人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第70話 樹冠の騎士

 

 

 

 地下深部のイグトゥナ地下監獄。

 そこでルナは一人、天井を眺めて過ごしていた。

 

 三日前。ナウファルに頼まれて皆との日々を話している途中で、彼は突如眠りに落ちた。

 本当に、何の前触れもなく彼は口を閉ざしたのだ。

 何が起きたのかと驚いていたら、ミャオが起き上がりルナをこの部屋へと連れてきた。

 

 そのまま扉を閉じられてしまい、出ることも出来ずに三日が経っていた。

 ……自分だから良かったものの、他の人達では餓死していたかもしれない。

 不老不死の彼らはどうしても常人とは異なる感覚を持っているのだとルナは思い知った。

 

 そして今、地響きが何度も繰り返し起きている。

 直ぐに皆が来たのだと分かった。

 だが特殊な防護処理がされているだろうこの部屋からは通信も届かない。

 

 恐らく、地下監獄全体がそうなのだろう。

 出来そうなことはすべて試した。今は無理だが、きっかけさえあれば出来ることもある。

 そのためにも、信じて待つしかできない。

 

「……皆さん、どうかご無事で」

 

 再び揺れた天井を眺めながら、ルナは一人呟くのであった。

 

 

***

 

 

 1000年より前から大切に保存されてきた歴史の遺産。独立騎士国家連邦の象徴にして、剣の巣と恐れられた暴力が座した場所――その名はイドラ宮。

 その外れで、暴力を具現化した二つの巨体が激突していた。

 

『――――!!』

 

 シンジュの巨体が吼え、剛腕など遥かに超える膂力で木剣を振るう。

 シシカの身の丈以上の巨木が、不可視の速度で振るわれるのだ。

 大気を、地面を抉り取る一撃は掠るだけでも混獣種が千切れる威力。

 

「――――」

 

 逆袈裟に振り上げるその一撃を、しかし獣の騎士は右の斧だけで弾き打ち上げ、軌跡の下へと潜り込んで回避する。

 四つん這いに倒れ込んだその姿勢は、普通の騎士なら行動不能の死に体。

 だが、相手もまた常識外。崩れ落ちたその姿勢から一気に飛び上がると、左の斧を一閃。

 逆にシンジュの胴を深く切り裂いた。

 

「シンジュ!」

 

 ヤマの悲鳴が上がり、彼女の魔力がシンジュの身体を包み込む。

 割かれた断面から木が再び伸び始め、彼の傷を直ぐに塞ぐ。

 それと同時にシンジュの髪が爆発的に成長し、鞭のようにしなって両脇から宙空の根断を襲った。

 

「――――!!」

 

 素早く身体を回転させシンジュの足を蹴り飛ばし、飛び退く根断。その着地地点にシシカが木の杭を隆起させ追い打ちをかける。

 間断なく立ち上がり追いかける木々を、根断は強靭な四肢で地面を蹴って避けていく。

 騎士とは名ばかりの獣の如き動きで、しかし騎馬を超える速度でぐるりと駆け抜け、シンジュへと再び迫る。

 

 ――樹冠の騎士・根断。彼には魔術や呪いといった特殊な能力はない。

 

 ただし、彼には特異な肉体があった。

 複数の獣人の血が混ざった混種。その肉体は、あらゆる獣の長所を集めたかのような強靭さを発揮した。

 種族による繋がりの強い獣人種において彼は何処にも属せない半端者。だが、こと騎士としては最上の肉体を有していたのだ。

 

『――――!!』

「――――!!」

 

 駆け抜けた勢いのまま振るわれた両の斧とシンジュの木剣が激突し、その余波で周囲の木々が、騎士たちが吹き飛ぶ。

 ただの剣撃が、砲撃戦の様相を呈し始めている。

 

『……っ、ああ、もう!!』

 

 その衝撃に足元を掬われそうになりながら、シシカは木々を操る。

 この作戦で、最も仕事量が多いのは彼女と言っていい。

 ヤマと一緒に近づいてくる混獣種や騎士を相手にし、単独で遠隔での樹狼操作も行っている。

 恐らく、世界で上から数えた方が早い怪力たちの戦いをサポートしながら、だ。

 

『無茶言うわ……!!』

 

 それでも、シシカは続けた。

 全ては作戦遂行のため。その先で繋がる、シシカたち妖精の悲願のために。

 そして、死力を尽くした成果は、無事に現れてくれているようだった。

 

