人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
戦いが終わり、俺たちはその日を殆ど何もせず休んで過ごした。
巨大獣が消えた後、念のため都市を見て回り生き残りが居ないかを確かめ、全ての騎士が元の木乃伊になっていた事を確認した瞬間に全員が力尽きたようにぶっ倒れた。
唯一余裕のあったルナとチビルナたちで屋根と囲いを作ってくれたようだが、それも砂漠の気候を防ぐのが目的の簡易的なもの。
周囲の事など何も気にせず、俺達は無防備に眠りこけたのだ。
何せ、もう騎士も混獣種も居ないのだから。
そのまま泥の様に眠り、翌朝、目が覚めてからは少しだけ話をして、それぞれのやるべきことを進めた。
ルナとランバはチビルナを率いてイドラ宮の修復と人類史の収集。
妖精たちは自分たちが操り破壊の限りを尽くした木や土砂や水の回収と破棄――水に関しては殆ど乾いていたけれど。
ロアは一人、建物を一つ借りて作業をしている。核を封じた装置に万が一がないかの確認をしている様だ。
ヤザンとカルメ、エリは騎士の遺体を集めて回った。
散々戦ったが、彼らに罪はない。可能な限り保存して、元の霊廟に戻すつもりなのだという。
戦いの直後だというのにやることは山積みだ。
だが、全員が仕事を終えた、清々しい表情をしていた。
何せ、もう戦いは終わったのだ。戦わないって、平和って素晴らしい。
そして残った俺とイオは、シルトに乗って空を飛んでいた。
「イオ、どうだ?」
「うーん、今のところ大丈夫そうかなー」
比較的低空を飛んでもらいながら、イオの眼で地上を見てもらっている。
ナウファルが消え、本当に混獣種が居なくなっているのかを確かめるためなのだが、その心配は今のところ無用なようだ。
『――――(奴らの臭いがしない。問題はないだろう)』
シルトもそう言ってくれているから、確かなのだろう。
道中見えた未攻略の巣にも、あの赤黒い肉はどこにも見当たらなかった。
本当に、彼らはいなくなったのだ。
都市を覆っていた肉壁は消え、かつての都市の姿をそのまま見せているようだ。
そんなことを考えていると、大地が途切れて巨大な穴が見えてくる。
シルトの速度でもしばらく果ての見えない大穴は、トゥリハの崩落後だ。
――そうだ。まだ終わっていない。
これからこの中へと潜らなければいけないのだ。
「イオ、何か見えるか?」
「うーん……あ、建物発見! 結構、ううんかなり大きいね。あそこかも」
「そうか。位置だけ覚えておいてくれ」
「りょーかい! ……チビルナの口調、クセになるのよね……」
だが今はそのまま大穴を飛び越えて、竜の肋骨へと戻ってきた。
この遊覧飛行の目的は混獣種の様子見でも穴の先行調査でもなく、竜の巣の無事を確認するため。
シルトしか残っていない巣を長いこと放置するわけにはいかないと一度戻ってきたのだ。
混獣種こそ消えたし基盤式もあるが、竜の肋骨が位置するのは大陸中央に近い北東部。外からの脅威がやってくることも万が一あり得る。
それにシルト自身も、かつての相方の骨を早く持ち帰りたかったようだ。
開いた天井部から巣の内部へと降り立ち、以前タッサが肉を焼いていた場所に骨を安置した。
天蓋からの光を受けて、黒に染まった骨が仄かに白く輝いた。
『――――(これでよい。戻ろう)』
「もういいのか? 卵は見なくても?」
『――――(見ずともわかる)』
鳴くと同時に、竜から光が放たれ大地へと浸透していった。
「今のは?」
『――――(子どもらの封を解いた。直に目覚める)』
「……そうか。もういいのか」
何らかの方法で成長を止めていたようだったが、混獣種たちの居ない今、それを解いたのだろう。
これでこの一帯は、正真正銘竜たちの住処となる。
翼持つ彼らはこの地方一帯に広がっていくだろう。
混獣種が荒らした大地を、竜たちが引き継ぎ支配していく。彼らはもともと生態系の一つの頂点だ。当然と言えば当然の帰結なのかもしれない。
『――――』
卵を眺めようと通路を覗いていると聞いた事のない、穏やかな音色が響いた。
背後を見れば、シルトは置かれた骨に鼻先を触れさせ、ゆっくりと目を閉じている。
「……歌?」
イオが呟く。確かに、子守歌のようにも聞こえる。
勿論相手は竜だ。別の何かなのだろうが、きっと何かのメッセージなのだと思う。
霊竜が再び顔をもたげるのを待ってから、口を開いた。
「帰ろう。皆が待っている」
再びシルトに乗って、俺たちはイグトゥナへと戻っていった。
***
「あ、イオ? うん、今から戻るのね。そうしたらイドラ宮の前の広場まで来てくれる? ……うん、よろしくねー」
