人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第62話 司書の力

 

 

 

 さあ戦闘を。

 ランバがそう思い拳を構えようとしたその瞬間。

 凶悪に嗤うタッサの顔が見えた。

 

「――――っ!!」

 

 何かを知覚した訳ではない。

 だが、ランバは一度この目で見ている。この土妖精のやり方というのを。

 咄嗟に顔を下げ、直後微かに視界の端に見えた()()へと籠手を振り下ろした。

 

 凄まじい衝撃と共に、右腕が後ろへと弾け飛ぶ。

 

 ――ランバの籠手は魔法を仕込める。

 

 打撃と同時に展開する拳の陣式。主に防御に使用する甲の陣式。

 それぞれに弾薬の様に仕込んだ魔法を展開することで、ランバは様々な魔法を打ち込むことができる。

 

 だが突然の開戦はその猶予を与えてはくれず、魔獣用にと事前に仕込んでいた、単に打撃力を上げるためだけの小規模シールドが展開するのみであった。

 が、そのおかげで籠手も腕も守られた。

 

 今の一瞬で、ランバの眼前から鋭く巨大な岩が生えたのだ。

 

(……なんの、予備動作もなく……!!)

 

 手を振るっても、足を大地にたたきつけてもいない。

 本当に一切の予備動作がなかった。

 こちらが半ば勘で反応していなかったら、そのまま貫かれ戦闘不能になっていたし、仕込んでいたのが何らかの攻撃魔法であったなら、今頃右手は粉々に砕かれているだろう。

 

 これが上位種。

 これが人類と滅亡まで戦い抜いた種族。

 そんなのと死闘を繰り広げなければならないのだ。これから、勝つまで。

 

「勘弁願いたい……!!」

『いいねぇ!』

 

 衝撃に振り回され、回転して着地したランバへタッサが飛び込んでくる。

 獣のように荒々しいその右腕は、分厚い岩の塊に覆われている。

 

 ――大地の妖精。人間、獣人に並ぶ三番目の人型種族、妖精の一分類。

 

 一般に妖精は貧弱な種族とみなされることが多い。

 それは、彼らが人間や獣人と違い、魔力で編まれた魔力体を持っているからだ。

 魔力体は肥大化しない。つまり妖精は獣人の様な分厚い筋肉を持たない。

 そして、その殆どが精霊魔法と呼ばれる自然を操る術で戦う。

 故に人間の魔導士――要は後衛職と同じように、肉弾戦に持ち込めば倒せると思われがちだ。

 

 だが、意外と知られてはいないが妖精たちの持つ魔力体は人が想像する以上に強靭である。それこそ獣人の上位陣相手に肉弾戦を繰り広げられる程の。

 そして、この大地の妖精は、その妖精たちの中でも特別()()()な種とされる。

 その理由は、今目の前にある。

 

『――ははっ!』

 

 軽々と振り上げられた巨岩の腕が、凄まじい速度で放たれた。

 腕だけでランバ以上の質量があるだろうその一撃は、掠れるだけで指が消し飛ぶ。

 

「……っ!!」

 

 回転の勢いを殺している暇はない。

 ランバは翼を広げると、むしろ回転の速度を上げて岩の塊に側面から籠手を打ち込む。

 打撃の瞬間、甲式にシールドを強く張る。

 

(防ぐだけで、精一杯ですな……!!)

 

 鈍い擦過音が殻の内部に響き渡り、岩の突起に裂かれた魔法陣が砕け散る。

 だが、ランバは無事だ。籠手にも傷はない。それならばまだ戦える。

 

 そのまま巨腕は地面を打ち砕き、周囲に砂塵が巻き上がる。

 視界が塞がれるが、恐らく大地を操り知覚する相手からすればランバの姿は丸見えだろう。

 だからこそ、()()が効く。

 

(――限定開放)

 

『……おお!?』

 

 ランバの読み通り、タッサは砂塵とそれに触れたものを知覚する。

 だからこそわざと地面を打ち砕いたのだが、砂が捉えていたランバの姿が一瞬にして掻き消えた。

 

 どこに――とタッサは知覚できていない場所、つまりは砂塵の存在しない背後方面へと咄嗟に振り向いた。

 しかしその先には何もおらず、戦闘中の思考は更に乱される。

 その瞬間、タッサの硬い構えが解かれ、ほんの僅かではあるが隙が生まれた。

 

 ()()に、何もない空間から籠手に覆われた右腕が現れる。

 

『な――っ!?』

 

 空間から突如生えた奇怪な腕は、しかし全力で振りぬかれただろう勢いをもってタッサの腹を打ち抜いた。

 打撃の瞬間に展開された盾の魔法陣は、岩塊の一撃を一度は防ぐほどの硬度を誇る。

 鈍い打撃音と共にその身体は後方へと僅かに吹き飛び、踏ん張る両足が砂塵を巻き上げた。

 

『なんだあ!?』

 

 一体何が、とタッサが攻撃を受けた方を振り向くも、そこには砂塵が広がるのみ。

 化かされたように呆けるタッサ。

 その後ろから、迫る影が一つ。

 

(殺った――!!)

