人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第75話 不死狩り

 

 

 肉の塊から現れたのは、金属塊に包まれたロアとヤザンであった。

 

「なんじゃ、空中!?」

「肉はどうした――って、なんだこいつ!?」

 

 金属の揺り籠でゆっくり事態の変化を待っていた二人は、突如襲ってきた浮遊感にその時が来たことを察知した。

 足場が消えた。つまり周囲の肉が消えた。そう認識したロアが壁を解いたら――まさかの空中。それもとんでもない高さだ。

 しかも真後ろには途方もないサイズの巨大獣。

 のんびりしていたらいきなりの緊急事態。大混乱の中、二人は空中に放り出された。

 

「うぉああああ――――!?」

「これはまずいの……!! ロア!!」

 

 ヤザンは良い。落ちても『治る』。

 だがロアは不味い。

 未だ叫んでいるロアへとヤザンは何とか声を上げる。

 

「ロア!! おい聞いとるか、ロア!!」

「……あ!? なんだ骨!!」

「叫んどる場合か! 落ちとるんだ! お主、このままでは死ぬぞ!」

「……おお! そうか!」

 

 我に返ったロアが柏手を打つ。

 首飾りが強烈な光を放ち、分厚い障壁を作り出した。

 身体の直ぐ下側、傾斜をつけて外へと、海へと伸ばす。

 その障壁に落ちたロアとヤザンが、今度は凄まじい速度で宙を滑り降りていった。

 

「これなら死なねえ! ……多分な!」

「本当じゃな!? 信じるぞ!」

 

 真下への落下は避けられたものの、既に速度はあの恐ろしい車に匹敵するのではという程に出ている。

 そんな状態で、生身で海に突っ込んで、本当に大丈夫なのか?

 空を滑り落ちるという奇怪な体験に必死で慣れながら、ヤザンは周囲を見渡す。

 今はロアを信じ、何が起きているのかこの短い時間でとにかく情報を得るしかない。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

「どわっ!?」

 

 背後から大気を揺るがす咆哮が響き渡る。

 見れば地上ではいくつもの閃光に粉塵が巻き起こっている。

 

「おいおい、一体何が起きてんだ!?」

「わからんわ! ……!! ロア、下じゃ!」

「あん?」

 

 滑り降りていく先。海上にいくつもの光が見えた。

 輪の様なそれを、ロアたちは何度も見てきた。

 

「あれ……蛇か!」

 

 向こうもこちらを捕捉しているのだろう。

 光を漂わせた船が、自分たちの方へと近づいているように見える。

 

「――――!!」

「助かった! ……待て。何か言っておらんか?」

「あん? 確かに。でも聞こえねえって……後ろ?」

 

 声は聞こえないが、彼の動きは何とか見えた。

 振り上げられた腕はロアたちを通り越して上を指していた。

 その指示通り背後の、巨大な肉獣へと振り返る。

 見た事のない蜥蜴の様な巨体からは、何故か赤い光が漏れており――。

 その口は、滑り降りるロアたちの方へと向いていた。

 

「わお……」

「……大丈夫ではなさそうじゃな」

「オレが、知るか!! 骨、来い!!」

 

 再度ロアが柏手を打った直後。

 空を滑るロアたちに向かって、赤い濁流が解き放たれた。

 

 

***

 

 

「お前ら、後ろだ!! ……くそっ!」

 

 必死になって叫んでいた声は、空を裂く熱流閃によって断ち切られた。

 やっとこさ肉を破壊して、その中から助け出した仲間二人だったが、目の前で肉獣の濁流に呑み込まれてしまった。

 

「不味い……チビルナ、追ってくれ!!」

「リョーカイ!」

 

 上空を通過する熱流閃へと船を滑らせる。

 ぶよぶよの肉と血でも、あの速度と量に激突されれば身体が砕けるはずだ。

 ヤザンはともかく、直撃ならロアがまずい。

 降り注ぐ血肉を蛇の傘で防ぎ、流れの先へと進んでいく。

 

 着弾地点へと向かっていたが、その途中、流れが二股に分かれている所を見つけた。

 

「――あそこだ! チビルナ、あの真下へ!」

「リョーカイ!」

 

