人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第57話 騎士団

 

 

 

 スルゥトを確保してから更に10日が経った。

 卵の脅威から都市を守ることに成功した俺たちは、そのまま第二、第三の都市へと向かい同じように卵の設置を防いでいった。

 

 各都市攻略の後、念のためイオとエリに都市上空を見張ってもらってはいたが、10日過ぎても追加の骨竜が現れることはなかった。

  

 やはり卵を壊さずに封じたことで、ここはまだ奴らにとって『巣』のままなのだろう。

 ロアの試みは見事に成功したといっていい。

 

 

 都市の安全が確保できたということで、今は第三の都市セムルに、当初の目的通りに拠点を立てているところだ。

 最初の地下拠点は船停泊用に最低限の改良だけ進め、数体のチビルナだけを残して隠してきた。

 各種機械は完全に活動を停止させているから、しばらくなら放置しても安全のはずだ。

 

「ニモツヨーシ!」

「ヨーシ!」

「ちっちゃいルナ嬢ちゃんがおる……」

「コーヒー、おみず、ジュースよーし!」

『よーし』

「……真似しとる……」

 

 チビルナが建設作業を進めている間に、俺たちはこれからの方針に関して話をしていたのだが。

 

「――偵察? この先の都市をか?」

「そうじゃ」

 

 最初の地下拠点で見つけた地図を広げながら作戦会議をしていた所で、ヤザンがそう言い出したのだ。

 

「折角、こうして腰を落ち着けられる拠点を作っておるのだ。まずはこの先の都市を見てみるのが良かろう。というかな、口で言ってもわからんよ。この先に居るものは」

「……そんなに危険なのか?」

 

 偵察をする事自体は構わない。元々イグトゥナに向けて道中の都市を攻略していく予定だったから、それが偵察に変わるだけだが……。

 

「ああ。かなり、の。何も知らずに進めばお主らでも危ない」

「それほどまでですか……いったい何が……?」

「えー、でもこの先は獣の巣よね? そんなのあったかしら?」

「獣連中なら問題はあるまいよ。厄介なのはその先にいる奴らじゃ」

 

 そう言ってヤザンは、イグトゥナの手前――その少し東に位置する都市に指を置いた。

 

「ちょっと、そことんでもなく遠いじゃない! まさかそんなとこまで偵察に行く気?」

「わたしたちなら大丈夫じゃない? 獣相手なら楽勝よー」

「それより弱い虫の巣で死にかけたくせに何言ってんのよ!」

「相手は虫じゃなくて竜だもん。それに生きてるもーん」

 

 軽口を言い合う二人を皆が笑いながら眺める。

 拠点も確保し、骨竜も倒した。

 この地方を攻略できると、誰もが期待と確信を得ているのだ。

 

 だが、ヤザンはそれに待ったをかけている。

 その理由を確かめなければならない。

 

「ははは……実際のとこ、どうなんですか? ヤザンさん」

「安心せい。行くのはここ、獣の巣じゃよ」

 

 ヤザンの指が更に東にずれ、セムルとちょうど中間位の位置にある都市を叩いた。

 なるほど、そこならば日帰りでも行けそうだ。

 

「なーんだ」

「でもなんでそこなの? 獣の巣なら大丈夫って言ってたじゃない」

「獣の巣にはの、ここにいる連中が時折降りてきて狩りをするんじゃ。見に行くのはそれじゃよ」

「狩り? 同じ混獣種なのに……ああ、そういえば共食いする生き物でしたね……」

 

 巣の攻略続きで忘れていたが、それが彼らの習性だ。

 奴らは喰らいあい、強いものだけが勝ち残っていく。虫に、獣に、竜。その先にいるのは――。

 

「それにの、そいつらは正確には混獣種ではないんじゃ」

「は?」

 

 驚くイオに、骨の男がかたりと顎を鳴らして笑う。

 

「そいつら、騎士なんじゃよ」

 

 その口から挙げられたのは、かつてこの地方を支配した者たちの名前であった。

 

 

***

 

 

 かつてこの地方を統治していた勢力は、その多くが騎士たちの国であった。

 広大な草原地帯に版図を広げた彼らは数多の魔獣たちに対抗する手段として騎馬を選んだ。

 

 武装した騎馬に金属鎧を纏った騎士が乗り、巨大な鉄塊となり魔獣を打ち砕く。

 中には魔獣や獣竜と絆を結ぶ騎士や、竜種の頂点――霊竜と渡り合う強者もいたという、武の大地。

 

 勇者のもたらした技術革新によってその数は激減したと聞いているが――。

 

「この国には騎士霊廟と呼ばれる場所がある」

 

