謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
リヴェリア・リヨス・アールヴは世界最高の魔道士である。
彼女の人生は、概ね順風満帆と言ってよかった。エルフの王族に生まれ、何不自由ない幼少期を過ごした。そのことに不満を覚えて、故郷を出奔する(今思えば、酷く幼稚で恥ずかしい動機だ。それで出会いがあったのだから後悔はないが)。オラリオに行き着いた後も状況と才能に恵まれ、概ね順調にLv.6へと至る。七難八苦はあれど、誰が見てもトントン拍子に階段を上っていたと評するだろう。
リヴェリアはエルフらしく、魔法の才に秀でていた。飛び抜けた数値の魔力に、潤沢な精神力。おまけに、既存の魔法にとらわれない階梯型魔法。どれをとっても弱い要素がなく、事実、時代を代表する魔法使いだ。
ただでさえ最強の魔法使いという名を欲しいがままにしていたリヴェリアに、最近になって大きすぎる一ページが追加された。
「んふふふふふ……」
普段の彼女ならしないであろう、含んだやや気色の悪い笑い方。正気であれば絶対やらかさないであろう姿に、しかし本人は気にしている様子もなかった。
始まりは、ONE PIECEを出している謎のファミリアから、新作が発表されたのだ。そう、新刊ではなく新作である。その名を『呪術廻戦』。
呪術廻戦はONE PIECEと比べると、作風が大分ダークだ。そのため、比較的読む人を選ぶ作品ではあるものの。しかし娯楽に飢えて、ONE PIECEの登場でいかに自分たちが娯楽途上国であったかを自覚したオラリオでは、まさに青天の霹靂と言えた。全く別種でこのクオリティの別作品が、またもや発表されるのかと。
そして、作品を発表しただけでは終わらない。それが謎のファミリアというもの。
ざっくり言うと、呪術というべきか術式というべきか、とにかくそれがもたらされるようになった。
呪術は、悪魔の実と根本的に形式が違うものだった。どちらかと言えば魔法に近く……というか、明らかに魔法へ寄せてリデザインしたものだと分かる。
獲得方法は謎の老人に出会えればという運任せなのは変わらない。だが、習得そのものは魔導書として渡される形になっている。さらに魔法スロットを強制的に一つ増やし、そこに記載されるという形式だ。この魔法スロット増加はスロット空白の有無に関係ない。つまり既存の空きスロットを絶対に圧迫しない形となっていた。
が、実のところ、呪術の真価はそこではなく。
スキル外能力ではないため、悪魔の実と違い、簡素にだが扱い方が分かるという点だ。これにより、初期の試行錯誤に必要な時間が大幅に短縮できる。
ごちゃごちゃと言ったが、つまるところ話は、リヴェリアがめっちゃ強くなったという点に収束する。
「ふひゅっ」
含み笑いをごまかそうとして、変な吐息が漏れる。
周囲の人間にぎょっとされて、いかんいかんと顔を正した。こんな姿を見せるわけにはいかない。
でも……。
(すごく……凄く自慢したい! めちゃくちゃ言いふらしたい!)
湧き上がる感情は、詰まるところこれだ。
無論、リヴェリアの理性は、これを論理的ではないと棄却している。なにせどんな能力であっても、明かさないメリットの方が大きいのは言うまでもないのだから。ましてや切り札クラスの魔法(呪術)ともあれば、仲間にすら詳細を知らせなくて当然。
だが、いざ自分が同じ状況に直面して分かったことがある。これは無茶苦茶自慢したい。すんごい言いふらしてうらやましがられたい。
こればかりは、実際に力を得たものにしか分かるまい。凄く面白い物語、それも街のどこを歩いてもその物語で持ちきりというレベルのもの。物語は空想に溢れていて、現実にはあり得ない超常的な力を振るっている。しかし、創作物の中でしかあり得ないと思っていたそれが……ある日自分に宿ったのだ! しかも物語の登場人物と全く同じ力を!
