謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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俺たちヘスティア・ファミリア

「酷いよお姉ちゃん!」

「あっはっはっはっ!」

 

 未だ早朝と言っていいオラリオの片隅に、少年の声が響く。その声を、アルフィアが笑い飛ばしていた。

 これが市街地ならば、罵声の一つでも浴びる所だろう。しかしここは寂れた区画であり、非常識な時間に多少騒いだところで、文句を言う者もいなかった。過疎がどうのというよりは、根本的に居住区ではないのだ。

 アルフィアは、甥っ子にぽこぽこ殴られていてもどこ吹く風。どころか、むしろそれが面白くて仕方ないといった様子ですらある。

 が、それでもベルは止めるつもりがなかった。はっきり言って、姉と、後は祖父にも恨み骨髄である。

 

「どうして僕に漫画を教えてくれなかったの!」

「くくくっ……。いや、どうせならオラリオに来てから教えた方が面白いと思ってな」

 

 つまり、そういう事だった。

 確かにベルの済んでいた村は、田舎も田舎、超ド田舎である。人口は二桁でお隣さんまで遠い。同年代の子供はおらず、話し相手はもっぱらおじいちゃんと姉。閉塞感すら感じられないほど、何もない所だった。

 しかし、だからといって交流がないわけではない。むしろこれだけ閑散としていると、どこかで町と流通がなければすぐに廃村だ。それこそ住人が、村を捨てても何ら惜しくないという程である。

 情報はそれなりに入ってきていた。当然、物資も。

 つまるところ、二人は漫画を知っていたのだ。少ないながら入手できてもいた。ただ、それをベルに隠して居ただけで。しかも理由が、その方が後々面白そうだというクソみたいなものである。

 

「うーん、ベル君をなだめようと思ったけど、こんなのボクでも怒るなあ」

「そうでしょう神様! もっと言ってくださいよ! この人たち、いつもこうなんですよ!?」

「悪いとは思うが後悔はしていない。だってめちゃくちゃ面白かったし」

「うわぁん!」

「ベル君が故郷でどういう扱いだったか、手に取るように分かるなぁ……」

 

 アルフィアは笑いすぎて、お腹が痛くなったようだ。腹を両手で抱えて、少し涙目になっている。

 ペルはぷくっと膨れたが、これが通じないのは分かっていた。むしろアルフィアは、まだ弄れるネタはないかと探すくらいだ。

 

「さすがの私も、スキルを生やすくらい気に入ったとは思わなかったぞ」

「むううぅぅーっ!」

 

 ベルは、ONE PIECEを読んだ事によって発現したスキルに、何らやましいところはないと思っている。ただそれはそれとして、笑われるのは納得がいかなかった。

 朝になって、ベルの様子がおかしいという事が分かった。まあ、早朝から屋根に上って絶叫しているような奴が、おかしくない訳がない。ただ、そういったものとは別ジャンルのおかしさというか。

 ともあれアルフィアはヘスティアに、ステイタスの更新を頼んだ。そうしたらなんと、新しいスキルが記されていたのである。その名も海賊探求(パイレーツ・ハーツ)

 今まで存在しないか、もしくは厳重に秘匿されていた成長促進系スキル。

 効果をざっくり言ってしまえば、冒険もしくは挑戦をすればするほど経験値(エクセリア)の獲得に補正が掛かるというものだ。また、冒険と挑戦がどれだけ困難かであっても、獲得率が変わる。

 冒険者はまず安全をと考えられて、はや数百年。それに真っ向から対立し、新たな道を切り開くためのスキルだ、とアルフィアは語る。

 まあ、つまり、その、なんだ。端的に言えば、人生を賭けたルフィごっこをするためのスキルである。

 

「ぷひゅー、ぷひゅー……」

「笑いを堪えられてないよ!」

「悪い悪い、とは全然思っていないがな。しかし実際問題、これは公表できないだろうな」

「だよねえ。さっきも言ったけど、こんなの広まれば完全におもちゃだ」

 

