人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第52話 蛇と竜

 

 

 空をかける七色の光を見て、ルナは隠れていた建物から飛び出した。

 

「あれは……」

 

 少し離れたこの場所からでも、空を焼く光と熱は届いていた。

 分厚い雲が撃ち抜かれて消えている。その光景だけで、何かとんでもないことが起きているのは理解できた。

 

 戦いが始まっている。

 だが、自分には何もできない。

 せめてと、この場にあった集められる素材や文明は集めたが、出来たことはそれくらいだ。

 他の魔獣がいないとも限らないし、あの白い怪物がいつ飛んでくるかも分からない。

 動かず隠れていることが今できる最良の選択肢なのだ。

 

 私にも戦える力があれば……。

 

 そう願ったことは何度もあったが、自分の役割は理解している。

 戦いで自分が再起不能になれば、その瞬間この旅は終わる。

 

 マナホールを修復する手段はなくなり、世界はこのまま野晒しになる。

 そして何より、皆を集めてここまで連れてきたのは自分だ。

 例え力があったとしても、軽率に戦っては行けない立場なのだ――私は。

 

 だから、カルメとエリさんが私の前に降り立った瞬間、やるべきことは直ぐに理解した。

 

「ルナさん、撤退するよ」

「……はい。よろしくお願いします」

「ひとまず近くの岩場まで行きましょう。あの熱線が届かないところまで」

「……はい」

 

 それでも、願いは止まない。

 

 ――ああ、私に力があれば、と。

 

 

 壁が崩れて解放された大通りを抜けて門へと急ぐ。

 やけに綺麗に残っていた街並みは泥の欠片に塗れて個々の判別はつかない。

 唯の民家だろうか。魔術師の工房かもしれないし、もしかしたら何か重要な研究が行われた施設の可能性だってある。

 ただ、まだ碌に調べられていないそれらは、間もなく破壊されるだろう。

 あの怪物と、魔王たちによって。

 

 耳には先ほどの静寂が嘘のように轟音が響いている。

 もう聞きなれた魔王の戦いの音色を背に、ルナたちは砂漠へと飛び出した。

 しばらく駆け抜け、近くにあった岩場に滑り込んだ時、一際大きな爆音が鳴り響いた。

 壁の上に飛び上がる白い影。

 だがそれは直ぐに黒い何かに絡まれ、壁の中へと消えていった。

 

「あの熱線が来ないね」

 

 その光景を見つめながら、エリが呟く。

 確かに先程から一度もあの光は見ていない。

 あれが放たれれば、城壁なんて軽く貫いて走っていた私達まで届く可能性だってあった。

 ……いや、そもそもここまでは飛んでこないなんて保証もないのだ。

 全員いつでも逃げられるよう身構えながら都市の方を見つめている。

 

「あれほどの威力です。単発だったのでは?」

「そう信じたいけれどね。多分、魔王様が防いでくれているんじゃないかしら」

 

 それくらいはやってのけるお人だろうとカルメは笑う。

 

「本当に、流石は歴史に名を残す魔王様。正直、あの骨竜にも勝ってしまうと信じてしまうくらい強い人。あの人がいなければわたしたち、きっと全滅してたわね」

「……ええ、その通りです」

 

 ルナも強く頷きを返す。

 魔王の強さはよく知っている。

 自分が戦えないからこそ、皆を、彼を信じる。それがルナにできることだ。

 

 だが、納得していない者が一人。

 

「……でも、それではダメなの」

「カルメ?」

 

 不意に呟いたカルメがこちらへ振り向く。

 自分の考えを否定されたような気がしたが、彼女の表情は何故だか泣いているように見えて。

 

「――え?」

 

 驚いたのも束の間、そこにあったのはいつもと変わらない、穏やかな笑みであった。

 

「ルナ。昨日休んだ岩の窪地、覚えてるわよね?」

「あ、はい。私の足でも2時間ほどの距離かと」

「エリさんならもっと速いでしょう? エリさん、ルナを抱えて移動を。ルナ、そこまで案内して」

「……カルメさん? まさか」

「ええ、そのまさか」

 

 背に刺していた薙刀を手にして、カルメは一人立ち上がる。

 その顔には、いつもと変わらぬ穏やかな笑みが浮かぶ。

 

「魔王様一人では厳しいわ。わたしが行きます。ルナ、発破用の爆弾を頂戴。あるだけ、ありったけね」

「そん――っ」

 

