人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第73話 土妖精と火槍の騎士

 

 

 騎士たちが突如起き上がり不死の軍勢と化した。

 その事実は、戦いが急襲での短期決戦ではなく、終わりなき消耗戦に突入したことを示している。

 本来ナウファルにしか備わっていなかった不死の再生能力が、騎士たちに伝播しているのだ。

 四肢を斬り飛ばしても再生し、潰しても復元する過去の英傑たち。そしてその背後には得体のしれない巨大肉獣。

 

 ナウファルの核の隔離をきっかけに起きたそれらは、1000年以上彼の体内で抑えられてきた不死の暴走と言っていい。

 彼に埋め込まれた汚染核と再生の魔獣の肉によって発現していた不死だが、その支配権はナウファルにあった。だが、長い時間をかけて増幅しつつあった魔獣の肉は、ゆっくりとその割合を増し、肉体の支配権を奪っていったのだ。彼が長い睡眠を繰り返していたのもそれが原因である。

 

 そして今、ロアが核を隔離したことでナウファルによる支配は完全に失われ、魔獣の肉は本来の姿を取り戻す。

 

 生物にはどこを破壊されても――それこそ頭を潰しても、元通りの姿に再生する種が存在している。彼らは『肉』が自身の姿かたちを記憶しているから、肉が欠片でも残れば再生可能なのだという。

 ナウファルに植え付けられた魔獣もその類であった。

 だからこそナウファルの支配下にあった時は彼の身体を再生し、その支配を逃れた今、生前の魔獣本来の姿を取り始めた。……肉が増えすぎたせいで、とんでもなく巨大になってしまったが。

 

 そして各騎士たちに宿った肉は宿主をそれぞれの騎士たちと決め、再生を始めた。

 それがこの不死の絡繰りである。

 

 つまりこの事態を終わらせる方法はただ一つ。

 不死の大元たる巨大獣を、再生を許さぬ程にことごとく滅ぼしきることだけなのだ。

 そんなことは露知らず、本隊――都市入口部での死闘が開始されていた。

 

『ウミ! ワシの後ろにおれよ!』

『……うん!』

『こういうのは、潰して終いじゃ……!!』

 

 掲げたタッサの右手の先、周囲の土砂と瓦礫が集まった巨大な塊が現れていた。

 死んだ筈の騎士たちが立ち上がり、こちらへと殺到する所へとタッサが腕を振り下ろす。

 

 地響きとともに、家一軒分はあろうかという岩塊が叩き落された。

 衝撃で僅かにばらけたものの、多くの騎士たちが潰れて消えた――筈だが。

 一部の騎士は岩塊を避け、凄まじい速度でタッサへと迫った。

 

『ぬおっ……!?』

 

 岩の籠手で覆った腕でその剣戟を防ぐ。

 だがあり得ないほどの剛力で放たれた一撃に、硬い岩に罅が入った。

 別に直ぐに塞げる程度の傷だが、今まで騎士たちの攻撃全てを防いだ岩を、たった一撃で壊してみせた。

 見れば、騎士の腕からは血しぶきが上がり、すぐさま塞がった。

 

 ――こいつら、自分の攻撃で自壊しとる!

 

 限界を超えた速度と力での攻撃で肉が裂けたのだろう。だが、不死ならば関係ない。

 動きに制限をかけるはずの痛覚なんてものは、受肉し蘇った瞬間から消え失せている。

 不死身付きの決死の特攻。それが終わりなく続くのだ。

 

『全員潰してしまえればいいのじゃが……』

 

 魔法による範囲攻撃を得意とする妖精にとって、厄介なのが突出した能力を持つ個体相手の接近戦。

 一人に粘着されるとそちらに集中せねばならず、本来の強みが発揮できないのだ。

 だが大抵そんな連中は極わずか。さっさとのして終いなのだが、今回は騎士全員がそれに当たる。

 

『面倒じゃの……!!』

 

 剣を弾いて胴体を蹴り飛ばす。

 背中から岩塊へと突き刺さったその騎士を、別の岩塊で塞いで潰す。

 いくら不死でも、身体が潰れた状態で数十倍の質量の岩塊を持ち上げられはしない。

 

