「……結構、魔法力が入るんだな」
流星は自身の魔法力を
原理は単純であり、魔法力を充電するように貯め込む物だ。プロペラントタンク自体の容量はかなり余裕があり、大技を使っても空になることはなさそうだ。
そのため、最大容量を正確に把握することは難しいが、これほどの量を溜め込んでおけるというのは非常に心強い事でもあり、魔王ジオングとの戦いがいかに厳しいものであったかがうかがえる。
こうして魔法力を充填する訓練を続けていると、アリスから声をかけられる。
「プロペラントタンクの容量は、これで十分。今日はここまでにして休もう」
「了解。……これ1本で、並の魔道士約3人分。それを両肩に1本づつか」
彼女の言う通り、プロペラントタンクへ充填する際、ある程度溜め込めれば魔法力がどれほど溜まっているのか。彼女の感覚で理解できるのだ。
初めは何も感じられなかったが、日を追うごとに残りの量が流星にもわかるようになった。
「明日からは、実践形式の訓練を始めるから、先生も早めに休んで」
それに返事を返すと、流星はある事を聞く。
「なあ、アリス。キミはどうやって魔王を完全に倒そうとしたんだ?相手は肉体さえ有ればいくらでも復活できる存在だ。それをどうにかしようとしたら、前にララァが言った通りにしないとダメだと思うけど……」
肉体を捨て同じ魂による突撃。とてもじゃないが、行う気になれない方法。それ以外に、魔王ジオングを完全に倒す方法があるとでもいうのだろうか?
しばらくの沈黙の後、アリスは静かに答えた。
「……有る。肉体どころか魂さえ消滅させる魔法が」
「なんだ、そんな凄い魔法があるなら早く教えてくれよ。そうすれば、ララァも安心して……」
「この魔法だけは教えられない」
しかし、次の言葉で流星の期待は打ち砕かれた。アリスの冷たい声。いつも通り静かな声音なのに、言葉には確固たる意志が込められている。
「なんでだ?今まで頑張ってきて、その努力が台無しじゃないか。どんな魔法なのか知らないけど、皆で協力すれば……」
「この魔法は、決して人が使って良い物じゃない」
「……キミも、使えないのか?」
「使える。でも、最小限の威力に抑えて試したけど、それでさえ数年程眠る事になった」
アリスは続ける。
「色々調べたけど、人が使えば確実に寿命を削る。下手をしたらそのまま落とす危険もある」
彼女の言葉に、流星は複雑な感情が押し寄せてくる。
「……禁呪ってやつか」
流星もアリスが何を見つけたのか何となくわかった。
流星もそれなりにゲームを遊んでいたので、ある程度は禁呪や禁忌と呼ばれる類の魔法に心当たりはあった。
「……なんで、今まで黙ってた?」
「言えるわけがない。この魔法を知れば、それしか倒す方法が無いと思い込んで使う者は出てくる。結果的に、世界を救うかもしれないけど……私にとっては、大切な人を失ってしまう事になるから」
アリスは小さな声で呟く。それだけは絶対に許せなかったのだろう。
だからこそ、彼女は流星にもその事を話せなかったのだ。
「大丈夫だ。俺は使わない」
そう言い切る流星に、アリスは苦笑したように答えた。
「信用できない」
「なんでだよ。ちゃんと約束してるじゃないか」
「貴方は嘘つきだから」
アリスの言葉に、流星は顔をしかめた。
「否定はできないが……俺の事を信用できないのか?」
「信じてはいない。だけど……」
彼女の言葉に、流星は思わず息を飲む。
「今は……信じる。でも、教えるのは一部だけ。詠唱の危険な部分を教える。もし、これが聞こえたら、何がなんでも止めて」
そうして、アリスは禁呪の一部を詠唱した。
「ギル・スプリグ・バルドルゲ。大量の魔法力と寿命を消費し破滅の光で全てを一掃する禁呪ソーラレイ。特にギルという古代語には気をつけて。これは死を意味する言葉だから」
その詠唱を聞いて、流星は背筋がゾクっとするのを感じた。
アリスの言う通り、魔法の一部でも唱えると空間が歪み、そこから得体のしれない何かが侵食していく感覚。
そして、唱え終えた瞬間、その世界から何かが消えてなくなるような感覚が走り抜けた。
この魔法を使えば、魔王ジオングを含め、その周囲一帯を消し飛ばすことだろう。
