人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第72話 肉の獣

 

 

 虫の都市に出現した骨竜たちが撃破され、セムルの拠点が完成する数日前のこと。

 

 ヤザンは建設途中の拠点を抜け出て、独り砂漠を進んでいた。

 その手には虹色に輝く石が一つ。

 少し前までカルメが持っていたものと同じ輝きを放つそれは、短時間の音を記録する音鳴石。

 先程、混獣種の猫が届けてくれたそれには、地下監獄にいるナウファルからの声が込められている。

 まだ皆にこの声を聞かせるわけにはいかないから、皆の目を盗んで独り砂漠へと出てきたのだ。

 

 スルゥトでの骨竜討伐の後、ヤザンはナウファルの命で隠れて着いてきていた混獣種に自身の声を封じた音鳴石を渡して届けさせていた。

 

 ――我らを殺せる者たちが現れた、と。

 

 これはその返答だろう。

 イオの目でも届かない岩場の影に入ると、音鳴石を起動した。

 

『やあ、ヤザン』

 

 彼の通信は、いつもこの言葉で始まる。

 

『そうか。やっと、見つかったんだね』

 

 流れ出した彼の声は、いつもと、1000年以上前から変わっていない穏やかな音色だった。

 

『他の地域なら生きている人がいる……君の言う通りだったね。しかも、僕を殺すことができるかもしれない人たちだなんて。なんて幸運な事だろう……1000年待ったなら、幸運でもないのかな?』

 

 彼がどんな表情を浮かべているのかさえヤザンには容易に理解ができる。それくらい、長い時を共にしてきた。

 

『でも、無理はしないで欲しい。君がいい人たちだというその人たちにも、もちろん君にも、僕のために傷ついて欲しくはないから。……でも』

 

 呼吸すら不要になった筈の身体で一呼吸をおいて、彼は言う。

 

『もし彼らが望んでくれるなら、嬉しいな』

 

 呟くと同時に、彼を縛っていた鎖の音が鳴り響く。

 滅多に鳴らないその音は、感情が途絶えて久しい彼の心を知る数少ない手段であった。

 喜んでいるのだろう。何せ1000年以上待ち望んだ時が間近にあるのだから。

 その音も直ぐに鳴りやんで、再び彼の声が聞こえてくる。

 

『ねえ、ヤザン。君にはずっと頼みっぱなしだけど、お願いがあるんだ。……始めたら、止まらないで欲しいんだ。この先、何があっても、絶対に』

「……ああ、勿論だよ、ナウファル」

 

 何を今更、とそう思う。そしてどれだけ肉に蝕まれようとも、ナウファルはナウファルのまま変わらないな、とも。

 彼の頼みは、それこそ出会った時から聞いてきたのだから。

 

 初めは彼がまだ十歳にも満たない幼年の頃。まだただの騎士だったヤザンが戦功をあげ、初めてイドラ宮に上がった時だった。

 王の間を出た所で現れた彼にせがまれたのだ。戦いのお話を聞かせて、と。

 子供とはいえ相手は王子。断ることもできずそのまま長時間拘束されたのであった。あまりに帰るのが遅くて当時の騎士団長にどやされたのを昨日の事のように思い出す。

 

 それからはイドラ宮に上がる度に、教師やお付きの目を盗んでやってくるナウファルと交流を重ねた。

 例えば中庭の東屋で。彼の自室で。時には王城近くの海岸で。

 

 ――ねえ、戦場ってどんなところ?

 ――どんな……そうですね。怖いところですよ。

 ――そうなの? なら、どうしてヤザン様は戦場に行くの?

 ――どうか、ヤザンと呼んでください。大事な物を護るためですよ。家族や国を奪われない様に行くのです。

 ――そっか。じゃあ、僕も大きくなったら行くんだね。その時はヤザン、一緒に行こう?

 ――それは……ええ。必ず。

 

 いつしかハリド王にまでその関係は知られることになり、恐れ多くも剣術指南役を仰せつかることになる。文武に優れ、心優しい彼はハリド王の栄光を受け継いだ理想の王子として国中からの期待を浴びていた。……彼の病気が見つかるまで。

 ナウファルの容体急変を知った時、ヤザンは戦場から全速力で帰還した。

 

 ――やあ、ヤザン。魔獣討伐は上手くいったかい?