(……これだの)

 

 全くもって面倒な相手だが、幸い相性は良さそうだ。

 未だ慣れない耳の装置に触れて、タッサは吼える。

 

『動きを封じよ! 吾の傍に居るやつはこの岩に死体をぶつけい! 吾が封じる! シシカ! そっちはお前がなんとかせい!』

『――叫ぶな、五月蠅い!』

 

 シシカの金切り声が聞こえてくるが、それ以上の言葉はない。こういう時は理解したということだ。問題がないということでもある。長い仲だ。いつもこっちの言葉を理解してくれるからシシカは良い、とタッサは笑う。

 細かなことで数時間説教してくる、時間感覚のおかしな長老たちとは違う。

 

『よし! お前もいいか?』

『うん』

 

 すぐ後ろにいたウミが頷く。まだ生まれたばかりだという幼い妖精?はとても優秀だ。まだ力の使い方を知らないだけで、潜在魔力はタッサたちに並ぶ。……あるいは、直ぐに超えられるかもしれないほど。

 

 魔王曰く、彼女たちはこの世界が生んだ新たな妖精だという。

 ……そんなことがあるのか!とシシカと驚いていたのも随分前に思えてくる。長いこと引き籠っていたせいで、了見が狭くなっていたようだ。外には出るものである。

 ここを乗り越え、彼女たちを我ら妖精の住処へと連れていく。

 それが今のタッサの目標であった。

 こんなところで、騎士ごときに止められていいはずがない!

 

『――タッサ!』

 

 イオからの声が響く。

 彼女とランバは少し離れたところで騎士たちの相手をしている筈だが……。

 

『騎士たちがそっちに向かった! ……多分、岩を壊す気よ!』

『……成程の。そう来るか』

 

 やはり死しても狡猾な人類だ。

 すぐさま事態を理解して、仲間たちを助けようとしているらしい。

 イオの言葉通り、周囲の瓦礫や建物跡から多数の足音と影が駆け込んでくる。

 先に潰していた連中の全てが復活しているのだ。その数は膨大だ。

 

 だが丁度いい。

 敵が向かってきてくれるのだから、片っ端から潰して、封じてしまおう。

 

『アタシたちは赤枝を止める! だから――そっちは任せた!』

『おう! ウミ、後ろに居ろよ』

『……うん。周りは任せて』

『ああ。行くぞ!』

 

 復活した騎士の群れへと、二人の妖精は魔力を放出する。

 崩壊した王都での戦い。その第二幕が開始した。

 

 

***

 

 

 数多の騎士たちが起き上がり、タッサたちが護る背後の岩場へと走っていくのをランバとイオは見逃すしかなかった。

 

「……なんで起きるかなあ……」

「……ええ、本当に」

 

 彼らの前には真っ赤に輝く槍を携えた騎士が立ち上がり、睨みを利かせているからだ。

 樹冠の騎士・赤枝。壁上でイオを襲撃してきてからずっと、ランバと一緒にこの化け物騎士と戦いを続けている。

 イオの防御力ではあの槍の一撃で身体が消失する。いくら替えがあるとはいっても、当たりどころが悪ければ即死だ。

 だがその槍撃もランバの籠手なら数撃程度は防げる。故にランバが前衛で防ぎイオが後ろから刺す。それが作戦なのだが……。

 

『――――』

 

 もう何度も聞いた、空気の焼ける奇怪な音が鋭く鳴る。

 先程まで立っていた場所からいつの間にか消え失せていた赤い光が、手前で瞬く。

 死角へと潜り込んだ不意の一撃、それを青く輝く魔法陣が弾いて防ぐ。

 

「――――っ!!」

 

 振るわれた槍と弾いたランバの右腕が共に上へと跳ね上がる。

 隙が生まれた胴体へとイオが炸裂弾を放ち、爆発音とともに噴煙が立ち上る。

 魔獣を吹き飛ばす特別製だ。騎士の硬い鎧もただでは済まない筈だが……。

 

『――――』

 

 赤い閃光が奔り、噴煙が掻き消える。

 そこに――赤枝の姿はない。

 途端に脳内に鳴る警告音。

 イオの視界に映像が割込み、上空に舞う赤色が見える。

 

