謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
オラリオには、
何らかの理由でダンジョン内のモンスターが活性化した場合、一気に地上を目指す現象(広義には地上を目指さなくとも)をこう呼ぶ。理由はダンジョンの刺激、モンスターの異常繁殖、その他様々だ。ただ、今回の原因ははっきりしている。上層中層のモンスター討伐数が、以前に比べて格段に少なくなったから。
原因は明白だった。覇気が広まった事による実力の底上げ、そのために、冒険者がより深い層へ進出しやすくなった為である。要は新人以外、上層のモンスターを狩らなくなったのだ。
オラリオ全体が戦力強化された弊害である。これを弊害と言ってしまうのは、少々酷な気もするが。こんな落とし穴があるとは……と上層部は悩んだが、それはさておき。
現在地上には、推定Lv.2までを中心としたモンスターが大挙して押し寄せてきている最中だ。
さすがに千年という長きにわたってダンジョンを封じてきただけあり、現代では悲壮な覚悟をするほどではない(無論、油断していい訳でもないものの)。ましてや今の水準ならば、という奴である。
あらゆる冒険者が集められた広場。最前列の台にはシャクティ・ヴァルマが立っている。彼女が今掃討作戦の指揮官だ。彼女と、整列する冒険者の勇士を、建物の高所から民衆が見守っている。
そう、避難していないのだ。
普通は安全圏まで誘導されて、シェルターなりで
此度の
当たり前だが、一般人が冒険者の戦う姿を見ることはまずない。冒険者同士の争いは人目のないところで行われるし、モンスターと戦う姿などもっと
が、それはそれとして、民衆は見てみたかった。冒険者が勇ましく活躍する所を、ではない。漫画の中にしか存在しない力で、八面六臂の大活躍をするところがだ。
冒険者が戦う姿すらまず見られないのだ。ましてや能力を使う姿など言わずもがな。たまにリヴェリア・リヨス・アールヴのように丸出しで練り歩いているような者もいるが、それは例外中の例外。大抵は、誰がどんな能力を持っているのかすら、一般人が知る術はない。
ああ、一体誰がどんな能力を持っているのだろう。その能力でどうやって戦ってくれるのだろう。現実にあのような能力があるのなら、それはどれだけ勇ましいのだろう。
前々から、能力を見せてくれと言う要望はあった。それも一つや二つではなく街中から。それこそ、ギルドが「どうしよう……」と悩む程に。
そんな所に、歴史的に見ても最弱候補となる
誰かが考えた。市民に鬱憤をためられるくらいなら、いっそのこと今回をショーにしてしまえばいいのでは、と。
誰かが上申した。現オラリオの平均戦力は、それこそゼウス、ヘラ・ファミリア全盛期よりも上だと期待できるのだから、一般人に見せながら戦うのも可能でしょ、と。
そして、冒険者も思った。俺の凄く格好いい能力を見せつけてやりたい、と。
奇跡的な利害の一致を見る。同時に、ほとんど上層、たまに中層モンスター程度なら、やってやれないことはない。そんなフィン・ディムナのお墨付きにより、この意見が可決してしまった。
実のところ、フィン自信もイトイトの実でドヤりたいという欲望が隠しきれてていなかった。しかし察した者も概ね能力を持つか、高い覇気を運用する者ばかりであり。脅威が低いのは事実なのと、自分だって自慢したいという欲求はあったので、誰も指摘しない。
こうして人類史上初めて、モンスターの大規模進行をお祭りにするという暴挙が行われた。
モンスターの数は過去最高。ただし質は過去最低。いかにも無双してくださいというモンスターの瀑布へ、一番最初に飛び込んだのはアイズだった。
「
アイズが、ぱしん、と軽く虚空を殴る。それだけでは何も起こらない。しかし気にせず、すぐ近くの建物に触れた。
わらわらと道を満たし、それだけでは足りず半ば壁際にまではみ出て進むモンスター。それらがいきなり、小さく震えたかと思うと吹き飛んだ。まるで体内に威力の小さい爆弾を仕込んでいたかの様に。
さらに彼女は、担いでいた自分の身長より大きな薙刀を構える。
最初はただの真似事、恰好付けで持っていただけだった。しかし扱っている内に、長物の利点に気がつく。それ以来、メインウェポンの細剣ほどではないにしても、薙刀の訓練を行っていた。今では大型のモンスターに対しては、優先して薙刀を使うくらいに習熟している。
大きく構えた薙刀を持ったまま飛び上がり、下からすくい上げるようにして振るう。モンスターとも地面とも距離が開いているため、刃は何者にも触れなかった。しかし、薙刀を振り始めてから地面に亀裂が走り、刃の直線上にある存在するあらゆるを砕き潰す。
「
振動を、刃を振るった方向に限定して激しく上下させる技。なんか頭の良さそうな人は、物体の結合力を強制的に分解する恐ろしいもの、だとか言っていたが、アイズにはよく分からない。ついでに興味もない。彼女はとにかく、だいたい何でも切れる技とだけ解釈していた。
着地後、彼女は薙刀を幾度か振った後(ただの恰好付けで意味は無い)肩に担ぎなおす。と、すぐ近くから罵声が浴びせられた。
「アイズ! なるべく壊すなと言い含めただろうが!」
「う……ごめんなさい」
リヴェリアの声に、思わず体を縮こませる。
まったく、とリヴェリアは嘆息して。その後すぐ召喚した鵺に乗った。高さはせいぜい建物よりちょっと上くらいで、あまり高所には陣取らない。だって上に行きすぎると誰にも見て貰えないし。
「あの子には、もうちょっとスマートにやる事を覚えさせなければな」