 砂漠に点在する岩場の上。

 仮設したテントの前で身を隠しながら、眼前にある都市を見てヤザンが言った。

 

 砂塵の向こうに映る都市は拠点セムルから更に西へ二つ都市跡を進んだ先にある獣の巣だ。

 徒歩なら10日はかかるところを、砂上走行車なら一日で走破できる。移動に関してはかなり便利になった。

 リヴラ周辺は本当にそこが辛かった……。ルナやクアがいなければ未だに迷う自信がある。

 

 とまあ、余談はここまでにして。

 ここに来たのは、ヤザン曰く騎士が狩りをしにやってくるからだというが――。

 

「霊廟ですかな?」

 

 遠見用の望遠鏡から顔を外して、ランバが声をあげた。

 今はルナとランバ、そしてイオが一緒に来ている。あくまで戦闘をしない偵察目的なので知識豊富な二人に目の良いイオと、情報収集に特化したメンバーにしている。

 この中ではランバだけが初耳の情報になる。

 

「そうじゃ。名を馳せ、国に認められた一握りの騎士たちが眠る場所。そこには、多くの騎士の遺骸が安置されておった」

 

 この地方の文化として、遺体――特に名を残した騎士のそれは防腐処理が為され手厚く祀られる。

 本来、死した生物は世界を巡る循環の中へと還り、長い時間をかけて新たな生命へと生まれ変わるとされている。樹神教の根幹となる教えであり、最早それを超えた、誰もが知る自然の摂理として広まっている考え方だ。

 つまり、わざわざ死んだ者の遺骸を残すというのは、摂理に背く禁忌にあたる。

 

 だが、この地方――連邦では騎士に限り美徳とされている。

 彼らは王と民を護る存在である。その中でも至高と称えられた騎士たちは死して尚、その身で国を護るのだ。

 いつか、仕えた王が、護った民が循環から帰ってくるその時まで。

 騎士霊廟。ここはそういった騎士たちが眠る場所だった――のだが。

 

「どうも、その遺骸に『肉』が取りついたようでの――蘇っちゃったのよ、騎士たちが」

「……なんと、そんなことが……あり得てしまうのでしょうな」

 

 霊廟に祀られたのは、歴代騎士の中でも最上位の者たち。

 要は単独で竜種と渡り合えるほどの傑物、そういう連中があの肉を得て蘇ったのだという。

 そんなことがあり得るのかと思うも、この世界なら仕方ないと、ランバもまた乾いた笑みを浮かべる。

 

「奴等は首都を守護しておる。だが、時折獣の巣に来ては狩りをするんじゃ……ああしての」

「見て! 西から何か来たよ」

 

 イオの声に全員が都市の方へと視線を向ける。

 視界の先、これから俺たちが攻略する筈の都市の西から砂塵が巻き上がっていた。

 

「あれが騎士――いえ、騎士団ですな」

「本当に馬に乗っている……砂漠の上だぞ?」

「馬も混獣種じゃ、関係ないんじゃろ」

 

 ヤザンの言う通り、騎士も騎馬もその外観は尋常ではない。

 

 まず騎馬。そもそも足が普通の馬のままではなかった。

 蜥蜴のような分厚い鱗に覆われたものが生えていたり、馬でも足が六つあったり。

 禿鷲(ハゲワシ)馬らしき奴もいた。……リヴラのはアホっぽかったが、全身を武骨な鎧で固めているその姿は怪物にしか見えない。

 

 そしてそれに騎乗する者たちは間違いなく人の、騎士の姿をしている。

 

 この国の騎士は、総じて白い鎧を好んだ。広大な草原で魔物と戦うが故に、決して仲間を見失わないように。

 だが今現れたそれは魔物のあるいは自身の血肉でどす黒く変色してしまっている。

 

 兜で表情は分からないが、もうまともな意識も残ってはいないとヤザンは言っていた。

 ただ自身に刻まれた記憶に従い、都市を守り、魔獣を狩るのだ。

 その魔獣が今は同胞なのだとしても。

 

 彼らは駆け抜ける速度を落とさずに、背や騎馬に括りつけられたそれぞれの獲物を手に取った。

 鎧と同じく血肉に汚れた武器は大体が斧槍や薙刀の様な長柄の、そして巨大なものばかり。

 だが何故だか、刃の部分だけは穢れなく光を反射していた。

 

『――――!!』

 

 騎馬たちの、嘶きとは程遠い汚い咆哮を合図に、異形たちは巣の中へと突入する。

 

 虫の巣と違って肉泥で包まれてはいない都市では獣たちが各々自由に過ごしていた。

 そこを通過する騎馬の上。

 

『――』

 

 騎士たちが己が武器を構え。

 

『――』

 

