人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第77話 巨獣狩り

 

 

 

 長い戦いの末、ようやく最後の作戦が開始された。

 

「巨大肉獣討伐作戦――開始します」

 

 ルナの号令に合わせて、全員が一斉に動き始める。

 これから、一気に全員の力を繋げて、あの巨大獣を消滅させるのだ。

 その最初の一手は、魔王から。

 

「ぶつけて魔力を流すだけ――言うのは簡単だが……」

 

 船で巨大獣の足元へと近づき、蛇を足場に空を駆ける。

 放たれた尾の一撃を高く跳んで何とか避けると、代わりの津波が海岸へと流れていくのを背にしながら、見上げる程の肉の壁へ迫る。

 

 近づくと信じられないくらい巨大だ。

 こんなものがどうやって維持され、再生し、動いているのか全くもって理解ができない。

 それを今から討伐するのだ。

 今度こそ、全てを終わらすために。

 

「爆ぜろ、蛇!」

 

 蛇で肉を破壊し穴を開け、ロアから託された装置をはめ込む。

 これで準備は終わった。後は――。

 

「……良いな?」

『――はい! お願いします!』

 

 ありったけの魔力を込めた蛇を解き放つ。

 ルナの声を受け、その一匹を装置へと叩き込んだ。

 

「作戦――」

 

 装置が再生する肉に埋もれる寸前。

 たっぷりと肥えた蛇から装置へと魔力を流し込む。

 

「開始だ!」

 

 瞬間、巨大獣の体内を爆発的に魔力が駆け巡る。

 少し前にロアが流した以上の圧倒的な魔力量によって、巨体が強烈な光を放つ。

 

「――――っ!?」

 

 間近にいた魔王は視界を焼かれ、何も見ることはできないが問題ない。目なら代わりがいる。

 

『見えたよ、首根元!! マークする』

 

 イオが塗料を込めた弾丸を見えた場所に打ち込んだ。

 これを目印に、本隊が動き出す。

 魔王が船に戻る頃には、空中を伸びる木々とそこを駆ける仲間たちが見えた。

 これで重要な役目は果たせた。あとは単純だと蛇を解き放つ。

 

「チビルナ、最後のもうひと踏ん張りだ。頼むぞ」

「リョーカイ! ヨーソロー!」

 

 滑り出した船の上、輪となった蛇からいくつもの魔法を放つ。

 イオのマーキングした場所への集中攻撃を始めた。

 

 

***

 

 

『始まりました! 皆さんお願いします!』

「よし、行きましょう!」

 

 ルナの声を合図に、本隊も行動を開始する。

 

 シシカたちが作り上げていく木の通路を渡って空中を巨獣へと走る。

 先頭を走るのはシシカの樹狼。彼らは先端に到達すると木へ戻って橋に変わる。

 地上ではシンジュが木の塊を放り投げ、ヤマが伸ばして橋へとつなげて伸び続ける橋を支えていく。

 急造ながら安定した足場を、ヤザン、カルメ、ランバにロアを担いだエリが続いて駆けていった。

 

 視界の先では巨大肉獣をいくつもの砲撃や銃弾が貫き破壊しているのが見える。

 タッサたちの岩と水が足を捕らえて、身動きもできないようだ。

 そのせいで注意は反対側へと、魔王たちの方へと向けられている。

 あれがもしこちらへと向けばこの急造の橋は一撃だが……。

 

「尾が来たなら私が斬ります! あの吐き出すやつは……ロアさん」

「あーくそっ、オレしかいねえよな! もうヤケだ、なんでも来い!」

 

 自身を担ぐエリの物騒な言葉にロアが頷く。

 こいつは一人で樹冠の騎士を倒してきたという。ビビるくらいの化け物だが、今はこの強さが頼もしい。

 これで終わり、これで終わり……とぶつぶつ呟きながらロアは盾を張るための骨竜の核を抱きしめる。

 