今回の防衛戦は、勝って当然、被害もなくて当然、どれだけ格好良く勝てるかの戦いだ。市民とファミリア、両方からの突き上げにより、この「お披露目会」とでも言うべき戦場が決定されたのである。これに関してギルドはさじを投げており、責任は各ファミリアが負え、と言っていた。つまり街に被害を出せば、修繕費を出すのはそのファミリアだ。
「もうちょっと落ち着きというものを覚えて貰えてもらえれば、こちらとしても楽なのだがな。というかそもそも、同年代と比べても、ちょっと幼いのではないか?」
愚痴という程でもない独り言を吐きながら、正面を見据える。そこには、空を飛べるモンスターがわらわらといた。
リヴェリアの担当は空。数ある能力でも珍しい、飛行能力持ちだからだ。その上空を飛ぶ敵に対して細かい制御が効いた攻撃ができるとなれば、さらに数は限られる。
「さて、私もやるか」
鵺の上に立ち、片手をまっすぐ伸ばした。
ちなみに、この行動に意味は無い。アイズと同じく、ただの恰好付けである。ただなんとなくこちらの方が様になるという脳死発想だった。当たり前に、かがんで鵺に捕まっていた方が安全だ。式神はセミオートで動くため、簡単な命令を下せば、特に狙いを定める必要もないし。
「放て、雷光」
正面の広い範囲に、帯電した光が迸る。瞬くまもなくモンスターは塵になり、運良く生き残った者も痙攣しながら墜落していった。
鵺を旋回させ(早すぎると誰にも見て貰えないためゆっくりと)、位置を変えて再び雷撃。たったの二発で、リヴェリア担当分の、実に八割以上を打ち落とした。
モンスターの残滓と熱気だけが残った空間を見て、彼女は満足げに顎を撫でる。
「ふむ。威力はともかく、そろそろ精度は伏黒恵に匹敵するのではないか?」
「また変なことを」
「フィンか」
声がしたのは、彼女の上からだった。糸を使って飛び回っていたところ、折良く足場として使われてしまったらしい。
隣で涼しい顔をしている中年
「なんだ、今日はおとなしいではないか」
「そうでもない……よっと!」
彼が両手を思い切り振った。すると、真下にいたモンスターがばらばらと刻まれていく。
糸で鋭い網でも作ったのか、それとも別の何かか。イトイトの実の能力者でないリヴェリアには分からない。ただまあ、かなり繊細な技なのだろうなという事だけは分かった。フィンは何気なくそういう事ができる。
小柄で非力な種族の出である彼は、決定力に欠ける。それはイトイトの能力を得てからでも変わらない。
ただしそれは弱いという意味ではなく。フィンの頭脳も相まって、恐ろしく器用な真似を平然と実行した。
漫画を真似て
しかし、それでフィンを侮る者は、ファミリアの中にはいない。
彼最大の長所は万能な所だ。必要な時に、必要なものを、必要な分、というのが抜群に上手い。これはイトイトの能力を得てからさらに磨かれれている。今では、遠征時にフィンがいないと成り立たない程だ。
今も。地上を進軍するモンスターの不自然な流れは、間違いなくフィンの手腕だった。
「相変わらずそつがない」
「僕は攻撃力不足が深刻だからね。“縛り”で能力の底上げをできる呪術が羨ましいよ」
わざとらしく笑っているが、本当はそんなこと思っていないのは明白だった。
いろんな人と能力の組み合わせはあれど、フィンほどぴったりな者はいない。彼に匹敵するシナジーを生み出せたのは、『
「さあガレス、やってしまえ!」
大きな通りに、モンスターが二段三段と積み重なった状態を生み出し。下で斧を持ち上げ待機している男に向かって叫んだ。
「やれやれ、儂は範囲攻撃が苦手だというのに。全く、人使いが荒いのう」
などと言っているが、やる気満々なのは明らかだ。なにせ、斧が黒く染まっているのだから。
武装色による黒色化。これができるのは覇気薬が広まってそれなりに経った今でも、さほど多くない。片手で数えられる程だろう。レベルと覇気の出力に相関関係はなく、とにかくひたすら鍛える事が必要なためだ。
オラリオの冒険者は、割と地道な鍛錬というのが苦手である。どうしたってステイタスを上げた方が強くなるのだから。
しかしガレスは、延々と先の見えない特訓を続けた。ひたすらステイタスに頼らず体を鍛え、覇気の訓練も一日たりとて絶やしたことはない。おかげで彼は、覇気が実現して以降、一度足りとて武装色の覇気最高出力保持者の座を明け渡したことがなかった。
「ぬぅ……うん!」
飛ぶ斬撃。原作でジュラキュール・ミホークなどがやっていたあれだ。覇気を纏わせる事ができる者は多数いれども、飛ばすことができるのは、やはりガレス一人。
無論、威力は相当に手加減しているし、それ以上に気を遣っている。彼が本気で放ったら、バベル近辺から外壁まで届きかねないし、地面など跡形もなくなる。
一撃で数百というモンスターを消し飛ばした彼は、満足げに自分のあごひげを撫でた。
「きゃー! ガレスさまー!」
「すっげえかっこいい!」
「さすが“鉄人”ガレス!」
「ははは、安心せい。お前達は必ず儂らが守る」
黄色い声を浴びながら、民衆に向かって手を振った。声はさらに大きくなる。
ちなみに、一般市民の支持は全冒険者の中でガレスが一番高い。それこそ、『最強』の名を奪ったアレンよりも。鉄人というのも、民衆からの愛称だ。
能力なし、今や使おうと思えば一般人でも使える覇気だけ。しかしその力に一点の陰りも見えず、名だたる最強達に一歩も引けを取らない。只人にとって最も親しみやすい英雄というのが彼なのだ。
一部からは「リアルガープ」などと言われているし、彼もそれを悪くないと思っている。最近では、能力がなくてもいいかな……と思うくらいには気に入っていた。