(ふふふ……十種影法術か。文句なしに
どうしても笑みを抑えきれず、そんなことを考えてしまう。
(だいたい、私の力は『式神』だ。隠しようがない。つまり、これはもう隠さず早々に公表した方がいいという啓示なのでは? きっと謎のファミリアとて、そう思っているはずだ。多分、きっと、いや絶対)
かなりの屁理屈をこねて、なんとか術式を公開する方へ持って行けないかと悩む。ついでに、責任を能力を作った側に押しつけながら。
一応、理論としては間違ってない(合ってもいないが)。だからやりようによっては公開する目もあると、リヴェリアは考えていた。最大の障壁はフィンで、逆に言えば彼さえ論破(丸め込むのはすでに失敗している)できれば勝利だ。
「何をずっと百面相しているんだい……」
「お主、気持ち悪いぞ……」
そんなことをつらつら考えていると。いつの間にか、隣の席にフィンとガレスが座っていた。
「……いつの間に」
驚愕して、思わず問いかける。
いくらリヴェリアが魔法職で、彼らに比べ気配に鈍感だとしてもだ。さすがに座られるまで気付かないというのはあり得ない。どんな手を取ったのかと気になったのだが。
「本当に何を言っとるんだ」
「座る前に話しかけたよ」
ガレスは本気で心配する口調で、フィンに至っては呆れかえった様子で返してくる。
「……私はそんなに深く考え込んでいたか?」
「周囲の様子に全く気付かず、何度話しかけても返事がないくらいには」
「エルフ共が声かけを躊躇するくらいには気色悪かったぞ」
「殴るぞ貴様」
余計な事を言ったガレスには、脅しをかけておいた。もっとも、本当に殴ったとして、リヴェリアの打撃ではガレスを揺るがす事もできないのだが。
「で、何を考えていたのさ」
「どうせ時間も忘れて考え込んどったんだ、発展性などなかったのだろう? 気晴らしに話してみろ」
「ふむ……そうだな」
本当の事を語るつもりはなかった。だってフィンを言いくるめられる言葉は何かという下心マシマシだったし。ましてや口で勝てる気もしない。
脳をフル回転させ、当たり障りのない、そして問題と言って差し支えないラインを探す。
「呪術……というか能力についてだ。無論、私のものも含めての」
「まあ、そうだろうな」
「それだけ澄まし顔でごまかそうとしてもにじみ出るくらい、君が喜んでるのが分かったからねえ」
「茶化すな。次の調伏を考えている」
「早くないかい?」
「早ければ早いほどいいだろう」
「儂はあんなの二度とご免だぞ……」
呟きながら、ガレスが脇腹をさすった。
十種影法術。十種十一頭の式神を使役する呪術だ。非常にシンプルであり、最初に術者へ割り振られる玉犬ですらガレスとフィンを相手取って翻弄するほどの力を持つ点から、この術式の力がうかがい知れる。
ただこれを自在に操るには、面倒な制約があった。玉犬以外の式神を自在に操るためには、己と式神のみで調伏対象に勝利しなければならないという点だ。
リヴェリアは、他者を調伏に巻き込まず、しかしすぐ助けに入れる形を取って、幾度か試している。結果はかなり酷いものだった。だいたいの式神は機動力に翻弄され調伏を断念している。まだ玉犬を扱い切れていないのも災いした。現在彼女が調伏に成功したのは、強引に魔法で押し切れた脱兎と円鹿だけだ。
「あの貫牛とかいうのは洒落にならん。儂がたったの一撃で殺されかけたのだからな」
「あれについては、私もすまないと思っている」
まだ全ての式神を試したわけではないが、だいたいどれもが特色を持っていた。その中でも貫牛は、特にロキ・ファミリアへ刺さったと言える。
式神の中でも飛び抜けて速い直進速度。ガレスを盾ごと貫き、しかも軽々と壁の向こうまで吹き飛ばす突破力。初手でそんな事態が起こったのだ、リヴェリアも慌てて調伏を取りやめた。
ガレスが為す術もなく叩きのめされたという事は、ロキ・ファミリアで防御する手段がないという意味でもある。
このため、貫牛は半ば封印に近い扱いになっていた。
「まあ、まだ見てもいない式神がいくつかあるのだ。そちらを確認すれば、案外攻略法が見えてくるかもしれん」
「もしかしたら、そういう風な設計になっているのかもね。鵺があれば、大抵の式神に優位を持てそうだ」
「そうは言うが、竜以上の速度で飛び、自在に雷を落としてくる時点で簡単ではないぞ。攻撃力こそ他の式神に比べれば低めとはいえ」
ちなみに、その低めの攻撃力ですら、食らったのがリヴェリアなら簡単に死ねる。
(うむ)