 ヘスティアに曰く、自分は下界において完全に新米の女神である。つい先日(神の感覚基準だからあまり当てにしない方がいいとアルフィアは言っていた)までヘファイストスなる神のホームで世話になっており、当然眷属を持つのはベル達が初。

 ただし、いつでもファミリアを開けるように知識は貯めていたという話だ。元々冒険者をしていたアルフィアからしてみれば、穴だらけらしいが。ステイタスのロックも知らずに、よくファミリアを開こうと思ったな、と言われてヘスティアがへこんでいた。

 彼女の知識は主神と言うより、団員の知識だったらしい。それだけにスキルの理解は豊富だった。だから、ベルのそれが未発見だと気づけたのだし。

 

「しかし実際、隠し通せるものでもない」

「だよねえ」

 

 海賊探求(パイレーツ・ハーツ)は、考えようによっては能力獲得値を恒常的に上昇させ続けるスキル。当然、どこかで違和感をもたれるだろう。

 その違和感をもたれるというのがどれほどのものかは、さすがにベルには分からない。しかし二人の様子を見るに、結構大事なのだという程度は察することができた。

 

「強くなるペースがどれほどか分からんが、とにかく普通よりは早いだろう。となると、Lv.4ごときでは、一人で守ることなどできないな」

「そうなの? Lv.4っていったら、第二級冒険者でも上澄みなんでしょ?」

 

 ふ、とアルフィアは小さく笑って、ベルの頭を撫でた。

 普段はからかってばかりくる姉だが、こういうところは好きだった。いつもこういう感じだったらいいのに、とすら思う。だいたい、意地悪をするときのアルフィアは、本当に性格が悪いのだ。

 

「残念ながら、全然足りぬな。いくら今が、かつての時代より遙かに平均レベルが低いと言っても。さすがに、Lv.4程度では中堅ファミリアでもそれなりに抱えている。ましてや気や覇気という存在がある以上、さらにレベルは一つ上だと考えた方がいい。能力を持っていればさらに上がる」

 

 アルフィアはベルの頭から手を離し、それを顎に添えて小さくうなった。

 

「私もそれなりに強化された上、魔法に限って言えば意味が分からないくらい強力になっている。Lv.4なのに、かつてより上とかおかしいだろう……。いや、つまらない愚痴など吐くべきではないな。私とて、これから気なり覇気なりの修練を行わなければ、時代に追いつけない」

「解決方法はあるのかい?」

「短期的になら、時間稼ぎが必要だ」

 

 それは、ベルが強くなるのを抑制するという事だろうが。思わず眉をひそめる。

 ベルはルフィに憧れ、ルフィのようになりたいと願った。おあつらえ向きに、能力まで同じである。ここで冒険をするなというのは、不満しかない。

 顔に出ていたのだろう、アルフィアは駄々っ子をあやすように、ヘスティアは心配そうな目を向けてきた。

 

「ベルが考えていることは先送りであって、時間稼ぎにはならんよ」

 

 そう優しげに言われては、口をつぐむしかない。

 

「ざっくりとした方針で考えるなら、ヘスティア・ファミリア(ここ)の戦力強化だな。理想を言えば、Lv.4がもう一人欲しい。それでしばらくは手出しできなくなるはずだ」

「難しいことを言うなあ」

 

 言葉に、ヘスティアが苦々しげに呟く。

 

「高レベルの冒険者は、どのファミリアでも財産だ。まず手放さないし、仮に移籍を希望していても、小さなファミリアに入ることは考えてないぜ。引き抜きを考えようにも材料がないし、そもそも別の問題を起こしてしまうようじゃあ本末転倒だ。どうにかなるのかい?」

「ならないな」

 

 どこか希望を宿した瞳をしていたヘスティアだったが。アルフィアにばっさりと切り捨てられ、しょんぼりする。

 

「だよねえ。そもそも簡単に解決するなら、ボクが眷属集めに苦労してないし」

「ああ。だから別の方策を考える必要がある」

 

 なんだか難しい話になってきたな。ベルはひっそり、少しだけ距離を置いた。別に離れる必要などないのだが、なんとなく距離が開いた気がしたためだ。心の距離に気圧されたとも言う。