通信を終え、カルメは笑みを浮かべて仲間へと振り返る。
「シルト様、今から来てくれるわ。これで皆さんを運べるわね」
彼女たちの前には、都市中から集めた騎士たちの遺骸が並べられている。
何度も死んでは蘇り、最後は異形の姿にされた彼らの身体はその多くがバラバラに砕かれてしまっていた。
間を埋めていた肉がなくなった結果だろうが、かつての英雄たちの末路としてはあまりにも酷い姿であった。
特にタッサたちが岩に封じた騎士たちは残念ながら判別不能なほどに潰れてしまっており、修復などとても不可能な有様だった。
だからせめてと、彼らの装備とある程度形が残る部位を個別の袋に収めて騎士霊廟に戻し、再び眠りにつかせようとヤザンが言ったのだ。
幸い戦場は限定されていた。半日もあれば全ての騎士たちを集めることができた。
今はヤザンの識別を元に年代ごとにある程度整理をして並べた所だ。
そんな彼は、一際大きな――根断の眠る袋の隣に腰掛け、姿を変えた都市を眺めていた。
瞳に宿る紫の光は、風のせいか頼りなさげに揺れている。
「――おじいちゃん」
「ん? おお、すまんすまん。少し呆けておったわ」
「ううん、大丈夫。シルト様が戻って来るわよ。運ぶ準備をするから、そろそろ、ね?」
「おう。大丈夫じゃ。別れはとうに済んどるよ」
竜に掴んで運んでもらうため、遺骸たちを更に大きな布で包む。
100を超える数なので、何度かに分けて運んでもらう予定だ。
「エリさんも手伝ってもらえますか?」
「あ、はい。……あの」
だがエリは気もそぞろな様子でヤザンを見ている。
そういえば、彼女はずっと何か考えているようだったが……。
声をかけられたヤザンが骨の首をかしげて応える。
「ん? なんじゃ?」
「あの……」
少しだけ躊躇をして。
意を決したように口を開いた。
「ヤザンさん、なんで生きてるんですか?」
「あー……」
「……ふむ」
今自分たちが回収していた騎士と同じ不死の筈のヤザンは、何故か元気に動き回っている。
終わった後からそれがずっと気になっていたのだった。
「ずっと静かじゃったのはそれでか」
ほほほと笑いながらそう言うと、ヤザンは自身の胸に骨の指をさす。
「そりゃ、ワシはナウファルの肉で蘇ったわけじゃないからの。あ奴の核を封じたところでワシは死なんよ」
彼の不死はナウファルの父、ハリド王が編み出した禁術による産物だ。
ナウファルの力の消失による影響は一切受けないのだ。
そもそも、肉、ついてないし。
魔王やロアなどは言われずとも理解していたのだが……。
「あー……なるほど?」
「……さてはエリ嬢ちゃん、魔法は苦手じゃな」
「あははは……」
「木鳴様を倒したというのにのう」
「勉強は苦手でして……」
そう言って気まずそうに笑うエリは、まだ十数かそこらの少女にしか見えない。
これが樹幹の騎士の一人を単独で撃破したというのだから、全くもって理解できないとヤザンは思う。
だが――。
「じゃが、お主は強い。驚くほどに」
「――へ?」
相手が他のどの樹幹の騎士だろうと、この少女は勝ってきただろう。
そう思う程の圧が、彼女にはあった。
「なんです? いきなり……」
「最初に見た時から思っておった。お主は強い。ワシが見てきた誰よりも、途方も無いほどに、強いんじゃ」
「……ええ? そんなことを? 見ただけで?」
「わかる。散々妖精と戦ってきたんじゃ。魔力体の強さは、見ただけで判るように徹底的に鍛えたわい。……その上でも、お主のような美しい身体は初めて見たわ」
「美し……っ!? そ、そうなんですね……」
「ああ。まさに天が与えた至高の身体じゃ。人間の姿でありながら、ロギイ――根断にも殴り勝つだろうよ。じゃからこそ、勿体ないと思ったわ。だってお主、剣については、あまりにも素人じゃったからな」
エリの身体に驚き震えたのも束の間、その戦いぶりを見て更に驚愕したとヤザンは言う。
それだけの力と魔剣とでも言うべき不思議な剣を持つわりに、剣技はまさに外見通りの
思わず正体を明かして指導したくなったのを必死でこらえたヤザンであった。
それを告げられたエリはしかし、途端に真面目な表情になる。
「……やっぱり。木鳴に私をあてがったのは、意図があったんですね」
その問いに、ヤザンは頷きを返す。
「うむ。あのお方は、剣技で言えば歴代至高だったとワシは思う。あの時、作戦開始前の段階では、あの魔剣技に対応できるのはワシくらいだった。じゃが、もしお主が至高の身体を持つなら、あるいはと思うた」
そう言って、彼は横に立つカルメを見る。
