人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第60話 竜の肋骨

 

 

 車を茂みへと寄せ布を被せて隠し、俺たちは竜の肋骨へと――正確にはその手前に広がる裾野へと足を踏み入れた。

 

「……空気が変わりましたな」

「え? そうですか? 確かに涼しくなったような……」

 

 首を傾げるエリに、頷きを返す。

 

「ああ。魔力の質が変わった。物凄くわかりやすく言えば、空気が澄んでいる。異常に」

「ふーん。アタシには分からないけど、なんだろ。砂漠じゃないからとか?」

「あるいは混獣種がいないから、かもしれませんな」

 

 そう、この山岳地帯に近いづいてからは混獣種を一切見ていない。

 それは、ここはこの南西部を囲む()の一部だからなのかもしれない。

 ランバの呟きに、ヤザンがかくりと頷いた。

 

「閉じた大地、南西部。それは何百年経っても変わらんからの」

 

 この南西地方は、どこまでも広がる草原を有しながら、しかし閉ざされた土地と呼ばれていた。半分を海に、そしてもう半分を幾つかの『壁』に囲まれているのである。

 

 まず、俺たちが今いる竜の肋骨及びその周辺の山岳地帯によって、北東部は蓋をされている。

 東側には大陸を縦に割る巨大な山脈が壁として鎮座し、唯一開いた北側には人類に敵対する妖精たちの生息域――分厚い森林地帯が広がっている。

 北を妖精が、北東を竜が押さえ、東は分厚い山脈によって塞がれていることで、他国も魔獣もそう簡単に通ることは許されなかった。

 

 結果、それら三つの壁の隙間を縫う南北二つの回廊だけが、他の地方に繋がる唯一の手段となっていた。少なくとも空を飛ぶ手段が限られた俺の時代は、だけれど。

 

 以上の理由によって、南西部は『壁』に――天然の要害に守られた土地なのだ。

 

 国防だけを考えれば基本的にこの二つの回廊さえ守ればよく、それ故に独立騎士国家連邦は他国に攻め滅ぼされることなく、代わりに長い間内乱を続けていたのだ。

 

 外敵を防ぐ代わりに出ることもまた難しい大自然の要害。

 それは、今もなお機能しているようだった。

 そのことを、しばらく山を登り続けた先で見えた光景が教えてくれた。

 

「ねえ、魔王様、あれ……」

 

 辺りを索敵していたイオが震えた声で呟いた。

 彼女が指をさした方を見れば、南側に広がる回廊が視界に映る。

 そこには岩とも木々とも違う黒ずんだ塊が大量に積まれていた。

 

「あれは何だ?」

「分かんない。でも、何かが焼け焦げた跡に見える」

 

 乗り出して覗き込んでみる。

 岩の裂け目とでも呼ぶべき巨大な回廊は土砂崩れが起きたかのように半ば埋まってしまっており、その全てがどす黒く変色している。

 風化では決してああはなるまい。

 立ち止まり眺める俺たちに、ヤザンがああ、と頷いた。

 

「あれは混獣種の死骸じゃよ。あ奴らはどこまでも拡大しようとここまでやってきた。じゃがここは竜たちの領域。近づく混獣種は全て殺しつくしてしもうた。それ以来、混獣種もここには近寄らん。だから、この地は閉じているのじゃよ」

「そうか。竜が……」

「うへー、どんだけいたのよ……あの道が埋まるなんて相当よ?」

「凄まじい戦闘があったのでしょうね……」

「なんの。あのシルトが一撃じゃったよ」

「……」

「本当に、霊竜とは凄まじい存在じゃよ。ああ恐ろしい……」

 

 震える骨の音と共にヤザンは奥へと登っていく。

 残された俺たちはもう一度、焼け焦げた獣たちの残骸を見る。

 

「……問答無用で焼き殺されなければよいですが」

「ちょっとやめてよ! 怖いことを言わないでよ」

「ははっ、冗談ですよ。それくらい言ってないと、気が持ちませんのでな……」

「……」

 

 あの破壊の跡を見たせいで、容易にその光景が思い浮かんでしまう。

 自然と周囲への警戒が強くなり全員が押し黙ってしまった。

 

「安心せい。竜の肋骨はまだ先じゃ。恐らく今日はどこかで休んで、明日の到着となるじゃろう。だからここはまだ安全じゃあ」

「……震えながら言われてもな。まあ分かった。上手く協力できるといいんだがな」

 

 考え方によっては、あの竜は混獣種が外に出ることを防いでくれたとも言える。

 もし、ただ邪魔者を排除したのではなく、何か考えがあるのなら――きっと協力できると、そう思うのだ。

 ……というか、今はそう信じるしかないだろう。ほんの僅かでも、可能性にすがらなければ。

 