 真下へと滑り込むと同時。その中から、一際デカい塊が飛び出した。

 真っ赤な四角は、直ぐに形を失い、そこから二つの影が現れる。

 

「蛇!」

「二人とも、乗れ!」

 

 叫び、蛇の傘を解除する。

 落下してきた二人を受け止め、船が大きく揺れた。

 合わせて降り注ぐ肉と血の雨で真っ赤に染まるが、気にしている暇はない。

 船上に倒れた二人へと駆け寄り、先ずはロアの首根っこを掴んで持ち上げた。

 血肉で溺れかけていたのかせき込んで赤い水を吐き出している。

 

「無事か!」

「……っ、ああ、なんとかな。……死ぬかと思った……」

「良かった……。ヤザンは……」

「安心せい、生きとるよ……」

 

 近くの肉だまりから細い手が突き出たのが見える。

 あれに呼吸が不要で良かった。

 起き上がった二人が体勢を整えている間に、俺は耳に付けた通信装置へと手を伸ばす。

 

「ロアとヤザンが見つかった。引き続きデカブツに対処する」

 

 通信で皆に伝える。

 反応はない。皆戦いに追われているのだろう。

 

 ……早く、この肉の暴走を止めなければ。

 通信を終えると、ようやく立ち上がることができたロアが近づいてきた。

 血肉で全身がドロドロだ。蛇で水を出して顔と手だけは洗い流す。

 

「おい蛇、一体何が起きてる!」

「地下から肉が溢れ出たんだ。それが、あの姿を取った」

「はあ!? 何じゃそら?」

「俺が知るか。……お前ら、核は封じたんだな?」

「当たり前だ。ほらこれ」

 

 手を振って水気を払って、ロアが腰の鞄から円筒を取り出した。

 そこには禍々しい色に染まった核が収まっている。

 

「封じはした。だがその途端肉が動き出してな。慌てて金属で覆ったんだよ」

「……やはり原因はそれか……ヤザン、心当たりは?」

 

 全身を洗い流していたヤザンが首を縦に振る。

 

「ある。ナウファルの不死のために埋め込まれた魔獣じゃ」

 

 そうしてヤザンは、ナウファルから聞いた彼の不死の経緯を改めて語る。

 僅かな肉からでも身体を再生させる魔獣。

 それがナウファルの制御を離れ動き出したのだろうと。

 

「待て、それならあれはどうやって止めればいい。あの大量の肉を全部消失させるなんて不可能だぞ」

 

 大半を焼くことならできるだろうが、全てとなると無理がある。

 それこそ海に大量に流出しているものから再生されたら手に負えない。

 

「いや……いける」

 

 だがロアは流れ落ちた肉片を一つ手に取ると、こちらへと掲げてきた。

 

「あの巨体だからこそ、その維持には核が要るはずだ。この世に核なしで生きられる生物は……あの勇者がいるが、それ除いちゃいねぇ。考えてみろ。もし欠片からでも再生できるなら、なぜそいつは増えない? 王子サマの分身が大量にできてるはずだろ」

「……確かに」

「基準があるはずなんだ。()()が本体として再生するのか。……それは、核だ。元の魔獣も、知られてねぇだけで、小さな核があったんだろ」

 

 そう言って肉を握りつぶす。

 開いた掌には潰れた肉片。少し待っても、それが再生されることはなかった。

 

「もう一度、残った方の核を封じる。そうすりゃ、魔獣の肉は再生できねぇ筈だ」

「……なるほど。全部焼くよりかは現実的だ。だが、あの巨体からどう探す?」

「それはオレに任せろ」

 

 地下でロアが行ったという方法を教えてもらう。

 

「魔力を流して、核の位置を探る。それをお前がぶち壊して、核への道を作るんだ。どうだ?」

「いい案じゃが……無理じゃろ」

「あ? なんでだよ!」

「あの巨体じゃぞ? 見つけても近づいてる間に治るじゃろ」

 

 眩い程の発光も、この開けた屋外ならば視界を潰される心配は薄いだろう。

 だが室内に詰まっていたあの時とは違い、今は『高さ』がある。

 砲撃で穴は開けられても、飛んでいく間に治ってしまう。

 

