謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
いそいそとその場を離れ、別の目的地へ向かう。喫茶店へ向かうのは、なんだか気分ではなくなってしまったのでやめた。
一番最初に訪ねた先は『青の薬舗』である。薬屋を経営している事もあり、比較的見つけやすい立地だった。ただ、店は閉まっている。中もどうやら無人で、今日は誰もいない様子だ。休日に来てしまったみたいだな、と諦める。
次に向かったのが『
ただ、それでも
木造に板レンガ(瓦と言っただろうか)を重ねた門を叩く。どうやらこちらは中に人がいたようで、すぐ返事があった。
「はい、どなただ? ……む、神様か」
「やあ。タケ……タケミカヅチはいるかい? ヘスティアが来たって伝えて貰えれば分かると思うんだけど」
「承知した。中で少々お待ちを。今、呼んできます故」
タケミカヅチ・ファミリアのホームは、思っていたよりずっと広い。しっかり運動できるだけの庭と、母屋の他に道場まであるのだ。
これはタケミカヅチがオラリオへ来たときに、少ないながら資本力を持っていたというのもある。が、それ以上に重要なのは、立地だ。
炉心聖堂は立地こそへんぴだが、意外に栄えている場所から近い。治安も悪くなく(よくはない)、一般人がふらっと出歩いてもギリギリセーフという場所だ。対してここは、何をするにしても不便な、いわばオラリオの片田舎。同じ僻地でも地価が違う。
……まあ、オラリオ外ながら堅実にやってきた者と、友神に頼りきりでプー太郎してた怠け者の信用差と言ってしまえば、否定は全くできなかったが。
畳という草を編んだ板の上に座布団を敷いて、そこに促される。正しい据わり方など知らなかったので、適当に足を折った。椅子ではない場所に座るのは新鮮だった。
暫く待っていると、ふすまを開いて大男が入ってくる。
「やあタケ、久しぶり。こうしてホームを見るのは初めてかな」
「ああ、久しいな、ヘスティア。急に来るから驚いたぞ。次からは一声掛けてくれ」
「ごめんごめん」
苦笑交じりの言葉に軽く返しつつ、出されたお茶を飲む。この緑茶というやつは、癖になる味なのだ。
まあ、言っているタケミカヅチも特に気にしている様子はない。できる指摘なのだからとりあえずしておくか、といった風だ。
「せっかくだから、うちの
「ウズイ・桜花です」
「ヒムラ・命です」
「イシダ・千草です」
「わお。真顔でがっつり嘘つくじゃないか」
「お前達……」
タケミカヅチが頭を抱えてしまう。
神に嘘が通用しないなど、今更この子達に言うまでもなかろう。ただし、叱るには彼らの表情があまりにも真剣だった。
こういう顔は見たことがある。というかオラリオには一定数いる。自分と漫画のキャラクターがごちゃ混ぜになって、半ば区別ができなくなってしまっているのだ。
そういった意味では、この子達はまだ『嘘』だと分かって言っているので、救い様はある。中には神センサーで嘘と判断できない奴だっているのだ。
少し前、たまたまロキ・ファミリアの子供達と会った時の事。アイズ・ヴァレンシュタインが『白ひげ』を自称されて、嘘を感じなかったのは、ちょっとした恐怖体験である。世の中、やばい奴はいるのだ。武力という意味でも、メンタル面でも。
「ちなみに、あー……」
「宇随天元、最高ですよね。いつか俺も、あのような変幻自在の戦い方をしてみたいものです」
それは分かる。ヘスティアはうんうん頷いた。
柱というのは最初いけ好かない連中の集団かと思っていたが、想像していたより遙かに筋が通っていた。この分であれば、他の柱も期待できるだろうと思うほどに。
だたそれはそれとして、私生活から漫画のキャラクターになりきるのは頭おかしいが。
「私は逆刃刀を使おうとしたら、とても怒られてしまいました」
