謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
アレン・フローメルはだいたいいつも不機嫌である。
無論、彼にだって言い分はあった。それがたとえ、かなり一方的な八つ当たりだとしても。言い分は言い分だ。
とにかく誰に対しても暴力的で、口が悪い。その殺伐加減たるや、オラリオにおいて比肩する者がいないとまで言われるほどだった。また厄介な事に、彼は世界でも有数の実力者でもある。態度が実力に追いついているのだ。もの申せる者は片手で数えられる程度で、そういった者達も、わざわざアレンといざこざを起こしてまで注意したいと考えない。
そんな彼であっても、頭の上がらない存在が二人居た。一人で言わずと知れたフレイヤ・ファミリアの主神フレイヤであり、もう一人は団長であるオッタルだ。
後者にはよく突っかかる姿が目撃されているため、思考に違和感を持つ者も多いだろう。しかしそこには、アレンなりの一線がある。
オッタルは、アレンが格上と認める(もとい認めざるを得ない)唯一の相手だ。故に、傍若無人に振る舞っているように見えて、その中には常に、強さへの敬意がある。たとえ余人にはそれが感じられずとも、彼は常にそうである事を自覚しているのだ。
苛立ちには無数の感情が宿っている。自分より上がいるのが許せないだとか、あの野郎が女神フレイヤの側近面しているのが気に入らないだとか、エトセトラエトセトラ。
……正直なところ、こんな言い訳じみたことを考えたくなかったが。しかし事実として、考慮せざるを得ないことがある。
(あの野郎は、能力者になってから格段に強くなりやがった)
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、内心で吐き捨てた。そんな事を考えなければいけない自分自身に苛立ちを感じながら。
オッタルの強さは、膂力ばかりが取り沙汰にされている。が、実際の彼は、オールマイティープレイヤーだ。全ての能力が均等に高く、およそ戦闘に関しては一人で何でもこなせる。飛び抜けた長所を持つ事よりも、不可能がない事こそ彼の強みと言えた。故に、対等な位置に立って相手と競おうとするのも、自分が『最強』であるという矜持の裏返し。
スキルや魔法の効果もあって、唯一速度に関してだけは、オッタルを超えているものの。そんなものが何の慰めにもならないほど、オッタルという壁は高く、また何もさせてもらえなかった。
元々ですらそうだったのに。
奴は悪魔の実を得てから、さらに飛躍した。いや、あれはもう異次元に到達したと言っていいかもしれない。
目に見えて跳ね上がった攻撃力と耐久力。加えて、他のステイタスも軒並み数字以上の結果を見せている。特に人獣形態になられでもすれば、フレイヤ・ファミリア総掛かりでも傷一つつけられない程だ。
この上で、さらに獣形態を残している。こちらはアレンも見たことがないが、少なくとも半端なものではないだろう。
「気に入らねえ……!」
歯が砕けそうな程に噛みしめる。
こんなことは言いたくないし認めたくないが、人獣形態となったオッタルの威風は、かつて見た到達点『Lv.9』すらも凌駕する。オッタルは今や、時代の最強ではない。正真正銘、人類史上最強となった。
それもこれも、悪魔の実とかいう訳の分からない力の影響だ。
アレンをして、悪魔の実の有用性は認めざるを得ない。なにせアイズとかいう小娘が、ただグラグラの実を得たというだけで、オッタルすら超える攻撃力を持っているのだ。あの程度の、たかだか第二級冒険者風情でしかない、本来なら歯牙にも掛けない存在が。
故に、アレンも思わざるを得なかった。
(俺にも同種の力さえあれば!)
卑しく痩せた考え方だとは分かっている。そんなことは考えずに、もっと正攻法で強くなるべきだとも。
だが。割り切るには、悪魔の実や呪術といった能力は、あまりにも魅力的に過ぎた。
怪しい露天商にさえ接触できれば誰でも獲得でき、それを伸ばせるかどうかは自分次第。ある意味ではステイタスよりも努力が反映されやすく、大体の力が唯一無二というのも大きな長所だ。少なくとも、それを求めてオラリオから夜の隙間がなくなるくらいには、誰もが魅力を感じている。
そういった者を、しかしアレンは馬鹿にすることができなかった。なにせ、自分もそういった馬鹿の一人なのだから。たとえ女神の命令という言い訳があったとしても。
アレンは、ある種のオラリオ病にかかっていた。能力さえあれば自分だって、という。どんな力を持っていても駄目な奴は駄目、という現実から目を背けながら、そんなことを夢想してしまう。
ただ、アレンが他者と違う点があるとすれば。実際に能力を得られれば、本当にそれを鍛え抜くだろう事と……。
今日この夜、幸運を得られた事だろう。
「ひっひっひっ……」
路地の向こう側から、わざとらしい含み笑いが聞こえる。その瞬間アレンが行ったのは、気配の捜索と周囲の警戒だった。
謎のファミリアが暗躍(と言っていいのかは微妙だが)を始めて以降、夜の犯罪は劇的に減った。それこそ怪しい老人に擬態して、偽悪魔の実を売りさばく奴がいる事も含めて。そういったものすら、上位の冒険者ならば見分けることができる。
