謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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強者はすぐに立ち上がり、敗者はいつまでも横たわる

 殺意とは、あらゆる動物が持つ原始的な動力源である。これを発揮するのに、知性や理性は必要ない。ただただ感情だけを爆発させればいい。

 通常、衝動のままに発揮するそれを、理性で制御し、知性で組み立てるのが人間というものだ。感情だけで動けば、それはただの獣である。

 アレン・フローメルとて、人であろうという意識はある。しかしそれはそれとして、堪えきれないものはあった。

 敗北。それは人から、あらゆるものを奪う。

 名誉や名声というのが負けて失う代表例なのなのだろうが、それは彼にとってどうでもいいものだった。重要なのは自尊心と、何より喪失感。これが酷く耐えがたく。

 苛立ちが止まらない。目の前に誰かがいれば、迷わず殴り飛ばしていただろう。吐き気すら覚える。

 およそ二年前のあの日、アレンはオッタルを倒し、新たなる最強となった。その後、二度の挑戦も退け、多少天狗になっていたのは否定しない。しかしそれで訓練を軽んじていたかと問われれば、全くそんなことはないのだ。

 彼にとって、()()最強などあくまで通過点。真に目指しているのは()()()最強であり、あらゆる干渉をはね除けられる力だ。もう二度と、何者にも奪われないように。

 そう考えて生きてきたにもかかわらず、結果はあっさりと最強を奪還される。脆弱以外の何者でもなかった。

 

「クソがァ……!」

 

 溢れる殺気のままに呟く。ただでさえ遠巻きだった人並みが、これで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 このような態度を取るべきではない。少なくともホームの外では。分かっていてもしてしまうのは、フレイヤ・ファミリア内では絡んでくる者があまりにも多すぎる為だった。今の精神では、相手を殺してしまいかねない。

 自分がまずい状態だと分かっているからこそ、外に出て頭を冷やしているのだ。

 もっとも、その試みは全く成功していなかったが。むしろ時間を置くごとに苛立ちが増している。極めて些細なあらゆるが、いちいち神経を撫でてくる……。

 オッタルに向ける、殺意に似たものはもちろんある。しかしそれ以上に……。

 

「不甲斐ねえ……!」

 

 自分自身に向けられていた。

 最強たるもの、勝負は水物などという言葉で自分をごまかしてはいけない。君臨し続けられないなら、そんな栄誉はないも同然だ。つまり、アレンが今まで立っていた場所など、砂の城でしかなかったと言うこと。これで、間抜けな自分自身に殺意が湧かない訳もない。

 

(いつからだ? いつから俺はこんなに腑抜けていた?)

 

 一時期でも最強の名を得たからだろうか。ファミリア内で一定の地位と実力を得たから、勘違いしてしまったのか。あるいは、もっと前から……。

 いや。そもそもこれは、今考えるべき事なのだろうか。そんなことより、どう強くなるかの方がよほど重要なのかもしれない。しかし、間違った考えの根本からたたき直さなければ、芯は曲がってしまうように思える。

 全然考えが纏まらなかった。真剣にどう進むか、どこから進むかを考えようとしても、負けたという屈辱が先に突きつけられる。

 アレンはいつもこうだ。頭に血が上りやすいせいで、冷静な判断力を欠く。戦闘中ならばまだしも、日常生活ではよくあることだった。それがなおさら、彼の頭を沸騰させる。

 

「あ、あの……」

「あ?」

 

 正直な所、この声が自分に向けられたものかは定かではない。返事をしたのは、ただの反射だ。チンピラじみた恫喝を、返事と言えるならばだが。

 やはりというか、声を掛けてきた側はびくりと震えた。およそ戦士のものではない細すぎる体で、体を曲げて小さくなり、上目遣いにこちらを伺っている少年。

 言葉だけで済んだのは、アレンにも意地があったからである。弟子という程ではないにしろ、面倒を見ている子供だ。

 誰にだって、無様を見せたくない相手の一人や二人居る。話しかけてきたのが、間が悪くたまたまその一人だったと言うだけだ。

 

「失せろ、ベル。今はお前風情と話す気分じゃねえんだよ」

「それは……負けたから、でしょうか」

 

 一瞬にして、脳内の血管が何本も切れたのが分かる。気付いたときには対面の壁に、ベルの首が折れかねない勢いで押しつけていた。壁は軽く陥没し、さらに周囲へ亀裂を無数に走らせる。殴って彼の首から上を吹き飛ばさなかったのは、理性が働いた為ではない。

 そこかしこから悲鳴が上がった。冒険者が暴れているぞ。ガネーシャ・ファミリアを呼べ。いや、あれはアレン・フローメルだ。フレイヤ・ファミリアかアストレア・ファミリアを呼ぶんだ。

