謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
強いモンスターというのは、一体どういう存在なのか。これは想像に安く、およそ万民が思い浮かぶものだ。
攻撃力が高く、手数が多く、隙が無い。体は高い防御力を持ちつつもしなやか。おまけに動きが速く、遠距離攻撃手段の一つでも持って入れば言うことなし。あとは、できれば体が大きければ言うことなし。そんなところか。
つまるところ、人によって『強さ』の基準など、そう変わりはしないという事である。悪魔の実が登場して以降、多少は『空想の力』なるものに思いをはせるような事はあったが、所詮は空想の域を出ない。オラリオでは未だ、ただただシンプルな強さこそが最も尊ばれているし、信じられているという事である。
当然、これの弊害は小さくない。
オラリオの冒険者全体の傾向として、枠から出ない強さの相手にはめっぽう強いが、少し特殊な事をされると途端に鈍るというものがあった。実際、これは死因のうち過半数を占めており、重大な問題となっている。新米殺しと悪名高いウォーシャドウが代表的な例だろう。
つまり今の
「うぺッ!」
アリーゼの頭があった場所を、レーザーが通り過ぎていく。Lv.5であるアリーゼの頑強な肉体を容易く破壊せしめ、『受け流し』が発動してしまうほどのもの。しかもこれ、アンタレス以外の方向から飛んでくるのだ。まったく、洒落にならない。
アンタレスの基本的な攻撃方法――というか、まだ基本でしかないというか――は、比較的わかりやすいものだった。ただし、理解がまだ容易というだけであり、対処は困難極まりないのだが。
アンタレスは、まずそこら中に結晶を生み出した。一体何でできているのかと思うほど強度が高く、Lv.3の能力を持つカリストですら破壊が困難なほどだった。当然のように、触れれば上位冒険者でも簡単に肉まで裂かれる。
さらに目と思われる部位から放たれるレーザー。これは威力もさることながら、速度が異様に早い。見てから回避するのでは到底間に合わず、唯一の対策は、アンタレスの視線直情に乗らない事だけだった。
焦点を見分けられるわけでもないのに、視線から逃れるのは極めて困難だ。そんな場所から反応できないほど早く飛んでくる攻撃を、毎度狙って回避できる訳もない。仕方なく、『受け流し』ができるアリーゼだけが正面に立って気を引く形になった。
これらだけなら、まだよかったのだが。
結晶は、レーザーを反射する性質を持っていた。それもある程度任意の方向に弾くことができるらしく、それと組み合わせて、乱反射を繰り返しながら敵対者を囲みながら追跡するような軌道を取ってきた。当然、そんなものを避けられるはずもなく。
「ああもう!
どこから飛んでくるか分からない光線。それら全てが必殺の威力を持つにもかかわらず、避ける術などない。いくら無敵の体を持っていると言えど、彼女にかかるストレスは相当なものだ。
ここまででも問題なのに、さらにアリーゼはレーザーを『熱い』と感じ始めている。
アンタレスが能力に対応し始めたのか、それとも単に威力を高めていったそうなったのか。どちらにしろ、『受け流し』に頼った均衡は長く続かない。
さらに問題は残っている。
アリーゼとて、何度も不死身という特性に明かせて接近はできていた。しかし、相手に脅威と思わせられる程の一撃は与えられていない。アンタレスが強すぎて、効果的な形になっていないのだ。
さすがに出所の分からないレーザーほどではないが、巨大な鋏と、恐らく毒があるだろう尻尾でも幾度か死にそうになっている。どちらの攻撃も受け流しを持っていなければ、本来あっさり死んでいただろうほどのものだ(ただし、受け流しがあるからこそ無茶な突撃をしているとも言える)。
肉体だけで言っても、要塞と表現してもなお足りない鉄壁かつ強力無比な攻撃性能を持っている。にも関わらず支城を作り、単独で包囲攻撃まで行ってくるのだ。はっきり言って、手の撃ちようがなかった。
(レーザーなんて放ち始めた時点で、二人には待避してもらっておいてよかった……)
これは自惚れでも何でもなく、アンタレスと相対して生き残れたのは自分だからこそ。Lv.5にもなるスペックとメラメラの実の能力。この二つが合わさって、初めて「死なない」というただそれだけの事ができたのだ。最速のアレンでも最堅のガレスでも、これは無理だっただろう。
ここに来たのが自分でよかった。そうつくづく思う。
だが、そんなぬるい考えは長く続かなかった。
「うわああぁぁぁ! っヅぅ!」
腕に急激な、そして久いく感じていなかった激しい痛みに、思わず悲鳴を上げながらのけぞる。
「アリーゼ!?」
リューが横抱きにアリーゼを回収し、カリストがアンタレスの背後から強襲し、ほんの僅かにだけ時間を稼ぐ。