リヴェリアは一人、悪くない話出しだと満足していた。
調伏のテンポを上げる、または調伏の準備に向けて式神の出現頻度を上げる。これは間接的に、他者からの目撃確率を上げる事に繋がるのだ。
現状、十種影法術はオラリオで最も有名な呪術。そりゃもう誰が見たって何だか分かるレベルの知名度だ。これを続けていけば、遠からずリヴェリアの能力を公表しても問題ない状況になるだろう。
(いずれは玉犬を連れながら街中を歩くことも可能だな。ふふふ……さすが私は頭脳派だ)
などと考えている姿を、二人にしらけた目で見られている事をリヴェリアは知らない。無論そんな内心は読まれているし、フィンから密かに「徹底的に隠し通さなきゃな」と思われていることも。
リヴェリア・リヨス・アールヴ。基本的には聡明だが、隠し事が苦手で欲求が前に出ると途端に知能が低下する系エルフだった。
「それで、いつやるつもりなんだい?」
「今日」
「んなこた分かっとるわい。今日のいつやるかと聞いとるんだ」
「今すぐ」
「早いよ。もう少し欲望隠そうよ」
これ見よがしに、とてつもなく大きなため息を吐かれてしまったが。そんなことは気にしていられない。目的の前には瑣事である。それもこれも全部、謎のファミリアが出す漫画が面白いのが悪い。
そもそも論として、オラリオ発の漫画が謎のファミリアに完敗しているのが原因なのだ。
漫画という文化が流入してきて、今だ数年。文化の浸透はしても、熟しているとは甚だ言いがたい。つまり、オラリオでは半端な作品しか作れていないのだ。
オラリオで――いや、世界中で――物語と言えば小説、それも過去の記録を元にしたものである。完全オリジナルすらほど遠いというような状態で、いきなり漫画という形式で殴りつけられたのだ。
現在ではまだまだ既存の作品を元にひねっている状態で、完全オリジナルの作品は、どうひいき目に見ても完成度が低い。最近やっと見られる作品として、アルゴノゥトなどの漫画化が行われている程度の進展度。
ましてや『創作の力が現実に現れる』ような作品群に、どだい勝てるわけがなかった。
「多少急いでもいいだろう。どの程度人が揃っている?」
この場合、人というのはロキ・ファミリアの一軍だけを指す。二軍以下では、あまりに危険が大きいため、この形となった。というか以前、一度二軍が立ち会って、実際に何人か死にかけている。
戦場からかなり遠いところでのぞき見くらいは許されていた。ただし、まかり間違って攻撃の届く範囲にいれば、命の保証はない。どうしたって守ってやる程の余裕はないのだから。
これは一片の悪気もない話である。本当に、式神はどれもLv.6と同等以上の性能を持っており、Lv.4以下では守る前に死んでしまう。式神の能力は術者、つまりリヴェリアに連動しているとみられており、仕方のない話だ。
条件によっては、ステイタス2つ分の差を覆す魔力を持ったレフィーヤだけは呼ばれる事もあった。ただしこれもかなり例外的な話であり、基本的には呼ばれないし、近づいてもいけない。調伏とは、それほど危険な儀式だった。
「ベートはダンジョンに行くって申請が出てたね」
「さっきティオナが出て行くのは見たぞ。待っていればそのうち帰ってくるだろうな。ティオネは……その辺をふらふらしとるだろ。どうせフィンが呼べば飛んでくる」
「アイズはどうした?」
そんな風に問うと。二人して肩をすくめられた。
「まだ『白ひげ』ごっこしてるよ。いや、またというかずっとか」
「そんな事も分からんくらい考えておったのか。呆れたものよ」
それこそ鼻で笑われる勢いだったため、リヴェリアはただただしょぼんとしてしまう。
ONE PIECEの新刊が発売されたのはつい先日、それこそ呪術廻戦の発表と同時期だった。物語の佳境、頂上決戦の途中であり、つまりアイズが興奮する気持ちもよく分かる。なにせ強力だが物語に登場せず、ノーマル扱いだった自分の力が、一気にスーパースペシャルレアまで昇格したのだから。
はっきり言って、アイズは見た目より精神年齢が大分幼い。つまり、自制とか自重とか、そういったものの機能が鈍いのだ。
ただまあそれについて、過ぎた苦言を呈するつもりはない。自己責任の範疇なら好きにすればいいと、リヴェリア含む三人は思っていた。
「度が過ぎているという程でもないのだろう?」
「まあね。多少行きすぎている嫌いはあれど、その程度だ」
「なあに、あれくらい可愛いもんだろう。一昔前みたく、誰の制止も振り切ってダンジョンに特攻、などではないのだ。趣味に影響されて熱中するくらいが、あれくらいの年頃の子らしい」
