謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
来た時とは対照的ににこにこ笑いながら部屋を去るヘスティアの背中を、うっすらとした笑みで、フレイヤは見送る。
彼女は相変わらず、なんとも可愛らしい娘である。そう、あらゆる意味で、ヘスティアは女ではない。外敵から守る戦いをさせれば、それこそ戦神が如き猛威を見せるのだが。反面、駆け引きにはとんと弱かった。
先ほどの会話は、確かにフレイヤは嘘はついていない。ただし、隠していることはあった。それに彼女は欠片も気付いた様子がない。
「全く、
現状、あらゆる事態がフレイヤに都合よく動いている。順調すぎるほど順調なため、思わず笑みがこぼれてしまうほど。
テーブル備え付けの鈴を鳴らす。護衛の一人が部屋に入ってきた。
「何でしょうか」
「お茶を下げて頂戴。あと、淹れ直してきて」
「はっ」
恭しく頭を下げた後、護衛の彼女はちらりとフレイヤを見る。
「フレイヤ様、ご機嫌ですね」
「ええ、そうね。それがどうかしたの?」
「いえ。ただ、最近はずっと楽しそうなのでつい」
「誰だって、上手くいっている時はこうなるものよ」
フレイヤとしては混じりっけのない本音だったが、彼女はごまかされたと思ったのだろう。やや不思議そうにしながら、しかしそれ以上は何も言ってこなかった。
彼女がトレーを持って外に出て行った後、フレイヤは独りごちる。
「もう、失礼しちゃうわよね。私だって、年がら年中よからぬ事を考えている訳じゃないのに」
とは言うものの、それだけの迷惑を
入れ替えて貰った、カップの上に浮かぶ琥珀を眺めながら、フレイヤは懐古した。そう、始まりは、一つの失敗からだ。
基本的に、フレイヤ・ファミリアの戸口は狭い。
結構いろいろな事をできるようにしているロキ・ファミリアと違い、フレイヤ・ファミリアはガチガチの武闘派だ。あれもこれもなどできる必要はない。他の何ができずとも、ただ戦いに強くあれ。そういった方針で運営されている。
つまり、弱そうというだけで弾かれる事は、決して珍しくないのだ。
ベル・クラネル。フレイヤが見つけ、この人しか考えられないと一目惚れした
彼がファミリアの戸を叩いたのに逃してしまったのは痛恨だった。あの日ほど自らの運営方針を呪ったことはない。
無論、これには言い訳がある。彼女は
「本当に、いろいろな意味で衝撃的だったわ」
水鏡に映る自分と目が合う。今の自分を見て、昔の自分は笑うだろうか。それとも微笑むか。
フレイヤが気付いたとき、ベルは既にヘスティア・ファミリアへと入っていた。もし相手がヘスティアでなければ、彼女はすぐにでも
問題はその後。どうやってベルと接近するかだ。シルとして近づこうかと段取りを組んでいるうちに、なんとアレンがいつの間にかベルと仲良くなっていたのである。あの気難しい子が、半サポーター扱いとは言えダンジョンへ連れて行ってやる程に。
これにはさすがのフレイヤも驚いた。なにせアレンは、そういったことから一番縁遠い子だと思っていたのである。フレイヤが自分の頬をつねる程度には、予想外な事だった。
暫く呆然としていたが、すぐに頭を回す。これはむしろいい兆候であると。
シルとして近づけば、当然シルとしてしか認識されない訳で。最悪、「女神フレイヤ? 誰それ?」などと言われかねない。そんな事態になれば、フレイヤの心がブロークンだ。
臨みうる限り最も自然な流れでアレンに紹介して貰い、そして出会うことができた。これには胸裏のフレイヤ様も渾身のガッツポーズである。
アレンと仲がいいからという名目で、ちょくちょくホームに招く。そして、不自然にならない程度に支援もした。
そうして交流を深めて幾ばくか。やっとヘスティアが重い腰を上げて、今日に至ったという訳である。
「『主神としてのヘスティア』は初めて見たけど、ふふ……。いい
決して彼女を侮っている訳ではない。ただ安堵があっただけである。
する必要がないのに、他人の
フレイヤはベルの女になりたい。そして、ヘスティアはどうあがいてもベルの女たり得なかった。