ちなみにフィンとリヴェリアは、ガレスの人気そのものに対しては特に思うところがない。しかし、
飛ぶ斬撃は、ある一定の位置まで行くと弾けて消えた。いや、握りつぶされた。
衝撃がまき散らされ、もうもうと立つ煙の向こう側に、偉丈夫が立っている。いかにも強者といった風な体格を持ち、背中には大きく分厚い大剣。しかし驚くべきなのは、突き出された左腕――つまり、彼は素手で覇気の飛ぶ斬撃を握りつぶしたのだ。
「今のは……ガレスの一撃か。威力が籠もりすぎている、奴らしくない」
現れるは、
彼が引き抜いたのは、剣ではなく金棒。万一に備えて本来の得物を持ってきてはいたが、ここで振るうには大剣だと大きすぎる。代わりに小回りのきく金棒を、予備も含めて二本用意していた。ちなみに、ただの言い訳だ。本音はカイドウの
「気が入りすぎているな。いくら覇気の達人といえど、そう毎回思い通りの威力を出せるものでもない、という事か。つくづく奥が深い」
さすがのオッタルも、まさか「ちやほやされたくてちょっと力を込めすぎてしまった」などとは思うまい。
オッタルをとりまくモンスターは、彼を中心に半円を描くようにして近づかない。あまりの実力差に、理性などないモンスターをして恐れを成していた。
強いという意味ではロキ・ファミリアの面々も同じだが、オッタルは今のところ、積極性を見せていない。それがモンスターに、なりふり構わない突撃を選択させない理由となっていた。
「つまらぬ催しだが……これもひとえに女神のためだ。お前達には滅んで貰う」
などとうそぶいているが。
長らく原作に登場しない悪魔の実だと思っていた彼の能力が、実はカイドウのものだと分かった事で狂喜乱舞。実は今回の作戦もむちゃくちゃノリノリであり、急いで金棒を用意している姿を、フレイヤに生暖かい目で見られていた事を彼は知らない。
みしり、と彼の体が膨れ上がる。体のあちこちに鱗が生えて、額と側頭部から角が計四本生えた。在りし日にモンスターと間違えられた人獣形態である。
オッタルの歩みは早くない。軽く走っているという程度。注目すべきは、その速度に一切の増減がない所だ。モンスターに接触する前も、後も。
蹂躙、あるいは轢殺。その光景を表現するなら、そんな言葉が正しいだろう。
オッタルが前に進む、ただそれだけで障害物の一切が消し飛ぶ。そう思わせるのに十分な光景であり、上からそれを眺める者達も息をのんでいた。
口さがない者は、アレンに負けた事でオッタルは地に落ちたなどと言う者もいる。しかしどうだろう。モンスターがただ逃げ惑い、挽き潰される姿を見てもなお、同じ軽口をたたけるのだろうか。彼は最強でなくなっただけであり、その強さには一切の陰りがない。どころか、むしろ日々高めている。
まるで戦車が如き進軍の横で、まさに颶風としか言いようのない人影が飛び回る。
「トロトロしてんじゃねえよウスノロ!」
「アレンか」
「アレン
都市最強。都市最速。そして女神の懐刀。新興でありながら、見事に三つの波を乗りこなすはアレン・フローメル。
彼は未だ
アレンは他者のように、誰かに見せる為の戦い方などしない。そんなことをしなくとも、音だけでしか知覚させなかった。それだけで存在証明になるのだから。
「遅ぇ!」
地面、壁、時にはモンスターまでも足場にして飛び回る。
振るわれるは槍。ただし、いつもの愛槍ではない。オッタルと同じく、彼の長槍は街中で扱うには長すぎる。そのため、フレイヤ・ファミリアの武器庫から適当に引っ張ってきた短槍二本を持っていた。
慣れない武器を扱っているにもかかわらず、彼の速度も技の冴えも、僅かたりとて衰えない。超人的な感覚の持ち主だった。
「
彼の持つ投射呪法は、極端に扱いの難しい術式だ。
原作では禪院直毘人が何気なく使っているため、勘違いしそうになる。が、向こう一秒間の動きを先行入力とは、普通の神経ではとても扱えるものではない。
アレンはまず、日常的な動きに投射呪法を適用する必要があった。一秒毎に次の一秒24回分の動きを事前決定しておくというのは、脳に多大な負担を与える。ましてや戦いに利用するなど困難極まる行為であった。何度も一秒のフリーズをし、袋叩きにされる。
さらに投射呪法を十全に扱う為には、先読みの能力も必要だ。敵の未来一秒分を常に予測し続けなければいけない。失敗すれば死を意味する。そのため、彼は見聞色の覇気を徹底的に鍛え、二秒先までの未来が見える唯一のプレイヤーとなった。
ここまで鍛え、中層下層の
使いこなせるようになってしまえば、投射呪法は凶悪の一言だった。なにせ触れた対象にも術式を強制できる。いつ触れられるか分からない、触れられたとして術式を発動されるか分からない。アレンですら慣れるのに年近い時間を要した真似を、即興でしなければならないのである。完全なハメ殺しが可能であり、この上なくアレンに合ったものだった。
「弱ぇ!」
槍を手放し、手に持つはブーメラン。投射呪法を使いこなせるようになってから、彼が多用するようになった遠距離武器だ。
投射呪法を適用することで、速度と威力を上限一杯まで上げる事ができる。武装色の覇気を込めれば、さらに数倍だ。しかもブーメランと投射呪法の組み合わせは、投げれば必ず任意の場所に戻ってくるという特性まで得る。
弾かれたとして、それはそれで構わない。ブーメランは術式の制約を破った形となり、その場で一秒間停滞するトラップとなるのだ。
彼は、能力を市民に見せつけるという意味では全く仕事をしていないものの。最強を証明するというならば、この上ない形を取っていた。
「つまらなすぎるんだよ! とっとと消し飛べ!」
