人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
銀髪娘に連れられ、都市の出口までやってくる。
最初にこの都市に着いた時とは異なる場所から地上へ出るようだ。
荷物は特に必要ないと言われたが、娘の方はやけに大きな背嚢を背負っている。用途を聞くと、人類史の回収用らしい。
彼女の胴より大きな背嚢の外側には何かしらの道具が括りつけられている。探索用の装備なのだろう。
どれも音を立てないよう、触れ合わない間隔で縛り付けられている。
俺も持ったほうがいいかと聞いたら断られた。
最初のうちは身軽な方が良いと。
慌てて荷物を落とすような何かがあるのか、という疑問は飲みこんだ。
都市の出口とやらには、一応街を再現しているためか大層な門が築かれていた。
石造りの(様に見える)やけに装飾が派手な門構えだが、これは俺がいた時代のものの複製品だろう。
地方最大の国家に、あんな門が存在した記憶がある。
だが本来門は外敵の侵入を防ぐためのもの。
そもそも地下に隠されているこの都市には不要に思うのだが。
「そんなことはありません。この門も、大事な人類史ですので」
俺の疑問に、娘は当然とばかりに返してくる。
「せめて時代ぐらい統一したらどうだ?」
門のすぐ側にあるのは、例の高層建築と同じ形の建物だ。
それにいくら人類史と括れるとはいえ、最新の食料生産機構がないのに太古の昔にあった門を再現するのはどうなのだろう。
「魔王さまが描かれた物語にあった門です。我々の新たな門出に相応しいと思いました」
そう言って門に触れる。表情は変わらないが、誇らしげな声色だ。
絵本で俺のことを調べていたようだし、験を担いだということだろう。
ただこれ、敵国の門なんだよな。しかも俺を殺した勇者を召喚した国のやつ。
絵本を作った勇者側のものだから、でかでかと綺麗に描かれていたことだろう。
再現しやすかっただろうな……。
「……そうか。ありがとうな」
「喜んでいただけて良かったです。自信作ですので」
「しかもお前作か……」
魔王城の門だと思って作ってくれたのだろう。
……うん、その気持ちは大事にしたい。
自慢げに胸を張る娘を他所に、大きく息を吐く。
これから危険地帯に行くのだ。お喋りはここまでにしておこう。
「よし、行くか。娘よ」
「はい。……はい?」
首をかしげて、娘が止まる。
それからじっとこちらを見て、手をたたいた。
「私、名乗っていませんでした」
「今更か……」
感情の起伏が読み取れず、どこか機械的な印象を持っていたが……こいつさては間抜けか?
だが良かった。名前があるのだな。
なくてもおかしくはないと思っていたが。
銀髪娘は胸の前に右手を添え、ゆっくりと礼をする。
「私の名前はルナといいます。末永くよろしくお願いしますね、魔王さま」
その挨拶はどこで覚えたのかと思うが、黙って頷く。
しかし、ルナか。聞いたことのない言葉だ。
これも俺の知らない未来の――今は遥か過去のものなのだろう。
「わかったよ。では、行くぞ、ルナ」
「はい、魔王さま」
そう言い合って、俺たちはようやく門の向こう側へと踏み出した。
「そういえば、ここからどうやって外に出るんだ?」
「勿論、来た時と逆の方法です」
そう言ってルナが指を鳴らすと、眼前と足元に魔法陣が発生する。
直後、視界が埋まるほどに光が溢れ――空高く射出された。
来た時とは真逆のルートであの霧深き森へと飛び出した。
むせ返るような草木のにおいが鼻を満たし、寒気がするくらい濃密な魔力に曝されてぞわりと身体が震える。
「これは……慣れんな」
「慣れてください。そしてすみません、ここからは黙っていてください」
微かにそう呟いて、娘――ルナは進む。
俺もまた黙って、その後に続いた。
最初に目覚めた直後もそうだったが、僅かな音も立てるなという。
固く括り付けられた装備もその意図を示している。
それほど恐れるものとは、いったい何か。
この毒の様に濃密な魔力も、簡単には踏破できないやけに肥大化した自然も、音を立てない理由にはならない。
となると考えられるのは、明確な脅威が存在する場合。
……いるのか、ヤバイのが。
どこかから響く鳥のような鳴き声にはっと顔をあげるが、周囲に気配はない。
だがルナはその声が聞こえる度に身体を強張らせているようであった。
……いるんだろうなあ。
せめて警戒だけはしておこうと、気を張り巡らせるのであった。
歩き出してしばらくが経ち。踏みしめる僅かに濡れた草の感触にも慣れてきた。
それでも景色は変わらぬ森と霧。すでに元の入り口がどこだったかも、数分前まで歩いていた場所さえわからずにいた。
ただ、俺の城があった場所と比べてはまだ木々の密度は薄く、視界は良好だ。
僅かだが道らしきものもある。これは獣道だろうか?
