人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第54話 卵

 

 

 

 骨竜との戦いを何とか乗り越えた俺たちの前に突如現れた謎の人物――いや、骨。

 

 こいつは戦闘直後で油断していたとはいえ、全員の感知をすり抜けて現れた。

 その手際と、何より見た目が明らかに常識を外れたその男は、暗い光の灯る視線とともに怪しげな誘い文句を投げてくる。

 

 ――魔獣どもの殺し方を教えてやる、と。

 

「……それなら、知っているが」

「……ほう?」

 

 だが、残念なことにそれはもうわかっている。

 随分と怪しい登場をしてまで何を言うのかと思ったら……。まさかの助言であった。

 見た目と違っていい人――否、いい骨なのかもしれない。

 

 ヤザンと名乗ったその男はこちらの返答が想定外だったのか、立てた指をほどいたまま止まってしまっていた。

 流れ始めた砂の流れが白い骨の足の上を撫でていく。……骨って砂で削れないのだろうかと、ふと思いながら言葉を続ける。

 

「ここらの魔獣なら問題なく殺せているし、奴らの造る巣は奥にある卵を壊せばいいんだろう? ここも、そうやって壊した」

 

 だから、間に合っているのだと。

 そう言おうとした俺を、開かれ眼前に掲げられたスカスカの骨の右手が止めた。

 

「……そうか。そうじゃったか」

 

 ほんの少しも音のしなかったその動きに驚いて口を噤むと、その手はゆっくりと頭蓋骨の顎に触れて思索を始めた。

 髭でも触るようなその仕草は、彼がかつて生きた人間であったのだと、そう教えてくれている。

 

「なるほど、なるほどのう……。てっきりあの霊竜めが巣を壊したのかと思うたが、お主らじゃったか。ひょっとすると、少し前に昇った光もお主らかの?」

「……光?」

 

 心当たりがあるとすれば、巣を壊した時のものだろうか。

 巣の最奥に存在した不思議な球体。カルメが卵と呼んだあれを破壊した時に昇ったのは眩い程の赤光だった。

 他にそれらしきものは見ていないから、きっとそうなのだろう。

 頷いた俺を見て、骨――ヤザンは満足げにかたかた顎を鳴らした。

 

「ほう、ほう! なるほどのう……どうやら、お主らは相当な強者どものようだの。通りでこの国でそんな身綺麗な姿でおるわけじゃ。……だがの」

 

 そう言って俺の横を通り過ぎたヤザンが、倒れた巨竜の死骸に手を触れる。

 

「それでもなお問おう。お主らはこの骨の竜をどうやって殺すつもりじゃ?」

「それは……」

 

 その問いに、応えるものを俺たちは持っていない。

 あの骨の竜を殺したのはヤザンの言う霊竜とやらで、そのことはこの男も知っているのだから。

 

「お主ら、どうやってかは知らんが東から来たのだろう? そしてこの先に何ぞ用でもあるのだろう。……これより先、この骨竜に並ぶ化け物だけで十はいるぞ。その全てを相手にできるというのかの?」

「……」

「そんなに沢山……凄いわねー」

 

 後ろからカルメの嬉しそうな声が聞こえてくるが、勘弁してくれ。

 あの骨竜相手でも、もう一度戦えと言われたら全力で遠慮させてもらいたいというのに、それ以上がいるのだとこの男は言う。……霊竜は、間違いなくその内の一体なのだろうな。

 

「よく知ってるな」

「そりゃそうじゃ。ワシはこの国の生まれじゃからの。それこそ、死んでなおここにおるわ」

「……」

 

 骨竜が倒された後に、図ったように現れたこの男の言っていることが真実とは限らない。

 だが、意図はどうあれ嘘ではないのだろうと思う。

 わざわざ『虫の巣』程度のために現れた骨の竜に、それを軽く屠った青の霊竜という怪物の存在。そしてそんな化け物がいてなお、この大地は混獣種に満ちている事実。

 それはつまり、あの霊竜を以てしても倒せない、同等かそれ以上の何かが存在しているという証明に他ならないのだから。

 