「これを聞いたあとだと、確かに人が使っていい魔法じゃないと断言できる」
流星はため息混じりに言い放つと、アリスは静かに頷く。
「この魔法は最後の手段。本当にどうしようもなくなった時でいい。だから、その時が来るまで封印しておいて」
「了解だよ、アリス」
こうして、流星は禁呪の事を知り、封印することを約束したのだった。
その後、両肩部にプロペラントタンクを装備した事で、自身の宿る魔法の鎧を何時も以上に動かせるようになったアリスから、数日間にわたって訓練を受けた。
「そこ、踏み込みが甘い!」
木剣を振るうが、逆に弾かれてアリスの木剣が流星に突きつけられる。
数百年間存在するだけあって、アリスの戦い方は的確で容赦がなかった。
「次は、魔法を使っての戦闘も行う。先生、鎧を着て」
「わかった」
流星はハイム工房から借りたディアスの鎧を纏うと、再び木剣を構える。
「サーベ!」
その瞬間、流星の体が風の刃に襲われる。
慌てて避けようとするが、間に合わずに腕の装甲に小さな傷を負ってしまった。
「うわっ、何すんるだ!」
「戦闘はよーいドンじゃない。気を抜かない」
アリスは淡々と言った。
彼女の言葉は正論だったが、流星はまだ納得できなかった。
「まあ、確かにそうだけどさ……少し手加減してくれ」
「次行く。イナク!」
アリスの声が響くと、氷の刃が流星に向かって飛んできた。
それに対して流星は
ディアスの鎧は重厚感ある見かけに反して、比較的軽快に動ける。
これは背中に装備されたバインダーのおかげだ。
高い防御力とそれなりに動けるこの鎧は、ワポルム帝国の騎士達の突撃戦法と相性が良いだろう。
「くっ、なんて魔法だ!」
「これくらい、まだ序の口」
アリスの鎧の大腿部の砲が上がるのと同時に、魔法の矢が流星目掛けて高速で迫る。
流星は咄嵯に横へ跳び、魔法の矢を避けるが、その後を追うように地面にヒビが入り土煙が舞った。
「痛っ……」
訓練を終えて、流星はミディで手当てをしてもらっている。
アリスは訓練内容を振り返りつつ、冷静に評価する。
「反射神経がだいぶ良くなった、魔法力の操作も上手だけど、基礎体力はまだなっていない」
「言われなくてもわかってる……」
アリスの指摘に流星は落ち込むが、それでも少しでも成長するための訓練をしているのだ。
そのおかげか、訓練開始時と比べてだいぶ動きが良くなっているように感じられた。
「でも、これくらいで弱音を吐いていられないだろう。遺跡に居た鎧の男に残りの魔王3魔団。特に、前魔王軍時代の危険な魔法を復活させた奴」
「……」
その事を出すと、アリスは黙ってしまう。
しかし、流星が訓練を受けてきた期間中、その事を気にしている様子はなかった。
ただ、訓練を始めた当初、その事を話そうとすると途端に不機嫌になり訓練内容が厳しくなった事は何度かあった。
アリスの態度を見るに、その魔法を開発したメデューサキュベレイとはかなり因縁があるのだろう。
そんな所へツィーが嬉しそうにアイフィールドのお守りを持ってやって来た。
「修復と解析が完了しましたぞー!これでアイフィールドのお守りの量産……はさすがに無理ですが、大型化して盾と合わせれば良い感じのはずですぞ!小型の
さすが、マッドサイエンティスト。聞いてもいないのに説明してくれる。
「わかったわかった。これをアリスに装備させれば良いのか?」
流星が呆れたように言うと、ツィーは目を輝かせる。
「勿論ですぞ!コイツが有れば、相手の魔法攻撃はほぼ防ぐ事が可能になります。しかし、消費する魔法力には気をつけてくだされ。プロペラントタンクでも半分程必要ですからな」
あまりの燃費の悪さに驚くが、本来はメインジェネレーターとサブジェネレーター3つで動いていたのがアリスの鎧だ。今の状態なら妥当なのだろう。
「これで、装備の整備は終わったか。いつもありがとうございます」
「気にしないでくだされ。吾輩達はこれが仕事ですから」
「いえ、とても感謝してます。整備料を上乗せしたいくらいですよ」
流星がそう言うと、ツィーはある事を思い出した。
「ふむ……でしたら、少し実験につきあってくれますかな?親方達にも見て欲しかった所でしたので」
それを聞いて、アリスは何となく実験内容がわかった。