『……イオ、聞こえる?』

 

 耳につけていた通信装置に触れ、シシカは問いかける。

 恐らくはまだ狙撃位置に居るはずの、我らの目へと。

 

 

***

 

 

「はいはーい」

 

 シシカからの通信に、イオは呑気な声を返す。

 事実、彼女は比較的余裕のある位置にいたし、余裕を保つ役割を担っている。

 

『中央の状態はどう? そろそろだと思うんだけど』

「ちょっと待ってねーっと」

 

 会話の合間に混獣種を一体狙撃する。

 ぶち撒けられた土と水でどろどろになった地面は混獣種と騎士の死体で溢れている。

 背の低い混獣種だと、生きているのか死んでいるのか咄嗟に判別がつかない程だ。

 こうして外から見て思うが、妖精の戦い方は随分と()()

 かつての人妖大戦の跡は、植木屋たちも真っ青な汚泥の沼となっていたのだろう。

 

 スコープ越しのイオの視線は、その更に奥、岩の壁の向こうに広がるイグトゥナ都市内部へと向けられる。

 とは言っても、高層建築物だらけのこの都市では碌に視線は通らない。

 だから今回は視線を借りることにした。

 

 リヴラ謹製の小型飛行機。それにカメラを取り付けて都市中に放っている。

 シシカの樹狼と合わせ、これで都市の内部情報はある程度把握できるはずだ。

 そして今調べるべきは――

 

「……うん、大丈夫かな。少なくとも屋上に弓兵は見当たらないよ」

 

 樹狼や挟撃した我々に釣られていない()()()()がいないかどうかの確認だ。

 シシカが樹狼を都市に放った最大の理由が、この狙撃手潰しのため。

 我々の本命を防げる弓兵――狙撃手を徹底的に潰さなければならなかったから。

 

「流石に建物の中までは調べられないけどね」

『わざわざ隠れてくれてるなら好都合よ』

「ははっ、そりゃそうだ」

 

 答える合間にランバへ支援の狙撃を放つ。

 少し遅れたが問題なく倒しているようだ。やはり司書を名乗るあの男は強い。この後命を預ける相手としては十分なほどに。

 安堵の思考を直ぐに切り替えて、通信先のシシカの依頼に集中する。

 

「それじゃ……合図を送るよ?」

『ええ。お願い』

 

 次の作戦――本命へとつなげるために。

 合図を送ろうとスコープから目を離した、その瞬間。

 真横から閃光とともに爆発音が鳴り響いた。

 

「――――っ!?」

 

 それは、万が一のために設置していた指向性の爆雷。万が一混獣種や騎士がイオを直接狙ってきた時のためのものが作動した。

 

 ――襲撃あり!

 

 爆破に反応したイオが横を振り向くと、数メートル先に広がる粉塵と、こちらへと飛び込んでくる一人の槍騎士だった。

 

「――――速っ」

 

 爆発に充分反応できる距離に置いたはずが、もう既に槍の射程に入っている。

 それも何故か禍々しく赤く光る異様に長い槍の。

 

 その特徴は、ヤザン――ではなくランバに聞いてよく知っていた。

 

 赤く輝く特徴的な槍は、渦を巻く火の魔力の発現。

 赤熱するほどの高温と石壁を難なく穿つ技量から放たれるその刺突は、分厚い魔獣の外皮も皮下帯も一撃で貫き死に至らしめるという。

 人よりも対魔獣に特化したその槍術で、世界最大の大災厄『魔獣災害』を勝利に導いた魔槍の使い手。

 かの剣の乙女の同行者だったがために恐らく世界で最も名を知られ、樹冠の騎士という存在を世に知らしめた立役者。

 

 樹冠の騎士第八席。忠義の槍騎士・赤枝。

 

(――ここで来るの!?)