 

 輝きを帯びた籠手を振り上げたランバが、無防備なタッサの頭へと一撃を振り下ろす、その刹那。

 

『それは、見えるぞ?』

 

 背筋の凍る呟きとともに、大地から岩がせり上がる。

 振りぬいた腕は壁に防がれ、直後、その岩から更に鋭い棘がランバの顔へと伸びてくる。

 

「――――っ!?」

 

 咄嗟に岩を蹴り飛ばして身体を逸らして棘の直撃を回避する。

 そのまま後方へと飛び退いて、距離を取った二人が正対した。

 

『んんー? 見えたり見えなかったり、不思議な技を使うの』

「……はは」

 

 たった数合打ち合っただけで、ランバの息は荒々しく上がっていた。

 打つ手を一つでも間違えていたら頭を粉々に砕かれていたかもしれない。流石に命は取られないと信じたいが、こちらへと向けられたタッサの笑みを見ていると、その想いも揺らいでくる。

 

 そして、何より。

 ランバは震える自身の右腕にそっと触れる。

 恐怖からではない。衝撃の余波が未だ続いているのだ。

 

(……硬い。まるで、分厚いゴムを殴ったように)

 

 先程の腹への一撃。確かに当たった筈なのに、その感触はおかしなものだった。

 肉や骨といった生体の感触がまるでない。ありえないほどの硬い何かがそこにはあった。

 

 そう、妖精の持つ魔力体は、他の生物とはまるで違う構造を持つ。

 魔獣が硬い皮と分厚い皮下帯で身を護るように。

 竜が鉄も魔力も弾く鱗に包まれているように。

 妖精たちの魔力体は、圧倒的な『強靭さ』を持っている。

 

 彼らの身体は、魔獣の皮下帯をより強力にしたものだ。

 常時凄まじい量の魔力が循環している身体は魔法に強烈な耐性を持つ。流れる魔力よりも強力な魔法を叩き込まねば、その身体は碌に傷つかない。

 では武器による一撃なら有効なのかといえば、残念ながらそうでもない。

 肉体よりも粘り気を持つ、分厚いゴムに例えられるその身体は特に打撃や衝撃に対して強く、生半可な切れ味の刃は表皮を傷つけるだけで止まってしまうだろう。

 

 その性質故に、逆に一定以上の硬さや鋭さを持つ武器であればあっさりと破壊は可能だが、魔力で作られた体である彼らは核を破壊しない限り容易に欠損部位を再生してくる。

 故に対妖精戦闘では強力な武器で一気に核を破壊することが必要になるのだが――。

 

 ランバの一撃では、到底それには届かなかったらしい。

 悠々と腕を振ってこちらに嗤いかけるタッサの姿が、それを示していた。

 

『良い、良いな。主。まさか普通の獣人にこうも避けられるとは思わなかったぞ? しかも、一撃まで貰うとはな』

「それは、どうも……」

『技がある。度胸もある。身体能力も高いな。……だが、それだけではなかろう? もっと見せてみよ』

 

 みしり、と恐ろしい音が鳴る。腕に纏った岩をまるで指のように動かし鳴らしたのだろう。

 それを成すのは自然を操る業と、妖精の中でも特異な膂力。

 どちらも超常。今の自分では勝てる部分はない。

 そして、追い打ちをかけるように巨大な岩塊が周囲に浮かび上がる。

 拳を防ぐだけで精いっぱいだというのに、あれらが全て飛来すればひとたまりもない。

 

「……仕方、ありませんな」

 

 幸い、タッサはこちらの用意を待ってくれるらしい。

 ならば、まだ勝ち目はある。できればこんなところで手札を見せるようなことはしたくなかったけれど。

 あれを倒すのには、より強い『弾』が必要らしい。

 

(――限定開放)

 

 右腕を真横に上げ、きちりと蛇腹を開く。

 その腕の先、籠手がずぶりとこの世から突如消失する。

 

『……お?』

 