「まさか……」
そして集まったハイム工房中庭には、地面に固定されたブースターユニットがあった。
「やっぱり」
「サターンブースターを改良した新型ブースターですぞ!まだ名前は決めておりませんが、暴走の心配は無くなったはずですぞ」
「ほぅ、これがそうかい」
アナが興味深そうに改良の施されたサターンブースターを見る。
そして、皆が見る中ツィーは説明を開始する。
「コイツは、ディアスの鎧で得たバインダーのデータも取り入れ、推進方向の自由度は大幅にアップ!小さめのジェネレーターも組み合わせたので、鎧から魔法力を供給する必要も無くなり、結果、稼働時間の延長にも貢献しております!少々、大型になってしまいましたが、パワー切れの後、10秒程の僅かな滞空が可能にもなっておりますぞ」
ツィーが改良したサターンブースターに、工房の鍛冶師達が感心したように声を出す。
「どうですかな?気になる点でもありましたら遠慮なく言ってくだされ」
ツィーがそう言うと、アリスは静かに告げた。
「実験に使った鎧はどうなった?」
その質問にしばらく沈黙してから、ツィーは小屋から鉄屑を持って来た。
「いやー、ディアスの鎧で実験したのですが、この通り速度に耐えられなくて操作ミスして大破してしまいましたぞ。まぁ、しょうがないですかね」
ツィーはカラカラと笑いながら、壊れたディアスの鎧を見せた。
それを見て、ハイム工房の鍛冶師達から非難の声が上がる。
「コラ!実験はちゃんと考えてやれって言っただろうが!」
「まあ、それだけ速いって事だ」
「速すぎるのも考えものだぜ」
それぞれの反応を見るに、改良ブースターはまだ問題はあるようだ。
「吾輩が頼みたいのは、コイツが本当に爆発しないかの確認です。セイゴウ殿にはアリスの鎧を纏ってもらい、正面からコイツを押さえてくれませんか?」
アリスとしては断りたかったが、流星の方はやる気のようだ。
「先生、本気?」
「そうだな。まだ、ブースターユニットを完璧に使いこなしてるとはいえない。このテストで何かつかめるかもしれない」
「わかった。でも、危険と判断したら、こっちで強制的に止めるから」
「その判断は任せるよ」
そう言って、流星はアリスの鎧を纏うと、正面から改良ブースターを押さえる。
「こっちは何時でも大丈夫です」
「わかりましたぞ。貴重なデータですから、しっかり記録するように」
「はっ」
工房で働く部下へ指示すると、ツィーは改良ブースターのスイッチを入れる。
すると、瞬時に魔法力が放出され、徐々に加速を始める。
その間にツィー達が改良ブースターを観察する。
「どうですかな?」
「特に問題ありません。順調に魔法力は流れています」
「爆発の兆候もなし」
部下からの報告を受け、ツィーは頷く。
「よろしい。それでは、出力を上げますぞ!」
そう言うとツィーは改良ブースターの出力を上げる。
そのパワーに圧倒されるが、必死にブースターユニットを吹かして堪える。
「ぬぐっ!」
思わず叫び声が上がりかけるが、歯を食いしばり耐える流星。
ブースターユニットの出力を調整し、改良ブースターを押さえつける。
「おぉー、素晴らしい!現在の改良ブースターの出力は?」
その様子を見てツィーは部下へ確認する。
「現在、67%。まだ出力が上がる筈ですが、これ以上上がりません」
ツィーは眉間にシワを寄せながら、原因を調べ始める。
部下の計測した数値から推測すると、出力不足ではなく、改良ブースター側の問題だと判断した。
「故障ですか?」
部下が聞いてくるが、ツィーは首を横に振る。
「いや、改良ブースター自体は正常に動いております。となると、ジェネレーターに原因があるかと」
テストを一旦止め、ツィーは部下と共にジェネレーターを調べる。
すると、魔法力の供給量が極端なことになっていたのが判明した。
「やはり、ジェネレーターに不具合がありますね。供給量が安定していません。ふむ……ジェネレーターの魔晶石が少し小さすぎましたかな?ならば、それに合わせて調整し再度テストを行いましょう」
原因がわかりツィーは部下に指示を出し、改良ブースターの調整し出力を適正値へ合わせる。
「セイゴウ殿、もう少し踏ん張ってもらってくだされ」