 首を圧迫され、酸欠にあえぎながら手足をばたつかせているベル。彼の首に添える手から、気道を圧迫している部分だけ外し、少しだけ楽にしてやった。目の充血が引いてきたのを確認してから、声を低くし告げる。

 

「これでしゃべれんだろ。何かさえずってみろよ。俺を止めるだけの、面白え何かを。ただし、失敗したそん時ァただで済むと思うなよ」

 

 ベルの目に浮かぶ、強い恐怖。ただし瞳の中に籠もっている色が、恐怖だけではないというのは分かった。

 奇妙な感覚だ。恐れられるのも、敵意を向けられるのも慣れている。なれ合いなど特に求めていなかったため、それが普通だった。だが、ベルがこちらに怯えながら、それでもまっすぐ向けてくる目。これを何と言えばいいのか、アレンには適切に表現できる言葉がない。

 もしかしたら。これを敬意と言うのだろうか。

 多少喉を開けたところで、まだ苦しいのだろう。未だじたばたしながら、それでも必死に言葉を伝えようとしてきた。彼の暴れ方は、あくまで苦痛から逃れようという反射的なものであって、こんな目に遭わされてなおアレンを避けている訳ではない。そんな風に感じる。

 どうしてこんなに食らいついてくるのだろう。困惑しかない。少なくとも、敬意を払われるような事は何一つとしてしてこなかったのだ。

 アレンは、ある意味において自分の分というものを自覚していた。こと人間性において、己には全く魅力がないと。

 短気、短慮、その割にはプライドばかり高い。マイナス面ばかりが目立つ人格だ。彼自身が、こんな奴と付き合うのはご免だとすら思っている。だからこそ、ベート・ローガとは互いに憎しみ合っているのだ。双方共に自分という人間が嫌いで、似たような存在であるから、決して相容れない。

 アレン・フローメルが持つ取り柄は強さだけ。最強への飽くなき探究心だけ。

 なのに。なのに……。

 ベル・クラネルは、一体アレン・フローメルの何に期待を、いや()()をしているのだろうか。

 

「ぼく、は……」

 

 声は、絞り出すようなものだった。喉を半ばまで潰されているのだから当たり前だろう。

 このような状態あってなお、ベルの視線は強い。それも、暗いものではない。どこか希望を感じるものだ。それが、なおさらアレンから理解を遠ざける。

 

「僕は、知っています。アレンさんは絶対に()()()()。だから、気にしているのは、これからどうするか、なんかじゃない」

 

 ぐぐぐ、アレンの腕が押し戻されていった。

 馬鹿な……思わず呟く。

 確かにベルはランクアップした。アレンがウォーシャドウに無理矢理魔石を詰め込んで強化種にし、ベルにけしかけたものを、見事倒したから。が、それでも所詮レベルは2。どう考えてもアレンを押し戻せるようなものではない。

 いや、と気が付いた。これは、ベルの力が増しているのではない。アレンの力が弱まっているのだ。彼の気迫に気圧されて。

 

「あなたがいつ立つかだけだ! だって、あなたは諦めた事なんてないんだから! だから、僕は待ちます! アレンさんが再び立つその時までずっと!」

 

 かっと頭が熱くなる。なんで頭にきたのか、何が頭にきたのか、自分でも分からない。

 ただ、ベルの胸ぐらを掴んで、頭上へと掲げる。頭が視線より上に来たため、彼が今、どんな表情をしているか見えなかった。

 

「そんなもん……」

 

 ぎりぎりと奥歯を鳴らす。

 これは何なのだろうか。侮られているのか。安く見られているのか。……いや、違う。これは煽られているのだ。

 殴り飛ばして理解(わか)らせてやるのを、間違いとは思わない。いつだってそうしてきた。しかしそれだと、この小僧はアレン・フローメルを安く見たままだ。そんなこと、納得できるわけがない。

 

「今に決まってんだろ!」

 

 絶叫と同時に、ベルを放り投げた。

 彼は通りを一直線に滑空していき、その辺の人にぶつかり、一緒になってもんどり打っていたが。そんなことはどうでもいい。ベルを叩き付けられ、悲鳴を上げた男も含めて。さらに絡み合って転がりその辺の荷物を巻き込んでいたが、これも誤差だ。

 ベルの言うことは生意気で、とてつもなく腹が立つ。だが、その通りでもあった。

 なにをつまらないことをうだうだと考え込んでいたのか。その時点で自分らしくなかったのだ。慣れない形の敗北で動揺していた、ということにしておく。決して茫然自失だった訳ではない。

 見えてしまえば、あとは簡単だ。

 アレンは頭を使うのが上手くなく、そもそも冒険者とは元来馬鹿なものだ。何を得るにしても強くなるしかなく、たとえ全てを得た後でも強くならなければならない。

 つまりは、自分でも驚くほど驕っていたのだ。何を一度引きずり下ろされた程度で拗ねているのか。情けなくて涙が出る。ましてや、ちょっと面倒を見ているだけのガキにそんなことを指摘されなければ、気づけないほど耄碌していた事実に。

 

(バカが! テメェはまだ何も成してねえだろうが! なにクソ猪をのした程度で、何かをやり遂げた気になってやがる!)

