謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
首を大きく曲げなければ全容が見えないほどの城壁。門を守る精強な兵士。そして、人の列。どれもこれも圧倒されるものであり、少年は顔に満面の笑みを作った。
「凄い……これがオラリオ!」
ベル・クラネル。御年十四歳。夢を抱えて故郷を飛び出し、ここ
夢にまで見たオラリオは、はっきり言って想像以上だ。特に中心にある、天を突くような高さの『バベル』。話に聞いていたのとでは、迫力が全く違う。一番上に上れば、もしかしたら雲を見下ろせるかも知れないと思った。
「楽しそうだねえ」
「はい! すごく楽しみです!」
ベルは現在、荷台で商品と一緒に揺られている。
故郷からオラリオまでは遠い。道程はほとんど歩きだったが、それなりの頻度で乗合馬車やら行商人のついでやらで、同行させて貰っていた。
今お世話になっているお兄さんも、頻繁とは言わないが、それなりの頻度でオラリオに出入りしているらしい。無料で乗せてくれた気前のいい人だ。『姉』に曰く、四頭立ての大きな幌馬車を持てるという事は、かなり優秀な商人とのこと。
道中、お兄さんとはいろいろな話をした。中心となったのはやはりオラリオについてだ。運良く有名ファミリアに出入りできるようになったとか、
自分がそういった物語の一部になれるのだと思うと、今から楽しみで仕方ない。
入門のための行列に並んでいても、ベルは落ち着きがなかった。いざこれからと考えただけで、胸の高鳴りが止まらない。
あっちこっちを見ていると、周囲から小さな笑いが漏れている事に気がつく。お上りさんだと思われたらしく、いつの間にか微笑ましそうに見られていた。ちょっと恥ずかしくなって縮こまる。
「そろそろ俺たちの番だから、そっちのお姉さんを起こした方がいいよ」
「はい。お姉ちゃん、起きてよ」
「んぅ……」
馬車の隅っこで小さくなっていた姉を揺さぶる。彼女は小さくうめいた後、体を起こした。
「もう中に入ったのか?」
「いいや、まだだよ。でも君ら、ここに来るの初めてだろう? 最初に来た時は、入門証を作らなきゃいけない。冒険者志望って言ったって、どのみち住民票を作る必要があるし」
「ああ、うん。そうだな、そうだった」
まだ寝ぼけているのか、姉――アルフィアはそんなことを一人呟いていた。そして、もそもそと仮面をつける。
これは誰にも言ってはいけないのだが、アルフィアは昔、長いことオラリオに所属していたらしい。だが恥ずかしいだかで、あまり顔を見せたくないようだ。入門を担当する門番に対しても、知らない人でありますように、とか祈っていたのを知っている。
「ベル、気をつけろよ。オラリオの門番は人を食うからな。頭をかじられないように守っておけ」
「もうその手には乗らないよ」
ちなみにアルフィアは、よく嘘をつく。特にオラリオに関しての話は、嘘しかつかないと言ってもいい。
前はしょっちゅう騙されていたが、この年になればいい加減学習もするものだ。姉は、自分をからかって楽しんでいる。そういうときは決まって、口元の片方だけを釣り上げる笑い方をしているのだ。
嘘の見分け方が分かれば、本当の事だって見えてくる。事実である話は、もっぱらオラリオの次世代英雄についてであった。これに関しては、アルフィアがうんざりするくらい聞き返したものである。
「姉ちゃん、起きたか」
「ああ。まだ頭ははっきりしないが。何かないか?」
「ほら、これなんかどう?」
と、お兄さんがアルフィアに何か差し出してきた。
「ガムか……特有の苦みが苦手なのだがな」
「お姉ちゃん、またわがまま言ってる」
「仕方がないだろう」
アルフィアは割と偏食だ。本人はそんなことないと言っているが、ベルから見れば十分に好き嫌いが多い。彼女は彼女で、ベルは何でも食べすぎると思っていたが。好き嫌いがあるよりない方がいいじゃん、とベルは思っていた。