再び、テストが始まると改善された改良ブースターのパワーは安定したのか、先ほどよりも力強く感じる。
それに合わせて、改良ブースターに取り付けられたサブスラスター達が忙しなく動く。
(そうか、ブースターユニットだけで魔法力を噴射するんじゃなくて、鎧各所のスラスターも組み合わせれば……)
それを見て、流星は理解した。
単体なら確かに高性能であるが、それ故に扱いが難しくなる。
しかし、ブースターユニットの補助を目的として各スラスターの吹かし方を考えれば、大幅に扱いやすくなるだろう。
改良ブースターを正面から押さえながらも、鎧に備えられたスラスターの位置を調整し、ブースターユニットの出力を上げて流星はなんとか押さえ込むことに成功した。
そして、改良ブースターは内部の魔法力を使い切り、可動を停止する。
「お疲れ様ですぞ。なかなか面白いデータが取れました」
改良ブースターのテストを終えると、ツィーが嬉しそうに声をかけてくる。
流星は彼から水袋を受け取ると、一気に飲み干した。
「ありがとうございました。俺もブースターユニットの扱い方が少しわかったような気がしたよ」
「そうですか、それなら良かったですぞ。さて、このままこのブースターを調整して、次に作る鎧に組み込みたいですな!そうなれば、テムよりも高みにいる事になりますからな」
「その辺にしとけよ。親方に怒られるぞ」
ツィーの言葉にジオが突っ込む。
「わかっておりますとも。しかし、このブースターに合う魔法の鎧が見つかるかどうか……」
現状では改良ブースターを装備できる魔法の鎧は無い。いや、あるにはあるが、多分アリスは良い顔をしないだろう。
それがわかっているのか、ツィーもアリスの鎧を見て残念そうにして……
「コイツを精霊の鎧の下半身として新造する?鎧本体から魔法力を供給しなくて良い分、さらなる速さへの高みが……」
そんな事はなかった。ツィーは腕を組んで新しいプランを考えるのに唸る。
そんな彼のとんでもない考えにアナがツィーの頭を叩く。
「バカな事考えてるんじゃないよ!実験が終わったなら、さっさと仕事に戻りな!」
ハイム工房の親方の叱責を受け、さすがのツィーも肩を竦めながら作業に戻る事にした。
「まったく、あれで腕はいいから厄介なんだよ」
アナはため息をつくと、流星の元へ歩み寄る。
「お疲れさん。その鎧の装備調整は済んだよ。問題ないはずだけど、違和感があったら言ってくれ」
「何度もありがとうございます」
「なに、良いってことさね。それより、さっきの話……」
アナはそこで言葉を切ると、周りを気にしながら小声で続ける。
「例の勇者が使っていた装備について、なにか分かったのかい?」
「はい。前魔王軍の投降した者達が保護にしているらしいです。生き残っていればですが……」
「今から気を落とすんじゃないよ。もし、また新しく勇者が残した装備が見つかったなら、あたしらの所へ持ってきな。また、修繕してやるからね」
そう言って、アナは工房の奥へ引っ込んでいった。
「さて、俺達も行こう」
そういうと、流星は首飾りからプロペラントタンクを取り出した。
「機能が復活したって言ってたけど、なんだい?」
両肩部へプロペラントタンクを取り付けながら、流星は疑問を口にする。
なんでも今回見つけた装備のおかげで、鎧の能力が回復したそうだ。
「クルーザーモード。これはファイターの能力の拡張をし、鎧になっている間でも空中での機動を可能にする」
それを聞き、ツィーが鎧単独での飛行に躍起になっていた理由がわかった。
伝説の鍛冶師テムを上回るために、鎧単体の飛行性能を向上させたかったのだ。
「ちなみに、そのクルーザーモードの発動条件は?」
「プロペラントタンク2本装備。もしくはジェネレーター。魔法力の消費が多いからそこは注意」
両肩合わせて並の魔道士約6人分の魔法力。魔法の鎧単独での飛行の燃費の悪さに驚きはあるが、流星の体重と鎧重量を支えて空中で自由自在に飛行できるアリスの鎧の凄さが伺える。
「まずは、クルーザーモードへ移行する。ブースターユニットのロックを外したら、始めに頭部を鎧内部へ収納、それに合わせて胸部アーマーの移動とテールスタビレーターを上げる」
(先代勇者は化け物か?)
