人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第71話 切開

 

 

 海岸へと辿り着いたロア達は、上空と背後で繰り広げられている激戦を無視して無残に崩れた塔の跡へと走り抜けた。

 少し前まで張りぼての塔だったそれはシルトの熱線で分厚い壁も金属扉も完全破壊されており、融解しかけているその下を潜り抜けて地下へと飛び込んだ。

 

「ワシが案内する。続け!」

 

 妖しく光るヤザンが先頭を駆け、そのすぐ横にカルメが並ぶ。

 暗視ができる二人は問答無用で進んでいき、ロアは明かりを放ちながら必死にその後を追っていた。

 地下牢獄は暗く、深く、砂漠の熱も届かない。

 そして今は誰の姿もなく、地上の戦闘の余波が弱く響くだけの、驚くほどの静寂が広がっていた。

 

「広いな、おい!」

「迷ったら出られんぞ。そのつもりでついてこい」

 

 一切減速することなくヤザンは言う。

 骨の身体のどこにそんな力があるのか、カルメと変わらない速度で石の牢獄内を走り抜けている。

 そして宣言通り、ヤザンは通路を幾度か曲がって進む。強化魔法は記憶力までは補助してくれない。既にロアは帰り道が分からないから追いつくのに必死である。

 

 そうして走って、しばらく。

 ヤザンが通路を曲がったかと思うと、いきなり足を止めた。

 

「うおっ……とと。なんだ? 一体――」

「お出ましじゃ」

 

 問いかけには、驚くほど低い声が返ってくる。

 前二人の隙間から覗いてみれば、そこには想像通りの黄金色の鎧姿。

 

「――――」

「至天……」

 

 赤黒く汚れた鎧の黄金に、ロアの明かりを反射して眩く輝く剣の黄金。

 永い時を経て蘇った至高の騎士最後の一騎は、通路の真ん中でロアたちを待ち構えていた。

 

「やっぱり居やがったか」

「簡単には行かせてはくれぬの」

「……予定通り、わたしが相手をします。二人は、先へ」

 

 そう言って、カルメは一人前へと進む。

 背に負っていた長柄の武器を取り出し、構える。

 今までの、リヴラ謹製の薙刀とは異なるそれは、より分厚く一回り大きな刃を誇る。

 ヤザンとの二人旅で回収した、カルメの新たなる武器。

 

「――――」

 

 眩い白銀に瞬いたその薙刀を見て、至天の纏う雰囲気が僅かに変わる。

 剣を持ち上げ自身の前へと構えて見せた。

 

「いけるか? 通路は狭いぞ」

「振り回せるだけの広さはあるでしょう? それに向こうも、その気みたいよ」

 

 実際、通路は砂上装甲車が二台は通れる広さがあった。地下施設にしてはやけに広いが、お陰で長柄の武器でも充分に戦えるだろう。

 

「……あい分かった。では、任せよう」

「ええ。任せなさい! ……じゃあ、行くわよ?」

「おう」

 

 どの道口論している暇もない。

 どちらが相手しようが進むだけのロアは、首輪へと魔力を通して柏手を鳴らす。

 首輪に埋め込まれた核のうちの一つが光を帯びると、三人へと身体強化の魔法を施した。

 

「ありがとう。また後でね!」

 

 そう言って、カルメが飛び出した。

 豪と鳴る風切り音。

 銀と金の閃きが眼前で激突し、風と魔力が周囲へと吹き荒れる。

 その風に逆らうようにヤザンが走り出したので、慌ててロアも続く。

 

「――――!!」

 

 だがその瞬間に金色の光が瞬き、二人へと地を這う一閃が駆け抜ける。

 それは刃を振るっただけの一撃。

 だがその斬撃は地を走り抜けて二人へと迫る。

 

「やば……」

「止まるな!」

 

 鈍い金属音が鳴り響き、彼らのいた壁が斬撃の余波に打ち砕かれる。

 だが直後、岩の砕けた粉塵からは無傷の二人が飛び出した。

 先を走るヤザンの手には、一振りの剣が握られている。装飾の殆どない片手半剣。だがそれは黄金の一撃を受けても決して欠けることなく、不思議な模様の灰色の刃は光を碌に反射もしなかった。

 

「――――」

 

