謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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エピソード0 パーティー・パーティー・パーティー

 いつも通り、不定期でほとんど趣味な行商をしていると。丁度オラリオに入った直後くらいのところで、門が固く閉じられてしまった。

 何事かと、すっかりなじみとなった衛兵に聞いてみると、どうもオラリオで祭りが開催されるらしい。

 といっても一般的な、誰もが想像する祭りではない。なんでも冒険者がモンスターを討伐する姿を観賞するものだという。

 安全性はどうなのか、という疑問を投げかける。と、確かに地上進出の怪物の宴(モンスターパーティ)としては大規模だと予測されるが、質は低い。概ね危険はないとされているが、見物はあくまで自己責任の志願制である。怪物の宴(モンスターパーティ)怪物の宴(モンスターパーティ)なので、万が一にも逃がさないようにオラリオを閉鎖すのだ。という答えが返ってきた。

 正直、間が悪かったなと言う多少の恐怖はある。未だに戦国時代か幕末の京都かという治安である、暴力的なこの世界には慣れないのだ。ただ、興業にしているのだから安全対策はしているのだろう。していると思いたい。でもオラリオだしなあ、世界的に類を見ない修羅の国だし。いや、今は少しマシになっているのか。

 まあどれだけ悩んだところで、いきなり消えれば不自然なため、待つしかないと結論を出す。それに、いざとなったら自分の身を守ることくらいはできる。という訳で、いっそのこと見物をすることにした。

 とりあえずちゃちゃっと仕事を終わらせることにする。

 行商でもそれなりに稼いでいるため(まあ元手がほぼゼロなのだから当然だ)、最近では馬四頭引きの大型荷駄を使っている。だいたい以前の六杯くらい荷物が載るのだ。

 といっても五割ほどはロキ・ファミリアに納めるものである。

 あそこはエルフが多いため、安定した供給が重要だ。こちらとしても払いがいいからありがたい。在庫をさばくのに四苦八苦しなくていいし、金も稼げる。いざとなったら自分で作れるが、綺麗な金の方が安全ではあるだろう。

 というわけで早速えっちらおっちらロキ・ファミリアに向かうと、珍しくロキが出迎えてくれた(茶飲み友達が実は主神だと知った時は驚いた)。

 

「ええタイミングで来たなあ、ユースケ!」

「やっほ、おひさ」

 

 普段は門番に話を通し、その後ロキの元へ案内されるという流れだった。

 彼女はずいぶんと気安く(まあ、堅苦しい神こそ見たことないのだが)、肩に腕を回してくる。

 

「当然、お祭り見てくんやろ?」

「うん。どうせ出られないし」

「せやったらウチがええとこ案内したるわ! さすがにホームん中では無理やけど、一等地用意したる!」

「ありがたいけど、ええんか?」

 

 正直、彼女にはとても世話になっている。そもそも百人を優に超える大規模ファミリアに、定期的な品物の納入をできるだけで、商人としてはかなりの勝ち組だ。なぜここまで気に入られているか分からない。

 

「ええねんええねん。うちの眷属()の勇姿を見て貰いたいしな。むっちゃ恰好ええで。実のところ、自慢したいんや」

「ならお世話になろうかな」

 

 見るだけなら、なんかいい感じの道具を作ればいいし、ついでだから全域を録画するつもりでもいた。ただ、こういうのはやはり、肉眼で見られると迫力が違う。気がする。

 断る理由もなし、素直に受け取ることにした。

 

「じゃあ、残りの商品を売りに行くよ」

「ちょい待ち、今回はそっちも全部買いたいんやけど」

「え? 別にいいけど、なして?」

 

 彼の扱う商品は、概ね「高品質だがニッチ」である。特定の種族、地方出身者なら欲しいが、遠方や人種が混在する都市だと手に入りにくい。そんなものばかり。

 つまるところ、買い占めるのにあまり価値のない商品だ。

 