 幸い魔王たちの阻害のお陰か、何事もなく首元へとたどり着く。

 そこには――巨大な空洞が広がっていた。

 

「うげ、なんじゃありゃ」

 

 魔王たちの攻撃で開かれた大穴。

 砲撃に焼かれ、溶けた血肉が壁面にへばりつき灰色の煙を吐き出している。

 何度も破壊されては再生しているせいか、血肉が宙に浮かび上がり渦を巻く、なんとも奇妙な光景を見せている。

 入れば同じように溶けてしまいそうな悍ましい魔窟。だがそれも攻撃の手を止めたら直ぐに元通りに閉じてしまうだろう。

 

「着いたわ!」

『オッケー! じゃあこれで最後ね!』

 

 通信とともに眼前の大穴に光が着弾し、直後大きな爆発が起きた。

 穴が更に広がり、直ぐに渦巻く再生が始まる。

 

『後はよろしく!』

「ええ。――ヤザンさん! エリさん!」

「ほいよ」

「――はい!」

 

 ヤザンが飛び出し、その後ろからエリが剣身を伸ばす。

 二振りの刃が肉を深く広く切り裂き、大穴を切り広げる。

 そこへと、ランバが翼を広げて飛び込む――その寸前。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 大気を揺るがす咆哮を上げた巨大獣が首をぐらりと横に振る。

 恐らく痛みを感じないその獣はいくら肉を抉られようが反応すらしなかったというのに、突如起きたその身動ぎで橋の先端部が砕け散った。

 崩壊は連鎖し、首へと駆け込んでいた皆の足元まで到達する。

 

「まずい――!!」

「全員下がって!!」

 

 ロアを背負ったままのエリが凄まじい反射神経でヤザンとカルメを抱えて飛び退いた。

 ランバは自身の翼で事なきを得、唯一後方に居たシシカは難を逃れた。

 

『全員無事!?』

「何とかの……じゃが、橋が……」

「それだけじゃないわ! 上!」

 

 カルメの叫びと同時。橋の上の彼女らに巨大な影が落ちる。

 

 ようやく首元の羽虫に気づいたかのように、巨獣の顎がこちらへと向けられ。

 その腔内にはあの赤い光が渦巻き始めていた。

 

「……っ!!」

 

 流石にロアの防御壁だろうと、真上から叩きつけられれば橋が持たない。

 そうなれば、全員が地上へと真っ逆さまだ。

 全員の身に、死という直観が駆け巡る。

 それは身体を硬直させ、思考をほんの数秒遅らせる――二人を除いて。

 

「――全員、屈んで!!」

 

 そう叫んで飛び上がったのは、勇者エリ。

 右手に携えた聖剣に全力の力を込めて、くるりと身を回して剣を振りぬいた。

 薙ぎ払うその一振りは銀の閃光となって、分厚いという表現すら生ぬるい首を一刀で両断してみせた。

 数十センチの肉が掻き消え、奇妙に浮き上がったその首へと、飛び込む影が一つ。

 

「ようやった、エリ嬢ちゃん!!」

 

 紫色の光を纏った細剣を背負い、ヤザンが分断された首の中心部へと突っ込んだ。

 こちらはぐるりと縦に回転すると、断面からかちあげる様に縦に――上へと剣を振りぬいた。

 紫光が鋭く立ち昇り、直後真っ赤な瀑布の如き血肉を吹き出して、巨大獣の首が縦に裂けた。

 

「■■■■■■■■■■■――――!!!!」

 

 直後響いた咆哮は汁気の多いくぐもったモノで、開かれた顎で渦巻いていた筈の赤い光は掻き消えた。

 

「……」

 

 ほんの一瞬の出来事に、呆けたまま動けないランバたちを他所に、エリが木の橋へと着地する。

 まだ残ったままの回転の勢いをそのままに、背負っていたヤザンを掴むと、吼える。

 

「ランバさん! 行って!」

「――っ! ええ、ロア殿をこちらへ!」

 

