人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
それから俺たちはセムルの拠点へと戻り、数日の休暇を取ることにした。
はじめこそそんな休暇は不要だと皆が思っていたが、俺も気づけば丸一日を寝て過ごしてしまっていた。
それ程までに戦いの疲労は大きく、俺たちはこの砂漠地帯を無休で突き進んでいたのだ。
思えば戦い続きの地方探索だった。
何もしない休みというのは随分と久しぶりな気がする。
俺は随分久しぶりに感じる珈琲の味を楽しみながら、スルゥトで見つかったという本を読んで過ごした。
『樹冠の騎士物語』という至極シンプルな題字の書籍は、その名の通り歴代の騎士たちの伝説と偉業が書き連ねられた代物。
俺が知る物より随分と分厚くなった至天の竜退治に始まる騎士たちの物語は、ヤザンに聞いたそれよりも派手に脚色がつけられ、いかに騎士が高潔で無敵の存在であったかが綴られている。
……あの肉が宿った状態の騎士たちなら、こんな偉業を成し遂げられたのかもしれない。
この本と、ルナが見聞きした実際の騎士たち。果たしてルナはどちらを『事実』として未来に残していくのだろう。
そんな、無駄なことを考えながら俺の休暇は終わった。
その間、ヤザンはチビルナたちと一緒に霊廟修理を行い、ルナたちはマナホール攻略準備を行っていた。
この休暇自体、その待ち時間だったのだが、案外準備には殆ど時間がかからなかった。
何故ならこの地最大の脅威は既に取り除かれたからだ。イグトゥナで起こした様な大規模戦闘は、もう起きることはない。
そして、あくまでイオが空中から見た限りではあるが、旧トゥリハに埋め込まれたマナホールはアルトの様に暴走が起きている気配もない。
要は、安全なのだ。こと脅威に関していえば、既に無力化されている。
だからあの広大な崩落跡に潜る準備さえ出来れば十分なのである。
ルナが準備完了を告げた翌日。
シルトとその眷属たち――たった数日で孵化して巨大に成長していた彼らに運んでもらって、俺たちはこの地方の最終目的地である、崩落の底へとたどり着いた。
「ここが、トゥリハの崩落後……ですか……」
そこに広がっていたのは――。
「……草原?」
降り立った俺たちの足元に伝わるのは、慣れていた砂ではなく確かな地面の感触。
砂漠に空いた大穴の底には、崩落跡どころか、かつての景色を彷彿とさせる草原地帯が広がっていたのだった。
「……幻覚、などではないですな?」
緩やかに吹き降ろす風に揺られて青々とした草が揺れる。
「見りゃ分かんだろ。どう見ても草だ、草」
『あし、沈まない。楽ちん』
「楽ちんです!」
ウミたちが踊って踏みしめてもびくともしない。
試しに引っこ抜いてみたが、根がしっかりと張っている。
この一帯は砂地ではない土壌が形成されているらしい。
「あれ見て!」
ふとイオが声を上げた。
見れば、一匹の獣が奥の方をゆっくりと歩いていた。
真っ黒な体躯の四足歩行のその生き物を、俺たちは見た事があった。
「あれは……修復者ではないですか?」
「え? ああ! あのスルゥトでやられてた? 確かにそっくりかも」
エリが驚いた声を上げる。
我々が最初に到達し攻略した虫の巣。
そこで俺たちより先に戦い敗北していたのがあの修復者であった。
あの時は草原を生み出そうとして、察知した虫たちに食い破られて修復先をすり替えられていた。
他地方からやってきていたのだと思っていたが……。
「ここから生まれていたのか」
「草原に修復者……やはり、マナホールはここにあるようですね」
アルト周辺でも、地下でロアが起動したマナホールを目指して周囲から修復者が集まり、終いには解体屋が最下層の放出孔から現れた。
やはり彼らは源素と深い関連があるようだ。
「……あれ? ねえ、見て……!!」
再びイオが指で示した先。
歩いていた修復者の身体が前面からするりと消え始めていた。
まるで放浪図書館に入った時のように、そのまま全身が呑まれ、消え去ってしまったのだ。
「消えちゃった」
「どういうことだ? 死んだ……訳ではないよな?」
「はい、そうは見えませんでした。あれは、放浪図書館に入ったのと同じ……」
自然と、皆の視線がランバに集まる。
「確かに、図書館は他にも存在しておりますな。ただ、あの修復者たちが管理し、ましてや使いこなしているとは到底信じられません」
「……だよな」
「ええ。それならば、瞬間移動でもしたという方が信じられましょう」
「瞬間移動? まさか……」
そういえば、俺が目覚めた直後。初めて遭遇した植木屋も、突如街の近くに現れていた。
あの時はたまたま都市の近くにいたと思っていたが、あれも機械の起動を感知して、移動してきていたというのか?