 一撃を防がれた至天は、ほんの一瞬その剣に視線を奪われる。

 そんな彼へと、カルメが背後から薙刀を振りぬいた。

 

「――っ!」

 

 今度はカルメの白銀が岩の地面を撃ち砕き、粉塵が舞い上がる。

 

「余所見は駄目」

「――――」

 

 それからは、二色の光が打ち合う剣戟音が響き続け、それを背後にヤザンたちは地下監獄を奥へと走り抜けていった。

 これで後は二人がやってくれるだろう。

 

 離れたことでロアの灯りが途絶え、辺りが再び闇に包まれる。

 その瞬間に、至天の剣を強く弾いて距離を取る。

 衝撃に腕が痺れているが、相手はなんてことない風に剣を一度振るっただけ。

 霊竜と斬り合う剛腕だ。大して影響もないのだろう。

 だとしても、ここで負けるわけにはいかない。

 

 

 ――いいのか?

 

 この作戦を決めた時、魔王様は真っ先にわたしのことを案じてくれた。

 わたしが至天を相手取ればナウファルを殺すことができなくなるって。

 本当に、とっても心優しい人。ルナが心から信頼しているのもよくわかる。

 でもわたしは決めたのだ。万が一至天が魔王様と対峙せずに王を護りに来た場合は、わたしが一人で戦うと。

 確かにナウファルを殺すのがわたしの目的。でも、わたしにはそれ以上に大事なものがある。

 

 ――ええ。おじいちゃんは案内に、ロアさんは不死殺しに必須でしょう? なら、わたしが残ります。それに、至天を倒した後、ルナを見つけないとね?

 

 おじいちゃんの読みでは、ルナは監獄のどこかに移されている。

 あの子を見つけ出して助けることが、わたしの最優先事項だもの。

 それに――。

 

「この武器なら、貴方と対等に戦える」

 

 ヤザンが生きた時代のとある名工が打ったという長柄。それにリヴラ流の『改良』を加えた一品。

 肉厚な白銀の刃は魔獣の胴を一撃で断つために磨きあげられ、芯までみっちりと金属の詰まった柄は重く硬い。

 ヤザンの一振り同様に、何よりも丈夫であることを目的とされた、実戦仕様の薙刀(ハルバード)。

 巨体の獣人騎士がやっと振り回せるそれを、カルメは難なく振り上げ、切っ先を至天へと向けた。

 

「――――」

「わたしの、十数年の修行の成果。貴方を超えて証明して見せるわ」

 

 何より、諦めたつもりもない。この騎士を倒し、ルナをさっさと見つけて追いつけばいいだけだ。

 一つ、小さく呼吸を行って。

 再び黄金の騎士へと、薙刀を振り上げ飛び込んだ。

 

 

***

 

 

 仲間達が騎士と混獣種たちを引き付けたお陰で、作戦は最終段階まで辿り着いた。

 それはロアをナウファルの下へと届けること。

 ヤザン達は不死の原因が核にあると信じた。そしてそれを封じる事の出来るロアがこの戦いの鍵になると。

 わざわざ派手に攻撃を仕掛け、狙撃手と竜を潰して回ったのも、全てはロアをここに届けるためだ。

 そして今、その目論見は成功していた。

 ナウファルへと続く最後の長い階段を降りながら、ロアは大きく息を吐き出した。

 

「まさか二人しか残らねえとはな……」

「仕方あるまい。もとより数が足らん。お主をここまで連れてこられれば充分じゃ」

 

 元よりそういう作戦。それはロアも承知はしているが、化け物の親玉相手にこちらは貧弱な男と骨が二人だけだ。気分も重くなるというもの。

 

「だといいけどな……ここか?」

「ああ。この先にナウファルがいる」

 

 そうして辿り着いた最深部。

 ルナが通った時と何も変わらず、片方だけ空いた扉の前には巨大な黒猫が一匹待っていた。

 

「うお、なんだこいつ」

「ナウファルの飼い猫じゃ。そして最初にあの子の肉を食べた混獣種でもある」

「これが? 普通の……いや、でけぇけど……猫じゃねえか」

「この子は他の連中と違って最初以外に肉を食っておらんからな。姿は昔のままじゃ」

「そんなことしたら餓死……しねえのか」

「それでも欲はある。……主人に似て強い子だよ」

 