「うちの調理場で試してみたいんやって。来たら買っといてー言われたわ」

「ふうん。エルフ向け商品を抜くと、だいたい極東人向けだけどいい?」

「全然ええよ。極東はご飯がうまい事で有名やからな。実はウチも一度試してみたかったんや。ちなみにどんなもんがあるん?」

「概ね長期保存ができる調味料と食材だよ。オラリオでも極東人しかいないファミリアは、自分で作ってたりする。ただ、大体が発酵食品で、作るのに手間と時間がかかるんだ。だから面倒くさがりな人が求めたりする。味噌醤油は元より、珍しいものだと酢とか」

「酢て。そこらで気軽に買えるやろ」

「極東の酢は米酢なんだよ。こっちだとワインビネガーとかモルトビネガーになるでしょ。味わいが違うんだって」

「ほーん。難しいなあ」

 

 はっきり言って、酢の種類でどれだけ味が違うかなど、彼だって分からない。基本的に馬鹿舌なのだ。

 荷駄の中身が運ばれていくのを見届けていると、ロキが下心満載の笑みで寄ってくる。

 

「んで、今回のお土産は何や?」

「ちゃんとお酒用意してるよ」

「そうこなくっちゃな!」

 

 イッヒッヒ、とロキは奇妙な笑い方をしながら、無数の酒瓶を抱えた。彼女は無類の酒好きだ。

 彼は酒の味が分からない。正確に言えば、そこまでこだわりがない。何なら、酔えれば全部一緒じゃね、くらいに思っている。善し悪しが分からないので、流れついでに見た酒を複製し、不純物を抜いたもの(毒物対処のため)を渡していた。これが結構喜ばれているのだ。

 ロキはひとしきり頬ずりを済ませると、それも団員に渡す。

 

「ま、仕事はこのへんで終わりにして。立ち話もなんやし、お茶しにいこか!」

「行こう行こう」

 

 ただまあ、結果を言えば。こうして気が合うから付き合いが続いているのだろうと思う。

 そうして数日を過ごし、モンスターの進軍が始まって。なるほど、確かに壮観だな、と彼は思った。

 ロキに用意して貰えたのは、バベル西に貫く大通りの一室。ロキ・ファミリアでも主力の一つが担当している部分らしい。双眼鏡を覗くと、緑髪のエルフと小人族(パルゥム)が話し込んでいるのが見えた。

 確かにとてもいい立地だ。冒険者の戦いを見物するのが主旨の祭りにおいて、この上ない。心の中でロキに感謝しつつ、お礼の品をリストアップする。

 緊急の防護柵がつけられたベランダで考え込んでいると、にわかに騒がしくなった。どうやら怪物の宴(モンスターパーティ)とやらが始まったらしい。時刻を確認すると、予想時刻とほとんどずれがない。このあたりは、さすが迷宮都市と言ったところだ。モンスターが無限に湧き出る穴を千年封じてきた経験は伊達ではない。

 戦いは――一言で言って、鮮烈だった。

 

「こりゃ凄いな」

 

 感覚としては、アクション映画を見ているのに近い。それも、大きな映画館で3Dのやつをだ。直視ならではの臨場感もある。

 ただし、こちらは現実。リアルにしかない迫力がひしひしと伝わってくる。

 

(なるほどねえ)

 

 これは一般人が見たがるのも納得だ。安全ならという前提はあるが、飛び抜けた娯楽である。それこそ似たような娯楽に慣れた彼ですら面白いと思うのだから、この世界の人間にとっては、唯一無二ですらあるだろう。

 それに、彼がばらまいた能力が運用されている姿も楽しい。

 漫画の中の能力が現実で活躍するなど、この世界の人間以上に絵空事だと思っていた。漫画の中そのままの技が、自己流に発展させた能力が、オリジナルの能力を試行錯誤したであろうものが、眼下で存分に披露されている。

 ここまでのものを見せられれば、感じ入るものがないわけない。

 

(ふーむ……)

 

 冒険者の活躍を見ているうちに、彼はふと思いついた。

 基本的に面倒くさいのは嫌いだが、しかしごく稀に、面倒くさくても凝りたくなる時がある。どうせ何をしたって趣味の域を出ないのだから、全てがやる気一つだ。

 前に廃案した、トレーディングカードゲーム。出せば確実に少なくない人数が地獄を見るからと廃案したが。ここからゲームの要素を抜けば、出してもいいのではないだろうか。幸運なのかどうかは分からないが、有名冒険者の似顔絵を発売するといった形で、下地はここにもある。