それにしてはやけに大きいが――。
「止まってください」
小声でルナがささやき、足を止める。
ゆっくりと彼女が前方を指さした。
その先を見つめると――そこには狼がいた。
目覚めてからは初めて目にする野生生物。
てっきり資源の浪費で滅んでいたかと思ったのだが、案外生き延びていたらしい。
鈍く輝く灰色の毛皮をまとい、美しさすら感じる生き物。
だが、気のせいだろうか。
それは俺の知っている狼の
足が長く、四肢は俺の全身よりも長く太い。顎は大きく発達し、ルナなら一口で丸呑みにできるだろう。
そして髭のような発光体が口元から伸びている。あんなもの狼にはない。
というか狼かあれ? 新種の魔獣と言われた方が納得がいく大きさだが……。
驚きで何も言えずにいると、髭狼はのそりと起き上がり、悠然と歩きだす。
幸い俺たちの前を横切るように通り過ぎていったため、気づかれてはいないようだ。
「……行ったようですね。次が来る前に急ぎましょう」
「ああ、そうだな……」
あんなのが他にもうようよしていると、ルナの言葉からは読み取れる。
うん、想像以上に危険な場所のようだ。この現世は。
おとなしく黙ってついていこう。
僅かに湿った草地を進んでいると、ふと流れる風を感じる。
これまでの淀んだ大気ではなく、清涼感を覚える心地よい順風だ。
そのまま静かに進んでいると、突如視界が開けた。
いつの間にか森の終わりまで来ていたらしい。
たどり着いたのは小高い丘の頂上部。
その下には、風に揺れる草原地帯が広がっている。
世界中が森に飲まれたわけではなかったんだな……。
当たり前だが、目覚めてからずっと森しか見ていなかったせいで、開けた視界に感動を覚える。
遠くに見える青い連峰。そこまで続く緩やかな草原は、吹き抜ける風に揺れて黒い影が奥へと流れていっている。
懐かしい、見慣れた世界の風景だ。
昔、馬車に乗って旅した光景が浮かび上がる。
だが、すぐに違和感を覚える。
先ほどリヴラで見た地図によれば、この辺りもまた人類の居住区があったはず。
時折岩や小山が見えるが、そこには街道も村も砦も見えなかった。
今はすべて自然に還っているのだろうか……。
「目的地は、あそこにある低山です」
そう言って指で示した先を追うと、木の生い茂るこぶのように盛り上がった山が見える。
あれが? と思ってみると、なるほど。森に交じって、岩のような塊がいくつか映る。
あれが、街の跡なのだろうか。
「行かないのか?」
だが、ルナは動きださずに注意深く街の方を見つめている。
「……いないようですね。行きましょう」
何が、とは言わない。
だがあの狼よりも警戒度が高いように思えるのは、俺の気のせいだろうか。
***
草原を渡ってたどり着いた街は、一言で言えば錆び付いていた。
ただ、形を損なわずにそこに残っていた。
てっきり山の中に侵食された街の跡があるのだと思ったが、木々に隠されていただけでしっかりとまだその形を残している。
かつては均一であったろう石の地面はボロボロに砕け、土や木の根が露出している。
立ち並ぶ建造物は屋根が崩れ落ち、骨組みだけになっているものも少なくない。
ただ、半分以上の建造物は、未だにその姿を保っているようだった。
外縁の建造物は草木に呑まれ森の一部と化していたのだが、人類の歴史はしぶとくもまだ生き延びているようだ。
まあ、そのおかげで飯にありつけるのだから文句は言えないが。
「良かった。まだ残っていましたか」
微かな声でルナが呟く。
人に黙っておけと言ったくせに、とは思わないでもないが、妙な発言をする。