 ――そんなことはどうでもよいのです。お身体は……。

 ――国の守護だ。大事なことだよ? 使い道のない王子よりもずっとさ。

 ――ナウファル! それ以上は、怒るぞ。

 ――ふふっ、ごめんごめん。僕に構ってくれるのは、君とアイサとミャウくらいだからさ。僕は大丈夫だよ、だから君もいつも通りに。

 ――……思ったより元気で良かったよ。

 ――そうそう。ヤザンはそうでなくっちゃ。さ、魔獣討伐のことを聞かせて?

 

 不治の病だと宮付きの医者が首を振ってから、彼の周りからは人が消え失せた。

 ヤザンの剣術指南役の任も解かれたが、ヤザンは数少ない話し相手として、暇さえあれば彼の下を訪れた。そして、些細なお願いから極秘の任務まであらゆることを頼まれた。

 歳は四十も離れていたが、友であったとヤザンは思う。

 

 国が繁栄し、ハリド王が全世界にその名を知られるにつれ、その栄光を継ぐはずだったナウファルは暗い影に沈んでいく。

 その事実があまりにも悲しくて、やるせなくて。だからこそヤザンは剣をとり戦った。

 離宮にて養生――という名の幽閉をしていた彼を喜ばせるため、そして叶うなら、彼に再び栄光を齎すために。

 

 数多の魔獣を屠り、国を護った。いつも真っ先に飛び出していたせいで、死にたがりと国王には呆れられ、周囲には血気盛んな騎士たちが集まって、いつの間にか新たな騎士団が作られた。

 彼らは将来有望だ。特にロギイ。獣人としてははみ出し者だったという彼の実力は本物だった。事実、ヤザンが亡き後に彼も樹冠の騎士となっていたのは、数少ない喜ばしいことであった。

 

 ……そう。樹冠の騎士だ。護国の騎士などと大層な名まで貰ってしまった。

 

 ただがむしゃらに魔獣や外敵を屠ってきただけの男が選ばれていい称号ではない。始祖の騎士に開国の騎士に並ぶのがこの凡夫であっていい筈がないのだ。

 あれは、ハリド王が自身の箔付けのためにしたことだ。ヤザンの実績ではない。

 

 だが、選ばれた以上は責任は負う。

 何よりそれがナウファルの助けになると信じて、ヤザンは耐え抜いた。

 出たくもない式典に出席し、経験のない特権階級たちの交流会に駆り出され、遂には罪のない同胞に手をかけた。

 

 妖精狩りという史上最悪の非道に手を染めたというトゥリハの騎士を、民をことごとくこの手で切り捨てた。

 それが事実かどうかは関係ない。例え彼らが無実だと叫び続けても、ただひたすらに剣を振るった。

 全ては民を、家族を、ナウファルを護るために。

 

 トゥリハを滅ぼしたあの日に、ヤザンは騎士としての栄光全てを捨て去った。

 

 樹冠の騎士? 栄華極めた王の剣?

 ……ただの人殺しだ。罪を負った自分が、居ていい場所ではない。

 それでも、皆が、あの子が呼んだ護国の名だけは、守り抜こうと決めたのだ。

 

 そして、だからこそあの日、ヤザンは剣を抜いた。

 

 この国の未来を護るため、至上の王と呼ばれた狂王、ハリド王を殺すために。

 腹に開いた大穴を代償に、ヤザンはそれを成し遂げた。

 助からないことは分かっていた。だからせめて最期をともにと、暗い地下監獄を進んでいった。道はミャウが教えてくれた。

 

 ――やあ、ヤザン。来てくれたんだね。

 ――ナウファル……なんだな?

 ――うん。そうだよ。多分、そうだと思う。何度も死んでは生き返ったから、ちょっと曖昧なんだけど。

 ――……治らないのか。

 ――治るさ。いくらでもね。……でも、君はもう、助からないみたいだね。

 ――ああ。覚悟の上だ。

 ――そうか。君には、ずっと頼りきりだったね。……ありがとう。こんな僕を気にかけてくれて。

 ――いいんだ。貴方は、友だった。生涯、ただ一人の。

 ――僕もだよ。……ああごめん。ミャウもいたよね。君たちだけだよ。君たちのおかげで、僕は生まれて良かったって。そう思ったから。

 ――……。

 ――ねえ、ヤザン? 話をしようよ。僕と君とミャウで。眠くなるまで。

 ――……ああ。そうだな……。

 

 そのまま眠りにつくまで他愛のない会話を続けて、ヤザンは死んだ――筈だった。

 

 ――ここは? 私は、どうして……?