 咄嗟に止めそうになる言葉を飲み込んで、ルナはゆっくりと頷きを返す。

 このままでは魔王といえど危ないと、あの巨影を直に見たカルメはそう判断したのだ。

 何もしていない自分に言えることは、一つだけだ。

 

「……分かりました。魔王さまをお願いします」

「ええ、任されました! あの竜は、わたしが倒す。今度こそ、わたしが――」

 

 そう言って、カルメは元の道を駆け戻っていった。

 その背を見送りながら、ルナもまた自身の覚悟を決める。

 

「……行っちゃったね。さて、私たちは移動しようか」

「はい。……到着し次第、イオへ援軍の要請をします」

 

 それが今、私がすべきこと。皆を率いる自分の義務だ。

 だけど、そこから先は、何をするのも私の自由。

 

「ですがエリさん、その後は――」

「そしたら、直ぐに戻って来よう」

「え……?」

 

 続けて口にしようとしたお願いを、エリの方から提案してきた。

 驚いて振り返ると、いつか初めて出会った時に見た、寂しげに笑う彼女の顔がある。

 

「それは是非、お願いしたいです。むしろ今、そうお願いするところでした。でも、どうして……?」

「……多分、ルナさんには後悔をしてほしくないから、かな」

「後悔、ですか?」

 

 戦う力のない自分と、勇者として名を馳せたエリは明らかに違う。

 アルトの湖底での戦いも、この巣の攻略でも彼女の力は皆を救ってきたのだ。かつて魔王から世界を救ったように。

 だが、それでも彼女は寂しげに微笑む。

 

「世界がこうなっちゃう前に、私は何もできなかったから」

 

 かつては美しい草原地帯だっただろう砂を救い上げて、彼女はそれを風に乗せて飛ばす。

 

 

「私はね、勉強なんて苦手で頭も良くない。だからこの世界に来て、私たちの知識は貴重だー、世界を変えるーなんて言われても、そんなもの私が知ってるわけないって、そう思った。ちょうど、勇者の中に先生――詳しい人もいたから、全部、他の人に任せてたの。だから、魔王を殺した後、何の役割もなかった私は勇者を辞めて魔王の正体を調べに外へ出た。……でも、今になって思うんだ。もしあの時逃げなかったら、何か出来てたのかなって」

「エリさん……」

「別に世界がこうなるのを止められたなんて思わないよ? そんなに、私は聖人でもないし、凄くもない。……ただ、ちょっとでも、何人かでも、助けられた人はいたのかなって」

 

 異世界からの来訪者。世界が爆発的に変化する切っ掛けとなった『この世界とは異なる文明』を辿った者たち。

 その一員であった彼女が今、こうして世界を再生する旅をしている。

 もしかしたらそれは、彼女なりの、勇者としての贖罪の旅なのかもしれない。

 

「だから、ルナさん。今、あなたができると思ったことはやるべきだよ。……後悔する前に」

 

 だから、行こう?

 そう言って、エリはルナへと手を伸ばした。

 

「……はい!」

 

 その手を、しっかりと強く握り返す。

 戦いに参加できない悔しさ、もどかしさを抱えて。

 それでも自分にできることをやり遂げるために、エリはルナを背負って飛び出した。

 

 

***

 

 

 ルナをエリさんに任せて、わたしは都市の中へと戻る。

 今自分に出せる全速力で、簡単には走ることのできない砂の大地を蹴とばして駆け抜けていく。

 

 ――急がねばならない。

 魔王様が竜にやられてしまう前に、いえ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうでなければ、わたしがここにいる意味が何もなくなってしまう。

 だって、わたしは戦闘個体なのだ。ルナの道を切り開く、人類が残した戦士なのだ。

 

 ルナたちと別れこの地方に来たばかりのときは、砂に足を取られて満足に踏ん張ることすらできなかった。

 けれど今は、この緊急事態でもわたしの足は正確に流砂を踏みしめる。

 あれだけ苦戦して、初めて遭遇した時は慌てて逃げ惑った虫の魔獣も、十年の修行で一刀で両断できるようになった。

 そして遂には、たった一人で虫の巣を攻略した!

 

 この地方で戦い抜いて、わたしは確実に強くなった。

 皆を食い散らかしたあの憎きアルリザードだって、今ならわたし一人で殺すことができるだろう。

 胸を張って、ルナたちに自慢ができる強さを、わたしは手に入れたのだ!