「あれは俺も苦手だなあ。これは雑味を抜いてるから、苦くないよ。無理にとは言わないけど」
「うーむ、では試してみるか」
微妙な顔をしながらも、ガムを一枚貰ってかみ始めて。ほう、と呟きながら、彼女は吐き出すことをしなかった。
「これはミントか。頭がすっきりしていいな。それに、ほんのり甘い」
「甘いのはほんのり? 僕も貰っていいですか?」
「ああ、食いな」
ベルも一枚口に放り込んだ。
確かにほどほどな甘さだが、口の中がすっとする感じがあまり好きになれなかった。多分これは、大人の味という奴だ。まあ嫌という程ではないので、味がなくなるまで楽しむことにする。
多少行儀が悪いと思いながら、食べたままお兄さんに話しかける。
「お兄さんは、オラリオに入ったらどうするんです?」
「荷物をロキ・ファミリアで卸した後は、自由市かな。まあいつも通りの流れだよ」
「ロキ・ファミリア!」
それは、姉から散々に聞いていた、次世代英雄候補が所属するファミリアの一つだ。
ロキ・ファミリア。フレイヤ・ファミリア。いくらか格は落ちるが、アストレア・ファミリア。だいたいこの三つが、今のオラリオを支えているらしい。
「凄いなあ、ロキ・ファミリアに出入りできるなんて」
「凄いのかなあ。あそこは、出入りしている商人は結構多いよ。めちゃくちゃ組織が大きい上に、いろんな種族がいるから。どっちかって言うと、少数精鋭のアストレア・ファミリアに顔が利く方が凄いと思う。どっちに顔が利いた方が便利かはさておいて」
「女性しか入れないファミリアだよね? 僕じゃあ入れそうにないなあ……。でも、一番好きなのは、やっぱりフレイヤ・ファミリア!」
二大最強を抱える大ファミリアだ。ベルが憧れる人も、そこに所属している。一度でいいから会ってみたい、できれば話もしてみたいと思っていた。
荷台から御者台の方に顔を出しながら聞いてみる。
「お兄さんは、フレイヤ・ファミリアについて何か知ってる?」
「うーん、一般的な事以外は全然かな。知り合いはいないわけじゃないけど、コネって程でもないし。だから紹介できるかって言うと微妙だよ。ごめんね」
「ううん、全然! それに僕、入るなら実力で入りたいんだ!」
大丈夫、僕ならやれる。ベルはそんな希望に満ちていた。この日のために、地獄のような特訓をアルフィアから受けていたのだ。おかげで、ちょっとやそっとのモンスター一体くらいなら、なんとか倒せる程度には鍛えている。
門は無事通り抜けられた。なんでも冒険者志望だと、割とフリーパスらしい。
アルフィアは審査をするのが知らない相手だとほっとし、仮面を取って顔を見せる。相手も最初は怪しがっていたが、あっさり仮面を取った事で気にされなかった。ただの趣味だと説明し、実際に顔を見せれば、案外信じてくれるものなのだ。
オラリオの中は、見たことがない程の人で溢れている。聞いた話では、ベルのいた村の何千倍という人口らしい。
「すごい……!」
「ふむ、間の抜けたいい顔だな。このために、わざわざ大きな都市を避けてきた甲斐があった」
「酷いよお姉ちゃん!」
仮面の上からでも、くつくつと笑っているのが分かる。なんでこの人は、頻繁にベルをからかおうとするのだろうか。
「この辺でお別れかな。じゃあ頑張れよ」
「お兄さん、ありがうございました!」
「世話になったな」
親切なお兄さんと別れて、とりあえずバベルへ向かった。冒険者になるなら、最初にここ向かった方がいいと姉が言っていたのだ。
ただ、中に入るのはベル一人だけ。
「お姉ちゃんは行かないの?」
「興味がないな。どうせベルと一緒のファミリアに入る予定だ。特に要望はないし、できればあまり大手は避けてくれとしか」
「うーん、僕はフレイヤ・ファミリアに入りたいんだけどなあ」
それならそれで仕方ないかと、ベルは一人でバベルの中へ入った。
冒険者となる場合での簡単な説明を受けた後。ベルは団員を募集しているファミリアのチラシを端から重ね、全部持って外に出た。
(よーし、やるぞー!)
