人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第66話 鎖の男

 

 

 一方、時を同じくして地下監獄のルナ。

 彼女はこれまでの旅路を全て、この場所に囚われた男へ話していた。

 そう、全てをだ。

 

 最初こそどこまで話すのか悩んだが、決して強い言葉も暴力的手段も使ってこない彼をひとまずは信じることに決めた。

 磔状態だから何かしようとしてもできないだけかもしれないが……、それこそミャオという巨大猫に命じればルナなど一瞬で倒せてしまうだろう。

 

 彼は本当に、ただただ知りたいのだと。ルナはそう思った。

 

 故に、話した。

 南東部に起きていた問題、修復者による暴力的な世界の改変。

 巨大化した魔獣たちが闊歩することで、文明は破壊され、弱き生き物が決して生き残れない――それこそ魔獣災害の時の様な有様になっていたこと。

 

 そして、その状況を打破するために、ルナは外法に手を出した。

 世界的に禁忌とされてきた特異主、魔王の復活。まさか本当に存在しているなんて思いもしなかったけれど。

 そこからの勇者エリ、イオの合流。

 新たな命であるヤマたちと、同じ禁忌の存在であるロアとの出会い。

 

 そして、誰も知らなかった真実――マナホールについても。

 

 全てを話し終えるのに中々の時間がかかってしまったが、男が話を挟むことは結局一度もなかった。

 それはまるで眠っているのかと思う程静かで。話を終えて顔を上げたルナはそこに死者がいるのかと思った。

 

「……うん。教えてくれてありがとう」

 

 ルナが話を終えてからもたっぷりの間をおいて、彼がようやく口を開いた。

 

「そうか、世界は本当に滅んでしまったんだね」

「……恐らくは。私たちはまだ大陸の南側しか見た事がありませんが、この状況では……」

「そうだろうね。それこそ、僕や君たちの様な存在が他にもいなければだけれど」

「……」

 

 そう言われるといる気がして怖い。いや、ここまで色々な存在と出会ってきたのだ。恐らくいるのだろう。

 できればそれが穏便な相手であることを信じて、そして目の前の男もそうであることを信じて、今度はルナから問いを投げかける。

 

「これがあなたの知りたかったことです。……次は、私の質問に答えていただけませんか?」

「うん? なんだろう。僕でよければ何でも答えるよ。どうせ君の仲間が来るまで時間がかかるだろうから」

 

 決死の問いに、彼は朗らかな声でそう答えた。

 やはりこの人はあらゆることを気にかけない人間なのかもしれない。

 隠すことなんて何もない。だって彼は死にたいのだから。

 もし彼に弱点と呼ばれるものがあれば、嬉々として喋っているのだろう。

 

「そうですね。では……」

 

 でも、それならば何故、外のことを知りたがったのだろうか。

 最早、気にする必要なんてないだろうに。

 ほんの少しの引っ掛かりを覚えつつも、ルナはずっと抱えていた問いを口にする。

 

「あなたが何故混獣種を生み出したのか、それを教えていただけますでしょうか」

 

 その問いに、男はしかし一瞬口を閉ざした。

 

 

「……やっぱり、それが気になるよね」

「駄目でしょうか……?」

「ううん、駄目じゃないよ。なんでも答える。それは変わらないさ。ただ――」

 

 そう言って彼が浮かべたのは、困惑に近い笑みであった。

 身じろぎをしたのかがちゃがちゃと鎖の音が鳴り響く。

 

「ちょっと、恥ずかしいんだよ。なにせ、自分のことを話すなんて、久しぶりだからね」

 

 そう言って、彼は教えてくれた。

『彼』という存在がどのようにして生まれ、混獣種と呼ばれるものを作っていったのかを。

 奇しくもそれは、遠く離れた場所でヤザンが語り始めたものと同じであった。

 

 

***

 

 

 この国の始まりは知ってるかい?

 まだ連邦と呼ばれる騎士たちの国が生まれる前。この地がまだどこまでも続く草原に覆われていた時代の話だ。

 

 当時この南西地方は北を妖精が、東を獣人が押さえ、広大な中間地帯は殆どが魔獣、そして竜の支配下にあった。

 まだ国なんて大きな共同体が生まれる前の時代だ。

 そこに初めて誕生した国が、エルドという国だった。

 

 その国を興したのは、とある獣人の青年。彼は作物や狩りの記録を管理する蔵書庫の管理人だった。

 要は当時とても珍しい、識字ができる存在だったそうだよ。

 

 そして、彼につき従った男が一人。

 獣人の集落に襤褸切れのように倒れていたというその男は、当時大陸南西部に暮らしていた人間だっていうんだ。

 つまり魔獣や竜の支配域を身一つで乗り越えてきたのだと。

 

 そんなことあり得ないだろう?