 

 そのまま足を進め……ようとして、急停止。振り返って怒鳴りつけた。

 

「いつまでひっくり返ってんだ!」

「え? いやこれアレンさんがやったんじゃ……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! とっとと行くぞ!」

「理不尽すぎる……」

 

 ぼやきながらも、しかし跳ね起きて走り寄ってくるベルを待つ事もなく。すぐ前を向いて、早足に歩き始めた。

 ベルがアレンの斜め後ろに追いついてきた時、ふと、ベルが何か呟やいた気がする。

 

「アイシールド21読んどいてよかった」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

 

 言っている内容までは聞き取れる事ができなかったため、問いかけてみたものの。曖昧にはぐらかされてしまう。

 まあそこまで気になる訳でもないため、どうでもいかとそれ以上は気にしなかった。

 向かったのは、フレイヤ・ファミリアのホームたる戦いの野(フォールクヴァング)。ベルも当然、敷地内までついてくる。

 実のところ、ヘスティア・ファミリアのメンツが戦いの野(フォールクヴァング)の中までやってくるのは、特に珍しいことではない。ヘスティア・ファミリアは名目上の同名相手、事実上の傘下なのだ。相手の勢力が弱小すぎる事もあって、今更気にする者もいない。

 といっても、実際に入ってきた経験があるのは、ベルとヘスティアだけだ。二人は割と頻繁に訪ねてくるため(ベルはほとんどアレンに着いてきてだが)、今では門番が顔を覚えていた。ちなみにヘスティアはやたらに図太く、気付くと団員と一緒になって飯を食っている事がある。いやまあ、主神たるフレイヤが面白がっているのだから、別に何を言う事もないのだが。ただ団員の中では、距離の詰め方がエグいと話題になってはいる。

 ただ、さすがにフレイヤ・ファミリアの根底を成すホームの上層部にまでは入れられないわけで。

 アレンはふと気が付き、振り返ってベルに言った。

 

「お前、そこらで揉んでもらってこい」

「えっ!?」

 

 ベルがぎょっとして声を上げる。

 フレイヤ・ファミリアでは、年中団員同士の殺し合いが行われていた。実際に相手を殺してしまう訳ではなく、殺し合いさながらの訓練で鍛えるというもの。これは『洗礼』と呼ばれており、フレイヤ・ファミリアの強さを支えていた。

 これはベルも、アレンの命令で強制参加をさせられた事がある。当然ギタギタに伸され、何度も生死の境を彷徨った。

 確かにそれ以来、なんとなく戦いの野(フォールクヴァング)に来るのを恐れていると感じていたが。

 

「あ? 文句あんのか?」

「じゃなくて! アレンさん、僕に来いって言ってましたよね!? それって何か用があるって意味じゃなかったんですか!?」

「あー」

 

 愕然と問うてくるベルに、そういえばそんなこと言ったかな、とアレンは少々悩んだ。

 正直先ほどまでは、ほとんど勢いで喋っていた。だから、細かい事などいちいち覚えていない。ベルが着いてきたのだって、いつもそうしているからそういうものなのだろう、程度の感覚だったし。ぶっちゃけ言葉を発した時点では、意味とか何も考えていない。

 

「やっぱ別に必要ねえわ。適度にぶち殺されて経験値(エクセリア)稼いだ後は、折を見て帰っていいぞ」

「酷いよおおおぉぉ!」

 

 ベルが膝を突いてむせび泣いている。たまたま近くにいた団員が、うわぁ、みたいな顔で見てきた。意味が分からない。

 あまりにうるさいので、窓から運動場へと放り投げた。ほどなくして、空を滑るベルとは別種の悲鳴が聞こえてきたが、これまたどうでもいい。『洗礼』とはそういうものである。彼は準団員の扱いなので、さぞや『可愛がって』もらえるだろう。

 面倒くさい余計な処理を終えて、女神フレイヤの元へ向かう。

 いつも通り、扉の前には護衛が二人。ということは、中にフレイヤがいるのだろう。何か護衛が止めようとしていたが、その前に扉をノックし、返事も待たず中へと入っていった。

 

「失礼します」

 

 中には先客、というか来客がいた。優雅にお茶を飲んでいるフレイヤの正面、口をパンパンに膨らませてお茶請けを詰め込んでいるヘスティア。動物飼ってるみたいだな、とひっそり考えた。

 

「無作法を失礼します」

 

 全く思っていない事を、とりあえず礼儀だけで告げる。

 こういう態度は、神ならば見抜いてくるだろう。だからといって、社交性を捨てていい訳ではない。

 