「上!!」

「――はっ!!」

 

 飛び退き叫ぶイオの声を聞き、ヤザンは前方へと飛び込んだ。

 直後二人が立っていた場所に赤い槍が突き立ち、ため込んでいた熱波を着弾地点へと吐き出した。

 距離を取っても肌が痛む程の熱が放たれている。このままでは余波だけで銃が溶けるかもしれない。

 

 砂塵代わりの赤い光が消えると、そこには当然赤枝が膝をついている。

 その鎧はほんの僅かに損傷しただけで、欠損は見当たらない。

 

(……やっぱり、弾も全部焼かれてるっぽいね)

 

 先程の銃弾も、届く寸前に焼かれて起爆したようだ。

 硬い獣皮を溶かす熱槍は銃弾すら溶かすらしい。

 本来なら自身すら焼き焦がす危険な手法だが、不死身になった今なら関係ない。

 盾も持たない槍騎士が、肉のせいで凶悪な耐久性を得てしまっているのだ。

 

 そして、生前の狡猾さは変わらず持っている。

 誰よりも高性能な目を持つイオだが、だからこそ死角外の攻撃には非常に弱い。どうやってか、あの騎士はそれを理解している。

 都市中に展開していた小型飛行機を近くに集めて死角を埋めておいて良かった。

 だが今のやり合いでこっちが『視えて』いることには気づかれた。

 

 これが救世の英雄の力と経験。

 薄皮を一枚一枚剥ぐように、こちらの手札が暴かれている。全てに対応されたら、お終いだ。

 そして今、イオとランバは分断されている。

 

「ああ、もう! 決め手に欠ける!」

「イオ殿! 退避を!」

「はいよー!」

 

 ゆっくりと立ち上がる赤枝との間に、手榴弾をばら撒いて飛び退く。

 そのうち一つを撃ち抜いて爆発させ粉塵での煙幕を作り出した。

 それと同時にヤザンが攻撃を仕掛けて意識を引く。それが彼が不死を得る前に繰り返していたやり取りであったが――。

 

『――――』

 

 その爆炎の中を突き抜けて赤枝がイオを狙う。

 

 ――槍の熱より温い爆風なら、当然抜けるよね!

 

 そしてやはり狙撃手を狙う。何か過去に因縁でもあったのだろうかと思う程に。

 だが相手は世界最高の騎士。凄まじい速度で駆け抜け、放たれた一槍は正確にイオの胴を貫いた。

 

「……っ!」

「――――?」

 

 だが赤枝は直ぐに違和感に気が付く。

 感触がまるでない。何もない空を突いたかのような――。

 そして見る。彼女の腹の目の前に、がぱりと開かれた穴があることに。

 貫いたと思ったモノは、彼女の身体ではなく穴の先の異空間であったのだ。

 

 あり得ない事態にさしもの騎士も身体が固まる。

 そんな彼へと、イオが笑いかける。

 

「これなら、流石に喰らうでしょ?」

 

 そう告げて、炸裂弾をほぼゼロ距離で鎧の隙間――顔面へと撃ち放った。

 爆発音とともに放たれた弾丸は、硬い兜を内側から貫いて、その脳漿を爆炎とともにぶちまけるのだった。

 

 

***

 

 

 それは、エリ相手に特訓を行っているときのことだった。

 ランバがイオに、対『樹冠の騎士』の秘策を開示したのだが……。

 

「……え? 図書館を使うの?」

「ええ。我輩の図書館の異空間機能を利用します」

 

 彼は片手で図書館の扉を開いてみせたのだ。

 

「……え? どうやって?」

 

 その先にあるのはいつもの図書館だ。

 それが一体なんの役に立つというのか。

 首を傾げるイオに、ランバは表情を変えずに続ける。

 

「この図書館は、我輩の半径10メートル以内にその入り口を出現させることが可能です。位置は自由。角度もある程度ならば調整が利きます。そして、この入口を通ったものは、一時的に消えます」

 

 そう言って片腕を空間に突っ込んだ。

 言葉の通り、イオから見て腕の先は消失している。

 