 当然誰も信じなかったようだけど、彼はその異常な身体能力でそれを証明した。

 人間にはあり得ないほどの力で集落の長を打ち倒し、魔獣を屠り、遂には村を襲った獣竜を撃退して見せたんだ。武器と呼ぶのも烏滸がましい、金属の棒きれ一本で。

 

 そう、この男こそが、後に至天と呼ばれ騎士の始祖となった人だ。

 

 獣竜退治をきっかけに、獣人の青年は男に家を与え、馬を与えた。

 金属の棒きれを武器に――剣へと磨き上げ、その扱いを覚えさせた。

 そして、当時誰もなしえなかった、否、想像すらしていなかった偉業を成し遂げさせたんだ。

 

 それはこの地方の絶対支配者、霊竜の討伐。

 実際は痛み分けだったと聞くけど、それでもたかが人間が竜と互角に戦い、遂には認められたんだ。

 以降長い歴史を見ても、達成したのは彼だけ。凄まじい偉業だよ。

 

 竜の加護を得た至天と青年は、名乗りを上げた僅かな勇士たちとともに空白の中央地帯、魔獣の巣を切り開きこの地方初の国家を作り上げたんだ。

 揺り籠(エルド)と名付けられたその国は、至天が竜を倒した武器――剣を象徴とし、数多の騎士を産み出した。

 広大な草原を渡る武力、騎士を得たエルドは、青年と至天の命が尽きるその時までに、南西地方の二割を占める巨大国家まで成長したんだよ。

 

 それが騎士国家の始まりだ。

 そこから長い時間が経ち、南西地方には、他がそうであったように数多くの国家が乱立した。

 至天とエルド王が作り上げた騎士という『武力』は地方全てに広まり、日夜広大な草原のどこかで戦争が起きる乱世へとなっていた。

 

 その乱世を治め、『独立騎士国家連邦』を作り上げた傑物がいたんだ。

 それを成したのが奇しくもエルド王と至天と同じ、一人の王と一人の騎士。

 私生児として生まれた王子と、禁忌として迫害された魔人の子。互いに戦争に恨みを抱いていた彼らは、当時五つに割れていた国家群を纏め上げ巨大な一つの国を作った。

 

 歴史の終わりまで語り継がれる賢王――初代統王。

 僕の遠いご先祖様だ。そして彼の矛として数多の戦を勝ち抜き、後に樹冠の騎士第二席として認められた騎士。

 

 この二人の傑物によって戦乱は全て治められ、五つの国は首長国として纏まることに同意した。独立騎士国家連邦の誕生だ。

 ただそれには、北の妖精種や同時期に大国として纏まりはじめた他地方に対抗するためという理由も大いにあったようだけどね。

 ともあれ、この地方はこの四人の英雄によって巨大国家として纏まり、数百年続く平穏を手にしたのである――表向きは。

 

 

 この統一から、約100年ほどが経った頃。

 連邦を揺るがす大事件が起きた。

 五つの首長国の一つ。遊牧の国トゥリハが一夜にして滅びたんだ。

 

 ……そう、流石に知ってるんだね。ちゃんと未来まで残ってたんだ。

 ご存知の通り、彼らはこの世界における禁忌、妖精の奴隷化を行っていた。

 人間、獣人、妖精。知性あるこの三種族は互いを尊重し、警戒し、絶妙な距離間を保ち続けていた。一度その均衡が破られれば、どれか一つの種族が、或いはすべてが滅びるまで終わらない戦いが待っていると、わかっていたから。

 

 でも、その均衡がトゥリハによって破られたんだ。

 まだ幼い妖精やはぐれた個体であれば簡単に捕えてしまえるほどに人の、騎士の力は高まっていた。そして美しく長い時を生きる妖精に不老不死というありもない願望を押し付ける者たちは、古くから存在していたんだ。

 