「構わないわ……とまでは言わないけれど。急ぎなのでしょう? ヘスティア、ちょっと席を外して貰えるかしら」

「わひゃったじぇ」

「別に口の中のものを飲み込む間も惜しめとは言ってないわ」

 

 もっちゃもっちゃと口を動かすヘスティアに、そんな事を言う。

 ヘスティアはひらひらと手を振りながら、部屋を後にした。途中、護衛の恨みがましい視線が刺さってきたが。

 

「さて。アレン、いい顔になったわね」

「ありがとうございます」

 

 特に驚いた様子もないフレイヤ。やはり、既にお見通しのようだ。つくづく底が知れない(ひと)である。

 

「じゃあ早速、背中を見せて頂戴」

 

 背後を向いて跪く。

 これが、オッタルに負けてから初めてのステイタス更新だ。余裕がなかったと言えなくもない。が、一切の言い訳を排除すれば、目を背けていたのだろう。負けたという事実、無様な自分から。

 だから、やり直すならここから始めなければならない。

 

「私はね、あなたのことを心配していたのよ。もしかしたらが……あるんじゃないかって」

「俺はそんなに弱くありません」

「そうね、分かっていたわ。でもベル(あの子)がいなければ、復活するのがもっと遅れていたのは事実でしょう?」

 

 ふふ、という小さな笑い声と共に、背中に血の雫が落とされる感触。

 事実だけに、そこには反論できなかった。少し前までの自分は、正しく負け犬であったのだから。どれほどの時間が経とうとも、笑い話にできない醜態だ。

 

「これでも喜んでいるのよ。あなたの心配事が一つ減ったのだから」

「……ご迷惑をおかけしました」

 

 思わず吠えそうになるのを堪える。他者ならいざ知らず、さすがにフレイヤ相手にそうするわけには行かない。

 

「あなたは私の眷属(子供)の中では、一番手が掛かるものね」

「お戯れはほどほどに」

 

 彼女は、アレンと二人だけだとすぐこういう事を言う。多分誰とでも、二人きりであれば比較的素に近い顔を見せるのだろうが……アレン自身、一番面倒をかけている自覚があるだけに、口ごもるしかなかった。彼女から見れば、アレンは非常にやんちゃな子供だろう。

 彼の背中を薄く撫でる指が、一瞬ぴたりと止まったのが分かった。こんな様子は初めてのことで、アレンも少し眉をひそめる。ランクアップした時も、魔法を獲得したときも、そのような様子を見せたことはなかった。

 

「もういいわ」

 

 声を待ってから振り向き、ステイタスが刻まれた紙を渡される。そこには、見たことのない条項が増えていた。

 

「おめでとう、アレン。あなたはあなたが望むスキルを手に入れたわ」

 

 言っている割には、手放しで喜んでいるという様子ではない。確かに女神フレイヤは演技が上手いが、それはあくまで一定ラインまで。親しい者が見れば、嘘をついているかどうかを、そこそこ見分ける事ができた。

 怪訝に思いながらも、新スキルとやらを確認する。

 【師弟比翼(シンバーシア・アルマ)】、それがスキルの名だ。

 自分と対象が揃っている場合、成長に補正。師弟関係を解除しない限り効果継続。互いを高め合う事で効果向上。

 なるほど、これは強力で、同時にアレンが求めて止まない能力だ。同時に、ベルを絶対手放せなくもなった。高め会うという部分がいまいち曖昧だが、そこを差し引いても優秀だと言えるだろう。

 確かに喜びもある。しかしと、小さく舌打ちをした。ベル(あれ)如きザコが勝手にまとわりついてくるのはいい。だが、こちらから必要としなければならないというのは、いささか納得しがたいものがあった。

 そんな風に考えていると、ふとフレイヤが、何か言いづらそうにもじもじしているのが目に入る。

 首をかしげる。アレンの考察には大きな間違いなどないだろうし、フレイヤも似たような事を考えているはずだ。もしかして何か見落としをしていただろうかと再度紙面に目を通したが、やはり書いてある事は先ほどまでと同じ。理由が分からず、彼女から何か言葉があるのを待つ。

 フレイヤはいくらか悩んだ後、もじもじとしながらやがて口を開く。

 

「あのね、私とあなたの間でこれは、ルール違反だと分かっているのよ?」

 

 とてつもなく言いづらそうな様子に、やはり原因が分からない。少なくともアレンの側には、特に思い至る事はなかった。

 急かすことはできない。女神に対する不敬というよりも、見たことのない様子過ぎて何を言えばいいか分からなかった。

 

「……アーニャ、呼び戻した方がいいと思うわ」

 

 言葉に。

 唖然としたのは一瞬で、自覚なしに威嚇をしていた。そこは、アレンの触れられたくない、もっとも柔らかい部分。

 共謀してアーニャを追い出した彼女が、それを分かっていないはずもない。理由があるのは分かるが、だからといって許せるものでもなかった。

 