「当然だろう……」
命の言葉に、タケミカヅチが呆れかえったと言った様子で呟く。
常識的に考えて、モンスターを相手に不殺など貫かれてはたまったものではなかった。まかり間違って不殺系のスキルなど生えられてしまえば、泣くに泣けない。どこからどう見てもまるっきりタケミカヅチが正しいのだが、それが理解されないというのも珍しい事ではなく。彼女は不満げに主神を見ていた。
そして、誰がどう見ても一番の問題児であるのは、最後に残った少女、千草だ。
「漫画にはあまりにも弓使いが少ないです……これは絶対、謎のファミリアの陰謀に違いありません……」
膝の上で強く拳を握り、ぶつぶつと怨嗟を吐いている。
確かに漫画で遠距離攻撃と言えば、魔法か謎のパワーばかりだ。残りの数少ない弓使いにしたって、少なくともヘスティアは、実物を使っているところを見たことがない。
ただこの手の鬱憤は、誰しも大なり小なり抱えているものであり。さすがに陰謀論を振りかざせるものではない。そりゃあ書き手の側にだって、扱う道具の好みくらいあるだろうし。
「ちなみにこの子らの名前は、右からカシマ・桜花、ヤマト・命、ヒタチ・千草だ」
「あ、ファーストネームはそのままなんだね」
たまに酷いと、名前全てが偽名で飛び出してくる。そういった意味では、大分マシだ。あまりにも悲しい差だったが。
「ちなみにうちは、『呼吸』を主として扱っているファミリアだ」
「へえ、珍しいねえ」
謎のファミリアからもたらされた汎用技術は多い。『覇気』に始まり、『気』『魔力操作』『呪力』。そして『呼吸』など。他にもいくつかある。それぞれ方向に得手不得手があり(魔力操作だけは魔法使い必須の技能だが)、同時に優劣はない。
伸ばしたい汎用技術を定めて伸ばす者もいるが、それは少数。大抵は、向いている汎用技術を伸ばす。よほどこだわりがない限り、その方が高みを目指せるのだ。ただし前提として、伸ばす汎用技術は一つだけと決まっていた。あれもこれもと手を出すより、一つに絞った方が強くなれる為である。ベルも、今では覇気一本だ。
だいたいどの汎用技術もそれなりに研究され、今ではどれを選んでも行き着く先は同じだと考えられている。
そんな中で、『呼吸』はそれなりにニッチなものだった。他の技術と比べ、文字通りに呼吸一つで全てを制御するのは、習得難易度が高いと言われている。
「よく全員に習得させられたねえ。さすがはタケ。うちの子は、『呼吸』は全然分からないって言ってたよ」
「誤解を恐れずに言えば、うちの子にとっては『呼吸』が一番簡単だったのだ。極東武術はことさら息の吸い方を重視するからな。他の技術より自然体で習得できた」
まあこの手の向き不向きは、昔から取り沙汰にされていたらしい。今では
ちなみに、能力なしでも汎用技術を極めれば同等に強くなれることは知られていた。
「その割には、ファミリア全体が『鬼滅の刃が一番!』って訳じゃないんだね」
「好みは人それぞれだからな。とても強制はできんさ。かくいう俺も、BLEACHの巻頭ポエムは飾るくらい痺れている」
「わかる。意味不明なくらい格好いいよね、あれ」
視界の端で、千草がめちゃくちゃそわそわしていた。なんだかんだ消去法でBLEACHを選んでいる訳ではなく、大好きなようだ。
そこをとっかかりに話は盛り上がり、ついでにお昼をご馳走になる。さらにその後も暫く話をしていると、あっという間に三時頃になった。夕方には用事があるため、後ろ髪を引かれながらも出ることにした。今度はこちらのホームに来てね、と一言添えて。
門まで見送られたところで、ふと思い出した、と言った様子でタケミカヅチに声を掛けられる。
「ヘスティア、少し頼まれごとをされてくれないか?」
「別にいいけど。何だい?」