「カルメ嬢ちゃんは僅かな時間でワシの剣の一つを覚えてみせた。未来の技術というのは素晴らしいの。人の身には不可能なことも可能にする。……お主の身体もまた、その可能性を持っているとワシは信じた。そして、託した」
もしエリが木鳴の剣技を吸収してみせたなら、彼女はきっと撃破してみせるだろうと。
その期待通りに、彼女は成し遂げて見せた。
「ありがとうございます。今回のことで、私も痛感しました。剣に関して、私は何も知らなかったから。……でも、木鳴との戦いで、彼に教えてもらいました。この力は、これからの旅の助けになってくれる筈です」
銀に輝く剣を握りながら、彼女は微笑んだ。
「今なら剣でヤザンさんにも勝てますよ?」
「はははっ、流石にまだ負けんよ」
「えー? でも、私は木鳴に勝ったんですよ?」
歴代二番目の騎士に勝ったのだと、自信満々に言うエリにヤザンが首を振る。
「……あのお方々は、素晴らしい騎士じゃった。至天様の恐るべき強さ、木鳴様の凄まじき魔剣技。どちらも、伝説以上の強者じゃ。じゃが剣の仕合なら、負ける気はないわ」
実績がない故に恐れ多い座ではあったが、こと剣ならば負けはしない。
それが最前線で戦い続けた男の自負であった。
それを聞いて、今度はカルメが微笑む。
「あら、じゃあ至天より?」
「当然じゃ」
「なら落ち着いたら、三人で戦いましょう? 至天に勝ったわたしと、木鳴に勝ったエリさん、そしておじいちゃん。誰が強いか、決めないとね」
「……カルメさんは、変わらないね」
出会った直後に戦いを挑まれたのを思い出し震えるエリだった。
あの頃ならまだしも、今戦えば壮絶な殺し合いになりかねないのだが……。
「……この後、か」
「……?」
「ああ、構わんよ。骨だからと加減は無用じゃ。全力でかかってくるが良い」
「ふふっ、ええ、勿論!」
そう言って力こぶを作――れない骨の細腕を見せながら、カルメは笑った。
「拠点に戻ったらやりましょうね。砂漠なら場所も気にならないし……ね?」
あ、多分これ本当にやるやつだなと、エリと魔王に伝えておく事をエリは決意するのだった。
「さて……カルメ嬢ちゃん、シルトが来るまでまだ時間はあるかの?」
「ええ。少しならあると思うけど」
「なら、ちょっとだけ付き合ってくれるか。もう一人、探さねばならない子がおっての」
「いいけど……そんな人いたかしら?」
「あ、じゃあ私はここで留守番してるね」
エリを置いて、ヤザンたちは宮殿を出た。向かうのは都市内部――ではなくその反対、更地になった海の方。
そっちに騎士は居ない筈だが……と首を傾げるカルメを余所にヤザンはどんどんと奥へと進んでいく。
そうしてたどり着いたのは、ナウファルが封じられていた地下監獄の入口。シルトの熱線に砕かれた塔の跡地であった。
地下から湧き出た肉も消え、噴出時に空いた大穴から赤い煙がもうもうと上がっている。
換気口も殆ど肉獣に潰され、まだ肉の残り物で詰まっているため探索は後日行う予定だが……。
「おお、やっぱりここじゃったか」
彼は穴の近くを探していたが、そこから何かを拾い上げた。
両腕で抱き上げたそれは、黒猫の亡骸であった。
「その子は……?」
「ミャウという。あの子の飼い猫で、最初の混獣種じゃった」
「え? でも、そんなに綺麗に……」
集めていた騎士たちとは違い身体は綺麗に繋がっており、やけに大きい事に目を瞑れば、どこからどう見ても普通の黒猫であった。
「最初に与えられたもの以外はあの子の肉を食わなかったんじゃ。飢えていただろうに、それでも決して欲に負けずにあの子の傍に居続けたんじゃ。……聡い子じゃよ」
「……そう」
きっとナウファルの事が大好きだったのだろうと、その姿を見ただけで分かる。
「ミャウは、ナウファルの装置の傍に眠らせてやりたいんじゃ」
「うん、そうね。後で、ロアさんに聞いてみましょう?」
彼の核は今、ロアが一人で調べている筈だ。
どこかに封じるというのなら、その傍で眠らせてあげよう。
これで用は済んだと立ち上がったヤザンに、カルメがふと問いかける。
「ねえ、おじいちゃん」
「ん? なんじゃ?」
「至天って、どういう騎士だったの?」
「大体は話したじゃろ? この国の騎士の始祖で――」
「あ、ううん。そっちじゃなくて。知りたいのは最期について」
彼と対峙した地下へと続く穴を眺めながら、カルメが言った。
かつて多くの人々が押し込まれた暗い階段は、今はもうもうと煙を吐き出しながら静かにそこにある。
「あの戦いの中で、至天だけがやけにナウファルを護ろうと動いていたじゃない? 他の騎士たちは、敵であるわたしたちに向かってきてたのに、至天はそれを無視して、地下牢のナウファルとあの巨大獣の核を護ろうとしたわ。……彼だけ、他の騎士と行動原理が違う気がしてね」