 正直、この手の話には全く役に立てそうもない。……まあ正直、考えているのはアルフィアだけで、ヘスティアはただ問いかけているだけな気がするが。それはさておき。

 

「一番手っ取り早いのは、どこかの傘下に入ってしまう事だ。それも、できれば大手の」

「う……正直、嫌だなあ」

「私としても、あまり進められる意見ではない。となれば、次に考えるべきは同盟だな。小ファミリアの連合でも、事実上大ファミリアの傘下でも、とにかく名目として同盟であればいい。これならどうだ?」

「うーん。ヘファイストスなら、力を貸してくれるかも……」

「老舗の大ファミリアだな。あそこならば申し分ない。では、そちらの交渉は頼む。なあに、すぐ締結する必要はない。ベルが目立つ前に済ませればいいのだ。最悪、ランクアップ手前でいい」

 

 言葉に、ヘスティアはほっとしていた。世情に疎いベルでも、さすがに交渉は一朝一夕では済まないと分かる。

 

「まあ、全ておいおいだな。その前にすべき事はそれなりにある」

「つまり、早速ダンジョン探索だね!」

「馬鹿者」

 

 べしん、と頭を叩かれてしまう。

 

「準備も整えず何しに行くつもりだ。観光か? それに、お前は昨日寝ていないだろう。ド素人が準備もせず命のやりとりをしに向かうと? なんだ、自殺したいのか? したいのならば言え。その前に私が殺してやる」

「はい、ごめんなさい……」

 

 端的に説教をされ、さすがに落ち込む。全くもって言う通りだ。

 漫画の興奮に当てられて、気分が逸りすぎていたらしい。冷静に考えればとてつもなく無謀だ。ベルとて姉の薫陶により、場合によってはモンスターを倒せるとしても、それはあくまで一対一の場合。さすがに、いきなりオラリオで通じるほどの腕前とまでは驕っていなかった。

 己の蒙昧に恥じながら、ベルはすぐに気勢を引っ込める。

 

「お前に武器は不要だから、明日にでも簡単な防具を見に行くぞ。上層であれば、それほど派手なものも必要ない。ダンジョンに潜るならその後だな。今日はおとなしく街でも見て回っておけ」

「お姉ちゃんは?」

 

 言葉の様子から、一緒に回るのではないと気付き、問いかける。

 

「目的はお前に土地勘を得させることだ。私は新しい区画でもなければ知っている。まさか、散歩すら保護者同伴でなければ行けないとは言わないだろう?」

「むっ」

 

 挑発は安かったが、ベルにだってプライドはある。それ以上、言いつのる事はできなかった。

 

「私は私で、人の心当たりを探す。もしかしたら何かの間違いで、腕に覚えがある者を引っ張ってこれるかもしれないしな」

「それはないでしょ」

「それはないよ」

 

 さすがに、ベルとヘスティアは同時に言った。腕に覚えのある野良の冒険者、もう字面の時点で意味不明だ。

 とまあそんな感じで、三者は別れてふらつく事に決まる。

 外に出て、とりあえず冒険者が利用する店が多い区画に向かったベル。しかし、早速寂しくなってしまった。

 思っていれば今までの人生、完全に一人だった事は少ない。幼少期はずっとおじいちゃんが近くにいたし、一人で外に出られる年齢になってからは、アルフィアがいた。ましてやいきなり大都会の真ん中に放り出されるとあっては、不安の一つも覚えようというもの。

 最初はびくびくとしていたが、それも繁華街にさしかかるまでだった。

 

「わあ……!」

 

 今まではファミリアのはしごに忙しくて、全然目に入っていなかったが。改めて、オラリオは別世界なのだと実感する。

 人が多いのも、活気に溢れているのも当然注目していたが。ベルがそれ以上に気になったのは、漫画の中にしかないと思っていた光景がちょくちょく見られるという事だ。

 

「そうだ!」

 

 門を入る際、買ったパンフレットを思い出す。これはあらゆるオラリオに初めて来た人のために作られたもので、ガネーシャ・ファミリアが制作した都市公式のもの。他にも出しているファミリアはいるが、そちらは非公式なので注意してくれという言葉と共に、購入を勧められた。