 黒い毛並みを撫でて、ヤザンは言う。

 異形の男に触れられても黒猫はされるがまま。むしろ心地よさそうに目を細めている。

 親しい間柄というのは本当らしい。

 

「ミャウ、待たせたな。終わらせよう」

 

 彼の言葉に一声鳴くと、大きな黒猫は部屋に入っていく。

 そこに続いて中へと進み、ロアは壁に埋もれる巨大な肉塊と対面した。

 

「……これか」

「ああ。ナウファルじゃ」

 

 肉の塊に磔になったように男が埋もれている。

 身体に掛かっていた天幕は既に外され、隣の部屋――本来の牢獄まで全て肉で詰まっているのが良く見える。それらが気味悪く脈動しているのさえも。

 

「話には聞いてたが、すげえな、これは……」

 

 見上げる程の肉の塊に、その中心で眠っている一人の男。しかも、ヤザン曰くあれが本体ではない。彼本来の肉体は、この肉の中のどこかに埋もれているという。そして、目当ての核も。

 

「これのどこかに、核が埋まってる……と」

 

 ナウファルが()()()()いるという奥の部屋は、彼を封じるために作られた特別製だ。

 父ハリド王の実験の数々によって、ナウファルの身体は人型としての境界を失い、ゆっくりと肥大化しつつあったらしい。放っておけば監獄自体を破壊して地上まで膨れ上がる恐れすらあったと。

 それを抑えるために、壁一面と入口の鎖には強固な結界魔法が施されている。分厚い石と金属の棘で肉を突き刺し、触れた血肉から魔力を奪って維持させる、不死ならぬ不壊の防御壁。

 1000年経っても朽ちないナウファルの不死性のおかげで、その封も維持されているようだ。

 

「やはり寝ておるか。……ルナ嬢ちゃんもおらんの。仕方ない。ロア殿、始めよう」

「りょーかい。じゃあ、まずは核を見つけねえとな」

 

 脈動する肉の塊を前に手を擦り合わせる。

 地上の僅かな揺れだけが響く監獄は静かで、目の前の肉塊からも殆ど物音がしない。

 これだけの巨体だ。呼吸だけでも相当喧しそうだが……。

 

「……まさか、息をしてねえのか?」

 

 可能性はある。もう、呼吸すらする必要がない程にこいつは不死になっているのかもしれない。……それだけならば、ただ眠るだけの肉塊ならば、好都合なのだが。

 浮かぶ不安を打ち消して、剣を構えるヤザンへと振り返る。

 

「予定通り、ワシが切り開く。それでいいんじゃな?」

「ああ。後はこっちで指示するよ」

 

 こんな肉塊の『切開』は初めてだが、人体と手順は一緒だ。

 擦る手を止めて合わせた掌に魔力を流し込んでいく。

 

「……ふう」

 

 仲間が繋いだこの機会。逃せば全てが水の泡。

 自身の手が僅かに震えたことに驚き、直ぐに笑みを浮かべて被りを振った。

 

 まだそんな青臭いものが残っていたとは。長生きはしてみるものだ。

 よく考えれば、実に1000年以上ぶりの()()。笑えるほどのブランクだ。むしろ相手が不死でよかった。多少粗くても痛くも痒くもないだろうから。

 そう笑い、ヤザンの方を見つめなおした時には、震えはあっさりと消え去っていた。

 

「あい分かった。では――」

 

 ロアが頷いたのを見て、ヤザンが剣を構える。

 彼の持つ剣もまた拠点を出たときから変わっていた。

 それは彼が生前愛用していた長剣。ハリド王をその手で殺し、この地下牢獄まで辿り着いた彼の愛剣は、ヤザンの骨と共にこの場所で長らく放置されていた。

 世界を見て回る際に持ち出し、とある場所に仕舞っていたそれを、カルメと共に取りに行っていたのだ。

 

 彼の剣に銘はない。ただ硬く丈夫であることを目的に鍛造された半既製品でしかない。

 だが数多の剣が作られた時代の逸品はどんな魔獣の一撃も――それこそ竜のそれですら防ぐ。

 故に決して風化することなく、今なおその形を保っているその剣をヤザンが振り上げる。

 

「――――せいっ!!」

 