まさか奴らは遠くまで自在に移動することができるというのだろうか。
「おい蛇」
ふと、ロアが声をかけてきた。
彼はこちらへと近づいてくると、あの首飾りを軽く掲げて見せてくる。
その中に埋まった黒い金属核がほんのりと光を帯びていた。
「ここ、やっぱり源素があるみてえだぞ。そこらの砂漠より大分濃度がある。アルトに比べりゃ大分薄いが」
「やはりあるか。……薄いのは、地上だからか?」
「いや、アルトは湖上でも結構な濃度があった。それに比べりゃ二割くらいだ。……やっぱり、ここのマナホールは稼働してねえんじゃねえかな」
「そもそもアルトを起動させたのはお前だろ?」
「ん? ああ。そうなんだが、それ以前にアルトは湖上の濃度が凄かったんだよ。こことは比べ物にはならねえ程にな。だから安全だと思うんだがな」
「……だといいんだが」
「早速入ってみましょう。先ずは入口を探さねばですね」
そう言って散り散りになって塔の周囲を探り始めた俺たちを、タッサやヤザンといった合流組が呆然と眺めていた。
「……驚いた。本当に自然が再生されておる……」
『そうなのかい? 君が目覚めてからずっと砂漠だったのに……自然というのは偉大だね』
未だに跪いて草原を撫で続けるヤザンの周囲をナウファルが飛び回る。
彼はまだ視覚を得ていないから実感が薄いのだろうが、ヤザンにははっきりとわかる。これはかつて駆け抜けたあの草原だと。
失われたと思っていたかつての景色は、こんな場所で耐え続けていたのだ。
肉体があれば涙を滂沱の如く流していただろう。
「ルナ嬢ちゃん曰く、ゆっくりとこの地は戻っていくそうじゃ。かつての、あの草原の続く地へと」
『全てが元に戻るには、時間がかかるんだろうね。今さら生き残っても、なんの意味もないと思っていたけど……あったね、見守るべきものが』
「ああ、そうじゃな。そのためにも、嬢ちゃんたちの手伝いをせねばな……」
自分たちの存在意義を見出した生き残りたちは、拳と筒をぶつけ合い、笑い合うのであった。
一方、妖精二人はただただ何もできずに立ち尽くしていた。
『……おい、シシカ、これは現実か?』
『現実らしいわよ。わたしも信じられないけど』
とある目的のために南西地方へとやってきていた二人にとって、目の前の光景は信じ難いものであった。
何せ彼女たちの悲願と言うべきものの一端が、彼女たちが何をしなくとも達成されていたのだから。
妖精が再び生きることができる世界の創造。そのために、彼女たちはこの枯れた地までやってきていた。
勿論自分たちも参加した戦いのお陰で、この場所に至れた事は事実だ。ただそもそも、妖精という種を通り越して世界再生が行われていた事に、彼女たちは驚き呆然としていた。
『吾ら、なんも知らんかったんだな……』
『このことをあのババアどもは知って……いえ、流石に知らないのでしょうね』
知っていたなら絶対に許さないとシシカは拳を握る。
知っていたとしても、何かできたわけではないのだろうが……。
大きく溜め息を吐いてから、その視線をルナと巨大な塔跡を探る魔王たちへと移す。
竜の肋骨で出会った不思議な生き残りたち。
彼らの語った南東での出来事を、未だ信じられずにいた二人であったが。
『あの子たちの言葉は本当だったようね。世界は、自然は再生されていると』
『うむ。精霊様の幼体まで見せられては、信じるしかないだろう』
こうもはっきりと証拠を見せられれば信じるほかない。
修復者という、自らの身体を用いて世界を、自然を再生させていく未知の存在。そういったものに、より自然という存在に近い彼女たちには心当たりがあった。
太古に存在し、消えていった意思持つ自然――精霊と呼ばれる我ら妖精の上位種。
彼らは無から自然を生み出す。
彼らにかかれば、枯れた大地の再生など簡単なことだろう。
『ヤマちゃん、ウミちゃんたちと同じ。いま生まれたばかりの新たな命……か』