何が起きたのか分からない。混乱する頭で激痛の発信源を確認すると、そこは炭化していた。
「腕が……!」
リューが、左腕に慌てて
ワンピースの原作には、メラメラの実がマグマグの実に負けるエピソードがある。作中で、これは能力の上下関係によって起きたことだと説明されていた。いまいちよく分からなくてアストレアに聞いてみたところ、マグマグの実は本質が太陽であり、火を生み出す存在だから上位に立っていると言っていた。が、これはあまり重要な話ではない。
注視すべきか、
雷は絶縁体に通じない。砂は水でその力を失う。数少ないながら、作中にそういった描写はあった。
体が火で構成されているアリーゼが燃やされたということは、レーザーの出力がそこまで上がったという意味でもある。悪魔の実の練度が、ついに相手の強さを下回ってしまったのだ。
「まずい……」
言葉は、ついに力負けしてしまった事に対してだけではない。少しずつ対応しているように見えていたのは、ただのブラフ。裏では殺せるだけの出力が出せるようになったところで、一気に致命傷を狙う算段をつけていた。さらに言えば、それを可能とする高い戦術的思考力と実現能力があるという意味でもある。
遠からず、何も通用しなくなってしまうのは目に見えていた。もしかしたら――恐怖が頭をかすめる。もしかしたら、ここで時間を与えてしまえば、オラリオの総力を持ってしても勝てなくなるかも知れない。そうでなくとも、オラリオが決戦を決断するまでには、アンタレスの子だけで圧殺できるほどの数になっているだろう。
「ここで確実に倒さないと……!」
体を前のめりにして跳ねようとしたところで、リューに肩を掴まれる。
「待ってください、アリーゼ! まだ体が完全ではありません!」
アリーゼだって、できれば数分ほど休んだ方がいいのは分かっている。しかし、そんなことを言っていられる状況ではないのだ。
「ごめん、リュー。言わんとしていることは分かるけど、それを受け入れられるほどの余裕はないかな」
「でしたらなおのこと! 時間なら私とカリストで稼いでみせる!」
「無理だよ」
断言する。いつものように、どこか気軽な様子など欠片も見せずに。リューは息を詰まらせた。
「アンタレスは、カリストだけが相手ならいつでもいくらでも殺せるんだ。そこにリューだけが混ざっても、多分同じ。じゃあ、なんですぐにそうしてないと思う?」
「…………」
「
「そんな……」
「あり得ないと思う? でも私は実際にやり込められて、私達よりレベルが二つも劣るカリストが、なぜか単独で時間稼ぎをできている。アンタレスをただのモンスターと思っちゃ駄目だよ。Lv.8か、もしくはそれ以上の……経験豊富な冒険者とでも考えた方がいい。現時点でそうなの。時間が経てばもっと手がつけられなくなるのは、リューにも分かるでしょう?」
だから、と一呼吸おいたのは、意図しての事ではない。ただ単に、肺が引きつっただけだ。
「ここで、私達三人で確実に叩く。覚悟を決めて。今まで以上に」
リューは答えを返してこなかった。しかし、否定もしない。幾ばくか間隔を開けた後、小さなため息が耳元をくすぐった。
「アリーゼは肝心なとき、いつも人の話を聞かない。……ですが、肝心なときに言う言葉は、いつも正しい。分かりました、あなたに従います。元より命がけのつもりでしたし」
「ごめんね、付き合わせるみたいな感じになっちゃって」
「仕方の無い事です。それで、私はどうすればいい?」
「まず、一纏めにならないで。リューとカリストならギリギリ見逃して貰えるかもしれないけど、他の組み合わせは、即必殺が飛んでくるよ。一人じゃ万が一の勝算もないからね。逆に言うと、私とどちらかなら、万が一があり得るってアンタレスは思ってる。あと……これを言うのは酷だって分かってるけど……」
半ば呟くような気持ちで、まっすぐリューの目を見ながら言う。
「時間を稼いで。その間に、必ず大技を完成させるから」
リューの返答は、小さく頷くだけのものだった。会話が終わると同時に、両者は別々の方向に跳ねる。
吐き気がする思いだった。アリーゼが結局ぼやかしてしか言えなかった言葉の裏を、リューは理解していただろう。もしかしたら二人のうちどちらかが死ぬかも知れないが、それで振り返っても顧みてもいけない、と。
常に生きてあがけと言ってきたくせに、いざとなったら死ねと命じる。自分の卑しさに吐き気がした。
(私が、こんなに弱くなければ……)
原作において、メラメラの実能力者であるエースは、島一つを焼くような火力を見せていた。もし同等とは言わずとも近い火力を出せていれば、容易くとまでは行かずとも、アンタレスを一人で倒せていただろう。それが、自分の怠慢と弱さによって、仲間を犠牲にする可能性まで考慮しなければならない。
(ああもう、みっともなくて恥ずかしい!