今日顔を合わせて確認したかったのは、まさにそれである。
彼女はフレイヤの敵ではなく、敵になろうと思ってもなれない。さぞやいい
ベルの『家族』という意味で、
「あなたもベルに特別な感情がないわけじゃないというのは分かるけど、ごめんなさいね。
ヘスティアは善き家庭人だ。家族であるという点に関しては、他者の追随を許さない。それこそ、「ゼウスの身内なのに……?」と思ってしまうほどだ。だからこそ、女としては見るべき所がない。
彼女は善き母であり、姉であり妹であり娘である。あどけなさと包容力を両得したような外見は、恐らくそこからだ。
だが。というか、だからこそか。妻としての資質は限りなく低い。フレイヤとて高いわけではないが、それでもヘスティアよりは数段上だ。
似たような理屈で、比較的好感度が高いアルテミスも、特別注意するような敵ではなかった。
「本当に、あの娘達はよくやってくれたわ。最初は蛆が集ってどうしてやろうかと思ったけど」
ベルの近くにいた女は多い。それも、かなり好意的は者が。が、彼女らは軒並み自爆していった。いっそ計画でもあったのかと思うほどに。
とりわけ……名前は何だったか。とにかく、アルテミスの所のエルフはいい仕事をしてくれたものだ。なにせベルがエルフに抱いていた無形の憧れを、木っ端みじんに粉砕してくれたのだから。あの事件のおかげで金髪ロングエルフという最大の難敵が脱落したのは、超がつく幸運である。
そして、一番近しいヘスティア。ぱっと見ではライバルに見えるかも知れないが、しかし彼女には致命的な欠点があった。
「あの娘は揺り籠」
ベル・クラネルはいずれ羽ばたく。どこへ向かうかまでは分からないが、いずれの道であっても勇士ではあるだろう。その時が来るまで体を休める、仮初めの宿。もしくは故郷。
「いずれ、私の元へやってくる。そうして見せる」
時が来るまでは、好きにすればいい。その程度ならば、お目こぼししてやれる。魂さえ汚さないならば、抱いてもいいとすら思っていた。もっとも、あの様子では百億年経っても無理だろうが。
ある意味、ベルは世界一安全な場所にいる。もしかしたら、フレイヤの手元よりも。そして自分は、近くからゆっくりじっくりと無二の『女』になることができる。
「現状は、私が何かをしていたより遙かに都合がいい。……ふふ、参っちゃうわね。さすが私、運命に愛されてるわ」
めちゃくちゃ自信満々な顔で自画自賛する。
実のところ、別に楽観していられるほどの状況ではない。根本的に、彼女の予想は想定外の何かが起こらない前提の話である。そうでなくとも、別に確度の高い予想という訳でもない。
基本的に、フレイヤは楽観的である。根本的に策略には向いていないというのもあるが、今までは自分の美貌と近しい者の武力でなんとかなってしまったからだ。困ったことは暴力で解決するというのが骨の髄まで染みついてしまっている。
端的に言うならば、彼女はわかりやすく暴力に酔い調子に乗っていた。それは恐らく、大きく躓くまで、もしくは致命的な齟齬を産むまで続くだろう。
「…………」
そんな彼女の様子を、胡乱げに眺める二つの視線。
はっとしてそちらへ向くと、いつの間にか護衛の二人が中に入っていた。
「な、何よ!」
「いいえ、何も。何度もお声かけをしたのに、お返事をいただけなかったもので」
「ただ、楽しそうだなあと」
「いいじゃない別に! たまには!」
「割としょっちゅうですが」
「何事もほどほどでお願いしますね」
ちょっと扱いが雑すぎやしないだろうか。いや、こういう所が気に入っていて、オッタルやアレンがいない時は護衛を頼んでいるのだが。傅かれるのには慣れているが、常時それだと肩が凝ってしまう。
「とにかく、もう少し一人にさせて頂戴!」
「はーい」
「あまり心配掛けさせないで下さいね」
ぷりぷりと「私は不機嫌です」という主張をしても、特にご機嫌取りをしようとはしない。こういうままならない空気は、嫌いではなかった。