ひとまず大手の募集を引っ張り出して、片っ端から当たってみよう。そんな風に考えて、ベルは胸を高鳴らせていた。
というのが、およそ三日前の話である。
「ぐすっ」
「泣くな。……まあ、泣きたい気持ちは分からないでもないが」
ベルは路地裏ですすり泣きながら、アルフィアに慰められていた。
状況が示すとおり、ベルの入団希望は全滅である。
理由はいろいろあった。小さなもので言えば、入団条件に合致しない、素人お断り、十五歳以上しか認めていない、エトセトラエトセトラ。ただ、根本的な話として、ベルは箸にも棒にもかからなかったのだ。
「お姉ちゃん、全然こんなこと言ってなかったじゃないかぁ……」
「いや、本当にすまないと思っている。まさか十年と経たないで、オラリオの冒険者事情がここまで変わっているとは。正直私も、すごく驚いている」
入団募集の紙には、ベルが理解できない条件がいろいろと乗っていた。例えば「ドアドア、ミラミラの能力者熱烈募集!」「求ム後方支援。芻霊呪法持ちは即幹部待遇です」「当方、魔法系ファミリア。
どうしようもなくなって飛び込んでみたはいいものの。返答はけんもほろろ。ひょろかったり能力がなかったりするのは仕方ないにしても、気や覇気を知らないのは論外。だいたいそう言われ、追い返された。ついでに人によっては、どこの田舎者だよ、と嘲笑すらされている。
どのファミリアも、気、ないしは覇気というものが、ある程度使えるのが前提みたいな所があった。
調べてみたところ、薬屋に行けば目覚める薬剤を売ってくれた。それも、さして高価ではなく(あくまで気や覇気といったものの価値に反してという意味であって、決して安いものではない。ベル達の懐には痛い価格ではあった)。
ただ、これらを『扱える』ようになるのは、長い時間訓練する必要があり。入団に耐えうるレベルになろうと考えたら、何ヶ月何年先になるか分からない。当然、そんな長期間、オラリオに滞在する費用は持っていなかった。
とりあえず二人して薬を飲んでみたものの、目立った変化はなし。時間を掛けて訓練しなければならないという、当たり前の結論を確認するだけであった。
「もう諦めたらどうだ?」
「絶対やだよ!」
姉の投げやりな言葉に、怒りを込めて反発する。そんなのもう、何のためにオラリオまで来たのか分からない。
「ところでお姉ちゃん、さっきから何読んでるの?」
「漫画」
「漫画?」
「漫画とは……いや、お前はまだ知らなくていい。まずは目の前の事に集中しろ」
「うん、そうだね」
やけに気が抜けている姉に、どこか不信感を覚えながらも。何をどうするにしろ、ファミリアが決まらなければ始まらないと考え直した。
が、現実にはスタートラインにも立てていない訳で。
「お兄さん、探そうかなぁ……」
そんな弱気が脳裏をよぎる。
彼は謙遜していたが(もしくは興味がないようだが)、ずいぶんと顔が広いらしかった。ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアとは言わないまでも、どこか紹介してくれるかもしれない。
姉が言うには、どのファミリアに所属しようが
しょんぼりしながら、人員募集の紙束を見直す。既に全滅した後だが、それでも何かヒントはないかと探した。
あーでもないこーでもないと考えていると、こちらに近づいてくる人影があった。
少し警戒したが、どうも人影はこちらを認識して近づいてきている訳ではないようだ。考えてみれば路地から多少外れている裏道とは言え、所詮ただの道。誰かが通りかかったところで、驚く方が失礼だろう。
背丈はとても小さく、ベルより二つ三つは年下に見える。だが、噂に聞く
「うぅ……また誰も入ってくれなかった」
ぶつぶつとした独り言が急に止まり、びくりとしたのは。その時点で、こちらを認識したからだ。
「おっとごめんよ、そこの子供達。ボクの眷属になるつもりはないかい?」
「えぇ……藪から棒に……」
唐突すぎて何の話だか分からない。若干引いていると、女の子は目に見えて落ち込んでしまった。
ベルがあわあわと、どう慰めていいか考えていると。アルフィアが、肘で脇を突きながら耳打ちしてきた。
「ベル。彼女は神だ」
「え?」
「信じがたいが、あれで勧誘しているつもりらしいぞ。どうするかはお前が決めろ」
はっとする。これは、ベルにとっても大チャンスだ。
「あの、神様!」
「ふぁい!?」