深く鋭い呼吸を幾度か繰り返した。息が荒れれば、それだけで能力は落ちる。能力の細かい制御が必要なら、なおのこと一定に保つ必要があった。
(
心の中でだけ、技名を唱える。未熟なやり方ではあるが、精神的なスイッチを起点とした技の発動というのはそれなりに意味がある。即応性を欠く代わりに、思考を即座にそれを行うだけの機能へと入れ替えられるのだ。
陽炎は、言ってしまえばただのこけおどしだ。炎をまき散らし、その熱で光景を少しだけ揺らがせる。ただそれだけのもの。便利なようで扱いが難しく、下手をすれば同士討ちを誘発してしまう。アリーゼの腕では、少数対一で使うのが限界だった。
ましてや、アンタレスが目で敵を判断しているかは甚だ微妙な所。なにせ目に見える場所の死角に位置していても、レーザーは的確にアリーゼを追尾してきたのだから。本当にただの気休めでしかない。
(それでも、できることは全部やらないとね!)
補助技を使っているが、当然アリーゼも棒立ちな訳ではなかった。というか、棒立ちにならなければいけないような補助技では、とても実戦投入できない。
作中にエースが見せた――といってもスピンオフの方だが――移動技の劣化版
リューは基本的に近距離で戦う。魔法を使えば中距離戦闘も可能だが、威力と発動までの時間を考えれば、この盤面で有効とは言えなかった。心強くはあるが、今回の問題は射程距離。彼女の武器である木刀は優秀だが、一般的な剣と比べれば、大分短い。むしろ長めの木製ナイフといった程度。はっきり言って、それでアンタレスの懐まで踏み込ませるのは、恐怖心が勝った。無茶をさせて対価を望めるのならばともかく、攻撃力不足ならばさせる意味はない。
一方、カリストのスキル構成までは知らないが、今までの様子から見るに純戦士なのだろう。ステイタス成長は器用と敏捷の伸びが大きなタイプで、反面攻撃力は低い。それで危機感を感じていない所を見るに、発動型のスキルか魔法を持っており、攻撃と防御の短文詠唱魔法の可能性大。中距離魔法の可能性も捨てきれないが、低くはある。剣の当て方などから見て、恐らく接近戦で攻撃力を増強するタイプだ。
つまり。
どちらもアンタレスと普通には戦わせられないが、もしもの一手には十分な力を持っている。
ならば、自分がすることはお膳立てだ。
ここ戦いで、誰かが死ぬかも知れない。それはリューかカリストか、もしくは外で戦っている誰かかも知れなかった。だが少なくとも。真っ先に死ぬのなら、それは
(輝夜が団長に繰り上がって、リューが副団長。そんな体制も悪くないかな、なんて思うのは、さすがに悲観過ぎるからしら)
凶悪としか表現できないレーザーの乱舞と、鋏と足の連係。時間ごとに増していく攻撃の厚みに、弱気がもたげてくるのは仕方の無い事だった。
しかも厄介なのが、この均衡はアンタレスに作られたものだという事実。進化が進んでこちらを一気に殲滅できる目処が立てば、一瞬で崩壊する程度のもの。このプレッシャーが、精神をがりがりと削ってくる。
戦いという程のものにもなっていない、とにかくアンタレスの攻撃を凌いでいるだけの時間は、それほど長くなかった。体感で何日戦ったように思えても、実際には十分かそこらだった。にもかかわらず、こちらのリソースはほとんど絞り出してしまっている。
虎の子である
リューとカリストは比較的被弾回数が少ないが、持っている回復手段の数はアリーゼより少ない。装備も服もほとんど焼け落ち、肌に痛々しい傷跡がある所を見るに、彼女らは既に残りを尽くしてしまったか。
気持ちが逸る。焦ったところでいいことなど一つも無いと分かっていながら、どうしても心臓が早鐘を打つのを止められない。
(完成まであと少し……あと少しなのに、それが遠すぎる!)