 

 着任後すぐに魔獣災害が起きたために騎士でありながら馬に乗れず、どの騎士団にも所属しなかったという彼の行動は予測しきれてはいなかった。

 てっきり他の騎士たちと同じく挟撃部隊のどちらかに現れると思っていたのだが、まさかここで背後から狙撃手を潰しにくるとは。

 

 魔獣を吹き飛ばす威力の爆破罠を無傷で乗り越えてきた赤枝の槍は、伝説通り真っ赤に輝いている。

 穂先の周囲は赤い光が渦巻き、触れただけで肉がそぎ落とされそうだ。

 

 イオが接近に気が付き立ち上がろうと床面に手をついた瞬間には、その槍は凄まじい速度で振りぬかれていた。

 真っ赤な軌跡が城壁の上を瞬き走る。

 だがそれは、イオの身体に触れる直前で、ぴたりと動きを止めた。

 同時に彼女の周囲の空間に罅が奔り、光を反射する分厚い膜の破片が周囲に飛び散った。

 

『――――!!』

「ナイス行動保障!」

 

 リヴラ謹製の防御障壁。他と比べても身体が脆いルナとイオは、この地方に来てから緊急時の防護策として常備していた。

 一撃で破壊されるとは思わなかったが、救世の英雄の一撃を防げたのなら十分だ。

 稼いだ時間でイオは、前へと――遥か下の地面へと飛び込んだ。

 腰から引き抜いた単発式の拳銃を天へ向けて。

 

「魔王様、頼んだよ!」

 

 引き金を引くと、空を昇る赤い閃光が、長い尾を引いて天へと昇っていった。

 

 

***

 

 

 都市で爆発が起きたのを、上空を歩きながら眺める。

 状況はどうやら良くない。

 予定通り混獣種や騎士は東西に誘導し、二箇所で戦闘に入れてはいるようだが、樹冠の騎士たちが現れ始めた。

 それでも個々の戦力だけでいえばこちらが有利だが、数ではあちらが圧倒的だ。

 このまま消耗戦となれば間違いなくこちらが不利。

 

「急がなければな……」

 

 やはり元を――ナウファルの不死を絶たねば終わらないらしい。

 とは言いつつも、もう残りの骨竜はあと二体だけ。

 射出杭を装填し、シルトが運んできたその内の一体へと飛び込む。

 差し出された頭蓋を打ち砕き、シルトの熱線で焼き殺す。

 これで残り一体だ。

 

『――――!!』

 

 最後の一体をさっさと倒そうと狙いを定めたその瞬間、大気を震わせる咆哮が響き渡る。

 

「……来たか」

 

 咆哮だけで空気を揺るがす圧倒的な存在感。

 凄まじい魔力の塊が、北の空からこちらへと飛び込んでくる。

 それはシルトと空中でもみ合うように戦っていた最後の骨竜に激突し、その衝撃で首がもげた骨竜は遥か下方の海へと墜落した。

 

『――――』

 

 眼前に現れる、漆黒の骨の竜。

 かつての霊竜、その成れの果て。樹冠の騎士に並ぶこの地方最大の脅威がようやく現れた。

 こっちはこれからが本番だ。

 同時に、都市入口から上がった赤い閃光を見つける。

 

 ――そして、俺たちの作戦もここからが本番。

 

「ロア、いいぞ」

『おう!』

 

 合図を送ると、都市南側に広がる海に動きが起こる。

 小型の船が波しぶきを上げ、海岸沿いをすべるように進んでいく。

 そこに乗るのは運転役のチビルナたちと、ロア、そしてヤザンとカルメの三人組だ。

 

 彼らこそ、今回の作戦の要。

 都市の守護部隊を俺たちで徹底的に引き付け潰し、監獄への、ナウファルへの道をこじ開ける。

 そして本命の三人組が地下監獄へと潜入してナウファルの不死を止めに向かう。

 これこそがヤザンの立てたイグトゥナ攻略作戦である。

 

 最初の熱線で塔は破壊した。

 地下にあるという入口にもそのまま入れるだろう。

 だが――。

 

「気を付けろ。まだ、至天が見えていない」

 

 この作戦での最大の不安要素が、樹冠の騎士たちの動きであった。

 彼らは騎士の中でも特権階級であるが故に、普通の騎士とは違う規則で動く。

 故にいつどこで現れるのかが予測できていなかった。

 至天は黒竜に乗ってくると思っていたのだが、その予想は外れた。

 そうなると可能性が高いのは、頂点たる騎士が担う最重要任務――自分たちの王を護ること。

 

「中で待ってるかもしれない」

『それなら、望むところよ』

 

 カルメの強い言葉が返ってくる。

 ヤザンとの短い旅を終えた彼女が何を得てきたのかを俺は知らないが……。

 

「任せたよ」

『ええ。任されました!』

 

 敗北を知った彼女がそう言うのだから、否定する理由はない。

 目の前の骨竜をさっさと殺して、追いつくだけだ。

 通信を終えると、轟音響かせ激突を続ける骨竜たちに向け、蛇を展開して駆け出した。

 

 

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