「それは……」

 

 一度巨体を見上げて、こちらへと振り向いた。

 

「どうしよ?」

『――ちょっと! それでなんとかする方法は見つかったの!?』

 

 耳をつんざくイオの声が聞こえてきた。

 思わずロアの身体が飛び上がっているが、今のはお前が悪い。

 ため息を吐いて、通信装置へと手を触れる。

 

「あるにはあるが、手が足りない。全員の助けがいる」

 

 そう言って、ロアから聞いた方法を伝える。

 だが――。

 

『そんな余裕ないわよ! こっちの騎士たちを止めないと……』

 

 当然の回答にどうしようかと悩んでいた所に、もう一つの通信が割り込んできた。

 

『その方法なら、あります』

「――――っ!?」

 

 その声に、今度は俺が硬直してしまう。

 久しく聞いていなかったその声は、俺たちがここに探し求めていた者の声。

 つまり――。

 

『この声……ルナ!?』

『わたしもいるわよー』

『カルメ! 二人とも無事だったのね』

 

 イオの歓喜の声が聞こえてくる。

 そんな状況ではないが、皆同じ気持ちだろう。

 

『ええ。……いいですか? 時間がありません』

 

 だがルナはそんなことをおくびにも出さず、ただひたすら冷静に言葉を続けていく。

 

『ロアさん、魔王さま。皆がいれば、あの巨獣は止められるんですね?』

「ああ。間違いねえよ」

『分かりました。では、先ずは騎士の無力化を最優先で行いましょう』

 

 いつもの、落ち着いた彼女の声が皆の焦りを静めていく。

 

「……どうする?」

『魔王さまたちは引き続き巨獣の相手をお願いします。あれに動かれてはまずいので』

「ああ」

『騎士については……皆さんもうひと頑張りお願いします』

『殺せる手段があるの? ルナ』

『いえ、殺すことはできません。ですが、ナウファルさんの不死には明確な欠点があります。そこを突けば、無力化出来る筈です』

『マジ!? 一体どうやって――』

『はい、それは――』

 

 そうして、ルナは語り始める。

 不死の騎士を止める、唯一の可能性について。

 

『え、マジ?』

『そんなことで……?』

 

 だがそれは、可能性と呼ぶにはあまりにも簡潔なものであった。

 

 

***

 

 

 赤熱した槍の魔槍が空を駆け抜ける。

 その数八つ。決して両手では扱えない数の形ある炎が巨大な岩塊へと飛来する。

 

『ウミ!!』

『――うん!』

 

 槍より短い背丈の少女が、更に巨大な水塊を操る。

 砂と血で汚れ切った黒い水は岩の前で球体上の姿を取って槍をいくつか飲み込んだ。

 爆発が連鎖し、周囲に水が飛び散った。

 その空隙を残った二本の槍が通り抜けるも、それらは巨大な岩の腕にまとめて叩き落された。

 

『熱っついのう!!』

 

 熱で僅かに穴の開いた岩塊を解きながらタッサが言う。

 もう何度も防いでいるが、徐々に槍の数も威力も増してきている。

 ただでさえ砂漠の真昼。その上で熱量を増していく赤枝の槍により、周辺は肌を焦がす程の熱気に包まれている。

 既にランバが近づける状態ではなく、仕方なくタッサが相手をしている状態だ。

 

 そしてこの威力の向上。

 このままでは押し切られるというプレッシャーがじりじりと精神を焼いてくる。

 嫌な相手だとつくづく実感する。

 だが今、我らはルナにより対抗手段を手に入れた。

 

『しっかし、本当にあんなことで止められるのかの……再生する肉の邪魔をする、だったか』

 

 ルナが聞いたというナウファルの過去。

 そこで彼は切り離された足が伸びた状態で再生されたという。

 

 その原因は、肉体の再生基準の欠落。

 あの肉は、もうまともに自分の『形』を記憶してはいないのだ。

 今は憑りついた身体に従って治しているだけ。

 つまり再生を意図的に妨害することで、本来あり得ない形に治すことが可能なのだとルナは判断した。

 

 例えば――足の長さを片方だけ倍にすれば?