流星の考えはもっともだ。
頭を引っ込めるという、人体構造を無視した動きに、脚は180°回転させる。こんな動き、サーカス団員だって不可能かもしれない。
「最後にブースターユニットを再接続し、腰のウイングフレームを展開して終了。これでクルーザーモードへの移行は完了。本来なら0.5秒で全て完了する」
「ま、マジか……アリス、まさかこれを着たまま変形とか……」
「人が装着中には無理。人体の可動範囲を超えるから、絶対に骨が折れる」
アリスの言葉にホッと安堵のため息が出た流星だが、これでは戦場での単独で空を飛ぶのは不可能だ。飛行艇などの乗り物と連携して初めて真価を発揮するものだろう。
「こればかりはしょうがないか。さて、どうしたものかな……」
流星は少し考えると、あることを閃いた。
「ワッパ以外にも飛行魔法はあったな。確か……」
そういってララァの魔法書を探すと目的の魔法を見つけた。
飛行魔法クラフト。空中浮遊を可能にするワッパと異なり、空中に見えない足場を構築、その上に乗って空を自由に行動可能にする最上位魔法の1種。
習得難易度も非常に難しいが、弱点もある。
この魔法はあくまで空中に足場を組むだけであり、推進力はゼロ。別に進む為の物を用意する必要があるのだ。
この魔法は元々、飛行艇用の魔法なのかもしれないが、その能力の利用方はあった。
「魔法属性の勇者の意地を見せてやる。魔王との決戦までに習得してやる」
ララァの魔法書に栞を挟むと、クルーザーモードのアリスの鎧へ乗る。
「よし。カレスティア王国へ向かう前に、ラ・ムール国で報告をしよう。アリス、進路はラ・ムール国だ」
「了解。しっかり掴まって」
ハイム工房の煙突から立ち上る煤煙を背にアリスの鎧はゆっくりと高度を上げていく。最初は地面に吸い付くような感覚があった。ブースターユニットの排気が石畳を叩き、砂埃が舞い上がる。だが次の瞬間にはもう、街の屋根が足の下に広がっていた。
風が唸る。
それは冷たく、そしてどこか懐かしい匂いがした。地上で暮らしているだけでは決して嗅ぐことのできない、遥か高い場所の空気。流星は思わず息を呑んだ。
「……凄いな」
言葉が漏れる。声は誰に届くでもなく消えていく。だが、その一言だけでも言わずにはいられなかった。
眼下に広がるワポルム帝国の街並みはまるで精巧な模型のようだった。石造りの建物が幾重にも重なり、運河が銀の帯のように走っている。広場を行き交う人々は米粒ほどで、荷馬車の音すらもはや届かない。風が髪を掴み、耳元で叫び続ける。だがその喧騒が心地よい。
アリスの鎧はさらに加速した。
ブースターユニットが魔法力を噴射するたび、突き上げられるような推進力が全身を襲う。それは決して暴力的なものではない。むしろ、体の芯から浮き上がるような重力から解き放たれる感覚。足元の空気が押し潰され、鎧がそれを踏み台にして跳ねる。まるで空そのものを階段のように駆け上がっていくようだった。
雲を抜けた。
一瞬、視界が真っ白に染まる。水滴が鎧の展開した魔法障壁の表面を叩き、それが瞬時に蒸発して白い筋を引く。そして次の瞬間、流星は息を止めた。
雲の上に出たのだ。
果てしなく広がる青。見渡す限りの空。太陽の光が鎧の装甲に反射して、まるで自分自身が光の一部になったかのような錯覚に陥る。風はもうない。ただ、静寂と無限の青だけがそこにあった。
「……きれいだ」
アリスの声がした。普段は冷静沈着な彼女の声音に、ほんの少しだけ感情の揺らぎが混ざっている。流星は頷いた。言葉にすれば陳腐になる。だが、この感覚は決して陳腐ではない。地上でどれだけ空を見上げても、この場所から見る空は決して掴めない。ここに来た者だけが知る、世界の姿。