 決して切れたわけでも吹き飛んだわけではない。

 右手だけ異空間――放浪図書館へと繋げたのだ。

 

 ランバが司書を務める、異空間の図書館。そこには大量の所蔵品がある。

 歴史書。種々様々な草子に研究論文。そして、魔導書。

 書架に並ぶ内のその一冊が、浮かび上がって籠手へと触れる。

 

「――装填(リロード)

 

 ランバの籠手は魔法を仕込める。

 だが、ランバ自身は魔導士ではない。

 自身では碌な魔法も込めることはできないが、ここには大量の魔導書が存在している。

 魔導書に記された魔法、それを籠手は読み取って記憶する。

 だからランバにはある意味、使える魔法に制限はない。その魔法を記録した魔導書が存在する限り。

 彼にとって、放浪図書館は至高の書斎であり、無限の弾薬庫でもあるのだ。

 

『奇妙な能力だの。準備はいいか?』

 

 右手を抜き取ったランバへと、タッサが声をかける。

 その言葉には応えることなく、ランバは胸の前で拳をぶつけ合った。

 拳の魔法陣が浮かび上がり、魔導書から装填した強化魔法がランバの身体を駆け巡る。

 筋力が増し、視界が開け、魔力の膜が身体を包み込む。

 今すぐできる強化としてはこれが全力。だが、これでもロアが指を鳴らすだけで放つ強化魔法には敵わない。

 そしてそもそも強化した身体能力でも、エリの膂力には敵わない。

 ……つくづく、特異主という連中は規格外だ。

 そして目の前の古代種も、また同じ。

 

「……お待たせしましたな。これで、全力です」

『はあ? 嘘をつくでない。……まあ今はいい。行くぞ?』

「お手柔らかに、頼みますよ」

 

 きちりと籠手を鳴らし、ランバは構える。

 二人が飛び込むのは、殆ど同時であった。

 鉄と岩の激突する轟音が鳴り響いた。

 

 

***

 

 

 一方、同じ空間の反対側では銃撃音が鳴り響いていた。

 

『次、倍行くよ』

「――どんとこい!」

 

 ランバたちの激突の余波に揺れる足元にも構わずに、イオは両手に持った武骨な拳銃を構える。

 シシカの姿は見えない。

 手段は知らないが周囲に砂塵が巻き上げられ、視界を奪われているからだ。

 

 見えるのは精々周囲2メートル程度。

 その至近距離から、いくつもの木の矢が飛来する。

 

「――――!!」

 

 その全てを、イオの眼は正確に捕捉する。

 寸分の狂いもなく彼女の両腕は銃口を矢の軌道に合わせ、一瞬の静止と同時に引き金が引かれる。

 音だけを聞けば、機関銃の如き連射音が鳴り響く。

 魔獣の皮を軽く撃ち砕く弾丸が放たれ、全ての矢を粉砕した。そして、その先を覆う煙幕の一部も。

 

「――見えた!」

 

 瞬間、両手の拳銃から手を放し、背負った狙撃銃の銃床を巻き打ち回転させて両手に納める。

 その照準は、当然のように晴れた煙幕の先に映る人型に合っている。

 

 間を置かず、銃撃音が鳴り響く。

 解体屋相手に放った炸裂弾。いくら妖精相手でも十分に効力を発揮する筈だ。

 

『当たれば、ね』

 

 着弾の瞬間イオは気づく。狙っていたのは人型に模された木の束だと。

 同時にイオの広い視界が真横から迫るシシカを捉える。

 素早い突撃は、手にした狙撃銃では不適正。

 拳銃はその自身の機能で腰に収まってはいる。が、手に取るには間に合わない。

 

「――なんの!」

 

 ならば今手に持つモノを使えばいい。

 狙撃銃の銃床ではなく銃身を掴み、振り回す。

 寸でのところで突き出された鋭い木槍を身体に到達する直前で弾くことに成功する――が。

 

『悪手ね、妖精相手よ?』

 

 木の槍は一瞬で硬さを失い狙撃銃に巻き付き始める。

 木妖精の操る木は自由自在だ。矢も槍も、たとえ防いだとしてもそこから木が襲い来る。

 今も次の瞬間には巻き付いた木から鋭い針の様な棘が生えても不思議ではない。

 だが、幸いそのやり方はそこにいる魔王で散々見てきた。

 

「知ってるわ!」

 

 刺突さえ防げば、あとは十分。

 ポーチから抜き出したそれを、銃とシシカの隙間へ放る。

 それは、最新の時代に普及していた手榴弾。

 