 そうなれば、いくら歴戦の兵だろうと碌に動けない筈だ。

 

 それを全身に施せば、不死だろうと無力化できるだろう。

 殺せないので無力化する。

 なるほどわかりやすい話ではあるが……。

 

『ま、やってみればわかるか……イオ、腕を破壊せい。後はワシがやる!』

「オッケー! ウミちゃん、協力して!」

『……うん!』

 

 こちらへと合流し、迫る騎士たちを狙撃していたイオが応える。

 すぐさまウミに指示をすると、ランバが開いた図書館へと潜り込む。

 

『かましたれ、ウミ!』

『――いけ!』

 

 爆散していた水を集めて、二本の巨大な水流を解き放つ。

 絡まるように空中を突き進んだそれらが赤枝へと迫る。

 

『――――!!』

 

 激突すれば軽く押しつぶされる濁流に、赤枝は爆炎を操り同じ太さの熱槍を生み出した。

 繰り返していた魔法の激突で、かつての英雄は理解していた。

 水を蒸発させればさせるほど、ウミの操る水が減っていると。

 それに避けて水の通過を許せば、せっかく熱した空気が冷まされてしまう。

 彼に避ける選択肢はなく、故に彼が何度も見せてきた槍を操る腕の動きを、再び見せることになる。

 その隙を逃す程、狙撃手は甘くない。

 

「一撃なら……いける!」

 

 荒ぶる水流の丁度中心。

 絡み合うそれらの間隙を縫うようにして開かれた図書館から、イオが銃弾を放った。

 イオの持つ長物の中でも最大サイズの狙撃銃。

 拠点防衛を想定されたそれは、そこらの魔獣を一撃で貫くことを目的としている。

 いくら英雄とはいえ、異常なほど熱せられた炎を纏うとはいえ、鎧を失った人体を破壊するには十分だった。

 

『――――っ!!』

 

 振り上げた左腕の根元を不可視の一閃が駆け抜ける。

 拳大の銃弾が不死の肉を引き千切り、腕を吹き飛ばした。

 

「――やった!」

『ようやった! イオ!』

 

 腕を飛ばされ制御を失った炎槍は片方が消失し、結果濁流の一本は生き残り本体へと炸裂する。

 

 後方へと細身が吹き飛び、千切れた腕と距離が生まれた。

 そこへ、岩を握った妖精が飛び込んだ。

 

『ひとーつ!』

 

 鋭く伸ばした岩の棘で腕を地面へと固定する。

 既に断面では肉が蠢いており、放っておけば伸びて本体へと繋がるだろう。

 

 そのまま水流で倒れた赤枝へと駆け抜け、更に巨大な棘を振り上げる。

 

『――――!!』

 

 だがそこは過去の英雄。

 凄まじい速度で反応してみせ、無事な右腕で槍を生み出し、タッサへと振り抜き――。

 

「させません!」

 

 その途中で空から現れた腕が、赤枝の腕を撃ち抜いた。

 威力は然程ないが、その一撃は槍の動きを完全に止めて見せた。

 

『これで、ふたつ!』

 

 タッサは腕の断面へと棘を突き立てて見せた。

 

 今までは吹き飛ばしていただけで、斬れた断面から腕は再生されてしまっていた。

 だが今は、その断面に巨大な岩塊が突き立っている。

 

『――――!!』

 

 素早く体勢を立て直した槍の騎士が言葉にならぬ咆哮を上げた。

 ずぶ濡れの身体から再び熱が迸り、辺りが蒸気に包まれた。

 まるで沸騰するかの如く彼の左肩から肉が湧き上がり、腕が再生されていくのだが――。

 

 肩から先、一メートルほどの長さの棘が刺さったその身体は、まるで棘を『骨』だと勘違いしたかのように、棘の先端まで覆い隠した腕を作り出した。

 タッサたちの目の前には、出来の悪い案山子人形の様な、斜め上へと伸びた腕を持った、異形の騎士が生まれていたのだった。

 

「……うそ」

『なにあれ』

「本当に、そのまま再生してみせましたな……」

『……はははは!! なんてザマだ!! 騎士が聞いて呆れるのう!』

 