 むき出しの岩肌が覗く山道――と言っても木々の隙間を縫うだけの道を進んでいく。

 リヴラ周辺はやけに巨大な魔獣たちの作る獣道が幾つもあったが、ここにそれはない。

 木々も細く、崖かと思う程の巨大な根も立ちはだかってはこない。

 というよりも、だ。

 

「植生はリヴラ周辺とはまるで違いますな……生態系も」

 

 木々を這う蛇を見つめながらランバが言う。

 茶色をした、蛇紋ではない生きた蛇。その姿は――

 

「え、これ蛇? 小っちゃ!」

「ほんとだ。……このサイズの生き物を見るの、久しぶり」

 

 そう、ここの生き物は皆小さいのだ。

 木々に止まる鳥も、這いまわる蛇も、時々見る巣から覗く動物たちも全て、かつて俺たちが見てきたサイズそのままだ。

 植生すら当時と変わらない――視界を埋め尽くす、肩幅程の太さしかない木々は思わず声が漏れる程に懐かしい。

 巨大すぎたり、襲い掛かってきたりする木々ばかり見ていたせいでおかしくなっているかもしれない。

 

「なんじゃ? ここの生物がそんなにおかしいのか? 昔から変わらんぞ?」

「昔から……なるほど」

 

 ランバが得心したように頷くと、不意に立ち止まった。

 

「ランバ? どうした?」

 

 返事は戻ってこず、彼はゆっくりと2~3呼吸をする。

 かと思うと、いきなり彼は口元を覆っていた呼吸装置を取り外した。

 

「おい……!!」

 

 温度管理用とは言っていたが、必要だから着けていたもののはず。

 だがランバは大きく深呼吸を繰り返した後、驚きと納得の入り混じった――けれどもいつも通りの表情を浮かべていた。

 

「大丈夫なのか?」

「ええ。……やはり、ここはあらゆる意味で守られているのかもしれませんな」

「どういうこと?」

 

 首を傾げるイオに、ランバは手を広げて周囲を指し示す。

 

「ここの魔力は清浄です。まるでかつての、過去の世界のように。植生も、生き物たちでさえ……。今の世界とはまるで隔絶されているようです。ロア殿の言う源素――この世界をおかしくした原因である魔力の源。それも竜によって流入が防がれているのではないですかな?」

「ああ、なるほど……結界か」

 

 高位の生命体や魔術師たちがしばしば作り出す守護領域。大抵は外敵を通さぬための物理的な壁として使われる。

 ただどれだけ高位な魔術師であっても、一人では覆えて建物一つ、頑張って街一つがやっとだろう。

 

 だが、ここは違う。都市が複数は入るあまりにも広大な山岳地帯。

 そして防ぐのは巨大な魔獣だけではない。魔力も砂も――自然変化でさえ防いでいるのだろう。

 でなければ、この砂漠でここまで綺麗に自然が残っているはずがない。

 だが――。

 

「そんなことが可能なのか? 世界がこうなって、何百年経ったと思ってる。その間ずっと維持してたっていうのか?」

「それが可能だったということなのでしょう」

「なに? 霊竜ってのはどんな化け物よ」

 

 それは、このでたらめな世界相手に()()()()結界を維持し続けているということになる。

 混獣種も殺し結界を維持し続けている――その結果が、この清浄な大地なのだろう。

 イオの言う通り、正真正銘の特異主……怪物だ。

 

「でもこれでわかったね。霊竜は、今の世界をよく思ってないって」

「そうですな……我々の目的を教えれば協力できるかもしれません」

「あとは、どうやって話を聞いてもらうかだ。……問答無用で襲われないようにだけ気を付けよう」

「ええ」

「うむ。さ、急ぐぞ」

 

 会話をそこで打ち切り、先へと進む。

 静寂に包まれた山中は深く深く、かつての姿そのままに続いているのだった。

 

 

***

 

 

 丸一日をかけて山奥へと進み、俺たちは竜の肋骨へとたどり着く。

 登ってきた岩山は途絶え、巨大な火口のような、山中に空いた大穴が現れる。

 

 落ち込み窪んだ先、眼下に広がるのは立ち並ぶ岩の巨塔群。

 それぞれが幾重もの木々に覆われ、牙の様に伸びた岩の根元は更に深い森と霧に覆い隠されてしまっている。

 

 そしてこれまで以上に澄んだ――研ぎ澄まされたと言っていい清涼な空気が漂う、前人未到の秘境がそこには存在していた。

 

「ここが……なんて、綺麗な……」

 

 微かに呟くエリの声は響くことなく沈んでいく。

 周囲を山に囲まれたこの場所は、風も凪ぐ静謐な程の静寂が広がっている。

 