『ますます気に入ったぞ! あ奴らを皆の下へ連れて行かねばな』
『……来てくれるといいけどね』
願うようにそう呟いて、シシカは魔王たちの後を追って歩き出した。
***
しばらくして、入口と思われる場所を見つけ、俺たちはマナホールの中へと入っていった。
かつては扉だった穴の先には金属壁の通路が続く。
足元だけは外と同じ草が侵食した道ができており、外から吹き込む風にほんのりと揺れている。
天井に埋め込まれた赤の灯りは未だに淡く点滅を続けており、この施設がまだ生きている事を教えてくれた。
しばらく進むと壁は途切れ、広い空間へと辿り着く。
視界を埋め尽くす程の暗い大孔――アルトで見た、地下深くへと続く逆さの塔が現れたのだ。
「うひゃー、ここも深いねぇ。アタシでも底が見えないよ」
「アルトは湖底から更に深くまでありましたからね。ここも、同じかそれ以上の深さがあるはずです」
入口から大穴を覗き込んでルナたちが話をしている。
外から流れ込んできた砂が、天井から漏れる光を浴びながら、さらさらと零れ落ちていく。
辛うじて手摺の残った、草の生えた廊下が穴の淵にぐるりと設置されているようで、いくつか部屋に通じそうな穴が開いている。
そして、一方の廊下は途中で二手に分かれて下へと降っているようだ。そのまま最下層へと続く、巨大な螺旋階段になっているのだろう。
潜水艇の発着場がないだけで、構造はアルトの時と殆ど変わらないようであった。
だが――。
「降りられそうか?」
「んー、駄目そうかな。階段、途中で途切れちゃってるよ。ほら、あそこ」
トゥリハ崩落の原因となった何かのせいなのか、壁にあった筈の螺旋階段は無惨にも破壊され、途中で綺麗に消失してしまっていた。
「あの様子だと下まで全部壊れてると思う。前みたいに飛び込んで進むのは危険かな」
「……そうですね。入口が狭すぎて竜の方々は入れないでしょうし……別の方法を探りましょう」
天井を壊せば入れるだろうが、何が起きるかわからない。やるにしても最終手段だろう。
『それがいいと思うわ。流石にわたしたちでもこの深さを渡る木は作れないから』
「はい。……いくつか部屋があるようです。先ずはそこを探ってみましょう」
ルナたちに俺とエリの初期リヴラ組と、ランバ率いる残りのメンバーの二手に分かれ、通路に沿って部屋を順に調べることにした。ちなみにヤマとウミ、シンジュにシルトたち竜は入らないので外で待機中だ。
円筒形の壁面には等間隔に窓と扉が取り付けられていたようで、今はどれも穴に変わっている。
特に、入口から見て左右一つずつ、一際大きな穴が空いている。それらは通路になっているようで、奥へ――正確には外側へと続いていた。
要はこの施設は内の円と外の円の二層構造になっており、左右の穴は外縁部に通じているということだ。
俺達が進んだ左手側の通路の先には、恐らくマナホールの状態管理を行うための制御室と、職員用の休憩室があった。
制御室の方はモニターの埋め込まれた分厚いテーブルがすり鉢状に並べられており、正面側の奥の壁にも何らかのスクリーンがあったであろう空洞がぽっかりと空いている。
稼働時は多くの職員がここに詰めていたのだろう。
試しにルナが触れてもなんの反応も示さず、壊れてしまっているようだった。
そこからいくつか部屋を通り抜けた奥にあった休憩室では分厚い扉で保護された食料庫が見つかったが、こちらは電源が切れており乾くかボロボロに崩れたナニカが箱に詰められ積まれているだけだった。
原型が残っているのはそれくらいで、他の部屋はどこも元の分からない瓦礫が散らばっているのみ。
そういった場所は草や土の侵食が激しかったので、修復者たちが壊していったのだろう。