『――――!!』

「あげる!」

 

 蔦まみれの銃を蹴とばして、銃と共に手榴弾をシシカに押し付ける。

 既に安全装置は抜いている。

 もう片方の手で腰から抜いた拳銃を撃ち放った。

 銃弾の衝撃を受け、爆音とともに閃光と衝撃が炸裂した。

 

「うわっ――!!」

 

 余波でイオの身体も僅かに後ろへと吹き飛ぶ。

 イオは銃撃の衝撃に耐えるために他の個体より特別に()()作られている。

 その身体を動かすための動力源としても鉱石を食べる必要があるのだが……それは別の話。

 

 とにかくそんな重いイオでも僅かに浮き上がる爆発が起きたのだ。直撃を受ければ、成体の妖精だろうと唯では済まない筈だ。

 ――まともに喰らっていれば、だが。

 

『やるね』

 

 だが、先程と何ら変わりないシシカの声が聞こえてくる。

 同時に、イオの周囲でいくつもの隆起が起きた。

 

 戦いを始めて知ったのだが、どうもこの竜の巣の地下には大量の木が仕込まれていたらしい。

 いや、普通に周囲には森が広がっているから当然のことなのかもしれないが、視界に映る範囲に木がなかったことでイオは油断していたと言っていい。

 シシカは彼女が身に着けている木の範囲で戦うのだろうと。

 

 だが、イオの周囲に現れた()()()()()()()が、その考えを軽く打ち砕いた。

 

 イオは知らないが、これも成体の木妖精が得意とする技。

 木で動物を編み、敵対者へとけしかける。

 そのまま殺せれば良し。殺せなくても、自分は何もせずとも相手の傍に大量の木を届けてくれる便利で、恐ろしい技であった。

 銃撃で動きを止めたとして、その残骸から一体何が飛んでくるのか分かったものではない。

 木妖精、彼らは特に対後衛特化の技を有している。多くの魔術師が、狙撃手が彼らに殺されてきた。

 そして今は、イオ一人で相手しなければならない。

 

『さ、どんどん行くよ』

「……どうやって勝てばいいってのよ、これ!」

 

 迫りくる強大な壁を前に、イオはやけくその叫びを上げるのだった。

 

 

***

 

 

「凄い戦い……」

「ああ」

 

 激戦を繰り広げる妖精とランバとイオ。

 それを眺めている俺たちは、ただただ呆然とするしかなかった。

 手を出せないというのは勿論だが、その拮抗ぶりに驚いていたのもある。

 

 特にランバだ。

 彼の能力は秘密が多い。彼自身が隠しているのもあるが、そもそも戦いに出てくる機会が少ない。

 籠手の能力は知っていたが、図書館を利用した離脱や一撃は、俺たちも初めて見た。

 確かにあの図書館の能力であればああいった芸当も可能だろう。

 

 異空間を自在に移動するという放浪図書館。それは極めて強力な兵器にもなりうるのだ。

 ――特に、暗殺の領域においては無類の強さを発揮するだろう。

 

「ランバさんのあれ、私も対処できないかも」

「……初見は難しいだろうな。あの妖精が苦戦しているくらいだ」

 

 ただ、完全に万能というわけでもなさそうだ。

 例えば俺ならばアレに対処できる。ロアも恐らく可能だろう。

 タネが分かればどうにでもできる種の技。

 過去の時代では有名だったそうだから、大抵の国家は対策を施していたはずだ。

 だからこそ、ランバは隠しておきたかったのかもしれない。

 

 事実、ランバもイオもじりじりと追い詰められている。

 このままでは直に負けて終わるだろう。勝つためには更なる奥の手が必要だろうが、持っていたとしてここで切るとも思えない。

 ここはあくまで腕試しの場なのだから。

 そして、それはもう充分達成されたように見える。

 

 もう充分だろうと、俺は真上の竜を見た。

 だが、その顔は戦いを見ておらず、真横へと向けられていた。

 

「どうした?」

『――――(竜の気配だ。ここから南西……お前たちと出会った場所だ)』

「……何?」

 

 告げられた言葉は、想像外の事態の宣告。

 シルトと出会った場所は、セムル。今の俺たちの拠点がある場所の筈。

 ありえないと思考がよぎったその直後、イオから受け取った通信装置が光を浮かべる。

 そこから、緊迫したロアの叫び声が聞こえてきた。

 

『――緊急事態だ、今すぐ戻れ! ルナが、攫われた!』

 

 それは、最悪の事態を告げたのだった。

 

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