「理由を……聞いてもいいでしょうか……」

 

 押し殺した声で言う。彼にとって、これが精一杯理性的な振る舞いだ。

 

「あなたのスキル、ベルと関わったから現れたと言うにはあまりにも短いわ。恐らく、あなたがアーニャを疎みながらも導き続け、一度突き放して途絶えた。それがベルを教えるようになって、やっと実を結んだものだと思うの」

「……それは、勘ですか?」

「ええ、勘よ。ただし、美の女神としてではなく、戦神としての勘」

 

 そういえばこの人には、そういった側面もあったな、と思い出す。

 武神ではないため武器等の扱いでは、二流三流と言った所だが。机上の戦術遊戯などさせれば、たとえ知らないゲームだろうと無双の力を発揮する。

 

「とにかく、師弟比翼(シンバーシア・アルマ)の原型はもっと昔からあった。ということはそのスキル、アーニャにも適応される可能性が非常に高いわ。同時に、あなたへの相乗効果も見込める。今後を思えば、一考する価値はある筈よ」

「あいつの命を危機にさらそうと言うなら……()()()()、あんたといえども敵だ」

「う……」

 

 かなり本気の拒絶をする。現時点では口だけだが、場合によってはこれが現実となるだろう。それくらいの覚悟を持っていたし、だからこそフレイヤを女神と呼ばなかった。

 

「でもね、師弟比翼(シンバーシア・アルマ)が現れたことで、状況が全然変わったのも理解して欲しいの。あの子はLv.4になってから、あからさまに成長が鈍化した。ほとんど止まったと言ってもいいわ。だからこそ心の弱さが表に出て、(あなた)に対する依存を増した結果、大怪我をする結果になってしまった。でも今なら、再び共に強くなるという選択も取れると思うの」

 

 説教とも説得とも違う、どこか懇願するような口調。

 喋っている間は、とりあえず口出しを控えた。これがフレイヤ以外だったら、聞く価値もないものである。もっとも、彼女のものであったとして、どれほど意味があるかは分からないが。所詮予想の話でしかない。

 

「あなたの目的を考えれば、現状は所詮セカンドプラン。一番がアーニャ自身に強くなって貰うことというのは、今も変わっていないはずよ。止まった時計の針を進められるのなら、それに越したことはないわ」

「言いたいことはそれだけですか」

 

 そして、何を聞いてもアレンが変わらないことも分かっているはずだ。

 彼のむっつりとした表情に、フレイヤが小さく嘆息する。そして、諦めたように呟いた。

 

「そうね。私の理屈ではどれだけ言葉を尽くそうと変わらないのは分かっていたわ。ただ、ベルは大切にして頂戴。これくらいの()()()は聞いてくれてもいいでしょう?」

「了解しました」

 

 短く告げて、部屋を出る。

 一番酷い時程ではないが、気分は悪かった。フレイヤにもフレイヤなりの言い分はあるのだと分かっているが、さすがにぶしつけすぎる。そこに触れないというのも、約束だったはずだ。

 

「や、アレン君」

 

 外に出ると、扉の前でヘスティアが待っていた。ヨッ、という非常に気軽な様子で、手を上げてている。

 アレンは小さく会釈した。フレイヤ以外を神と見なしていないのは、他の団員と同じである。が、それはそれとして、彼女は非常にまともな人格をしていることも確かだ。他ファミリアの主神を務めている、という程度の態度は取る。

 

「門の前まで見送りを頼めるかい? ベル君の件について、お礼もしたいしね」

 

 ちらりと、彼女の横で佇んでいるヘイズを見る。ヘスティアがここに来る時、出迎えるのは大抵彼女だ。今日もそのはずだがと思って視線を向けると、小さく頷かれる。譲るという事らしい。

 特に手間という程でもなし、素直に受け入れることにした。彼女の横に着くと、歩き始める。

 

「ごめんね、先に謝っておくよ。部屋の中の会話、ちょっと聞こえてた」

 

 言われて、アレンはばっと振り向いた。ヘスティアの方ではなく、護衛二人とヘイズへ向けて。

 彼女らは非常に気まずそうな顔をしている。つまり、一緒に聞いていたのだ。

 アレンは覇気混じりの殺気を三人へ向けた。全員が一斉に顔を青ざめる。とりあえず、最低限の釘は刺せただろう。これで迂闊に口を滑らせる事はあるまい。もし滑らせたら……その時は改めて、地獄を見て貰おうと決意する。

 緩めていた歩調を戻し、すぐヘスティアに追いつく。

 彼女はやや不思議そうにこちらを見てくるだけだった。いくら自分に向けられた訳ではないと言っても、あの殺気に気付きもしないというのは、些か鈍感すぎる気がする。

 

(いや……)

 