 道の隅によって、パンフレットを眺め始める。

 序文として目に入ったのは、以外にも漫画についてだった。

 漫画には区分とジャンルがあり、まずはそれを承知しておくこと。区分として現実型と非現実型があり、漫画の中には、能力が現実のものとして現れる本がある。

 

「なるほどー」

 

 『ONE PIECE』を読んだ後なら理解できる。あらゆるファミリアで入団条件として書かれていたものは、これなのだと。

 うんうん頷きながら、読み進めた。

 他にもバトルやファンタジーやサイエンス・フィクションなるものがあって、それらの作品ごとに独自の世界観がある。その中には現実にないが、努力次第で実現できそうなものがいくつかあり、オラリオではそれを研究しているらしい。主にサイエンス・フィクションと呼ばれるものの試作品が、街にあるというのだ。

 

「ふうん、だから漫画の事を序文にしたのか」

 

 後は地図に重要施設の位置と、その注釈が入っている程度。特に注目すべき所はなかった。

 パンフレットをポケットに詰め込み、改めて街の中を歩く。意識すれば、試作品らしきものは結構目に入った。

 馬が引いてるわけでもないのに進んでいく馬車。電伝虫のように、遠距離の誰かと話す道具。壁の中で動く絵では、商品の広告をしているらしき姿も見られる。どれもこれも一点ものとして作ることは可能だが、量産に至ったものは未だ一つもない。とは、パンフレットの説明だ。

 残念ながら、銃の類いはない。ベルが見ていないだけかもしれないとも思う。しかし冒険者らしき格好をしている人が誰一人として持っていない所を見ると、まだ実用化されていない可能性も十分にある。

 また、オラリオには本屋と喫茶店が多かった。特にベルの気を引いたのは本屋だ。ちらりと見ただけでも、ONE PIECE以外の本が山ほどある。

 本は区分で分別された後、作品ごとに並んでいた。ベルが気になったのは現実型の方で、ONE PIECEの他にも『ドラゴンボール』『鬼滅の刃』『マッシュル』『ブラッククローバー』などといった作品が並んでいる。なぜか『呪術廻戦』だけは、原作版と改訂版の二種類があったが。

 思わず手を伸ばしそうになって、しかしベルは思わずうなりながら止まる。

 次に手が向かった先は、懐の中だ。お金の入った革袋があり、ずっしりとした重みがある。

 それなりの額があるといっても、あくまで田舎基準。都会の物価と殴り合えるほどではない。ましてやこれからダンジョン用品を揃えようというところで、計画外の出費は許されなかった。

 めちゃくちゃ後ろ髪を引っ張られながらも、

 

「くぅ……冒険者として大きくなったら、いつか全部揃えるんだ!」

 

 その時は現実型だけではない。非現実型だって、全部買ってやる。信念を心に刻みつけ、本屋を後にした。それまでに、十数回も振り返ったり、財布の中身を確認したりしたけれども。

 欲望を振り払うようにいろんな所を見ていると、背後から声をかけられた。

 

「ベル君?」

 

 呟いたのは、眼鏡をかけた半妖精(ハーフエルフ)の女性。四日前に見たぱりっとした格好とは少し違い、今はゆったりとした服装をしている。そのため、誰か理解するのに少しだけ時間が掛かった。

 エイナ・チュール。ベルの専属アドバイザーである。

 

「こんにちは。どうしてこんな所に?」

「今日はオフなの。ベル君はどう? ファミリアは見つかった?」

「はい! つい昨日、おかげさまで!」

 

 元気よく答えると、エイナはにこりと笑いかけてきた。

 

「それはよかったわ。心配していたのよ。ああ、ついでだから紹介するわね。こちら、ヘルメス・ファミリアの皆さん」

「初めまして。アスフィ・アル・アンドロメダです」

「僕はベル・クラネルです。よろしくお願いします」

 

 聞いたことがないファミリアだ。多分、団員を募集していた所ではない。神ヘスティアに誘って貰えなければ、飛び込みで入団希望をする事もあったのだろう。

 