 当然妖精たちは激怒し、トゥリハだけでなく連邦全体への全面戦争をしかけようとした。世界初の種族間大戦の危機だよ。

 他の四大地域の国々もそれに賛同した。それだけこの国の領土は広く、そして肥沃だったから。

 

 でも、戦争は事前に防がれることになる。

 

 賢王の再来と呼ばれる六代目統王――ハリド王が、配下を使ってトゥリハを自ら滅ぼしたからだ。

 トゥリハの蛮行はあくまで独断。

 連邦はそんな悪行を決して許しはしないと。

 たった一夜で同胞を徹底的に滅ぼして見せたハリド王に、流石の妖精も手を出すことはしなかった。

 

 こうして世界最悪の種族間戦争は防がれ、六代統王ハリドは世界を救った名君として歴史にその名を遺したのさ。

 

 ……まあ、それは嘘なんだけれど。

 

 

***

 

 

「……え?」

「ああ、嘘と言っても歴史に名を残したのは事実だよ。トゥリハを滅ぼしたのもね。違うのは、その元凶だ」

 

 急に始まった歴史の講義。

 その殆どを、ルナはよく知っていた。

 

 この地方に来る前にランバと一緒に調べていたし、旅の最中に皆に話していた内容だからだ。

 始まりの国ユルドから続く騎士の国の物語。『樹冠の騎士』と呼ばれた至高の騎士たち。

 そして、世界が終わるまで続いた人間と妖精の対立の原因となった、トゥリハの妖精狩り。

 今彼が語ったことは、紛れもない史実だ。

 そこに嘘なんてあるはずが――。

 

「だって――数多の妖精狩り。その本当の元凶は、トゥリハを滅ぼした六代目統王。ハリド王その人だから」

「えっ、ええ……?」

 

 だが、会ってからずっと変わらない、なんてことない様な声色で男は告げる。

 歴史の、隠されてしまった汚点を、真実を。

 

「そんなことが……? だって、ハリド王はその妖精狩りを最も弾圧した人物の筈では?」

「よく知っているね。そりゃあ、表向きはそうするさ。彼は王だからね。国が疑われた以上、それは晴らさなければならない。でないと世界中が敵だよ? でも、事実は違う。誰よりも不老であることを望み、妖精を手にかけたのは、ハリド王その人だ」

「そんな、ことが……」

 

 ありえるのだろうか。

 だが、嘘を言っているとも思えない。そもそも嘘を吐く理由がないのだ。

 ここは彼の語った歴史の遥か未来。配慮すべき誰かなんて、もう残ってはいないのだから。

 

 だからこそ、彼の語る言葉がどんどんと理解できなくなってくる。

 自分の知る――集めてきた歴史が違う。あり得る、というよりは当然のことなのだが、こうして直面すると驚きよりも混乱が勝る。

 だがそんなことお構いなしに、男は話を続けていく。

 

「彼は、ハリド王は誰よりも賢く、正しかった。初代統一王の再来と言われ、その治世は平穏そのもの。皆が願ったよ。このまま永遠に、彼が王であれば、と。……だから、狂ってしまったんだろうね」

 

 才能ある人間だからこそ強く抱える、老いへの恐れ。

 それが歴史に名を遺す名君ならば、猶更だろう。

 故に彼は狂気に堕ちた。

 半永久の時を生きる妖精の神秘に近づくために、よりにもよって外法に手を出した。

 

「トゥリハは妖精圏に最も近い北の首長国。彼はトゥリハの兵士を使い妖精を捕え、解剖し、その神秘の理由を徹底的に調べ上げようとしたんだ。最悪なことに名君は外法の分野でも飛び抜けていてね。トゥリハを滅ぼしたその頃には、幾つかの手段を見つけていたんだよ」

「手段、ですか……?」

「ああ。人を不老に変える手段、だよ」

 

 不老にも種類がある。

 妖精や、エリの様な魔力で編まれた身体を持つ者たち。

 かつての魔王のように魔術で意識を移し替える疑似的な不老もあるだろう。

 高位の魔獣たちには肉体でありながら、喰らった肉で自身の身体を無限に再生し保つものもいる。

 

 そもそも創世の始祖たち――始まりの三族は寿命の概念がないという。

 方法は様々だが、どれも不老といっていい。

 そういった不老に至るために、ハリド王は一体何をしたというのか。

 

「その中で彼が実際にやったことは二つ。肉体の不滅化と、魂の固定だ」

「不滅に固定……それはどういったものなのでしょうか?」

「そうだよね。順に話すよ。先ずは、肉体の不滅化の方だ」

 