「つまり、緊急時に潜ればどんな攻撃も回避することが可能なのです。そして、イオ殿」

 

 そのまま身体を図書館内へと移すと、立てた指の先端だけをこちらへと見せた。

 

「あなたが図書館の中から入口を狙撃すれば、それは誰も予測できない不可視の一撃となりえます」

「おお!」

 

 ぽん、と手を叩いてイオが声を上げる。

 

「それは強そうだね。……あ、あと。その入り口で攻撃を受ければ、色んな攻撃、防げるんじゃない?」

 

 どんな攻撃だろうと貫通することなく図書館に入るのならば、致命の一撃だろうと防げるはずだ。

 それこそ霊竜の熱線でさえ受け止められる、無敵の盾になる。

 

「何を馬鹿な……。そんなことをしたら中が無事ではすみませんよ! 蔵書は欠片でも傷つけさせません!」

「そこはほら、入口に盾とか設置すれば平気でしょ? いいじゃん! 緊急時には使えるよ! チビルナに頼めば間に合うから、行くよ!」

「いや……だとしてもですな……ええ? 本気ですか……!? 訓練は……!?」

「どっちもやるよ! ほら急いで!」

 

 早速チビルナたちの下へと連絡をし始めたイオを見て、ランバは教えたことを早くも後悔し始めていた。

 

 

***

 

 

 そして、幸か不幸か、その出番は直ぐにやってきてしまったのだ。

 

「ランバ、ありがと!」

「いえ……ご無事で何より……。床、溶けてますよ絶対……」

 

 荒い息を必死で整えながら、ランバは言う。

 咄嗟ではあったが、ランバは図書館の入口を開いていた。

 赤枝の一撃は図書館に吸い込まれ、熱波はそのエントランスで放たれたことだろう。

 チビルナたち謹製のバリケードを設置してはいるが、間違いなく床や壁は溶けている。さっさと戦いを終わらせる理由が増えたランバであった。

 

「で、倒したわけだけど……治るよね、こいつ」

 

 目の前には痙攣するように震えている赤枝が倒れている。

 頭を吹っ飛ばしたのだが、早くもその傷は塞がりつつある。

 槍を握る手には既に力が籠められ、バタついている足は地面を踏みしめつつある。

 間もなく立ち上がるだろう。

 

「タッサ殿のように、拘束するしか手はなさそうですな」

「でもこのまま連れて行っても、危険だよね。……拘束手段、何かある?」

「一応ありますが、腕や足を拘束する、対人類用です。この相手なら腕ごと引きちぎって終いかと……」

「そうだよね……あ、そうだ」

 

 おもむろに銃を抜くと、治りつつあった赤枝の頭を再び撃ち抜いた。

 

「こうすりゃ止まるか」

「……容赦がないですな」

「してる状況じゃないでしょ。でもこれも一時的だし、このやり方だとアタシたちの一人はここにいなきゃいけない。この数相手に動けないのは不味いね」

「無理矢理引っ張っていくしかないのでは?」

 

『殺しながら』運べばそれも可能だろう。

 

「それしかないか……。ねえランバ。あいつの武器、図書館に仕舞える? アタシが手を吹き飛ばすから、その隙に。万が一動いた時用にさ」

「できるでしょうが、あの様子だと少しの血肉も入れたくはないですよ?」

 

 再生基準がわからないのだ。収容した先で再生でもされたら困る。

 

「ああ、それもそうか……。じゃ、遠くに捨てよう。流石に分裂はしないでしょ」

 

 言うが早いか、イオが右腕に銃弾を放つ。

 顔、右腕と交互に執拗に打ち込んで、手甲ごと指を吹き飛ばした。

 

「ランバ!」

「……こうなればヤケですな!」

 

 再生が始まる前に飛びつき槍を確保すると、それを遠くへと、都市の外の砂漠へと放り投げた。

 念のため風の魔法で飛ばしておいた。取りに行くだけでも時間がかかるだろう。

 

「よし、これで戦力低下。後はどうやって拘束するかだけど……」

「――――!!」

 

 言葉の途中で、赤い光が舞い上がった。

 

「――は?」

 

