ルナに広い場所に案内してくれと頼むと、昨日の牧場へ連れていかれた。
牧場は都市の北側、楕円の先端に位置している。
街の中心部を貫く大通りを抜けて、柵に囲まれた草原地帯へたどり着く。
……地下空間に草原が広がっているのは、改めて見ても異常である。
柵を越えて中に入ると、禿鷲馬に乗った犬ジカが颯爽と駆け回っていた。
「乗れるのか……」
というかお前は自分で走れよ。
「お二人は仲良しなので、専用の鞍を作りました」
「資源の無駄遣いを……」
ボウル状に作られた鞍の窪みの中に犬ジカが収まっている。
が、俺たちが入ってきたのを見つけると、飛び降りてこちらへと走ってきた。
足に角が刺さって痛い。
こいつにもだいぶ懐かれてしまったな。
今ここにいると少し危ないんだが、仕方ない。
「それで、魔王さまの力とは何なのでしょうか」
「ルナ、お前は俺が当時なんと呼ばれていたか知っているか?」
「はい……本には『蛇の魔王』と書かれていました」
突然の疑問に驚いたようだが、流石は俺を地下から見つけ出した女。直ぐに答えを口に出す。
だが、その表情には困惑が浮かんでいる。
「ですが……」
「どう見ても蛇には見えない?」
俺の言葉に頷くルナ。
「それどころかあなたは人間と変わらないように見えます」
確かに、俺のシルエットも顔も人間のそれと変わらない。
知らない者が見たら人間だと誰もが答えるだろう。
蛇の王なんて呼ばれているせいで、見た目も蛇だと勘違いする輩も多かった。
実際、昔はそれを利用して追手から逃げ切ったこともある。
まあ、それは置いておいて。
一点だけ、俺が人類とは異なるものがある。そしてそれこそが俺を魔王たらしめているものだ。
俺は外套の袖を捲り腕を晒す。
そこに刻まれたものを見て、ルナが首をかしげた。
「これは、蛇?」
「ああ」
俺の腕には、真っ黒な蛇の様な文様が無数に刻まれている。
肩の方から這うようにして、腕の先へといくつも絡み合って伸びている蛇の集合体。
「腕だけじゃない。俺の首から下、全てにこいつらがいる」
外套の下、真白なシャツの襟を捲り首元に刻まれた蛇を見せる。
ゆっくりと蠢くそれが俺の頬にまで登ってきた。
入れ墨でも化粧でもない。けれど身体に刻まれた、意志を持つかのように動く無数の蛇たち。
「これがあるから、蛇の王?」
「正確には『蛇紋の王』。それが俺の魔王としての呼び名だ」
そして、その力がこれだ。
俺の意思に合わせ、腕に刻まれた紋様の蛇が動きだす。
手の先へと伸び始めたそれらが俺の手を飛び出し、空中へ滲みだすように進みはじめた。
「紋様が飛び出ました! 動くのですか!?」
「ああ。しかもただ動くだけではない。こいつらは魔力を食うんだ」
俺の手から離れ空中を動き始める四匹の蛇。
うち一匹がルナに向かって進み始める。その合間にある魔力を吸収しながら。
ルナの元にたどり着くころには、そこらの魔法使いと同じくらいの魔力量を有しているはずだ。
「こんな短時間で、人一人分の魔力を集めたと……?」
「ああそうだ。こいつらは大気中の魔力を吸収し成長する。といっても成長したところで魔物のように戦えるわけではないが、用途は色々ある。例えば……」
俺らの上、上空へと進めていた蛇を指さし、間を置いてから指をはじく。
「爆ぜろ、蛇」
直後わずかに光を放ったその蛇は、空中で爆発を起こして消えた。
「――――っ!?」
吹き下ろしてくる爆風に、ルナが身を屈めて堪えた。足元の犬ジカは外套を広げて守ったが、音に驚き情けない声を上げて蹲ってしまった。威力は弱めたが……この地下都市には到底鳴り響かない轟音に驚かせてしまったのだろう。
魔力を放出してスカスカになった蛇が俺の身体に戻って再び入れ墨の様に肌に浮かんだのを見せてから、顔を上げたルナを見る。
「ため込んだ魔力を放出して、爆弾のように使うことができる。威力は吸いこんだ魔力次第だが、半刻もあれば攻城魔法程度にはなる」
「攻城魔法……城門が吹き飛ぶ威力ということですか……。数に制限は?」
「回数という意味では特にない。同時操作は少し面倒だが、ルールを決めれば自律行動も可能だ。一国を飲みこんだこともあるぞ」
「……続けてください」
若干引かれている気もするが、続けよう。
「主な用途はあと二つだ。一つは、魔法陣の代用」