 ハリド王がまず初めに考えたのは、魔人と呼ばれる後天的な不老の再現だ。

 その人の持つ魔力が規定量を超えた場合に起こるといわれている、肉体から魔力体への変換事象。

 それを実現するために先ず試すのは、人一人に限界量を超える魔力を注ぎ込むことだ。

 

「被験者は三人。全員罪人だったけど、即死だったそうだよ」

 

 ただ魔力を注ぎ込むだけでは駄目。

 それはそうだ。注ぐだけでいいのならば、例えば竜の熱線を浴びたものは――殆どが焼け死ぬことは置いておいて、全員が魔力体に変わるということになる。

 何か要因がある。ハリド王は、その原因に対し二つの答えを見出した。

 

「それは『肉体』と『核』。魔人になる者たちは、普通のヒトとは何かが違うと考えたんだ。魔力注入に耐えられるほどの強靭な肉体を持っているのか、もしくは核が他の人とは違うのか。……だから、調べた」

「調べた……それは……」

 

 幸い、実験に使える素材はいくらでもあった。

 首都には巨大な監獄が存在し、ハリド王は国を一つ潰したばかりであったから。

 

「自国の民で、人体実験を……? そんなことが許されるのですか……?」

「許されたさ。何せトゥリハは世界の敵で、彼の国だった。沢山の死体を――本当に死んでいたかは別として、持ち帰ることに誰も疑問を抱かなかったさ」

 

 勿論その行先は――。

 

「そんな……」

 

 あまりにも非人道的行為。

 だが、狂気に堕ちた王には最早倫理など何の意味も持ってはいなかった。

 

「多くの騎士が、民が犠牲になったと聞いたよ。でも、そのおかげで王は見つけたんだ。不老不死になる方法を」

 

 それが肉体の不滅化だと男は言う。

 

「数多の騎士を使い潰した彼は考えたんだ。魔人化の秘密は、どうやら核にあるとね。魔人へと変化する人は、それに耐えられるだけの核を元から備えて生まれてきている。そうでない人が魔人化することはあり得ないと。だから、彼は核の移植を試みたんだ」

「今度は核を移植……? そんなことをして、無事で済むというのですか?」

「済まないよ。……いや、()()()()()()()

 

 核という器官が見つかってから、その移植には多くの者たちが挑んできた。

 体内の魔力を操り生成する器官。この器官で人は大気中の魔力を取り込み、魔法を生み出す。

 そして核には属性と呼ばれる分類が存在する。

 その中にはロアが扱うような金属魔法など、特異な魔法を操ることを可能にする核が、ごくわずかに存在するのだ。

 

 治療のため。希少性のため。そして何より他者を凌駕する力を得るために。

 不老不死と同じくらいに、他者の核を移植できればと願うものは多くいた。

 だが世界はそう簡単にはできていない。

 核を移植したものは、そのことごとくが急死を遂げた。

 

「当たり前だよね。僕らの身体は、核を一つだけ持っていることを前提としている。無理矢理増やしても、身体が耐えられるはずもないんだ。耐えられるなら、とっくにそう変化している」

 

 だが、王の企みには核が複数入る身体が必要になる。

 ならばそのためには『壊れない身体』が要る。

 

「彼はとある魔獣の死骸を手に入れたんだ。他者の肉を喰らい、それで自身の身体を再生して永い時を生きるという不思議な特性を持った魔獣をね。その魔獣の肉を、生きた人間へと移植した。他人から奪い取った核と一緒に」

 

 無限に再生する肉ならば、二つの核にも耐えられるのではと、そう思ったのだろう。だが――。

 

「それは、なんて……」

 

 おぞましいことだろうか。

 自分が死にたくないという願いのために国を滅ぼし、世界に数百年以上続く災厄の種火を落とし、他者の身体を散々に弄り倒した。

 個人の歪んだ願いによって、世界は全く異なる道を歩んでしまったことになる。

 

 そして、ここまで来てルナにもようやく話が見えてきた。

 彼が何故、この狂王の話をずっと続けていたのかが。

 他者を喰らい、自身の肉体とする。――それはこの地方で戦い続けてきた、混獣種の生態そのものなのだから。

 彼はずっと、ルナの問いに答えていただけなのだ。どうやって混獣種が生まれたのか、と。

 そして、その元凶だというこの男は――。

 