 もしかしたら、見て見ぬ振りをしたのではないかと思った。ファミリアの連中も、そしてヘスティアも、はからずともフライベートに踏み込んでしまった自覚はある様子だし。

 

「あ、安心してね。聞こえたのは後半を断片的にだよ」

 

 別に、それで安心できる要素など何もないのだが。まあとりあえず、ファミリア秘中の秘たるスキルの詳細が伝わっていない事でよしとする。というか、するしかない。警戒対象という意味なら、ヘスティアよりむしろ同輩の方だろう。

 ただ。

 彼女が聞いていたというならば、女神フレイヤの心に思い当たる点というのはある。つまり、それだけヘスティアを信用も信頼もしているのだ。たとえどこまで聞かれていても、彼女なら決して漏らさないという。

 まあどれだけ信用できようと、頼りには全くならないのだが。

 普段の非常にうるさい……もとい元気がいい様子とは裏腹に、居間の彼女はとても神妙だ。もうこの様子からして、今の件について話があるといっているようなものだった。

 

「君はいままで、とても頑張ってきたんだね」

「は?」

 

 が、投げかけられた言葉は全く予想していなかったもので、思わず呆ける。

 アレンの様子にうっすらと――普段のニコニコしたものではない、とても柔らかい――笑みを浮かべながら、彼女はなおも続けた。遙か昔、こんな笑みを向けられた事があるような気がする……。

 

「妹君の事さ。ボクは聞きかじりだし、妹君には会ったことがないけど、とても強く愛しているのは感じたぜ」

「そんなこと……」

 

 ない、とは言い切れなかった。

 嘘をつくのは簡単だ。それがたとえ、全てを見抜く神に対してであっても。

 しかし、どういう訳だろう。彼女からは、ボクに対してならば嘘などいくらでもつけばいいが、自分につくのは駄目だよ、と言われている気がした。同時に、そうさせるだけの柔らかな威圧感がある。女神フレイヤとは、完全に別系統のものだ。

 

「誤解を恐れず言えば、ボクは妹君と顔を合わせて話した方がいいと思う」

「ファミリアに戻すつもりはねえ」

「そんなことはどうだっていいんだ」

 

 そう強く断じる彼女に、思わず拍子抜けする。てっきり彼女もそうさせるつもりで、なんならフレイヤは、ヘスティアに説得させるつもりで今日招いたのだと思っていたからだ。さすがに新スキルまでは予想外だっただろうが、アーニャを呼び戻す方に誘導していたのは違いない。

 その上で、なおも彼女はどうでもいいと切って捨てる。それがどれほど胆力が必要な事か、恐らく彼女は一生知ることはあるまい。

 

「妹を捨てるのは、過去の君に必要な強さだったんだろうね。それは否定しないよ。誰も否定できないし、していいものでもない。でも、一つの()()だけで行ける場所は限られている。ああ、これは肉体的な強さの話じゃないぜ? そういうのは君達が専門なんだ。ボクが言っているのは精神的な話だよ」

「心がどうであろうと、強さに変わりはない」

「そうかな? ボクには君が、年中気を逸らしているように見えるよ」

 

 どこでそう思われているのだろう。考えながら、自分の顔をさすってみた。

 不思議な(ひと)だ。仮に発言した相手がフレイヤでも、ここまでずけずけと言われては反感を持つものなのに。ヘスティア相手には、そうする気が一切起きない。

 多分、どこまでもまっすぐな言葉だからだろう、そうアレンは思った。彼女の言葉には一切含む所がなく、そして裏もない。ただただ純粋にこちらを案じている。だから彼も、素直に受け取ることができるのだ。

 

「捨てる強さは、もう君を強くはしてくれないんじゃないかな。そして、拾う強さというのも存在する。次の段階に進むべきだよ」

「……今更、どの面を下げて」

 

 アーニャを手ひどく追放した。主神フレイヤに協力を仰いで共謀し、まかり間違っても他ファミリアに改宗(コンバージョン)して冒険者を続けようなどと思わないよう、念入りに心を折っている。そうしたのもかなり昔の話だ。

 恨まれていない理由がない。どれほど憎まれているだろう。考えただけで胸が張り裂けそうだが、それでも妹が死ぬよりずっとマシだ。

 

「妹君が君を許してくれるかどうかは、ボクにだって分からない。けど、それってそんなに重要かい?」

「……どういう意味だ?」

「愛っていうのはね、分かっていても直接口にして欲しいものなんだ。ましてや確信が持てないならなおさらさ。君は妹にそうしてあげた事があるかい? 仮に拒絶されたとしても、それはそれで一歩進んだことになる。大きな財産さ」

「知った風に」

「そうだね、ボクは何も知らない。だからこの言葉も、ただの知ったかぶりだと切り捨てていい。でも、少しでも悩んでしまっているから、こうしてボクの話に付き合ってくれているんだろう?」

 