「……ああ、そうじゃな」
唸るようにそう言うと、ヤザンはしばらく沈黙をしてから、重い口を開いた。
「その昔、至天は不忠の騎士と呼ばれておった」
「え? 不忠? 始祖とか開拓とかじゃなくて?」
「勿論それもまた一つの呼び名じゃ。じゃが、同じくらい知られているのが、不忠の騎士。そして、忠義の騎士とも」
「……? 不忠なの? 忠義なの? どっち?」
理由のわからない呼び名に混乱するカルメに、ヤザンはからん、と微笑む。
「……あのお方はユルド王とともに世界で最初の騎士国家を作り上げた。じゃが、その繁栄はほんの僅かしか続かなかったんじゃ」
彷徨い辿り着いた一人の人間と、獣人の青年の夢から生まれた国家ユルド。
だが、この地方の統一を成し遂げた国の名は
それが示す事実は一つだ。
「ユルド王は狭かった獣人の生息圏を飛び出し、国を作り上げた夢想家じゃった。その夢に憧れ、多くの人々が付き従い国が生まれたほどじゃ。……だが、あくまで彼は夢想家でしかなかった。国を治めるには、あまりに夢を見すぎたそうじゃよ」
王の最期は、あまりにあっけないものだったという。
都市が安定するのを待たずに拡大を続け、民の心はどんどんと離れた。
諌める周囲の声にも耳を貸さず、至天に命じて各地の魔獣を倒して領土を切り開き続けたのだ。
その結果――。
「反乱が起きたそうじゃ。民を新たな世界に連れ出した王は、民によって殺された。あまりにもあっけなく死んだと聞いているよ」
「そう……その時、至天は?」
「王の理想を叶えるために、遠征に出ている途中だったそうじゃよ。騎士の始祖とまで呼ばれた彼の騎士は、自分の王の死を防ぐことはできなかったんじゃ」
「だから、不忠の騎士?」
「うむ。王の暴走を諌めず、遂にはその危機を防ぐ事すらしなかった、不忠義者の騎士だとな」
「なにそれ、その王様の指示だって皆わかるでしょう?」
「民はそこまで深くは事情は知らぬよ。至天が王の話を聞かずに遠征に出続けていた、なんて説もあるくらいじゃ」
兎も角至天は王を守れず、王は死んだ。
最初の騎士国家ユルドは、王の死をきっかけに幾つもの国に分離することになる。
そんな彼らは、王が、至天が切り開いた空白地帯に街を作っていき、結果王が夢見た通り数多の国々が作られていくのだから、皮肉なものであるのだが。
「もしかして、それがあの行動の理由?」
他の騎士に比べて、『主』を護ることに固執していたのも。
信じ、共に戦うと決めた主の最期に立ち会うことができなかったからなのだ。
「こんな逸話がある。民に殺されたユルド王は、王としてはあまりにも質素に葬られた。ただそれでも王。その埋蔵品を狙った盗掘未遂もあったそうだ。帰還してその事実を知った至天は、王の墓の前に座り込み、そのまま動くことはなかったそうじゃ……文字通り、死ぬまで」
「ええ? そんなことが……?」
勿論、誇張はされているだろう。
だが、こうして言い伝えられている以上、彼が尋常ならざる方法で王の喪に服したことは、事実なのだろう。
「その行動を称えられ、彼は民に見捨てられた国の騎士でありながら、民に愛された騎士となった。そして不忠の騎士は、忠義の騎士へと呼び名を変えた。そもそも樹冠の騎士は初代統一王が自身と木鳴の箔をつけるために作った称号。それでも至天を一番に据えたのは、彼があまりにも知られた騎士だったからなんじゃよ」
「……そっか、名前が残るのは、それだけの理由があるのね」
ほう、と息を吐き出して。
でも良かった、とカルメが呟く。
「なら、至天は今度こそ、自分の願いのために戦えていたのね?」
望まぬ蘇りではあっただろうが。
それでも生前にはなし得なかったことが、彼はできたのだろう。
「うむ。今度こそ主の最期には立ち会えた。勿論勝って護りきりたかったじゃろうが、負けようとも共にあれた。それだけでも満足じゃったと、勝ったワシらにはそう思うしかない」
「うん。……そうね。そう思うことにするわ」
勝ったものの、生き残ったものの身勝手な想像だけれど。
きっとそうだったのだと、カルメは信じることにした。
「教えてくれてありがとうね、おじいちゃん。結構時間かかっちゃったね。さ、行きましょ?」
そう言って、カルメは騎士たちの遺骸の方へと戻っていった。
ヤザンもまた戻ろうとして、ほんの一瞬だけ海の方へと振り向いた。
「……ワシは、また生き残ってしまったのう。どうしたもんかの、ナウファル、ミャウ」
応えはなく、波の音だけが返ってくるのであった。
***
それから数日をかけて、イグトゥナの調査と修復を行った。
ボロボロだった建物がある程度元の形に戻り、最初に見た都市の姿を取り戻しつつある。