 赤黒い肉の塊に、ヤザンは灰色の一閃を放って縦に切り裂いた。

 吹き出た血肉をロアが結界で防ぐと同時に、強く柏手を鳴らす。

 錘状に尖らせた独特な形の壁が生まれ、ヤザンの切り開いた傷口を()()する。

 

 これは、古き時代――まだ魔法による再生治療しか存在していなかった古代にて生まれた、外科治療術の一つ。

 あえて肉体を傷つけ患部を治療する。再生力の強い獣人には不要な、人間だからこそ生まれた技術。

 ロアは、それを継承した当時数少ない医者であったのだ。

 その業で不死を殺す。その禁忌に踏み込む覚悟を持って、ロアは魔力を編んでいく。

 

 切断面に張り付く様に生み出された障壁が肉の代わりとなり血流を一時的に堰き止める。

 壊死の危険性たっぷりだが、この巨体に不死持ちだ。少しの間血を止めたって問題はないだろう。

 むしろ問題は――。

 

「……とんでもねえ力だな、おい!」

 

 再生のせいか万力のように肉が締め付けてくる。

 少しでも魔力を抜けば、壁は打ち砕かれて傷は直ぐに塞がるだろう。さっさと済ませなければ。

 全力で抑えつつ、切り開いた肉へと近づく。腰に括りつけた鞄から、セムルで作っていた核の入った円筒型装置を取り出し、恐る恐るその断面の中へと並んで入ると、ロアは震えながら横のヤザンへと振り向く。

 

「いいか? 今から特大の魔力を流す。その時光ったり特別な反応を示したところに核がある。そこを思いっっっきり斬り開け」

「あい分かった」

「奥の方ならそのまま斬り進め。いいな? 絶対止まるなよ」

 

 壁を維持するのも既に辛い。

 複数の壁を維持して道を作るなど絶対に無理だとロアの経験が告げている。

 核がもし奥にあるというのなら、自分たちも奥へ奥へと進んでいくしかない。

 

「ああ。……しかし、不思議な技じゃの」

「……大したもんじゃねえ。ただの療法だ」

 

 そう呟いて、ロアは手にした装置に魔力を込めた。

 ここから先はもう止まれない。今出せる全力の魔力を放って――最後まで突き進む。

 

「行くぞ!」

 

 叫ぶとともに、装置から爆発的な魔力が迸る。

 筒の中に骨竜の核を埋め込んだそれは、機能としては簡易的な魔力増幅装置でしかない。

 

 輸血ならぬ、魔力注入装置。魔力欠乏を起こした患者の治療のために大昔に開発したモノだ。

 本来、生命体の魔力吸入器官は口や鼻――呼吸器である。だが、微弱ではあるが肌からも吸引は行われる。これは、本来微量しか吸わない肌から無理矢理魔力を流し込むために作った。

 

 外部から魔力を注入するなんて無茶は、注ぎ込まれる先が魔力欠乏状態の様な、空っぽでないと本来はできない。

 だが相手は肉体の垣根がぶっ壊れた不死の肉塊。そして、装置に使った核は経緯は知らんがこの肉塊から生まれたものだ。そこから生まれた魔力は、抵抗なくすんなりと肉を『通る』。

 眩い閃光とともに、装置から放出された大量の魔力が魔力路を通って肉へと流し込まれる。

 思わず目を瞑るほどの閃光の中、赤黒い肉にいくつもの光の線が奔った。

 

「――――っ!!」

 

 ロアの視界は光に焼かれて塞がれるが、幸いヤザンに瞼はない。強烈な閃光を直視して尚その濃淡を正確に見極め、ロアの告げた通りに、特に強く瞬いた方へと剣を振り上げた。

 

「――斬った! 右前方!」

「おう!」

 

 声を合図に、ロアが再び柏手を打ち壁を作る。見えなくても壁を張れる場所は限られてる。後は、それの繰り返しだ。

 切り開いて固め、魔力を流す。およそ一つの部屋を丸々埋め尽くす肉の海を切り開いて、進んでいく。

 

 ――そりゃ、核なんて急所が外側にあるわけねえな!

