人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第74話 医師と鉄

 

 

 

「……静かになったか?」

「そのようじゃな。揺れも止まった」

 

 彼らが外に飛び出す少し前。

 外で不死の軍勢との消耗戦が行われている最中、事の発端である骨の男と錬金術師は暗くて狭い場所に二人きりで閉じ込められていた。

 

 丸まるロアにヤザンが覆いかぶさった状態のまま、彼らの身体は光も碌に通さない何かに囲まれている。

 試しにヤザンが骨の指で叩くと、カンカンと甲高い音が返ってくる。

 

「お主のお陰で潰されず済んだが、動けんな。……これは、金属か?」

「ああ。オレの魔法だ。あの状況じゃ潰されてただろうから、分厚い殻を作っといた」

 

 核を確保した後、部屋を揺るがす轟音を聞いたロアは、咄嗟に金属魔術を放った。

 逃げることは叶わず、あの肉の圧力では僅かな時間しか障壁が持たないことは身をもって知っている。だから、最終手段に頼ったのだ。

 

「あの状況じゃできるかどうかは賭けだったが、上手くいって良かったよ。……代わりに、一歩も動けねえけどな」

 

 ロアの秘儀である金属魔術はそこらに満ちている魔力では発動することすら叶わない。

 風や火を生み出すのとは訳が違う。『重い』物質を作るのには、もっと濃くドロドロとした源素がいるのだ。

 

 幸いロアたちがいたのはナウファルの体内だった。本来核を通じて濾過されるはずの源素――魔力の源をこの肉は馬鹿みたいにため込んでいた。

 それに気が付くのが遅れていたら、今頃二人とも肉に潰されていただろう。

 

 流石のヤザンの不死も、隙間なく綺麗に潰れれば消滅する筈だ。……だよな?

 案外、潰されるギリギリで耐えるのかもしれない。再生の圧力――研究対象としては面白そうだ。

 

 とまあその結果、ロアは骨男と密着状態で閉じ込められている。

 

「うむ。流石にこの状態では何もできん。しかし、何が起きたのか……ロア、お主は何か分かるか?」

「さあね。ただ、あの肉が暴走したのは確かだろ」

 

 あの変化は核を抜き取ったことで起こった。

 死滅してくれればと期待した肉は、むしろその逆で爆発的に増えたのだ。

 どう見ても、制御を失ったように。

 

「肉が無くなってれば今頃蛇たちからの反応があるだろ。それがねえってことは、オレらは肉の中に捕らわれてるってことだ。今解いても呑まれて終わり。……手詰まりだろ」

「むう……せめて剣があれば……」

 

 肉に呑まれる直前、ヤザンはロアを覆うために剣を放り捨てている。

 今頃肉のどこかに埋もれている筈だ。

 

「あっても斬るなよ!? お前と違ってオレは貧弱なんだからな。ま、外の連中が異変に気付いてなんとかするだろ。それを待つしかねえよ」

「通信はできぬのか?」

「駄目だね。これは魔力も遮断する特別製だ。じゃないと、見つかるからな」

「……」

 

 その一言で、二人に漂う空気が切り替わる。

『見つかる』と、ロアはそう言った。それは今この時の話ではないだろう。混獣種や騎士たちに見つかることなど、今はどうでもいいのだから。

 ならば何に見つかるのか。その答えは、彼の伝説が教えてくれる。

 

「……錬金術師ロア。その名は、ワシもよう知っておる」

 

 ヤザンのその言葉で、ロアも自らの失言に気が付く。

 舌を打ち、大きく息を吐き出すと、誰に向けるでもない笑みを浮かべた。

 

「オレもよく知ってるよ。獣人の貴族を殺した大悪党サマだろ?」

 

 目覚めた後、ルナに自分の絵物語を見せてもらったからロアも知っている。

 それはそれはおどろおどろしい姿の、髪を振り乱した化け物の姿が描かれていた。

 獣人の腹を開いて核を抜き取って、食べるのだという。

 

 ――アホらしい。んなことしたら魔力過多で一発で死ぬわ。

 

「ああ。子どもたちに良く教え聞かせたものだ。悪いことをすればロアに核を抜かれるぞ、とな」

「おっ、それ、オレも聞いたことあるぜ? 母親が子どもに言ってる真横を通ったこと、何度あったか。んなことやるやつ、直ぐに捕まるだろ。ま、おかげで長いこと逃げられたがな」

「お主の姿を見て、ロアだと気付くものもおらんだろうからな……」

 

 当時はまだ彼のような後天的に不老となった特殊な人類――魔人の存在は市井にまで広まってはいなかった。

 

 故に極一部の、特権階級の獣人たちが放った追跡者を除いてロアを捕捉できたものはいなかった。

 その点において、あの時代に生まれてよかったとロアは心からそう思う。ルナたちのいた最新の時代なら直ぐにバレて取っ捕まっていた自信がある。

 それくらい、ロアは単体での戦闘・逃走能力に乏しい。

 

 肝心の金属魔法も限定的にしか使えない代物。

 追手相手には、逃げの一手だった。

 

「それでも最後は追い詰められてな。仕方なく洞窟の奥で自分を金属で固めて眠りについたんだよ。今みたいにな」

「……一応聞いておくが、解けるんじゃよな、これ」

「あたりまえだろ。じゃなきゃオレは今も洞窟の奥で寝てるよ」

「そうじゃな、それもそうじゃ」

 

