人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第59話 霊竜懐柔作戦

 

 

 イグトゥナへと向かう唯一の手段――空からの降下作戦のため、俺たちは霊竜との交渉へと乗り出す。

 トゥリハの大穴の更に北東、この地方全体の北東部には針の様に鋭い岩山地帯が広がっており、それらは竜の肋骨と呼ばれている。

 なんとも武骨な名前だが、その由来は見た目と、何よりそこが長年竜たちの住み処になっているからだ。

 世界を支配した人類種でも最後まで手を出すことはなかった、最強種族霊竜の生息圏。

 天の樹冠、深海の根、霊峰天至山に並ぶ数少ない世界の秘境。しかも竜の肋骨は場所だけ見れば歩いてもたどり着けるという事実が、その異様さに拍車をかける。

 

 今は霊竜の巣となっているその秘境へと、俺たちは少数で乗り込むことになる。

 

「竜の肋骨の近くまでは砂上走行車で移動します。その先は徒歩で行くしかないでしょう……数日はかかる大移動になります」

「ならいつも通り、二手に別れるか。誰が行く?」

 

 ちなみに未だ食事中。ガチャガチャゴリゴリと食器の鳴る音が響く中会話を続けていく。

 一人異様な音を鳴らすイオが鉱石を放りながら呟く。

 

「今度は竜が相手かー。あの骨竜より強いんでしょ?」

「そうみたい。直接は見てないけど、一撃だったって。私も霊竜相手は初めてだな」

「へー。アタシの銃弾、効くかなぁ……」

「相手は飛行種です。イオには来てもらいます」

「了解ー。徹甲弾多めに作っておくわ」

「エリさんも。お願いいたします」

「うん、任せて」

 

 これで二人。ルナの言う通り飛ぶ相手にイオは必須だし、エリの馬鹿力は竜相手にこそ真価を発揮する筈だ。

 後は……。

 

「私と魔王様も入れて、これで四人ですね。後は……」

「ルナ」

「はい?」

「お前は今回は残れ」

「え……?」

 

 そんなまさかと驚く顔を向けられるが、今回ばかりは譲れない。

 

「お前も言った通り、相手は空を飛ぶ竜だ。しかも周りは簡単には登れない岩山地帯なのだろう? その巣にお前を連れていくのは危険すぎる」

 

 竜がどれだけいるかも分からず土地勘も一切ない。そんな状態で万が一連れ去れたりでもしたら捜索は不可能に近い。

 そしてルナを失えば、俺たちの旅はそこで終わる。

 本来ならば今までもルナが最前線に出ていたことさえ避けねばならない状態だったのだ。

 今回は霊竜相手。わざわざそうと分かっている危険地帯へ連れていく必要はない。

 

「ですが、それだと案内が……」

「アタシも魔王様に賛成ー! 地図ならアタシがいれば大丈夫でしょ」

「交渉は我輩と魔王殿が担いましょう」

「イオ、ランバさん。ですが……」

 

 ランバの言う通り、まだ戦闘能力がある彼らの方が適任だ。あの霊竜相手ではどれだけ準備をしても不安は残るのだから。

 それでも不満げ――否、不安げな表情を浮かべるルナの肩を叩いてゆっくりと座らせる。

 

「安心しろ。必ず霊竜は説得する。……今までずっと前線にいたんだ。少しは頼ることも覚えろ」

「魔王のいう通り。ルナさんはロアたちとここの守りをお願いね」

「魔王さま、エリさんも……わかりました」

「よし、決まり! じゃあアタシは車の準備をしてくるわ。あ、そうだ、ルナ」

 

 最後の鉱石をかみ砕いて立ち上がると、イオが思い出したように口を開く。

 

「何でしょう?」

「カルメが行方不明なのよ。ついでにチビルナたちと探しておいて! ま、多分修行に行ってるんだろうけど」

「修行……わかりました」

「じゃ、一足先に失礼するわ。他のメンバー選定、よろしくねー!」

 

 そう言ってイオは足早に食堂をあとにしていった。

 残された面々の中、何も食べずに座っていたヤザンがゆっくりと手を上げる。

 カタカタと音をやけに鳴らしながら骨の顎を開く。

 