 黙った俺を見て、ヤザンはやや濁った白い顎を大きく開いた。

 恐らく、笑っているのだろう。

 

「なあに、ワシは話がしたいだけじゃよ。なにせ久しぶりの生きた人じゃ。何も知らずにこの土地で死んでしまっても目覚めが悪いからの」

「……あんた、寝るのか?」

 

 乾いた口を開いてようやく言えた言葉はそれくらいだった。

 

「はははっ、寝るし疲れるわ。物は喰わんが、の」

 

 やけに通る、何処から出ているのか分からない声を上げてから、ヤザンは先程掠め取った遮蔽材を投げてよこした。

 

「いきなり現れて怪しむのは当然じゃの。だが安心せい。ワシはこの枯れた大地ではやることもなく暇なんじゃ。見ての通り誰も残ってはおらんしの。ましてや都市が解放されることなんて滅多にない! お主らやることがあるんじゃろ? その間の話し相手にでもしておくれ」

「……まあ、それくらいなら」

 

 こうして会話をしていても、このヤザンからは危険な気配は感じない。

 そもそもこの骨男という存在を全くもって理解はできないが、見た限り骨は本当にただの人骨で、その中に詰まった黒い靄も外部に影響を及ぼす何かではなさそうだ。

 傍に置いて話すくらいなら、構わないだろう。

 一応視線を巡らせて周りの連中に確認も取るが、皆、同じ意見の様だ。

 

「なら決まりじゃ。さ、さっさと続きをせい」

 

 俺たちの様子を見て問題ないと判断したのだろう。手をぶらぶらと振って近くの瓦礫の上へと腰かけた。

 止めたのはお前だ、という言葉を飲み込んで作業を進めようと動き出す。

 だがその時、思いもよらない言葉が聞こえてくる。

 

「急ぐといいぞ。ほっといたらすぐに次の卵が運ばれてくるしの」

「何? 次とは――」

 

 思わず投げてしまった問いかけに、しまったと思ったが後の祭り。

 ヤザンは、表情というものがないのにも関わらず、大きく口を開けてその嬉しさを表現して見せた。

 

「安心せい。たっぷりと教えてやるわ」

「……よろしく頼むよ」

 

 こうして、なし崩し的に骨が一行に加わったのだった。

 

 

***

 

 

 ヤザンという邪魔者が腰を落ち着けたので、俺たちは当初の目的であった骨竜の死骸を隠す簡易倉庫の制作を始めた。

 やることは単純だ。

 死骸を隠せそうな大きさの建物に目星をつけ、その中で一番崩れている面の壁を蛇で爆破。

 その中に死骸を押し込んで、遮蔽材で蓋をすれば簡易倉庫の完成だ。

 最後にルナから預かった魔石を筒にはめ込むと、真っ白だった遮蔽材に先程まであった壁が映し出される。触れさえしなければ絶対にわからない、壊す前の建物に元通り。

 

「ほー! 凄いのお。壁が再生しおった! 一体何をしたんじゃ?」

「再生じゃない。他の壁を再現して投影してるんだ」

「んん……? どういうことじゃ?」

「あー、そうだな……。周囲の壁を真似て擬態してるっていえばわかるか?」

「おお、擬態か! それならわかるわ!」

 

 カタカタと骨を鳴らして笑うヤザン。

 

「賑やかなおじいちゃんね、魔王様」

「……ああ。骨だけどな」

 

 あれから作業を開始した俺たちの後ろをしっかりとついてきていたヤザンだったが、作業の間は黙って見守っていた。

 おかげでカルメと奴の印象を話し合うことができ、精神的にようやく一息つくことができた。

 カルメもまたこの骨男にはさほど脅威を感じてはいなかった。

 

 なにせ骨。限りなく、否間違いなく怪しいが、結局は骨だ。戦いになれば一瞬で倒せる相手だろう、と。

 ちなみに長い事砂漠を彷徨っていたカルメだが、このヤザンには初めて出会ったという。

 