「桜花の友人に、オラリオ出入りの行商人がいるのだ。我々も知らぬ仲ではない。その彼が、今日はうちに寄るよていだったのだが、どうにも遅いのだ。別に探してくれと言うつもりはないが、少し気に掛けておいてくれないだろうか」
「街中を通るから、その時に注意してみるよ」
「すまないな。我々も、これから少し彼を探そうと思っている。ただ遅れているだけならばいいが、何かに巻き込まれているのではと思うと、どうしてもな……」
言いながら、彼が一枚の写真を差し出してきた。桜花の巨体に肩を組まれて、半ば振り回されている様子の細い(というかひょろい)男。彼がそうなのだろう。
「名前はなんて言うんだい?」
「ユースケだ。ああ、彼と接触したら、少し気をつけてくれ。とてもいい子だし嘘もつかないのだが、どうも何も考えず勢いだけで喋っている節がある」
「おーけー。つまり
ひらひらと手を振り別れ、改めて写真を見る。
とりあえず特徴を覚えようとしたが、微妙に難しかった。なにせ極東人という事以外、特筆するような部分がない。無理矢理にでも付け足すならば、戦った事などないだろうと思わせる体格、あたりだろうか。この辺ではあまり見ない服装も特徴と言えば特徴だが、こんなもの着替えただけですぐなくなる。
写真とにらめっこをしながら、暫く歩き続けた。
結果的に言えば、別に注視するまでもなく見つけられる。
ユースケなる男は、喫茶店のテラス席に座っていた。ただし、疲れた様子で非常に居心地悪そうにしており、対面には大泣きしているエルフがいる。
こんなもの、何をどう注意するでもなく視線が集まるというものだ。状況が状況だけに、おまけで彼の顔も忘れないだろう。
関係者とは思われたくないな。無理だろうけど。そんな事を考えながら、とりあえず周囲の人間と同じように、二人を遠巻きにする。
「ふぐううぅぅぅ……酷すぎる……お前もそう思うだろう?」
「あーうん、思う思う」
なるほど、とヘスティアは思う。確かにタケミカヅチが語ったとおりの人となりだ。
ユースケという男は、嘘をついていない。ただ、真実の言葉でもなかった。誰がどう見ても、話を聞き流しながらの生返事。そうしたくなる気持ちはとてもよく分かったが。
エルフの方は、見覚えがある。というかオラリオに住むならば、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
リヴェリア・リヨス・アールヴ。
ただ、名声を汚すくらいおかしな噂というのも流れている。その中でも飛び抜けて信憑性が高いのは、漫画に感情移入しすぎるという内容だった。
ヘスティアはこれを、事実無根ではないにしても、口さがないただの悪口だと思っていた。というか今でも思っていたい。この光景を見るに、少なくとも全くの嘘という訳ではないようだったが。
できれば話が終わるまで放置したいが、終わる様子が見えない。ヘスティアはいやいや近づいていった。周囲から聞こえる「勇者かよ……」みたいな小声が、ひたすらしゃらくさい。
「あー、君がユースケ君だね?」
「うん? せやで」
とりあえずリヴェリアを無視して、男の方にだけ声を掛ける。可能ならば、彼だけを連れてすぐにこの場を去ろうと思いながら。
が、その前ににょきっと伸びたリヴェリアの手がヘスティアの肩を掴む。腕力に任せて無理矢理開いている椅子に座らされた。
「見知らぬ人。お前もきっと、私に同意してくれるはずだ」
「……この子、お酒飲んでるのかい?」
「俺が知る限りでは素面だなぁ。体の中に、本来人間にはないはずの、アルコール貯蔵器官とかあるかも知らんけど」
つまり、そんな軽口を叩きたくなる程度には、様子がおかしかった。
恐らくこちらの様子などまるっきり無視している愚痴は、話半ばに聞き流しつつ。男へ向かって小さく耳打ちする。