 振り上げ。

 

『――』

 

 振り下ろした。

 

 豪、とこちらまで音が鳴り響くかの様な一振りは、それだけで軽々と魔獣を両断した。

 斬った、ではなく引きちぎった、が表現としては正しいだろう。

 圧倒的な剛力による、問答無用の一撃必殺であった。

 

 後は、それがひたすら続くだけ。

 駆け抜け、一閃。

 飛び散った死骸を踏み潰し、また一閃。

 

「……惨いですな」

 

 彼らは決して止まることなく、都市を西から東へと駆け抜けた。

 その途上にいるもの全てを引きちぎって。

 彼らがその足をようやく止めた時、都市は獣の血肉で溢れかえっていた。

 

「あれが騎士団。首都を守護する死してなお動き続ける亡霊たちじゃ」

「そして俺たちの障害、か」

 

 たったの一振りで巨大な魔獣を両断する怪物。明らかに人の膂力ではあり得ないが、それが可能な人種が騎士だ。

 そして今は、全員が混獣種という異形と化している。

 虫ですら修復者を殺せるほどに強化する肉が、竜と撃ち合える騎士に宿った。

 

「……最悪だな」

 

 今までの相手とは訳が違う。

 あれは体格だけの魔獣ではない。

 百戦錬磨の技術を持ちながら、今はその魔獣と同じ肉体まで得てしまった。

 

「そんなに? 魔王様でも厳しいの?」

「……エリが何人もいるって言えばわかるか?」

「うげ……マジィ?」

 

 命がいくつあっても足りないわ、とイオが身震いをする。

 勿論()()よりは数段劣るだろう。今見えている連中相手でも、俺たちなら一対一で負けることもない筈だ。

 だが、奴らの『巣』に入るとなると話は変わる。

 

「我々は、あれを突破しなければならないということですね……」

「まさか! それはもう、国を相手取ることに変わりないことでは……?」

「それも、四大地域の一つを長年に渡り支配した大国を、な」

 

 ゆっくりと進んできた道を戻りながら、騎馬に肉を食わせている騎士たちを眺め呟く。

 今見えるのは10騎ほどだが、あれが全員ではあるまい。

 霊廟とやらがどれだけ大きいかは知らないが、少なくみて100騎はいると思ったほうが良いだろう。

 知っておいて間違いなく良かった情報ではあるが……知りたくはなかった。

 

「…………」

 

 望遠鏡を覗き込んだまま押し黙る我らがリーダーを横目に、砂漠に熱せられた息を吐きだす。

 奴らの対応を考えなければならないのは今から気が重い……が。

 

「ヤザン、お前が見せたかったのはこれで全てか?」

 

 せっかくだ。ついでにもう一つには立ちはだかる現実を直視するとしよう。

 

「うむ。後は適当に肉を食ったら奴らは元の都市に帰るぞ」

「そうか。ならついでにもう一つ案内を頼む」

「ふむ? 構わんが、一体どこへ?」

 

 彼の問いかけに、空の向こうを指さすことで応える。

 

「北だ。トゥリハに開いた大穴。それを見せてくれ」

 

 

***

 

 

 俺たちが今いる南西地方は、スルゥトから首都イグトゥナまでは緩やかに南西へ傾く東西一直線のラインで結ばれている。

 

 列剣街道と呼ばれ、かつて東の鉱石と西の海産物、そして中央の魔獣資源を運ぶ連邦最大の街道だったそれらは今なおその跡が残っている。

 トゥリハはそこから枝分かれして北上した先――地方の中心部に位置して()()

 つまり今は丁度地方の中心に大穴が開いているということになる。

 

 騎士がいなくなったのをしっかりと確かめてから、俺たちは北上しトゥリハの大穴へと向かった。

 丁度大穴の近くにはクプルという小規模な街があるようで、まずはそこを目指す。

 

 ヤザン曰く、街程度であれば巣も作られずにはぐれ混獣種たちの住処になっているのだそうだ。

 トゥリハの大穴近くには、特にそう言った集落がいくつかあるらしい。

 領域としては、虫にあたるらしい――が。

 

 いざ中に入ると、獣の混獣種が襲いかかってきた。

 

「――せいっ!」

 

 裂ぱくの気合と共に、ランバが手甲を打ち込む。

 その瞬間に彼の拳からは魔方陣が展開され、放たれた風の刃が魔獣の胴をずたずたに切り裂いた。

 苦痛に呻いた魔獣の腹を蹴り上げて、風と合わせて獣の胴体をかちあげ晒す。

 

「イオ殿!」

「はいよー!」

 

 そのがら空きの胴へと、イオが炸裂弾をぶち込んだ。

 裂かれた外皮の奥にある核を確実に破壊して、混ざりものの獣は動きを止めた。

 

