謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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魂が休む場所

 アリーゼ達が半死体で地上へ戻った頃には、地上も決着が付いていた。服もほとんど残っていない、全員が重症と分かる姿に、地上部隊は大わらわである。しかし同時に、突撃部隊が帰還した事で大いに湧く事となった。

 懸命な治療を受けた頃には、既にアリーゼ達には意識がなく。次に目を覚ましたのは、実に一週間後の事だった。やはり回復薬(ポーション)の類いは、便利ではあれど万能にはほど遠い。

 三人の中で一番最初に目をさますたのはアリーゼで、最初は寝返りも打てないほど全身の痛みと倦怠感があった。

 起きた当初、近くにいた者は多くない。二神と少数の護衛だけだった。これは、残りがアンタレス残党の殲滅に向かっていたためだ。残存兵力を放置して、第二のアンタレスにでもなられてはたまらない、という判断だろう。やはりこのあたり、輝夜はそつがない。

 本当ならアリーゼ達も向かうべきなのだろうが。体が動かない事と、神に反対されたことで休みと相成った。

 

「ねえ二人ともー」

 

 マットもない固いテントの床で直に転がされ、背中が痛いのを感じながら、アリーゼが情けない声を漏らす。

 彼女の言葉に対し、同テント内にいる二人の返答はない。というか、視線すら向けてくれなかった。ただただ鬱陶しそうな気配を発するだけである。

 

「暇だよぉー……」

 

 しょぼしょぼと泣き言を呟く。やはり反応はなかった。

 暇と寂しさに耐えかねて、同じ事を何度かすると。やっと二人は、うんざりしたという様子を隠しもせず答えた。というか吐き捨てた。

 

「本でも読んでおとなしくしていなさい」

「リュー、あなたの所の団長は、さすがにかまってちゃんが過ぎるのではないでしょうか」

「前線でのカリスマという意味では比類ないのですけどね……。どうにも日常ではご覧の有様で。よく他の皆に怒られています」

「二人とも酷くない?」

「なら少しは我慢を覚えなさい」

「これで何十回目だと思っているのですか。いちいち愚痴に付き合わなければならない、わたくし達の気持ちも考えて頂けます?」

 

 こんな風にばっさり言われると、とても悲しい。二人は本を読みふけっており、それで十分に暇を潰せているのだ。つまり、持て余しているのはアリーゼだけだった。

 テントの隅には、アルテミス・ファミリア所有の漫画本が山と積まれていた。彼女達が読んでいるのもそれである。貸してくれた事に感謝すべきではあるのだが……。

 アルテミス・ファミリアは特定の拠点を持たない、遊牧的組織だ。物資の動きは限定的であり。つまり、持っている漫画はどれも古い。ましてや新刊など望むべくもなかった。既に台詞からコマ割りから、全て記憶している本ばかり。

 こういうとき、エルフはずるいなと思う。寿命の長い彼女らは、暇への耐性が高い。なんとなくで時間を潰せてしまうのだ。

 

「うぅ、悲しいよう……」

 

 アリーゼが動けるようになったのは、さらに一週間後。体が完全な状態に戻ったと言えるようになるには、追加で三日が必要だった。

 鈍ってぎしぎし言っている体を解し始めた頃には、残党掃討戦も概ね終了している。結構長いことオラリオを離れていたため、いい加減帰らないとと思っていたところだっただろうか。オラリオから手紙が届いたのは。

 鳥が運んできた神には、ギルドの封蝋が押してある。なんだろうと思いながらも受け取ると、鳥はすぐに消えてしまった。

 

「中身は何なのですか?」

 

 近くで体を解していたリューが聞いてくる。これはアリーゼもだが、彼女は運動着だった。近くにはカリストもいる。

 体調が戻ったからと言って、何もかも元通りとはいかない。長い期間寝たきりだったため、体は相応に衰えている。三人は、感覚を戻すための訓練中だった。

 

「うん、ちょっと待って」

 

 蝋をぺりぺりと剥がし、中を改める。

 内容はそれほど多くなかった。すぐに読み終えて、手紙を懐にしまう。

 

「わたくしは離れていた方がよいでしょうか?」

「ううん、全然大丈夫」

 

 気を遣うカリストに、軽く返した。そうですかと呟くと、彼女も近づいてきた。なんだかんだ、気になっていたらしい。

 