大崩落と混獣種の存在により、修復者はこの崩落後とマナホール施設内部でしかまともに行動できなかった筈。施設内部のものは既に大半が破壊されている。強固に作られた制御室の設備などが残っていたのも奇跡的なのだ。
「なんにもないわねぇ」
食料らしきナニカを掴み、崩れ去っていくのをなんとも言えない目で眺めながら、カルメが口を開いた。
「ねー、ルナ。これ、マナホール自体も跡形もなく壊れてるんじゃないかしら?」
「……可能性は高いです。そもそもトゥリハの崩落自体も、マナホールを原因とした何らかの破壊現象が起こしたもののようですし」
都市を複数飲み込む程の崩壊現象。
それを引き起こせるとしたら、それこそ世界の中核に関わる何かだろう。
今我々が知るそれは、マナホールしかあり得ない。
「そうなった場合、どうにかして装置の修復をせねばなりません。今の我々にできるかどうか……」
「そうね。できても一体どれくらいの大工事になるやら……。考えたくもないわね」
イオが苦い顔で呟く。
ルナに次いでチビルナたちと拠点管理を行うことの多い彼女は、残りの資材状況をよく理解している。
この南西地方では、資材は殆ど収集できておらず、リヴラから持ち込んだものでやり繰りしていた。
既に残り資材は少なく、このまま他地方に行くのは不可能だろう。
こと資材において、南西地方は確かに枯れた大地であった。
「時間があることが唯一の救いですね。シルトさんに護ってもらうことが出来れば、修復も可能でしょう」
「海路もあるからねー。資材なら、リヴラからいくらでも持ってこれるし」
何せあちらは修復者が無尽蔵に自然を再生させている。
マナホールの逆転によって今後減っていくとは思うが、それもまだ先のことだろう。
「ある意味、修復者を利用した開拓という訳だ」
発展した人類文明への復讐として生まれた存在を更に利用するのだから、かなり冒涜的な行為をしている気もするが、まあ、少しくらいなら構わないだろう。
敵対ではなく寧ろ世界のためになるのだし。それくらいは許して欲しいものだ。
そうして探索を続けていたら、ぐるりと半周して入口とは反対側へと辿り着く。
丁度そこで、分かれていたランバたちと合流した。
「ランバさん、そっちはいかがでしたか?」
ルナの問いかけに彼は首を横に振る。
「目ぼしいものは何もありませんな。そちらは?」
「制御室らしき場所はありましたが、動いていないようです」
「ふむ、そうですか。となるとロア殿の言う通り、ここは未稼働ということですかな?」
「……そう、ですね」
ルナの返事は歯切れが悪い。
以前アルトではルナに反応するように施設がひとりでに開いたり起動したりしていた。
だから今回も同じように何かが起きるのではと考えていたのだ。
だが、一番可能性のあった制御室が不発となると、その仮説も崩れてしまう。
(……何か、ある筈です)
ルナの脳内には、母が残したメッセージがまだ残っている。
マナホールを逆流させるための鍵と、他のマナホールの位置を彼女はルナに託したのだ。
ならばルナの母はここに自分を来させたかったはずなのだ。そうすることで起きる何かがここにはある筈なのだ。
何か見落としがあるのでは……。
「おーい、ちょっとよいか」
そんな時、ヤザンが声を上げた。
彼は自身の直ぐ真横の壁を指さし、告げる。
「ここだけ壁の色が違うみたいでの。何かあるんじゃないかの?」
彼の言う通り、壁をその一角だけ塗り替えたように、金属壁が黒く染まった箇所があった。
位置も入口の丁度真反対。
皆が場所を開け、ルナがその前に立つ。
「――あ」
その瞬間、壁面に青白い光が走り、真ん中からスライドするようにして壁がひとりでに開き始めたのだ。
「……開いちゃった」
イオが呆然と呟いたのと同時に、目の前には他の部屋と同じようにぽっかりと穴が開いていた。
エリがイオの横から顔を出して、二人して中を覗き込む。
中には草も侵食しておらず、綺麗なものであった。