 遅れて彼女の狙いに気づいた、未だ空中のランバが羽ばたき再生を続ける空洞へと飛んでいく。

 先端部を破壊されたせいで、もうロアの足では届かない。

 つまり――。

 

「ロアさん、ちょっと耐えてね?」

「もう好きにしろ――っ!!」

 

 諦めの叫びを上げるロアを、エリは思いっきり投げ飛ばした。

 砲弾の如く飛び出したロアをランバが空中で受け止めようと翼を広げた、その瞬間。

 

「――来た」

 

 呟くとともに、カルメが飛び出した。

 突如空中に躍り出た彼女は、ロアを追ってランバへと迫る。

 

 その行為に驚くランバだったが、彼もまた迫るもう一つの殺気に鋭く反応した。

 ロアを受け止め、図書館を開いたランバのすぐ真上で、カルメは落ちてきた何者かの剣を防いだ。

 汚れた金の鎧を纏ったそれは――。

 

「待ってたわ! 至天!!」

「――――!!」

 

 どこかから現れた至天は、カルメを空中で蹴とばすとそのまま首に開いた大穴の中心に位置する核の前へと滑り込んだ。

 一方、蹴とばされたカルメはそのまま地上へと落ちていく。

 

「カルメ殿!?」

『ああ、もう――!!』

 

 咄嗟にシシカが橋から蔦を伸ばしてカルメを絡めとる。

 勢いそのままぐるりと回転して着地を決めると、にっこり決め顔でシシカを見た。

 

「ありがとう!」

『はいはい。さっさと行きなさい!』

「勿論! ランバさん、お願い!」

「ええ――!!」

 

 すぐさま飛び出し、ランバを追って開いたままの図書館へと飛び込んだ。

 図書館を閉じて、直ぐに開いて。

 ランバとロアとカルメの三人は、穴の中へと、核へと飛び込んだ。

 

 首元に開いた空洞は巨大な洞窟の如き広さに切り開かれていた。だがその壁面はみるみるうちに狭まっている。

 このままでは肉に潰され、流動する肉の中で核の居場所はまた分からなくなる。

 そうなれば限界の近いこちらに勝ち目はない。

 一刻も早く核を封じなければ――。

 

「もう再生が始まっています! 急いで核を!」

「その前にあれ、なんとかしねえと無理だろ!」

 

 だがその前に、最後の騎士が立ちふさがる。

 騎士たちの始祖にして最強の天恵の肉を持った竜の騎士。

 

「――――」

 

 鈍く輝く剣を構えて、彼の騎士は濁った核の前で静かに佇む。

 その圧にたじろぐロアとランバ。

 ただ一人、カルメだけが前へと進んだ。

 

「……やっと、この時が来た」

 

 その微かな呟きを聞いたのは、至天ただ一人だっただろう。

 

 十数年を過ごしたこの乾いた大地。

 数多の命が消え失せ、代わりを埋めたのは決して消えない肉の獣たち。

 世界による自然の再生を拒んで膿続ける病んだ大地だ。

 その元凶となった青年の願いを受けて、カルメは戦い続けた。

 

 自らの無力を思い知り、それでもその先にある何かを求めて過ごした。

 血と砂に塗れた日々で、得たものは多分それほどない。

 でも、それでも今、カルメは一歩を進めることができた。

 相手は過去最強と謳われる剣士。地方を、時代を切り開いた英傑だ。ただ一人この砂漠で彷徨っていたころの自分では、決して進めることのできなかった一歩だ。

 それだけで、あの長い日々の価値はあった。

 

「……終わらせましょう、ナウファル」

 

 言葉は、それだけ。

 呑気に語る暇も、感傷に浸る余韻すらない。

 今はただ、示すだけ。

 愛する仲間が求めた未来を、切り開くのは自分だと。

 孤独の中助けを求めた彼を、救うのは自分なのだと。

 

「――――」

「――――はあっ!!」

 

 蠢く肉の床を蹴り飛ばし、カルメは核へと、至天へと迫る。

 身体を軸に腕を柄に絡め、分厚い刃の薙刀を振り上げて。踏み込み屈めた勢い、その全てを刃先へと集わせる。

 一撃だ。それ以上の時間も、技術も今のカルメにはない。

 それでも一撃なら、届かせる。その術をカルメはヤザンから、あの樹冠の騎士から教わったのだ。

 

 

 ――カルメ嬢ちゃん。お主、記憶力がいいんじゃったな?