無人の野を行くがごとし。範囲攻撃を持たないのに最大のキルスコアをたたき出しながら、アレンの足は止まらない。
モンスターが塵のように飛んでいく姿を、遠くから眺める人影があった。このお祭り騒ぎに混ざらず、一人で隠れ潜むようにしているのはヘグニ・ラグナール。
「皆、元気だな……」
普段のテンパった口調ではなく、静かな声色で呟く。万が一声が聞かれたら、そこら中にいる見物客に注目されてしまうかも知れないので、口の中でだけ反響する程度の小声だ。
「何もしたくない……目立ちたくない……。でも、フレイヤ様の顔に泥を塗るわけにもいかないんだよね……」
祭りの空気は嫌いではない。ただしそれは、自分が十把一絡げの芥に等しい存在である場合に限った。
この祭りは、冒険者が主役。それも、能力を持った上位冒険者こそが我こそはと名を上げるためのもの。
能力を誇示したいという気持ちはあるが、それはそれとして注目されるのは嫌だ。高揚と憂鬱を同時に味わいながら、ヘグニは物陰から静かにモンスターの集団へと近寄っていった。
「この辺でいいか。丁度数も多いし。――
瞬間、その場に居た全てのモンスターか動きを止める。というか、動きを強制的に縫い止められる。そして、ぼろぼろと影が離れていき、ヘグニの口へと吸い込まれていった。
口の中を影でパンパンに膨らませ、一気に飲み込む。そして、ぽつりと呟いた。
「
原作で実際にゲッコー・モリアが使用した技。ただし、名前は同じだが効果は若干違った。
ヘグニの体が巨大化することはない。代わりに全身から影がにじみ出てきて覆い、黒い鎧となった。
武器は最初から何も持っていない。必要ないからだ。手を掲げれば、そこに影の武器が生まれる。両手に漆黒の長刀を持ち、全身に黒い鎧。おまけに影をマントのようになびかせた、漆黒騎士とでも言うべき存在が誕生する。
「よし、大丈夫。行くぞ行くぞ行くぞ……」
これから注目される事に心臓をばくばくと跳ねさせながら、時間を掛けて覚悟を決める。やがてモンスターの波に飛び込んでいき、虐殺を開始した。
彼の動きは、オッタルやアレンほど派手なものではない。しかしとにかく格好良くて、スタイリッシュで、何よりトリッキーだった。
ヘグニが生み出した、『影なる剣』。当然だが、これの実態は剣などではない。故に変幻自在だ。時に鎌みたく振い、時に鎖鎌のように扱い、時に両方を合成して巨大な剣とする。とにかく彼が「格好いい」と思う動き全てを実現してくれる武器だ。
とんちきな性質から想像できないほど、実用性がある。攻撃力はそれなりに高いし、やろうと思えば振っている途中で変形させ、防御の裏を掻くことだってできた。主武器であるヴィクティム・アビスも大概特殊な剣だが、『影なる剣』は対処が難しいという意味において比類ない。
「なにあれ! すっごーい! 誰だろ?」
「分かんねえ。でも、多分カゲカゲの実だぜ!」
「冒険者ってあんな戦い方もできるのか!」
賞賛の声に、だんだん気持ちよくなってくるヘグニ。
注目されているのは自分ではなく鎧であり、カゲカゲの実。その事実が、彼のプレッシャーを和らげていた。
元々、自分がカゲカゲの実を持っている事は公言したかったのだ。その上で、自分自身が注目はされたくないという矛盾する形で。結果、編み出されたのが
ただまあ、この程度の戦場で性能を発揮しきれる訳がなく。ましてや範囲攻撃持ちの味方が大量に居るため、ヘグニがそう派手なことをする必要も無かった。
ただ、余裕がある状況ならば、へまをする者もいるわけで。
「うわああ!」
「くそっ! くそっ! くそっ!」
調子に乗った者が、こうなるわけだ。
「むぅ……」
ヘグニは思わずうなる。
この作戦は、第一に市民の安全が前提だ。いくら格好をつけたいからと言って、その前提を崩されては困る。ましてや数だけで考えれば多勢に無勢な状況、たった一カ所崩れることが全体の崩壊に繋がりかねない。
彼はすぐさま戦場に割り込み、冒険者の近場にいるモンスターを掃討した後、地面に手を置いた。
「
無数の影が地面から生え、数十というモンスターを一瞬で滅ぼす。ヘグニの数少ない範囲攻撃だ。
「す、すまねえ。……あんたもしかして、
「はわわ……」
一瞬で正体を見破られてしまう。思わずテンパった。
声には応えず、さらに別の技を発動。
小さな蝙蝠に吊されて怪我人が運ばれたのは、バベル正面に構える対策本部である。ここは要救護者を集めながらも、最大の圧力を受け止めるべく立てられた。
「アミッド様ー、また運ばれてきましたー」
「分かりました。そこに並べてください」
蝙蝠に運搬された怪我人は、ディアンケヒト・ファミリアの団員に渡される。その後、蝙蝠はすぐに飛んで行ってしまった。
「あれって、誰の能力ですかね?」
「詮索はしない、そういうルールですよ。少なくとも表面上は」
誰も彼も大手を振って能力をぶっ放しているので、本当にただの名目でしかなくなってはいるが。中には大真面目に遵守している者もいるので、踏み込んではいけない。
「む……この方は腕がちぎれていますね。近くにありますか?」
「蝙蝠が腕の方も持ってきてくれましたよ」
「どうやら分かっている方が運んでくださったようですね」
四肢の欠損でも、早い段階なら割と繋がる。以前は神経接続までは運任せな所があったが、アミッドが能力を得てからは、失敗したことはなかった。
「ROOM」
彼女を中心に円形の、術者にしか見えない領域が展開される。要救護者を十分に納め、怪我の治療を開始した。