「ここだけ閉まってたから、壊れずに残ってたのかな?」
「そうなんじゃないの? 他は壊れてたワケだしさ」
「……やはり」
マナホールと自分には関連がある。その確信を持ったルナが恐る恐る覗いてみると、そこは予想に反して何もない開けた空間であった。
ただ、壁には同じような黒い金属壁があり、その脇には操作盤が埋め込まれていた。同じものをアルトのマナホールでも見た事がある。
「エレベーターがあるようです。動くといいのですが、恐らくこれも……」
そう言ってルナが近づくと、同じように扉がひとりでに開き始めた。
「……また、空いたね」
「はい。やはり、ここはまだ稼働しているようです」
中を覗けば、前みたいな下まで続く伽藍堂の大穴ではなく小さな部屋が――乗り込む籠が待ち構えていた。
この中に入れば下層まで輸送してくれるのだろう。
念のため扉を支えつつ、ルナが手早く中を調べた。
壁面に浮かぶ魔法陣に触れた彼女が声を上げる。
「最下層行きのようです。これに乗れば、アルトで解体屋と戦ったあの場所まで降りることになるでしょう」
「……流石に、今回はあれがいるとは思えないが、念のため備えておくか」
このサイズでは全員は入らない。
ランバの図書館で運ぶのも手だが、今は上側に人員を残しておく方が安全だろう。
「じゃ、アタシはパスかな。クアも居ないから足手まといだし」
「我輩は参加した方がいいでしょうな」
「ああ、頼む。いざとなれば全員をしまって逃げてくれ」
「ワシも遠慮しておくかの。剣士ならカルメ嬢ちゃんとエリ嬢ちゃんで間に合っておるじゃろ」
『行きたいのは山々なんだけどね。目が見えるようになってからにするよ』
「あら、じゃあわたしは参加ね」
飛び跳ねる様にカルメがエレベーターへと乗り込んだ。
俺とエリも乗り込んで、これで五人。
『のう、吾らは行ってもいいか? ……この地下で何が起きておるか、見ておきたい』
「大丈夫です。むしろ助かります」
『ありがとう』
シシカとタッサを加えた、七人で向かうことに。
全員がエレベーターに乗ると、ゆっくりと箱は動き出し、速度を上げて下へ下へと滑り落ちていった。
やはりマナホールは地下深く掘り下げて作られているらしい。
『……長いな。どれだけ深いんだ、これは』
「具体的には分かりませんが……イグトゥナにあった監獄塔を覚えてますでしょうか? あれが20本は余裕で入るかと」
『20!? そんなにか!? ……どれほど深くまで……これを人類が作ったというのか……?』
開閉部に張り付いて、見えもしない向こうの景色を見通すようにタッサが唸っている。
いつものようにシシカが合いの手を入れるかと思ったが、彼女も真剣な顔で足元を見つめているようだった。
……妖精には何か感じるものがあるのだろう。俺たちも実際、知った時には大いに驚いた。
人類はかくも大胆に、世界に手を加えていたのだから。
これが後二つはあるという。だが、これで半分とも考えられる。
本当に、想像以上に厳しい旅になった。
まさか地方丸ごと飲み込む特異主が居たとは。
残る地方は二つ。
「……頼むから、次は平穏な土地であって欲しいが」
「無理でしょー」
「無理では?」
「いえいえ、理想を持つのは大事ですぞ」
「……そうだよな、知ってたよ」
諦めも肝心だ。
ただせめて、今回みたいな戦いだらけであることだけは避けられることを祈ろう。
***
長い時間をかけて、エレベーターは最下層へとたどり着いた。
ゆっくりと開かれた扉の先に広がる光景は、アルトのそれと変わらないものであった。
前はロアが金属で封をしていた中央に開いた大穴には巨大な銀色の羽根車が埋め込まれており、停止した状態で赤い光を点滅させている。
以前はこれを回転させ源素を逆流させたのだが、やはり停止してしまっている。
「解体屋は……いないようですね」
ふう、と安堵の息を吐き出してルナが言う。