 その通りだ。

 悪いと思っているし、できる事なら迎えにだって行きたい。そうしないのが、ただ自分の意地ではないと、言い切ることもできないのだ。

 

(俺の弱さ、か……)

 

 アレンは、昔と比べものにならないほど強くなっている。これは誰にも否定できない事だ。

 しかし、精神面ではどうか。成長しているという確信は持てない。むしろ一度逃げた事で、目をそらす癖がついてしまったのではとすら思える。これがプライドとは別の場所にある彼の本音。別の位置にあるもう一つの本心。

 

「話してみようよ。ファミリアに戻るとか冒険者になるとか、そういうのは全部放り投げちゃってさ。ごめんって、たった一言謝ってしまえばいいんだ。何をおいてもそこを済ませなければ……その時は君だけじゃあない、妹君まで前に進めないよ」

「あいつはそんなに弱くない。俺と違って」

「全方面に完全無欠な強さを持った存在なんて居ないぜ。たとえ神であってもね。君は妹君の命だけじゃあなく、心も救わなきゃ駄目だ。お兄ちゃんなんだから」

 

 お兄ちゃんなんだから。そんな言葉が、胸に突き刺さった。

 フレイヤ・ファミリアに所属するより前――しかし、失うことを知らない子供でもなかった頃。残され、たった二人だけで生きてきた。

 最後に残った肉親を、どうやっても守ろうと誓ったのも丁度その時だった。それが、生きてさえいればいいに変わってしまったのは、いつからだったのだろう。ただ、自分の弱さとふがいなさに打ちのめされたのだけは覚えている。記憶は朧気でも、感情だけはいつまでも染みつくように。

 幸せになって欲しいと思った。当然だ。アーニャにはそうして生きる権利がある。他の苦難など、全て自分が請け負えばいい。

 

「家長はね、『家』を守るんだよ。そろそろ自分の心が傷つくのを恐れて、家族にまで強く当たってしまうのは止めるべき時が来たんじゃないかい?」

 

 何も言えずに、少しばかり靴底が石畳を叩く音だけが響いた。

 

「スキルの問題とか、ファミリアがどうとかなんてさ。いったん全部捨てちゃいなよ。これは君の問題で、君の人生なんだ。いざという時は、ボクやフレイヤのせいにしてしまえばいい。それくらいの器量は持っているつもりだよ。……さあ、ボクが言えるのはここまで。後はアレン君の気持ち一つさ」

 

 丁度門にさしかかったところで、彼女は話を終えた。

 アレンの答えは、既に決まった。とても悩みはしたが。

 彼は常に困難へと立ち向かっていった。そうであった自負もある。だから、今回だけ逃げるというのは、全くの筋違いだった。

 スキルがどうのというのは、ただのきっかけでしかない。たまたま自分の弱い部分を突きつけられて、正対する羽目になった。本当にそれだけ。今でなくとも、いつか向かい合うべき時は来ていただろう。

 そこから逃げることはできない。なぜなら、自分はアレン・フローメル。いずれオッタルを倒し返し、やがては隻眼の黒竜を殺す男なのだから。

 

「おいお前ら、ヘスティア()をホームに送っていけ」

「はい!?」

 

 彼らの驚きは、いきなり仕事を押しつけられたからか。もしくは、あのアレン・フローメルが神フレイヤ以外に敬意を払ったからか。

 呆然としている門番を置き去りにして、アレンはヘスティアの前に直立した。

 

「正直に言って俺は……いえ、俺たちは、フレイヤ様以外を神と見なしていません」

「うん、知ってるよ」

「ですが、あなたは尊敬できる相手だ。今までの無作法をお許しください」

「気にする必要なんかないぜ。子供達は、(ボク)達なんて踏み台程度に考えておけばいいんだ。世界の主役は君達であり、自分自身。それを忘れずにね」

「はい。重ねて無礼を働きます。本来、俺があなたをホームまで護衛するのが筋でしょう。しかし、この後に用事ができました。ご無礼を」

「それこそ気にする必要はないさ。武運……ていう言い方は変だろうけど、いい終わり方であるのを祈っているよ」

 

 もう一度頭を下げて、アレンは大股に歩き始める。

 向かう先は一つしかない。昼の部の営業を終えて、午後の部に向けて準備をしているだろう、豊穣の女主人。

 扉を蹴破って中に入る(特に意味はない)と、店内で正装をしていたウェイトレスが、一斉にぎょっとしてこちらを見た。まあ、やった後で「しまった」と思ったが。ミアがこちらをめちゃくちゃ睨んでいる。後でげんこつの一発くらいは覚悟しておくべきだろうか。素直に貰う気はないが。

 店内でも奥の方、体半分が物陰に隠れる位置で、アーニャは立ったままモップで頬杖を突いていた。つまりこいつは、サボっていたわけだ。こういう所、昔から変わらない奴だ。怒られると分かっていても、なんとなーく小狡く立ち回ろうとする。