「ギルドからの強制冒険者依頼(クエスト)だったよ。帰り際、『白い牙』を調べてきて欲しいんだってさ」

 

 言うと、しかし二人はなぜか、妙に険しい顔をした。いや、嫌悪と言っていいかもしれない。

 

「精霊様の聖地を暴けとは、なんと不敬な……」

「ギルドはここまで傲慢だったか」

「ああ、そういう反応になるんだ」

 

 忘れがちになるが、エルフは精霊信仰の種族。今や精霊のために世界が使わしたというのが定説の『白い牙』を探れというのは、それだけ恐れ多い事なのだ。リューなど舌打ちすらしている。

 

「オラリオのギルド、あまりいい噂は聞きませんが……」

「概ね話の通りだと思います。彼らは図に乗っているとしか言い様がない。これでもファミリア連合が圧力をかけているため、一昔前よりは大分マシになっているのですが……。表面上はおとなしくしていても、ちょっとやそっとでは変わらないらしい」

「愚かな」

 

 なんだかエルフ二人で、話がどんどん飛躍してきた。あまりの過激さに、少し恐怖すら感じる。

 ただ、否定できない所もあった。

 オラリオは世界の中心だ。これは自惚れでもなんでもなく、世界一の武力、大国に匹敵する経済力、魔石の供給地という唯一無二の特性。全ての要素を備えているからこそ、言い方はあれだが、調子に乗ることができている。その統治組織こそ、ファミリアを束ねるギルドだ。

 だがそういった事情も、悪魔の実事件以降変わった。

 ギルドは強権を振るうのが好きだ。オラリオの外に対しても、自分たちが命じれば従うと思っている節がある。が、そんなものが影も踏ませない謎のファミリアにまで通じると思っているのは、ギルドだけだ。悪魔の実を強制接収しようとしたところで、ついにギルドはファミリアからそっぽを向かれた、という歴史がある。

 彼女達の言葉を否定するには、さすがにギルドの失点が多すぎた。正直に言って、アリーゼもちょっとどうかなと思うことはあるくらいだ。

 

「まーまー、二人とも落ち着いてよ」

 

 いきり立っているエルフ達に若干引きながらも、鎮めようとする。が、鋭い視線の矛先が変わっただけであり。アリーゼは腰が引けた。

 

「まさかとは思いますが。アリーゼ、あなたまで『白い牙』を暴こうなどと考えているわけではありませんよね?」

「その場合、私は戦わなければならない」

 

 リューがそっと腰に手を、つまり訓練用とはいえ剣の柄に手を添える。アリーゼはびくりと体を震わせながら慌てて否定した。

 

「そうじゃなくてね! ほら、アストレア・ファミリア(うち)って探索系ファミリアじゃない? そんな所が学術的な調査なんてできるわけないでしょ?」

「……まあ、確かにそうでしょうけども」

 

 カリストは言葉に、表面上だけとはいえ矛を収めた。共に戦った信頼とか、そういうものがあるのだろう。あると思いたい。

 反面、リューの視線は厳しいままだ。彼女の中で、アリーゼの株がどれほどか窺える。悲しい。

 

「手紙には何も、『白い牙』を削って一部もってこいとか、そこまで過激な事は書いてなかったのよ。エルフ全体を敵に回したら今度こそ終わりだってギルドも分かってるだろうし、そんな冒険者依頼(クエスト)よこさないって。だから、様子見てこいとかその程度の事だって」

「……それは、団長としての決定という解釈でいいでしょうか」

「うんうん!」

 

 元よりダークエルフと敵対する気などない。戦って負ける事はないだろうが、勝敗がどうであれひたすら無益である。

 なんとかリューが納得してくれそうだったので、即座に頷く。

 とりあえず柄から手は離れたが、代わりに言い含められてしまった。

 

「当然、このような真似をしたギルドに、抗議をしてもらえるのですよね?」

「うっ……そういうの苦手なんだけどぉ」

「しますよね?」

「うぅ、帰ったら早速書類仕事かぁ……」

 

 ただでさえ報告書やら何やら作るのが大変なのに、その上ギルドへの抗議文までとなって、今から憂鬱になった。これは団長にしかできないため、輝夜に押しつけることもできない。

 

「できればアルテミス・ファミリアにも付いてきて貰えると嬉しいんだけど」

「なぜです?」

「アレトゥーサちゃんが『白い牙』の里出身でしょ? だから顔つなぎしてもらえないかなって。それにカリストとしても、私達の動きを監視できてた方が安心できるんじゃない?」