確か、つい昨日の事だったと思う。アイズに特注の薙刀が届いたのは。
はっきり言って実践的な造りではないし、そもそもアイズに長物の心得はない。どこからどう見ても趣味の品だが、完全に私費でまかなっている以上、文句を言えるものでもなかった。
無意味にオーダーメイドだから、むちゃくちゃ高いのだが。もしかしたら趣味が高じて薙刀を扱えるようになるかも知れないし、選択肢が細剣のみよりはいいだろうという事で見逃していた。
現在、アイズはステイタスの伸びに陰りが見え始めている。いや、今までがおかしかったのだ。いずれのランクアップも、最高速度で成していたのだから。むしろ成長が普通に戻りつつあると言えた。
これは彼女の精神に悪い影響が出るかと、一時期は危惧したものだ。
そうならなかったのは、間違いなくグラグラの実があったから。目に見える数値の上昇が鈍化しても、自分には地震の力がある。そう彼女に思わせたのだ。事実、グラグラの力はどんなスキルよりも強力だ。アイズは未だ地震能力を使いこなせていない現時点でも、現オラリオどころかオラリオ歴代最高の攻撃力を有している。唯一難点があるとすれば、そのうちダンジョンをオラリオごと破壊し尽くしてしまうのではないかという事くらいか。
「そういえば……あの子、まさか白ひげを真似して上まで脱いでいないだろうな」
「やろうとはしていたけどね。ベートとレフィーヤが血相を変えて止めてたよ」
「ラウルがわざわざ儀礼用の上着を持ってきて、これで上着の代用をしてくれと言っとったな」
「ならいいが。いや、いいのか?」
いまいち判断に困る所ではあった。なにせ普段の恰好からして、アイズは露出度が高めだ。
これは冒険者にありがちな話なのだが、
ダンジョン内ならばいざ知らず、冒険者にとって普段着は、何ら実益を伴わない趣味の品だった。その上おしゃれに興味が無かったりすると……まあ、たまにああいった過激な服を着る者が出てくる。
まあ常識外れな馬鹿さえやらかさなければいいのだ。たとえホームの屋根で身の丈を遙か超える薙刀を持ち、胸を張って仁王立ちしているくらい笑って見過ごせる。
「そういえば」
と、フィンが気になるようなそうでもないような、微妙な調子で問いかけてくる。
「今回試してみる式神は何という名前なんだい?」
「ああ、ええと、何だったか。そう、魔虚羅だ。正式名称は八握剣異戒神将魔虚羅だが、私は長すぎて魔虚羅としか覚えていない」
それからおよそ30分後の事だった。ロキ・ファミリアのホームであり、オラリオ屈指の広さを持つ『黄昏の館』がこの世から消滅したのは。
けふ、とフィンは大量の血を吐くことができた。
おかしな話だが、血を吐くだけの余裕を得られたのだ。膝に手を置く暢気さも、ひっくり返ったように暴れる胃袋が赴くままに嘔吐できるのも、愛しさすら覚えた。その感情は、逆説的に今までの戦いがどれだけ絶望的だったかを示している。ダンジョン深層で迂闊な真似をしても、ここまでの危機はなかったというのに。
これでフィンがいち戦闘員やただの幹部であれば、休めもしたのだろう。しかし、ファミリアの全てを預かる団長には、それが許されない。とりあえず、状況を確認した。
ほんの30分前までロキ・ファミリアの拠点があった場所は、完全に荒れ野となっている。廃墟ですらない。
悲鳴は止まっていた。代わりに、そこかしこからうめき声が上がっている。控えめに言って、凄惨な有様だ。
(今日が自由日でよかった……)
そう思わざるを得ない。
団員の大半はダンジョンか街中に向かっており、ホームの中に引っ込んでいた者は少ない。残っていた者もほとんどがランクアップ済みの冒険者で、とりあえず今のところ、死者は見当たらなかった。これを不幸中の幸いとは言いたくないが。もし全休日であったなら、非戦闘員も含め、それこそロキ・ファミリアが再起不可能な程のダメージを負っていた可能性すらある。
とりあえず指示を出そうとしたところで、ばたばたと騒がしい足音が複数向かってくる。
目を向けると、そちらには幾人かのギルド職員がいた。彼らはロキ・ファミリアの有様を知って、唖然としている。
本来、ホームの敷地内へ許可も無く入ってくるのは、無作法どころの話ではない。が、この状況で、そんな細かいことをいちいち言ってられないというのは、フィンにも分かっていた。
「なっ、な……何が起こったのですか!?」