 安堵の声を出し、ヤザンは身体の力を抜いた。

 大した重さではないが、圧し掛かられている形のロアが骨を睨もうとするも、首すら動かせないので諦めた。

 彼らの耳には、どこか遠くのくぐもった何かの爆発音が聞こえ、断続的に金属の殻が揺れるのが伝わってくる。

 

「……なあ、ロアよ」

「今度はなんだよ?」

 

 揺れに合わせてカタカタと自身の骨が鳴るのを感じながら、ヤザンが問いかけるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「お主、どうしてそんなことになったんじゃ? 獣人殺しも、悪の錬金術師と呼ばれているのも。今のお主を見ていたら想像もつかぬ。……お主のことだ。何か理由があったんじゃろ?」

「あ? そんな話してる場合かよ。肉の暴走で何が起きるのかわかんねえぞ?」

「……何かできることでもあるかの? ワシはない」

「そりゃあ……ねえな」

 

 真横の金属壁を叩いて、ロアが呟く。

 出来ないし、あってもするなと自分が言ったばかりだ。

 

「じゃろ? どうせしばらくは暇なんじゃ。暇つぶしに付き合ってくれ」

「オレに得ねえだろそれ……まあいいか。お前の話は聞いてるしな。一方的てのも座りがわりいか。ただ、別に大したことじゃねえぞ?」

 

 ため息を一つ吐いてから、ロアはゆっくりと話し始める。

 特異主の中でも最古の時代を生きた男の過去を。

 

「オレはここから更に北……中央部の生まれでな」

「中央……。テティアか? ハヴェスか?」

「どっちも知らねえな。オレんときはタマルって名前だったよ。当時は領主……まあその街の支配者の名前が街の名前だったんだよ。この街はタマルさんが治めてる。だからタマルの街……単純だろ? で、当時は獣人たちの楽園でな、オレたち人間は奴隷の様な扱いを受けてた」

「……ああ。それは知っとる。まだ文明も未熟で、力が全てだった時代じゃ」

 

 ヤザンたち騎士の始祖、至天もまたその弱き人間の一人であった。

 彼には類稀なる力があった。だがそれがなければ、この騎士の国は生まれてはいなかっただろう。

 

「そうだ。そんな世界では、ガキだったオレがそんな中を生きていけるわけもなくてな。碌に飯も食えずにぶっ倒れてた。そこを、拾われたんだ」

「拾われた?」

「ああ。……お人好しの、妙な爺にな」

 

 

***

 

 

 オレのいた時代は、アンタの居た時代より……200年前? 結構離れてんだな。まあ昔だったんだ。

 

 当時の人間は、そりゃ弱かった。

 この世界は獣人サマの天下で、オレたち人間は奴らのおこぼれを……あー、一応? もらって生きてた。

 街は獣人サマと奴らの下僕だけが暮らし、オレたちみてえな残り物は街の外にゴミ溜めの様な集落を作って暮らしてた。

 

 オレは孤児でな。――ああ、戦争じゃねえよ?

 そんな大層なもん、オレの時代にはまだなかったよ。

 魔獣だ、魔獣。アレの素材は高く売れたんだ。

 だから当時は多くの人間が一発逆転を狙って狩りに出て、死んでったよ。オレの親もそうだったんだろ。顔も覚えてねえけど、多分な。

 

 そうするとな、集落には残された連中が集まる。殆どは十にも満たないガキだ。大体は集落で何もせず、元気な奴らは街に盗みに入って、獣人にボコられて集落に捨てられる。

 あいつらつええんだ。魔法も碌に知らない当時の人間じゃ敵わねえよ。

 あ? 何でんなこと知ってるかって? オレがそのガキだからだよ。

 

 目が覚めたらゴミを漁って食い物探して、それでダメなら街に入って盗みを働く。上手くいきゃその日は食える。駄目ならボコボコにされて気絶してその日は終わる。分かりやすいだろ?

 何の力も知識もないオレに他に生きる道はなかった。

 ……そう思ってたんだがね。違ったらしい。

 

 ある時、いつも通りぶん殴られて気絶してたんだが、目覚めたら知らないところにいたんだ。

 変な匂いのする場所だった。柔らけえ布の上に寝かされててな。

 起きた時は驚いたよ。だってそこはオレが呑気に寝てていい筈がない場所……街の中だったからな。

 

『……? ここは……?』

『起きたか、クソガキ』

『……っ!? 誰だよ、お前!』

『お前だあ? 口の利き方がなってねえガキだな。オレは医者だよ、医者』

『……はあ?』

 

 遂にとっ捕まって殺されるのかと思ったが、逆だった。

 オレを拾ったのは妙な爺でな。自分は医者だっていうんだよ。

 

 医者って分かるか? ……アンタの時代には流石にいたか。

 当時はまだ医術って概念がなくてね。医者なんてものは見た事も聞いた事もなかった。

 

 何せ天下は獣人サマのもの。奴らは丈夫だろ? しかも大抵の傷は放っておいても勝手に治るときた。

 よほどの大怪我か病気とかでなら死ぬが、そうなったら手遅れ。諦めましょう。そういう連中だ。

 