内部の調査も進んだ。
多くのものが破壊され、崩れてしまってはいたがそれでも見つかるものも多かった。
文明も機械も、そして死体も。
リヴラ周辺では見ることのなかった人骨を、この地方では幾度か見ていた。
その全てが室内の、それも狭い倉庫のような部屋や地下室などに限られた。
風化も混獣種も届かない限定的な場所にのみ残っている様だ。
それは、人類史についても同様だ。
「人類史はあまり見つかりませんでした……」
探索を終えた会議の場で、ルナは顔を伏せながらそう言った。
「イグトゥナには南西地方の中核を担った大企業の本社が幾つもあり、その跡地には無数の最新鋭機材が、文明が、残っている筈……なのですが!」
だん、とテーブルを叩いてルナが叫ぶ。
その悲痛さに耐えかねてタッサが頭を下げた。
『すまん、ぶっ壊してしもうた!』
『ごめんなさいね。その本社?っての、都市入口東部に集まっていたらしくてね』
「……ああ、そうか。侵入時にぶっ壊したのか……」
しかも騎士たちが不死になった際に、彼らを潰す岩塊として使ってしまったそうだ。
その後の戦いの余波で、内部までボロボロになっていたという。
砂と水で大半のものが識別不能なレベルで破壊されていただろう。
「ただ、そう言った機械に関しては多くがリヴラに使用されているので、問題がないと言えばないのですが……もしかしたら未発表の何かが……何かが……」
『……なんか、すまんの』
「いいのです。こうして無事に終わったのですから……!!」
絶対にそうは思っていない声色で、ルナは言う。
わなわなと震えてすらいる……。
植木屋に破壊された時ですらああはならなかったが……まあ、道中の都市は色々綺麗に残っていたからな。その分落胆も大きいのだろう。
「一応、地下で設備とか、幾つかの研究資料みたいなものは見つけたから、大丈夫よ」
こそっとイオが教えてくれた。
ならば良かった。
本当に何もなかったらしばらく立ち直れなかっただろうからな……。
「イドラ宮の方はどうだった? あそこなら色々ありそうだが」
気を取り直させるために聞いたが、それに対してもルナは首を弱々しく横に振る。
「あそこが巣になっていたようで、やはり多くは破壊されていました。ただ、厳重に保管されていた文化財がいくつか見つかっています。貴重な資料として持ち帰りましょう」
「そうか、良かった」
本当に。ふたつの意味で。
頷いていると、今度はランバが手を上げた。
「次は我輩から。煙が消えた地下監獄の調査ですが、第一階層には何も残っておりませんでした。ナウファル殿が居たあの部屋も肉で潰れて何も……。ただ――」
そう言って彼が手にしたのは、古びた書籍だった。
「隠し部屋が見つかりました。ハリド王、もしくはその配下の魔導士たちによる実験の記録が幾つかとその道具類――は、ほぼ使い物にはなりませんが、貴重な情報でしょう」
「禁術の、な」
呆れるようにそう言って、俺はルナを見た。
それを見つけてもなおまだ残しているということは――。
「まさか、残すのか?」
「……はい。私が責任をもって封じます」
燃やすという選択肢はないらしい。
禁術など残しても何も良いことがないものなのだが。
「ご安心くだされ、魔王殿。あくまで手記です。手順書ではない。これであの秘術が復活することはないでしょう」
「だといいんだが……」
何が起きても不思議ではない。
だが、仲間の言うことは信じようと、そう決めた。
『次は吾らじゃな。大体直したぞ! 見ての通りだ!』
「……はい。綺麗に修復されています。お見事です」
『ふふん! ――ふぉっ!?』
『……ごめんね、こいつアホなの』
タッサの口を縛りながらシシカが申し訳なさそうに告げる。
……都市ぶっ壊されて震えるルナに謝ってたよな、タッサ。
きっと彼女の中では別の事柄なのだろう。
むごむご騒ぐタッサを放って、シシカが引き継いで話を始めた。
『このアホが今言った通り、都市の大体は直せたわ。……色々壊しちゃったのはごめんなさいね』
「いえいえ! それに関しては私が捕まったのが原因ですから……」
「違うわ、至天に負けたわたしの責任よ。……次はもう負けないけれど」
『そう。ありがとう』
じゃあ次は――と、今度はエリが手を上げた。
「騎士たちの遺骸も全部戻したよ。霊廟が壊れちゃってたから、そっちの修復は必要だけど」
「はい、チビルナたちに修復をお願いします。ヤザンさん、復元にご協力をお願いしますね」
「うむ、勿論じゃ」
ヤザンが頷いた。
俺の方でも竜の肋骨での出来事を簡潔に伝え、これで、それぞれの共有が済んだことになる。
「そしたら、後はトゥリハをどうするかかな?」