そんな気持ちは。恐らく、リューに見抜かれていたのだろう。だからこそ彼女はまっすぐにアリーゼの目を見みながら、状況に似合わぬ穏やかさで言った。
「もう少しだけ、時間が必要なのですね? 必要なのは、あと少しだけなのですね?」
「何を……言っているの?」
アンタレスの攻撃を避けながら……というかもうほとんど逃げながら受け答えをするのは、かなりの苦労がある。ましてやリューのつらさはアリーゼ以上だっただろう。にもかかわらず、彼女は続ける。まるで何か、強い覚悟をしたように。
「あなたの考えそうな事は、私にも分かります。だって、私も同じ立場なら、そう考えるでしょうから」
「訳の分からない事を言わないで」
「そうですうね、感情的な面に加えて、理論的にも付け加えましょうか。決定的な力を持つアリーゼは、何が何でも生き残るべきだ。最初に死ぬ役割は
「やめて!」
絶叫は、間違いなくリューの心には届かなかった。覚悟を決めるというのはそういうことだ。
同時に――。
彼女の言っていることは間違いなく正しい。どれだけ否定しようとも、アリーゼの理性がそう判断してしまった。故に、体を張って止めるといった、無駄死にに値する行為は実行できない。
「あなた様のお覚悟、決して無駄にはしません」
カリストが、焼けた肌がめくれて吹き上がる血を拭うこともせず、しずしずとそう返す。
やめてくれ、叫びたかった。そんなの、まるで、まるで……これからリューが死ぬみたいではないか。
リューの詠唱は聞こえなかった。飛び飛びで断片的に唱えていたのもあるだろうし、そもそも気にしている余裕などなかったというのもある。
空高く飛び上がって放たれたそれは、アストレア・ファミリアでも幹部級しか知らない。リューが密かに自分の火力不足を悩み、そして独力で出した答え。恐らくは、オラリオ最高の魔法使いであるリヴェリア・リヨス・アールヴでも不可能な神業。
「【ルミノス・ウィンド】! 【ルミノス・ウィンド】ッ……!」
単独魔法使いによる多重詠唱、および魔法の複数発動による相乗効果。特筆するところのない凡百な魔法を、超長文詠唱と極限集中でのみ実現可能な威力を疑似再現する。
「っ――バーストォ!」
倍の数になったルミノス・ウィンドが放たれた。アンタレスに接触する寸前に、風の弾同士がぶつかり合う。そこから、大きな火炎石を爆発させたような衝撃が発生した。
魔法とは、ある程度術者が操作できるものである。この理論は放った後の魔法にも多少は通る話だ。つまり、アンタレスは大量の火炎石を至近距離で爆発させられたような威力を、しかも指向性を持って浴びせられる事になった。
瀑布に叩き付けられ、アンタレスの体が地面に押しつけられる。強靱な外皮と内臓は、その程度で傷つけられるものではない。ただし、瞬間的な圧力はどうこうなるものでもなく。ほんの十数秒だけだが、アンタレスは全ての動きを封じられた。
「アリーゼが成すまでの時間全て、私が貰っていく!」
魔法を放ったのがリューなら、一番早く合わせて動けるのも、またリューだ。
爆発の余韻が収まらぬ中。リューの姿は、とっくに宙にはなかった。衝撃に身を紛れさせ、誰にも気付かれぬまま、アンタレスの鋏の内側まで潜り込む。
多重詠唱には、ある弱点があった。それは、
彼女は無茶な魔法の行使で、既に
狙うは、アンタレスの目。そこが感覚器官でなかったとしても、レーザーの起点にはなっているが故に。渾身の力でレンズを叩き、それに大きなひびを入れる事ができた。