「まあ、そうかもしれませんけれど。……どうせこの後に予定もありませんし、骨休めのつもりでついて行くのもいいかもしれません」

「やたっ」

 

 仕事が楽になる、という下心も確かにあった。しかしそれ以上に、せっかく仲良くなったのだから、ゆっくり話す機会くらい欲しいというのがアリーゼの本音だ。ここに来てからめまぐるしく、彼女以外とゆっくり話す機会もなかったのである。

 

「じゃ、私アストレア様のところに行ってくるね」

 

 早速、手紙を持ってその場を離れる。

 大規模なファミリア合同キャンプは、そろそろ撤収の準備を始めていた。大仕事を終えて、一休みもした。この地に残っている理由はない。

 無数のテントが立っている中、ひときわ大きなテントこそ、二神が過ごしている場所だ。

 

「アストレア様ー」

 

 一声掛けて中に入る。アストレアとアルテミスは、小さなテーブルを挟んでお茶をしている所だった。

 

「どうしたの? 訓練を終えたにしては早いじゃない。もしかして、ランクアップの決断をしたのかしら」

「違いますよー。ちょっと用事があって」

 

 ちなみに、アンタレスとの激戦を制したことで、アリーゼ、リュー、カリストの三名はランクアップが可能になった。他にも、アストレア、アルテミス両ファミリアから幾人かのランクアップ者がいる。

 カリストは早々にランクアップを決めたが、二人は悩んでいる最中である。別にステイタスを上げてから、と考えている訳ではない。ただ、選択できる発展アビリティが膨大だったのだ。

 リューは四個、アリーゼに至っては六個も選べる発展アビリティがあった。中には見たこともないレアアビリティが複数あったため、仲良くどれにしようかと頭を悩ませている最中である。

 

「この手紙、オラリオから来ました」

「……ふうん、『白い牙』の調査ね。私達が都市外冒険者依頼(クエスト)に出てるから丁度いい、と考えたのかしら」

「カリストにはもう言ったんですけど、アルテミス・ファミリアにも同道して頂きたいと思いまして。……どうです?」

「うん、いいんじゃないかな。私が反対する理由はないよ。ついでにオラリオへ立ち寄ってみるのもいいかもしれないね。久しぶりに知人と会うのも悪くない」

「その時は、是非アストレア・ファミリアのホームに泊まってください」

「お言葉に甘えて、お世話になろうかな」

 

 トントン拍子に、『白い牙』の里を経由して、オラリオまで同行する事が決まった。

 行きとは違って歩き、しかも集団での移動だったため、全体での動きは遅い。『白い牙』の里まで、二週間ほども必要だった。ちなみにここまで最新の漫画を買えるほど大きな街には寄っていない。既に新刊が二度も出るほど時間が経っているため、いいかげん恋しかった。

 道中は、さほど大きな事件も起きない。せいぜいが女所帯だと舐めてた大規模な人さらい集団を壊滅し、近場の街に押しつけたくらいか。

 そんなこんなで『白い牙』の里――かつてただのダークエルフ集落でしかなかった場所へとたどり着く。

 そこは、ギリギリ秘境ではないといった風な立地だった。山間に少しだけできた盆地で、ひっそりと暮らしていたという風だ。山の数こそ多いものの、険しいものはそれほどないため、行き来は難しくない。かろうじてではあるが、馬車が通れそうな道もある。確かに、『白い牙』ができるまでは、誰に注目される訳でもない場所という風だった。

 

「私達の里は、魔法使いがとても多いんです。実際、私が里を出る頃は、住民のほぼ全員が魔法を覚えていました。精霊様がいっぱいいて、誰とでもお話しできるというのも大きな特徴です」

 

 普段は口下手なアレトゥーサが、この時ばかりは饒舌に話す。心なし、歩調も早い気がした。

 アリーゼ達が里に来た付いた最初は、槍を持った見回りがすっ飛んでくる。まあ、ついこの間、ヒューマンの国家と戦争をしたのだ。ヒューマンが中心の集団が近づけば、警戒もするだろう。

 ただし、アレトゥーサが前に出ると、警戒心は一気に解ける。

 

「アレー! 帰ってきたのか!?」

「えへへ……里帰りです」

 

 次々と村人がやってきて、アレトゥーサを囲む(ちなみに全員武器を持っていた。村人総出で迎撃するつもりだったのだろう。戦闘種族の名は伊達ではない)。

 