「タケが君のこと探してたよ。全然来ないって。まさかこんな大物に捕まっているとは思わなかったよ。仲いいのかい?」
「初対面とは言わないけど、今までろくに話したことなんてないよ。そもそもこっちは、ただロキ・ファミリアに出入りしてるだけの行商だし」
「じゃあなんでこんなことになったの」
「タイミングが悪かったんだろうなぁ……。ちょうど荷物を納品しに行った時に、要約すると「こいつむちゃくちゃ鬱陶しいならどこかに連れてって」と押しつけられた」
「さすがロキ・ファミリアだ、やることが汚いぜ」
ひっそりと、ヘスティアの中でまたロキの株が下がった。まあ誰が気にする事でもない。
リヴェリアは泣き止む気配がなかった。すました顔をしていれば、さぞやと思える顔立ちをしているのだが。ぐちゃぐちゃに泣きはらして顔を張れさせていれば、何もかも台無しである。
実のところ、護衛という訳でもないだろうが、幾人かのエルフが野次馬のさらに外で待機していた。いいように取れば、ハイエルフの威光を汚させない為に、と取れなくもない。実際は、どう考えても絡まれたくないが、かといって放置もできないという所だろう。
「このまま話を聞き流し続けていれば終わるかなあ」
「どうだろ。夜半まで延々喋り続けてても驚かないけど」
「ボク、これから寄るところがあるんだけど……」
「行けばいいじゃない。彼女が逃がしてくれればだけど」
そうしてくれる見込みがあるなら、そもそも相談してないんだよなぁ……。思ったが、口には出さなかった。どう考えたって発展性がない話だ。
仕方なしに、本当に仕方なしに、いやいや質問を投げかける。
「それで、君は何で泣いているんだい?」
返ってきた答えは、すべべべべべ、という訳が分からないもの。一応何かを伝えようという努力はしているらしいが、鼻声で全く聞き取れなかった。
暫く待った後、彼女は改めて呟く。
「伏黒恵が、宿儺に体を奪われてしまった。あまりにもあまりではないか……」
「あー、そこかぁ」
リヴェリアが十種影法術を持っているのは、別に秘密でもなんでもない話だ。むしろ見せつけるように、式神を連れて歩いているという。ヘスティアは遭遇した事こそないが、噂の数と彼女の様子を見るに、恐らく真実なのだろう。
確かに宿儺が伏黒恵の体を奪った場面は、直前の展開もあって、衝撃的だった。そもそも呪術廻戦は常時衝撃的な展開ばかりだと思うが、そこはそれ。
実はあれ、神としてはそこそこ胸が痛い展開だったりする。というのも、古代には似たような事を人間にやらかしていたからだ。
内容が偶然だというのは分かっている。が、そこはそれ。もしも人の子に知られてしまえば、白眼視では済まない。めちゃくちゃ申し訳ないとは思っているのだ。
「しかもっ……お前っ……サブタイトルが呪胎戴天だと……? そんなもの……凄くいやらしい伏線ではないか! アクタミ・下々はアレンより人の心がないぞ!」
「それ、絶対本人の前で言わないでよ。戦争しか生まないからね」
男はスカッシュをちびちび飲む手を止めて、強く忠告した。たまに禪院直哉と同一視され、喧嘩が起こる話だ。
確かにこんなことで、二大派閥(最近はアストレア・ファミリアも加えて三大派閥になるのだったか)の全面戦争とか嫌すぎる。
「まあまあリヴェリア君、大丈夫だよ」
「うんうん、そうだよ」
「……何がだ?」
「今までの呪術廻戦を考えてみて、どうだい? 伏黒恵がこのままフェードアウトするような作者かな?」
「それだよそれ」
「君はもうちょっと、独自の意見を言えないのかい?」
ただ追従するだけのよく分からない男に、ちくりと苦言を呈する。が、本人は全く気にした様子がなかった。殴りたくなるほど、メンタルが『神』である。
「……そうだな。私の伏黒恵は必ず復活する」