自分の周りに待機させていたうちの一匹が、己の尻尾を食らって輪となる。
そのまま体から円の内側へと黒が滲むように奔り、複雑な紋様をもつ魔法陣を形成した。
魔力は蛇自体が持っているから、そのまま魔法が発動し、火炎球が飛び出した。
「勝手に、魔法が……」
「威力は弱めているのですぐに消えたが、やろうと思えば対軍や攻城魔法といった大規模魔法の行使も可能だ」
「つまり一人で大量の、大規模魔法を展開できると……」
「そういうことだ。まさに『魔の王』だろう?」
「……」
蛇の到達できる場所に、好きなだけ魔法をばら撒ける。しかもこいつらは勝手に魔力を集めるから、俺への負担も少ない。
この大規模魔法の同時展開こそが、俺を魔王足らしめた要因である。
我ながら恐ろしい力を持っていると思う。
「そしてもう一つが、偵察だ」
最後の一匹の目が淡く光を帯びる。
これで、こいつの視覚情報が俺にも共有される。
流石にこれを多用しすぎると情報量が多すぎて混乱するから、使っても四匹程度が限度だが。
「それ、距離はどれくらいまで飛ばせるんです?」
「そんなに長くない。隣国までは届いたから……50kmほどか? ただ、大抵は離れ過ぎると魔物どもに食われて戻ってきたし、人間どもの国には対策されて入れなかったから大して役には立たなかったがな」
「充分だと思いますが……」
それでも、この世界ではまだ役に立つだろう。
これで一通り力は見せたが、ルナは何かを考えるように俯いたままだ。何か問題でもあっただろうか。
しばらくして、彼女はようやく顔を上げると震える声で呟いた。
「その力は、何なのですか? 人類史の魔法にそんなものは残っていない筈です」
ああ、起源を考えていたのか。流石は人類史の集積者。
だがこれに関しては無駄だろう。
「当然だ。当時の禁術だ、これは」
「禁術……?」
「人体に魔術を直接刻みこむ、禁忌の魔法。『体魔術』だとか『刻魔術』だとか呼ばれていたが、要は人の肉体を餌にして発動する魔術だ。大抵は発動時に魔術が肉体を喰らいつくして終わる。だが、生き残った奴は例外なく化け物となる。これはそういう術だ」
人類の、その中でも人間の肉体は、超圧縮された魔力のようなものらしい。
どれだけ魔術師が魔力を込めても再現できない。肉体というのは、神が作った奇跡の魔術とされていた。
だが、それだけ高密度の魔力が練り込められているなら魔術の触媒には素晴らしいのでは? そう思った魔術師がいたのだ。
そいつによって編み出されたこの魔術は、普通の魔力を使うよりも遥かに高精度・高威力をたたき出す。
刻まれた肉体がそのまま
発覚して即禁術とされたが、根強い支持者も多く細々と継承されてきた。
そしてその結果産み出されたのが俺だ。
だが、流石に長い歴史とこんな事態の中で忘れられたらしい。
それでいい。こんなものぜひとも忘却されて消えてほしい。
「これについて探すよりも、他の人類史とやらを探した方が賢明だ」
「……そうですね。わかりました」
「まあそういうわけで、これが俺の魔王としての力だ。あとは当時の魔法……攻撃魔法だけだが、それだったら大体使えるからそちらでも役に立てるだろう」
人類を征服しようとした力で人類史を集めようというのだから笑ってしまうが、それでもルナに協力すると誓った。
ならばこの忌まわしい能力も役立ててやろう。
「どうだ、ルナ。俺の力はお前の目的に必要か?」
改めてルナに問う。
だがルナからの返答はなかった。
「……」
ひょっとしたら、怖がらせてしまっただろうか。
俺から出ない限りこの蛇たちは害もないのだが、そう言って信じてくれたのは過去でも一握りだった。
いくらルナが人間ではないといっても、殺されるかもしれない相手は――。
「なんと素晴らしい力でしょう!」
「――うん?」
予想外に、ルナは嬉しそうにそう言った。
興奮しているのか、両腕をぶんぶんと振っている。
「素晴らしい! 流石過去に謳われし魔王さまです!」
「お、おお、そうか?」
これは長い人生でも初めての反応だ。
まさかここまで歓迎されるとは。忌避されるか敵対されるばかりだったから、少し嬉しく思う。
「早速その力を貸していただきたいです!」
「ああ、その為に見せたんだ。なんでも言え」
「では――充電をお願いします!」
「はい?」
物凄くキラキラした目で、ルナはとんでもないことを口にしていた。