 ――やあ、ヤザン。起きたかい?

 ――ナウファル? わたしは、一体どうして……んん? なんだ、身体が……。おかし、い……?

 ――ごめんよ、ヤザン。本当に、本当に……。

 

 だがそのナウファルによって再び目覚めることになり、結果今、こうしてここにいる。

 後悔だらけの人生だったが、彼の異変に気付き、最期に傍に居れたことだけは良かったと思う。

 千年が経ったと知った時は驚いたが、それだけの時を経てなお国は残っていた。

 ヤザンのあの日の行動が、その一助になったのならば良かったとそう思う。

 

 そして今、もう一つの幸運が――彼を今度こそ終わらせられる時が目の前に来ている。

 再び目覚めてから数十年重ねた決意を、ヤザンはもう一つ積み上げる。

 決して止まらないと。そしてそのために再び得た命も投げ捨てると。

 そのためだけに、こんな体で生き長らえて来たのだから。

 

『ここまでかな……眠いんだ。とても――』

 

 そう言って、声は途切れた。

 最後に聞こえた衝撃音は、眠りに落ちて石を取り落とした音だろう。

 もう長い時間意識を保つことすら難しいのだ。

 

 それはつまり、あの騎士たちを御する手段がなくなるということでもある。

 時間がないのだ。

 だが、間に合わせてみせる。

 そのための力に、縁に、出会うことができたのだから。

 

「……もうすぐじゃ、ナウファル。あと少しで、終わる」

 

 せめて、彼が彼である間に。

 そう、願いを込めて。

 ヤザンは自身が立てた『ナウファルを殺す計画』を音鳴石に――監獄にいるナウファルへと語っていくのであった。

 

 

***

 

 

 イグトゥナに突如現れた、巨大な肉の獣。

 それを最も良く観察できたのは、上空にいた俺だったのだろう。

 

「……なんだ、あれは」

 

 地下――恐らく監獄から()()()()その獣は、あまりにも巨大だった。どう見積もったって、地下監獄に収まっていただろうサイズではない。

 その見た目は真っ赤な肉塊。それが首の長い蜥蜴のような長い体躯を形成している。

 

「獣……にしてはデカいよな。竜とも違う。また得体のしれない化け物か……」

 

 肉液は巨大獣の周囲に流れ落ち、奥に見える海は広範囲が赤く染まってしまっていた。

 その光景は、監獄という胎から生まれ落ちたかのよう。

 

 ()()が何かは分からないが、ロアたちの試みが生んだ結果だということは分かる。

 

 今は先程まで塔があった場所で大気を揺るがす長い長い咆哮を上げている。

 そう、吼えたのだ。……さっきまでは噴水の如く溢れ出るただの肉であったはずなのに!

 

 あの獣が動き出せば、あの周囲どころかイドラ宮も潰れて消えるだろう。

 そして地下はあの肉で埋まっている可能性が高い。

 ならばロアたちは? ルナは?

 

 確かめるにはあの巨大な獣を倒して、地下を調べるしかない。

 恐らく肉の海と化した監獄を潜って。

 

「絶対に御免だな」

 

 倒せば無くなってくれるだろうか。

 せめて巣の泥と同じように風化してくれればいいのだけれど。

 まずはそのためにも、先ずはあの黒竜を倒せばならない。

 

「騎士を倒しても竜。竜を倒してもあの怪物……全くもって休まらない……」

 

 霊竜シルトに、黒い骨竜。かつて番であったという彼らは、そんなことを感じさせない程の激闘を繰り広げていた。遭遇してから、ずっとだ。

 

 未だ生き残る最強の霊竜と、堕ちた代わりに異形の力を得たその相棒との戦いは、どちらも決定打に欠けているらしい。

 速さと魔法で勝るシルトが苛烈な攻撃を続けていたが、圧倒的な硬さを誇る黒竜の殻を崩せずにいた。

 

 その均衡を覆すために俺がいるのだが、どうやってかそれを察知した黒竜は俺の一撃を執拗に回避する。

 逃げに回られると速すぎて蛇での空中歩行では絶望的に追いつかない。

 

 そう、速さだ。

 勇者と戦っていた頃からずっと思っていた。こと速さにおいて、俺は今この世界では平凡だ。

 ましてここは空中。足場を作って歩くくらいしか能のない俺では到底追いつくことは叶わない。

 だが、その足りないものが今必要なのだ。否、この世界で戦うならば今後何度も立ち塞がるだろう。

 ……今更、俺に成長が要ると事態が告げていた。世界を相手取ったこの魔王にだ。

 