ぜえはあと息を吐きながら、ギルドの制服を着た中年男(恐らく管理職級)が問うてくる。彼らの方も、惨状を目にして余裕がない様子だった。
「下手にごまかせば信用を失うだろうから、正直に言うよ。これはリヴェリアの力で、この結果は失敗ではない」
「わざとやったと……?」
「そんなわけ無いだろう」
厳しくなったギルド職員の視線に、そこだけはきっぱりと否定する。誰が好き好んで、我が家を破壊するものか。
という意思は伝わってくれたのだろう。彼もいったん矛先を収める。
「これは式神の力だ。呪術だよ」
「呪術廻戦の!? まだそちらの能力者は発見されていませんでしたが、まさかすでに居るとは」
言葉こそしっかりしているものの、気が散り始めたのは見て取れた。
ギルドにも漫画は浸透している。むしろ冒険者よりよっぽど時間があるため、熱心な読者は多かった。
これは小耳に挟んだ程度で、どれだけ信憑性があるか分からないが。ギルド職員は内部で派閥を作り、それぞれの解釈やら何やらのディベートで日々遊んでいるのだとか。
さすがにそこまではしないだろう、というのがフィンの感想である。もしそうだったら、ギルド職員はどれだけ暇なのだという話だし。
しかし、やりかねない程度には、ギルド職員に熱心で頑なな読者が多いのも事実である。
そんな噂が立つのだから、当然ついこの間発売されたばかりの新作も読んでいるだろうとは思っていた。
「彼女の呪術は式神を呼び出して扱うんだけどね」
「十種影法術ですか?」
「いやあの……」
「十種影法術ですね?」
「……はい」
圧に飲まれて、思わず肯定してしまう。
これがギルド職員としての圧だったならば、フィンはいくらでもはね除けられた。しかし狂信的な読者の圧は初めて貰うもので、受け流し切れなかったのである。
彼の背後では、わーきゃーと小さく騒ぐ声が聞こえた。まあ気持ちは分かる。フィンだって、他人事なら似たような反応をしていただろうし。
「とにかく! それで式神の一体を調伏しようとしたのだけど、想定を遙かに上回る強さを見せられて、この有様だ」
「失礼ですが、今までこのような事はなかったのですか?」
「ないね。少なくとも今までの式神は、Lv.6の上位といった所だった。でも今回のあれは、深層最奥部の
「その割には、アイズ氏は落ち込んでいるようですが……」
「攻撃がほとんど通じていなかったからじゃないかな」
最初の一撃でリヴェリアが半殺しにされ、直後にフィンとガレスも致命的な一撃を貰う。その後は戸惑うばかりだった。
フィンはぎりぎり保っていた意識で、アイズにこれまで禁じていた能力の全力発動を許可。その余波で、ホームが全壊となったわけだ。しかも、虎の子である地震攻撃ですら、足止め以上の意味を持たない有様。まさに悪夢のような強さである。
生き残れたのは、たまたまいたラウルの機転によるもの。彼が昏倒したリヴェリアにエリクサーをぶっかけ、頬をひっぱたきながら起こして、なんとか調伏を中断させただけ。本当に全てが綱渡りで、運がよかった。
「とりあえず、事情は分かりました。周囲にも多大な被害が出ているため、そちらへの補填はロキ・ファミリアでお願いします。これ以上の危険が無い事は、ギルドで通達いたしますので」
「助かるよ」
「それと、リヴェリア氏の魔法については、詳細の提出を。同時に、二度とオラリオ内で同じ呪術を使わないという誓約書の提出をお願いします」
「あー……詳細については、報告する義務まではあるようなないようなー」
「あります。そこは譲れません」
彼の言葉は、ギルド職員として正しいものである。が、それはそれとして、いち早く十種影法術の詳細が知れる、という喜びがにじみ出ていた。
全部当然のことなのに、なんだか負けた気分になる。フィンはどこか釈然としないものを抱えた。
結局、彼の言葉を突っぱねるにはこちらの非が大きすぎ、フィンは頷くしかなかった。
ちなみに――
今回の責任という事で、リヴェリアは洒落にならない額の借金を抱えた。当然だろう。ホーム全壊な上に、影響を受けた周辺建築物への再建費用まで、ファミリアが持てるものではない。ましてや今回は、リヴェリアのわがままが原因だったのだ。
しかし彼女は、ギルドが大々的に告知した事により、大手をふるって十種影法術を使えるようになった。
洒落にならない失敗なのに、彼女は満足げに玉犬を侍らせており。
とりあえず、腹立つ表情をしているリヴェリアに、一発くらいくれてやっても罰は当たらないだろう。そう考えたフィンは、スキップでもしそうなほどご機嫌な彼女を前に、拳を強く握った。