人体を際に至るまで観察し、肉、血管、神経、皮膚、全てをつなげる。それだけでは剥がれてしまうため、さらに能力で縫い止めた。見えないはずの部位を観察することも、物理的に触れられない位置を操作する事も。なんと便利なものだろう。それは同時に、自分が今まで行ってきた治療が、どれだけ雑で杜撰で力任せだったかを自覚させた。
アミッドの完全治癒魔法『ディア・フラーテル』は長文魔法だ。発動まで時間が掛かり、
手術と全癒魔法の両輪は、アミッドの能力を二段も三段も上げてくれた。
ただ今回に限って言えば、魔法を披露する機会はない。
「手術、完了しました。ヘイズさん、お願いします」
「了解ですよ」
待機していたヘイズは、綿毛のようなものを怪我人に投げる。綿毛が触れた瞬間、怪我がたちどころに治り、荒かった呼吸も元に戻った。
ヘイズ・ベルベット、チユチユの実の治癒人間。あらゆる怪我をたちどころに治せる、快癒という一点に限って言えばアミッド以上のスペシャリスト。間違いなく、後方支援におけるフレイヤ・ファミリアの切り札だ。
いくらここに、各ファミリアから医療のスペシャリスト派遣を求めたとはいえ、彼女ほどの者を借りられたのは幸運と言うしかない。よくフレイヤが許可してくれたものだ、とアミッドは思う。もしかしたら、ただの示威かもしれないが。
そして、切り札がもう一人。
アミッドとヘイズが完全支援型なら、彼女は戦う治癒師と言えた。
「ナァーザさん、また来やがりましたよ。お願いしますね」
「また……?」
うんざりといった様子で、ナァーザ・エリスイス。正面からか、攻勢に負けて逃げ惑う冒険者が走って逃げてきた。
ここは言うまでも無く、今作戦の最重要拠点である。にもかかわらず、有力な冒険者は各地に分散し、本部正面を守るのは十数人のLv.1と若干名のLv.2のみだ。
それほどに人が足りないのか。この問いに対する答えは、正解とも不正解とも言える。確かにバベル正面のみとはいえ、あまりに膨大なモンスターを押さえ込むには冒険者が足りない。しかし、本部を手薄にしなければならないほど枯渇してもいなかった。
ならば、理由は簡単。下級冒険者20名程度でも、余裕で守れる存在がいる。
「
ナァーザの体が、義手ごと森になる。
森は地面を粉砕しながら敵へ向けて成長し、突き刺し、すり潰し、毒を撒き、あらゆる死の形を体現した。仮に襲ってくるモンスターの数が千でも万でも、結果は変わらなかっただろう。それだけの殲滅力を、ナァーザは有している。
彼女こそオラリオで最初に発見された
植物人間にして、体からあらゆる植物性自然物を生成できる。それがナァーザが鍛え上げた能力の形だ。しかも、
「さっすがナァーザさん!」
「いつもお世話になってます!」
「ん……
店の宣伝も忘れず、手を振り替えした。ここにいる冒険者は、ナァーザの介護が前提の者ばかりなのだ。それこそ殲滅だけなら、彼女だけで事足りるのだから。
かつて、モンスターに負けて生きたまま体を喰われ、深いトラウマを背負った少女。しかし無敵かつ不死身の体を手に入れた後は、克服すべく努力を続けた。その結果、モンスターを見ただけで気絶しかねなかった状態から、見事復活を果たす。今では平気で殺せるくらいにまで戻っていた。
「相変わらずクソ強いですね」
「ん、まあね……」
「お疲れ様です」
「…………」
「あの……」
ただし、ディアンケヒト・ファミリアに対して塩対応なのは相変わらず。
確かにナァーザの義手、
値段設定といい、わざわざミアハ・ファミリアが分裂するような広め方といい、商売敵を凋落させようという意図がないわけがない。ましてやディアンケヒトは、そういう事をする神なのだ。
ナァーザもトラウマを克服し、多少は丸くなっている。いちいち噛みつくのではなく、徹底無視を貫こうとする程度には。
彼女の対応に、アミッドがしょげるのもいつものことである。ヘイズはひっそり、いい加減諦めればいいのにと思っていた。ナァーザのそれはただの八つ当たりで、正当性のない怒り。かといって、アミッドがしつこくてうんざりする気持ちは分かる。どっちもどっちだ。
「それにしても、うるさいですねえ……」
本部すぐ隣の戦場は、ずっとどっかんどっかん音が鳴り続けていた。
本部正面、つまりここ以外は街の破壊を最小限にしなければいけないというルールがある。という事は、あれだけ派手に音を立てていても、破壊はそう派手なものではないはずだ。まあ、本当に自重できていればの話だが。中にはできない奴もいる。
「もうちょっと落ち着いていただきたいんですけどね」
ぼやきながら、ヘイズはそこで戦っている者の名前を思い出す。そう、確かヒュアキントスだった。
市街地のような障害物の多い場所は、ヒュアキントスの最も得意とする戦場。その場にある全てを足場として、一瞬たりとて停止せず、高速移動を続けた。
ヒュアキントス・クリオ。以前は凡百のLv.3でしかなかったその名も、今はそれなりに有名である。とりわけオラリオ第二位の速度を持つ者として広く知られていた。
全身バネ人間となったヒュアキントスは、加速力に優れていた。確かに、最速と名高いアレン・フローメルに比べれば、トップスピードや旋回能力で劣る。同時に彼にはない利点も無数にあり、その一つが慣性を超えた動きだった。
「な、なんて動きだ」
「あれが
「能力を使いこなすってこう言うことなのか……」
アレンにも不可能な事、それは最高速度に乗った状態での急激な方向転換だ。いくら彼でも慣性は無視できず、曲がるときは段階を踏むしかない。
しかし、バネバネの実であればそれが可能だった。いや、むしろ跳ねる際により加速して動くことすら可能である。
ヒュアキントスはLv.4なのに対し、アレン・フローメルはLv.7。おまけに能力の練度も目に見えて違う。この状態で、相手の得意分野で勝てると思うほどヒュアキントスは驕っていなかった。