 

 ルナに言った、わたしがリヴラへと戻ろうとした理由。

 武器が消耗したというのは本当だ。わたしと同じ再生機構を持つこの装備もガタがきて修復に必要な資材も尽きていた。

 でも、同時に。

 今のわたしならルナたちに会っても許されるのだろうかと、そう思ったのも、多分本当。

 

 ……まさか、途中で木に捕まってしまうとは思わなかったし、そこをルナたちに助けられるなんて、もっと思わなかった。

 

 わたしが修行している間に、ルナはとんでもない偉業を成し遂げていた。

 彼女が信じ探していた特異主に――あの魔王様たちに出会っていたのだから。

 そして、ルナは彼らの力を借りて、そしてルナ自身の力を駆使して、わたしたちの本当の使命にたどり着いた。

 

 一緒にいたのがわたしでは、到底成し得なかったことだろう。

 

「……悔しい」

 

 だから、せめてわたしにできることとして、皆をここへと連れてきた。

 何せ10年以上もここにいたのだ。巣だって単独で攻略した。

 ここの場所だけは、誰よりも詳しい自負があった。

 砂漠での戦いも、混獣種との戦いだって、わたしが皆を導けると、そう思った。

 

 でも、魔王様もエリさんも、この土地に来たばかりだというのに当たり前のように()()()戦っていた。

 砂の歩き方? そんなもの圧倒的な身体能力には関係ない。

 混獣種の殺し方? そもそも、虫程度は彼らの敵ではなかったのだ。

 

 わたしの10年は、たった一瞬で飛び越えられてしまった。

 

 ああ、本当に、流石は時代を創った特異主たちだ。

 わたしのちっぽけな努力なんてもので追いつけるはずがなかったのだ。

 

「……悔しい」

 

 あの骨竜だってそうだ。

 あの虫の巣をわたしが攻略するのに何年かかったと思っているのか。それを、たったの一撃で都市に大穴を開けてみせた。

 わたしがこの10年を生き抜けたのは、単にあれに認識されなかっただけなのだ。

 あれにとってわたしは、『虫』と変わらない存在なのだ。

 

「……悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!」

 

 

 ああ、悔しい!

 本当に心の底から思う、悔しいと!

 

 

 わたしは、どうして、こんなにも弱者なのだ!

 

 

 ルナを守る役割? そんなもの魔王様たちで充分だろう。

 混獣種の排除? それだって彼らならやってのけるだろう。

 

 そこに、わたしのいる意味はない。

 戦闘個体・カルメとしての存在意義は、数合わせ以外、どこにもないのだ。

 

「――そんなこと、このわたしが許さない!」

 

 首からぶら下げた、音鳴石を握りしめる。

 何度だって聞いた声が、飛び散る砂の音色に交じって響く。

 

『――どうか、どうか僕を殺して欲しい』

「ええ、ええ! あなたはわたしが殺す。そして、ルナの目的を叶えるの!」

 

 だって、わたしたちは『家族』だから。

 人類の、いなくなった人たちの理想のためにこの壊れた世界に残された、わたしの唯一つの拠り所。

 ルナの、イオの、ニクスの――そして、わたしの。この願いだけは、魔王様だろうと、世界を救った勇者様だろうと譲るわけにはいかないのだ。

 

 都市の崩れる轟音が聞こえてくる。

 流石は歴史に残る魔王様。骨竜相手に渡り合っているのだろう。

 もしかしたら本当に、一人で倒してしまえるのかもしれない。

 でも――。

 

『……分かりました。魔王さまをお願いします』

「――ええ、任されました!」

 

 ルナが必要としてくれた。今は、それだけで充分だ。

 ルナの願いは、必ず叶える。

 それもまた、いえそれこそが、わたしの願いなのだから。

 

 

***

 

 

 一方、都市の中。

 一人残った魔王は迫りくる巨影へと左手を振り上げたところであった。

 

「上がれ――!!」

 

 地面に忍ばせた蛇が五匹、絡み上がって巨大な切削具へと形を変える。

 渦巻く蛇と魔力の渦が、唸りを上げて飛来――もはや墜落といっていい突撃にぶち当たり甲高い音を響かせた。

 

『――――!!!!』

 