「わたしは一人だったから、一カ所に長居はしなかったわ。そのせいかもね?」とは言っていたが。確かにこの広い地方で個々で彷徨っている連中が出会う確率は、限りなく低い。

 

 ヤザンが俺らを見つけたのも短い期間で巣を連続で破壊し、骨竜に霊竜の登場……と目立つ出来事を繰り返していたからだろうしな。

 俺たちの行動は、長い間変化のなかっただろうこの南西部においては騒がしすぎたのかもしれない。

 

「ともかく、あのおじいちゃんなら大丈夫だと思うわ。……それにわたしも正直、この先のことは殆ど知らない。おじいちゃんが知っているなら、それはとっても役に立つと思うの」

「……それは確かに、そうだな」

 

 それに冷静になって考えれば、そもそも俺たちはヤザンくらい怪しい奴だらけだ。

 俺やエリが魔王や勇者であることも、ロアが錬金術師であることも、ランバが司書であることも本人たち以外証明できる者は存在していない。

 そんなメンバーでここまで来た俺たちが、このヤザンを拒絶する理由はないのだ。

 

 ――ただ一点、俺たちのか弱いリーダーに危害を及ぼさない限りは。

 

「しかし布に擬態能力を持たせるとはのう。となるとお主ら、生き残りじゃの」

「生き残り? 何だそれは」

「文字通りの意味じゃよ。ワシみたいな()()()()()()ではなく、お主らはこの世界を生き抜いておるのじゃろ。そして、そんな奴はこの砂漠には残っておらん。……お主ら、他の国から来たんじゃな」

 

 しみじみと息を吐き出すようにヤザンは言う。その息は何処で作られているのか、相変わらず分からない。

 ただ、俺たちが他国から来たという彼の指摘は正しい。

 俺たちと僅かに言葉を交わしただけで理解できるほど、この男は長い間この砂漠にいて、ここは長いこと混獣種の楽園だったのだろう。

 

「ならここのことを知らんのも無理はない。……先ずは、先の卵から話そうかの」

 

 未だ砂上走行車を作っているルナの方へと進みながら、ヤザンは続ける。

 

「あの骨竜はの、見張り役じゃ」

「見張り……あれが?」

「あれが、じゃ。まああの肉獣どもの中じゃ上から数えた方が早いから安心せい」

「……肉獣とは?」

「ん? ああ、お主らが戦っとったあの化け物どものことじゃよ」

 

 やはりそうか。確かに肉泥で壁を造ったり、他者を喰らって糧とする辺りはそう呼んでも違和感はないだろう。

 念のため俺たちが混獣種と呼んでいることを伝えると、彼もまた納得がいったように顎に手を当てた。

 

「ほほ、それもまた言い得て妙じゃの。ならばこれからはワシも混獣種と呼ぼう。……それで、お主らはもう巣は見たじゃろう? わかっているとは思うが、あれはこの国中に広がっておる。かつて存在したあらゆる都市は、全て奴らの巣じゃ」

 

 それも見てきた通りだ。そしてこの先全てが巣になっているということは事実らしい。……全くもって嬉しくない事実だが。

 重くなる頭を振って頷きを返すと、ヤザンはそのまま会話を続ける。

 

「あの骨竜はその全ての都市を巡回して見張っておる。どれかの巣が壊れればそれを察知して障害を排除し、空いた都市に次の卵を運び込む」

 

 つまり俺たちは巣を破壊したことで骨竜を呼び寄せたということになる。

 そしてあの竜の強さが『見張り程度』だという、先のヤザンの言葉を補強している。

 

「卵か……何なんだあれは?」

 

 巣の主の間に必ず存在した、透き通る赤色の巨大な球体。

 それには渦巻く光が内包され、破壊すると巣と巣内の混獣種たちの活動を終わらせる。

 まるでリヴラにある動力炉だが、機械ならまだしもスイッチ一つで生命活動が停止する存在なんて聞いたことがない。

 