いきなり大声で答えられ、少女がびくりと震えた。
「僕を眷属にしてくれますか!?」
「え……もちろんだとも! ウェルカムさ!」
お互い無自覚に傷つけ合ってしまったのは、話がかみ合わなかっただけ。理解してしまえば、成立は一瞬だった。なんか一瞬すぎる気がしたが気にしない。
わーいと無邪気に喜んでいるところへ、アルフィアが言葉を掛けてきた。
「ところで神よ、名前を聞いてもいいか?」
「ボクのかい? ヘスティアだよ」
「ヘスティア……」
アルフィアが、名前を噛みしめるように確認する。どこか歯に何かが詰まったような様子だった。
「あれ? ボクの事を知っているのかい?」
「別に隠し立てするような事ではないから告白するが、知り合いの神から名前を聞いている。とてつもなくずぼらでいい加減で、好きなこと以外に興味がなく、今日やらなければいけない事以外は全て明日に先送りする神だとか」
「そっ、ソンナコトナイヨ!?」
声が裏返っていた。図星のようだ。
「というか、誰がそんなこと言ったんだい! 君達、まだ
「あ、お姉ちゃんは元冒険者なんです。一度引退したところを、僕についてきてくれて」
「じゃあオラリオの誰かがボクの悪口を言いふらしてる? むむむ、そいつ、絶対許さないぞ!」
むきー、といきり立っていたが、ふと我に返って聞いてきた。
「ん? じゃあ姉弟で長く離れて暮らしていたいたの?」
「あ、いえ。続柄は叔母と甥なんです。今は仮面で見えないですけど、とてもおばさんには見えないし、昔からお姉ちゃんって呼んでるんで。お姉ちゃんとは、子供の頃からずっと一緒ですよ」
「まずなんで仮面をつけているか聞きたいんだけど」
ヘスティアが、少々怯えながら聞いてくる。まあ怖いよな、とベルは思った。
石膏で作ったその仮面は、控えめに言って不気味だ。目元と鼻から下だけが開いている仮面は、飾り気が皆無。素人仕事のためか、目の部分がやや落ち窪んでいて、しかもやたらに鋭い。ベルは最初、殺人鬼がつけてそうな仮面だなと思った。
「お姉ちゃん、昔の知り合いに顔を見られたくないみたいで。恥ずかしいって言っていました」
「そうだ」
「この態度で
気持ちはよく分かる。何せ腕を組んで壁により掛かりながら、ふんぞり返っているのだ。どこからどう見たって、そういうものとは無縁である。
ヘスティアは多少悩みながらも、それを飲み込んだ。
「まあそういう事ってあるよね。多分、きっと。ボクだって顔を見せたくない相手の一人や二人いるし。うん、じゃあとりあえずボクのホームへ招待するぜ!」
先ほどとは打って変わり、嬉しそうにぴょこぴょこよ動くツインテールを見ながら、ついて行く。
案内されたのは、ほど近い場所。廃教会だった。
「すごい! 趣がありますね!」
ベルの故郷では、こういった歴史ある建物がなかった。正確に言えば、存在し得なかった。全てが木造の素人大工作品で、簡単に壊れ潰れるのだ。そのため、全ての建物はそれなりに新しい。長く存続できるほど耐久性がある建物を作れなかった。
「そうだろうそうだろう! 君はいい子だね!」
二人でイチャイチャする。そう、二人だけで。なぜだか、アルフィアは沈黙を保っていた。無言のまま、廃教会を見上げている。
アルフィアは静寂を愛しているが、それはそれとして、本人はおしゃべりだ。これだけ黙っていられると、少々不安がある。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「お腹痛いのかい?」
「いや……そうか。なんだ……運命というのは、意外にあるものなのだな……」
「彼女、どうしたんだい?」
「いえ、僕にも分かりません」
表情は仮面で見えないが。なんとなく、姉が泣きそうな顔をしている気がした。
どう声を掛ければいいか迷っているうちに、気配も霧散する。彼女が感傷に浸っていたのは、本当に一瞬のことだった。様子が変わって、ヘスティアは目に見えてほっとしている。
「とりあえず中に入ろう。こんなところで話し込むのもなんだしね」
ヘスティアの号令で中に進む。
廃教会の扉は重厚で、開くときに重苦しい音が鳴った。といっても、壊れそうな気配というのはない。
中は、外観通りと言えばそうだし、外観に似ていない言ってもそうだと言える。そこら中埃が積もっており、木製の長椅子は半分ほどが壊れていた。そこだけ切り取ればいかにも廃墟なのだが。しかし大きなステンドグラスから照らされる光が、むしろ神秘的な雰囲気を作っていた。