「これで全部か?」

「はい。近くにはもう見当たりません」

「ふう! 思ったよりいたね」

 

 飛行機械を展開していたルナが周囲は安全だと告げる。俺の蛇にも反応はないからこの街は完全に制圧できた。

 とは言え、外壁もなく巣による保護もされていない小さな街。既に多くの家屋は砂に呑まれ、高台に上れば俺たちでも見渡せるほどの規模しか残ってはいないが。

 

「……偵察だけの筈では?」

「ほんとねー、でも今更でしょ? 無理も無茶もさ」

「……そうですな。これも必要なことです。ただ、いきなり獣相手は勘弁願いたい」

「あははっ、それもホントだね」

 

 ちなみにランバは砂漠に来てからはずっとマスクを被っている。

 口元だけを覆う簡単なものだが、ロアに作ってもらったものらしい。極端な気温変化が駄目なそうで、簡易温度調整機能があるとのこと。

 獣人は強力な肉体を持つが、適応力は低く環境変化を受けやすい傾向がある。

 彼がこちらの地方で引っ込んでいることが多いのはそのせいもあるのだろう。

 

「おかげでここは制圧できた。……流石にここに卵は来ないよな?」

「来んじゃろ。そもそもなかったんじゃからな。ほれ、お目当ての場所じゃよ」

「ああ……見えてるよ」

 

 魔獣の死骸が並ぶ街並みは、ある一定の場所で唐突に途切れて消える。

 中には半分で切れて中身を晒している家屋もあり、そもそも街と呼ぶには建物の数があまりにも少なかった。

 この街が何故そんな状況になっているのかというと――街の半ばから北側は全て消失してしまっているからだった。

 

 トゥリハの大穴。

 何らかの原因で消失した南西地方の中心地。

 そして、俺たちの最終目的地――なのだが。

 

「本当に、大きな穴ですね……」

「何も、見えませんな……」

 

 砂がさらさらと流れ落ちる先。そこにはその名の通りの大穴が広がっている。

 僅かに奥へと傾斜する岩盤の断面が下へ下へと伸びていく。

 舞い散る砂とどこかから流れ込んだだろう水しぶきが舞い散り、遠くまで見通すことは叶わないが、それでも視界一面を埋め尽くす巨大な穴が眼前には存在していた。

 

「イオ、どうです?」

「んー。流石に真下は砂と瓦礫ばっかり……かな? 大したものは見えないね」

「そうですか……」

 

 何かしら切っ掛けでもつかめればと思ったのだが、難しいか。

 すぐ下にマナホール施設が見えれば――なんて甘い考えは通じないらしい。

 

「この下に混獣種たちがいる可能性はあるか?」

「んなもん分からんわ。だが、落ちた程度で死ぬ連中でもなかろう。飛べる奴らもおるしな」

「だよなあ……下手したら地上以上に繁殖してる場合もあるか」

 

 試しに覗いて見たくもあるが、この高さだ。行くとなれば準備を整え、その上で決死の下降となるだろう。

 不確定要素である混獣種たちを放置して進むのは、やはり危険か。

 

「先にマナホールを潰すのも手かと思ったんだが……」

「流石に厳しいかもね。安全な移動手段があれば別だけど」

「安全な……飛行手段ですかな?」

 

 ランバの呟きに、自然と俺たちの視線が集まった。

 その視線は、ルナへと向いている。

 

「……飛竜、ですね」

 

 ルナがずっと探していた地方間の移動手段。肝心のその居場所が大陸南西だと諦めていたが……まさかここ名が上がるとは。

 しかも、俺たちはその飛竜に遭遇している。

 

「あれを味方に付けろってことか? 冗談きついな……」

 

 直接攻撃こそしてこなかったが、会話など通じる相手ではなさそうであった。

 

「混獣種に霊竜……この地方の問題全てにぶつかることになりましたな!」

 

 ランバの乾いた笑いが響く。もう笑うしかないと言ったところだろう。

 

「ほっほっほ。それなら安心せい。問題なら他にも起きとるよ」

「そういう問題じゃ……」

 

 ない、と振り向いた先に、ヤザンの顔はなかった。

 たった今までそこにあった筈なのに、彼の顔――()()()()()()()()()()()のだ。

 より正確には首から上を失った身体だけがその場に残っていた。

 

「な――」

 

 それを見ていたのは、視線を向けた俺だけだった。

 だから全員がその襲撃に遅れたのは、仕方なかっただろう。

 

 空からいくつもの軌跡が飛んでくる。

 それは木で作られた矢で――ほぼ同時に俺たち全員へと着弾したのだった。

 

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