 まあ、それを勝手にやっていいのかどうかは分からない。ましてや肖像権がどうのという問題だって出てくるかもしれないのだ。まあその時は、出すだけ出して全力でばっくれよう。

 いくら精巧なものを出せるとは言え、既存のパイがあるのだ。そのまま出しても面白みがないし、第一ウケても微妙な所だろう。独自の色を出して、その上で受け入れられるようにして。考える事はいくらでもあった。幸いにして、参考にできるものはいくらでもある。

 

「これは暫く忙しくなりそうだな」

 

 気分よく鼻歌など歌いながら、とりあえず彼は、頭の中で企画書を作り始めた。

 

 

 

 

 

「うあああぁぁぁ……」

 

 アリーゼ・ローヴェルは泣いていた。それはもうギャン泣きだった。子供でもここまでみっともなく泣かないだろう、と思うほどに。

 

「ううっ。ぐず……ぐずず……ずびっ」

 

 垂らした鼻水を拭きもせず、クッションに頭を埋めている。近くにいるアストレア・ファミリアの面々は彼女を気の毒に思いながらも、決して触れようとはしなかった。近づきたくない、とも言う。

 そんな彼女の背中をさすっているのは、()()()を押しつけられたリューだ。彼女も彼女で嫌そうな顔をしているが、それでも相手しているあたり、面倒見がいい。

 

「アリーゼ、いい加減気を取り直して欲しい。輝夜とライラがあなたの分まで仕事をして、大変な目に遭っているのですよ」

「だってぇ……」

 

 諫めるが、どうしても子供のように駄々をこねられてしまう。もう数日、ずっとこの調子だ。

 エルソスの遺跡から帰ってきたのは、およそ一週間ほど前の事。情報を纏めてギルドに提出して協議を始め……とめまぐるしい日々が始まる。それが一段落もしないうちに、爆弾は投下された。

 出所は相変わらず謎のファミリア。ここが、妙なカードをばらまき始めたのだ。

 言ってみれば著名な冒険者(もとい一般人に受けがよさそうな、概ね見目麗しい冒険者)のキャラカード。ただし、クオリティは段というか桁が三つ四つ違う。用紙だけとっても、どんな素材でできているのか、つるつるして耐久性が高そうなものである。今までとは違って、オラリオ限定(ローカル)だという点もファン心をくすぐった。

 表には冒険者の美麗なイラストが載っており、裏面には統一感のある模様と、中央には所属ファミリアのエンブレム。

 キャラカードが発売されるというのは、冒険者にとって一つのステータスだ。強くなる事と人気になれる事は、必ずしもイコールではない。あまりいい表現とは言えないが、冒険者の重要な収入源(シノギ)の一つである。ランクは低いが顔は言い者にとっては特に。

 普段ならアリーゼは、そしてリューはさして気にしていない。推奨はしないが止めもしない、自分たちの分を作るなら必要分は支払ってね。その程度だ。

 しかし、今回は話が違う。

 謎のファミリア製。もうそれだけで価値が何十倍だ。ぱっと見ただけで出来が違う。

 アリーゼとて、なんだかんだ自分のキャラカードは集めているのだ。金が欲しいわけではない、という彼女であっても人気は気にするもの。そのバロメーターであるキャラカードがなくていいとは、口が裂けても言えないのだ。

 

「なのに、なのに……」

 

 ふるふると体を震わせながら、ばっとクッションから顔を上げる。そして、渾身の力で叫んだ。

 

「なんで私のキャラカードがないのよぉぉぉ!」

 

 謎のファミリアに、キャラカードの人選から除外(ハブ)られた。それが泣きわめいている原因だった。

 

「アリーゼだけではありませんよ。今回、アストレア・ファミリアの分は誰一人として発表されていません」

「ぐうぅぅ、ずるい、ずるいぃ……」

「私だって悔しいのだ! いい加減泣き止みなさい! 怒りますよ!」

「もう怒ってるうぅぅ」

 