 赤枝の周囲で、突如炎が吹き荒れたのだ。当然放った銃弾は溶かされ、再生を中断していた破壊は止まる。代わりに彼の身体は炎に焼かれていくが、大事なのは『頭』の再生だと言わんばかりの強行であった。

 

「……マジ?」

 

 思わずそう呟くイオの前で、更に炎が噴きあがる。

 銃弾をとっさに撃ち込むも、反応はない。

 荒れ狂う炎のわずかな切れ間で、騎士がゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 

 腕が払われ、炎が掻き消える。

 そこには槍と手甲こそ失ったが、五体満足の騎士が立っていた。

 

「――――」

 

 彼の周囲に、炎の槍がいくつも浮かび上がる。

 圧倒的な熱量が凝縮されたような、とろけるように輝く赤光。

 それは先程まで持っていた彼の得物が、沢山浮かんでいるのと同じで。

 触れれば即死の槍撃が、数倍に増えた形になる。

 

 ――何で武器を捨てたら増えんのよ!

 

 叫びたかったが悪態をついている暇は、なさそうであった。

 

「イオ殿!!」

 

 ランバが咄嗟にイオに飛びつき、図書館の扉を開いた。

 視界が図書館に上書きされる前。

 微かに映ったのは右手をこちらへと振り下ろす赤枝の姿で。

 イオは今日最大の音量で、後ろにいる筈の仲間に吼えた。

 

「タッサ、ウミ、避けて――――!!」

 

 イオたちが異空間に消えるのと同時に、大気を溶かす熱槍がかつての大街道を駆け抜けるように放たれた。

 

 

***

 

 

 遠くで赤い光が爆発するように瞬いたのが見える。

 何らかの魔法の発現だろうが、気にしている余裕はない。

 騎士復活の報を聞いてから俺とシルトは空中に滞在したまま、動けずにいた。

 

 何故なら騎士が蘇ったのならば、竜もまた蘇るということだからだ。

 その予測通り――。

 

『――――!!』

 

 赤く染まった海から咆哮とともに閃光が立ち昇り、堕ちた筈の黒竜が姿を現した。

 当然、こちらも再生付き。……決定打を与えられているわけではないから、恐らく、だけれど。

 

「埒が明かない……!!」

 

 ヤザンの不死は骨を治す。ならば骨竜の外殻は?

 ただでさえ硬い骨竜が不死性を得たのなら、その耐久性はまさしく『不壊』だろう。

 今の我らに対処する術はない。

 唯一の幸運は、他の骨竜は頭を吹き飛ばして海中に沈んだ事だろう。

 

 不死が付与される前にバラバラになった連中は、流石に起きてこないらしい。

 他の混獣種が起きてこないこともある。何か基準があるのかもしれない。

 兎も角、このまま戦っていても時間が無駄になるだけだ。

 

『――――(魔王よ、これは我が受け持とう)』

 

 その事を理解しているのだろう。

 速度を上げて突っ込んできた黒竜の激突をいなしながら、シルトが言葉を飛ばしてくる。

 

『――――(主はあれを頼む。あれが、こ奴らの源だろう?)』

「……それが良さそうだ」

『――――(場所を変える。奥へと運ぶ。援護を)』

「ああ。――蛇!」

 

 竜同士が激突して停止した所で蛇を張り付け、骨の喉元を爆破で揺さぶる。

 これが何度か試して、一番骨に()()方法だった。

 

 空中で僅かに硬直したその隙に、シルトが骨竜を更に海の奥へと押し運んでいく。

 近くで戦って、あの巨大肉獣の戦いに巻き添えになるのは俺もシルトも避けておきたかったからな。

 飛んでいく二匹の竜を背に俺は肉の巨大獣へと飛び出していく。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 目の前の巨大獣は、まだ多少距離があっても視界の半分以上を埋め尽くしている。

 呆れるほどの巨大な質量。

 あれをどうやって倒せばいいかは分からないが、やれることは一つだ。

 手当たり次第に、破壊する。

 

 あれだけの質量の再生が無尽蔵にできるとは到底思えない。

 万が一できるのだとしても、あれが自由に動くのだけは防がなければならない。

 故に、破壊する。

 そしてそれは、俺の最も得意な分野だ。

 

「吸え、蛇!」

 