「ええ。シルトさんにご協力いただいて、マナホール跡地へと降りましょう。先ずは拠点へ戻って準備を――」
その時、扉を開いてロアが入ってきた。
慌てて走って来たのだろう、珍しく肩で息をしている。
「ロアさん? 一体どうしたので――」
「……出やがった」
「? 出る?」
要領の得ない呟きにルナが首を傾げていると、ふらふらと覚束ない足取りでロアがこちらへと近づいてきた。
「輪廻から化けて出てきやがった。ほれ」
そう言ってロアがテーブルに置いたのは、濁った核が納められた装置であった。
あれは確かあの巨大獣が出るきっかけになった、ナウファルから最初に取り出した方の核。ロアが籠って調べていた筈だが……。
最初に見た時と違うのは、それにいくつか別の装置が取り付けられている点だ。
特に蓋の上側に取り付けられたそれは、リヴラにある拡声器の様に見えるが――。
『……やあ、聞こえているかな』
なんてことを考えていたら、そこから声が聞こえ始めた。
チビルナのような機械的な音声を低くしただけのそれは、けれど確かにその核の装置から発せられた。
「――え?」
そう言ったのは、多分全員。
しかし、過剰に反応したのは二人だけ。
弾かれるように立ち上がったのはヤザンとカルメ。
彼らは立ち上がり装置へと駆け寄り、揃って口を開いた。
「「まさか――ナウファル!?」」
『ああ! そうだよ。その声はヤザンかな? もう一人は分からないけれど……。元気かい?』
全く持ってこちらの台詞だという言葉を吐き出して、彼――彼?は拡声器から声を放っている。
だがどう見てもそこにあるのは核とそれを納めた円筒だけだ。音鳴石を使った仕掛けでもなさそうだし、そんなことをこの疲れ切った男がする筈もない。
視線を向けると、ロアはだらんと力を失ったように装置にしなだれかかりながら、気怠そうな声で呟く。
「……奇跡だよ。最初に封じた方の核がこいつのもんだったらしくてな、オレの声にやけにびかびか反応しやがるからもしやと思って繋いでみたら……この有様だ。全く、どんだけ『不死』なんだよおめえは」
『僕だって望んでなったわけじゃないさ! やっと眠れると思ったのに、この姿になっていたと気づいた時は絶望したんだからね。君が気づいてくれて本当に良かった』
肉体を再生の魔獣に奪われつつあったナウファルの自我は、どうやら最後の砦として核に立て籠もったらしい。
それを破壊せずに隔離したことで、奇跡的にナウファルの自我は綺麗に保存されたのだろうとロアは言う。
「……いや、どういうことだ?」
「オレが聞きてえよそんなもん!」
耐えきれずにロアが吼えた。
彼自身理由もわからず、加えて睡眠不足で限界だったのだろう。
「ともかくこいつは死んでなかった! そんで今はこの装置で耳と口はある。以上!」
『……全然わからないわ』
「むずかしいです……」
……とりあえず、理解不能な事が起きたことはわかった。
理解不能な理論に揃って首を傾げていると、ヤザンがふらふらと装置へと近づき、骨の手を筒へと触れさせた。
「ナウファル……お主なんじゃな……」
『……そうだよ。僕だよ、ヤザン。分からなかったかい? ……ああそっか、声は違うんだね』
「お前の声を知らねえからな。あとで調整してもらえよ」
オレは知らんとロアが言う。彼は床にどかりと座り込んでしっしと手を振った。
もう聞くな、ということらしい。
だがそんなことは関係ないと、ヤザンは首を振る。
「なんじゃ、お主も生き残ってしまったのか」
『うん。今度こそ、死ねたと思ったのになあ……ヤザン。ごめんね、僕らはまた――まだ、死ねないみたいだ』
片方は死に場所に出会えず、もう片方は奇跡的に死を免れてしまった。
この地方を蝕んだ元凶である自分たちが生き残ってしまったのだ。
二人の後悔の言葉を、倒れ込んで遂に寝転がり始めたロアが否定する。
「当たり前だ。オレが生きてるうちは死なせねえぞ」
『だそうだよ。困ったね』
「……はははっ、そうじゃな」
あれだけ願った終わりは迎えられなかった。だが、そんな彼らを縛っていたものは取り除かれたのだ。
「のう、ナウファル」
『なんだい?』
「また、話をしよう。ミャウを連れてきたんじゃ。三人で、夜が明けるまで」
『……うん』
吹っ切れるようにそう言って、彼らは硝子越しに触れ合うのであった。
そんな、穏やかな雰囲気に変わった二人の方へと近づく影が一つ。
「……なら、もういいの?」
声をかけたのは、勿論カルメであった。
『……? 君は?』
「……そうじゃな。ナウファル、次はこの子の話を聞いてやってくれ」
『……?』
ヤザンと位置を入れ替わると、今度は彼女が筒越しにナウファルへと触れる。