別に勝てないなら勝てないで仕方ない。同時に、無理をして相手の得意分野で勝つ必要も無い。今の自分にはオンリーワンがあるのだから、それを伸ばしてやればいいのだ。そうすれば自動的にナンバーワンとなる。
(ふん、やはりはせいぜいが中層上部のモンスターか。これではアポロン様に捧げる勝利にもならないな)
ヒュアキントスは攻撃面でも、一歩踏み込んだ使い方をしている。
筋肉だけを強力なバネにしたのだ。筋肉は通常、縮む動きしかしない。収縮と弛緩が絡み合って連動し、人体とは運用されるのだ。しかしここに、伸びる動きをプラスすれば――しかも、縮む動きよりも遙かに強力なものを――通常の十数倍という驚異的な威力が出る事を発見した。
まだまだ甘いとこはある。無駄な動きが多いし、戦術だってなっていない。速度に合わせて攻撃をジャストミートするのだって、成功率はさほど高くないし。しかし単純なスペックで考えた場合、Lv.4に上がりたてでしかない彼が、速度と攻撃力に限りLv.6に片足を突っ込んだものがった。
「まだまだ足りん」
反面、長所を生かすという方向は、アレンとの性能差を浮き彫りにするものでもあり。いつまで経っても
「お前達程度では、我が糧足りえん!」
「なァに格好つけてんだよ」
横から口を挟まれて。
忌々しく視線を向けると、そこにいたのは冒険者ではなく、空気で作られた大きな獅子の首だった。
獅子はモンスターを平らげながら直進、口を閉じたところで空気に戻り、竜巻を作った。竜巻は巻き込んだモンスターを粉みじんに粉砕し、やがて収まる。
獅子の首が来た方を辿ってみれば、そこには子供ほどしかない小さな人影が空に浮いていた。ヒュアキントスは、思わず舌打ちをする。
「ヘルメス・ファミリアの生意気な
「ご挨拶だな。【金獅子】って呼べよ」
「誰が呼ぶか! ふざけるな!」
【金獅子】ポック。生意気にも映画版ボスの能力を得た小僧。恥知らずにもランクアップの際に“金獅子のシキ”の二つ名を要求し、勝ち取った男だ。
正直、めちゃくちゃ羨ましかった。能力も、金獅子という二つ名も。だからこそ、憎まれ口を叩いてしまう。
「ふん、貴様如きが原作を踏襲するなど、おこがましいにも程がある」
「聞き飽きたねえ、その手の嫉妬」
「断じて嫉妬などではない。純然たる事実だ」
「ほーん、じゃあ言っても響かないわけだ。例えば、お前は所詮
ぎりぎりぎりぎりぎりぎり……ヒュアキントスが、歯が割れんばかりに歯ぎしりをする。上位冒険者同士の争いに巻き込まれたくない者たちは、若干距離を置き始めた。
原作再現、それは原作に登場した能力を持つ者ならば、一度ならず考えるものだ。大抵の場合はある程度成功し、ある程度失敗し……それで妥協する。原作キャラクターほどの力は得られないというのを抜いても、そもそも別の人間なのだ。強くなれる方向に違いがある。
しかしポックは違った。武器を双剣に持ち替えて、技も金獅子のシキのものを追求。一時期は両足を切り落として剣に換えようとし、同ファミリアの者に止められたというのだから驚きだ。力だって、金獅子の名にふさわしくなるため、今も普通以上の成長速度を維持しているのだとか。
つまり彼の煽りは、お前は所詮その程度の思いなのだという嘲笑も含まれているのだ。
「ふん、悔しくなどない。その程度の事に一喜一憂するほど幼くないのだ」
言葉とは正反対の表情をしているヒュアキントスに、ポックはにやにや顔のまま言った。
「それ絶対嘘じゃん。お前が、自分の能力が噛ませキャラだと知って、ホームの前でむせび泣いてたの有名だぞ」
「そんな事実はない!」
「どう考えたってごまかしようがないだろ」
あのときは我を失っており、団員総出で取り押さえられたという黒歴史がある。忘れたい過去の一つだ。
「その後にドレスローザ編でベラミーが株をむちゃくちゃ上げて、喜びのあまりバベルに張り付いて吠えたのも有名だけどな」
「だからそんな事実はないと言っている!」
「あーやだやだ。変に気取ってる奴はこれだから」
そんな風に舐め腐り肩をすくめる姿も気に入らない。
ここが戦場でなければ叩きのめしてやっているものを。殺気の籠もった目で睨むと、ポックもまた、挑戦的な視線を返した。つまり、彼も似たような事を考えていたのだ。スカした野郎の顔面を潰したい、いつでも受けて立つ。
険悪な雰囲気を漂わせようと、ここは未だ戦場。モンスターは待ってくれず、次の波が押し寄せた。
もう一度にらみ合った後、先に口を開いたのはポックだった。
「……より多くのモンスターを討ち取った方が勝ち」
「いいだろう。能力を得ただけで強くなったと勘違いした
両者ともに名の知れた冒険者であり、レベル以上の実力を発揮する。それこそ挟まれて凍ったように動かない周囲を無視しながら、モンスターに躍りかかった。
しばらくはそれで何事もない、一進一退の争いだった。しかし、そもそも連携という意識すらない我の強い二人が、同じ戦場で競っているのだ。一つ欠け間違いが起きれば……。
「貴様ッ! 危ないだろうが!」
「はぁ!? お前が勝手に射線へ飛び込んできたんだろ! 自分がへぼいだけなのを人のせいにすんな!」
「なんだと!」
「なにおう!」
ちなみに、彼らは共に高いレベルで能力を扱っており、どちらが下手だとかいう事はない。普通の冒険者同士であれば、このような問題も起こらなかっただろう。
原因は、互いの能力への不理解、何より対抗心で頭に血が上っていたこと。
「的も定められないのなら下がっていろ!」
「偉そうに! 攻撃の軌道も分からず割り込んできた間抜けが!」