とりあえず戦闘がないことが分かって一安心だ。
「代わりにこれも動いてはいないけどな」
「大丈夫です。私の予想が正しければ恐らくは……」
「おい、ルナ?」
底には砂が積もっているだけで何も見えないが、ルナは迷わず壁の方へと駆け出し、その内の一つに触れると、壁が独りでに開き始めた。
アルトにもあった、地下側の制御室だろう。
そのまま中へと飛び込むと、扉は直ぐに閉まってしまった。
「何があるかわからないというのに……」
「まあまあ、ここまで何もなければ大丈夫でしょう。……でも、イオから聞いていたけど、凄いのね。これが、マナホール。……世界から魔力を吸い上げていた元凶なのね」
周囲を見上げたカルメはほうと息を吐いて、感嘆の声を上げる。
人類最後の都市であるリヴラを知る彼女からみても、この施設は異常なほどに巨大で、発達した文明によって作り上げられている。
相変わらずこんなものを作れてどうしてこんな事態に……とも思うが、逆に作れてしまったからこうなったのだろう。
同じように妖精二人も呆然と周囲を見上げている。
『魔力が満ち溢れとる……吾ですら酔いそうだ』
『世界には、まだ、こんな場所が残っていたのね……』
彼女たちは文明の敵対者として生きてきた存在の筈。その衝撃も大きいのだろう。
『ねえ、これを今から動かすんでしょう? どうなるの?』
「俺も詳しい訳じゃないんだが……。元々この装置が吸い上げていた源素の流れを逆転させて、世界に源素を還すんだそうだ」
そうすることで、停滞し淀んでいた地上の魔力を減らして元の姿に戻す……そういう手順の筈だ。
より正確には、本来はその逆――吸い上げるために作られた施設を何者かが『改造』し、逆流させるように仕向けた。俺らはそれを稼働させているだけだ。そして、ルナはその起動のための鍵なのだろう。
それを仕組んだのが、ルナの言う『お母さん』。つまりは彼女たちの生みの親らしいが……。
人類史復興を目的とし、崩壊寸前だった人類史末期にルナたち人造生命体を作り上げたという彼ら。一体どういった組織だったのだろうか。
『……なるほどね。つまりこの装置を起動すれば、外のあの毒みたいな魔力は薄まると、そういうことね?』
「ああ。……待て。毒と言ったか? ひょっとして、あんたら妖精にとっても、外の魔力は濃いのか? その、危険だと感じる程に」
てっきり妖精にとっては好ましい環境なのかと思ったが、その問いにシシカは首を縦に振る。
『ええ。当然よ。ヒトにも動物にもあの魔力は毒だった。それは妖精でも関係ないわ。……だからわたしたち妖精は、僅かな領域に閉じこもることを選んだの』
「……? 私たち?」
さっきから、明らかに二人以上の人数がいる前提の話をしている。
そういえばこいつらは竜の肋骨で出会っただけで、どこから来たのかなどは聞いていなかったが、まさか……。
重なる疑問に、ふっとシシカは笑う。
『わたしとタッサはね、この地方の住人ではないのよ。あなた達と同じく、外から来たの』
「そうだったのか……通りで」
あの竜の肋骨も、妖精たちが暮らしていたにしては何もなかった。あの岩の巣の中に部屋を作っていたのだとしても、シルトに匹敵する寿命を持つ妖精たちが暮らしていたのならもう少し何かしら生活の痕跡があった筈だ。
生き残りというには他の妖精が見当たらないし、どういうことなのか疑問だったが……外から来たのなら納得だ。
「他の地方にも居たのだな。生き残りとやらが」
『ええ。わたしたちは外の環境を調査して、妖精たちが住める場所になっているのかを調べるために旅していたの。そしたら、シルト様の領域を見つけて、あそこなら……と移住の相談をしてたのよ』
ただそのためには混獣種たちが邪魔だった。だからその大本だろうと思われる骨――ヤザンを殺そうとしていたらしい。
……どう考えても怪しいもんな、あの見た目は。