その淡く点滅を繰り返す核を見つめながら、カルメがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたは殺してくれと願っていた。だからわたしはあなたを殺すと決めたの。……でも、もういいの?」
『……ああ、そうか。君が……』
「……?」
何か納得をしたような言葉に、カルメは首を傾げる。
『ヤザン、彼女なのかい?』
「ああ、そうじゃよ。お主の考えている通りじゃ」
「おじいちゃん? 一体何の話を……?」
意味のわからない彼らの会話に、カルメは何故だか身体が震えた。
だってそれは、まるで自分のことを知っているかのようではないか。
十数年を同じ地方で過ごしながら、最期まで決して出会うことがなかったカルメとナウファル。
彼の要請を受けナウファルを殺すと決めたカルメだったが、それはあくまで一方的な願い。
彼から直接頼まれた訳でも、なんなら面識すらない筈なのだ。
だというのに、彼は今、カルメのことに『気がついた』。
それが意味することは――。
『僕は君のことを知っているよ』
「――え?」
そうして、思った通りの『あり得ない』言葉をナウファルは告げた。
「わたしのことを、知っていた? あなたが?」
『うん、知っていた』
「……いえ、いえ! そんな訳ないでしょう? だってあなたはずっと地下にいて……」
信じられないと首を振って、答えを求めて視線をさ迷わせる。
「……ああ! おじいちゃんから聞いたのね。それなら……」
そうして何とか見つけた取り繕った答えを、ナウファルは即座に否定する。
『違うよ? ヤザンに君らのことを聞くその前から、僕は君を知っていた』
「そんなわけ……」
『僕はね、あの子たち――僕の肉を食べた子たちが消えた時、ほんの少しだけそのことを感じるんだ。あの子達は都市中に巣を作っただろう? どうも、それがもの凄く大きな規模で僕の身体の様な扱いになってたみたいでね。どこかの巣が壊れたら、他の巣から肉が補充されて治るようになってたんだ。僕の身体を治すのと同じように』
「……!! なるほど、だから巣は修復されてたのですね……」
つまり、俺達が攻略したスルゥトは例えばナウファルの脛を壊した様なもので。
不死のナウファルは、肉に支配されたこの地方は、それを自動で治してしまっていたと。
いや、なんだそれは……。
「……あまりにも規模が大きすぎる……」
「無限に再生する不死とは、そこまで肥大化……いえ、システム化?するものなのですかな……」
「するわけねえだろ……どんな不死だよ、わけわからん……」
全員の理解を置き去りにしたまま、ナウファルはカルメだけに言葉を紡ぎ続ける。
『そんなわけで、僕は身体のどこが壊れたかが分かるんだ。だから、君等が来る少し前から、あの子たちを倒す誰かがいるのは知っていた。ほら、君、一人で巣を一つ潰しただろう? 虫の巣だ。場所は……東側だよね』
潰した。そしてそれはヤザンにも詳しく話していなかった筈だ。場所や虫の巣だなんてことは。
でもそんなはずはない。知っているはずが――。
「それは、シルトさんがやったんでしょう?」
『ううん。シルトならもっとたくさん、一気に死んでるよ。何度か起きているから直ぐにわかるさ』
「じゃあ、皆でやった……」
『それも違う。君らが巣を壊したのは最近でしょ? 君のはもう少し前。それも一度切りだ』
「ううう……」
最早なんで否定しているのかも分からないカルメも言葉に詰まり、遂には唸り声を上げ始めた。
「……なあ、カルメはなんでさっさと認めないんだ?」
「恥ずかしいんでしょ。ねえエリ」
「なんで私に……でも、そうだと思う。ずっと気にしてた相手が自分のことをちゃんと見てた、知ってたって突きつけられると、その、戸惑っちゃうんだよね……」
その
一方その当事者であるカルメは頬を両手で抑えながら首をぶんぶんと振り続ける。
シルトでもない。皆でやったわけでもない。なら、もう後は自分一人だけではないか。
その様子をきっと微笑ましく見守りながら、ナウファルが再び言葉を紡ぐ。
『それを感じた時、ああ、きっと誰かが一人で戦ってるんだって、そう思ったんだ』
「……つまり、知ってたのね、わたしのことを」
『うん。僕らは生き残りを、僕らを殺してくれる誰かを探していたから。巣を破壊できる君には、絶対に接触したかった。直ぐにヤザンに探してもらったんだけどね、見つからなかった」
「あの時は直ぐに都市を離れて拠点に戻ったから……入れ違いになったのね」
『そうなんだろうね。そのまま、ある時から何の反応もしなくなって、ああ、死んでしまったんだと思っていたんだけど……無事だったんだね』