 火花が散り、白い骨片が辺りに飛び散る。

 都市上から滑空していた骨竜は苦悶の声を漏らしながら僅かに上へとズレ、近くの家屋へと激突する。

 その下を必死に潜り抜けながら、魔王は竜を拘束するための蛇を解き放つ。

 

 蛇で口を閉じてからは、こういった突進攻撃を繰り返してくるのみだ。

 本来竜種は知恵ある種族で、人類には使えない多様な魔法を操る。

 最たるものは熱線だが、彼らがあの翼で羽ばたきで都市を吹き飛ばしたり、足爪で獲物を切り裂くのにも魔法は使われる。

 そのはずなのだが、あの骨竜はその一切を使ってこない。

 

 あえて使わないということはあり得ない。何か事情があるのだろう。

 唯一の熱線は口を閉じて封じた。

 他を使わない理由は分からないが――おかげで時間は稼げそうだ。

 

 瓦礫を弾き飛ばして中から骨竜が現れる。

 その白い外骨格はところどころ欠けてはいるが、未だその中身は見えないまま。

 ただ空隙からはあの七色の光が漏れ出ており、あれのせいで骨の中まで蛇が届かず焼かれてしまう。

 放ってこなくても厄介な光だ。

 

『――――』

 

 光を纏う骨竜が首を大きく振るうが、硬く縛った蛇は外れない。漏れ出る光程度では焼かれるほど、柔ではない。

 ただしこちらも、骨を砕く手段を見いだせずにいる。

 このまま千日手で済むのであれば好都合だが……そう簡単にはいくまい。

 

「……さて、どう崩そうか」

 

 常時顎を閉じることに蛇を使っているため、あまり多くの蛇が使えない。

 骨竜が変なことをしてくる前に何か手を考えなければならないのだが――。

 

「せーのっ!」

 

 その瞬間、青い光が上から降ってきた。

 骨竜の頭に振り下ろされたそれは、鈍い音を立てて竜の頭を地面へと叩きつけた。

 

「――硬い!」

「カルメか」

 

 無事にルナは逃がせたようだ。

 丁度いい。これで手札が増えた。

 

 すぐさま竜は身体を回転させて周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

 カルメが飛び退いたところを狙って、放っていた蛇を地面から突き上げる。

 勢いづいていた身体は斜め上へと跳ね上がり、そのまま背中から地面に倒れこんだ。

 

「カルメ、もう一撃だ!!」

「――はい!」

 

 突き上げに使った蛇を解き、カルメの武器に纏わせる。

 青い光を帯びた刃先を漆黒が覆い、数倍のサイズに膨れ上がる。

 

「これは――」

「そのまま振り下ろせ! ……ぶった斬ってやれ!」

「――っ、ええ、任されました!」

 

 

 ――カルメの個体としての特性は、その膂力だとルナは言う。

 

 ルナたちよりも一回り大きな体躯は近接戦闘に特化して作られた。

 金属塊を楽々と持ち上げるチビルナ以上の腕力と、自身の重さをある程度自在に操作できるイオと同じ能力を合わせ持つ彼女は、こと一撃においてはエリ以上の威力を誇る。

 あの武器の青い光は、重さと鋭さを操る魔法の発光だそうだ。

 

 戦闘個体・カルメ。

 彼女のコンセプトは、どうやら一撃必殺という事らしい。

  

 ――ふと、その青い光に蛇が反応した。

 

「……ん?」

 

 あくまで刃を拡張するために張った蛇が、何故だか青く輝き始めた。……カルメの武器に刻まれた魔法に反応している? なにそれ、知らない。

 

 そのまま蛇がその魔法を吸い上げ、巨大な刃全てに行き渡らせる。

 青く瞬く漆黒の刃が、骨竜の真白い首へと振り下ろされた。

 

『――――!!』

 

 骨を両断しうる重さを持った必殺の一撃に、しかし骨竜は反応して見せた。

 身体は倒れたまま。逃げることの叶わない骨竜が選んだのは、首を振り上げ顔の側面で刃を受けることだった。

 

 大気の裂ける音が鳴り響き、青い閃きが空を駆け抜ける。

 その一撃は確かに骨をそぎ落とした。

 だが狙っていた首は健在。頬から先端部の一部を切り落としただけにとどまった。

 

『――――』

 

 青緑の血が噴きあがる骨竜の顔面ははっきりとは分からないが、濁った黄の瞳はこちらへと見開かれていた。

 

「まずい――!!」

 