 

 

 それは、決戦の少し前。

 ヤザンと武器を探しに行く旅の途中だった。

 かつて騎士たちの武器を数多打ったという名工の工房跡――に建てられた博物館跡地を目指していた時に彼がそう言ったのだ。

 

「ええ。それがわたしたちの特徴よ。ルナほどじゃないけど、大抵の事なら記憶できるわ」

「ならよい。いいか? 今からワシがする動きを見て、覚えるんじゃ。使いこなせれば、あの至天にも届く一撃になるじゃろう」

「へえ? 凄い方法があるのね。……それは、どんな技なの?」

「剣戟に魔力を乗せ、剣を己の身体の一部と化す。ただ魔力を流すだけではない。腕と一体となった剣には、本来通らぬ肉体強化を付与することも可能になる。その剣は、竜の硬い鱗ですら砕くじゃろうよ。……こんな骨の身体で剣を振るうために、必死になって編み出した。ワシだけの剣じゃ。それを、お主に託そう。この老骨に残せる、ただ一つの価値あるものじゃ。……いいか? 見て、覚えるんじゃぞ?」

「……ええ。任せて」

 

 カルメは、自分の身体のことはよく知らない。

 どうやって動いているのか、生きていられるのかさえ分からない。

 ただ、幾つかの機能は目覚めた時から知っている。

 自重を操る機能は、重心の移動による威力増加を増幅させ、カルメの体躯ではありえないほどの剛力を発揮できる。カルメの戦術の要になる機能だ。

 通信機能も、記憶力も暗視能力も、この世界で生き残るには必須の機能だろう。

 

 だが、こと魔力に関しては殆ど知らない。

 ロアが教えてくれた核と呼ばれるもの。それは、自分の身体にもあるのだろうか。

 多分あるのだろう。呼吸すると胸が上下するように、身体の芯に魔力を発するあたたかな感覚がある。限界まで戦った時、赤熱しているのかと思う程熱くなるのだ。

 至天に壊されたあの武器や探索装備を起動する際に込めていたものが魔力ならば、その操り方もある程度は知っていた。

 

 だが、ヤザンの見せた『それ』は、カルメの知らないものだった。

 握って振るうだけの筈の武器に魔力を流し込み、分厚い筋を芯に通すように強化する。

 そこから放たれた一撃は成程凄まじく、彼は家ほどの大きさの岩を両断してみせた。

 彼があの身体で戦えているのも、全身にそれを行っているからなのだろう。

 彼にとっては操る武器も、骨の身体も同じなのだ。

 

 なら、自分はどうなのか。

 

 その技を見た瞬間、無理だと思った。

 肺に収まりきらない量の空気を一気に吐き出せと言われているのと同じ。

 剣に込められたヤザンの魔力は異常なほどの量で、カルメの扱える量を超えていた。

 限界を超えて魔力を扱えばこの丈夫な身体とて耐えきれずに死んでしまうだろう。

 何度死んでも構わないヤザンとは違う。

 同じことをすれば、やる前にこちらが死んでしまう、と。

 

 だが、それでも。やれば勝てるというのならばやろう。

 死ぬかもしれないという恐怖で止まるほど、カルメはもう弱くはない。

 それから、カルメはただひたすらに鍛錬を重ねた――旅を続ける頭の中で。

 

 記憶し、その正確な情報を元に演算を繰り返し、カルメは最適解を理解する。

 それがカルメの機能であり、この化け物だらけの世界で戦うために与えられた武器だった。

 そして、見つけたのだ。

 今の自分の身体でのやり方を。

 