「もう、わかっただろう? この時弄られた人間が、この僕だ。結果は見ての通り、僕は不老不死になった。埋め込まれた核と魔獣の肉は混じりあって僕の身体を作り替えたんだ。いくら破壊しても再生し、どれだけ時間が経っても朽ち果てない身体に」

 

 彼が身体を動かし、鎖の音が鳴り響く。

 身じろぎしたにしてはやけに大きな音に驚くも、彼は変わらずに語り続ける。

 

「でもそれは王の望んだものではなかった」

「……? それは何故ですか? あなたはこうして生きています。れっきとした不老不死になれるのですから……」

「確かに不老不死だ。でも、僕の身体は、あまりに異形だった」

「異形、ですか?」

 

 ルナから見ても、男の姿は普通の人に見える。

 確かに髪は伸び、長い間拘束されていたからなのかみすぼらしくはなっているけれど。

 

「そうか。良かった。ならうまく削れていたみたいだね」

「削る……? あの、一体何を……?」

 

 意味の分からない言葉に首を傾げるルナに、男は微笑む。

 

「ごめんね。分からないよね。本当は、見せる気はなかったんだけど、まあいいかな……ミャオ」

 

 彼が声をかけると、ずっと隅で寝ていた巨大猫が起き上がった。

 優雅な足取りで彼へと近づき、その身体を覆っていた天幕を咥えて動かした。

 

「一応言っておくけど……驚かないでね?」

「……?」

 

 そういえば何故だか掛かっていたその天幕。

 彼を風化から守るためなのだと勝手に思っていたけれど、本来の用途は変わらず()()()()であったらしい。

 そんなことを考えているうちに、片側の天幕が開かれ、隠されていたものが露になる。

 

「――――あっ」

 

 天幕の向こう側にあったのは、石壁――ではなかった。ある筈の壁は途中から途切れ、四角い石枠のようになっている。要は彼の身体の後ろにあるはずの壁に大きな穴が開いているのだ。

 どうやら、天幕の奥にはもう一つ部屋があったらしい。

 だが、その部屋の中は見えない。

 暗いからではない。猫や鎖に隠れてしまっているわけでもない。

 

 なぜならばそこから先は全てにぎちぎちに詰まった赤黒い塊――肉で埋まっていたからだ。

 そして、その肉の中心に埋まるようにして、男の姿があった。

 

 ルナが先程まで会話していた男は、見上げる程の巨大な肉の中に身体を埋めた上半身だけの人間だったのだ。

 

「……っ!?」

 

 赤黒い血管の浮き出た肉の塊。混獣種の巣で何度も見たあの不思議な肉塊。

 てっきり壁にあったものが朽ちて落ちていただけかと思っていた足元の鎖は、肉塊がこれ以上外へと出ない様に縛り付けるためのもので。

 それがなければ今にもこちらへと溢れ出てきそうなほどの質量の肉が、そこにはあった。

 

「……なんですか、なんなんですか! それは」

 

 思わず叫ぶルナに、男はやっぱり駄目だったと微笑みながら手を広げる。

 

「これが僕の身体だ。どれだけ傷ついても、欠けても、無限に再生する『不死の肉』を与えられた男の姿だ」

 

 こんな身体になりたいとは、流石の賢王も思わなかったよと男は呟く。

 

「…………」

 

 驚きと混乱で、ルナはただ立ち尽くすことしかできずにいた。

 あまりにも、あまりにも情報が多すぎる。

 探し求めていた混獣種の、この地方に起きている問題の元凶は、そう呼ぶにはあまりにも穏やかで、知性があり、そしてあまりにもおかしな異形であった。

 その事実に、情報量に、ルナは押しつぶされそうになっていた。

 

 そんなルナを、男は一旦休ませてくれた。

 しばらくの休憩の後、ようやく気持ちに整理をつけて顔を上げたルナを見て、男は再び会話を始める。

 

「ねえ、君。君は治療魔法を受けたことはあるかい?」

「……いえ、ありません。ですが治療を行ったことはあります」

 

 マンタの治療に、チビルナたちやカルメの再生もその一つだろう。

 

「そっか。ならわかるはずだ。魔法はその力をもって肉体を再生させる。でもさ、その再生は何を基準にして行われるんだろう」

 