「後は……任せます……」
結果を最後に見届けて、ついにリューの体が脱力した。くたっと力の抜けた肢体は、しかし地面に倒れ伏すより早く、アンタレスの一撃を貰ってしまう。
「リュー!」
「――……」
腹を深々と鋏に貫かれて、しかし彼女は悲鳴一つ上げなかった。いや、上げる気力も残っていなかったのか。
鮮血をまき散らせてごろごろと転がっていき、壁付近でやっと止まる。唇の端から僅かに、そして大きな穴が開いた腹からは大量の血を流していた。半開きになった虚ろな瞳は、もう何も映していない。
「あぁ……あああああ!」
今すぐリューを助けに行きたい。生死を確かめて、安全な場所へ送り届けたい。しかし、それは絶対にしてはいけないことだと分かっていた。実行してしまえば、リューの決死を全て無駄にしてしまう。
彼女の読み通りに、レーザーは止んでいた。ただし、それで安全という訳ではない。蜘蛛の巣状にひび割れたアンタレスの目は、見て分かる速度で修復されている。悪夢としか思えない再生能力。
「でも、それで十分」
レーザーさえなければ、アリーゼは自由に動ける。回避のために余裕を奪われる事もない。
それに。ああ、本当に。全くもって。
「これで失敗しましたなんて言ったら、女が廃るってもんでしょ!」
命を預けてくれたリューにかけて、倒せませんでしたという言い訳だけは絶対にできない。
アンタレスは、さすが古代に封印するしかなかったモンスターだけある。あらゆるモンスターの長所を寄せ集め、その上で時間ごとに進化する能力まで持っているのだ。リューが破壊したはずの目だって、もうほとんど元通り。そもそもレーザーがなくとも、迂闊に踏み込めばあっさり殺される力を持つのがアンタレスだ。
でも。
「今回は私の……ううん、リューの勝ちなんだから」
今まで飛び回っていたのが嘘のように足を止めたアリーゼ。子供が星を掴もうとするように、両手をまっすぐに挙げる。そして、彼女が両手を握った瞬間。地面から炎が吹き上がった。
土を燃やしたのではない。大地の内側から、火が湧き出てきたのだ。まるで、元から炎を生み出す存在であるかのように。
「儀典・
原作再現の技は、原作に登場した能力を持つ者なら必ず考えることだ。アリーゼも例に漏れず、エースの技をどうにか自分も扱えないかと試行錯誤していた過去がある。
そういった努力の末に編み出したのか、儀典・大炎戒。
本場エースと比べて、一発で大きな炎のサークルを作り出す事は出来ない。故に、範囲内に数十カ所も火の種を仕込み、一気に起動させる方法をとった。アリーゼの
ただし、威力は折り紙付きだ。それこそ下層の
噴出し続ける炎を上空に集め、それを一点に集中し、やがてそれは小さな太陽となった。
アンタレスはアリーゼに向けていた意識を変更、疑似太陽に向け、結晶を纏わせた鋏で迎撃しようとした。
その姿にしかし、アリーゼは脅威を感じることはなかった。
「食らえぇ!
墜落する疑似太陽と、神秘の結晶を纏った鋏が接触する。そこに音はなかった。ただ小さく、何かが焼けるような匂いだけがばらまかれる。
疑似太陽と水晶鋏は、最初拮抗していた。さすがレーザーを反射するだけ合って、結晶の耐熱性は高かったらしい。しかしそれも最初だけで、結晶はすぐに赤熱し、どろどろに溶けていく。しかし太陽の浸食も、鋏を半分ほど飲み込んだところで鈍化してしまった。
(嘘でしょ!? 人なら高ランクでも近づいただけで消し炭になるほどの熱量だって言うのに!)