 丁度ルナたちの下へとたどり着いたので、そのまま作業を進めてもらいつつ、俺たちは近くの瓦礫に腰かけて話を続ける。

 骨竜にやられた負傷は、いつの間にか完治していた。

 

「卵とは、混獣種を生み出す源じゃ。あれを最初に喰らった混獣種が巣の主となり、僕となる獣たちを生み出していく」

「喰らう……普通の卵とは随分と違うのね?」

 

 隣で聞いていたカルメが首を傾げる。

 

「そうじゃの。そういう意味では卵というよりは餌と言った方が正しいかもしれん。だが、あれは卵じゃ。あれが置かれた都市は、あっという間に混獣種どもの巣になるんじゃからな」

「……いくつか質問がある」

「なんじゃ。好きに聞け」

 

 そう尋ねておいて、問いを口にするには幾つか呼吸をするだけの時間を要した。

 聞けば聞くほど意味の分からない生態系――もはやそう呼んでよいのかも分からない、混獣種の法則がこの男の口から語られている。

 およそ生物ではありえない常識外の生命体。その全てに理解が及ぶのには時間がかかるだろう。

 だが、早急に確認しておかなければならないことがある。

 それは、危険度の話だ。

 

「この辺りの都市跡は虫の巣だった。この先には獣の巣があると聞いている。つまり、巣の位置にはある程度法則があるということだと俺たちは考えていた。だが、今の話だと『巣に置かれた卵を最初に食ったやつ』が主になるってことだよな?」

 

 じっくりと思考を整理して投げた言葉に、ヤザンはあっさりと頷きを返す。

 

「そうじゃ。ワシにはわからんが、あの卵はどうも混獣種たちにとって途轍もなく旨そうな()()がするらしい。卵を求めて周囲からわんさか連中が集まるんじゃ。……そうなると、どうなると思う?」

 

 仄かに光る二つの眼孔をこちらへと向け、骸骨は告げる。

 

 ――その光は、さっきからふつふつと湧き上がってくる、嫌な感情を駆り立てる。

 

「殺し合うんじゃよ」

「……まさに弱肉強食ってやつだ」

 

 巣の王を決めるには相応しいやり方なのかもしれない。

 

「最後に生き残った奴、あるいは他の混獣種を出し抜いた奴が卵を喰らい、新たな巣の主となる。卵も当然再生能力を持つ。再生した卵は肉を吐き出し、主と同じ姿をした混獣種たちを生み出していくんじゃ。そうして、あの巣が出来上がる。つまり、強いものが増え、弱いものは排除されるということじゃ」

 

 喰らいあって強い『部位』を手に入れる混獣種たち。

 だが巣に住む者たちは胴体――つまり身体の本体だけは共通していた。

 つまりどれだけ強い部品を手に入れても虫は虫。そんな特徴を持つ生物がどうやって巣を形成していくのかがわからなかったが、これではっきりした。

 その蟲毒のような主の選別方法で生き残った強い『本体』を元に、他の個体が生み出されているのだろう。

 

 もうわかるな?とヤザンは言う。

 

「お主の言った法則性。それは単に強さの順序じゃ。生き残った者が巣を作り、負けたものの中で生き残れる強さがあった個体はその都市を去る。別の都市でまた卵が作られ、そこでまた殺し合いが起きる――その結果が今のこの国じゃよ」

「……それは、一体いつからの話なんだ?」

 

 ああ、違う。そんなことを聞きたいのではない。

 

「さてな。もう長すぎて時間など数えておらんわ。だが数十年やそこらではないことは保証しよう。我が生涯よりも長い時を生きた。それくらいはこの老骨にもわかるでな」

 

 人類が消えた後からずっとだ。間違いなく200年は経っている。

 このことに関してはむしろこちらの方が詳しいだろう。

 違うのだ。聞くべきは、それではない筈だ。

 

 ――チリチリと、首の後ろを焦がすような感情がさっきから消えてくれない。

 

 このヤザンは、先程何て言ったか?