「外からは身を隠せ、飛ぶのに邪魔する天蓋もない……なるほど、飛竜の巣には最適かもしれませんな」

「それにこの高さだと、落ちたら簡単には出られないね……」

 

 立ち並ぶ岩の塔は、眼下のすべてを隠してしまっている。

 例え竜がいたとしてもここからでは分からないだろう。

 

「広いな……。イオ、どうだ?」

 

 そして広がる景色は果てが見えない。岩の塔で隠れているというのもあるが、流石は竜の巣と呼ばれているほどの場所。歩き回るだけでも数日はかかるだろう。

 

「うーん、何も見えないわね。おじいちゃん、どの辺りかわかる?」

「わかるわけなかろ。誰も足を踏み入れたことはないんじゃ。……じゃが、こういうのは真ん中と決まっておろう」

 

 骨の指が奥を指差した。

 確かに端にあるとも思えないが……どこが真ん中だ?

 

「ま、真っすぐ進めば大体辿り着けるでしょ」

「いざとなれば我輩が皆さんを外まで運びますよ」

 

 ルナほどではないが、イオがいれば方角に迷うことはない……か。

 よし、とヤザンが骨の頬を骨の手で叩く。乾いた情けない音が鳴り響く。

 

「行くぞ。ここまで来たら後はもう気合いじゃ、気合い!」

「ええ」

「うん!」

「……くれぐれも慎重にな。エリ、ここからはお前が先頭を頼む。竜が飛んできたら、頑張って弾いてくれ」

「また無茶を……いえ、できるなら私だけですね。わかりました」

 

 仕方ないと諦め、先ずはエリが崖から竜の肋骨へと飛び降りた。

 

「うわ、結構高……」

「エリが受け止めるさ。さあ行った」

「はいはーい」

「翼があって良かったと、心底思いますな……」

 

 続いてイオとランバが飛び降りる。

 

「さ、あとは俺たちだ。行くぞ、ヤザン」

「お主ら、良く行けるの……はあ。何でこんなことに……頼むぞ、魔王殿」

「ああ。舌に気を――すまん、なかったな」

 

 最後に骨の男を抱えて、竜の肋骨へと突入していった。

 

 

***

 

 

 しかし、予想に反して竜に出会うことはなかった。

 巨大な岩の塔の合間を歩き続けてしばらくが経ったが、俺たちは飛竜どころか魔獣の1体にも出くわさずにいた。

 

「……見つからないね、竜も巣も」

 

 呟くようにエリが言った言葉を、全員が同じように頭の中に浮かべていた。

 ここまでで見つけたのは裾野と大して変わらない、過去の姿そのままの野生生物たちだけであった。

 飛んできた色彩豊かな小鳥を眺めながらランバが大きく息を吐き出す。

 

「ええ。半日探しても、我らは飛竜の影すら見ておりませんな。……ここが竜の巣だというのなら、そんなことは絶対にありえないはずですが」

「……ちょっと登って見てきます。イオ」

「はいよー」

 

 イオを抱えたエリが近くの岩山へと跳んでいった。

 残った三人は、互いの顔を見回した。

 

「ここが巣ではないのか?」

「それはありえん。ここは間違いなく竜の肋骨。奴らの巣じゃ」

「では何故いないんだ? 竜の巣があるという場所に俺たちはそこに侵入までしている。裾野じゃない。巣の付近にだ。奴らにとっては非常事態の筈だが、竜の一体も出てこないし見ていない。……いくら奴らにとっては弱小の人類相手でも、あり得ないだろう」

「それは……」

「……いないのではないですかな?」

 

 腕を組み考え込んでいたランバがふと呟く。

 

「それはない。俺はシルトを、霊竜を見たぞ」

「魔王殿が見た霊竜はいるのでしょう。ですが他の竜……我々の知る獣としての竜などは既に殆どが死んでしまっているのではないですかな?」

 

 思わず否定の言葉が出掛かって、止める。

 事実俺はあのシルト以外の竜は見ていないのだから。だが――。

 

「……まさか、ありえるか?」

「もちろん確証は何処にもありません。ただ他に、ここに竜がいない理由を考えるとしたら……そうですな。全員で巣に攻撃を仕掛けているくらいでは?」

「それは、ないだろうな。ならありえる……のか?」

 

 筋は通る。というよりも言われてみればそれ以外考えられない。

 何故なら、『骨竜』と俺たちが呼ぶ存在がいたからだ。元がどうであれ、あれは竜から生まれた混獣種の筈だ。

 つまり、何体もの竜がやられてきたということになる。

 だが、一人信じられぬとヤザンは首を振る。

 