「向き合う時か? この力に……」

 

 与えられただけの、得体のしれない力。車でイオが言っていたように、俺もこの蛇の性能全てを把握できているわけではない。

 体魔術。生命を媒体に使用される、全世界で禁じられた最悪の魔術だ。

 まさかこの不死の原因であったとは。地下監獄を調べれば、何かわかるだろうか。

 ……肉液で色々と駄目になってないといいのだが――。

 

「うぉ、――っと」

 

 余所見をしているうちに、近くを巨体が通り抜け、降りていった。

 

 油断した。いつの間にかシルトたちが接近していたらしい。

 激突すれば蛇の制御を失い地上へ真っ逆さま。そうなればいくら俺でも死ぬ。

 気を付けなければと下を向くと。

 

 そこには黒い巨体――骨竜が地上へと墜落していく様子が映っていた。

 

「……は?」

 

 殻を壊すような、何か強烈な一撃の音も余波もなかった。

 咄嗟に上を見れば、シルトが空中で呆然と――表情が分からないので恐らくだが、浮かんでいる。

 

「何があった?」

『――――(落下した。突如制御を失って)』

「……そんなことが?」

『――――(ああ。まるで、突然死んだかのように)』

「死んだ?」

 

 そんなことがあるのかと思ったが、あった。

 というかそれが俺たちの最終目的であった。

 奴らの大本であるナウファルを殺せば、混獣種たちは停止する。

 そのためにこうして戦っていたのだから。

 今ここで黒竜が死んだということは、彼らは無事に核の隔離に成功したということになる。

 

「……なら、こいつは何だ?」

 

 地上で未だに咆哮を上げている肉の巨獣を見て、そう呟いた。

 

 

***

 

 

 同じ光景が、地上でも起きていた。

 

「――――」

 

 戦っていた騎士たちが突如動きを止め、次々と崩れ落ちていく。

 全速力でシンジュへと突撃していた根断も力を失ったように動きを止め、砂を巻き上げ停止した。

 

『……何? 何が起きたの?』

 

 後ろの巨大な肉の塊。

 それの出現とともに、騎士たちが一斉に動きを止めた。

 ぷつりと糸が切れたように。一人残らず全員だ。

 

『……死んでるわね』

 

 試しに近くの騎士を木で突いてみるが、動きはない。

 それどころかその周囲には赤い液体が――溶けた肉が広がっている。

 騎士の身体を構成している肉が崩壊したのだろう。

 そうなると、本当に死んだらしい。あまりに唐突すぎて理解はまだ追いついていないが……。

 

「おおー! 上手くできたんですね!」

『――――!!』

 

 ヤマとシンジュが歓喜の声を上げているが、シシカにはどうも信じられない。

 だって、背後にあんな化け物が出現しているのだから!

 

『――イオ!』

 

 このまま終わるはずがないと、すぐさま通信装置に触れて本隊を呼び出す。

 

 

『見えてるよ! 後、騎士たちが止まった』

『こっちもです! 木鳴がいきなり……』

『そっちも……? つまり都市の騎士と獣が全員止まったって事ね』

 

 イオとエリから同じ答えが返ってくる。

 ここだけの出来事ではなく、都市全体で――否、この国全体で起きているということだろう。

 

『……死んでるぞ。どいつもこいつも。成功したということか?』

 

 タッサの声も聞こえてくる。

 これも同じ。騎士や混獣種が一斉に死ぬ条件を、他に知らない。

 だが、そうなると――。

 

『でも、ならあれは何?』

 

 今目の前に現れた化け物の説明がつかないのだ。

 その姿は獣でありなが、見上げる程の巨影。遠くの山影だと言われた方がまだ納得ができるが、動いているし、大気を揺るがす咆哮を上げている。

 

『さあ?』

『知らん』

『わかりませんな』

『……そうよね』

 

 返ってくる答えはやはり予想通り。

 というか、あんな化け物見た事も聞いた事もない。

 ナウファルが原因の何かなのか、他にも監獄内に何かがいたのか……。

 この状況では何も分からない。

 

『とにかく、シシカたちの所は危険よ。直ぐに下がって――』

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 その時、再び巨獣が咆哮を上げた。

 爆発でも起きたかのような波がその口から放たれ、比較的近くにいたシシカたちの髪が揺れて砂が巻き上がる。

 近くに居たら圧で吹き飛んでいたかもしれない。

 

『――――っ!?』

 

 ただの咆哮でこの強さ。その巨体は崩れかけのイドラ宮を超えている。

 あれが本格的に動き出せば、この都市など簡単に破壊され尽くすだろう。

 ――逃げなければ。ここから、今すぐに!