「当然、ワシは行くぞ?」

「ああ。よろしく頼む。……そうしたら、この五人か?」

 

 イオにエリにランバにヤザン。……防御面に不安は残るが、山の中に潜り込むなら単独行動能力の高いこのメンバーが適しているのだろう。

 エリに視線を向けると、彼女も頷きを返してくる。

 

「そうですね。カルメさんもいないし、シンジュやロアには残ってもらわないと」

「はい。お任せください。皆さんの留守は私が必ず守り通します!」

 

 すっかり意識を切り替えたルナの宣言をもって、霊竜懐柔作戦は幕を開けた。

 

 

***

 

 

 それから数時間後。俺たちはイオの運転する砂上走行車の中にいた。

 北東へ向けて、巨体は滑るように砂漠を進んでいく。

 日差しは強く、見晴らしのいい景色には混獣種もいない。

 ここしばらくの探索で彼らの領域も大分わかっていたから、比較的安全な道も判別できるようになっていた。

 つくづく慣れとは恐ろしいものである。

 

「なあイオ」

「んー? どうしたー?」

 

 イオの運転はカルメと違ってゆっくりなので安心して乗っていることができる。

 

「さっきのルナと話していた、カルメの修行だが……前にもあったのか?」

 

 修行、と二人はその一言で通じ合っていた様に見えた。

 きっと同じようなことがあったに違いない。こちらへ一瞥を向けた後、僅かな笑みを浮かべる。

 

「よく見てるね。……うん、あったよ。ほら、アタシとカルメ、後はニクス……その3人がリヴラから旅立ったのは知ってるでしょ?」

「ああ。……そういえば、カルメは武者修行に出たんだったか」

「そうそう。その時にね、あいつが言ってたのよ。『わたしは強くなる。次はみんなを護れるように』……って」

 

 まだ俺が目覚める前。ルナたちだけで人類史を再生しようとしていた頃のことだと、カルメは当時のことを話し始めた。

 

 

***

 

 

「イオ。わたしは、強くなるわ。次は、次こそはみんなを護れるように」

 

 アタシたちが別れることを決めて数日。

 外へと旅立つ用意をしていたアタシの下にやってきたカルメが、不意にそう言ったのだ。

 ルナの籠っているだろう資料室に一瞬だけ視線が向いて、直ぐにカルメへと向き直った。

 

「……いきなりなに、どうしたの? ていうかまだ残ってたのね。一番出たがってたのに」

「うん、イオにだけは伝えておこうかなって思ってね。……残ってたのは、最後に皆に挨拶したかったから」

「そ。……ニクスはさっさと旅立っちゃったけどね」

「あの子らしいわねー。まあ、でもそれくらいの方がいいと思うわ。だって、また会えるもの」

 

 別れてそれぞれの道を進むと話し合っていた時から、それがカルメの口癖になっていた。

 本当に信じていたのか、そう思い込もうとしていたのかは分からない。

 でも、それがこの残酷な世界では気休めにもならないことは知っている。

 

「ルナには?」

「もう済ませたわ。と言っても、資料に夢中だったけど」

「あれからずっとよ。アタシたちに睡眠は不要だけど、それでも休まず続けてる」

 

 特異主探し。その可能性を見つけてから、ルナはずっとその調査を続けている。

 その熱量はもはや異常だと言っていい。

 でも止めるつもりはない。むしろのめり込んでほしいとさえ思う。

 多分、そうしなければあの子の心が――そんなものが自分たちにあるかは知らないが――壊れてしまうだろうから。

 同じことを考えていたのだろう。二人して資料室に向けていた視線がこちらへと向いた。

 

「ねえイオ? ……あなたは、ルナの近くにいてね」

「はあ? 何を自分勝手な……」

 

 思わずついて出た悪態は、微笑むカルメの差し出した手に遮られる。

 こいつはいつもは戦闘狂な癖に、たまにこういった慈愛に満ちた笑みを浮かべるからよくわからない。

 

「わたしは、命を投げ捨てて戦う役目。敵を倒すことはできても守ることはできない」

 