 そのせいで、奴らは人間がぽんぽんと死んでいくのが不思議だったらしい。

 魔獣に肉抉られたくらいで何を死んでんだってな。いや死ぬだろ普通。

 ただ外の連中が勝手に死ぬのはいいが、奴らの手下の人間が死んじまうのは困ったらしい。

 

 力仕事は獣人に。手先作業は人間にってな。器用で力の弱い人間には、獣人にはできない仕事が出来たんだ。だから困った。

 それを解決してみせたのが、その爺だ。

 

『傷はどうだ、痛むか?』

『いてえ……けど、いつもよりずっと楽だ。なんだこれ?』

『すげえだろ? 医術って言うんだよ。痛てえもんも苦しいもんも、綺麗に失くしちまうんだ』

『イジュツ……?』

 

 傷口を縫って血を止めて、草を摺りつぶして傷を塞ぐ。それで傷が治っちまうんだ。

 終いにゃ獣人サマを苦しめてた病気まで治しちまったんだぜ。

 何を食ったらんなこと思いつくのかね。

 

 ただそのおかげで、あいつは地位を得た。

 当時の人間には珍しい特権階級だったぜ?

 家もデカくて綺麗でな。人間が住んでるなんて信じられなかったよ。

 

 そんな爺が、何を思ったのかそこらに転がってたガキを拾ったんだ。

 ああ、別にそいつがガキを拾って治すなんて慈善家だったわけじゃねえ。

 ちゃんと目的があって、オレを拾ったんだ。

 

『……なあ、なんでその医術?を俺に使ったんだよ。金なんてないぞ、俺』

『んなもん分かっとるわ! なあ、お前、オレの仕事を手伝え』

『……はあ!? 俺が!? できるわけねえだろ』

『まだガキなんだ。直ぐに覚える。手伝えば飯食わしてやるよ、どうだ?』

『……腹いっぱいか?』

『おう、当たり前だ』

『なら、やる』

 

 あいつはな、言ったんだよ。オレに仕事を手伝えって。

 

 信じられるか? そこらで盗みをして倒れてたガキだぞ?

 それが獣人サマお抱えの医者の仕事を手伝えだって言うんだぜ?

 気でも触れてるのかと思ったよ。

 

 だが、手伝えば飯が貰えるってんでな。喜んで手伝ったさ。

 それから、その爺の家に住み着く様になった。

 

『おーい、先生いるかー?』

『ジジイなら奥で診察中だよ、アリーさん』

『おうロア坊か。ラッタさんが腕を切っちまってよ、治療頼めるか!?』

『はいよー。入りな。傷洗うから』

『助かる! おい、運べ運べ!』

 

 毎日爺の仕事を手伝って、それが終わったらつきっきりで医術の勉強だ。

 忙しかったが、ゴミ溜めの暮らしよりは百倍マシだ。飯も食えて、綺麗なベッドで寝れるんだ。最高だったぜ。

 

 爺の言う通り、学のないガキでも詰めこみゃ何とかなるもんでな。

 最初は草を摺りつぶしたもんでどうやって人が治るのか不思議だったんだが、いつの間にか一人で薬も作れるようになった。

 質の良い薬草を選んで配合量を調整して……段々覚えてくると、これが結構楽しいんだよ。

 

『……できた』

『おう。初めてにしちゃ上出来だな。いいかロア、薬は丁寧に扱え。これは一番簡単な塗り薬だが、それでも草の粗さ一つで出来が変わっちまう。その出来が、生死を分けることもあるんだ』

『ああ、気を付ける。……なあジジイ。これ、貰ってもいいか?』

『あ? まあオレの患者には出せねえからな。好きにしろよ。またあのガキ共のとこか?』

『おう。ちょっと出かけてくる』

『……ああ。気を付けろよ』

 

 修行がてらオレみたいな集落のガキどもを治してたら、兄貴なんて懐かれてな。

 仕方ねえから爺から教わった文字とか計算を教えて、街でも働けるようにしてやった。

 その伝手で獣人に雇われた人間たちとも仲良くなってよ、いつしかオレは、爺の弟子だって色んな所に認知されちまったんだよ。

 

『おい、ロアいるか?』

『なんだよナシルさん。ジジ……先生なら往診中だぞ』

『うちのガキが熱出して倒れたんだよ。ほら、前にくれたお前の薬、良く効いただろ? 今回も頼むよ』

『……』

『ロア? どうした?』

『お、おう。直ぐ用意する』

『ありがとな! 流石お医者様だ』

『……お医者様、ねえ』

 

 ゴミ溜めで襤褸切れみたいに暮らしてたオレが、お医者様だぜ?