(――うん、大丈夫)

 

 カルメは自身の身体に埋まった核から、ありったけの魔力を解き放つ。

 周囲の肉から放たれる濃密すぎる魔力のせいで、火傷するんじゃないかと思うくらいに熱くなったそれは、想定以上に魔力を吐き出してくれた。

 同時に腕に巻かれた装置に組み込まれた魔石が光り輝き、魔力を引き出した。外と中からの二つの魔力が組み合わさり、リヴラ製の魔力充填機構を刻み込んだ柄に流し込まれる。

 

 不滅の肉や骨がないのなら、武器の方を変えればいい。

 それだけの技術が未来には、リヴラにはあるのだ。

 過去の名工が生み出した逸品も、今はカルメの『拡張装備』。

 重量調整に加えて、カルメの一撃をさらに強化する機能がこの武器に追加された。

 

 腕を支配し、武器を支配し、武骨な薙刀が青白い光に包まれる。

 一撃特化の戦闘個体・カルメ。枯れた地での長い修行の果てに、更にその一撃は進化した。

 その一撃で、竜を屠った英傑を打ち砕く刃に。

 

「これで――」

 

 踏み込んだ勢いに、重さと魔力を全て乗せ。

 

「――おしまい!」

 

 カルメは最初で最後の一撃を、鈍く輝く黄金へと解き放った。

 相手もまた剣を振るう。

 あの時両断された一刀を、2000年も前にこの地を生きた英傑の剣を。

 それを破ってこそ、この地の怨嗟を断ち切るのにぴったりだ。

『あなた』の望みを叶えるのに、最適だ。

 

 

 ――ああ、そうだ。ようやくわかった。

 

 

 何故自分が、魔物の死骸から拾った声なんかのために戦い続けたのか。

 どれだけ絶望しようとも、何十年もこの地に留まり続けたのは何故なのか。

 それはきっと、ルナやイオ、ニクスに抱く気持ちと、同じなのだ。

 

 

 ――わたしは、あなたを愛しているのですね。ナウファル。

 

 

 そうして、青は金を撃ち砕き。

 遂に、カルメの一撃が至天を両断するのだった。

 

 

***

 

 

 カルメが至天を両断したのを見た瞬間、見惚れるように眺めていたランバが我に返り、吼えた。

 

「……!! 好機!! エリ殿、ヤザン殿、援護を!」

「はい! ――ヤザンさん!!」

 

 ヤザンの外套を引っ掴むと、ロアの時と同様にくるりと身を回して放り込んだ。

 直後、自身も跳躍して、翼も図書館もなく穴の中へと飛び込んだ。

 

「……っ!! ようやった、カルメ嬢ちゃん!!」

 

 その勢いのままヤザンは洞窟内部へと滑り込むと、エリと二人で凄まじい速度で壁面の破壊を始めた。

 その間にランバはカルメの方へと走る。

 至天を両断したまま、彼女は力を失ったように倒れてしまったからだ。

 

「……やったわよ、ランバさん」

「ええ、お見事でした……!!」

 

 抱え上げて彼女を図書館へと仕舞いこむ。

 ついでに近くにあった至天の下半身へと魔法を打ち込み吹き飛ばすが、その再生はやけに緩やかだった。

 

「……?」

 

 ともあれ、これで道は開けた。

 屈み、外からの砲撃による振動で体勢を崩していたロアがようやく立ち上がると、目の前には周囲の肉から切り離され浮かぶ、もう一つの核が浮かんでいた。

 

「……ロアさん!」

「ロア殿!」

「……ああ。さっさと終わらせるぞ!」

 

 腰の鞄から最後の装置を取り出して、走り出す。

 今度こそ、この不死の呪縛を断ち切るために。

 すっ転びそうになりながら、それでも止まることなく駆け抜けて、ロアは核を封じて見せた。

 

 

