人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第63話 拉致

 

 

 魔王の元に通信が入る、その少し前。

 セムルの拠点に残っていたルナたちは来る戦いのためにそれぞれの仕事を進めていた。

 

 チビルナたちは拠点の整備に装備の作成。

 ロアは自室での研究。

 ヤマたちは……あちこちを歩き回って監視の様な役割を果たしていた。多分。

 もちろん専用の監視役はおり、かつ拠点は基盤魔法陣に守られている。

 故にこの拠点はそこらの混獣種相手では絶対に破れない安全地帯の、筈であった。

 

『――――!!』

 

 最初に気が付いたのはシンジュであった。

 咄嗟に顔を上げた彼は、警戒音の様な高音を鳴り響かせる。

 

 その意味を理解できるのはヤマだけだが、何かが起きたことは聞こえた全員が理解する。

 壁上にいた監視役のチビルナが周囲を見渡し――何も見つけられない。

 だが、壁の内側にいたヤマたちは見つけた。

 唯一視界の広がる場所、上空に浮かぶ黒い影を。

 

『――――!!』

「上ですー!」

 

 ヤマの叫びを受けて、全員がようやく上空へと視線を移す。

 そこに浮かんでいたのは、三度見て三度討伐した骨竜……ではなかった。

 姿かたちは骨竜そのままだ。だが、身に纏う骨の色が明らかに違った。

 いくつもの赤い線が刻まれた漆黒の体躯。

 その周囲には七色の光が漂っており――。

 

「■■■■■■――!!」

 

 突如、黒竜は大気を揺るがす咆哮を上げる。こちらの思考の時間を削り取るように、そのまま、拠点へと一気に降下を始めた。

 

「降りてきます!!」

『大丈夫。あの結界がある』

 

 ウミの言葉通り、拠点を覆う障壁は骨竜のブレスでさえ防ぐ程の強度を誇る。

 だが、そんなこと襲撃者は『もう知っている』。

 

 豪風と光を纏い、突貫してきた黒竜。

 それは七色の光を帯びた、漆黒の巨爪が振り下ろし、その瞬間。

 

「――――あ」

 

 空を覆う基盤式にひび割れた線が奔り。

 ほんの一瞬だけ、眩い程に輝いて。

 強固な筈の結界は、あっさり破り砕かれた。

 

『――嘘』

「壊れちゃいましたー!」

 

 そのまま黒い巨体が都市内部へと突撃してくる。

 その先には、ヤマたちがいる。

 

「――――わわっ!?」

『――――!!』

 

 だが間一髪、シンジュが二人を抱えて横へと跳んだ。

 直後、漆黒の影が今立っていた場所を通り過ぎ、凄まじい突風が積まれていた瓦礫を吹き飛ばし周囲の建物を揺らす。

 どうやら三人を狙ったわけではなさそうだが、あのまま立っていたら風圧で吹き飛ばされていただろう。

 

「シンジュ!」

『ありがとう!』

『――――!!』

 

 どういたしまして、とシンジュが声を鳴らす。

 強固な筈の壁は割れてしまったが、呑気に原因を探っている暇はない。

 明確な脅威である侵入者へと、三人は視線を向ける。

 

 拠点の中へと侵入した漆黒の骨竜は、地面に激突することも建物を破壊することもなく都市の奥へ奥へと進んでいた。

 ようやく事態に気が付いたチビルナたちが設置された銃座から砲撃を行うも、硬い骨に阻まれ大して効果はない。

 ただし、竜は反撃もしてはこなかった。

 わざわざ侵入してきて、ただ都市の上空を飛び回っているだけ。

 

「お前ら!」

「ししょー!」

 

 そこへ、ロアがやってきた。

 結界の破壊を感じ取った彼は研究室から飛び出してきたのだ。

 ヤマとウミは、必死で今起きたことを説明する。

 正直半分は何を言っているかはわからなかったが、事態は空を見ればすぐに理解できる。

 

「簡単に破れる結界じゃねーぞ? どうなってんだよ、この地方は……!!」

 

 次から次へと、非常識が立ちはだかってくる。

 しかも今は主力が不在の時だ。拠点襲撃にはぴったりの『隙』のタイミング。

 存在を知らない筈の壁を一撃で破り、このタイミングでの襲撃を仕掛けてきている。

 

 ――どう考えても、こちらの動きを把握しているとしか思えない!