 わけわかんねえよな。

 でもよ、人を助けられるって、いいもんなんだよ。

 死にかけてたやつが、ありがとうって笑うんだ。……それがよ、嬉しいんだよな。

 

 いつしかオレは、爺の弟子として名が知られるようになっていた。

 そして、その頃にはタマルの街以外にも爺の医術が広まり始めててな。爺は師事を受けたいと引っ張りだこだったよ。

 その間はオレが治療するんだ。爺の一番弟子だったオレも、獣人サマに呼ばれて治療をするようになってたからな。

 昔オレを殴った獣人野郎も治療してやったぜ。ちょっとだけキツイ薬にしてやったけどな。

 

 んでだ、その頃には獣人のお偉いさん……今でいう領主サマも大分マシな奴になっててよ。人間たちもようやく下僕じゃなく自分たちの力で街で暮らせるようになってたんだよ。

 爺の医院もガキたちや生き残りの大人たちを雇えるようになって、獣人と人間が共存する、そんな街ができていたんだ。……すげえだろ? あの爺は自分の技術一つで、それを成し遂げたんだよ。普段は口の悪い爺だがな、あの爺こそ歴史に名を遺すべき偉人だと思うぜ?

 

 ま、その分沢山死なせてるけどな。オレたちの治療は、全部が全部うまくいったわけじゃねえ。沢山死なせて、それでも助けられた命から技術を作るんだ。

 爺なんて、何度も恨まれた奴に殺されかけたよ。ぶっ飛ばしてわざわざ治してやってたけどな。あの爺、どこで覚えたのか魔法を使うんだ。その辺の獣人にも負けねえくらいつええんだよ……そう考えるとあの爺も大分やべえ奴だよな。そうでなきゃあんなこと出来ねえけどさ。

 

 そんな爺の跡を継ぐんだ。このオレが。ゴミ溜め生まれのこのオレがだ。

 できるわけねえとも思ったけど、それ以上にやってやろうとも思った。

 それを望んで、爺はオレを拾ったんだろうしな。

 

 弟子になってわかったが、オレは普通のガキより魔力が多かったらしい。薬作りに役立つんだとか何だとか。

 そのせいか魔法も叩き込まれた。ほとんどは戦闘に向かない、治療用の魔法だが。

 適性があって、拾われて……オレは運が良かった。その幸運に、ちゃんと報いないとって思ったよ。

 

 だからオレは一人で獣人サマの屋敷にも行って、お偉いさん相手に失敗できねえ治療をしてたんだ。相手は当時の貴種。下手な失敗でもすれば殺される。その覚悟を持ってな。

 

 ……そんな時だよ。アイツに出会ったのは。

 

 なあ骨、獣人にとって『不治の病』って何があると思う?

 奴らの病気で多いのは内臓だ。街を築ける程の文明を得た奴らは食うに困らなくなった。

 そのせいで、飽食でやられる奴が多かったんだよ。だが不治かっていうとそこまでじゃねえ。爺が薬を作ってな。良く効くって評判だったんだ。

 

 他にも流行り病や血の病はあったが、そうじゃねえ。

 オレのいた時代、獣人たちが最も恐れた『不治の病』となると、一つだ。

 核だよ。

 

 ヒトの胸に埋まった、源素を変換する器官。

 呼吸したりして身体に入った源素を、自分が使えるように濾過するとでもいうのかね。

 その時体内に生成される魔力には個人差があって、特に使える魔法に違いがあった。

 火が得意なやつ。水を生み出せるやつ。中には光を生み出す奴だっていた。

 爺はそれを属性って呼んだ。

 

 つまり、核には属性があって、それがそいつの魔力特性を決める。

 核の出来が良けりゃ扱える魔力は多くなり、逆に悪けりゃちょっと魔力しか扱えない。

 当時は腕っぷしが何より重要だった。力が強くねえ獣人にとっては魔法がその生命線。勿論オレら人間にとっても、重要な器官だった。

 

 だが時々、その大事な核が生まれた時からおかしな奴がいるんだ。

 魔力が変換できねえ……とかじゃねえんだ。そんな奴は赤ん坊の時点で死んじまう。

 魔力は変換できる。だが、その変換したものがおかしい。

 本来そいつには扱えない筈の魔法属性……それを生み出せる核を持って生まれた奴がな。

 

 そうなるとどうなると思う?

 扱えなかった魔力が身体をどんどん蝕んで、身体を変質させちまうんだ。

 これが、絶望する程に痛えんだと。例えば火の魔力変換障害だと、腕が焼けるような痛みがずっと続くんだ。

 

 しかも、魔力が使えねえから戦うことも当然できねえ。当時の獣人にとって、それは死を意味する。絶望の病だったんだよ。

 

 ……知ってるけど見たことはねえ? そうか。珍しい症状だからな。

 オレも、ほんの数人しか遭遇したことはねえよ。

 

 その最初が、あいつだった。

 

『あなたがロア先生かな?』

『そうだ……ですけど、えっと、どなたでしょうか?』

『この近くの領地を納めているシャムスという。……君に、我が娘の治療を頼みたいんだ』

『……? オレに……?』

 

 ある時、領主の館に呼ばれた時だ。遠くの街の獣人のお偉いさんに声をかけられた。

 オレと爺の噂を聞いたらしくてな。

 爺は色んな所に引っ張りだこだったから、代わりにオレを選んだんだろう。

 

 そいつの領地はオレたちがいたタマルの倍の規模はあってな、要は今でいう国に近い規模にまで成長していた大都市だった。

 そんな所の領主直々のご使命だ。オレは他の仕事を全て放り捨ててそいつのところに行くことになった。

 幸い、留守を任せられる他の弟子も育ってたからな。

 