「おかえり、アレー」

「ずいぶん大きくなったじゃないか」

「ただいま、パ……お父さん、お母さん」

「あら、前みたいにママって呼んでくれないの?」

「もう! もう! 私だって子供じゃないんだよ!」

「ははは、母さん、あまりアレーをからかっちゃいけないよ。もう子供じゃないんだ」

 

 アレトゥーサの両親らしき人が、彼女の頭を撫でている。家族中は良好なようで、ずいぶんと楽しそうに話していた。

 母親がアレトゥーサの相手をしている間、父親がアルテミスの前までやってくる。

 

「アルテミス様、いつも娘がお世話になっています」

「いや、世話になっているのはむしろ私だよ。彼女の知識も技術も、替えの効かない貴重なものだ。この前だって、アンタレスの再封印をしてくれたしね」

「はて……? アンタレスは復活し、それをアルテミス様方が倒したと噂になっていますが」

「封印自体は成功していたんだ。それを慮外者が無理矢理壊したせいで……いや、この話はやめよう。あまり吹聴するような事ではない」

「どうやらそのようですな。差し出がましい口を」

 

 最後にアルテミスへ一礼した後、彼はこちらを向いた。

 

「皆様も、よくいらっしゃってくださいました。大したおもてなしはできませんが、どうかくつろいでください。ちなみに、何か目的がおわりで?」

「はい! 『白い牙』の調査という名目で観光をしにきました!」

 

 多少彼の視線が鋭くなったのも気にせず、アリーゼは手を上げて答えた。その様子に、彼は毒気が抜かれたようだ。

 くく、と小さく笑った後、表情を崩す。

 

「そうですか。申し訳ありませんが、外の方だけで『白い牙』に通すことはできません。何度も精霊様の拉致未遂事件が起きてますからな。私どもが同道の上でという条件を受けていただけるのでしたら、案内くらいはできます」

「全然オッケー! よろしくおねがいします!」

 

 アリーゼ・ローヴェル。得意技は、大抵の相手と一瞬で仲良くなること。今回もこうして、あっという間に相手の懐に潜り込んだ。

 旧交を深めるのもほどほどに、早速『白い牙』へと案内してもらう。

 そこは、まあなんというか。わかりやすく楽園だった。

 

「わー、かわいー」

「こっちおいでー」

「あっ、ずるい! 私のとこにも来て、お菓子あるよ」

 

 などと声を掛けると、空飛ぶ幼児やら動物やらが、わちゃわちゃと甘えてくる。

 塔の近辺はある程度拓かれており、草花で彩られていた。ピクニックをするのに丁度いいという様子である。実際そのためであるかのように、幾人かのダークエルフが、食べ物なりおもちゃなりを広げて精霊と戯れていた。

 

「私も遊びたーい。ちっちゃい子といちゃいちゃしたーい」

「お前な……」

「アタシら一応、仕事で来てるんだぞ」

「アリーゼ、自重してください」

 

 願望は、三人にがしっと肩を掴まれて止められてしまった。

 かなり残念に思いながらも、視線を『白い牙』に向ける。首を完全に曲げても、なお頂上を見ることができない巨大な何か。

 

「なるほど、これは確かに『白い牙』っていう感じだね」

 

 大きく太く、天に向けてまっすぐと伸びるのっぺりとしたそれは、まさに白い牙という風体だ。

 印象としてはバベルに近い。ただしこちらには一切のつなぎ目がなく、出入りできそうな場所というのも見当たらなかった。それこそぱっと見ただけでは、ただの白い壁にも思える。

 

「これって入り口とかないんですか?」

「ありませんね。正直、そもそも『白い牙』が何なのかすら分かっていませんし。ああ、ただ精霊様だけは、自由に出入りできるようですよ」

 

 すっかりガイド役となったアレトゥーサ父に聞いてみるが、特別に実りのある話は聞けなかった。内容のおおよそは、見れば分かる事である。逆に言うと、『白い牙』の里の住人ですら、その程度しか分からないという事だ。

 これは何も分からなさそうだな、と思ったが、とりあえず質問を続けてみる。

 『白い牙』全体が真っ平らであり、とっかかりの一つない。空を飛べる魔法を得た者が上まで向かってみたが、一番上は尖っていて、完全に円錐状だという。これで精霊に力を与える特性が無ければ、本当にただただよく分からない何かだ。