「みなさんは、どうしてこちらに?」

「私は休日を楽しもうとしてた所、偶然同じようにオフだったヘルメス・ファミリアの方々と会ってね」

「目的地が同じようだったので、一緒にお茶しようという事になりました」

「ベル君は?」

「今日は街の見学です。お姉ちゃんに見て来いって言われて」

「じゃあ、特に目的があるわけじゃないのね。だったら一緒に来ない? 別のファミリアと顔つなぎくらいはできるようになっておく方が、何かと安全よ」

「いいんですか?」

 

 と、視線を向けた相手はエイナではない。その隣で澄ました顔をしているアスフィにだ。

 彼女はこちらを安心させるように微笑むと、小さく頷く。何気ない所作だが、とても濃い知性を感じさせるものだ。

 許可も出たし、せっかくだからお言葉に甘えることにして、合流した。

 

(こうしてると、オラリオに来たって感じがするなあ)

 

 ベルは若干ドキドキしながら、ヘルメス・ファミリアの面々を見る。

 日常生活の姿を見て強さが分かるほど、ベルの観察眼は鋭くない。だから、彼らに思ったのは別のことだった。いろんな種族がいる。

 ぱっと見ただけで、エルフ、小人族(パルゥム)、ドワーフ、獣人、そしてヒューマン。ベルでも見たことがある種族から、初めて見る種族までいる。まるで夢でも見ているような光景だった。

 

(ファミリアが大きくなれば、いずれヘスティア・ファミリアもこうなるのかな)

 

 漠然とした想像だったが、なんとなくヘスティア・ファミリアがどう大きくなっていくかが想像できるようで楽しい。

 

「どう? オラリオにはもう慣れた? なんて、来たばっかりだからそんなわけないか」

「はい。見るもの全部が新鮮で、目が回っちゃいそうになってます」

「オラリオは広いですからね。長く住んでいる私でも、知らない場所はたくさんありますから」

 

 アスフィが上品に返してくる。

 こういった表現が正しいのかは分からないが、ずいぶんと貫禄のある人だ。人に話を聞かせるのが抜群に上手く、なんとなく言葉に聞き入ってしまう。それでいて無理矢理と思わせたり、嫌みだと感じさせない。

 

「ベル君はどんなところを見てたの?」

「まだ本屋さんくらいしか見てないです」

「本屋?」

「はい。昨日、初めて漫画を読みまして……。『ONE PIECE』を読んでいたら、気付けば夜が明けてました」

 

 へへ、と、ちょっと恥ずかしくなって笑おうとした、まさにその寸前。いきなりがしっと、肩を掴まれた。

 思わず体を震わせて正面を向くと、そこには見たことがない表情をしているエイナ。エイナの見たことがない表情、ではない。人生で一度も見たことがない表情をエイナがしている、だ。

 

「そうよね、ONE PIECE面白いわよね! 特にゾロ様とサンジ様がいいの!」

「は、はい。格好いいですよね……」

 

 なぜだか、いきなりエイナがヒートアップしていた。こちらを見る目が、なんだろう……シンプルに怖い。爛々と鈍い輝きを発している。

 

「ゾロ様とサンジ様、互いをライバル視し、反発し合う二人。それは相手を認めていることの裏返しなの。二人は互いを意識しながらも素直になれず、サンジ様は女性を意識するフリをしてゾロ様をやきもきさせる。そうやって愛を育む……ああ、なんて美しい……」

「いえ、あの。そんな描写なかったような……」

「そうよね?」

「ですから、あの……」

「そ う よ ね ?」

「……ハイ」

 

 エイナが獲物を狩る肉食獣みたいな目をし始めたところで、ベルは抗弁を諦めた。背筋にぞっとしたものが走る。反射的に目をそらしていた。

 しかも、背後でアスフィまでもがやたらにっこにこになっている。今までの上品なそれではない。妙に怪しい雰囲気を醸している笑み。

 ここに待ったをかけたのが、小人族(パルゥム)の女の子だった。

 