アンタレスの鋏が、ぎちぎちと悲鳴を上げている。ダメージの影響などではなく、超高速で太陽に耐えられる体に『進化』しているのは明白だ。
「このおぉぉ! 【
全身が沸騰しそうになるのを感じながら、しかし詠唱を連続する。期待通りに疑似太陽は再び僅かに勢いを取り戻した。代わりに視界が明滅し、今すぐ倒れそうなほどの倦怠感が襲いかかってくる。
いや、今は後先など考える必要はない。やるべき事はただ一つ。
「燃え尽きろおおおおぉぉぉ!」
駆け引きなど何一つ無い、暴力と進化のぶつかり合い。永遠にも感じる綱引きは、しかしたかだか数十秒程度の事であり。同時に、一度秤が傾いた後は一瞬だった。
膨れた太陽が巨大蠍を飲み込む。鋏の根元が砕け散った時点で、趨勢は決していた。
初めてアンタレスから絶叫が発せられる。その声は、攻撃が致命的なレベルに達しているのだという確信を持たせるのに十分だった。ここで体が張り裂けてもいい、とにかく渾身の力で疑似太陽でアンタレスの全てを焼き尽くす。
やがて太陽が消えたのは、意図したものではない。元々長時間維持するような技でなければ、そもそも数十秒も具現化し続けた今回の方が例外だ。前に使ったときなど、数秒程度でモンスターが蒸発したのである。
膨大な量の水蒸気だか熱気だかが視界を塞いだ。どちらでもいいし、どうでもいい。もうほとんど前が見えないのだから。
敵のいた場所が見えるようになるまでは時間を要した。そしてやっと視界が開けてきたところで、アリーゼは思わずうめく。
「嘘でしょ……」
アンタレスの体は原形をとどめていた。残った数本の手足は痙攣しているものの、それは逆に、まだ生きていることを示している。背中側の外皮は完全に消滅し、内蔵らしきものも大半が炭化している。そんな状態でも、確かに不規則ながら鼓動していた。
とどめを刺さないと――。突き動かされて剣を取ろうとするものの、上手くいかなかった。体に力が入らない。前に進もうとしていた足は、そのまま膝を突いてしまう。
(負けるっていうの……? ここまで来て……?)
そんな話があるか。いくら否定したくとも、体は動いてくれなかった。気力が肉体を凌駕する段階は、とっくに過ぎている。
しかし。最後に動いたのは、誰にとっても想定外であり、同時に意識を向けていなかった一人。
「まさかこのような結果になるとは」
血と泥にまみれてもなお美しい姿で宙を舞ったのは、今まで気配を潜めていたカリスト。
「【
剣が輝き、光の帯を作る。
刃がまっすぐと、抉られたアンタレスの動体、魔石らしき大きな結晶体へと突き刺さった。
「あなた様の足、すくわさせていただきます」
りぃん、と。まるで鈴が鳴るような音を立てて、剣が振り抜かれる。
カリストが着地して、軽く剣を振った後に納めた。ワンテンポ遅れて魔石がずるりと傾いていき、上半分が地面に墜落する頃、アンタレスの体も塵となった。
(勝……った?)
未だ実感が湧いてこず、その場にへなへなと座り込む。今にも転がってしまいそうな様子のアリーゼに、カリストは強い言葉で忠告した。
「気を抜いている場合ではありませんよ」
口調とは裏腹に、動きは弱々しい。当たり前だ。三人の中でダメージが一番少なかったというだけで、大きな負傷があるのは変わりないのだから。
「リューさんはまだ生きております」
「えっ!?」
正直、もう諦めていた。腹に大穴を開けられていたのだ。
「だ、大丈夫なの!?」
「大丈夫ではありません。背骨を避けていたため、かろうじて即死ではないというだけです。放っておけば、すぐにでも死んでしまうでしょう。
「あわわ……一本だけ!」
砕けてほとんど用をなしていない鎧の下に手を入れて、
取り出した試験管は、煤で表面が真っ黒になっているものの、中身の存在を確認できた。
「はい!」
それを、カリストへと放り投げる。本当ならアリーゼが直接使った方がいいのだろうが、体が指示を聞いてくれなかった。
「よかったぁ……本当によかった……」
「安心をするにはまだ早いです。とりあえず今すぐ死なないというだけですし、放っておけば死んでしまうのは、わたくし達も同じですから」
淡々と語るカリストの表情も、実は蒼白だ。
皮膚の一割ほどが焼けた影響で剥がれ、中の肉やら脂やらが見えている。一瞬で焼かれたのが影響しているのか、内側は案外無事だった。しかしそれが逆に筋肉の動きを活発にさせ、血液の漏出を促している。これもわかりやすく、すぐに治癒を受けなければ、待つのは失血死だ。
「なんか安心したら眠くなってきた」
「今寝たら死にますよ。這ってでも戻ってください」
「おぶってぇ……」
「さすがに二人は背負えません。お互い、死なないために死ぬ気で頑張りましょう」
勝利の余韻に浸らせてくれるサポートメンバーって、思ってたより遙かにありがたい存在だったんだなあ。そんな事を考えながら、アリーゼは足を引きずるようにしてカリストの後を追いかけた。