 また子供みたいに泣き出すアリーゼ。ソファーの上で、ばたばたと足を暴れさせた。

 いい加減ぶっ飛ばしてもいいのではないかと考えたリューだが、他の団員の手前、なんとか堪える。反射的に握っていた拳から、なんとか力を抜いた。

 

「だって、他はともかく、私とライラは能力者だよ? 能力者中心にカードを出してるのに、なんで私達のがないのよぉ」

「何度も言いましたが、謎のファミリアはこの前の怪物の宴(モンスターパーティ)を参考にしたからではないかというのが有力な説です。当然の話ですね、戦闘力のない者がダンジョンに入れるわけないのですから」

「なんで私達はその時いなかったのよぉ」

「オラリオ外冒険者依頼(クエスト)に出ていたからです」

「ふぐううぅぅぅぅ……」

 

 多少おとなしくはなったが、また子供に逆戻りしてしまう。

 こんなことなら、冒険者依頼(クエスト)を突っぱねればよかった。アルテミス・ファミリアを助けられたし、ランクアップもしたのだ。そんなことは思いたくないが、しかし止められもしない。

 

「私達が街中で大々的に訓練とかしてたら、新しく作ってくれたりしないかなあ」

「無理ではないかと。そもそも誰も、謎のファミリアの足取りをつかめていませんし」

 

 今回の件で、ギルドは相当数、謎のファミリアの関係者が訪ねてきていると判断した。そのためいろいろなファミリアに、それとなく探ってくれと言う()()()をしていたのだが。結果は完全な空振り。利益しかもたらさない謎のファミリアに強硬な手段を取れる訳もなく、何も分からないといういつもの結論に落ち着いた。

 だからまあ、謎のファミリアにアピールできるわけがないのだ。

 

「でも、連絡手段がないわけじゃないし。というか、連絡自体は割と気軽にできるし。お願いしたらなんとかしてくれないかなぁ」

「そういった要望が作品に反映された試しもありません」

 

 そう言われ、アリーゼはぐうの音も出ない。いや、ぐうの音だけを漏らしたか。

 彼女のように考える者は、少なくなかった。作り手に読者の要求を勝手に押しつけるというのは、さして珍しくない。実は密かに、アストレアも己の自伝を送っていることを、リューは知っている。

 我欲全開の要望は恐らく毎週のように届けられているし、謎のファミリアの対応は完全無視。カジュアルな動きをしている割には、お堅いファミリアだと思われている。こと創作という一点においては、僅かの妥協すら見せないファミリアだった。

 

「いつまでもそうしていられないでしょう。ほら、起きてください」

 

 リューに無理矢理体を起こされ、蒸したタオルで顔をぐりぐりと拭かれるアリーゼ。それだけで完全に戻った訳ではないが、いくらか見られる顔にはなった。

 

「ずっとホームの中でいじけてるから、余計に気分が落ち込むのです。少し散歩して、気を紛らわせますよ」

「ふぁい」

 

 完全に子供という幼児扱いで、アリーゼはリューに手を引かれ、ホームの外に出る。

 

「うっ」

 

 が、リューは外に出て、早速後悔することになった。

 世間は未だ、怪物の宴(モンスターパーティ)の熱が冷め切っていない。あちらこちらその話題で持ちきりなのも当然で、まだ一月程度しか経っていないのだ。特に見物のいい場所を取れた者は、誰それの勇姿を我が事のように語っている。

 そしてもう一つの話題は、当然冒険者カードについて。

 冒険者カードは、制作者が無償で配っているからだろう、店ごとに結構な値段のばらつきがある。が、飛び抜けて高価な所というのはあまりなく。一般的な家庭が複数枚求めるのに躊躇がない程度の値段だった。つまり、大抵の者が持っている。