「異議あり! ゾロ様が意識してるのはルフィ様よ! 海の上、二人旅、初期メンバー。これで何も起きてない筈がないじゃない!」

「何言ってるの? 妄言も甚だしいわね」

「その通りです。根拠のない妄想はトイレで一人、吐いていてください」

「なんですって!? そっちこそ事実無根じゃない! どこにゾロ様とサンジ様が惹かれあっていた描写があるのよ!」

 

 どっちもないよ。ベルは思ったが、口にできなかった。だってそんなこと言おうものなら、こちらに矛先が向いてしまう。

 エイナとアスフィは、まるで示し合わせたかのようにぴったりの動作でかぶりを振る。そして、小さく小馬鹿にしたように息を吐いた。いや、実際そのつもりだし、ついでに言えば分かるようにやったのだろうが。

 小人族(パルゥム)の女の子が、ぎりりと歯をきしませる。

 

「やれやれ、これだから読解力がない子は困るわ」

「ええ、全くその通りです。ゾロ×サンが理解できないなど嘆かわしい」

「……はぁ? サン×ゾロですけど?」

「――おや。おやおやおやおやぁ」

 

 一転、三人でギスギスした雰囲気を出し始める。

 何か、何か言わないと。言葉が出てこず戸惑っている間に、背中を軽く引かれた。びっくりして振り向くと、そこには微妙な顔をしたヘルメス・ファミリアの面々。

 

「悪かったな、坊主。巻き込んじまって」

「押しつける形になってしまってすまない。団長達はああなると、全然話を聞いてくれなくて」

「ええと、あれは何なんです?」

「気にするな。というかむしろ、理解で来ちまったら負けだ」

「あぁ、団長……。なんでそんな風に……」

 

 一人、アスフィを見てはらはらと泣いている。つまり、元はそういう人ではなかったという事実の裏返しであり。なおさらもの悲しさを醸していた。

 がっと肩を組まれ、そして小さい声での忠告。

 

「気をつけろよ。オラリオの女は一定割合でああいうのがいるからな。下手に話を振ると地獄を見るぞ」

「痛感しました……」

 

 エイナさん、綺麗な人がアドバイザーになってくれて、ちょっとときめいていたのになあ。アスフィさんも凄く美人で、思わず見とれる程だったのに。本当に、なんだかなぁ……。

 

「ま、これに限らず注意点はいろいろあるが、一番重要なのは『能力持ちに対し、迂闊に喧嘩を売らない』ってとこだぜ。どんだけ自分が格上でも、初見の能力相手だと転ぶ可能性はある。中には取り返しがつかないもんもある。例えば、俺の能力はこうだ」

 

 そう言って、小人族(パルゥム)の男の子が、ベルに触れた。

 

「と、飛んでる!?」

 

 すると、跳ねたわけでもないのに、ベルの足が地面から離れた。さらに不思議なことに、体が落ちていかない。

 

「正確に言えば、お前の服を浮かせてる。こんな風にされれば、どれだけ強い奴もイチコロだよ」

「へえ、凄いですね」

「……あぁ?」

「ひぃ!」

 

 ベルとしては素直に賞賛したつもりだが、しかし小人族(パルゥム)の男の子の気に障ったらしい。低くうなる声で、こちらを睨み上げてきた。

 

「お前、分かってる? 浮かせてんだよ? 金獅子のシキと同じ能力だよ?」

「そう言われても……金獅子のシキって誰ですか?」

「ハァ!?」

 

 ついに声が荒らげられ、ベルはびくりとする。理由に心当たりがない本気の怒りに、どうしていいのか分からなくなった。

 

「落ち着けポック。話聞いてたか? この子は昨日『ONE PIECE』を読んだばかりなんだぞ。まだ映画版を見てるわけがないだろう」

「……チッ」

 

 舌打ちをされてしまった。先の三人とは別種の怖さが、ベルを襲う。

 小人族(パルゥム)の男の子、もといポックはがさごそとバッグの中を漁ると、一枚の紙を押しつけてきた。

 

「これは注文票だ。こいつに欲しいもんを記入して、ホームの裏手なり物陰なりに置いとけば、次の日には一式届けてくれる。絶対室外に置けよ。室内だと気付いて貰えないからな」