 そうだ。卵だ。放っておけば、卵がどうなると言った?

 俺たちが、今すぐ確かめなければならないことは――。

 

「……あんた、さっき次の卵が来るっていったな? それはつまり――」

「ああ」

 

 カタン、と顎の骨を軽快に鳴らしてヤザンは笑う。

 

「急がねば次の骨竜がやってくるということじゃ。次の主を決めるため、混獣種を周囲から()()()()()卵をもって、の」

 

 

 ――俺たちが今いる場所の、危険度についてだ。

 

 

***

 

 

 この都市は間もなく修羅場となる。

 ヤザンの告げる事実は、唯それ一点を示してた。

 

「卵はどれくらいで来る?」

「ここの巣を壊したのは今日じゃな? それなら、後10日といったところかの」

「10日……それだけ日があるなら十分か」

 

 ルナを見ると、話を聞いていたのだろう。しっかりと頷きを返してきた。

 

「今日中にはこの走行車も修復できます」

「そうか。なら、まだ余裕があるな」

 

 少なくとも、ここから逃げるには十分すぎる。

 だがこれでここに拠点を築くという考えは改めなければならない。

 

「前に巣を潰した後、しばらくしたら直っていたのはそういうことだったのねー」

「なんじゃ? お主ら来たばかりじゃないのか?」

「わたしは前からここにいるのよー。おじいちゃんには会ったことなかったけどね」

「……ほう?」

「でも放っておけば元通りって……どうやって攻略すれば……」

 

 呑気なカルメに、エリもまた俺と同じく頭を抱えている。

 簡単には倒せない『見張り』の出現に、壊しても意味のない――しかし壊さないと先には進めない巣ときた。

 またも降ってきた難題に、ため息しか出てこない。

 

「何なんだこの土地は……」

「酷い国じゃろう? ……ここはもう長い事、奴らの支配する死の国よ。そんな場所に、お主ら何をしに来た?」

「それは……」

 

 チラと背後のルナを見る。

 この老骨がマナホールのことを知っているかは分からないが、話を聞く限り彼は唯のこの亡き国の生き残り。ならば知っている筈もないだろう。

 ……あれは、この世界の終焉に生まれた暗部であろうから。

 

 向けた視線の先で、ルナもまた手を止めてこちらを見ていた。

 

「構わないか?」

「……私としては問題ありません。ここに詳しいヤザンさんならあの大穴のこともご存じかと思いますし」

「大穴……? ひょっとして、トゥリハの崩落跡のことか? お主ら、あんな場所に何の用が……?」

 

 やはりこの男は詳しくは知らないらしい。

 丁度いい。このわけのわからない大地のガイドとして、この男には役に立ってもらおう。

 

「俺たちは、トゥリハにあるマナホールと呼ばれる施設を探しているんだ」

 

 修理を終えるにはまだ時間がある。

 これまでの経緯について、今度は俺たちの方が語り始めたのだった。

 

 

***

 

 

 大まかな事情を語り終えた時、日は色を変え夜が迫る時刻になっていた。

 影が差し始めた砂漠の中で、ルナと道具が放つ青い光が仄かに浮かび上がり始めている。

 

「なんと、そんなことが……俄かには信じられん!」

 

 マナホールの存在と、それがもたらした世界への影響。そして俺たちの目的がその正常化であることを語ると、ヤザンは声を荒げて頭を振った。

 これまでの好々爺といった様子は消え去り、さっきまでの俺たちのように取り乱している。

 先程とはすっかり立場が逆転してしまった形になるが、人らしい一面が見られて少しだけ安心ができた。

 見た目は骨だが、中身は同じ『人』なのだと。

 

「悪いが事実だ。だから、俺たちは何としてもトゥリハにいかなければならない。そのために、アンタの助力をお願いしたい」

「それだけの技術をもって何故この国にやってきたかと思うとったが、そういう事情か……」

 

 存在しないあごひげを撫で上げて、ヤザンはなるほどのうと呟いた。

 