『ロア先生、よく来てくれた!』

『シャマル様!? 何で門まで……? というか、その人たちは……』

『ああ、済まない。どうも焦ってしまってね。君の到着を聞いて、慌てて出てきてしまった。彼らは護衛だよ』

『はあ……』

『君を怯えさせるつもりはないんだ。安心してくれ、例え治療がうまくいかなくても、君には何の責もない。ただ可能性があるなら縋りたい、それだけなんだ』

『……? それほど、重症なんですか?』

『ある意味では、ね。さあ、こちらへ』

 

 だが、妙な依頼だった。シャムスの街には既に他の医者がいたからな。

 わざわざオレを呼びつける理由が分からなかったが……直ぐに分かった。

 見た事ねえくらいでっかい屋敷に通されたオレは、そこで一人の少女を紹介されたんだ。

 

『こっちだ。ロア先生、紹介しよう。娘のカマルだ』

『初めまして。ロア先生。カマルです』

『ああ、よろしくお願いします。……シャマル様、この方、ですか……?』

『そうだ。……健康そうに見えるだろう? 不治の病にかかったようには見えない、と』

『……ええ。その通りです』

『そうだろうな。カマル、いいかい?』

『……はい。お父様』

 

 なんてことない、元気な獣人のお姫様に見えたよ。

 でも、そいつが獣人にしては……というか当時のヒトには珍しい手袋を外したら、その理由は直ぐに分かった。

 そいつの手は、真っ黒な金属だったんだ。

 

『それは……』

『これが君を呼んだ理由だ。カマルは魔力変換障害なんだ。それも、我らには到底扱えない筈の神秘……金属魔法を授かってしまった』

『き、金属!? そんな……ことが……』

 

 お前も知ってるだろ? オレたち人類には決して扱うことができない、神秘とされる魔法属性。

 金属、樹木、再生……どれもオレらが触れちゃいけねえ大自然の御業。そんなもんをヒトの身で抱えちまうと、ああいうことが起きるんだ。

 

 本来オレたち人類は、取り込んだ源素を体内で変換して、生命活動に使用している。

 それが循環の中でオレたちの果たす役割なんだ。

 

 だが、アイツはそれができなかった。なんの間違いか金属魔法なんて属性の核を持って生まれたせいで、扱いきれない魔力が身体を侵食して金属化し始めていた。

 10歳を超えたあたりから急激にその傾向は強くなって、右腕と右足の一部が『呑まれた』そうだ。その侵食速度から恐らく、半年と持たないだろうと街の医師が診断したと。

 シャマルは血眼になって色んな方法を試したそうだ。そして、オレと爺に行き当たった。

 

 だがその時、オレも爺も核の治療なんてもののやり方は確立できていなかった。

 しかも金属化の治療なんてもの、どうやるか見当もつかなかったよ。

 見た瞬間思ったね。これは治せねぇ。どうにかして断らなきゃ最悪こっちが危ねえとな。

 

『この子は間もなく歩くこともできなくなる。だからその前に、これを治療をしなければならないんだ。……大丈夫。方法は考えてある。君はその手伝いをしてくれればいい』

『……手伝い、ですか?』

『ああ。そうだ。協力、してくれるね?』

 

 ……だが、違ったんだ。

 シャマルは金属化の治療法を知りたくてオレを呼んだんじゃなかった。

 奴が思いついたとんでもない『治療』をできる代理人が欲しかっただけだったんだよ。

 

 それはな――娘のカマルに他の核を植え付ける、そういうものだった。

 

 ……奇遇だよな。どうして権力者ってのはみんな、核を増やしたがるのかね。

 まあお前の王サマと違って、こっちは治療が目的だ。

 それに、断るなんてしないよな?ってシャマルが笑顔でこっちを見ててな。周りはとっくに護衛に囲まれてた。

 何が責はねえだ。断ったら絶対に殺されてたぜ?

 だから引き受けたんだよ。仕方なくな。

 

 それに、オレもちょっとだけ勝算があったんだ。

 

 核の移植が駄目なことはオレも爺も知っていた。世界中の例を聞いて知ってたし、オレたちも何度か試して、全部失敗してたからな。

 でも、そのまま諦めるオレたちじゃあなかった。

 いつかその時が来た時のために、方法だけは考えてあったんだ。

 

 それは――核を『外部』に取り付けること。

 

 核を体内に入れずに、本来体内で循環するはずの魔力を外に回して、そのまま外で濾過させるんだ。

 そんで、外の魔力を体内に戻して、本来の、金属の核で濾過した魔力はそのまま外に放出してやればいい。

 そうすりゃ金属化を遅らせることはできるし、二つの核が発生させた魔力が体内でぶつかって悪さをすることもねえ。名案だろ?

