われていた場所だった気がするが。

 問いかけに娘は首を縦に振る。

 

「しっかり備えをすれば大丈夫です。近くの街に、当時の人類の使っていた食料工場がありました。その設備を回収して再生することができれば、魔王さまの食料を生産できるようになります」

「回収はわかるが……再生? それはどうするんだ?」

 

 再生。もう何度も出てきた言葉だ。

 彼女がこの都市に着いて真っ先に口にした目的でもある。

 いい加減どういう意味なのか聞いておきたい。

 

「はい。長い時間を経たために、この世界に残された多くの機械は壊れてしまっています。ただ、構造さえわかれば、リヴラの設備で修復もしくは製造が可能なのです」

「……ふむ、なるほど?」

 

 言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 まず機械とやらが何か分からない。が、設備とほとんど同じ意味だろうと推測する。

 

 そんな食料生産設備をはじめとする数多くの機械……人類の遺物はまだ外の世界に残っており、それを見つけて調べれば、このリヴラで『製造』できる、と。

 

「……つまり、あれか? お前の言っていた人類史の再生っていうのは……」

 

 続く言葉に頭痛を覚えながら、言葉を絞り出す。

 

「『世界中に残っている人類史の残骸を調べてはここで再生産する』と、そういうことか?」

「……素晴らしいです」

 

 できれば頷いてほしくない問いに、娘は感激した目線を返してくる。

 

「勿論、全てをここで再生することは不可能です。ただ、せめていつか再生できるように収集する。それが我々の使命なのです」

 

 世界は荒廃し、人類は消え去った。

 だから彼らの代わりに世界中にある人類史を集めて保存ないし再生産をする、と。

 そしてその第一歩として、まずは食料設備を調査しに行くのだと。

 とても嬉しそうに、俺を無理やり起こした銀髪娘は言うのであった。

 

「……そうか。見つかるといいな。ついでに、種でも残っていればいいな」

「はい! では、さっそく準備をしますね! 少々お待ちを!」

 

 大きく大きくうなずいてから、娘はぱたぱたと走り去っていった。

 残されたのは餌を凄い形相で貪る犬ジカと、頭を抱えた魔王が一人。

 

 人類史の収集と再生産。それがあの銀髪娘のやるべき使命ということらしい。

 途方もない目的を掲げたものである。

 まあそれ自体は構わない。俺だって食糧問題は速やかに解決したい。

 それは間違いないのだが……。

 

「この俺に人類の歴史を集めて再生しろ、か……」

 

 仮にも人類を滅ぼそうとした魔王様だ。封印期間は長かったとはいえ、眠る直前まで人類の敵として戦っていた男だ。

 その相手に、とんでもないお願いをしてきたものだ。相手が相手ならその場で殺されてもおかしくないというのに。

 

 まあ、でも知識源絵本だしな……。多分全然怖く描かれてないんだろうな……。

 それに、断ったとしても待っているのは退屈な時間と餓死だ。それは流石に御免被る。

 そう。伝説に残る魔王様も、働かなければ死ぬのだ。

 

「やるしかないよなあ……」

 

 隣の犬ジカの頭を撫でながら独り言つ。

 かつて世界を震え上がらせた魔王がなんてざまである。

 

 しかし、いきなり外に出ることになるとはなあ。てっきり今日くらいは休めるのかと思ったが。

 ……多分、いや、確実に何かと戦うことになるだろう。ならこっちも準備は必要だな。

 念のため目を閉じて意識を集中させる。

 

 ……まだ、全盛期には程遠い。だが、なんとか戦うことくらいならできるだろう。

 

 

 呑気に喋っていたら死ぬような世界には、果たしてどんな脅威が潜んでいるのやら。

 まあ、とにかく行ってみるしかない。 

 なんて思っていたら、銀髪娘が再び走って戻ってきた。

 なんだ?

 

「あの、魔王さま。私が準備している間に魔王さまは寝床を選んでおいてもらえますか? 都市の中心部に、いくつか用意してありますので、そこから選んでもらえればと!」

 

 と、銀髪娘はそう告げて再び走り去っていった。

 ……中心部って、どこだよ。

 

「……まあ、行けば分かるか」

 

 溜息を吐きながら、柵を超えて都市へと向かっていくのだった。

 

 

***

 

 

 そうして街を進むことしばらく。

 相変わらず真っ白な建造物に囲まれ、ふと呟く。

 

「……人の気配がまるでないな」

 

 馬車が数台通れそうな道は石材で綺麗に舗装されている。

 こんなこと、世界でも有数の大都市でないと不可能だ。

 まだ()から一度見ただけだが、この都市の規模はかなり大きい。

 