 

『シンジュ、ヤマちゃん。タッサたちのところまで移動するよ! 直ぐに――』

 

 だが、言葉は途中で途絶えた。

 振り返った先には、三つの影があったから。

 シンジュにヤマ――そして砂をはらはらと身体から落とす、巨躯の獣人騎士。

 今さっき死んだ筈の根断が立ち上がっていたのだ。

 

『根断……? なんで起きて……』

『――――!!』

 

 シンジュが咆哮を上げ、根断へと木剣を振り上げた。

 根断は避けることもなくその一撃を受け、片腕が吹き飛んだ。

 今までなら避けるか防いでいた筈の攻撃だったが、僅かにも反応すらしなかった。

 

『……?』

 

 されるがまま大事な片腕を失った樹冠の騎士。一体何がしたいというのか――。

 だが、呆然と眺めたのも束の間。

 突如腕の断面が蠢き始め、砂の上に落ちていた片腕に繋がり、ずるりと伸びて縮んで、斬れたはずの腕は元通りに()()した。

 

『……はあ?』

 

 何度目かの驚愕の声を上げる。

 そして、それに呼応するかのように。

 彼の背後で、倒した筈の騎士たちが()()立ち上がるのだった。

 

『……イオ、聞こえる?』

 

 そして、シシカは問いかける。

 これが夢であって欲しいと。

 

『ええ。……残念だけど、こっちも同じ』

『……そう。当然よね』

 

 お互いため息を吐き出して、シシカは魔力を展開した。

 どうすればこの場を切り抜けられるのか、全力で思考しながら。

 そして、イオの叫びが耳朶を叩いた。

 

『全員、聞いて! 騎士たちが蘇ってる! ……多分こいつらもヤザンと同じ、不死よ!』

 

 告げられるのは最悪の事実。

 それは、決してただでは終わらない消耗戦の開始を告げる合図であった。

 

 

***

 

 

 イオの通信を聞いた時、エリは首都イグトゥナの壁を駆け上っているところであった。

 巨大な外壁と混獣種に守られ綺麗な姿を保っていた色彩豊かな石の都市は、二人の剣士によって破壊されつつあった。

 

『――――』

 

 鋭く響く風切り音。

 目覚めたばかりだというのにエリと同じく垂直に壁を走っていた騎士・木鳴が、くるりと長剣を回転させる音だ。

 

 そして僅かに遅れて鳴り響く、金属の擦過音。剣先につけられた円環が独特な音色を響かせる。

 同時に彼の騎士の前に、白銀の魔法陣が現れた。

 

 手にした剣でその魔法陣を貫くと、刀身が妖しい光を帯び始める。

 そのまま、彼は壁からせり出した窓を足場にこちらへと迫る。

 

 剣奏の騎士・木鳴。

 その基本戦術は、刃に纏わせた風の魔法で生み出す疑似剣撃。

 要は、木鳴の斬撃は()()()

 ただでさえ歴代最高の剣士。その一撃が複数同時に襲ってくるとなれば、大抵の剣士はひとたまりもない。

 

 時には斬撃を重ねて威力を上げ、時には分裂させて不可避の斬撃と化す。

 数多の国を、騎士を斬り伏せてきたその一撃を、エリは一振りで止めて弾き飛ばした。

 吹き飛んだ木鳴はそのまま、向かいの建物へと激突して磔になる。

 

(――大丈夫、対処できてる)

 

 話に聞いていた木鳴の特性。

 普通の剣と腕ならば叩き折られて終わりだろうが、エリの聖剣は強固な上に自己再生する液体金属製。折れるという概念とは無縁。

 自在に伸びるから分裂されても問題はない。

 そしてエリの剛力は三つに増えた斬撃も平気で受け止める。 

 こと能力における相性は、エリにとって驚くべきほどに良かった。

 

「――はっ!!」

 

 吹き飛ばした木鳴へと、聖剣の刺突を放つ。

 鋭く伸びた一閃は、騎士ごと壁を打ち壊して大穴を空ける。

 