 お前の王様の目的には適わねえが、治療には十分だ。

 

 案の定、シャマルは体内に入れるか入れ替えるつもりだったらしい。んなことしたら死んじまうって必死に説得したよ。マジで逃げる言い訳だって殺されるとこだった……。

 丸一日かかったが、何とか説き伏せた。

 なんか最後は肩組んで「君になら娘を任せられる」つって泣かれたよ……。怖えよ、マジで。

 

 兎も角、了承は得た。

 そうしたら後は身体に取り付けるための装置作りだ。

 モノづくりなんて碌にしたことがなかったが、オレが助けた奴の中にそういうのが得意なのがいたから、そいつと一緒に作った。

 

 ……ん? ああ、そうだ。それがナウファルの核を封じた装置の原型だよ。そして、その完成形がこの首飾りだ。

 ……まあ、流石に分かるよな。

 

 お前も、多分オレのお伽噺を信じた全員が思っただろ――人間のオレが何で金属魔法を使えるのか。

 

 それは、もうお察しの通りだ。

 ……オレがカマルの核をいただいたからだよ。てめえの源素を外部に回して、外付けした核で魔力を濾過する。……そんな医療装置を作った結果、オレは他人の核で魔法を使える、とんでもない兵器を生み出しちまったのさ。

 

 

***

 

 

 冷たい金属壁に包まれたまま、ヤザンは明かされたロアの秘密を飲み込むようにゆっくりと頷いた。

 骨の顎がロアの頭皮に刺さって痛みが走るが、残念ながら顔が見えないので伝わらない。

 ヤザン本人は、そんなこと気づかない程に興奮していた。

 

「他人の核で魔法を……そうか。だからお主は金属魔法が使えるのか」

「……ああ。この首輪に埋め込んだ核はオレの身体には一切繋がってない。オレはただ魔力を流し込んで、代わりに変換をしてもらってるだけだ」

 

 首飾りをじゃらりと鳴らして、ロアは言う。

 単なる装飾品程度にしか思っていなかったそれが、歴史を見回しても並ぶものは少ない程の魔法具だったとは。

 勿論使い方や適性はあるだろうが、逆を言えばそれだけ満たせば金属魔法が使える首飾り。どんな手を使っても手に入れようとする輩は後を絶たないだろう。

 

「それが金属魔法の絡繰りか……お主、目覚めたのが今でよかったの」

「それは本当にそう思うよ……」

 

 ルナから聞いた最期の人類史からすれば、この金属魔法は最優先の確保対象だっただろう。

 足りない資源を生み出せるのだ。

 見つかっていればどんな扱いを受けていたのやら。考えるだけで恐ろしい。

 

「じゃが、その核が今そこにあるということは、そのカマルという少女は……」

「ああ。助からなかった」

 

 既に金属化した奴を救うなんて、土台無理な話だったんだと、ロアは寂しげに笑う。

 

「その装置に無理があったのか?」

「……最初の装置は、気休めにはなった。だが直ぐに流し込まれた魔力に耐えられずにぶっ壊れたんだ」

「じゃが、動きはした」

 

 ヤザンの言葉に、ロアが頷く。

 

「二つの核を接続しても、数日間何事もなくカマルは生きていた。それが分かっただけ大成功だ。そうなりゃ後は、時間との勝負だ。オレらが装置を完成させるか、アイツが金属に呑まれるかのな」

 

 首飾りに埋め込まれた黒い光沢を放つ球体に触れながら、彼はでもな、と続ける。

 

「そのためには、多くの核がいる。それも当時の支配者層、獣人のだ。どうしたと思う?」

「……嫌な想像しかできんが、間違ってはおらんのじゃろうな」

「ああ。……あの領主、死体漁りをしやがったんだ。事故や魔獣で亡くなった獣人の核を死ぬ前に抜き取って保存する。なんならオレに言わなかっただけで、殺しすらしてたかもしれねえ」

「……娘を助けるために、そこまで……」

「お前の王とは真逆だな。だがそのおかげで素材となる核が尽きることはなく、オレたちはついに完成させたんだ。こいつをな」

 

 じゃらりと首飾りをロアが掲げる。

 彼の言う通り、その装置は完璧に作動している。ロアは金属魔法を自在に扱い、そして彼の身体は少しも蝕まれてはいない。

 

 完成させたのだ。まだ碌に魔法も技術も発展していない古の時代に。

 それは途方もない偉業に違いない。

 だが、そうなるとおかしな点が出てきてしまう。

 

 装置は完璧に機能している。

 ならば、何故この装置と金属核が、今ここにあるのか。

 

 その問いかけに、ロアは力なく首を振る。

 そこには1000年経っても消えることのない、後悔が浮かんでいた。

 

「……頼まれたんだよ。アイツに、カマルにな」

 

 

***

 

 

 あれは、蒸し暑い夜だった。

 オレの装置は何度も試しては直ぐに壊れて、その度にカマルの症状はゆっくりと進んでいた。

 それでも、余命と言われた半年は持たせた。

 

 それを見て、シャマルもようやくオレを真の意味で信頼してくれた。他に道はないと、恐らく悪行に手を染めてまで核を集めてくれたんだ。……オレが消えた後しばらくして、シャマルの街は別の領主に切り替わったと聞いた。核集めがバレて恨みで殺されたんだと。悪いことをしたよ。

 ただ、そのせいであいつの罪までオレに被せられたけどな。ま、御互い様だな。

 

 だが、カマルは一年は持たなかった。

 装置を真に完成させた頃には、アイツは身体の殆どが金属になっていたんだ。

 それでも、こいつがあれば望みはある。

 オレは出来たばかりの装置をもって、アイツの所へ向かった。

 

『カマル、入るぞ?』

『せん……せ』

『ああ、オレだ。だから喋らなくていいぞ?』

 