 肉体を本来の姿に戻す治療魔法。

 その多くは剣や爪などに裂かれた肉や、折れた骨の接合に使われる。

 特に骨は粉々に砕かれる程の重症になる場合もあるが、治療魔法はそれさえも綺麗に元通りにしてしまう。

 時を操るかのごときその御業は、魔法の中でも飛び切り神秘とされる業だ。

 

「魔法は怪我をする前の状態に身体を直してくれる。不思議だよね。身体が()()であるなんて、自分だって正確には覚えていないのにさ」

 

 確かに、それはルナも疑問に思ったことがある。

 彼女は仲間を修復した。

 ただその中には部位を欠損した者もいたのだ。

 そしてその全員が、今は綺麗に修復されている。

 

 ルナはそれが装置に記録された初期状態に直していることを知っている。

 だが、人体の場合は――いったい()()記憶しているのか。

 

「多分、身体のどこかに刻み込まれているんだろうね。人の身体は『こういう形』だっていう情報がさ。でも、それが僕にはないんだ」

 

 男は、肉に埋もれた右腕を動かした。

 それに合わせて大本の肉塊が蠢き、鎖の音が鳴り響く。

 動く度に鳴る鎖の音は、こうして発せられていたのだとルナは知った。

 

「例えば腕を切り落としたとする。普通の身体は、その断面を繋ぎ合わせない限り直さないだろう? 魔法でも同じだ。でも、僕の身体はそうじゃない。繋げちゃうんだよね、勝手にさ。ほら――」

 

 言葉とともに、彼の背から腕が()()()()()()()

 

「こんな風に」

「……っ!?」

 

 これ、昔斬り落とされた腕なんだよねと、なんてことないように彼は言う。

 

「切り落とした足を離れた場所に置かれたこともあった。そうしたら、両方の断面の肉が伸びてね。僕は片側だけ身長が倍に伸びたよ」

「……待って、待ってください……」

「多分、元の魔獣の情報が残っていて身体が混乱しているんだろうね。僕のこの身体には、直して戻すべき『本来の姿』なんてものはないんだ。だから無限に再生するし、無限に肥大化してしまう。その結果が、今のこの姿だ」

「…………」

 

 折角思考を整理できたのに、このざまだ。

 混乱中の頭で必死に考える。

 

 先程、この男は『削った』と言った。

 つまりはルナとこうして話をするために、人間らしい上半身を作り出したということだ。

 このミャオという猫と、恐らくヤザンも手伝って。

 

 ルナを怯えさせないために、そのためだけに自分の肉を削ぎ落としたと彼は言っているのだ。それは、あまりにも崩れ切った倫理観だ。

 そしてそもそもそうしなければ、人間らしい姿形もしていないということでもある。

 

 あまりの真実に、ルナの視界は揺れる。

 震えなどしない筈の身体が小刻みに動いている気がする。

 

(……落ち着かなければ……)

 

 この男にルナを害するつもりはないだろう。それは信じられる。

 だが、それでもルナは今すぐここから逃げ出したかった。

 それ程までに、目の前にある人類の所業から、眼を逸らしたかった。

 けれどその足元を崩すように男は容赦なく言葉を続ける。

 

「王は絶望しただろうね。ようやくたどり着いた不老不死が、こんな欠陥品だったんだ。不要だと処分しようにも僕は死ねない。欠陥だろうと、不死は不死だ。それでも何度も殺されたんだけどね。遂にはここまで肥大化して、ようやく王は諦めたよ。代わりに僕を閉じ込めるために、地下にこんな大きな監獄まで作った」

「イグトゥナ地下監獄に、そんな由来が……」

「ああ。彼は絶対に僕が生きていることが知られてはいけなかった。そのための隠れ蓑に、多くの人たちが投獄されたとも聞く。……本当に、愚かな人だ」

「どうしてそこまで……?」

 

 殺さなければ復讐されるからだろうか。

 相手は不老不死。長い時間をかければ、なんだってできるだろうから。

 だが、こうして封じられているのだから、そこまで心配する必要も――。

 

「ああ、それはね。僕は彼の何よりの汚点で、最大の欠点でもあったんだ」

 

 ルナの問に、男は悲しそうに顔を伏せた。

 それは、出会ってから一番彼の感情が見えた瞬間のように思えた。

 

「だって、僕はそのハリド王の長子――ナウファル=エルドなのだから」

 

 

 

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