 皆が皆、それぞれ得られたカードを自慢し合っている。中ではカードの交換を行っている者もおり、さすがは今のオラリオで一番ホットな話題と行った様相である。

 そして。

 幾人かが第一級冒険者として有名なアリーゼとリューを見て、気まずそうに視線を逸らした。怪物の宴(モンスターパーティ)に参加できなかったため、カード化して貰えなかったことは、それなりに知られているらしい。

 彼らはまだマシだ。何も事情を知らない子供のように、「お姉ちゃん達のカードどこで手に入る?」などと無邪気に聞いてくる事はないのだから。

 アリーゼの目は死んだ。リューの目も死んだ。

 人生で一度も感じたことがないほどの疎外感である。

 なんだかいきなり別世界に放り込まれた気分を味わっていると、

 

「あ……」

 

 通りがかりの美少女が、こちらを見て小さく声を上げた。

 

「アリーゼ、リュー……久しぶり」

「ええ、久しぶりです」

「アイズちゃん、また大きくなったねー」

「うん。成長期だから」

 

 胸元にジャガ丸くんの大入り袋を抱えているのは、ロキ・ファミリアの次期幹部候補でもあるアイズ・ヴァレンシュタイン。

 少し前までは、まだまだ子供という見た目だったのに。今ではすっかり女にさしかかっている。背も大きくなり、もう頭半分も差がなかった。アリーゼなど、感慨深いなあとでも言いたげな、近所のおばちゃんじみた視線を向けていた。

 ただ、服装はもうちょっとどうにかならないのかと思う。未だ少女時代を引きずっているのかなんというか、その……露出度が高いのだ。

 手足は大胆にさらけ出し、背中も大きく開いている。下手したら服より肌面積の方が広いのではないだろうか。なんだか矛盾する表現だが、清楚なアマゾネス、そんな言い方が似合う。リューの感覚で言えば、完全にアウトだ。

 ちなみに彼女の恰好には、ファミリア内外問わず、いろんなエルフが苦言を呈していた。その中にはもちろんリューもいる。が、今の所改善の兆しは見えない。

 

「元気ないね……どうしたの?」

「ああ、うん。ちょっとね」

 

 言いづらくあるし、言いたくなくもある。そのため、ごにょごにょと言葉を濁した。

 彼女はよく分かっていないという様子だったが、とりあえずといった様子で、ジャガ丸くんを差し出してきた。せっかくの好意なので、受け取って食べる。

 

「いや、ずいぶんと爽やかなジャガ丸くんですね」

「私の方はとってもジューシーだわ」

「リューのはミックスハーブ。アリーゼには、最近出た挽肉とタマネギをよく混ぜたやつ」

「へえ。ホームで作れないでしょうか」

「おいしいけど……これってジャガ丸くんって言っていいのかな」

 

 ジャガイモの揚げ物だからジャガ丸くんだと思うのだが。ジャガ丸くんが入っていなくても、同名でいいのかは悩むところだ。アリーゼの個人的な感想としては、全く別の料理である。

 

「元気出た?」

「うん、少しね」

「お腹がすいていると、気がささくれ立つものなのでしょうか」

 

 多少気分が戻ったのを感じる。まあ、いきなり泣き叫ばない程度には。

 ただ、それで自分を取り巻くあれこれが気にならなくなる訳でもなく。一度周囲に意識を移してしまえば、やはりため息が出た。

 ジャガ丸くんを食べきったアイズは、紙袋をくしゃくしゃと丸め、その辺のくずかご入れに放る。前時代(暗黒期前)と比べ極端に人通りが多くなったここは、道の至る所にゴミ箱があった。税収が大幅に上がっているため、ギルドもこういった細かな公共事業に金を出せるようになったのだ。

 

「もしかしてこれ?」

 

 アイズがポケットから、一枚のカードを取り出す。そこには、彼女が見たことのない装いで描かれていた。間違いなく謎のファミリアが作ったカードだ。復活しかけていた気分が一気にしおれる。

 アイズがうっすらと、そしてにんまりと笑った気がした。

 あっ。リューとアリーゼは思う。これは失敗した。

 彼女は思慮深いとは言えないが、控えめで善良な少女だ。そう、まだ少女でしかない。重要な部分で人をさげすむような事はしないが、稚気はある。つまり、普通程度にからかってくる事くらいはするのだ。