ひとしきり罵声を浴びせ合って、両者は同時に結論を出した。
つまり、わざわざ相手に気遣いながら戦っているから、パフォーマンスが下がるのだ。気に入らない奴だが、実力は認めざるをえない。当てるつもりの攻撃でなければ、対処は可能だろう。ならば、わざわざ間なんて開けなければいい。どうせこれは競争だ。
「後で泣き言言うんじゃねえぞ!」
「貴様こそ、打ち落とされたのを言い訳にするなよ!」
かくして、味方同士の攻撃がぶつかり合って、さらに轟音を鳴らし衝撃をまき散らす戦場ができあがる。
冒険者はLv.1と2が大半を占め、つまりこの戦場も例に漏れない。大抵の者が高ランク能力者の余波におびえる中、動じない者も少数ながらいる。
「おーおー、派手にやってんねえ」
「さすが高位冒険者様、おっかねえな」
「俺たちとは違うってかぁ」
などと言っているが、彼らの言葉から負の感情は一切感じない。どちらかと言えば軽口、ただの癖でしかないといった様子である。
にたにたと笑う三人は、いかにもと言った恰好をしていた。いかにも冒険者で、いかにも無頼漢で、いかにもうだつが上がらない。微妙に整っていない身なりに、手間をかけている様子が全くない髪。おまけに武器も三流所。一目で、長くLv.1か2で燻っているだろう事が窺える。
ただ一つ、こだわりなのか何なのか知らないが、全員が丈の長いジャケットを着用していた。
「ま、あんな上澄みの化け物どもと比べても仕方ねえ。俺たちには俺たちの分ってもんがあるんだ」
にやりと、リーダー格の男が呟く。
かつては彼らもうらぶれており、後から追い上げてくる新人を苦々しく思っていた。時には意趣返しに闇討ちなどを行ったことすらある。それでギルドから警告され、さらにうらぶれたり。悲しいのは、そんな事を繰り返しても主神から注意を受けないほど、ファミリアが弱かったことだ。しかし、今はもうそんなことはない。
なぜなら、能力を得られたのだから。
「オラァ! ぶっ飛べ!」
力任せに振られた剣が、モンスターに叩き付けられる。と、接触点から爆発が起きた。外殻を持っており、かなり防御力が高いタイプのモンスターだったが、一撃で体半分を吹き飛ばされる。
モルド・ラトローはボムボムの実を食べた爆弾人間。
能力を使いこなしていると言いがたく、出力も低い。おまけに工夫もないため、口さがない者には宝の持ち腐れだと言われたりもした。
しかし、どうでもいい。所詮は負け犬の遠吠えだ。能力を、しかも原作に登場したものを得られた時点で十分勝利。その上扱いが簡単で、モルドのように何も考えず使っても、十分に格上殺したる威力を発揮する。それに、能力の拡張を全く行っていない訳ではなく、今は試行錯誤の段階。いずれデカくなれると、彼は確信していた。
「ああクソッ、本当にこの呪術、扱いが難しいな!」
ガイル・インディア。モルドの仲間であり、所持呪術は十劃呪法。
本家七海建人のように、常に必殺の一撃をたたき込めるわけではないガイル。他の二人に比べれば、印象は一段落ちるだろう。しかしハマった時の火力は折り紙付きで、一味のメインアタッカーを務めてもいた。
彼は呪術が発動するのを
能力の性質上、大型のモンスターと戦う方が得意だった。つまり、こういう戦場は不向きである。
「お前は下がってな! ここは俺の独壇場だぜ!」
入れ替わるように前へ出たのは、スコット・オールズ。ガイルと並ぶ、モルドの相棒だ。
彼は両手にナイフを持ち、連続でそれを振るった。ただし、何にも当たらず空を切る。一件無意味な行動に見えるが、そんなわけがなく。
攻撃は巨大化し、分裂し、モンスターの群れへと降り注いだ。一発一発が数匹のモンスターを巻き込む上、攻撃力も通常のそれより上。中距離以上の制圧能力が高く、対多数には不可欠な人材であった。
『呪術廻戦』においては禪院甚壱が使っていた術式。攻撃を拡張するというシンプルだが強力なもの。三人の中では一番扱いが簡単で、最初に頭角を現した。
「さすがだぜ、スコット!」
「相変わらずモンスターの群れが相手だといい働きをするじゃねえか」
「へっ、俺の呪術と技があれば楽勝よ」
彼らが所属するオグマ・ファミリアは、万年弱小のファミリアだった。
有力な新人はやってこず、大成する者もいない。誰に名前を聞いても「知らない」と答えられるような、十把一絡げのよくあるファミリア。主神ですらも、こんな状況が一生続くだろうと思っていた。
しかし三人が、しかも全員同じパーティーに所属している者が能力を得たことにより、状況は一変。いくら長く停滞していたと言っても、Lv.2の能力者は貴重なのだ。
彼らは一躍オグマ・ファミリアのエース部隊となり、入団者もそれなりに増える。今では弱小から、中堅まであと一歩というくらいのファミリアに成長していた。
当然、神オグマの覚えもよくなり。気分が入れ替われば、自然と後ろ暗い行為もしなくなる。今では、立派にファミリアの主力を担っていた。
調子よく、そして気分よく戦っていると、前方から甲高い悲鳴のような声が聞こえた。何事か、と視線をやる。そちら側からは、ゴブリンやコボルトとは体格からして圧倒的に違うモンスターが迫っていた。
「ひぃ……!」
「な、なんだあれ!」
モルド達の近くで戦っていた冒険者が、小さく声を吐く。ここにはLv.2が三人もいるということで、他のメンツは全員Lv.1でしかない。しかも、彼らのキャリアがそれなりに長いと言うことで、新米すらいる。
モンスターが近づいてきて輪郭がはっきりすると、
「おいおい、ありゃ何だ? ラミアか?」
「いや、額に宝石がある。
「中層でも最下層にいるような化け物かい。どうする? 救援を求めるか?」