 ありったけの蛇を解き放ち、魔法陣に変えていく。

 あの巨大獣が放出してるのか、今この一帯の魔力量は異常な程に高まっている。

 疲労さえ無視すれば、魔法戦における俺の全力を解き放てる。

 吸って、吸って、吸って――空に眩い光が浮かび上がった。

 

「――放て!」

 

 計10門の魔法砲撃が砂漠の空を駆け抜け、未だ吼えている巨獣の首に炸裂した。

 分厚い首の倍はあろうかという爆発が起きる。

 

 真っ赤な血肉が弾け飛び、周囲に真っ赤な輪のように舞い散って血肉の豪雨が獣の周囲に降り注ぐ。

 濃密な血煙が立ち込め、獣の首ががくりと折れ曲がっていく。

 肉を半ば削ったのだ。支えを失ったのだろう。

 

 このままもげてくれればよかったのだが、それは直ぐに止まってしまった。

 血煙の隙間。肉がぼこぼこと動いているのが見える。

 かなりの肉を抉った筈だが、再生が早い。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 欠けた首で肉獣が再び吼える。血肉で溺れたようにくぐもった音色が響きわたった。

 今までのんびりとしていた動きが一変。

 地響きとともに、巨獣の首が揺らいだ――かと思うと、視界を黒い影が覆う。

 横を見れば、首より分厚い尾が、こちらへと迫っていた。

 

「……はっ――」

 

 響いたのは、空気が押しのけられる擦過音だけ。

 塔程の厚さの尾撃を受けた小粒の魔王は、遥か遠くの海原へと吹き飛んでいくのであった。

 

「――――っ!!」

 

 海面を何度か跳ねて、海中へと叩き込まれた。

 蛇で壁は張ったが、あっさりと砕かれてしまった。

 たった一撃で身体中の骨が折れたのがわかる。

 

 空中にいて助かった。

 角度が悪ければあれが地上に叩きつけられ、イドラ宮もろとも皆が潰されていただろう。

 俺一人で済んで良かったが、代わりに激痛で満足に泳ぐこともできない。仕方なく力を抜いて浮くのを待つ。

 

 まだ首は半分程しか繋がっていなかった筈だが、巨大獣はなんの苦も無く動いていた。

 やはり不死の大本。あれくらいでは大した損害ではないらしい。

 首を完全に吹き飛ばせればまた変わるかもしれないが、あの質量を一度に破壊するとなると、一人では難しい。

 シルトかイオがいれば足りるかも知れないが……呼んでいる余裕はない。

 

 となると次は……。

 

 そんなことを考えているうちに、身体が海面へと浮き上がった。

 だが身体はまだ重く、再生も途中だ。

 今追撃されたら終わりだが、向こうからしたら豆粒ほどの俺を捕捉する手段はないだろう。あったら素直に諦める。

 さてどうしたものかと考えていたら、船を漕ぐ駆動音が聞こえてきた。

 

『マオーサマ!』

「チビルナか……」

 

 ロアたちを運んだ小型船のチビルナたちが回収に来てくれた。

 彼女たちはあれから動いていなかったようだが、それが幸いしたらしい。

 血の雨で船体が赤く汚れてしまってはいたが、奇跡的に攻撃を受けることなく無事だったようだ。

 

 三人の乗務員チビルナたちが俺を引き上げてくれる。

 ……丁度いい。今は彼女たちに頼るほかない。

 

「チビルナ、聞いてくれ。俺は今、身体が動かせない。そして、あの巨大な化け物をなんとかしなきゃいけない。俺をあいつの近くに運んでくれ」

『リョーカイ!』

 

 二人が俺を支え、一人が操舵を担う。

 すぐさま船は動き出し、巨大獣へと滑るように進んでいく。

 

「俺が攻撃を開始したら、あいつは俺を狙ってくるだろう。そしたら全力で逃げてくれ。盾は張れるが、あの質量じゃ潰される可能性の方が高い」

『リョーカイ!』

 