 口はまだ閉じたままだ。

 だが、そんなことはもう関係ないくらいに、竜の顎は露出されていた。

 

『――――!!』

 

 削げ落ちた骨竜の頬から魔法陣が浮かび上がる。

 奇しくもそぎ落とされた勢いで、その断面は落下するカルメへと向いていて。

 閉じられている間に十分すぎる程充填されていたのだろう。

 瞬きの合間で、魔法陣は視界を焼くほどの発光を見せた。

 

「あ――」

「爆ぜろ、蛇!!」

 

 電撃の如き閃きで、カルメの薙刀に纏わせていた蛇を爆破させる。

 吹き飛んだカルメがギリギリ射線上から消え、直後あの熱線が放たれた。

 

 空を焼く閃光と熱波が襲い掛かる。

 最早慣れたそれを、蛇の盾で耐えていく。

 だが周囲の家屋は耐えきれず崩壊し、辺り一面が瓦礫の山へと姿を変える。

 

『――――』

 

 熱を放出しながら、骨竜がゆっくりとこちらを見つめる。

 

 これで振り出しに戻った。

 否、大穴の開いた顔は、蛇で縛っても意味がない。

 もうあの熱線を封じる手段はなく、状況は悪化の一途をたどっている。

 

 だが、全部が悪いことではない。

 骨に堅く守られていた表皮が露出している。

 あれなら蛇が通るだろう。

 

 お互いの護りはなくなった。後はどちらが早く殺せるかだけだ。

 

 唯一、カルメだけが心残りだが……。

 吹き飛んでいた方角は覚えたから、そちらにだけ骨竜を飛ばさないように気を付けるしかないだろう。

 

 蛇を引き抜き、剣とする。

 もう切削具は不要だ。

 さあ行こうかと身構えた――その、瞬間。

 都市を異なる影が覆った。

 

「なに――?」

 

 咄嗟に見上げると、そこにはもう一体の竜がいた。

 

「……冗談だろう?」

 

 ここにきてもう一体はいくら何でも対処不能だ。

 逃げの選択肢が頭を占める中、視界の光景はそれに待ったをかけていた。

 

 空に浮かぶもう一体の飛竜。

 それは透き通る青の翼を持つ、思わず瞳を奪われる美しい竜であった。

 

「あれは――」

 

 言葉を紡ぐ前に、青い竜が甲高い咆哮を上げた。

 

 その直後。

 青竜の足元に巨大な球体が現れ、解けるようにそのまま巨大な光線となってこちらへと放たれた。

 

「――は?」

 

 身動きすら取れる間もなく放たれたそれは、真下にいた骨竜にぶち当たり。

 僅かな静寂ののち、光の爆発が骨竜を中心に起きたのだった。

 

 

***

 

 

 耳を襲う轟音が消えて、しばらくが経った。

 

「……終わった、か?」

 

 硬く閉じていた身体を開く。

 剣を突き立て、蛇を広げて前面を覆い隠していたから何とか生き残ることができた。できたのだが……。

 

「……行くか」

 

 蛇を解いて顔を上げれば、そこには想像通りあの青い竜がいた。

 

 骨竜と同じくらいの巨大な体躯。

 全身は光を纏った透き通る鱗に覆われ、白くたなびく鬣が魔力の光を帯びて揺らめき、そのどちらにも汚れた様子はない。

 だが、その足元にはあの骨竜の死骸が転がっている。

 

 ……戦いは終わったらしい。

 あれだけ強かった骨竜が、一撃か。

 確かに骨は切り落として中身は露出していたが、それにしても凶悪すぎる威力だ。

 化け物の次は、それを超える化け物が来たことになるが――。

 

『――――』

 

 だが、その竜は俺に一瞥もせずにそのまま飛び立ってしまった。

 

「……助かった。なんだったんだ、あいつは……」

 

 南東部と違い、この土地ではただひたすらに戦闘続きだ。

 カルメの言った戦場が、まさに言葉通り襲い掛かって来ている。

 虫までは良かった。

 だがあの竜どもは……正直想定外だ。

 あんな化け物がうようよしているのだとすれば、今までの方法では通用しない。

 戦うための、戦争のための準備をしなければならない。

 

 だが、とにかく今は、疲れた。

 最後の力を振り絞り、蛇を都市の上へと飛ばして光を放つ。

 それを見届け、焼かれた骨竜の死骸を前に倒れこんだのだった。

 

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