「直ぐには信じられないかもしれません。ですが、私たちはどうしてもマナホールに行かなければならないのです……!!」

 

 熱のこもったルナの言葉に、ヤザンは本来の調子を取り戻したように笑い声を返すとスカスカの手を振った。

 

「安心せい。疑っちゃおらん。実はな、ワシはこの国がこうなった理由を知らんのじゃ。この身体になり目覚めたときには、とっくにこうなっておったからの。てっきり混獣種どもが全て喰らったのかと思うておったが、違うのじゃな」

「はい。混獣種がいつ生まれたのかは分かりませんが、原因ではありません。それだけは確かです」

「……そうか。混獣種どもはこの国を滅ぼしてはおらんのか……そうか……」

 

 そう、腹の底から吐き出すように呟いて、ヤザンは砂が流れ込み始めた地面へと膝をつく。

 驚く俺たちを手で制して、たっぷりと呼吸をしてから顔を上げた。

 

「そういう事情なら、お主らがこの国に来たのも納得がいく。……そうか、この国どころか、この世界にももう人はおらぬのか」

「……俺たちはまだ南側しか知らない。だから世界から人類が消え失せたとは言い切れないが、まあ、大して差はないだろうな」

「なるほどの。……やはり、ワシは随分と眠りすぎていたらしい」

 

 彼が何を思ってこの砂漠を彷徨っていたのかは分からない。

 ただ、一縷の望みがあったのかもしれない。この国は滅んでしまったが、どこかに生き延びた誰かがいる、と。

 その希望を胸にこの死に満ちた国を彷徨いづけていたのだとしたら。俺たちはあまりにも酷な現実を告げたことになる。

 

 だが、次の瞬間にはけろっと立ち上がり、ヤザンは陽気な声を張り上げる。

 

「あい分かった! ならばワシはお主らの目的に手を貸すとしよう。トゥリハに行くにはこれから先いくつもの巣を通らねばなるまい。お主らがそこまで辿り着けるよう、この老骨の知恵を貸そうぞ」

「……あ、ああ、そうしてもらえると助かるよ、ヤザン」

 

 急すぎる変化に驚くが、元気になったのならまあ良いか。

 差し出された骨の右手を握り、今度こそ正式にヤザンを仲間として迎えた。

 樹の巨人に続いて骨の老人とは、ますます人外集団じみてきたが……。

 

「早速じゃが、その車とやらはできたかの?」

「あ、はい。これならすぐにでも出発できますが……」

 

 だがもう辺りは暗くなり始めている。

 このまま起伏激しい砂漠の中を進むのは危険だろう。

 

「まだ猶予はあるんだ。今日はここに泊まって、明け方出発した方が――」

「ならん」

 

 だが、ヤザンは首を横に振る。

 

「確かに猶予は10日ある。……だがそれは、この都市の話。お主ら忘れたか? お主らは既に、三つの都市を攻略したのだろう? 最初の都市は、一体いつ卵を壊した」

「……六日前です。この夜が明ければ、七日」

 

 ああ、そうか。

 骨竜は巡回をし、卵を壊した外敵を排除し卵を運ぶ。

 あの骨竜に出会ったのがこの都市だからすっかり勘違いをしてしまっていたが、俺たちが訪れた都市をあの骨竜が見ていないとは限らない。

 事前に俺らが攻略した二つの都市を回ってきてからやってきたと、どうして考えなかったのだろう。

 

「あの骨竜の速度なら、誤差はあっても一日あるかないか。つまりは、あと三日ほどで最初の都市に卵が落ちる」

「……あと三日」

 

 それで、これまでの道程は無駄になる。

 勿論仲間を連れて行けば攻略はより楽になるだろうが、それすらもまた10日で消されてしまう。

 

「だから急いで戻らねばならん。だが、安心せい。そのためにワシがおる。今度こそ教えてやるわ。混獣種どもを倒し、お主らがトゥリハに行く方法を、の」

 

 ヤザンの声が砂漠に消えていく。

 解放された砂の都市に、夜が迫りつつあった。

 

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