 むふー、と自慢げに鼻を鳴らして、カードを顔の横に持ってくる。

 

「凄いでしょ。この衣装はね、能力持ちだと原作のキャラクターとカードに描かれてる人を折衷した姿になってるの」

 

 知ってる。だって悔しくて悔しくて仕方なく、でも無視することができずに、何度も調べたのだ。

 例えばアイズ。彼女の場合は、『白ひげ』エドワード・ニューゲートのように、上半身がほぼ裸でコートをマントのように羽織っている。ズボンにブーツ姿だが、彼女に合わせて華美にしつらえられていた。女性だからだろう、胸にはチューブトップを着ている。

 誰もが原作キャラクターをちょっとアレンジした姿だが、能力者が女性で上半身裸の場合、さらしかチューブトップを装着するようになっていた。謎のファミリア側の配慮だ。多少セクシャルには見えても、性的な魅力を前に押し出す気はないという意思が見える。

 

「もし私だったら……」

 

 一体どんなアレンジをされていたのだろう。歯噛みしながら、アリーゼは思う。

 ポートガス・D・エースは短パンと靴くらいしか着ていないが、それは決して簡素という訳ではない。むしろワンピースの中では装飾に凝っている方だ。装飾品の多さがそれを物語っている。

 あれがアリーゼ風にアレンジされたらどうかなんて、そんなの考えない訳がない。むちゃくちゃ羨ましすぎる。というかそもそも、現実(リアル)物語(フィクション)のコラボレーションからして予想外すぎだ。

 気がどうにかなりそうである。なんとか理性を振り絞って、歯を強く噛みしめるに止まった。

 そんな間にも、彼女はむふーむふーと鼻息荒く自慢を続けてくる。

 

「それにね、それにね。ここを押すと……ほら!」

 

 カードの中央付近に指が触れると、そこから立体映像が飛び出した。

 カードに描かれているままの服装で、薙刀を右手に持ち地面に突き立てながら、大きく胸を張っている。場所は崖だろうか、正面には海があり、背後は山。

 映像の中のアイズが拳を振り抜くと、天地がひっくり返った。海は荒立って巨大な津波を発生させた。さらに背後の山は崩れ、大きな岩盤が隆起する。アイズの体が地面ごとせり上がって、彼女に海と陸が、まるで生き物のように押し寄せてきた。

 たとえ第一級冒険者であろうと為す術がない脅威にしかし、彼女は欠片も動揺を見せない。薙刀にグラグラの力を込めて振るい、津波を両断。さらに振り向いて左腕を一閃、国すら飲み込む規模の津波と土砂を吹き飛ばす。

 仕上げとばかりに地面へ向けて薙刀を突き出すと、再度の天変地異。全てが崩壊し、同時に収まった大地に落ちてきたアイズが着地し、最後にポーズを取る。そこで映像は止まった。

 

「かっこいいでしょ」

 

 めちゃくちゃ誇らしげにしている顔は可愛らしいが、今は殺したいほど憎い。口の中に錆びた鉄の味が広がった。下唇を噛みすぎたらしい。

 

「知ってるもん……」

 

 アリーゼは小さく呟く。そう、これだって調べた情報の中にあった。

 カードの中央に触れれば、固有の演出がある。それはどれも二十秒たらずと短いものだが、代わりに迫力は抜群だ。というか驚くべき事に、一人一人別の演出が作られている。それぞれ能力と本人の特徴を捉えており、アイズを見れば分かる通り、本人も満足できるような出来映えだった。

 オラリオでもアニメーション作成の実験は行われているが、その結果は芳しくない。どうしたって謎のファミリアが出したものの足下にも及ばないのだ。彼のファミリアが出したものは、微に入り細に入り、非常に強いこだわりの上で作ってくれた事が分かる。