しかし――。
「移住、ね。やはりいるのか。他の妖精たちも」
『その通り。妖精は滅びずに生きているのよ。ここから北に木妖精の一大コロニーがあったのは知っているかしら?』
その問いには頷きを返す。
この地域を囲んでいた壁の一つに、妖精たちが暮らす巨大コロニーの存在があった。
人類史末期には彼らはここを拠点に南北の人類域との戦争を繰り返し、いつしかその姿を忽然と消した、とルナが語っていたのを覚えている。
『そう。わたしたちは人類との戦いを続けても勝ち目がない……正確には自然が戻らないことを理解して、隠れることを選んだのよ。人類から姿を消し、外の毒から自然を護るために。……結果、数百年引き籠る事になったのだけれど。今も妖精たちが集まって暮らしているわ。……我々妖精の、最後の住処』
ヤザンたち騎士連邦が戦い続けた妖精種最大のコロニー。
自然の消滅に伴い消えたのだとばかり思っていたが、彼らは何とか生き延びていたらしい。
『わたしたち妖精にも、今の魔力濃度は毒なのよ。こう見えて、わたしたちは常に魔法で周囲の魔力を消費させて身を守ってるわ。でも、正直疲れるのよ。だから他のみんなは長老たちが張った結界の中で、少ない自然を守りながら暮らしている。でもそれはゆっくりと滅びるだけの停滞でしかない。わたしもタッサもそんなのは御免なの。だから、二人で外に出てきたのだけど……正解だったわ』
どちらかといえば、任務として出ていたわけではなく、嫌気がさして飛び出してきただけの様だ。
それでもその行動は出会いを生んだ。
『また後で話そうと思うのだけれど、お願いがあるの。これが終わったら、わたしたち妖精のコロニーに来てくれないかしら。長老たちを説得するのに力を貸して欲しいのよ』
それに、ヤマちゃんとウミちゃんとシンジュをみんなに紹介したいしね、と彼女は言う。
「……襲ってはこないんだよな?」
『そこはわたしとタッサが保証するわ。……全員が歓迎するとは思えないけれど、勝手はさせないと誓いましょう』
「そうか。あいつらがいいなら、俺たちは構わないさ。どうせ通り道だ」
『……ありがとう』
この後のことはまだ決めていないが、次は順番的に北西に向かうことになるだろう。
その道中に立ち寄るならば、特に問題はないだろう。
……ちなみにヤザンが行っても大丈夫なのかは、後でしっかりと確認しておこう。
そんな話をしていると、重低音が鳴り響き始めた。
巨大な何かの駆動音。
見れば穴に埋め込まれた羽根車が回転を始め、周囲の壁一面に青白い光で紋様が浮かび上がった。
「これは……」
「皆さん!」
壁の扉が開くと、ルナが慌てて飛び出して来た。
「マナホールが起動しました。今から逆流を開始します。戻りましょう」
『おう? そんな慌てる程か?』
「はい。起動すれば外に停滞していた魔力が――源素がこちらへと流れ込んできます。いくら皆さんでも、安全かどうかは……」
先程シシカが毒といった魔力が大量に降ってくるということだ。
『成程、そりゃまずいの』
「エレベーターで戻りましょう。さ、行きましょう」
そそくさと籠の中に戻り地上へと戻る。
魔法陣を操作するルナを余所に、他の面々はなんだか気の抜けた雰囲気だ。
「何もなくてよかったね」
『主らが脅かすから一体何が出るのかと思っていたが、大したことなかったな』
「お前らはあれを知らないからそう言えるんだ……」
「解体屋、でしたかな。破壊専門の修復者。現れなくて本当に良かったですよ」
骨竜の熱線に匹敵する威力の攻撃を大量に放ってくる化け物。
今のメンバーなら問題なく倒せはするだろうが、万が一はあり得る。
できれば戦いたくはない相手だった。
「……」
皆の会話を背にしながら、ルナは一人、何かを考え込んでいた。
そんな彼女へと、ランバが声を投げかける。
「そういえばルナ殿。今回は新しい情報はなかったのですかな?」