 ニクスがいたら良かったんだけれど、とカルメは苦い笑いを浮かべる。

 守るのが役目のあの子は、真っ先に旅立っていった。そういう性格なのは知っているから驚きもしないが。……人類の生き残りを探すと言っていたから、あの子はあの子でルナの心配をしているのだろう。

 

「もちろん使命も、皆への愛情もあるわ。でも、何処までもわたしたちは自分が全て。でもあなたは違うでしょ?」

 

 ゆっくりとこちらに近づいてくると、手を握ってきた。

 息のかかる距離まで顔を近づけて囁く声が響く。

 

「ルナがわたしたちの司令塔なら、あなたはルナの右腕。だからお願い。あなたはなるべくルナの近くにいて、力になってあげて。わたしとニクスは、ルナが道を見つけた先で待ってるわ。絶対に」

「……はぁ」

 

 溜息なんて機能はアタシたちには必要がない筈なのに、思わず大きく息を吐く。

 これもまた、長いこの世界の暮らしで身についてしまった人間らしさだろうか。

 人類史なんて大して集められていないというのに、人間らしさだけが降り積もっていく。

 だからだろう。カルメの願いの意味も、それに自分が適任なのもよくわかってしまう自分が憎らしい。

 

「……わかったわよ。だから、死ぬんじゃないわよ?」

「勿論! そのための修行よ?」

 

 そう言って飛び跳ねるように彼女は旅立った。

 その数日後アタシも旅に出た。リヴラから少しだけ離れて、いつでも駆けつけられる場所で、のんびりと暇つぶしできる何かを探して。

 その結果、エリに出会うのだけれど、それはまた別の話――。

 

 

***

 

 

 砂の起伏を飛び越え、車体が揺れる。

 いつの間にか全員が静まり返ってイオの話を聞いていた。

 話し過ぎたと笑みを浮かべて、彼女は話を締めくくる。

 

「だからアイツは、誰よりも強くなることを自分自身に課してるの。ルナの、アタシたちの行く道を切り開くために。だからってあれから十何年も戦ってるなんて思わなかったけどね」

「……それは確かに」

 

 その結果が首だけになって地下で再会とは、当のカルメにも想像できなかっただろうな。

 

「実際、アイツはとても強くなってた。今ならリヴラら周辺の魔獣なら、一人で楽に倒せるでしょうね」

「でも、それでも越えられない壁が現れた」

 

 ずっと黙って聞いていたエリが口を開く。ちらと後方を見てイオが頷く。

 

「そ。だからアイツは修行に向かったんじゃないかな」

「武者修行……なるほどな」

 

 壁とは、間違いなくあの騎士だろう。直接は見ていなくても、俺たちが、特にイオが無理だと判断したことでカルメの闘争心に火をつけてしまった。

 絡め手ではなく、自分の実力で突破できることをカルメは望んでいる。

 

「勿論そうすべきじゃないことはアイツが一番わかってると思うわ。勝手に戦争を起こせば迷惑がかかる。だから、一人で修行してるんでしょ。いざという時に、乗り越えられるように」

「……まさか、一人で巣に行ったりしないよな?」

「さあ。アイツならやりかねないとだけは言っておく」

「……だよな」

 

 短い付き合いだが、彼女の性質はよくわかる。

 これまで数十年戦い続けていたカルメだ。そう簡単に死ぬとは思えないが、敵も強大だ。

 特にここは獣の領域。一人でそう長くは戦えないはずだ。

 

「……しかし、不思議ですな」

 

 不意にランバが口を呟いた。

 

「何がだ?」

「いえ、疑問でしてな。イオ殿も、カルメ殿も人類が生み出した人造生命体……いわば機械に近い存在。それが修行をして、果たして成長するのでしょうかな?」

「ああ、そのことね……実はよくわかんないのよ」

 

 ケロッとした声でイオが言う。

 

「アタシたちは、ルナであっても自分たちのことはよく知らないの。アタシたちが何者なのか……どんな生命体なのか……何も」

「そんなことが……?」

「だって、制作者はもういないから。説明書なんて気の利いたものもないしね。それに、あんたたちだって自分の機能、ちゃんと知ってんの?」

 