 こんなの誰だって悔しいに決まってる。実際、アリーゼの隣でおまけのような顔をしているリューも、雰囲気からへそを曲げているのが分かった。

 そして、この手の不満がアストレア・ファミリア特有の事ではないのも。

 怪物の宴(モンスターパーティ)の時を参考にしているからといって、怪物の宴(モンスターパーティ)に参加した全冒険者が作って貰えたわけではない。あくまで戦いの中でめざましい活躍を見せた冒険者のみなのだ。

 アリーゼのような不満は、実は少なくない。まあ、だからこそカード化してもらえた冒険者が自慢できているのだが。

 

「オウ、剣姫と紅の正花(スカーレット・ハーネル)に、疾風までいるじゃねえか。珍しい場所で話し込んでるな」

 

 やってきたのは……知らない顔だった。いや、覚えはある。ただ名前を知らないだけで。

 

「オグマ・ファミリアの人」

「そういう覚え方かよ。まあいいけど……」

 

 どこか不満そうだったが、巨漢の無法者(本当に見た目はそうとしか言い様がない。やけに格好つけた黒いジャケットなどなおさら)。気分を取り直して、彼はアイズの手元を見た。

 

「おっ、そりゃお前さんのカードか。実は俺もあるんだぜぇ」

「見てみたい」

 

 にまにまと、うれしさを隠しきれない顔で顎を撫でながら、男。妙にもったいぶった動きでカードを取り出す。

 そこには三人の男が描かれていた。似たような恰好をしながらも差別化された装いで、目の前の男を中心に、気取って佇んでいる。

 ――これも知っている。カードは個人のものとは別に、チームで描写されたものもあるのだ。一番有名なものは炎金の四戦士(ブリンガル)だろう。ガリバー兄弟は誰一人として能力者がいないながら、四身一体の強者然という風でカードが作られている。これの投射映像もまた格好良く、恐ろしく高度な連携が見られた。

 なぜそんなことを彼女達が知っているかと言えば、持っているからだ。有名な(つまり人気の高い)カードは一通り揃えている。

 自分の分がない。悔しい。でもそれはそれとしてカードはすごく格好いいため、欲しい。

 見たら泣くほど羨ましいくせに、めちゃくちゃ凄いので見てしまう。それで余計悔しくなって泣きわめいてしまうのだが、どうにも止められない。

 

「あの時の活躍で、俺たちも一気に有名人よ。まあ、なんつうんだ。今まで天才の後ろを見るだけだったのに、いざこういう扱いを受けると照れくせえな」

 

 男がにまにまと笑いながら、カードを再生する。

 アリーゼの口の中で、みちり、と音が鳴った。歯よりも先に歯茎が悲鳴を上げたのだ。感情に威力が籠もるとしたら、人を殺せたと思う。

 自惚れでもなんでもなく、彼よりアリーゼの方が強い。どころか、アストレア・ファミリアの大半が実力で勝るだろう。なのに、彼にはカードがあって、アリーゼにはない。この差はただ一つ、怪物の宴(モンスターパーティ)に参加できたか。本当にそれだけ。

 

「どうだよ、すげえだろ?」

「うん。私のほどじゃないけど」

「言うじゃねえか。ま、俺は他に用事があるし、これでおいとまさせて貰うわ」

「何かあるの?」

「オウ、どでかい臨時収入があってな。ゴブニュ・ファミリアに、ちょいと武器の特注を。仲間(ツレ)はもう待ってるだろうからよ」

「ん、自慢で足を止めるのはほどほどにね」

「お前、本当に言うじゃねえか……。剣姫ってこんな感じなのか……」

 

 微妙に釈然としない顔で彼は去って行ったが、その程度の事で落ち込まないで欲しい。こっちなんてもっと理不尽な目にあっているのだ。

 アイズはこちらに視線を戻し、カードを納めた。ひとしきり見せ終わったという事だろう。

 そして、優越感と憐憫の混ざった目――つまり舐め腐った視線――を向けて、ぽつりと一言。

 

「カードにしてもらえるといいね」

 

 そこで、理性の糸がブツンと音を立ててちぎれる。

 

「んあああああああああ!」

 

 いきなり涙目で叫ぶアリーゼに、アイズのみならず周囲がびくりと肩をふるわせた。

 唯一無反応だったのはリューのみ。アイズに据わった目を向け続けている。

 

