人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第64話 不死者

 

 

 拠点にて騎士に捕らえられたルナは、漆黒の竜に乗せられあっという間に砂漠を越え、巨大な都市へとたどり着いていた。

 眼下に広がるのはリヴラ以上の巨大さを誇る都市。

 大して考えなくても分かる。ここは首都イグトゥナなのだろう。

 

(――なんて、広い。これが四大地域を支配した国の首都なのですね)

 

 北に妖精、北東には竜が棲んでいるため、この国の首都は南西の端に築かれたと言われている。元は石造りの白亜の都市だったと言われているが、文明の発展に伴い殆どは解体、高層建築物の並ぶ最先端の世界都市へと変貌。唯一、歴史的価値のある宮殿のみが史跡として残されているという。

 

 竜と、今ルナを抱えている黄金の騎士の目的は分からない。何故生かされているのか、何故、他の誰でもない自分が狙われたのかも。

 

「――――」

 

 ルナを抱えた騎士も黒竜も、何も語らない。

 ただ決してルナが逃れられない様にその腕は硬くルナの胴を捕えている。

 まあ例え今ここから脱したとして、待つのは遥か遠い地面との衝突だけだ。

 どうやら殺す気がないということだけは分かるので、今は大人しく運ばれることにする。

 

 今は都市上空をゆっくりと旋回するようにして、その高度を落としているようだ。

 竜のいる高度からは細かなものは何も見えない。

 まだ誰も到達できていない、我々の最終目的地。今こうして観察できることは貴重なはずなのに。

 イオの眼があれば何か見えたかもしれない。否、そもそも戦う力があればこんなことにはならなかった。

 

(私はまた、足りなかったのですね……)

 

 拠点は安全だからと残った筈なのに。

 何より、安全な拠点を造れたと思ったのに。結果はこのざまだ。

 魔王たちは必ず助けに来るだろう。そこを疑うほど、もう自身を卑下する気はない。

 だが、だからこそ、自分のせいで皆に迷惑をかけることが許せない。

 

(魔王さまたちは、無事でしょうか……)

 

 喪失感とともに、それでもせめて記録せねばと眼下を流れる景色を見つめる。

 

 この国で最も栄えていただろう都市は所々崩壊し、その中からあの肉泥らしき、赤黒い何かが見える。文明が肉泥に侵食された、この地方で何度も見てきた人類最新だった都市の姿だ。それが途中で途絶え、石造りの巨大な建造物が現れた。

 

 この地方を最終的に支配していた独立騎士国家連邦、その意思決定機関である評議会が存在していた巨大宮殿。

 外観こそかつての姿そのままだけれど、中身は他と変わらない、否それ以上に混獣種たちの巣になっているようだ。

 そして今その地下にはあの声の主――混獣種の元凶である男が待っているはずだ。

 

 そのまま眺めていると、黒竜は宮殿の前でも広大な中庭でもなく、その先に広がる裏庭へと降り立った。

 

 遠くに海が見える黒ずんだ砂地にはこれまで見てきた様な豪華絢爛な栄華の跡はなく。

 砂の起伏に囲まれるようにして、ひっそりと建つ岩の塔が一つあるだけであった。

 てっきり宮殿に降りるのだと思っていたが……。

 

(あれが目的地、なのでしょうか……)

 

 竜から飛び降りた騎士は、ルナを抱えたままその塔へと向けて歩き始めた。

 ルナとしては宮殿の方を詳しく見たかったのだが、それよりも眼前に飛び込んできた光景に目を奪われてしまう。

 

(……猫?)

 

 塔へと続く砂地は長く、けれど装飾や建物の類は何もなかった。

 代わりに、数匹の猫が自由気ままに過ごしていたのだ。

 勿論彼らも大きいが、リヴラ周辺の魔獣と比べると小さく、可愛いものである。

 砂漠に棲む猫がいるのは知っているが、彼らもまた、混獣種なのだろうか。それにしては混ざった部分はないように見えるけれど。

 

 じっと見つめられる視線を感じながら、ルナは騎士に担がれたまま塔へと進んでいった。

 

 近づいていくにつれ、よりその詳細が見えてくる。

 塔の下へと辿り着くと、そこに現れたのは巨大な鉄扉。

 見上げる程の高さのそれは、長い時の経過など感じさせないほど重厚に、そして固く閉じられて聳え立っている。

 

 巨大な閂に加え、鎖や錠前を通すための突起がいくつも設けられているようだ。しかも、全て()()に。

 これがつくられた当初は、扉の大半が見えなくなるほど鎖や錠前で封鎖されていたのだと容易に想像できる、奇妙な構造をした門扉であった。

 