これだけ形が残っているのだから、今更少しの時間による風化などで消えてなくなるはずもない。
「こっちです。急ぎましょう」
ルナに連れられ、街の奥へと向かう。
空気を満たす魔力は変わらないが、木々の匂いから鉄さびの匂いへと変化している。
まだ街の内部までは木々は侵食しておらず、岩と鉄の街が広がっていた。
魔力さえ気にしなければ空気は澄んでおり、風の音と、時折何かが崩れて起きる金属音を除いては殆ど静寂の世界だ。
あれほど繁栄していた人類の生活圏も、いなくなり時間が経つとこんなにも荒廃してしまうのだ。
こんな形で世界の終わった後を見ることになるとは思ってもみなかったが、俺はこの景色を美しいと感じてしまう。
「着きました。ここです」
たどり着いたのはこれまでの建造物群よりもひときわ大きな場所だった。
既に土台しか残っていない薄い金属の塀に囲まれたそこは、拠点で見たような装飾の少ない四角い建物。
だがあそことは違い、外壁は所々汚れはがれて蔦に侵食されており、長い月日を経たことを感じられる。
「魔獣はいないようですね」
「わかるのか?」
「前来た時から変わっていませんから。魔獣がいれば、何処かしら破壊されています」
壁の一部は切り取られたように開いており、拠点で見たような自動扉はもう存在してはいなかった。
中からあふれるように伸びている蔦によってこじ開けられたのだろう。
「行きましょう」
躊躇なく中へと進むルナに続いて足を踏み入れる。
やはりこちらもさび付いてボロボロになっているが、視界に映るのは一面の緑であった。
「これは……植物か?」
「はい。積み重ねた
壁や天井からつるされた底の浅い箱を上へと並べた構造物の隙間から、植物が溢れている。
あの箱それぞれが巨大な
今は送水機構が死んだ代わりに、天井から漏れてくる雨で成長を続けていたようだ。
「この中に目当ての設備があるのか?」
「あるはずですが、長い時間で変化している可能性があります。できれば当時の種があると良いのですが……」
そう言って、背負っていた背嚢を下すと括りつけていた装備の一つを取り外す。
手のひら大の真っ白な小箱……のように見えるそれを、ルナは空間の中心辺りに置いた。
「これでよし」
「それは何だ? ただの箱に見えるが……」
問いかけにはすぐに答えず、ルナは白い箱に細い指先を触れさせた。
一瞬、青白い魔法陣が現れたかと思えば、箱の上半分が捩じれながら浮き上がり――中から青い光があたり一面に放たれた。
思わず飛び退くが、身体に触れても害がないとすぐに分かった。
ルナはゆっくりと立ち上がると、光が満遍なく周囲を奔っているのを確かめてからこちらへと振り向いた。
「これは
「……そんな小さなもので記録できるというのか」
しかも、今ルナは装置を置いて触れただけだ。
それだけで再現可能になるとは……ルナのような少女だけであの街を作り上げられた理由が少しだけ理解できた気がする。
「しばらく待っていればスキャンは終わります。私はその間種がないか探してきますので、魔王さまは念のため魔獣が来ないか見張りをお願いいたします」
「ああ、わかった」
ひょいひょいと器用に植物の蔦をよじ上っていく。
殆ど埋もれているが、かき分けた先に扉が現れた。
そのまま何も言わず入っていってしまったので、危険はないのだろう。おとなしく待っていよう。
試しに手が届く場所にあった植物を引っこ抜いてみると、真っ赤な根菜らしきものが現れる。