 アイツは、もう碌に喋ることも出来なくなっていた。

 その頃には、カマルの金属魔法のことは屋敷中に広まっていてな。空気感染するって嘘の噂が流れてからは、極一部の信頼のおける連中しか近づけない、離れみたいな場所で半ば監禁されていた。

 

『新しい装置を持ってきた。これなら、今度こそ大丈夫だ! 助かるんだよ……!!』

 

 だがそれもその日まで。

 オレはついに完璧な装置を作ることに成功したんだ。

 外部に取り付ける疑似核一つでは駄目だったんだ。金属核を持って生まれたカマルの身体は、金属魔法には耐えられなかったが獣人としては規格外の魔力資質を持ってたんだ。

 そこらの獣人の核では、出力が足りなかった。

 

 だから、オレは三つの疑似核を入れられる装置を作った。これなら、アイツの身体でも耐えられる。

 

『待ってろ、今すぐ取り付ける。身体治して、一緒に外に出るんだ! だから……っ!?』

 

 だが、オレの手を震えるアイツの手が握った。

 金属化でまともに喋れなくなってから、オレとアイツは声以外で会話をする手段を決めた。

 

 最初はようやく人間にも浸透していた、魔法による意思疎通のやり方を教えて貰った。でもすぐに魔力の消費で症状が早まることが分かってな。禁止したんだ。

 それからは、唯一動く指でオレの手のひらを叩かせた。その強弱とリズムで、簡単な会話を決めたんだ。

 直ぐにその会話だと分かって、オレはアイツの指に触れた。

 

 喜んでくれると、そう思ったさ。

 ……だが、アイツは涙を浮かべながら、指でこう言ったんだ。

 ――もうやめてくれ、と。

 

『やめる……? 何でだよ、これで助かるかもしれないんだ……いや、ちげぇ。助かるんだよ、カマル!』

 

 必死のオレの説得にも、アイツは嫌だと返してきた。

 

 ――ねえ、先生?

 

『なんだ……? 教えてくれ、カマル』

 

 ――その核、誰の?

 

『……!! お前、知ってたのか……!?』

 

 アイツは分かってたんだ。

 自分の治療に使われる装置がどうやってできているのかを。

 ああ、核が使われていることはカマルに教えてなかったさ。

 もしバレれば絶対にアイツは拒否するって、シャマルが言っていたからな。

 

 どうやって知ったのかは知らねえが、シャマルの予測通りになった。

 カマルは自分の装置に核が使われていることを知り、色んな疑問が解決したんだろう。

 

 いつも一緒に居てくれた父が、治療が進んでから頻繁に、長い間家を空けているのは何故なのか。そして父が帰ってきたら新しい装置が出来るのは何故なのか。

 多分、父が外出の間、何をしているのかさえも。

 

 ――私、嫌。誰かの命を犠牲にするのは。

 

『それは……』

 

 ――私、わかるの。もう、元には戻らないって。身体も、家も。今ならまだ、間に合う。

 

『……ッ、そうだよ、間に合うんだ! だから……』

 

 この疑似核を使ったとして、金属になったアイツの身体が戻るのかはわからなかった。

 勿論治療は続けるつもりだったが、自然治癒するかは賭けだ。

 賭けだ。絶対じゃない。

 それでも助けると、オレはそっちに懸けた。医者だから、爺の弟子だからだけじゃねえ。

 身体が金属になるっていう前代未聞の恐怖に耐えて、オレが来るたびに笑顔でお話をせがむアイツを、元に戻したかったからだ。

 

 ……骨、お前と一緒だ。オレにとって、カマルは最初で最後のダチだったんだ。

 

 だが、アイツは賭けないことを選んだ。

 オレとシャマルが賭けに使っていた掛け金を知って、降りることを選んだんだ。

 その日は、たまたま外でデカい魔獣が現れてな。

 その対処にシャマルは出てて、オレとカマル二人きりだった。

 

 アイツは、その時が来るのをずっと待ってたんだろう。

 娘のために手を汚してきた奴だ。今更本人が止めて、止まるやつじゃないことは分かっていたんだろ。

 本当に、賢い子だったよ。

 

 ――先生、お願い。早く、早く。

 

 それでも躊躇するオレを見かねたのか、叩くのをやめてオレの手を握ってきた。

 その時のアイツの力は、出会ってから一番強かった。

 

(――ねえ、ロア先生。その装置、核が入るんでしょう?)

 

 頭にアイツの声が響いた。禁止していた念話だ。

 声と一緒に、パキパキって音がするんだよ。

 アイツの身体に、金属が生える音だ。

 あの音が、今も忘れられねぇんだ。

 

『おい、やめろ! 死ぬぞ!』

 

(――いいの。私は、死ぬべきよ。これ以上、他の人の命を奪いたくない。……お医者様のロア先生に、大好きなお父様に、そんなことはしてほしくない)

 

『……お前、知ってたのか……』

 

(――わかるよ。私、そんなに馬鹿じゃないよ?)