(なんですか、これは……)

 

 ただの塔にしては明らかに異質だ。

 外に開くことを想定していない、明らかに、何かを閉じ込めるための構造なのだから。

 

 だがそれらの拘束物も朽ち果てたらしく、今は鉄の扉が2枚鎮座しているのみ。

 黄金の騎士はそこへと近づくと、ゆっくりと扉を開いた。

 地面を揺らすほどの鈍い音を響かせて、門は開く。

 その先に広がるのは――。

 

「地下……」

 

 遥か地下深くへと続くだろう、螺旋階段への入口が地面にぽっかりと空いていた。

 その他に内部に物は存在せず、見上げても空洞が続くのみ。勿論朽ち果てた部分はあるだろうが、それにしては上への階段も上階の天井らしきものも見当たらない。

 ……張りぼてなのだ、この塔は。地下にあるだろうそれを隠すための。

 

 ああ、やはり、つまりはそういうことなのだ。

 我々が探していた地下監獄は宮殿ではなくこの下に広がっていて、自分はあのイグトゥナ地下監獄へと連れてこられてしまったのだ。

 一人、何も持たない状態で。

 

 塔の入口で、騎士はルナを塔の中へと放り込む。

 そしてそのまま扉を閉めてしまった。

 

「あ……」

 

 途端に辺りは真っ暗に染まるが、ルナにとっては問題ない。ただこの状況は大いに問題である。

 試しに扉に触れてみるもびくともしない。

 否、例え出たとしてもあの騎士や猫たちがいるから、逃げることは叶わないだろう。

 

「……行くしか、なさそうですね」

 

 背後で暗い大口を開けている穴を見つめる。

 この先に待つのは一体何なのか。

 確かめるためにも、ルナはさらに深く暗い階段を下りていった。

 

 

***

 

 

 ルナを攫わせたのは自分だと、飄々と言ってのけた骨の男、ヤザン。

 確かにその素性は謎のままであった。

 この広大な国で一人の死者について調べる術なんてなければ、正直いってする気もなかった。

 何故なら彼は大事な情報源で、そして何の脅威もない動く死者――それだけだった筈なのだ。

 

『貴様……!!』

 

 激怒の声を上げ、タッサが拳を振り上げヤザンへと飛び込んだ。

 岩を纏ったその拳は、しかし顔の寸前で止められる。

 

『何故止める、シシカ、魔王……!!』

 

 巨大な岩塊には俺の蛇と地面から伸びた木の枝が纏わりついている。

 今にも引きちぎられそうな力に耐えつつ、口を開く。

 

「悪いが、今そいつを殺されるわけにはいかない」

『貴重な情報源よ。ここは堪えなさい……気持ちは分かるけどね』

「……」

 

 ヤザンは黙したまま、動かなかった。

 決して、一歩たりとも避けず後ずさりもしなかった。

 目の前に顔よりも巨大な拳があるというのに、それが激突する寸前だったというのに。

 骨で表情が分からないことなど関係ない。

 こいつはタッサの攻撃を、俺たちの動きを全て『見て』何が起きるか理解していた。

 

『……っち、仕方ない』

 

 タッサが力を抜いたのを確かめ、蛇を解いた。

 ただし一匹だけを剣の形で残し、目の前のヤザンへと突きつける。

 殺させはしないが、こいつには色々と喋ってもらわなければならない。

 やはり剣を突き付けても身動き一つしないヤザンへと問いかける。

 

「聞きたいことは色々あるが――」

「当然じゃの」

「……先ずは一つ聞こう」

 

 平静そのものな声色に苛立ちを覚えつつも慎重に蛇に魔力を込めていく。

 聞くべきことは色々ある。

 だが、例えこの後どうなろうとも、絶対に聞いておかなければならないことは、唯一つ。

 

 ……凡そ、答えがわかっている問いだけれども、言わねばならない。

 それは――。

 

「ルナは何処にいる?」

「……イグトゥナじゃよ。わかっておるとは思うがの」

「ああ、そうかよ……」

 

 そして、想定通りの――最悪の答えが返ってくる。

 

「イグトゥナ地下監獄、その最下層。そこにルナ嬢ちゃんはおる。……お主らが探し求めている、混獣種の元凶と一緒にの」

 

 混獣種の元凶。それはカルメの持っていた音声記録に残されていた声の主だ。

 彼はイグトゥナ地下監獄にいると確かに言っていたが、それが真実であったということらしい。

 何故ヤザンがそれを知っているのかは分からないけれど。

 

「お前じゃないのか?」

「まさか。ワシは、ただの骨じゃよ」

 