 逃げられるかは分からないが、やるだけやってみるしかない。

 滑り進む船上で再び蛇を解き放ち、魔法陣を作り出していく。

 首では大した足止めにならなかった。ならば今度は片足を潰して体勢を崩す。

 再生中に後ろ脚を潰せれば、あの自重で海に沈められるかもしれない。

 あれ程の巨体だ。泳げはしまい。

 

『マオーサマ!』

「ん? ……それは……」

 

 チビルナの一人が取り出したのは、武骨な機関銃であった。

 彼女たちの拠点防衛用装備の一つ。

 魔力で生成した弾丸を雨のように放つ装備だが、一発一発の威力は弱く骨竜の殻を砕くことは叶わなかった。

 だが今回は柔らかい肉獣相手。しかもこれは、俺に足りないものを補ってくれる筈だ。

 

「借りるぞ!」

『ハイ!』

「――蛇!」

 

 魔法陣の一つを呼び寄せ、機関銃の先に固定した。

 更に一匹蛇を銃身に仕込んで、魔力を浸透させていく。

 これで強化した弾丸を放つ兵器の出来上がり。先程よりも量が――俺に足りない手数が増え、より肉を抉れる筈だ。

 

「これで良し。……行くぞ」

『リョーカイ!』

 

 再び、今度は海上から砲撃を放ち、右前足を吹き飛ばす。

 今度は接地面の直ぐそばを消し飛ばすことで確実に身体を傾かせる。

 ぐらりと揺らいだ右足へと、続けて機関銃を連射した。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 火の魔法を帯びた弾丸が赤い肉塊に激突し、連鎖爆発を起こしていく。

 連射される弾丸と、強力な蛇の砲撃が隙間なく肉に叩き込まれる。

 それにより再生よりも早く破壊が進み、右前足が消し飛んで巨体が浮いた。

 

 ――行ける。崩せる!

 

 だが相手もただではやられてくれない。

 長い首がこちらへと向くと、その口から真っ赤な何かが放たれる。

 

「まずい――熱線が来る! チビルナ、旋回しろ!」

『ヨーソロー!』

 

 ドロドロと嘔吐していただけのように見えたそれは、徐々に勢いを増し、太く巨大な血の濁流へと姿を変えた。

 縦に振るわれた赤の熱線――否、熱流閃とでもいうべき攻撃を全速力で海面を滑り回避する。

 避けはしたが、熱流閃の着弾地点で海面が潰れ、直後巻き戻るようにして巨大な波が発生した。

 

「――――っ」

 

 どうやらあれは奴が吐き出した血肉らしい。

 あり得ない質量の肉が熱線の如き速度で放たれたのだ。海面から湯気が上がっているから、熱量も凄い筈だ。

 当たれば単純な重さに潰れて終いだろう。

 

「そのまま避け続けてくれ!」

『リョーカイ!』

 

 熱流閃や尾撃を回避しながら、再生しつつある身体を破壊していく。

 やはり僅かながらこちらの攻撃が上回っているようで、どんどんと巨体に欠損が広がっていった。

 だがこちらも機関銃の銃身が赤熱し始めている。上手いこと弾幕を管理せねば瞬く間に修復されてしまう。

 

 ならば、狙うは四肢だろう。

 体勢を崩せば動き出すのも防げ、銃身を冷ます時間も稼げる。

 そのまま右後ろ脚を破壊し、ズレた右半身が傾き倒れた。

 地響きと共に、情けない声が巨大獣から上がる。

 

 よし、このままもう片方の足も壊せば……。

 そう思った時、足の捻れで抉れた胴の肉の中に黒い何かが見えた。

 

「……? あれは……?」

 

 今まで見た事がない異物。

 触れれば危険かもしれないが、直感に従った。

 あれを壊すべし、と。

 

「放て、蛇!」

 

 魔法陣の砲撃と、機関銃の連撃をその異物が見えた一点に集中させる。

 肉が吹き飛び、先程見えた黒い異物がその中から飛び出した。

 それは――巨大な金属塊であった。

 

「あれは……まさか……!!」

 

 空中で回転していく金属塊が光を放ち、ばらばらに砕かれていった。

 そこから現れたのは――。

 

「よし出られた……って、空中じゃねーか!」

 

 監獄の奥へと向かった筈の、ロアとヤザンであった。

 

 

 

 

 

 

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