 

「こりゃ、まずいぞ、蛇……」

 

 前の骨竜は、戦闘員全員の協力があって倒せた。だが今は半分しか残っていない。

 それは、恐らく相手も分かっている筈だ。だからこそ、今ここで仕掛けてきている筈だ。

 だというのにあの竜は上空を旋回するだけで動きを見せない。

 一体何が目的なのか――。

 

「皆さん!」

 

 ロアたちを呼ぶ声に振り向けば、ルナがこちらへと走ってきていた。

 カルメを探しに出ていたはずの彼女だが、この緊急事態に中断したようだ。

 丁度いい。

 

「ルナ! 遠征組に連絡しろ! 緊急事態だと――」

 

 相手が動かないならば、まだチャンスはある。

 もし奴らが霊竜の懐柔に成功していれば、飛んで来て間に合うかもしれない。

 そう、期待を浮かべたその刹那。

 

「■■■■■■!!」

 

 骨の竜が何かに反応したかのようにその進路を変える。

 再び全身を七色の光が包み、何かに押されたように巨体が一気に加速と降下を始めた。

 その先には、ルナの姿があった。

 

「――え?」

 

 突如視界を覆う黒い影。

 呆然と上を見上げたルナの視界には、凄まじい速度で迫り、自身へと爪を広げる竜の姿があった。

 

 

***

 

 

 ロアからの通信を受け、竜の巣にいた全員の動きが瞬時に止まった。

 傍観していた俺たちは勿論、拳をぶつけ合おうとしていたランバたちも、木の狼と戦っていたイオたちもその声に動きを止めてこちらを見ていた。

 

 

『――――』

 

 シルトがすぐさま四人を覆っていた結界を解き、彼らはこちらへと駆け出してくる。

 だがそんなことは構わずに、俺は通信先のロアへと叫ぶように問いかける。

 

「おい、どういうことだ! ルナが攫われただと?」

『ああ、その通りだよ! よくわからん黒い骨の竜が来て、オレの結界は一発でぶっ壊された!』

「嘘――。ではヤマちゃんたちは? 拠点は? 無事ですか?」

『そっちは問題ない。よくわからんが、あいつらの狙いはルナだけだった。ルナを捕まえたらそのまま飛び去ってったよ。……いや、違ぇな』

 

 ほんの一瞬躊躇うような間が空いてから、苦々しいロアの声が響く。

 

『カルメがやられた』

「――何だと?」

 

 聞いていた全員の息が止まる。

 

『今治療中だ』

 

 続いた言葉にほっと全員が弛緩した。

 

「無事なのか?」

『そうらしい。今チビルナたちが治療してるよ。……ホント、丈夫な体だよ』

「そうか……」

 

 命が助かったならば、彼女たちが元通りになることはよく知っている。

 拠点も、他の仲間も無事。つまりは本当に被害は『ルナが攫われた』事だけらしい。

 ……いや、ありえるのか、そんなことが。

 

『ルナを守ろうと竜相手に戦ったんだが……駄目だった。もう一体いたんだ』

「もう一体?」

『ああ。――騎士だ。奴らの一人が、やってきたんだよ』

 

 

***

 

 

 ルナが竜に捕まろうとしたその直前。

 青く輝く軌跡が奔り、ルナを掴んだと同時に迫る黒い爪へと叩き込まれた。

 分厚い金属へ斬り込んだ様に甲高い耳鳴りが響き、青い光の主――戦闘個体カルメはとっさに抱えたルナごと僅かに横へと弾かれた。

 

 辛くも竜の爪を逃れた二人が、瓦礫の散らばる道へと転がった。

 竜が旋回を行っている間に急ぎ立ち上がった彼女が、ルナの手を取って立ち上がらせる。

 

「ルナ、大丈夫?」

「カルメ! 無事だったのですね!」

「勿論。ちょっと外にいて遅れちゃったわ……でも、これは……」

 

 周囲を見渡し、その光景にカルメは首を傾げる。

 襲撃があったというのに破壊されていない都市。しかし襲撃者は悠々と空を舞っている。

 その不自然さに皆と同様に困惑するが、やることは明白だ。

 

「ルナ、わたしの傍から離れないで。そして今すぐ魔王様たちに通信を」

「ええ。……カルメは?」

「勿論戦うわ。あいつの狙いは、ルナでしょう? ……そんなことはさせない」

 

 守るのだ、今度こそ。成長した自分の力で。

 本当は戦う前にルナを隠したいのだが、あの竜の狙いはどう考えても彼女だ。

 ルナが隠れたところに熱線を吐いてくる可能性だってある。そうなったら今のカルメでは守りきれない。

 ならば見える場所で守っていた方がいい。

 

「ロアさん、わたしに強化を! そして皆は離れていて」

「当然! でもいいのか、一人で!」

「下手に手を出して暴れられても困ります。距離を空けて、援護を!」

 