言葉とは裏腹に、全然弱気さがないスコットの言葉に、モルドとガイルは同時に笑った。
「馬鹿言えよ。俺たちゃもう、安定してラミアを狩れるんだぜ?」
「しかも
「へへっ……だよな。よし、いっちょ
彼らは自然とフォーメーションを取っていた。モルドが前に、ガイルとスコットが後ろに。対強敵、大型モンスターと戦う時の常套手段。
「スコット! 俺が前に出たら額を狙って、『ヴィーヴルの涙』をえぐり取れ!」
「いいのかよ」
「構やしねえ! 凶暴化すれば、体がさらに一回りデカくなるって話だ! そっちの方が
「モルド、無理するなよ!」
「おめぇがとっとと始末すりゃ、苦労って程の事もねえよ!」
叫びながら、モルドは前に、ガイルとスコットは左右に飛ぶ。
竜というよりは爬虫類の化け物と行った見た目の
「チィッ、これで互角かよ! さすがは中層下部の稀少種だな!」
足が地面にめり込むような衝撃を味わいながらも、なんとか引かずに踏ん張る。
押し切れはしなかったが、
モルドは火力に優れているが、一番の長所は連続して息切れ無く爆発を起こせる事だ。また、全身どこからでも出せ、しかも爆発の影響は自分に及ばないという性質がある。つまり、実は攻撃力と同じくらい防御力も高いのだ。
「確かに強ぇけど、それでモルドの防御を貫けるかよ!」
その間に、スコットが蜂の一刺し。攻撃は巨大化こそしなかったが、代わりに六つに分かれ、正確に額の紅石をえぐり取った。
フォーメーションにおけるスコットの役割は牽制。モルドが相手の意識を引いてくれている間、彼はとにかく動きの邪魔をするのだ。
大きなダメージにこそならないが、好きなように動かさせない。何割かの攻撃が、形になる前に潰される。そういったプレッシャーが与える苛立ちは、理性がないからこそ立ち直れるものではない。
このために、武器を短剣両手持ちに変えたのだ。火力リソースならモルドとガイルで十分。ならば、一味で唯一中距離範囲攻撃が可能な自分こそが、やり方を変える。
これはタンク役のモルドを支援するためというよりは、モンスターを釘付けにするのが目的だった。
モンスターが動かなければ動かないほど、ガイルの命中率は高くなる。
「おいしいところ……いただきっ!」
気配を消して回り込んでいたガイルが、
万事作戦通り。巨大な剣が、大上段からモンスターに叩き付けられる。そして、斬ったというよりは浸食したような様子で、いとも容易く
「入ったぜ……
巨体がずるりと崩れ、石畳に倒れ込む。が、それを見届けるまでもなく、崩壊した体がモンスターの死を教えていた。
「お……おおおお! あいつらやりやがった!」
「すげえ! さすがオグマ・ファミリアの三本柱!」
周囲の賞賛に、鼻高々となっている三人。やはり称えられるのは気持ちがいい。モルドは顔がにやけるのを隠しきれないまま、二人に言った。
「まだ終わってねえぜ」
「あん?」
「何がだよ」
「忘れたのか? 俺たちゃ『ヴィーヴルの涙』を抉ったんだぜ?」
はっとして、二人は地面を捜した。戦闘の余波で壊されていなければ、近くに転がっているはず。
「見つけた!」
発見はすぐで、幸いにも無傷で転がっていた。じわじわと黒いもやのようなものが上っている。
「残れ! 残れ! 残れ!」
「頼むぞ! せっかく
「神様女神様オグマ様ぁ!」
三人で紅石を囲み、必死になって祈る。
やがて。
塵となって消えたのは宝石に付着していた肉片だけで、『ヴィーヴルの涙』はしっかりと残っていた。
「っっっしゃあああぁぁぁー! ドロップ成功だ!」
「やった! やったぞぉチクショー!」
「マジかよ……マジかよぉ! これで俺たちも大金持ちだぜ!」
『ヴィーヴルの涙』は、数ある宝石系ドロップ品の中でも最高峰の値が付く。それこそ冒険者が一度は夢見る『成功の証』であった。それが今、手元にある。誰かの所有物をかすめ取るなどというせこい真似ではなく、自分たちで冒険して勝ち取って。
「どうする!? とりあえず武器防具全部買い換えだよな!?」
「ホームも建て替えてやろうぜ! 今の所じゃ、『ヴィーヴルの涙』を得たような冒険者が所属するのにふさわしくねえ!」
「俺たちが……こんな……こんな……! うっ、ううっ……冒険者辞めなくてよかった……!」
モルドが混乱し、ガイルは気が大きくなって大盤振る舞いをしようと考え、スコットなど感極まって泣き始めていた。人生、諦めなければこんな機会も巡ってくる。初めてそう思えた。
が、ここでずっと喜びを噛みしめている訳にもいかない。未だ戦いは終わっていないのだ。スコットがぐすぐすと鼻をすすりながら言った。
「嬉しいけどよぉ……全部後に取っておこうぜ。まだ何も終わっちゃいねえんだ。ここで下手こいて、成果にケチがついてもつまらねえ」
「ああ、そうだな。それじゃあよ、『ヴィーヴルの涙』はお前が持っててくれ」
「いいのか?」
「当然だ。お前は基本、前に出ねえし、今だって一番冷静だったんだ。だよな、ガイル」
「俺も文句ねえ。というか、最初からそんなもん出るわけもない。俺たちはいつだって一蓮托生、だろ?」
「お前ら……」
今度は、別の意味で涙が溢れてきた。スコットが目元を拭って拳を突き出すと、二人もそれに合わせる。
「分かった、責任もって預かるぜ。これからの事は全部終わった後で」
「ああ、終わった後で」
「終わった後で」
突き出していた拳を合わせ、すぐに前を向く。勢いこそ衰え始めているが、それでもモンスターの進軍は続いていた。
約束された栄光に夢を馳ながら、三人が並んで得物を振るう。
オグマ・ファミリアの小さな躍進は、この日に少しだけ加速した。