「あの竜がか? そんなことが……」

「ヤザン、お前が見てきた竜の数は? 砂漠にいる間、あの霊竜の他にどれくらいの竜を見た?」

「おった! 間違いなく他にもおったが……言われてみれば、少ない。あの霊竜シルトこそ何度も見ていたが……ああ、そうじゃ」

 

 頭を抱え骨を震わせて、ヤザンが呟く。

 

「同じくらい見ていた竜がもう一体おった。緑の美しい竜であった……が」

「が?」

「そいつは混獣種にやられて死んだ」

「……なるほど、だからか? あの竜が混獣種を屠るのは」

 

 骨竜を一撃で屠ったあの姿は怒りに近いものを感じた。

 ……多くの仲間が死んだのだろう。もしかすると殺したのはあの騎士団だろうか。

 竜を殺せる騎士がいるのだ。考えてみれば可能ではあるのだ。

 俺たちが思っていたより、竜を取り巻く事態は深刻なのかもしれない。

 

「あの竜が……そうか。そこまで減ってしまっておったというのか」

 

 震えるようにヤザンが言った。

 小鳥たちの舞う空を見上げて、何かを掴むように手を伸ばす。

 

「この国は、竜たちと共にあった。竜によって外敵から守れられ、代わりにいつでも竜に滅ぼされる可能性を孕んでいた。友誼を結ぶ王もいれば、敵対し滅ぼされた国も数多くあった。……この国の歴史は、竜の歴史じゃった」

「だが、滅んだ」

「ああ。そして、竜まで滅んだというのなら。もう、ワシの知る国はまことに滅んだ。そういうことなのじゃろう……」

 

 消え入るようなその声に、俺もランバも何も言うことはできなかった。

 

「魔王!」

 

 そこに登っていたエリたちが下りてきた。

 

「この先に岩山の集合した場所があります。巣があるならば、そこかと」

「わかった、行こう」

 

 竜たち不在の真実を確かめに。

 この国がどう変わってしまったのかを見極めるために。

 

 

***

 

 

 そこは偶然岩山が集い、一連の壁となっている場所であった。

 湾曲した岩山が空へと伸びるその様は、巨大な殻の如き威容。

 それが視界の向こう側まで続いている……この中に隠れられたら外から見つけることは叶わないだろう。

 

「そこらの城塞より余程大きいですな」

「そうですね……。竜でも、何体でも入りそう」

 

 人には巨大でも、竜にすれば丁度いいサイズの家なのだろう。

 それを象徴するように、人が数人は並んで通れる、塀にしては大きすぎる壁の隙間から中へと入り込んでいく。

 

「うわ……広っろ!」

「ここが竜の巣か……」

 

 殻の中は外側から見たものと大差ない、岩の回廊――と呼ぶにはあまりにも巨大なそれが続いている。

 石柱が蛇腹のように重なり合い上側へと伸びていき、唯の岩の壁に複雑な紋様を刻んでいる。

 凸凹とした壁面は一部が小部屋のように凹んでおり、家が建てられそうなその巨大な窪みにはいくつもの枯草が積まれているのが見えた。

 明らかに何者かの手が入っているそこには――

 

「卵がいっぱい……?」

 

 岩の窪みにはルナよりも余程大きな殻の卵がいくつも置かれている。

 しかもただの卵ではない。その殻は周囲を淡い光に包まれている。

 何らかの魔術で硬い殻を更に保護しているのだろう。

 

「竜の卵、でしょうな……文字通りここは巣だということですな」

「それにしては誰もいなくない? 巣って普通、親が見張ってるもんじゃないの?」

「……これは、本当に竜が残っていない可能性が高そうだ」

 

 卵も気にはなるが、これから説得する相手の卵など触れてもいいことは一切ない。

 無視して進んでいくこと、しばらく。

 

「……? 何か、香りませんか?」

 

 ふと、先頭を歩いていたエリが呟く。

 

「確かに。これは、肉の焼ける臭い……ですかな?」

「何? ひょっとして、戦闘中か?」

 

 音はなにもしないが、思い出されるのは炭化した混獣種の死骸。

 あの霊竜の熱線であれば、一瞬で片が付いていてもおかしくはないが……。

 視界の先、岩の通路が開けて広場らしき空間が見えてきた。

 

「……行くぞ、気を付けろ」

 

 全員が武器を構える。

 エリを先頭に、慎重に、けれど一気に中へと――巨大な空洞部へと飛び込んだ。

 その先には。

 

『――わっせ、わっせ。なんで吾が料理なんぞせねばならんのだ……シシカの奴め……ぬおお! 肉汁が! 止まれ! 火が飛び散る……!! ……んん?』

 

 巨大な空洞の中心部。

 やたら巨大な篝火にてやたら巨大な肉を炙る、一人の女の姿があった。

 

 

 

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