ある種の芸術品。そんな感想がベルに浮かぶ。
ヘスティアは奥に進んでいき、地面にある扉を開いた。物置かと思ったが、中は想像より遙かに広く、そして綺麗だった。ベッドやら何やら置かれている所を見るに、ここを居住区としているようだ。
彼女はとててて、と早足で進んだかと思うと、くるりと振り返って、両手を広げた。
「ようこそ! ヘスティア・ファミリアのホームへ!」
そして、ひまわりのような笑顔で歓迎してくれる。とてもほっこりした。
「さっそくだけど、
「ふむ、では私からにするかな」
いいながら、アルフィアがするすると服をまくり上げる姿を見て、ヘスティアはぎょっとした。
「ちょ、いきなり何してるのさ!」
「
「だからって男の子がいる前で……あれ?」
と、なぜかヘスティアにこちらを見られて。ベルはきょとんした。
「どうしたんですか?」
「き、君はなんとも思わないのかい? 女の子の裸だよ?」
「女の子がどうとか以前に、身内ですけど」
「そうか……。そういうものなのかなぁ……」
どこか釈然としない様子だったが。折り合いはつけたのか、背中に血を垂らす。
じわじわと浮き出る文字は、ベルに読めなかった。ヘスティアはしかし、それを確認してうわずった声を上げた。
「Lv.4!」
「ん?」
言葉に、アルフィアが首をかしげる。
「レベルが下がっているな」
「下がってるの!? これで!?」
愕然とするヘスティアを置き去りに、アルフィアは少しばかり考える仕草をして。
「正直、心当たりはいくつかある。まあ仕方がないな。
「レベルって下がることがあるんですね」
「いや、そんな事は……でも、うーん。ボクも
頭を抱え込んで悩み始めてしまう。暫くそうしていたが、やがて彼女は頭を上げた。答えに思い至ったわけではなく、分からないんだから仕方ない。棚上げしただけだと表情が雄弁に語っている。
「次は君だよ!」
「はい!」
元気よく返事して、シャツをまくり上げようとした寸前。ベルははっと気がついた。
黙っている事は簡単だ。しかしそれは、フェアではないと思った。誘ってくれた以上、事前に言うのが公平というものである。たとえそれで、入団を拒否されたとしても。
「神様、実は一つ、言わなければいけない事があるんです……」
「な、なんだい!? もしかしてボクじゃ駄目だとか……」
「いえ、そんなことはないです!」
あわあわし始めた神に、それだけはきっぱりと宣言して。
受け入れて貰えなかったらどうしよう。そんな怯えを抱えながら、ベルは告白した。
「実は僕、こういう
自分の中指を握って、思い切り引っ張る。
普通なら、そこで関節がこきりと鳴る程度だろう。しかし、ベルの指は伸びた。それも、ちょっとやそっとではない。彼が力を入れれば、容易く肩幅を超えたのだ。
それを見て。ヘスティアの顔が、ばん、と破裂した。閉じていた口に空気が思い切り逆流し、唾も鼻水も噴き出す。
やっぱり、こんな自分じゃ無理なんだ。どう良く見ようとしたって、こんなものは気色悪い。故郷でだって、姉とおじいちゃんにしか見せたことがないのだ。
が。ヘスティアの反応は、予想していたどれとも違うものだった。
「ウ……
彼女はなぜか飛び跳ねて喜び、アルフィアは後ろでにやにやしている。全く状況が分からない。ただ目を白黒させることしかできなかった。
即座に恩恵を刻まれ(絶対逃がさないという意思が隠れもしなかった)、直後に大量の本を押しつけられる。表題は『ONE PIECE』。
なんとなしに開いたそれを、ベルはすぐ熱中し始めた。時間を忘れ、神と姉が寝てしまったのも気にせず、とにかく読みふける。
本の中には全てがあった。少なくとも、ベルにはそう思えた。喜び、怒り、哀しみ、楽しさ、何より感動……。全てが洪水のように押し寄せてくる。今まで読んだ本では味わえなかった、全くの新しい『冒険』。
目がしぱしぱしてきた頃、最後の巻まで読み終える。続きが気になってしかたなかったが、本棚には置いてなかった。
確かヘスティアが、この物語はまだ終わっていないと言っていたのを思い出す。あまりに惜しい。惜しいが、ないものは仕方ない。
ベルは読み返す前、衝動的に外へと飛び出していった。そして、廃教会の壁によじ登り、屋根の中でも一番高い場所に立つ。そして、息を吸い込み、あらん限りの力で絶叫した。
「冒険王に、僕はなる!」