「んー! んー! んーーー!!」

「ご、ごめん。からかいすぎた」

 

 アリーゼはまるで幼児のように、アイズの頭を上から平手で叩き続けた。アイズもアイズで悪いと思っているのか、抵抗はしない。混乱しながらも、頭を抱えて守るだけだ。

 

「アリーゼ、やめてください」

 

 などとリューは言っているが。止めようとする手には力が入っていない。

 それも当然で、ただのポーズだった。実際は、アイズのすねをげしげしと蹴っている。

 ひとしきり暴れた後、落ち着き……などは全然せず。アイズの頬を両側から引っ張り、思い切り宣言した。

 

「私、アリーゼ・ローヴェルは、ロキ・ファミリアに戦争遊戯(ウォーゲーム)を宣言するわ」

「ふひぇ!?」

 

 さすがにこの宣告にはアイズも驚いたらしく、アリーゼの腕をぺちぺちと叩いている。

 リューは本来止めるべきなのだが、あいにくと彼女の頭も十分ゆだっていた。むしろぶちのめすくらいに考えている。

 

「逃げるんじゃなわいよ! ばーかばーか!」

 

 今日日、そこらの子供でも言わないような捨て台詞を吐きながら。アリーゼはリューの手を引いて、逃げるように去っていた。

 これが、オラリオの歴史上、最も下らない戦争遊戯(ウォーゲーム)の発端である。

 

 

 

 

 

 観客が大勢いる中での戦争遊戯(ウォーゲーム)宣言は、後から覆すことが叶わず。結局本当に実行される事となった。

 きっかけを作ったアイズ、およびアリーゼとリューの両名は、それぞれのファミリア幹部にしこたま怒られる。まあおよそ、ここまでが当たり前すぎて語るほどでもない事と言っていいだろう。

 フィンと輝夜が平身低頭謝罪し合ったり、今戦争遊戯(ウォーゲーム)では何も賭けないという取り決めがされたり、それはもう上を下への大騒ぎ。ついでに、類を見ないほど遺恨の残らないクリーンな戦争遊戯(ウォーゲーム)として、大々的に宣伝して実行された。

 勝負そのものは、まあ語るような所はない。

 見所はいろいろあった。アイズ対アリーゼの火力勝負だとか。輝夜がフィンを足止めし、ランク差を覆すかのような活躍をみせたとか。ライラがオラリオ一の防御力でガレスとリヴェリアを縫い止め、その間にリューが無双しただとか。

 それでも下馬評は覆せず、ロキ・ファミリアが順当に勝つ結果となる。

 この戦い、お互い経験以外得るものがなかった。誰もがそう思っていたのだが。それから暫く経って、なんとアストレア・ファミリアと、カード化されていなかったロキ・ファミリアの団員がカードになる。これにはオラリオ中が驚かされたし、アリーゼなど喜びすぎて失神したほどだった。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)でも活躍すればカードにして貰える。これには誰もが喜び、一時期、無意味な戦争遊戯(ウォーゲーム)が乱発しそうになった。

 さすがにとギルドが介入する。お互い何も賭けないという約束の下、戦争遊戯(ウォーゲーム)、改め札化戦争(カードゲーム)が設立される事となる。謎のファミリアに気付いて貰えるよう事前告知を十分に行うため、準備期間も長い。

 ここで活躍すれば、自分も一躍有名人に。ついでに人気が出れば、絵巻商から売り上げの何割かを貰えて懐も暖まる。そんな欲望と欲望と欲望だけが入り交じった上に煮染められた札化戦争(カードゲーム)は、だいたい月に一度ペースの恒例事業となった。

 カード化されるのも派手に活躍した者ばかりではなく、後方支援でもしっかりと評価され。もしかしたら、本家戦争遊戯(ウォーゲーム)よりも熱が入った戦いだったかも知れない。

 それは、概ね皆が満足する結果になったと言っていいのではないだろうか。ともあれオラリオは、力の強弱に関係なく、自分の役割を誇れる冒険者が多くなった。

 

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