 ロアの指が鳴り、カルメとルナの身体を光が包む。

 これで強化は万全。魔王たちが戻るまで、竜相手でも時間を稼いで見せる。

 そうカルメが意気込んだのとは裏腹に、竜は空中でその動きを止めた。

 そこへチビルナたちによる砲撃が続いているが、その巨体はびくともしない。

 

 ほんの一瞬、奇妙な静寂が場を支配する。

 

「……何?」

 

 一度は防がれたことで警戒でもしているのだろうか。

 だが、たかが一度防がれただけ。今までの事で警戒するような攻撃がないことも理解している筈だ。

 ここであの竜が動きを止める理由がわからない。

 

 その答えは直ぐに示された。

 竜の上から、一つの影が舞い降りたのだ。

 

 かなりの高度から落ちた筈のそいつは、しかし何の苦も無く着地して見せた。

 その姿は、錆びた黄金色。

 かつて眩く輝いただろう全身鎧は、こびり付いた赤黒い血肉がおぞましい紋様を形作っている。

 そしてその右腕には、鎧のかつての姿を彷彿とさせる、汚れ一つなく眩く煌めく黄金の剣が握られていた。

 

「――騎士」

 

 通信装置を操っていたルナの手が、思わず止まる。

 それほどまでにその姿は、例え乾いた血肉で汚れていたとしても神々しさを感じさせ、ほんの一瞬、全員の思考を戦いのそれから逸らすことに成功していた。

 

 ――そして、その好機を死した騎士は見逃さなかった。

 

 ゆらりと流れるように、騎士は前へと踏み込んだ。

 散歩でもするかのような軽やかさで、けれど閃光の如き速度で。

 カルメが気が付いた時には、眼前に黄金の一閃が迫ってくるところであった。

 

「――っ!」

 

 咄嗟に刃を構えて防ぐ。

 だがその、想像を越える重さの一撃に、カルメの身体は軽く吹き飛んだ。

 それは竜の巨体を受け止めたのと同じ程の衝撃で――。

 

(なんて力!)

 

 頭から地面に激突する寸前でなんとか身体を回転させて着地したカルメの眼に映るのは、何故か眼前まで追いつき、幾重もの剣閃を放つ騎士の姿。

 

「――嘘」

 

 絶望が、壁の如き連撃として立ち向かってきた。

 そのどれもが先と同じ威力。同じ速さであった。

 

「――っ!」

 

 悍ましい迫力に突き動かされ、必死になって薙刀を振るう。

 それでも数合は打ち合えた。

 それほどまでにロアの強化と、カルメ自身の研鑽は凄まじいものであった。

 

 だが、彼女の持つ武器は違った。

 

「――あ」

 

 必死に踏ん張りながら、何とか凌げると思ったその瞬間であった。

 青く輝き、重さや耐久性を底上げしていた刃が黄金の塊に打ち砕かれた。

 するりと凄まじい質量を持ったその一撃はそのまま宙を駆け抜けて、カルメの身体を一撃で両断した。

 

「……かる、め?」

 

 微かな声でルナが呟く。

 だが、その声が届く前に黄金の騎士はルナの身体をつかみ取り、その超人的身体能力で遥か高くへと跳んだ。

 

 何が起きたのか、その場にいる全員の理解を置き去りにして。

 その先で待つ竜へと飛び乗って、そのまま彼方へと飛び去ってしまったのだった。

 

 

***

 

 

「何……? 騎士だと?」

『ああ、騎士だ。たった一騎だが、竜に乗って来やがった』

 

 竜と共に騎士がやってきて、ルナだけを攫って帰っていった?

 ロアの言うことをそのまま信じるのであれば、そういうことが起きたらしい。

 だがそれは、俺たちの見てきた混獣種の生態とはまるで違う。

 奴らは、普通の生物と同じようにただ喰らい、自身の生息圏を維持しているだけだ。

 そんな奇妙なことをする生命体は、俺の知る限りはただ一つ。

 

 ――人類。それも『頭』がいる軍隊、それだけだ。

 

『いいか、想定外のことが起きてる。兎に角今すぐ戻ってこい!』

「……分かった」

 

 それきりぶつりと通信は途絶えた。

 襲撃を受け、カルメが負傷した。向こうでも呑気に会話してはいられない事態なのだ。

 それはこちらも同じ。急いで戻らなければならない。

 

「悪い、シルト。協力はもう少し待ってくれ。……力はもう、充分見せただろ?」

『――――』

 

 響く音色は、肯定の意。

 本当に想定外の状況ではあるが、一応当初の目的は達成できた。

 