 その『ただの骨』がこの事態を引き起こしたんだが。

 口まで出かかった叫びを飲み込んで、次に聞くべき問いを探っていく。

 こうしている今も、ルナは遠く離れた混獣種の巣へと近づいている。

 じりじりとした、焦燥感に駆られながら。

 

「……なんで、こんなことをした? 俺たちはこれから、そのイグトゥナ地下監獄に向かう筈だっただろう?」

 

 ルナを攫わずとも、このままいけば俺たちはそこへたどり着いていた筈だ。

 俺たちだけでなく霊竜とも妖精とも敵対して殺される危険性を冒さずとも、結果は同じだった筈なのだ。

 

 そしてこいつは、何故か今、わざわざ自分が攫ったという事実を表明した。敵対することはわかっていた筈だ。殺される可能性も――いや、それはないのか? 首取れてもくっつくし。……兎も角、その意図が分からない。

 俺の問いに、ヤザンはゆっくりと頷きを返す。

 

「そうじゃの。確かにお主らはたどり着くじゃろう。ワシもそう信じておる。巣を壊し、骨竜を打ち倒し、遂にはあの霊竜シルトと妖精の生き残りを仲間に引き入れた! ワシの期待していた以上の成果じゃ。まさか、この朽ちた時代にここまでの強者が生き残っておるとは。本当に幸運じゃった」

「なら――」

「……じゃが、だからこそ、お主らをそのまま行かせる訳にはいかんのよ」

「……? どういう事だ?」

 

 そう言うと、ヤザンの白い手が俺の蛇の剣を、その刃の根元を掴んだ。

 鋭く形作られた刃は、しかし硬い骨を断つことはない。

 

「おい、何を――?」

 

 問いかけに返る声はなく、代わりに刃を握る手に、骨とは思えないほどの力が込められた。

 骨と刃の擦れる音が響き、その瞬間、俺の右腕は動きを止めた。

 

「……?」

 

 おかしい。右腕の――正確には握った剣の制御が利かない。

 まるで硬い岩盤に突き立っているかのように、剣は骨の腕によって固定されていた。

 どれだけ力を込めても、動かすことは叶わない。

 だというのにヤザンは剣を握った腕を引き、そのまま、刃はゆっくりと奥へとヤザンの方へと引き寄せられ――。

 

「こういうことじゃ」

 

 そう言うと同時に、ヤザンの頭は後ろへと振られ、そのまま漆黒の剣先へと自身の頭を叩き込んだ。

 固く握られた刃は一切止まることなく、するりと、呆気なく骨の眉間を貫いた。

 

「……は?」

 

 その瞬間、剣を固めていた骨の手から力が抜け落ち、嘘のように腕が軽くなる。

 咄嗟に蛇を解くと、眉間に大穴を開けた骨の身体は、がしゃりと音を立てて地面に崩れ落ちた。

 

「おい、ヤザン?」

 

 応える声はなく、目の前には紫の光も消えた骨があるだけだ。

 まるで何百年も前に死んだ誰かの骨が晒されているかのように。

 

 首を刎ねられても立ち上がった筈の男も、脳天を貫かれれば死ぬということなのか。

 いや、だとしても何故今、ここで――。

 

 驚き立ちつくしていたその時。

 目の前の骨の残骸から、紫の光が立ち上った。

 

「何……?」

 

 それまで白かった筈の骨の全てに、紫に光る紋様が浮かび上がっている。

 はっきりとは見えないが、それは魔法陣に描かれているような、複雑な紋様であることだけは見て取れた。

 

 次の瞬間には紋様は消え、代わりに骨たちが独りでに動き出し、接合を始めだした。

 細かな骨が繋がり手を作り、腕、肩と順番に繋がり、身体が出来上がる。

 そして最後に眉間に穴の開いた髑髏がその首へと乗せられ、砂の様な塵がその空隙を埋めていく。

 まるで巻き戻された映像でも見ているかのように、今死んだはずの骨が再生される。

 

 そして穴が全てふさがったのと同時に、暗い眼孔に、再び紫の光が灯った。

 

「……ふう。いつまで経っても、慣れぬもんじゃの」

「ヤザン、なのか……?」

「ああ。間違いなくの」

 

 先程までと何も変わらないヤザンの声でそう言うと、彼は頷いてみせた。

 

 ……今、確実に殺した筈だ。

 いや、それを言ったらもう二度、首が飛んだところを見てはいる。

 よく考えなくても普通の人間であれば間違いなくとっくに死んでいる。

 だというのにこいつは起き上がった。ということは――。

 