「はい、それなんですが、今回は何もなくて……」
「……ふむ。てっきり毎度情報が出るものだと思ったのですが……」
振り返り首を横に振るルナに、ランバは首を傾げる。
確かにルナが前回得た情報のお陰でこの旅が始まった。ここでも何か有益な情報が齎されると期待するのも解るが……。
ルナの僅かな素振りを見て、その感情を読み取った俺は、ランバへと視線を向けた。
「場所は既に分かっているんだから、情報も何もないだろう?」
「……そうですな。その通りでしょう」
それきりランバも口を閉ざした。
「……」
会話が済んだと壁を向くルナの表情は困惑――ではなく、葛藤のそれに見えた。
何も得られなかったのではなく、得られたものを話せない。そんな感情に読めてしまったのだ。
咄嗟に庇ったが、一体何があったのやら……。
残ったマナホールに何か問題でもあるのだろうか。だとしたらこれ以上の騒動になりそうで、勘弁願いたいものだが。
ともかく、今はマナホールは直せたからいいだろうと、そう思うことにした。
「次は、北だな」
「……はい。位置的にはこのまま北の北西地区へ向かうのがいいでしょうが、まずは情報を集めないとですね」
何せまだこの地方で集めたものたちもまともに調査できていないし、資材も底を尽きかけている。
「そのために、一度リヴラに戻るのも考えなければなりませんね」
「そうだな」
「賛成! 久しぶりにリヴラに戻りたいわー。クアさんとマンダさん?にも会ってみたいし、ね」
「……そうですね、様子を見にいくのも良さそうです」
半分を攻略した今、そこまで無理して急ぐ道程でもなくなっただろう。
シシカたちの願いもある。ゆっくりとどうするかを決めていこう。
こうして、この地方のマナホール再稼働は、呆気なく完了するのであった――。
「ルナ!」
――だが、勿論そう簡単には終わる訳もなく。
地上へと戻った俺たちを出迎えたのは、驚いた表情のイオであった。
「イオ? どうしたので――」
「無事で良かった! そんで早く戻ってくれて更に良かった! ……これ、聞いて!」
慌てたようにそう告げると、腕に巻いた通信装置を操作し、そこに封じた音声を流し始めた。
そこから流れだしたのは――。
『こちらニクス。応援を要請する。繰り返す。こちらニクス。応援を要請する。……座標地点を送る。僕がいるのは大陸北西。皆の反応を確認した。もし行動を共にしているならば……助けに来て欲しい』
流れてきた声にはっとルナが顔を上げた。
その名は俺も何度も聞いて知っている。
ニクス――旅に出ていた、ルナたちの最後の一人。
目的は、生き残りを探すことだった筈だが。
『繰り返す。どうか、助けに来て欲しい。生き残りを見つけた。いたんだ。僕らの他に、生き残った人類が。でも――』
そう言って、音声は途切れた。
俺とルナは呆然としたまま顔を見合わせた。
……どうやら、やはりこれからの旅も、一筋縄ではいかないらしい。
1話統合して削っちゃったので、ここまでが第二章となります。
更新も一旦ここまで。続きはじっくり書き進めているので、書き終わったら投稿します。
ジャンル迷子の完全趣味詰め込みの作品ですが、ここまで読んでいただきありがとうございます!
ハーメルンは各話の閲覧数が分かっていいですね。序盤の設定説明の難しさを痛感しました…。
ここまで付き合っていただいた猛者の方々には最大級の感謝を。
感想、評価、どちらもとっても嬉しいです。
お返事はできてませんが、ありがたく読ませていただいています。
誤字修正もありがとうございます。見落としが結構ある…うぐぐ…。
ちなみに、三章用に魔法の設定考えなきゃあかんな…となって書いたのが、最初に投降した「王国魔法ギルド 特認魔術課」だったりします。場所が同じなだけで関連全くないですが、良ければ読んでやってください。
それでは、また。