あんたのではない。恐らく誰もがそう思ったろうが、言葉にする勇気を持った者はいなかった。リヴェリアの持つ権威がどうとか以前に、ひたすらややこしい問題しか起こさないから。
少し気分がよくなったのか、彼女は僅かだけ顔色を変える。
「ではその時の為、物語を復習しようではないか」
えっ。ヘスティアは小さく呟いた。まさかこれで話が終わらないとは思っていなかったのだ。
ちらりと隣を見る。男は、もはや諦めの境地にあるといった様子で頷いた。ヘスティアはリヴェリアと交換するようにして、さっと顔を青ざめさせる。今更になって、こんなのはもう何度も繰り返している事なのだと悟った。
もしかしたら、この時間は永遠に終わらないのかもしれない。そんな諦めの境地は、幸運にも長く感じている必要はなかった。
遠くから、ロキ・ファミリアの団員が慌ててやってきて、リヴェリアの両脇を抱えたのだ。様子から見るに、幹部、ないしは準幹部の団員。
「すみませんすみません、ほんっとごめんなさい!」
「この埋め合わせは後日必ずしますんで、どうか穏便に!」
リヴェリアには何も言わせまいと口を塞ぎ、嵐のように一方的に告げて去って行った。
野次馬も、見るものはなくなったと消えていく。最後には、特に面識もない二人だけが、ぽつんと残されてしまった。
今更気まずく思うことはないが、まあ言葉には悩む。話題のほぼ全てが対リヴェリアでの共闘だっただけに。
「んじゃ、俺は桜花、もといタケミカヅチ・ファミリアの所に行くわ。大したもてなしもできなくて悪いね。ここの料金は、俺が払っておくから安心して」
が、彼は特に気にした様子もなく。伝票を持って立ち上がった。
「あ、うん。ありがとう」
あまりにも切り替えが早いので、ヘスティアもそう返すしかできない。
まるで最初からそうだったかのように、ぽつんと一人残されて。
「……なんか釈然としない」
テーブルに置かれている、冷めたコーヒー(リヴェリアが勝手に注文した)を飲み干しながら、彼女は独りごちた。
椅子から立ち上がった頃には、全てを忘れようと決断が済む。そういうのはまあまあ得意だ。この世にある問題の大半は、思い悩むより気にしない方が楽である。
時刻は夕方にさしかかるかという頃。今日が終わろうとしている。迷惑な時間になる前に、とっとと目的地へ向かうことにした。
やたらと広い道を通り、小高い丘を登る。
このあたりは、別に僻地という訳ではない。当然、狭い家一軒建てるのにも、かなり洒落にならない金が掛かる。炉心聖堂のように、一等地の隙間を縫うようにして建っているのではない。目の前の馬鹿でかい敷地は、まるごと一等地にあるのだ。
(これが大ファミリアってものなんだろうなあ)
えっちらおっちら、一般的な神が歩くには少々長い坂道を進みながら、そんなことを考える。
ふと、旧ゼウス、ヘラ・ファミリアの敷地はどうなっているのだろうと思った。当時の事を知る者からも、あまり詳しい話は聞けない。どうにも話を濁されてしまう。公立図書館などに行けば、20程度前の資料は残っているだろう。が、そこまでして暴きたいとも思わなかった。
ともあれ認めなければいけないのは、今はロキとフレイヤの時代という事であり。目の前にそびえる
(まあ、だからどうって訳でもないんだけどね)
ここまで
やっとの思いで門までたどり着く。そこでは、ヘスティアが用件を告げるまでもなく、一人の冒険者が正装で待機していた。
「ヘスティア様ですね。フレイヤ様から伺っております。本日は案内をさせていただくヘイズと申します」
「うん、よろしく頼むぜ」
さすが巨大ファミリアだけあって、迎えの人員一つとっても、動きにそつがない。
対して自分のファミリアは……考えそうになって、やめた。全く相手にもならない。ベルはまだなんとかなりそうだが、他があまりにも論外だ。下手したら客人に手を出しかねない二人である。