 

 視覚を失った中での精密な魔力制御はゴリゴリと精神と魔力を削られる。特に身体は信じられないくらい震え始めており、ヤザンに腕を引かれていなかったらすっ転んでいただろう。

 

 今どれくらいだ? 見えないから何も分からない。

 

 だが既に五度は斬り進んでいる。これだけ傷を負わせているというのに、ナウファルに――肉塊に動きはない。

 肉をどれだけ切り裂かれようとも、魔力を流されようとも、彼の命には何の影響もないということだろう。事実、既に背後は再生した肉で閉じられた。

 全くもって、理不尽な程の不死である。

 だが、だからこそ、この作戦は有効なのだ。その不死、奪い取ってやる――!!

 

「――近いぞ、この先じゃ!」

 

 そうして更に斬り進み、強い光を放つ場所へと辿り着く。目を瞑り顔を伏せていたロアでも分かるほどの閃光が消えたと同時に、全力で顔を振り上げ見つめる。

 未だ大半が白いままの視界だが、そこには確かに、極彩色の球体が肉の中に埋もれていた。

 

 ――見つけた!

 

 現れた核は一つだけ。ハリド王に埋め込まれたものか、ナウファル本来の核かは分からないが今はどちらでもいい。不死の絡繰りはこの核にある。

 核が二つ埋め込まれたことで起きた不死ならば、その内の片方を隔離すれば――一体どうなる?

 

「核を切り出せ!」

「――おお!!」

 

 ヤザンが剣を振り抜き、核の周囲の肉を切り出した。

 再生が始まる前に壁で断面を塞ぎ、核を肉から隔離する。

 

「寄越せ!」

「ほいよ!」

 

 その核を肉もろとも、空の円筒型装置に入れて封をする。

 今まで使っていた魔力注入装置ではない。魔力を放出されては、隔離する意味が何もない。

 これはその逆。装置の中だけで魔力を循環させ、決して外に出さないようにするためのモノ。

 今捕らえた核からすれば、この装置が新たな『身体』となる。再生する肉ではなく、石と金属で作られた冷たい無機物。話に聞く再生の魔獣も、この身体は治せまい。

 これで肉体との接続は断たれた筈だが、相手は理解不能の不老不死。分厚い障壁で装置を覆い、更に念入りに核を肉から隔離する。

 

 ほんの数瞬、静寂が訪れ、装置に光が灯るのを確かめた。

 循環が始まった証だ。そして、装置から魔力が放出されることもない――成功だ。

 

「やったぞ!」

「よし……!」

 

 これで肉に何かしらの影響を及ぼしていた核の一つがナウファルの身体から消失した。

 この核はナウファルの体内にあって、体内にはない。

 奪ってみせたぞ。1000年以上不滅の不死を。

 

 さあ、一体何が起きる――?

 

 ――瞬間、周囲の肉が脈動した。

 

 ずぐり、と壁の向こうの肉が、床が、天井が揺れて蠢いた。

 閉じた筈の床の突き上げで、ロアとヤザンの身体が一瞬浮いて、再び着地する。

 足元を見れば、分厚く張った筈の床の障壁にはどでかい罅が奔っている。

 

「……動いたな」

「……ああ」

 

 呟いた直後、更に大きな蠢動が起きて鈍い音が響き渡る。

 地上の余波では決して起こりえないほどの轟音が、間近で。

 

「……やべえな」

「……じゃな」

 

 それでも、当人たちは至極冷静に互いを見つめあって呟いた。

 ――その、直後。

 

「――――――――!!!!」

 

 突如巨大な轟音が地下空間を、肉を揺らした。

 衝撃に二人の身体は上へと弾かれ、分厚く張った障壁に頭から激突する。

 

「……っ!?」

「ロア殿!!」

 

 視界は揺さぶられ、意識は彼方へと吹き飛びかける。

 床の罅は瞬く間に広がり、周囲の壁がひび割れていく。飛びかけた意識でもわかる。最悪の緊急事態で、限界だと。

 それでも核を封じた装置を手放さなかった自分を褒めつつ、ロアはバックパックから別の装置を取り出した。

 掌に乗るサイズのそれは、真っ黒な金属の塊で。ロアが力を籠めると同時に、幾つもの四角に分かれるように光の線が奔り始めた。

 

「骨、俺を包め!」

「――――!!」

 

 そう叫んで、その金属塊を放って柏手を強く鳴らした。

 その直後。肉の奔流がロアの壁を破ってあふれ出し、彼らを覆い隠す。

 今までの再生とはワケが違う。肉がまるで制御を失ったかのように融解し、液体のように流れ始めたのだ。そしてそれは、中だけではなく外側でも同様に起きていた。

 