 

 説明を聞くと、謎のファミリアに必要なものを要求するためのものらしい。

 謎のファミリアとは大半の漫画を一元管理しているファミリアだ。謎の、となってしまうのは、主神が分からないから。

 今までは好き勝手要望を出していたが、あまりに好き勝手すぎて相手の対応が遅れ始めたのだとか。同時に、共通語(コイネー)の読み書きに不便があるファミリアが困ってしまいもする。ここにギルドが介入し、書式を作った。そのため、今では欲しいものに印をつけるだけで貰えるようになったし、遅れることもなくなったとか。

 

「いいか、一式を手に入れたら、まずは『STRONG WORLD』を見ろ! 絶対だぞ! 見なかったらコロス!」

「ハイッ!」

 

 鬼気迫る勢いで迫られ、反射的に返事をする。ベルには、言いなりになる以外の手段はなかった。だって、こんなに怒ってる人(しかも理解不能な理由で)を初めて見たのだ。

 ポックが肩を怒らせて前を歩く。しょんぼりしているベルの方が、再度優しく叩かれた。

 

「重ね重ね、悪いな。うちにはその……癖の強い人間が多くて」

 

 表現がかなり控えめだと言うのは、彼の語調で分かった。同時に、この短時間で嫌と言うほど経験している。

 とぼとぼと歩調を弱め、後ろの法に下がっていくベルを、誰も止めはしなかった。少し一人になりたいという気持ちを汲んでくれたのだろう。その心遣いは、沁みると同時に少し痛い。

 最後尾について、あれほど嫌っていた孤独を今は噛みしめながら、ベルはぽつりと呟いた。

 

「おじいちゃん、都会は怖いところです……」

 

 それがベルの、切ないまでの本音だった。

 

 

 

「いたぞ、都合のいい奴」

「おー、よっしくな」

 

 ベルがホームへついたのと、アルフィアが戻ってきたのはほぼ同時だった。彼女は半小人族(ハーフパルゥム)の男性を引き連れており、全員が揃ったところで発せられた言葉がそれである。

 

「こいつは私の……まあさほど古いわけでもない知人でな。ホリンという。どのファミリアに入ろうか悩んでいたところだから、いい機会だと引っ張ってきた。ついでにLv.3だ」

「お前がいなくなった後ランクアップしたぜ」

「なんだ、そうなのか。ではLv.4だ」

 

 どうという事もないといった感じの二人に、ヘスティアは愕然としている。対してベルは、どう反応してよいか分からなかった。だってランクの価値とかはっきりとは分からないし。

 

「えっ? えっ? どこかから引き抜いてきた訳じゃないよね?」

「こいつは外のファミリア出身だな。私達と同時期にオラリオへ来ていたらしい」

「探せばいるものなんだなあ、野生の強者……」

 

 ホリンという人は、北方の出身だという。

 なんでも彼の出身地方では、国未満の部族同士、争いが絶えないらしい。しかもモンスター、特に大型が多く、理由は不明だが強化種が現れやすいのだとか。そのため敵には困らず、戦士の地位がオラリオ並みに高い。ましてや王……もとい部族長に近しい血を継いでたため、非常に重宝された。

 彼曰く、無責任な気質もあって前線に立つのは望むところ。そうやって数々の戦場を抜けてきたらしい。

 ただそれも、やはり限界というものはあるわけで。

 敗戦の撤退中にしんがりを請け負い、死にかけていた。そこを、アルフィアに救われる。それが出会いのきっかけだとか。

 アルフィアはそれなりの期間滞在し、まあまあホリンと意気投合。また今度合ったら一緒に酒を飲み交わそうぜ的な軽いノリで約束を交わし、そして今日再開した。やはり軽いノリで、ヘスティア・ファミリア(うち)来ないか、という話に乗ったという。

 

「まあとにかく、これで最低限身を守れる程度の戦力は用意できたわけだ。よかったな」

「そんな他人事みたいに……」

 