フレイヤ・ファミリアの内部は、当たり前なのだろうが、ヘファイストス・ファミリアのそれとは大分違っていた。あちらが職人の寄り集まりといった雰囲気だったのに対し、フレイヤ・ファミリアはほとんど一つの街である。ただし、枕詞に「蛮族の」という言葉がつくが。遠くから響く生々しい音が気にならないというなら、フレイヤ・ファミリアの団員はかなり感覚が麻痺している。
耳を塞ぎたくなるそれも、建物の中に入っていくらかしたら聞こえなくなった。防音はしっかりしているようだ。
案内された階層は、それほど高いものではなかった。ただ、その階が他の階と作りそのものが違う、とは感じる。建物の作りからして堅牢で、厳重で。見るからにここの主を守っているという風だ。
他と比べて、特に大きいわけでもない扉。ただし重厚なもので、いかにも大事なものが中にありますと雄弁に語っている。扉の両脇には、恐らく高位であろう冒険者が、武器を携帯した状態で控えている。
「中にフレイヤ様がいらっしゃいます」
「君は来ないのかい?」
同道する様子が全くないヘイズに聞いてみる。これは疑問と言うより願望だった。
ただでさえ、フレイヤは苦手な相手だというのに。相手のホームでいきなり二人きり。気まずいったらない。相手側の人間だとしても、居てくれた方がなんぼかマシだ。
「いえ。フレイヤ様が「水入らずで話したい」と仰っていましたので。私はここまでです」
「ぐぬぬ」
これはいくら言っても付いてきてくれないやつだな。分かってしまったからこそ、うなるしかなかった。
戸惑っていると、「早よ行け」という視線がその場にいる全員から突き刺さる。覚悟を決めて、扉を開いた。
ほんのちょっと、実は後ろからひっそり付いてくるかな、と思ったがそんなことはなく。目の前で、やたら艶めかしい動作で座っているフレイヤに手招きされる。
恐る恐る近づいていくと、フレイヤに笑われてしまった。
「何でそんなに警戒しているのよ。知らない仲でもないでしょうに」
「ボクは君が苦手なんだよ。知ってるだろ?」
が、そんな風に言われてしまっては、ヘスティアにだって恥じる気持ちはある。無理して胸を張り、ずんずんと彼女の正面にある一人がけのソファーに座った。
「まずは、その……なんだい。お礼を言っておくよ。君の所のアレン君には、うちのベル君がずいぶんとお世話になってるね」
「正直、お礼を言いたいのは私の方なのよね」
小さく笑ったフレイヤに、ヘスティアは首をかしげた。一体何の話だろうか。
「アレンはね、強いけど弱くて不器用な子なの。……あ、これは、ここだけの話にしておいて頂戴ね」
「いたずらに吹聴するような事はしないと約束するよ」
「なら安心。あの子はね、強くなるために自分の妹を捨てたの。わざわざ私に頼み込み、下手な芝居まで打って」
「……それは穏やかな話なんだろうね?」
「安心して。その子は安全なところで、今は冒険者と無縁な生活を送っているわ。……当時、フローメル兄妹はお互いに酷い依存の仕方をしていたの。それこそダンジョンでは、無自覚な足の引っ張り合いで共倒れしてしまいかねない程にね。自覚は、多分双方にあったんだと思うわ。でも、決断できたのはアレンだけだった。だから、妹――アーニャの方を、追放する形で無理矢理外に出したの」
「当時を知らないボクに、それを悪いと言うことはできないよ。でも、他にやりようはあったんじゃないかい?」
「それは家庭の守護を司るあなただから言えることであり、できる事なのよね」
苦笑しながら、フレイヤは呟いた。笑みの中に隠しきれない苦々しさは、どちらかと言うと、自分に向けられているものに感じた。
「私は
「ベル君が?」