 人間のそれと見分けのつかない左手をこちらへと差し出して、イオは問う。

 

「人間の、獣人の身体がどのように作られて、どう変わっていくのか。何ができて、何ができないのか。それを『誰にも教えられずに』理解できる奴がどれだけいるの?」

「……それは、全くその通りですな」

 

 人類はその集合知と積み重ねた歴史で人体について解き明かした。だが、何も教わらずに成長した人間がいたとすれば、多分人間と呼ばれる存在について何も理解してはいないのだろう。

 

「でしょ? だから『アタシたちは成長するのか』と聞かれたら分からない、がアタシの答え。んで、カルメの答えは成長する。だからあいつは修行してるんでしょ。……それに、アタシも狙撃の技術が向上している気はするよ? だから、少なくとも技術に関しては成長しているはずよ……運転も、ね!」

 

 イオがアクセルを一気に踏み込み、急加速した車体に皆が押し付けられる。

 

「おい……」

「へへ、でも凄いでしょ? これでもまだ運転三回目よ? この物覚えの良さは、アタシたちの立派な機能だね。……さ、危険地帯は越えたから、後は真っすぐ進むだけ。さっさと行くよー!」

 

 再びアクセルを踏み込んで加速した車体は砂漠の上を滑るように進み、目的地へと一直線に突き進んでいった。

 

 

***

 

 

 砂の海を越えた先、突如その世界は現れた。

 大地より突き上げる巨大な岩塊。眩い程陽光を反射する砂地は途切れ、久しく見る気のする茶と緑の大地が姿を現した。

 

「これが、竜の肋骨……」

「我輩も見るのは初めてですが、これは凄まじい……」

 

 天を衝く威容。寸前まで砂漠の筈なのに深く広がる木々の壁。

 飛び交う砂風に微動だにせず、人類から最後まで守りぬかれた秘境は、今もなおその姿を保っているようで――。

 

「ああ、違うぞ? 竜の肋骨はもっと奥じゃ」

「ありゃ、違うの? ……ここも随分凄いけど」

 

 見上げる程の巨大な山影。

 綺麗に線を引かれたように途絶える砂漠に囲まれて、美しい森林が姿を見せている。

 俄かには信じられない光景は、秘境だと言われても信じられるものではあるが……。

 

「こんな直ぐ近くに竜の巣があってたまるか! ほれ行くぞ。しばらくは山登りじゃ」

「そっか。ちょっと拍子抜け……。でも、ねえ……これ、アタシの銃役に立つ?」

 

 眼前に広がる密集した森と岩山を見つめながら、イオが呟く。

 

「ううん……どうだろ……」

「リヴラ周辺よりはマシだろ」

「ははっ! 確かに。でもこっちにはクアがいないから狙撃銃は危険かなー。じゃ、これにしますか」

 

 いつもの狙撃銃をバックパックに仕舞いこむと、二丁の拳銃を取り出した。

 真白に統一された彼女たちの装備とは異なる、黒く武骨な、自身の頭ほどの大きさのそれをくるくる回して腰に収めた。

 

「これでよし、行きましょ」

「ああ。……ヤザン?」

 

 行くぞと言いながら一歩も動いていなかった骨の男に声をかける。

 山の上を見つめたまま動くことはなく、何故か顎がカタカタと音を立て揺れている。

 ……そういえば一緒に行くと名乗りを上げた時も、やたらカタカタ言っていた気がしたが。

 

「もしかしてお前、怖いのか?」

「……はは、死んでなお、恐ろしいものがあるとは思わなんだ」

 

 またカタカタと骨が鳴る。

 

「そんなにか?」

「お主らは知らんのじゃ。我ら草原の民が、どれだけここの竜と戦ってきたか……!! 幾人もの仲間が奴らの餌食に……」

「それだけのことをしたんだろう? ほら、行くぞ」

「……あっさり言うのう」

「あいにく、人類は敵でね。それに、竜は味方だ。これからな」

「……そうか。もう、全ては些事、か。ふぅー……よし、待たせた。では、行こう」

 

 白い骨の手に背を叩かれ、岩山へと向かう。

 竜の肋骨――最強種の領域、その体内へと。

 

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