 ――その瞬間。

 

 

「――――――――――――」

 

 

 ぴたりと、全ての動きが静止した。

 

 

***

 

 

 外から巨大獣の足止めをしていた俺たちが見たのは、突如として動きを止めた巨体であった。

 

「魔王様、イオ! あれ――!!」

 

 イオの指し示した先。

 長い首を伸ばしていた巨大獣が、その動きを止めていた。

 俺たちの攻撃やタッサの岩の壁で止まったわけではない。

 突如固められたような、時が止まったかのような、完璧な静止。

 

「……止まった」

 

 俺たちもまた動きを止め、船が水を掻き進む音だけが耳に響いていた。

 動きがあったのは、たっぷり三度は呼吸を行ってから。

 

「……あ」

 

 イオの呟きの直後。

 空へと長く伸びていた巨大獣の首が、ずるりと横にずれ始めたのだ。

 あれは先程、エリの一撃で銀閃が瞬いた首元。

 勇者の怪力で一刀両断した肉が、くっつくことなく落ちていく。

 

「……再生が、止まった?」

「そのようだ」

 

 塔ほどの高さのある首が見る見るうちに横倒しになって海へと、胴体の向こう側へと消えていく。

 津波の心配をすべきだったのだろうが、その光景を俺たちはただ茫然と眺めることしかできていなかった。

 

 幸いなことに、落ちていく途中で首はホロホロと崩れ始めているようだった。

 砂を固めた人形が壊れるように。

 そして、未だ形を保っていた胴体の方も、輪郭がぼやけて滲み始めた。

 崩壊が始まったのだ。

 

「……やった? あれやったよね!?」

 

 その光景を指さして、イオが叫んだ。

 

「ねえ、そうだよね?」

「……はい! 間違いないです」

 

 同意し頷くルナと二人で、船の縁へと飛び出す寸前まで飛び出して、船が大きく傾いた。

 慌ててチビルナたちがバランスをとって平衡を保つが、そんなことを気にしていられない程に、イオたちは興奮の最中にあった。

 遂には手を取り合って、天に掲げる様に持ち上げたのだった。

 

「やりましたね……!! 遂に……」

 

 両手を振り上げルナが歓喜の声をあげた。

 その向こうでは大気中に赤紫の煙が溶けて消えていく。

 

「マオーサマ!」

「ん? ……ああ、都市の方も同じみたいだな」

 

 チビルナに呼ばれて海岸を見れば、城壁の向こうからも煙が上がっているのが見える。

 捕えていた騎士たちが崩壊していっているのだろう。

 

 ……どうやら、本当に片が付いたらしい。

 これで、ようやく安堵ができた。

 ナウファルの、不死の肉はようやく滅びたのだ。

 

『――――(終わったようだ)』

 

 不意に影が落ち、甲高い声が響いてきた。

 

 見上げればシルトが漂いこちらを見つめていた。

 その両足には、あの骨竜のだろう頭蓋骨が握られていた。

 

「ああ。終わったよ。そっちは?」

『――――(とどめは刺した。感謝する)』

「それはこっちの台詞だ。……じゃあ、これで全部終わったな」

 

 そこまで呟くと、俺はようやく身体の力を抜いて、船に倒れ込んだ。

 今頃突撃部隊は大慌てだろうが、ランバがいるから問題はないだろう。

 案の定通信装置からロアたちの絶叫が聞こえてくるが、もう心配するのも疲れたと、俺は装置を耳から外して、放り捨てた。

 ふと、ルナがこちらへ近づいてきたのが見える。

 数日ぶりの再会を祝う暇も余力もないが、互いに、力の抜けきった笑みを交わした。

 

「ルナ、終わったな」

「……ええ。皆さんのお陰です」

 

 頷いて、彼女は耳の通信装置へと触れた。

 

「皆さんお疲れさまでした。巨大肉獣討伐作戦――終了です」

 

 そうして、長く続いた戦いはようやく終焉したのであった。

 

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