自分は変わっていない。神は変わらない。だが、周囲を変えようとすれば、案外なんとかなるものだと改めて感じた。
これは、豊穣の女主人における経験がそうさせたのだろう。入ってきた新人(といっても、もう一人前だが)には、いろいろと教えられる事が多かった。なんだかんだ今までにいないタイプで、当時はずいぶんと新鮮に感じたものである。
ともあれ、ファミリアの空気は以前より心地よいものであり。ここにベルが加われば言うことはない。
「そうねえ、あの子の心を手に入れたら、どうしようかしら?」
今から胸の高鳴りが止まらない。
いきなりめちゃくちゃに愛し合うのもいいが、同時に惜しいとも思うのだ。初々しさを感じられるのは最初だけ。ならば、一万年くらいは肉体的な交わりを持たずに、いちゃいちゃラブラブ恋人ごっこをするのも悪くない。とても悪くない。
想像しただけでもだえそうになったが、さすがに堪える。外にはまだ子供が居るのだ。この短時間に恥の上塗りをして白い目で見られるのは、さすがに嫌だ。フランクに付き合いたいが、軽んじられたい訳ではない。
(問題は……)
美の女神フレイヤを嫌悪しており、ただ彼女のお気に入りというだけでベルを手中に収めようとする者達。イシュタルを代表に、その手の者はいくらでもいた。
こればかりは、相手を派閥ごと力任せにねじ伏せればいいという問題ではない。なにせベルという弱点がいる以上、相手は先手を取り放題だ。この問題のややこしいところは、先手を取られるイコールフレイヤの負けという点。
知られないという事が最重要。そのためには、ベルが自衛できるようになるまでアレンのお気に入りという建前を貫かなければならない。
今更ベルを自陣営に引き込めないというのは、これも大いに影響している。十中八九いつものことと処理されるだろうが、残りの一が出てしまった時が最悪だ。
「いっそのこと、私も特殊な能力を得られればいいのだけど」
それが現実的ではないというのは、重々承知している。
謎のファミリアがばらまく能力。
が、そのためには一人ないし少数で、人気のない場所をふらつく必要があり。それは、いくらでも暗殺してくださいと宣伝しているようなものだ。
そもそも
神だって能力を獲得できるかもしれない。しかし、それはそれとして獲得できた者はいない。神が怪しい老人との遭遇を試すには、超えなければいけないハードルが多すぎた。
「これは考えても仕方ないわね」
どのみち、望み通りの力を得られる可能性は限りなく低いのだし。現時点で思い悩んでも仕方のない話ではあった。
幸いにも――。
「……ふふっ」
フレイヤは、実はベルのステイタスを知っている。
彼が無知なのをいいことに、背中を覗かせて貰ったのだ。さすがに
ともあれ、それでベルには、成長促進スキルがあることが分かった。これなら後は適切な試練を与えるだけで、すぐに必要分のランクアップを果たせるだろう。さすがに何年後の話になるかは、ちょっと分からないが。鍛えるだけならば、アレンが勝手にやってくれるだろうし。
「どうしようかしら。試練は別に、モンスターである必要もないのだしね」
このやり方は、実はフレイヤ・ファミリアでは一般的な方法だ。試練とは自覚を持たない事こそ重要で、要は当人がそういう覚悟さえ持てればいい。誰かが糸を引いているという意識さえ持たなければ、その気になってくれる子は割といるものだ。
最初の一回を、高確率でランクアップさせられる。フレイヤ・ファミリアが精強たる所以の一つだ。ここで誰を向かわせるかが難しい所だが、そここそ腕の見せ所。
まあこれは、さすがにファミリア秘中の秘であるため、反対があるかもしれない。その場合はそこらのモンスターを強化種にでもして向かわせればいいか。
そんなことを考えていると、扉がノックされる。今回は気付くことができた。
「どうぞ」
入ってきたのはオッタルで、護衛ではない。少し驚いたが、予想外という程でもなかった。そろそろだろうとは思っていたのだし。
彼はぼろぼろの姿だったが、見た目に反して心身が充実しているのが分かる。
「やるのね、オッタル」
「はっ」