 人型の精霊に中の様子を聞いてみはした。これも快適だとか居心地がいいとか、具体性のある話はないらしい。つまりお手上げだ。

 

(思ってた以上に何も分からなかったけど……まあそんなものだよね)

 

 後は、これらの情報を形式張ってそれっぽくでっち上げ、ギルドに上げるだけ。これで文句を言われたら、じゃあアスフィ・アル・アンドロメダでも派遣しろと言ってやればいい。ついでのお使いに過大な期待などするのが、そもそも間違っている。

 こんなものかな、と思っていると。いきなり悲鳴が上がった。

 声の発信源は『白い牙』だ。反響するようなくぐもった声が、穴から響いている。

 

(穴?)

 

 ふとアリーゼは、自分の感想に疑問を持った。どこを見ても指すら引っかからないほど平らだった壁に、いつの間にか人間大の穴ができていた。

 穴から届く悲鳴はどんどん近づいてきている。どれほどもせず、ぽんと人影が飛び出てくる。

 アリーゼはとっさに、それを受け止めようとしていた。だが……。

 

(え……?)

 

 突如現れた姿が、不意に過去の何かと重なってしまい。一瞬呆けてしまう。

 めごし。

 高速で射出された(落ちてきた?)それの前で無防備にしていたものだから、顔面にドロップキックを食らってしまった。日常生活に支障が出るからと、受け流し発動閥値を高く設定していたのが徒になった形だ。()()が折り重なってもんどり打つ。

 

「だおおおお……!」

「いったぁ。もう何なの本当にもう」

 

 アリーゼは鼻っ柱を押さえて。人影が腰をさすりながら転げる。

 両者の様子を、周囲はぽかんと見ていた。受け止めようとしていたアリーゼと違って、早々に待避していたらしい。

 ただ、呆然としているのは、アリーゼの失敗が原因ではない様子であり。

 彼女はだばだばと流れる鼻血を押しとどめながら、人影の方を見た。白い髪のショートカット。露出が妙に多い、どこかアマゾネスを思わせる服装。女性的な体つきでありながら、うっすら少年を思わせる印象の持ち主。

 これではまるで。まるで……。

 

「アーディ……?」

「あれ、アリーゼじゃない。丁度良かった、ここってどこなの? というか私、多分女の子の自爆をもろに受けたよね。あの後どうなったの?」

 

 わっと、近くに居たアストレア・ファミリアの面々がアーディをもみくちゃにする。リューなど泣きながら抱きついていた。

 

「なになに!? ほんとなんなの!? 誰か説明プリーズ!」

 

 本当に訳が分からないと言った様子で、もみくちゃになるアーディ。

 出遅れたため(ついでに鼻は折れており、それどころでもなかった)、蚊帳の外で一人呆然とするアリーゼ。だから、その声も聞くことができていた。

 

「おお、そういえば」

 

 ぽん、と手を打ちながら。至極気軽な様子で、アレトゥーサ父が呟く。

 

「ここはたまに、死者が蘇って出てくるのですよね」

「先に言いなさいよ!!!」

 

 アリーゼ、魂の叫びだった。

 

 

 

 魂の休息。『白い牙の里』のダークエルフは、この現象をそう呼んでいるらしい。

 だいたい年に一人か二人ほど『白い牙』から人間(あるいは元人間)が排出される。最初の一人はヒューマンだったが、その後も獣人だったりエルフだったりヒューマンだったり小人族(パルゥム)だったり、しかも揃いも揃って出身地年齢が別。まるで統一感なく、人類が精霊に転化して吐き出されるとのこと。

 彼らの共通点は、体が半分精霊となっていること。例外なく強力な魔法を発現し(元々持っていた場合はその限りではない)、短文ないしは速攻魔法でありながら、超長文魔法クラスの威力を持つという。

 人間精霊の正確な数は把握できていない。というのも、少なからず深夜に現れてひっそり消えていく者もいると考えられているから。

 『白い牙』には監視員が常駐している。これは『精霊攫い』への対処であるが、当然やたらに大きな『白い牙』全面を常時カバーできるはずもない。そもそもダークエルフの絶対数が少ないのだ。そのため、取りこぼしはあるだろう、とのこと。

 ちなみにこれは余談だが、ダークエルフが発見した最初の一人は「アルフィア」という名前らしい。オラリオの大英雄にして、今は禁忌扱いされているファミリア団員と同名なのだが。アルフィアという名自体は珍しいものでもない。本人という可能性は限りなく低いだろう。