 大きな笑い声を上げた後、タッサは右足で砂の大地を踏み抜いた。

 その振動に呼応するように、彼女の周囲に岩塊が浮かび上がる。

 

『イオ、ウミ、ランバ! 手当たり次第に騎士たちを破壊せい! 吾が全部木偶にしてやるわ!』

「「『――了解!』」」

 

 一筋の可能性を見た全員が、すぐさま動き出した。

 

 

***

 

 

『シシカ! これ行けるぞ!』

『分かってるわ、黙ってろ!』

「……ふふっ」

 

 耳元で聞こえてくる妖精たちの喧嘩を聞きながら、エリは思わず笑みを溢した。

 未だ戦場。それも不死相手の死線寸前の状況だというのに彼女たちはまるでいつも通りだ。

 まあそれはルナによって勝ち筋がもたらされたというのもあるのだろうが、それでも緊張続きだった精神が僅かに安らぐ。

 

 そして何より、ルナのもたらした『勝ち方』が重要だった。

 

「やっぱり、合ってたか……良かった」

 

 そう呟く彼女の前には、相変らず奇妙なほど刀身の長い剣を握った剣奏の騎士・木鳴が立っている。

 だが、先ほどとは違いその動きは完全に停止していた。

 

「――――」

 

 剣を持っていない彼の左腕及び左半身。それには今幾つもの金属片が突き刺さり壁に固定されている。

 そしてその長さは、右手の倍近い長さになっていた。

 ルナの言う再生の阻止を、エリは既に達成していたのだった。

 

 こうなったのは、ただの偶然であった。

 

 まだルナからの知らせが届く大分前。戦いの中増してきた剣戟の威力を落とそうと、エリは先ず片腕を封じることに決めた。

 不死をどうにか殺そうと、ゲームから着想を得た即席の技を思いついては試してみたのだが、その全て木鳴にいなされてしまった。

 考えてみれば広大な南西地域を己が武力で制覇した英雄に、技術もない素人剣士の思いつきが通じるはずもなかったのだ。

 

 ならば勝てる部分で勝つとエリは決めた――それしかない、というだけであるが。

 

 エリがこの古代の英雄に勝っている所。それは肉体の『強さ』、それ一点。

 かつてただの人間――それも魔法も存在しない最弱の人類だったエリは、本能的に剣を避けたり防いでしまう。

 

 だが、戦いの中気づいたのだ。無視しても平気な一撃があると。

 剣を握る腕や構える足腰の関節間際を狙ったその一撃は、本来鎧の隙間を狙って肉を削ぐ――血を流すための絡め手なのだが、エリの肉には意味がなかった。

 痛いは痛いが、斬れはしない。それなら鉄の棒で小突かれたのと同じだ。

 

 勿論その()()()にもあの多重斬撃が乗っかる。

 そちらは魔法のせいなのか多少切れる。

 だから、乗ってない根元に()()()()()()。そうすれば止められた。

 自分の肉を盾に使うなんて今までならあり得ない発想だったが、それが分かってからは随分と楽になった。

 

 剣と『籠手』の疑似二刀。斬撃を増やす剣士を相手取るならなるほど丁度いい。

 押されていた状況から拮抗するまでに持ち直したエリは、攻撃を減らし、見ることに専念した。

 身体の動き、剣の握り、魔力の流れ――相手の全てを、ただひたすらに見て覚える。

 

 何せ相手は古代の英雄。その動きを見れる機会は逃せない。特に今、この状況は。

 この肉体だけでは勝てない相手がいる。

 

 そして、この先はもっと強い奴が待ち受けていると、ゲームに染まったエリの思考は導き出す。

 だから、ここで強くならなきゃいけないのだ。

 

 魔王の時代に頂点に立っていた勇者が今、成長に飢えている。

 勇者の肉体を得ていて良かったとエリは存在も分からぬ誰かに感謝する。

 この身体は視力もずば抜けている。

 遠慮なく、じっくりと騎士の技を見させてもらった。

 

「……こう、して、こう……おお」

 

 軌跡で魔法を操る剣士だから全て参考にはできないが、その無駄のなさは見れば見る程芸術的だった。

 そして自分の動きがどれほど無駄で、筋力に頼っていたのかを思い知る。

 腕の力だけでなく、全身を淀みなく動かすことで剣に勢いが乗る。そんな基礎のことすらようやく気が付くほど、勇者の肉体は特別だった。

 