(ツィーが目指したいと思う訳だ)
鎧はゆっくりと旋回した。翼のように広がったウイングフレームが空気を切り裂く。流星は手のひらを広げた。指の先で風が渦を巻いている。掴もうとしても掴めない。だが、確かにそこに空がある。触れている。
「高度、維持できてる。途中の街で魔法力の補給をしながらラ・ムール国まで飛ぶ」
「ああ……頼む」
流星は目を閉じた。まぶたの裏に、地上の景色が焼き付いている。あの高さから見た世界は、あまりにも小さくあまりにも広かった。人々の営みも、争いも悩みも、あの高さから見ればちっぽけなものに見えるかもしれない。だが、そうではない。あの小さな一つ一つが今この瞬間も生きている。そして自分もまた、その一つなのだ。
風が頬を撫でる。雲の切れ間から差し込む光が、鎧の表面で煌めく。流星は目を開けた。もう一度、この景色を目に焼き付けるために。
空は、どこまでも続いていた。
流星達は各領地を経由して1週間程でラ・ムール国の王都へ到着したのだった。
そして、王都の城でフムー大臣に迎えられた。
「ただいま戻りました」
「セイゴウ様!輸送隊が襲撃を受けたと聞きましたが、ご無事で何よりです。帝国ではどのような事が起きていたのですか?」
「ええ。それは追い追いお話します。国王様にも報告したいので、取り次ぎをお願いします」
「わかりました。すぐに取り次ぎをします」
そして、流星は重鎮達にワポルム帝国での出来事を話した。
ソヨ侯爵領で魔王軍と結託した侯爵軍に襲われた事、魔王軍が人間の四肢を斬り落として別の四肢を取り付けて操り人形にしている事、須佐達が魔王軍の将軍カロン・ド・バールを討ち取った事、ガルダーヤ遺跡で勇者の装備を回収したが、謎の魔法の鎧を纏った者と戦った事。
「何と……」
重鎮達がざわめく。
カロンは魔王軍でも力の将と呼ばれる3魔団の1人。それが討ち取られたという事は新しい将軍を立てなければいけない。
しかし、新しい将を送るにも、他の3魔団の将達は、カレスティア王国への攻撃とフルーシア王国を掌握中で動けない。
優れた力属性の者は居るかもしれないが、カロンの変わりができる者は居ないはずだ。これで、ワポルム帝国はしばらく一息つけるだろう
「帝国の戦力とスサ様達のお力が有れば、魔王軍の残党の掃討は早期に終わりそうですな」
「うむ。そうなれば、フルーシア王国の奪還も早まるというもの」
「そうなると、ガルダーヤ遺跡での襲撃が気になるな。魔王軍も勇者様達も襲う理由は何なのだろうか?」
「セイゴウ様、その者は何か言っておりました?」
フムー大臣の質問に流星はわからないと答えた。
「いえ、自分も良くわからないまま襲われたので……。ラ・ムール国や他の場所でそういう話があったというのはありますか?」
「何か心当たりの者はおるか?」
ヤムク王がそう言うと、重鎮の1人が話す。
「襲撃ではありませんが、数カ月前からエイノー侯爵領周辺で見慣れない魔法の鎧が目撃されているとの事です。ですが、盗賊やモンスター退治をしているらしいので、本件と関係があるかわ……」
「よい。些細なことでも集めれば何か役に立たやもしれん。誰か、エイノー侯爵領へ向かい確認をしてまいれ」
「はっ!」
「それと、戻ってすぐで悪いが、セイゴウ殿にはカレスティア王国へ向かってほしい」
「カレスティア王国へですか?自分も向かおうと思っておりましたので、助かりますが、何かあったのですか?」