 剣で僅かにずらされたが、大砲の如き刺突によって右肩と首の一部は消し飛んだ。

 消し飛んだはずなのだ。

 だが煙の中から見える妖しい光は変わらぬ速度で蠢き、次の瞬間には視界を埋め尽くす光の奔流が襲いかかる。

 

 雷撃魔術の砲撃。

 斜めへと跳躍し躱したその瞬間に、壁の残骸を切り裂いて木鳴が飛び込んでくる。

 ――その右肩も、首も、元通りになっていた。

 

「――――っ!?」

 

 振り下ろされた一振り三撃を受け止め、今度はエリが地面へと叩き落とされる。

 

「……やっぱり無傷。そういうことね……」

 

 先程からそうだった。

 木鳴が立ち上がってから、その戦い方が明確に変わった。

 

 今までこちらの剣は受けるか流されるか、エリの攻撃は完璧に防がれていた。

 その代わりに向こうも攻め手を欠いている様な状態ではあったが、今は負傷を恐れず突っ込んできている。

 その分確かに与えた筈の傷が、いくら戦っても見えなかったのだ。

 

 てっきり飛びぬけた技量でギリギリ防がれていたのかと思っていたが、不死故の再生だったらしい。

 流石に鎧は消し飛んでいるようだが、あの再生力ではあってもなくても関係ないだろう。

 

「……それ、まずくない?」

 

 頭を抑えて起き上がりながら、エリは思わずそう呟いた。

 だって、それはいくら戦っても相手が死なないということだ。この戦いに、終わりがないということだ。

 自分はまだいい。体力には自信も余裕もある。

 だが、他の仲間たちが不安だ。そもそも持久戦を避けたからこその急襲作戦なのだから。

 

 ゆっくりと、木鳴が眼前へと降り立つ。

 やはり、その身体に傷はない。

 

「……再生する敵って、どう倒すんだっけ」

 

 ここでは異世界とされる場所に居た頃、エリは創作物と呼ばれるものとは縁遠い生活をしていた。精々流行りの作品を見る程度。それも現実に即した恋愛ドラマが精々だ。

 ゲームに熱中し始めたのも、やることのないピアパライカでの引き籠り生活からだ。

 勇者の一人に勧められていたのを思い出し、手を出して……どハマリした。元の世界でもやっておけば良かったと後悔したのも今や懐かしい。

 

 最近はヤマたちでも楽しめる箱庭建築ゲームばかりしていたから、そういった知識も薄れている。

 

 そして勇者である期間の短かったエリに、戦いの知識や技量は不足している。

 転移の際に無理矢理与えられた世界最高峰の身体のおかげで、そういったものが無用だったというのも大きい。

 

 彼女が鍛錬という類のものをしたのは、勇者として城に招かれてから何度か受けた、騎士という男の手ほどきだけだった。

 それも握り方や振り方といった、基礎も基礎を習った程度。

 速さと威力が尋常ではないだけで、剣技だけでいえば見習い騎士のそれと大差ないのだ。

 

 そのせいで、先程からエリの剣はそのほとんどが木鳴にいなされてしまっている。

 向こうの攻撃も力ずくで防いでいるが、僅かに余裕がなくなってきているのを感じる。動きは見えるが予測はできない。これが技量の差なのだろう。

 

 相手は生涯を騎士として生きた男。

 ただ化け物みたいな身体を与えられた元学生が勝てる相手ではないのかもしれない。

 もう少し、真面目に訓練を受けておけば良かったと数百年遅い後悔が襲ってくる。

 

「――でも、私がやらないと」

 

 マナホールを知って、この砂漠と獣に侵食された大地を見て、エリは打ちのめされたのだ。

 

 自分の、勇者の齎したものがこの世界をここまで追い込んだのだと。

 勝手に押し付けられた勇者という役割だけど、それでも責任感というものがエリにもある。

 勇者がこの世界を壊すきっかけを作った。ならば、この世界を元に戻すのも、きっと勇者である自分の役目なのだ。

 一人逃げて生き残った、自分の。

 

 そして、その結果生まれた不死の軍勢に、仲間達が脅かされつつある。

 ならば、ここを打破するのも勇者である自分の役目なのだ。

 そのために――。

 

「まずはどこまで再生するか、だね。……腕が飛んでも平気なのかな?」

 

 剣技も魔法も関係ない。勇者の力で潰してしまえばいいのだ。

 ごめんね、と目の前の騎士に謝罪をしつつ。

 全力の力を込めて、エリは銀の聖剣を振りぬいた。

 

 

 

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