「見ての通りじゃ。ワシは、死ぬことができん。そういう存在に変えられた。そして、イグトゥナで待つ男もまた、同じ。……お主らがたとえ死地を乗り越えたどり着いても、無駄なんじゃ」

 

 そう言って、骨の男は両の手を広げる。

 

「ワシは、お主らが好きじゃ。こんな滅んだ、乾いた大地に似つかわしくない、愉快で、心優しい者たちじゃ。だからこそ、無駄死にをさせるわけにはいかんのよ」

「このまま進めば、俺たちは負けると?」

「ああ、そうじゃ。たとえお主が世界を滅ぼそうとした魔王でも、永い時を生き残った霊竜だろうと、それだけであいつは殺せんのじゃよ。何故ならば――」

 

 暗く仄かに灯る紫の眼が、こちらを刺し貫いた。

 

「これから向かうイグトゥナ地下監獄は、この国の王があやつを殺すために作りだし、その後十数年殺し続けた場所。そして、それでもあやつは死なずに生き続けた――文字通りの『不死』の牢獄なのじゃから」

 

 

***

 

 

 イグトゥナ地下監獄は、ルナの想像以上に根深くこの都市の地下に広がっているようだった。

 螺旋階段を下った先に広がる階層は、塔のある場所を中心に四方へと広大な空間が広がっていた。

 

 各方面へと広がる通路が伸び、その壁面には鉄格子が並んでいるように見える。

 果ては見えない。最盛期は一体どれだけの人々が収容されていたというのだろうが。

 今は当然、誰の姿も見当たらない。否、本当に一人もいないと困るのだけれど、驚いたのは混獣種も、あの肉泥も全く見えなかった。

 

「ここは、混獣種の影響を受けていない? でも、そんなはずは……」

 

 ここにはその元凶を名乗る男がいる筈だというのに、綺麗すぎるのだ。

 

 兎に角進んでいこうと、道の一つを選んで歩き始めようとしたとき。

 暗闇の中から光る眼が一対、浮かび上がった。

 

「――――っ!!」

 

 思わず身構えるも、そこから現れたのは猫であった。

 地上にいた猫たちより細く小柄に見えるその猫は、砂に汚れたみすぼらしい毛並みの黒猫。

 彼――或いは彼女は足音なくルナの傍へと近寄ると、そのまま脇を通り過ぎて進んでいく。

 ほんの一瞬だけ首をこちらへと向けて。

 

 ……ついて来いということらしい。

 そのまま彷徨うわけにもいかなかったルナからすればむしろありがたいと着いていく。

 

 複雑に広がる牢獄の迷宮を、黒猫は勝手知ったるように進む。

 他の人ならとっくに迷っていただろう。自分の記憶力に感謝しながら、ルナはもしものために頭の中で迷宮の地図を作り上げていった。

 

 そうして、しばらくが経ち。黒猫は通路の中に並ぶとある部屋に入っていった。

 追って入ると、そこに猫の姿はない。

 一瞬驚くも、直ぐにそこが更に地下へと続く階段になっていることに気が付く。

 更に深い、先がある。

 そしてそこからが長かった。

 

 長い時間をかけて石の階段を下っていく。

 最初こそ丁寧に舗装されたものだったが、だんだんと手で掘られた様な粗いものへと変わっていく。

 代わりに幅はやけに広い。これならシンジュでも通れそうだ。

 思い返せばこの地下監獄は入口からずっと、同じ幅で作られていた。恐らくは合わせて作られているのだろう。この先にある『何か』のために。

 

 前を行く猫は変わらぬペースで進み続ける。

 勝手知ったる動きは、何度もここを訪れている証だろう。

 ルナの小さな歩幅では追いかけるのに必死であった。

 

 

 そうして辿り着いた先――。

 

 

「……ここが」

 

 そこには入口と同じ、厳重に建てられた鉄の扉が鎮座していた。

 だが、その片方は破壊され通路の片隅にころがっており、今は大きな穴に代わっている。

 その奥がどうやら目的地らしい。

 覗こうとするも赤い布か何かがかかっているようで何も見えなかった。

 

 猫はもう一度こちらへと一瞥をくれると、そのまま中へと入っていった。

 後を追おうとして、一瞬だけ立ち止まる。

 この先に、この地方の惨状の元凶が待っている。

 ほんの一瞬だけ、息を呑んで。

 直ぐに皆のことを思い出す。

 

 ……皆のために、わたしができることを。

 

 意を決して部屋の中へと入っていった。

 そこに待っていたのは――。

 

「やあ、待っていたよ」

 

 全身を巨大な鎖で繋がれた、一人の男であった。

 

 

 

 

 

 

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