 思わず、ベルはぼやく。アルフィアはいつもこんな感じなので、今更と言えば今更なのだが。

 

「まあいいじゃないか。ファミリアが稼働し始めて、早速三人! とても幸先がいいぜ! 活動するにあたって、とりあえず団長を決めようじゃないか。ギルドにも書類を提出しなきゃいけないしね」

「ベルで」

「こいつで」

「えっ!?」

 

 瞬時に推薦されて、さすがに驚く。あわあわしながらも、思ったことを言ってみた。

 

「前にここで冒険者してたんだから、お姉ちゃんの方がいいんじゃ。それに、ホリンさんも元のファミリアでは立場があったんでしょ? どう考えても新人の僕より、Lv.4のどちらかが団長した方がいいと思うんだけど」

「どうせ新しいファミリアなんだ、そんなことにこだわる必要はないだろう」

「俺は基本的に単独(ソロ)で活動するつもりだからな。そんな奴がすべきじゃないだろ」

 

 言葉を聞きながら、ベルは眉をひそめた。含みがあるわけではないが、どうも引っかかる所がある言い方だ。

 違和感の正体はつかめない。が、少し食い下がってみることにする。

 

「いや、でもやっぱりお姉ちゃんの方が……」

「オラリオで冒険者をしたいと言ったのはベルだ。ならば、お前が責任を持つべきだろう」

「……本音は?」

「めんどくさい。最初から誰かに押しつけようと思ってた」

 

 くぅ、とベルは歯を噛んだ。

 

「じゃあホリンさんは」

「シンプルにお前らの方が早く所属してただろ。俺は半外様だと思ってくれ」

「……本音は?」

「めんどくさい。絶対やるもんかと最初から思ってた」

「お姉ちゃんと意気投合するだけはあるね!」

 

 アルフィア本人は「昔は真面目だった」とか行っているが。今は完全にちゃらんぽらんでものぐさな人である。得意技は、人に責任を押しつける事。

 だいたいいつもそうなのだ。ベルのおやつを盗んだり、料理が壊滅的だったり、不器用なくせにできると言い張って何かを駄目にしては「ベルがやった」と言い張るし。おじいちゃんだって、昔はこんなんじゃなかったのに、と嘆いていた。体が快癒した上、責任もなくなって弾けてしまった、とは本人の談だ。

 やらかした事のしわ寄せは、大抵ベルに来るのだからたまったものではない。だいたい姉はいつも勢いで生きすぎていて……。

 一度思ってしまうと、悪い考えが止まらない。

 確かに戦闘訓練をつけてくれたことは感謝している。とてもしんどかったが。当時はゴムの体を十全に生かす戦い方を教えてくれた事に感謝していた。が、改めて考えれば、これもルフィのものを丸パクリしていただけだと今なら分かる。くそぅ、あの頃から漫画を僕に黙っていたんだな。ベルはとてつもなく憤った。

 関係ない愚痴まで噴出してきた気配をヘスティアが感じて、あわてて割って入る。

 

「まあまあいいじゃないかベル君。主神一年生と冒険者一年生、二人三脚でやっていくのも悪くないだろう?」

「神様……!」

 

 ベルは感動に、思わず胸元で手を合わせた。そうだ、残りがろくでなしだったとしても、この人とやっていけばいい。

 それはつまり、どうしようもない連中の思うとおりになるという事だが、どうでもいい。だってもう本当に、気にしたって仕方のない人なのだ。ホリンなど、この短い会話で、まずこちらの話を聞く人ではないと分かった。ここまで酷いのはある意味凄い。

 

「頑張りましょう、神様! あの人たちは基本的に頼りになりません!」

「うん……うん? いや、ボクはさすがにそこまでは言っていないんだけど……」

「あの人たちは駄目です! 僕達こそがファミリアの未来を担っているんですよ!」

「ベルくん? おーい、ベルくん? ボクの話を聞いてくれないのは、ちょっと寂しいぜ……」

 

 これが、未来に名を轟かせるヘスティア・ファミリアの、なんとも締まらない始まりだったという。

 

 




こんな風に出ていますがホリンはほぼ舞台装置です
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