 店員は全員が怯えている。アレン・フローメルの顔は知らずとも、Lv.7としての威圧はあるのだから当然だ。ただ、及ばないと知っているなりに、抵抗しようという目をしている者は、少数だがいる。なかなか骨があるものだ。

 いや、今は品定めなどどうでもいい。問題は、アレンの姿を確認し、再度固まってしまったアーニャ。

 周囲の人間を無視し、彼女の前に立つ。背後からは、ミアの無体を働いたら許さないという視線がびしびしと刺さっていた。

 彼女の前に立ち、まっすぐと視線を送る。対してアーニャは、背筋を伸ばしながらも、俯いていた。

 アレンは迂遠なことを好まない。だから、端的に告げる。

 

「今まで済まなかった」

 

 そう言って、小さく頭を下げる。

 この様子には、周囲のウェイトレスだけではなく、ミアも驚いていた。アーニャなど、口をぽかんと開けている。

 アレンは視線を床に貼り付けたまま、なおも続ける。

 

「謝ったくらいで許されるとは思ってねえ。許されたいともな。お前の意思を完全に無視したのは、紛れもない事実だ。そのためにずいぶんと痛めつけもした。だから、これは俺の自己満足だ」

 

 頭を下げ続けていたのは、アーニャの顔を見るのが怖かったからだ。怒り――嫌悪――もしくは拒絶。そんな目を向けられてしまえば、平静でいられない。これこそがアレンの弱さ。

 だが。今更止められる事でもなかった。

 

「ただ一つ――これだけは伝えなきゃ駄目だと言われた。お前を愛してる。嘘なんてない。お前が死ぬことが、とても怖くなって、だから戦いから遠ざけようと思った。幸せになってくれるなら……俺はいらないと思った。だから、勝手なことをした」

 

 言うだけ言い切って、頭を上げる。

 アーニャの顔は見えなかった。アレンが目をそらしていたわけではなく、今度はアーニャが俯いていたから。

 彼女の頭頂部と、垂れる耳を見ながら、彼は静かに告げる。

 

「安心しろ。もう二度と姿は見せねえ、達者で暮らせよ」

 

 最後に妹の顔を見てみたかったが、それはもう許されないことだ。そもそも、今顔を合わせているのだって、大分イレギュラーな事態だ。とっとときびすを返して、帰ろうとしたところで。

 思い切り、腕を引っ張られた。

 誰がやったかなど考えるまでもない。アレンは振り返る。そこでは、顔を伏せたままのアーニャが、しかし強く腕を引っ張っていた。持ち主を失ったモップが、からんと床に転がる。

 

「そんなの……」

 

 アーニャが力任せにアレンを反転させた。そして、胸に飛び込み抱きつく。体がみしみしとなりそうなほど、腕に力が込められていた。

 

「そんなのだめニャー! ミャーだって、世界で一番兄様が好きニャ! だからどこかに行っちゃうなんてぜったい駄目ニャ! でも、ミャーは兄様に嫌われてると思って……だから……、うわあああぁぁん!」

 

 まるで幼子のように泣きじゃくり始めてしまうアーニャ。彼女の頭に手を乗せ、そっと撫でてやる。そういえば、こうして触れ合ったのはいつぶりだったか。

 自分が嫌われているというならば別にいい。当然のことだ。むしろそうなるように叩きのめした。しかし、そのせいで妹が思い悩んでいるというならば。ずいぶんと馬鹿だったのだと思う。アレン自身も、アーニャもだ。

 

「……その馬鹿みたいなしゃべり方は止めろって言っただろ」

「嫌ニャぁぁ。絶対止めないニャああぁぁぁ」

 

 べしょべしょに泣かれているせいで、胸元が湿っぽい。ただ、これが罰だというならば、ずいぶんと可愛いものだと思う。長年妹をないがしろにし、泣かせ続けた罪とは、まるで釣り合いが取れていない。

 彼女は抱きつく力をさらに強くして、ぽつりと、しかし強い言葉で言った。

 

「もう二度と離れないニャ……」

「好きにしろ」

 

 呟きながら、アレンは天を仰ぐ。この選択が正しいかどうかは分からない。ただ、間違いではなかっただろうと思う。

 周囲からは、なんか知らんが拍手が降り注いだ。やたら腹が立つ。見ているのは仕方ないが、それにしたって黙っているべきだろう。空気を読め。

 生暖かい視線に囲まれながらも、アレンにできる事は、アーニャが泣き止むまで頭をなで続ける事だけだった。

 それから即日、アーニャが豊穣の女主人を辞める宣言をし、満場一致で送り出され。非戦闘員として戻ってくるのかと思いきや、戦闘員として復帰、アレンを驚かせる。しかし鈍りに鈍った状態では深い層になどとても連れて行けず、ベルと共に地獄の訓練を課される事となるまで、あと数日であった。

 

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