「……ええ、そう。そうよ。あなたが探していた誰かは、わたし」
遂に観念して、カルメはそう言った。
力が抜けたのか、彼女はゆっくりと膝から崩れ落ちる。
その顔は、今までで一番柔らかで、砕けた笑顔だった。
それでも触れている指の先で、ナウファルがゆっくりと瞬く。
『良かった、生きていたんだね』
「……ええそうよ。わたしは生きて、あなたを殺そうとしていたの。ずっとね。……はあ、直接言おうと思ってたのに、台無しね」
遂に、ナウファルの下にたどり着くことはできなかった。吹っ切れてはいたが、こうして本人から指摘されるなんて最悪だとカルメは思う。
『そうでもないさ。君のお陰で、僕は楽しかったんだ』
「……楽しかった?」
信じられないという様に、カルメが首を傾げる。
『うん。言ったろう? 君があの子たちを倒したら、僕には微かにわかるんだ。今日はどこを旅しているんだろう。ここまで来たのか、その先は危ないぞ……ってね。全てあの子たちが教えてくれた』
「なにそれ……わたしは娯楽じゃないのよ?」
『ごめんね。でも君の旅が、戦いが、僕にとっては唯一と言っていいくらいに楽しみだったんだ』
景色なんて変わるはずもない地下深くの監獄の中。
終わりの見えない、時間感覚も溶けきった混濁した意識の海で、それは奇跡のような『変化』だったのだ。
シルトでもヤザンでもない『誰か』が居て。それがまるで強い意志を持っているようにこちらへとゆっくり近づいている。
肉の海に沈んだナウファルにとって、その存在は水面に瞬く綺麗な光の様に、美しく輝いて見えたのだ。
「……それを言われたら、何も言い返せないじゃない」
震え掠れた声で、カルメは何とかそれだけを返した。
『……ありがとう。僕のために戦ってくれて。君、名前は?』
「……カルメよ」
『そうか。カルメか。素敵な名前だ』
「……ふふっ、誰かがつけてくれた、自慢の名前よ」
精一杯の言葉で返して、カルメはふらふらと、近くの席に腰かけるのだった。
会話がそれで終わったことを察知して、ゆっくり間をおいてから再び話し始めた。
『……さて、自己紹介は不要だよね。君らのことはヤザンと、そこのお医者様が教えてくれた』
筒の中に浮かび上がる核が仄かに瞬く。
その直ぐ横に、立ち上がったヤザンが並ぶ。
『身体はないけど、これでも元王子だ。知識でなら力を貸せるよ。それに、最強の騎士もいる』
「うむ」
『僕とヤザン、君らの力になろう』
こうして、骨と核……凡そ生き物とは思えない二人が仲間に加わるのであった――。
『……いや、その姿で何ができるんじゃ』
感動の光景を冷静に眺めていたタッサが不意に言う。
その言葉にカルメとヤザンを除いた全員が頷く。
『――ふっふっふっ。そこは大丈夫だよ。――お医者様!』
「その呼び方止めろ! ほれ」
嫌そうな顔でロアが指を弾くと装置の下部から駆動音が聞こえ始め、直後、装置が独りでに浮き上がった。
『見てくれ! この素敵な魔法を! これで移動も自由自在さ』
『浮いとるぞ……』
「なんというか、奇怪ですな……」
何とも言えない光景に、全員がひそひそと呟く。
ひたすら疲弊した様子のロアに近づいてこそっと尋ねる。
「どうしたんだ、あれ」
「ルナが混獣種の核を届けてきた飛行機械、あれを使った。……何とかしろってうるさくてな……」
「……この子、昔から我儘なんじゃよ。許してやってくれ」
『失礼な。人を子供みたいに言うのはよしてくれ』
ぶんぶんと装置の身体を揺らしてナウファルが抗議の意を示す。
筒に核がぶつかりそうだが、大丈夫なのだろうか。……どうせ不死身か。痛覚とかあるのか? あれ。
だがそんな心配を他所に、悠々と飛び回ってから元の位置へと収まった。
『とまあ、こんな具合だから心配無用さ。機能はこれから増える予定だし、ね? お医者様』
「……ルナ、後で相談させろ」
「あ、はい……」
その一瞬のやり取りで、ヤザンがナウファルを『意外と我儘』と評していた理由を察した。
目覚めてからずっとあんな具合だったのだろう。
もう限界と言うように、ロアは立ち上がるとこちらへと背を向けて手を上げた。
「もういいだろ。後は任せた、オレは寝る……」
「ししょ―、待ってー!」
『――――!!』
去る背を追ってヤマたちが駆けていく。
ウミだけが一瞬立ち止まり、こちらへと振り向いた。
『……いい?』
「ああ、行ってこい」
『うん』
今度こそ出ていった彼女たちを背に、俺は残った全員の方へと振り向いた。
色々ありすぎて既に眩暈がしてきたが、残念ながらこれからが本題なのだ。
「……さて、今度こそ話し合おうか。トゥリハのマナホールへと向かう作戦を」