 ともあれそんなこんなで。かつてオラリオで戦死した超絶美少女正義の戦士(本人談)アーディ・ヴァルマが、ぽろっと吐き出されたわけだ。

 

「はへー、私が死んでからかなりの時間が経ってるんだ……なんか全然実感ないや。そもそも死んだって感覚そのものがないし」

「まあ死者の自覚がある感じではないよね」

 

 ぼへっと暢気な顔をしている彼女に向けて、そんな事をぼやくアリーゼ。

 生き返るまではどうだったかという話を聞いてみたが、特に意識はなかったという事で割愛。これは他の転生者達も同様だったらしいので、おかしな話ではないのだろう。

 

「そういえば、『白い牙』の中ってどうなってたの?」

「それねー。不思議なとこだったよ。地面はざっくり芝生って感じで、でもなんかすごく柔らかいの。そこら中に木製というか、木が変に育ってできましたみたいなソファーがあったよ。あと、今思い返してみれば、密集した木に大量がツタが纏ってる感じのあれ、小さな家とか個室とか、そういうやつだったのかな。とにかく精霊ちゃんにとっては快適らしくて、みんなすごいリラックスしてた」

「どうやら階層によって設備が違うようなのです。中には遊具が大量に転がっている階があると言っている者もいましたよ。不思議ですよねえ」

 

 不思議で済む話なのだろうか、と思わなくもない。二度目になるが、それを先に言え。

 だがまあ実際不思議としか言い様がなくはある。誰がそういったものを用意したのかという話だけなら、間違いなく精霊だ。ただ、精霊がそういったものを作れる環境を作ったのは、間違いなく『白い牙』であり。そうなると、『白い牙』そのものに人為的な何かを感じざるを得ない。

 気分よく語っているアーディを尻目に、アリーゼはこそっと輝夜に耳打ちした。

 

「これって報告しなきゃいけないよね?」

「せざるをえんだろうな」

 

 答える彼女の顔は、どこまでも渋い。というか、気付かれないようにひっそりとため息までついていた。

 

「言いたくない気持ちは分かる。これは特大の爆弾だ。下手をせずとも、闇派閥(イヴィルス)が息を吹き返すだろう。かといって、黙っているのも得策ではない。こんな話、今まで届いていなかったのが奇跡なのだ。早めに知っておけば、まあ……なんだ。心構えくらいはできる、かもしれない」

「ギルドの暴走が始まるかも知れないとしても?」

「幸い、今はファミリア連合が強い力を持っている時期だ。そちらが押さえ込んでくれると期待するしかあるまい。お前とリューがLv.6にランクアップすることで、今の二大派閥を三大派閥にまで拡張できる。我々が舵を取れば、滅多なことは起きないだろう。どちらであってもクソほど面倒で厄介で、厄介な事だが」

 

 そんな繰り返さなくても。思いながら、釣られてため息が出てしまう。

 アーディの復活は確かに嬉しい。嬉しいが、これはそれを手放しに喜べないほどの地雷だ。

 と――なぜか、輝夜に優しく肩を叩かれる。それはもう気色悪いほど。

 

「お前()、これから大変だな」

「ちょっ……」

 

 彼女の悟りきった顔を見て気付く。こいつ、全部私に押しつける気だ。

 

「ずるいでしょ! 輝夜も道連れよ!」

「うるさい黙れあっち行け! 特大の厄ネタをなんとかするのは団長の仕事だ!」

「その団長の補佐をするのが副団長の役割でしょーが!」

 

 張り付くアリーゼと、それをげしげしと撃退しようとする輝夜。下らない攻防は、ここで争っても意味が無いという、あんまりすぎる結果でいったん終息する。

 多少乱れた姿になりながら、アリーゼはずっと思っていた言葉をアーディに投げかけた。

 

「ところでアーディ、当然オラリオに戻ってくるんでしょ? だったらこれを機に、アストレア・ファミリアに入ったりしない?」

「え? 普通にガネーシャ・ファミリアへ戻るけど」

 

 瞬殺で当たり前だと否定され、アリーゼはそれはもうしおれた。ついでに、流れ弾を食らったリューも。

 こうして。

 アストレア・ファミリアは一生分の紆余曲折を味わいながらも、オラリオへと進路を向けた。

 

 

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