 決して壊れなかった肉は融解を始め、肉を囲うための鎖の隙間を縫ってあふれ出す。――否、そんな生易しい表現では足りない。

 ナウファルを囲っていた部屋には当然窓の類はない。液状化しようと壁や床に敷かれた封印は依然そのままだ。

 つまり、鎖で肉を封じていた一面だけが、この肉液にとって唯一の逃げ道だった。

 1000年肥大化を続け、強固な封印に圧縮され続けた肉の塊。それが溶けて一方へと流れ出せば、果たして一体どうなるか。

 

 その答えは――決壊。

 どろどろに溶解した肉の濁流が、耐え続けた強烈な圧を解放し、地下監獄全体へと一気に噴出し始めたのだった。

 

 

***

 

 

 その時、外で戦っていた全員がそれを見た。

 

 都市全体を揺るがす轟音とともに、地上から赤黒い奔流が噴き上がり始めた。

 天へと突きあがるそれは竜たちの飛ぶ高度まで到達し、直後勢いを失くして地上へと墜落していく。

 地上へぼとぼとと落ちてきた赤黒いそれは、先程までナウファルだった肉の塊。

 

 見ていた者たちは、それがロアたちの行動の結果であることを直ぐに理解した。

 ()()が何かは分からないが、彼らは成し遂げたのだと。

 この地方を長らく支配していた不死は、止まったのだと。

 

 ――だが、今までもそうだったように。この世界は、そう簡単に事は進まない。

 

「……?」

 

 天から瀑布の如く降り注いできた肉は、津波の如く彼らの下へと殺到――しては来なかった。

 ドロドロの液体のように見えたそれらは、しかし流れることなく積み上がり始めたのだ。

 強力な粘性でもあるのか、塔のあった場所の周囲に赤黒い山ができ始めている。

 まるで、何かを形作るかのように。

 

 ――生物の中には、成体になる際に身体が溶けて作り変わる種がいるという。

 

 目の前に現れたその『肉』もまた、同じ生態だったのかもしれない。

 一度溶けて形を失った筈のそれらは、皆が呆然と眺めている内に一つの巨大な姿かたちを作り上げていく。

 

 肉の山から、腕の様な何かが生えた。

 それはゆっくりと、しかし圧倒的な質量で乾いた大地に振り下ろされ、再びの轟音が周囲一帯を揺るがした。

 どろりと流れた肉液は、長く太い『尾』を作り出す。

 先程まで液体の筈だったそれが海面へと叩きつけられ、見上げる程の水飛沫が噴きあがる。

 水を浴びても身体が崩れることはない。水のように流れていた肉は、いつの間にか『張り』が生まれ、固まっていたのだ。まるで、皮が生まれた様に。

 

 そして噴出の勢いが弱まる頃には、長く伸びた山の前方部分、その先端が二つに割れ、ゆっくりと上下に開かれていく。

 ブヨブヨの肉では自重で千切れそうなものだが、その気配はなく、断面からは垂れた肉が幾つもの棘を生み出していく。

 ――それは、まるで牙の様に鋭く硬く、固まっていく。

 

「……何、あれ」

 

 そう呟いたのは、誰だったか。

 きっと、同じことを見ていた全員が思ったことだろう。

 我々は今、何を見ているのだろうか。

 吹き上がった肉が積り固まり、一つの姿形を作り上げている。

 その姿は竜なんて目ではない程の巨大で、それこそ山一つはある程の――。

 

「……獣」

 

 そう、獣だ。

 流れ出た赤黒い肉は流動的でありながら、一つの姿を作り出していた。

 長く、大きく、そして悍ましい、首の長い蜥蜴の様な獣の姿。

 

 腕だけであの骨竜たちと同サイズ。

 その頭部にそびえる割れた山――巨大な咢を開いてみせて。

 

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 

 吹き出た時以上の轟音を、その深い深い口腔から響かせて見せた。

 その余波だけで、未だ形を保っていた高層建築の一つが崩れ始める程の圧が襲い来る。

 不死の源である核を抜いたらどうなるかという、ロアの問いかけに応えるように。

 あまりにも巨大な肉の獣が、地上へと顕現したのであった。

 

 

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