「うむ。魔王軍の動向について調査しているのだが、どうもカレスティア王国へ増援を出したそうだ。こちらも増援を出そうにも、残党の討伐が終わればスサ殿達は魔王ジオングを倒す為の装備を探しに行くそうだな。そして我が国の守りもあり、これ以上勇者達を送るのも難しい……」
「わかりました。準備が整い次第向かいます」
それから流星はフムーから聞いた魔王軍の動向を確認した。
どうやらカレスティア王国への増援は呪術士団を率いるマーテルの魔道士達らしい。
「呪術士団か……」
葬られた筈のメデューサキュベレイが開発した邪法を復活させる程の力がある部隊。
彼らは、各地で散発的な戦闘を起こしているだけらしい。むしろその事が気掛かりだ。
魔王軍は何かを企んでいる。その為の時間稼ぎに決まっている。
しかし、それが何なのかはわからない。
会議が終わり、それぞれの持ち場へ戻る時、流星はフムーにある生徒の居場所を聞いた。
「フムー大臣、五十嵐君が居る場所を知っていますか?彼に会わせて欲しいのですが」
「イガラシ殿ですか?良く図書館へ行っておられますが……何か?」
「いえ、ワポルム帝国で向こうの生徒に頼まれ事をされたので、それを話そうかと」
流星の言葉を聞きフムーは納得した。
「そういう事でしたか。何もなければ今日も図書館に居られる筈です。そうでなければ、お食事の時に話してみてはどうでしょうか」
「そうですね。そうさせてもらいます」
流星はそう言うと図書館へ向かった。
「懐かしいね。キミに会ったのも図書館だったね」
「うん。あそこで知識を得ながら、私が見える人を探しいた」
アリスとそんな会話をしていると、目的の人物がちょうど図書館から出てくる所であった。
眼鏡をかけた細身の青年、五十嵐である。
「やあ五十嵐君、ちょっといいか?」
「西郷先生!何時戻ってきたんですか?」
急に呼び止められて驚く五十嵐だったが、彼はすぐに落ち着きを取り戻し流星の話を聞き始めた。
「戻ったのは昨日かな。それより、ワポルム帝国で少し気になった事があってね。それでキミなら何かわかるんじゃないかと思って」
「僕がですか?」
「あぁ。帝国でガンダムがどうの言っていていた者と遭遇したんだが……」
その言葉を聞くと五十嵐の顔が明るくなる。
「ガンダム!西郷先生もガンダムが好きなんですかっ!!」
慌てる五十嵐に対し流星は落ち着く用にいう。
「落ち着いてくれ。俺はガンダムにはあまり詳しく無いんだ。向こうの生徒にキミが詳しいと聞いて、尋ねにきたんだよ」
「そういう事だったのか。実は、僕が好きなガンダムの世界観に良く似ていて……」
そう話す五十嵐だが、やや早口で聞いていない事も良く話してくれた。
よほどこの手の話し相手が欲しかったのか、沼へ引きずりこもうとしているのかもしれない。
しかし、流星の知りたい事はそこではない。
「その話を他の誰かにもしたかい?」
「えっ、ガンダムの話ですか?してませんよ」
「それは本当かい?」
「はい。まさか、この世界に住んでる人達に、貴方はガンダム世界の住人です。って言っても変な目で見られるだけですし……」
その回答に流星はほっとしたが、もし五十嵐以外にガンダムの話をしてる者が居るのだとしたら、そちらの方が問題だった。
「ああ、そうなのか。すまないが、他にガンダムの話がわかりそうな生徒を知っているかな?」
「いえ。僕以外だと、前に居ました……」
そう言って五十嵐は表情を曇らせる。
「先生は、岩城君の事を覚えてますか?」
「マゼラアント討伐の時に行方不明になった生徒だね。彼が?」
「僕もこっちに来て岩城君がガンダムオタクって知って、それで2人でそういう話をするようになったんですが……」