オッタルがランクアップを果たしたのは、つい二週間前の事。これはまだ世間に公表していない話であるため、話題になっていない。フレイヤ・ファミリアでも知っているのは、ごく一部だ。これは、公表するにしてもアレンと勝負した後の方がいいだろ言うという、フレイヤの親心である。
彼はなんと、単独で54階層に到達した。恐らくは、これがランクアップに相当する偉業となったのだろう。
いくら能力持ちとはいえ、単独でのダンジョンアタックは容易ならざるものだ。なにせダンジョンは下に進めば進むほど広くなっていく。モンスターがいなかったとしても、倍々に労力が上がっていくのだ。
物資を代理で誰かが運ぶ、という事ができない以上、何かを犠牲にする必要があった。体力、時間、進路選択……あらゆる意味で、ファミリア単位のダンジョンアタックとは別物。
実は
なにせ無茶をして下まで進み、帰還する体力を残せなくて死ぬという事故が多発したのだ。ギルドだって大手を振って禁止はできないが、非推奨とは明言している。そのため、パーティーも組まずに深く潜るのを目的とするのは、訓練を超えて趣味の領域だ。現状だとオッタルはぶっちぎりのナンバーワンだと言える。
単独ダンジョンアタックは、無意味という訳ではない。高ランク冒険者が、偉業を得ようと思ったときに可能性がなくはないものではある。とりわけ自分を追い込むには悪くない手段であり(別に良くもない)、特にオッタルは多用していた。
それが実を結んでランクアップし、肉体の調整を終えて戻ってきたのである。
「恥ずかしながら、カイドウにはほど遠いですが」
「それは仕方ないわよ」
どこまでもストイックなオッタルに、苦笑が漏れる。
原作の描写を信じるならば、カイドウの力は一国家を単独で軽く殲滅できるほどだ。ましてや、作中で明確に最強と言われている。あんなのどうやって倒すのだ、とオラリオで話題をさらっている。あれに比べれば、オッタルがまだ赤子のようなものと思ってしまうのは仕方ない。
オッタルはレベル、技能、能力の扱い、汎用技術、全てでオラリオ十指に入る。そういった意味でも、カイドウに近いと言えるかも知れない。ただ、実力のスケールが違いすぎるだけで。
反対にアレンは、得意と長所をとことんまで伸ばすタイプだ。不得手を潰すのに苦労するより、最低限まで高めたら他でカバーする。弱点がはっきり見えてしまう鍛え方だが、代わりに長所がとてつもなく強かった。それこそ場合によっては、オッタルが手も足も出ず負けかねない程に。
ちなみにこれは全く関係ないが、彼の能力を「禪院直哉の……」と言うと怒る。あくまで禪院直毘人の能力だと言って憚らなかった。
はっきり言って、フィジカル一辺倒のオッタルは、投射呪法を使うアレンと、相性はすこぶる悪い。それでもアレンに挑むのは、何か対策を考えてきたのか。それとも、全てを実力でねじ伏せるつもりか。何にしろ、無策ではあるまい。
「オッタル」
「はっ」
「あなた、以前より輝きを増してるわ」
「恐縮です」
社交辞令と思われているかもしれないが、これは本音だ。
オッタルは最強となってから、明らかに
逆に、アレンは最強となってから、いい意味での余裕ができた。少し視座が高くなり、強くなるため、本当に必要な事を取捨選択できるようになっている。
何のことはない。オッタルに最強は向いていなく、アレンに二番手は向いていなかった。ただそれだけの話である。
今回の戦いは、多分オッタルが勝つだろう。
少し前までならば、アレンの荒れ具合を気にもした。が、今は多分大丈夫だと思っている。根拠のある話ではなくただの勘だが、まあ多分なんとかなるだろうの精神で。
「舞台は整えておくわ。それまでゆっくり休みなさい」
「感謝いたします」
それから二日後、『王座争奪戦』が行われ。
フレイヤの予想通りとなり、世間はオッタルのランクアップと『王の帰還』に湧いたという。
ベルの恋愛的好感度ランキング
一位・フレイヤ(えっちで綺麗なお姉さん)
二位・アルテミス(清楚で綺麗なお姉さん)
三位・ヘスティア(親しみやすい。幼なじみポジション)