 だというのに、ここにはまるで人の気配がない。

 移住したから無人……とかそういう話ではない。

 そもそも、人が住むように設計などされていないように思う。

 

 しばらく散策してみてわかったのだが、この都市はどうやら様々な時代の建築物を再現しているらしい。

 俺の時代によく見た建物がいくつか並んでいたかと思えば、見たことのない形状の――恐らく未来の建築物が現れる。

 

 遺跡かと思う程の年代物もあれば、これは建物か?と首をかしげる球や四角の形状のものも見えてくる。

 それが規則性もなく並んでいるのだ。

 まるで、とりあえずできたものから順に置いているかのように。

 

 店舗のようなものも一切見当たらない。

 ただただ建物を並べただけの、張りぼての都市。

 あるいは博物館か。

 

 どうしてこんな歪な都市ができたかは分からない。

 分かることと言えば、ここは人が住むことを目的としていないということ位だろう。

 それが街を見た俺の感想だった。

 

 こんな状態で、どうやって人類史の再生とやらをすればいいのだろう。

 

「まさか、本当に街づくりでもさせる気じゃないだろうな……」

 

 ぼやいている間に指定された中心部にたどり着く。

 都市を十字に貫く大通りの交差地点で、円形の大きな広場になっていた。

 どうやらその外周にある建物を住居用に用意しているようだ。

 

 何故そうかとわかると言われれば、それらの建物だけは『色』がついているからである。

 素材は同じ石のようだが、色があるだけで随分と印象が変わるものだ。

 

 その北端部分の入口で俺を出迎えたのは、見上げる程の巨大建造物であった。

 遥か高く伸びる四角い塔のような建造物。

 

「でかいな……」

 

 小さな窓がいくつも並んでおり、中を覗いてみれば小さな部屋がいくつも積み重なってできているようだった。

 それぞれの部屋にはベッドも水場もあったから、全てが小型の家の役割だったのだろう。

 

「小さな村なら丸々入るんじゃないか? 便利かもしれんが、一人でわざわざこんな狭い場所に入っていたら気が滅入る。――次」

 

 続いてその横にある建物を覗く。

 ずっと気になっていた球形のそれは、太い柱で地面から浮いた状態で建てられている。

 入口はどうやら天井部分にあるらしい。

 獣人の有翼種の家なのかもしれない。

 

「どのみち俺が住める場所ではない。次!」

 

 それからいくつかの建物を調べていき、一つの建築物の前で立ち止まる。

 

 灰色の長方形で、正面から奥行きが見渡せない程度には幅がある。

 壁には唯一扉らしき亀裂が見える程度で、壁には継ぎ目がなく滑らか。

 まるで巨大な石を削って作ったような外観だが、それよりも中から奇妙な重低音が響いてきていたのが気になった。

 

「……竜でも住んでいるのか?」

 

 近づいてみると、入口は音もなく横に開かれた。

 自動で開くとは、どういう仕組みなのだろう。やはり未来の技術は末恐ろしい。

 足を踏み入れた先にあったのは。奇妙な線に繋がれた円筒の群れだった。

 部屋を貫く通路の両端に、硝子製らしき透明な筒が並べられている。

 

「これは……なんだ」

 

 見れば、円筒の中には銀髪娘に似た人型たちが眠っている。

 目に映る全員が死んだような無表情。身体はボロボロに傷つき、半身を失っているもの多くいる。

 これは……ただ眠っているわけではなさそうだ。

 

「……()()()、といっていたな。あいつは」

 

 ここに眠る彼女たちが、その『私たち』なのだろう。

 だが、現在稼働しているのはどうやらあの銀髪娘だけらしい。

 その理由はわからないけれど。

 

「今は、宿を見つけるのが先決だな」

 

 どうせ時間はあるのだ。

 こういう重そうな話は、後でゆっくりと知ればいい。

 

 その後、見慣れた木造(風の石)の家をとりあえずの拠点とした。

 どこから出てくるのか水も流れており、生活するには不自由なさそうだ。

 

 後は食事さえなんとかなればいいのだが……。

 

 ふと、足元に違和感を覚える。

 見ればあの茶色い生物が俺の足をつついていた。

 牧場を抜け出してついてきていたらしい。本体は小さいが角は立派だから刺さって痛い。

 

「おい、犬ジカ。何をしている」

 

 あんっ! と間抜け面で吠えたそいつは、俺の服を咥えると背中側に引っ張ろうとしている。

 どうやら俺を呼びに来たらしい。やっぱり意外と賢いぞこいつ。

 

「わかったから引っ張るな! この服は頑丈なんだ、お前程度の貧弱な牙じゃ折れるぞ」

 