しかし、彼はマゼラアントが移動に使っていたと思われる穴へ落下し、行方不明となった。
捜索はされたが、生存はほぼ無理とわかり打ち切られた。
「そうか……ありがとう。嫌な事を思い出させてしまったね」
「いえ、立華さん程は落ち込んでません……でも、話し相手がいないと寂しいっていうのはあります……」
流星は五十嵐に礼を言って別れると、十分離れてからアリスに聞く。
「アリス、確か彼も精霊が見える存在だったね」
「そう。でも、彼はもう居ない人物の筈」
「そこなんだよな。でも、何か引っかかるんだよ」
よく創作物では高所からの落下は生存フラグ等と言われるが、それなら途中で甘坂達が見つける筈だ。
仮に、アリス並の精霊があの穴の中に居て、裕太を助けた。そして、流星達とは別に行動を開始した。そんな可能性がどれだかあるだろうか?
「歴史にタラレバは無いが、そうじゃないと、遺跡で会った鎧の男が俺達の事を知りすぎている」
何となくではあるが、あの鎧の男とはまた遭遇するような予感が流星にはあった。
「次に会った時に聞けばいいか。なんであんな恨み言を言ってたか知らないけど、こっちが話す気になったら、あっちもちゃんと話してくれるかな?」
「それは……わからない」
そんな事を話しながら、カレスティア王国へ向かう準備を始める。
「……暗い話は終わりにしよう。アリス、カレスティア王国はどういう国なんだ?」
アリスの説明によると、カレスティア王国はラ・ムール国から見て南方にあり、ア・バオア・湖を水源にもつ緑豊かな南国の国で、ルウム川やダヌ川等の天然の要害となる大河をいくつも所有しており、東側にはかつて世界樹が聳え立っていたとされるウトナイの森の大虚もあるそうだ。
「国土の広さなら、フルーシア王国の次かな?それと、エルフ達の里がある」
「エルフ。そういえば、アナさんもそうだったな」
エルフといえば、長い耳とそれに優雅で美しい容姿で知られる種族だ。
多くの場合、エルフは自然や森と密接に関わっており、弓や魔法を使う能力に長けている事が特徴だ。
また、彼らは長寿であり、若々しい外見を保つ事も多いとされる。
「エルフの里があるのは王都の北東部の山岳地帯にあるア・バオア・湖の中」
「湖の中にあるとか不思議だな」
「水源が多いから、水陸両用の魔法の鎧が発展して、その技術の応用らしい」
そうした理由からカレスティア王国は、水軍も強く、魔王軍もなかなか攻めきれていないようだ。
「そこに呪術士団の増援か……何を考えてるかは知らないけど、気をつけて行動しよう」
そうして、準備を整えた流星はカレスティア王国へ向かう前に、ヤムク王へ謁見する事にした。
「セイゴウ殿、用はなんだね?」
「はっ。装備をいくつか受け取りたいと思いまして、その許可をもらいに」
「そうであったか。フムー、セイゴウ殿の要望する装備を用意するのだ」
「かしこまりました。では、セイゴウ殿。こちらへ」
そしてフムーに案内され、流星は武器庫へやって来た。
「セイゴウ殿は魔法属性でしたな。となると、杖やガンですか?」
「はい。……あっ、あった」
そこには、ドムリリスとの戦いで失ったスマートガンが立て掛けられていた。
「すいません。このガンを2〜3本持っていきたいのですが……」
「スマートガンですか。わかりました。シャマル殿にも連絡しますので、持っていってください」
フムーに礼を言うと、久しぶりにスマートガンを手にする。
(また、よろしく頼むぞ)
そして、ネモの鎧も新調し、流星達はラ・ムール国を後にした。