『おうよ! ランバと言ったな。こいつは立派な強者よ!』

『イオもね。……そしてあなたたちも。わたしたちの目的も、やっと達せられる』

「……目的?」

『おうよ! それはな――』

『タッサ』

 

 シシカが指を振るい、タッサの口を蔦で塞いだ。

 

『長くなるから、また後で。急ぐんでしょう?』

「ああ。直ぐに戻る。ランバ、イオ、大丈夫か?」

「勿論!」

「ええ。何とか」

 

 妖精相手に肉弾戦を繰り広げていたランバは苦しそうだが、動けないほどではなさそうだ。

 拠点に戻れば治療もできる。

 悪いが急いで準備をしてもらう。

 

『――――』

『拠点までは無理だけど、麓まではシルト様が送るそうよ。用意して』

「すまない。……しかし、何故騎士が……?」

 

 放っていた蛇を回収しつつ、疑問を呟く。

 偵察した際に見たやつらは、こんなことをするほどの知能があるようには見えなかったが……。

 隣にいたエリも同意の頷きを返す。

 

「しかも、拠点の結界を壊したんでしょう? 竜に乗る騎士、か。一体何者なんだろう……」

 

 その、答えを求めない問いかけに、しかし応える者がいた。

 

 

「――至天という騎士がおる」

 

 

 突如、声が響いた。

 それは少し離れた場所からで、すっかり忘れていた男の――骨の声であった。

 

「……ヤザン?」

 

 そういえばすっかり忘れていた。今ここにはもう一人いたのだ。

 首を飛ばされ拘束されていた彼の方を見ると、いつの間にか首は身体に戻っており、あの紫の光を空いた眼孔から放っている。

 全員の視線が彼に集まり、骨の口がゆっくりと開かれる。

 

「かつてこの国に騎士という概念が存在しなかった頃、人の枠を大きく超えた傑物であったその男は、この国で誰も到達することのなかった高みへ手を伸ばしたんじゃ」

 

 彼の右手が、するりと土の拘束を逃れた。

 咄嗟にタッサを見ると目を見開いているから、彼女が外したわけではないらしい。

 砂と土で少し黄色く汚れた白い骨の手が、俺たちの背後、青き竜を指し示す。

 

「それは、竜。彼は史上初めて霊竜と対等に渡り合い、認められ、竜に乗ることを許された唯一の存在じゃった。そして、彼に憧れ剣を取った者たちは、後に騎士と呼ばれた。云わば、騎士の開祖じゃな」

「竜、騎士……」

 

 騎士霊廟に眠り、蘇ってしまったかつての騎士たち。

 その中で、歴代至高と呼ばれた騎士たちがいる。

 各時代の騎士の頂点。この騎士国家の時代を切り開いた者たち。その名も、樹冠の騎士。

 その内の一騎が、史上唯一霊竜に乗ることを許された騎士・至天。

 

「その騎竜こそ、そこにいる霊竜シルトの先祖。霊竜ハウム。――今は別の竜に乗っておるが、ルナ嬢ちゃんを攫ったのはそいつらじゃよ」

 

 全ての拘束を外し、骨の男がするりと立ち上がる。

 外套を纏っただけの、ただの骨の身体の筈なのに。そこから立ち上る紫の光と異様な圧に、妖精たちでさえ容易に近づくことを躊躇った。

 

 

「すまんの。そいつらにルナ嬢ちゃんを攫わせたのは、ワシじゃ」

 

 

 ――そして、その口からはとんでもない事実が告げられる。

 

「……は?」

「一番危険なお主らが拠点を空けてくれたからの。遠慮なく留守を狙わせてもらったわ」

 

 外套についた埃を払いながら、なんてことないように骨の男は告げる。

 自分が内通者であると。

 そして、自分が混獣種の、騎士の仲間であると。

 

「――いや、は……?」

「ヤザンさん? 何を言って……」

「あの防護壁を抜けるかどうかは賭けじゃったが、流石は至天に竜。問題なかったようじゃな」

 

 問いかける言葉を失い動きを止める中、死した男だけが自分勝手に歩き出す。

 逃げ出すわけではない。

 むしろこちらへと悠々と近づいてくる。

 

「驚かせてしまってすまんの。ただ、少しでいい。ワシの話を聞いてくれんか?」

 

 ただゆっくりと、講釈でも行うように。

 ヤザンはそう告げる。

 

「……お前、一体……」

「なあに。ワシはただの骨じゃよ。ちょっとだけ長生きの、な」

 

 ようやく絞り出したその問いかけに、骨の男は大きく顎を開いて、紫の光を吐き出したのだった。

 

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