「あの子と関わるようになってから、アレンは少しずつ強くなっていった。力がではなくて、心の方がね。だから、もしかしたらという思いがある。もしかしたらベルなら、少しずつアレンの心を塞いでいってくれて、いずれは……なんて。少し都合がよすぎるとは、自分でも思うけどね」
そういたずらっ子のように呟くフレイヤに、実のところ、ヘスティアは大いに悩んでいた。
ベルがアレンの支えになると言うならば、それはいい。むしろ大いにやるべきだ。ましてや、それでこちらも利益を得られるのだから、否定する理由はどこにもない。元からヘスティアは、お礼をするために、わざわざ苦手な相手にアポまで取ったのだし。
問題はアレン本人。
聞きかじっただけでも、彼の願望と行動はちぐはぐである。これが杞憂であれば、もしくは妹と復縁する目処があるならばいい。ただの考えすぎというだけだ。
しかしもしそうでないならば、アレンが壊れるか、目的の何かを遂げるかのチキンレースとなり。高確率で負ける賭けだ。
「フレイヤ、はっきり言うよ。過去のことについて、あれこれ言うつもりはない。当然、むやみに騒がせる事も。でも、アレン君を放っておけと言うなら、それは断固断る。たとえボクの
「……ふふっ」
面白くて仕方ないと言った風なフレイヤの様子に、きょとんとする。ヘスティアとしては、かなりはっきりと宣戦布告をしたつもりだったのだが。
「ごめんなさいね。でも、あなたならそうしてくれると期待して、この話をしたの。あなたが必要だと思ったら、アレンに言葉を掛けてあげて。それは絶対に、正しい事なのだから」
「君はそういうの、嫌がると思ってたけど……」
「どういうつもりであっても、知ったかぶりや中途半端に同情しているなら、天界に還してでも突っぱねていたわ。でも、あなたはそうじゃないでしょう? 私、これでも信用してるつもりなのよ」
「なんだか、今日はいろいろと驚かされてばかりだなぁ」
小さく目元を揉みながら。
初めて二人だけで、突っ込んだ話をしてみて分かったことがある。それは、彼女とは本当に、主義主張があわない
方向が違うだけで、子供の事をとても思いやり、内心まで察し、そして報いようとしている。ただ、彼女にはできないことがあるというだけ。得手不得手の問題だ。逆にヘスティアであれば、アレンの問題を解決できず、いつまでもぐずぐずしていただろう。もしかしたら、そのせいで死なせてしまったかもしれない。
「なんて言うか、あれだね」
ヘスティアは微妙にフレイヤから視線を逸らしながら、呟いた。
「表現が難しいんだけど、いい
「ふふっ、あなたも一度
「それは絶対にお断りだい!」
両手で大きくバツを作って、断固拒否する。すると、とても予想外な事に、彼女に似つかわしくない様子でけらけらと笑い出した。
「それでいいのよ! だってあなたは竈の女神なんだもの」
「処女神だからじゃないんだ」
「ええ、違うわ。ただ貞淑を重んじるだけなんてクソくらえよ。美の女神として、笑い飛ばしてやるわ。主義の先に守るものがあってこそ。でなければ、ただカビ臭いだけよ」
「何度も言うけど、だからって明け透けすぎるのはどうかと思うぜ」
「一度体を開いちゃうと、「こんなものかぁ」ってなっちゃったのよねぇ。こればかりはどうしようもないわ」
尋ねてきた頃よりは数段軽口を叩ける関係になって、心が軽くなった。同時に思う。話してみれば、思っていたより遙かに仲良くなれるものなのだなあと。案ずるより産むが易しとはよく言ったものだ。
その後も少し話をした後、フレイヤと別れた。部屋を出ると、来たときと同じようにヘイズが待機している。またしても彼女に連れられて、ホームの外に向かった。
軽くスキップなどしてしまう。やっぱり食わず嫌いはいけない。突っ込んで話してみなければ、分からないことだってあるのだ。
そんなことを知って、ヘスティアのなんてことがない一日が締めくくられた。