「……うん、うん。なるほどなるほど」

 

 かつてない程の集中力で、エリは今学べる全てを教わった。

 もっと、もっと先を見せろと手を変え品を変え木鳴へと迫り、彼もまた応えるようにその全ての剣技で応えた。

 その余波で周囲の建物を崩しながら、二人の剣士は都市を北へと――騎士も魔獣もいない空白地帯へと突き進んでいく。

 

「――――」

 

 赤黒く汚れた兜の下、硬く閉じられていた口が笑ったようにエリには見えた。

 ……そういえば、彼ら蘇った騎士に自我と呼ばれるものはあるのだろうかとふと思う。

 ヤザンは無いと言い切っていたが、その笑みを見て意外と残っているのかなと、そう思うのだった。

 長い戦いの末。周囲で巨大獣出現の余波が広がっていく中、エリはただひたすら過去の騎士との対話を続けた。

 その終わりは、しかし唐突だった。

 

「……あ、いける」

 

 ふとした閃きだった。

 木鳴の剣で壊れた瓦礫から現れた棒状の金属片。それを見て使えると、何故か思った。

 後は身体が勝手に動いた。

 いつものように剣を防いだ腕を根元へ滑らせ、柄を掴んでその勢いのままかちあげる。

 すぐさまこちらの剣を振り上げ、握りの下の左手を狙う。

 

『――――』

 

 だがそれは何度か見せた動き。相手は左手を放して剣を躱す――これも同じ流れだ。

 しかし、木鳴の予想に反して銀の剣はやってこなかった。

 振る動作だけした直後、あろうことか自らも剣から手を放したエリは身体を回転させて未だ空中にあった金属片を掴んだ。

 回転の勢いままに――剣から離れた木鳴の左腕に、エリは金属片を突き立てたのだ。

 

「――――やった!!」

 

 開いた胴体に体当たりをかまし、そのまま奥の建物へと運んで壁に張りつけた。

 分厚い石の壁に金属片を深く突き刺す。

 木鳴は筋力は然程強くない。磔状態なら身動きできない……筈だった。

 

 だが木鳴はすぐさま自分の左腕を切り落とした。

 エリの腕で止められない様に魔法の斬撃を使ってだ。

 迷いのなさは流石。しかも今エリの手には武器がない。

 

 だが、逃がさない。

 壁から離れようとした騎士の腕に、別の金属片を掴んで突き刺す。

 斬って貼り付け、逃れて止めて。それを何度か繰り返して、ようやく木鳴は動きを止めた。

 

 そしてその瞬間沸騰するように沸いていた断面から一気に肉が再生し、固定していた肉片全てが繋がり腕の長さが倍になったのであった。

 ナニコレ、と呆然としたその直後、ルナたちからの通信が入ってエリはその理由を知った。

 ……まさか、これが正解だったとは。

 

「……うん、良かった良かった」

 

 本当にただの偶然だったが、結果良ければすべて良し。

 最高戦力である樹冠の騎士の一人を無力化し、その剣技を研究することもできた。

 エリにとっては大収穫だ。

 

『――――』

 

 木鳴は腕を斬ることを止め、なんの抵抗もすることはなくなった。

 まだ剣を握る右腕は無事なのだが、それでも戦う気はもう無いようだ。

 精密な剣技を扱う彼にとって、片腕の異形化は諦めるに足る理由なのか、それとも――。

 

「……うん、終わらせるね」

 

 落ちていた剣を拾いなおして、もう片手に金属片を握って彼の下へと近づいた。

 かつての英雄。その剣技で長き戦乱を終わらせた統一の騎士。

 望まぬ形で蘇ってしまった彼は、せめて自分との戦いに満足してくれただろうか。

 ……そうだと嬉しいと、そう願って。エリは騎士の前で深く礼をした。

 

「ありがとう。貴方のお陰で、強くなれました」

「――――」

 

 声にならない微かな動きが返ってきた。何と言ったかは分からない。

 ただ応えてくれたことに微笑んで、エリは剣を振り下ろすのだった。

 

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