土に汚れた表面を拭きとればやけに艶やかな、まるで血が通っているかのような透き通った赤色で、爽やかな柑橘系に近い香りが漂ってくる。
葉に覆われた機械部分を捲ってみれば『果物根菜』と金属板に刻まれていた。
「……せめてこれは果実のままにしておけよ、人類」
当時は効率的だったのだろうが、間抜けにしか見えない。
いや、犬ジカたちを見るに、当時から間抜けだったのだと信じたい。
「……? なんだ、光っている?」
機械部分を探っていると、ほんのわずかな明かりが漏れていることに気が付く。
邪魔な蔦を避けてみるが、そこにはガラスのような素材の板があるだけだ。
だが、そこが僅かに発光している。そして呼応するように俺の肌がぞわりと震える。
「反応している……ということは、まだ生きているのか? ここが」
あり得ない、と即座に思う。どれだけ時間が経っていると思っているんだ。
勇者のもたらした文明はそんなに長持ちするものなのか?
いや、リヴラとやらが動いてるんだからあり得る話か?
そんなことを考えているとルナが戻ってきた。
手には透明な小箱のようなものが握られている。
「見つかりました。これでリヴラでの栽培ができそうです」
「もう終わったのか。ずいぶんと早いな」
これならばとっくに回収できていたのでは、と言いかけて気が付く。
形に残っていないだけで、記録されたものは大量にあるのだろう。実際にあの記憶媒体はそれなりの数があったようだし。
そしてその作業を一人でやっていたのならば、途方もないことだろう。
これで拠点に戻ったら一日が終わる。いくら長い時間があったとしても、一人で回収できるものなどたかが知れている。
食事が不要なルナたちにとって、ここの優先度は低かったのだろう。
それこそ食い物を生み出す自然は勝手に再生されるのだから。
「それなら、これから戻るのか?」
「いえ、せっかくなのでいろいろ持ち帰ろうと思うのですが……。魔王さま、そこで何を?」
蔦を伝って降りてきたルナが問うてくる。
ああ、と答えて俺は目の前の板に触れる。
「いやな、ここの金属が発光しているんだ。どうも、まだここは生きているらしい」
「確かに一部はまだ電源が生きているようですが……大丈夫です、空気中の魔力に反応してるだけで動力源は残っている筈がありませんから、間違っても稼働なんてでき――」
ルナの言葉の届く直前。
俺が触れてしまった金属板に、俺の魔力が
その直後、足元が揺れ、奇妙な音が聞こえてきた。
触れていた機械が、そして吊り下げられた機械たちが、重低音を上げて震え、動き始めた。
「――どうして、動くんですか?」
「……さあ……」
いや、原因はわかってる。間違いなく、俺のせいなのだが。
まさかこれだけで動き出すとかわかる筈がない!
「急いで脱出しましょう!」
荷を担ぎあげ装置を拾って、ルナは聞いたことのない大声で叫んだ。
そのまま走り出し、俺の手をつかんで入口へと突き進む。
「おい、いったい何が……」
直後、もう一度大きく揺れる。
だがそれはこの施設が稼働したものとはまた違う。
そう、もっと大きな何かで揺れた。
巨大な何かが地面を踏みつけたような……。
「まさか、もうですか? ……近くにいたんですね。なんて不運な……!!」
一体何がと問う前に、もう一度足元が揺れる。
問答する時間はなさそうだ。
「気をつけてください。
「植木屋……?」
「ついてきて下さい!」
慌てる少女に急かされるまま、俺たちは工場を後にする。
相変わらず色々と理解する時間すら与えてくれないこの世界の現実を、俺は、この後すぐに知ることになる。