 

『……はっ、そうか、そうだな……』

 

 そう言って、アイツは泣きながら笑った。

 治療の間、アイツはオレの、爺の医術の話を聞きたがった。難しくて分かんねえだろってあしらうと、決まってアイツは言うんだ。『私、そんなに馬鹿じゃないよ?』って。

 

(ねえ、ロア先生? お願いがあるの)

 

『……なんだ?』

 

 オレの手を握る手が、金属に変わっていく。

 冷たい感触を受けながら、オレはその声を止めることができなかった。

 そして、続けて言われた願いも。

 

(その装置に私の核を入れて?)

 

『……は?』

 

 最初は何を言われたのか分からなかった。

 だってそうだろ?

 オレが作ったのはカマルの治療のために他人の核を入れるためのもんだ。

 決して、カマル本人の核を入れるためじゃねえ。

 そんなことをしたら、死んじまう。

 ……そのつもりなんだって、ちょっと遅れて気が付いたけどな。

 

(私、先生と一緒に居たい。その装置、私が使わなかったら誰も使わないでしょ?)

 

『ああ? そりゃ、そうだろ……』

 

(なら、先生が使って? その装置の中で、貴方と一緒に旅がしたいの)

 

「はあ? ……カマル……お前……」

 

 もう、オレは止めることを諦めてた。

 顔の、身体のほとんどが金属に変わっていた。

 助からないって、医者のオレが冷静に分析してた。

 初めて、爺に教わったことを恨んだね。

 

(もう、私、何も感じないの。起きてるのか寝てるのか、これが夢なのか本当なのか……もう、生きてるのかもわからないの。先生とお父様がいる時以外、記憶もないの。それなら、死んでるのと同じ。だったら、先生と一緒に生きたい。それくらいなら、こんな私にも、許されるよね? 色んな人の命を奪ってしまった私でも、願ってもいいよね?)

 

『おい、待て待て! お前は何もしてない! したのはオレと……』

 

(お父様。でも、それは私の為。私なんかをずっと愛してくれる。大好きなお父様。だから、お父様のしたことは、私のせいなの)

 

『……』

 

(お願いよ、先生。私からの、最後のお願い)

 

 ぱきりって、一際大きな音が鳴った。

 金属化した指を、それでもあいつが強く握った音だ。

 

 

(連れていって、どこか、遠いところまで)

 

 まだ完全に固まってはいない、柔らかい金属なんだ。

 今ならまだ、核は取り出せる。

 

『……いいんだな?』

 

(うん。もう痛くないから、大丈夫。一思いにやって?)

 

『……あああ!!! くそ! 医者にこんなことやらせんじゃねえよ!』

 

(ふふっ、ごめんなさい。……ねえ先生?)

 

『なんだよ、これ以上の無理は聞かねえぞ?』

 

(大好きよ、先生。出会った時から、ずっと)

 

『……ああ。オレもだよ、カマル』

 

(――ふふふっ、ああ、楽しみだなぁ……)

 

 それから、作業を終えるまで、他愛のない話をした。

 どこに行こうか。何をしようか。

 あんなものが食べたい、見たいものがある……てな。

 

 そして最後、核を抜き取って装置に収めたその瞬間、アイツの身体ははらはらと崩れていったんだ。

 もう限界だったのかね。

 残ったのは、ほんのり人の形をした、真っ黒な金属塊だった。

 全てやり切ったオレは、放心したままそのひと欠片を手に取ったんだよ。

 純度が高いのか、真っ黒で綺麗な金属でな。

 思わずぼーっと眺めてたんだが、忘れてたんだよ。俺の今の状況にさ。

 

 その瞬間、シャマルが帰ってきたんだ。

 遂に娘が治る!って泣きながら帰ってきた父親が見たのは、娘がいた筈の場所に出来た金属塊を前に呆然と……あいつ視点では恍惚とした主治医だ。

 ……どう考えてもやべえよな。忘れてたんだよ、逃げるの。

 

 

***

 

 

「……それは、何とも凄いタイミングじゃの」

「ああ。おかげでオレは金属核欲しさにカマルを殺した大罪人だよ。慌てて逃げてな。その時金属魔法が使えることに気づいて、身体が作り変わって……以降はお前らのご存じの通りってわけだ」

「希代の大悪党、錬金術師にそんな秘密があったとはの」

 

 隠された歴史の事実に驚き震えながら、結末は何とも言えない情けないものであった。

 まさか獣人殺しが勘違い……否、依頼されて行われた嘱託殺人であったとは。

 だが事情を話しても通じるはずもなさそうな状況に、当時まだ立場の弱かった人間がやったとなれば、結果が変わることはなかっただろう。

 

「その後は追われながら各地を旅して、カマルの様な核の病気のやつを治して回ったよ。流石に金属核を宿した奴はいなくて、大体は相性の悪い複合属性持ちだった。最後、爺の医院にその治療法を纏めて届けたから、もう二度と、タマルの様な奴は出なかったって信じたい」

「……安心せい。ワシらの時代には治る病気じゃった。金属魔法は、知らんがな」

「なら良かったよ。はーっ、喋った喋った。もう何も喋らねえぞ!」

 

 ロアの力が抜けて、骨の身体に預けられる。

 話している間にも、外からは揺れと響く音が断続的に届いていた。

 特に時折訪れる肉全体を揺らす重低音は、何か恐ろしい怪物のようなものの存在を感じさせた。

 そして、その予感は見事当たることになる。

 このしばらく後、彼らは魔王によって外へと放り出されることになるのだった。

 

 

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