 慌てて引きはがすと、犬ジカはさっきの方へと走りだす。

 本当に俺を案内するつもりらしい。

 どうやったらあんな小さな生き物を賢くできるのか。顔はかなりのアホ面だが……。

 

「なんでもありだな、人類よ……」

 

 飽きれながら、空腹を訴える腹をさすりつつ歩き出した。

 

 

***

 

 

 犬ジカに連れられたどり着いた場所は、同じ中央広場の一角。

 先ほどの円筒が並ぶ建物に似た、四角い建造物である。

 やはり自動で開く扉を潜り中に入ると、視界に飛び込んできたのは立ちはだかる書架の壁。

 

「ここは……図書館か?」

 

 古い紙の匂いが充満している。薄暗い灯りが、視界の奥までみっちりと並ぶ本棚を照らしている。

 どうもこの建物は中に壁も柱もない空洞構造のようで、代わりに大量の書架が詰め込まれているようであった。

 入口こそ僅かな空間があるが、それ以外は並ぶ棚とそこに詰め込まれた書籍しか見えない。

 

 それでも足りていないのか、通路の端にも多くの本が積み上がっている。

 どうやらここは図書館、あるいは資料室にあたる場所なのだろう。

 人類史の保管には、当然こういった知識が含まれるのも当然なのだろうが……。

 

「それにしては小さいな」

 

 思わず口に出る。

 確かにそこそこの数はある。が、人類史という割には物足りない。

 この規模では精々町の図書館程度だろう。

 

「記録の大半は書籍ではなく魔紙媒体にまとまっていますから、空間はそこまで必要ではないのですよ」

 

 半ば迷路とかした本棚の合間から、銀髪娘がひょっこりと現れる。

 その手には丸められた紙のようなものがいくつか収められている。

 犬ジカが喜びの鳴き声を上げて、娘の足元に駆け寄っていった。

 

「ご苦労様です。犬ジカさま。ちゃんと魔王さまを見つけてきてくれましたね」

 

 娘に撫でられ、犬ジカがだらしなく腹を出して寝転がる。

 こんな無様な姿でも、一応は世界の最先端生物だというのだからおかしなものだ。

 

「やはりお前の差し金か」

「お呼び立てしてしまいすみません。部屋は見つかりましたか?」

「ああ、問題ない。……それで、その魔紙というのは?」

「魔王さまの後の時代に作られた記録媒体です。紙のように薄く、一枚でこの棚の二割ほどの知識を保有できます。また、意図的に破壊しない限り恒久的に保存可能だそうです」

「二割……? この棚の? そんな便利なものがあるのか」

 

 一枚あれば小国の歴史書全てを纏められるし、魔術の一系統も集約できるだろう。何それ欲しい。

 そんなに便利なものがあるなら周りの本もそうしてしまえば……と思うが、本を残すということも人類史保管とやらの一部だということに遅ればせながら気がつく。

 古いものも、新しいものを合わせて保存する。それがこの娘たちの役目なのだろう。

 そう考えると、1000年も昔の時代の俺と、最新の人造人間である娘がこうして立っているのも、この都市の理念にあっているのかもしれない。

 

「ちなみに、これがそうです」

 

 そう言って、娘は手に抱えていた紙を広げる。

 染みも皺ひとつもない真っ白な紙なのだが、その紙面に赤い光とともに文様が浮かび上がる。

 四隅からジワリと広がったそれは幾多の線を描いていき、中央で合流した後に映し出されたものは――

 

「これは……地図か?」

「はい。人類が避難する直前の時代の、この辺りを描いたものですね」

 

 浮かび上がったのは人類最新の――そして恐らく数百年以上も前の()()()地図。

 建物と自然――緑が隙間なく詰め込まれた、気味が悪い程に整理された都市。

 

「そしてここに、当時の人類の使っていた食料工場がありました。犬ジカさまたちの食事同様、様々な食材がここで人工栽培されていたようです」

 

 とん、と地図の一点を指さした。

 

「この設備を回収して再生することができれば、魔王さまの食料を生産できるようになります」

「そうか……準備とやらはもうできたのか?」

「はい。お待たせしました!」

 

 元気にそう告げる娘の背にはやけに巨大な背嚢が背負われている。

 

「では行きましょう。大丈夫、日帰りで戻ってこられる距離ですから、危険は少ないですよ」

「……そうであることを祈るよ」

 

 目覚めてこの方、期待通りにことが運んだためしがないのをすっかり忘れて、俺はそう告げていた。

 だって、俺は腹が減っていたのだ。

 だからこの後のことに頭が回らなかったことは、少しくらいは許してもらいたいものだ。

 

 

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