怪しい老人は、気配が唐突に現れる。移動用の魔道具なりを持っているのだろう、というのがギルドの見解だ。とにかく、気配をたどれる技能さえ持っていれば、怪しい老人の真贋は割と簡単に見分けられる訳だ。
(なら気をつけなきゃいけねえのは、他ファミリアの横やりだ)
一度手出しをしたファミリアの前には、二度と怪しい老人は現れない。これは全くの事実で、老人を捕まえようとして二度と接触できなくなったファミリアは多数存在した。
オラリオ内だけの話ではない。例えばラキア王国では、老人を捕まえてアレス・ファミリアの戦力大増強をもくろんだ(さすがにどの程度の事までやったのかは入っていないが)。それで迂闊に派兵などをしてしまい、二度と能力を得る機会を失ったのである。現状、ラキア王国の能力者は三名から動いていない。これは、わざわざ軍内にスパイまで潜り込ませて得た、正確な数字だ。
そっぽを向かれた時点で諦めるのならばまだいい方だ。自分たちが得られない利益なら、徹底的に他者も邪魔してやろうなどと考える輩は一定数いるわけで。
愚かしい考えの末に始まったのが、他ファミリアが接触する際の邪魔である。
これによって、被害者側のファミリアが二度と接触できないという事はない。しかし、怪しい老人が改めてやり直しなどしてくれるはずもなく。能力が得られる機会を、みすみす逃す事になるわけで。
当然恨みは買う真似だ。時にはファミリア同士の抗争に発展することもある。非常に無益な上、社会問題にもなっているのだが、一時感情を慰める為に実行されているのが現状だ。
これだけは避けねばならない。それこそアレンは、相手を殺してから接触するなどと物騒な事も考慮していた。
(どうやら……誰もいねえみてえだな)
一番厄介なのはソーマ・ファミリア――というか団長のザニスとかいう大馬鹿――なのだが、その尖兵らしき気配も感じられない。
ソーマ・ファミリアは以前からオラリオの鼻つまみ者であった。今ではそれだけでなく、何度も怪しい老人との取引を邪魔しては、悪魔の実を奪おうとしてひんしゅくを買っている。今ではソーマ・ファミリアというだけで倦厭される有様だ。
胸が高鳴るのを必死で堪えながら、路地を進む。
果たしてそこには、噂通りの風体をした老人が座っていた。
フード付きの外套で、頭から足までを隠している。シートの上にはなんという事もない工芸品が数点並び、そこには値札もなかった。老人はいかにも怪しい格好で、どう聞いてもわざとやっていますといった風な笑い声を上げている。
「おやおや、こんな夜中にお客さん……」
「ジジイ、御託はいらねえよ」
「なんか最近、台詞の一つも言わせて貰えんようになってきた」
出会い頭を潰されて、とたんにしょんぼりする老人。やはりというか、この人物が怪しいのは見た目だけだ。
「ちなみに、ちょっくら儂に構ってくれるつもりは……」
「ない。話を進めろ」
「そっかぁー」
この老人もこの老人でやりたいことはあるのだろうが(何しろ謎のファミリアが趣味人集団というのが、もはや通説を超えて定説なのだ)、付き合ってやるほどの暇はない。なにしろすげない対応をしたからと言って、能力が貰えなかった例はないのだから。
アレンはチンピラみたいな座り方で、老人の前にかがんだ。老人が手荷物を探っている間、おかれている工芸品を見る。
並べられているそれらは、まあまあ凝っているだとか、値段が付く程度には上手いだとか、そういった感想が出てくる。つまり、気分がいい時ならば買おうかな、と思うかも知れないといった程度。とてもではないが、超常的な道具をばらまいている連中の
ちなみに、これを買ってみた者が言うには、ほとんど捨て値だったらしい。
「どう考えても、売るならこっちじゃねえだろ」
「何だい?」
「なんでもねえよ」
手を止めた老人に、軽く手を振る。
どうしてだかこの老人は、能力だけは無償で渡してくる。そちらを売り物にすれば、一つが最低でも10億ヴァリス以上で取引されるのを分かっているだろうにだ。
金を取っていないおかげで、オラリオの統治機構に組み込まれていない(組み込めない)訳だが。どう考えても、見返りとしては少なすぎる。
以前、この疑問をフレイヤにぶつけてみた事があった。そしたら、趣味だけで生きている連中はこんなもん、と返され、分かったような分からないような気分になったのを覚えている。とりあえず、女神フレイヤが警戒する必要なしと判断したならば、信用していいのだろう。
老人が差し出してきたのは、魔導書だ。
「俺は
「今日は悪魔の実の気分じゃなかったからねえ」
なるほど、持ってくる能力は気分で決めているらしい。重要なようでどうでもいい情報だ。
差し出された魔導書を、思わずひったくりそうになってしまう。そんな事をしたら、まるでこちらが求めてやまないみたいではないか。いや、実際その通りなのだが。とにかく、そういうダサい奴だとは思われたくない。
きっちり相手の腕が差し出しきられたところで魔導書を受け取り、その場で読み始めた。これは逸った訳ではなく、老人から渡されたものはその場で処理するのが暗黙の了解になっているためである。
一番大きな理由は、途中で奪われる可能性を考えてだろう。ファミリアに持ち帰れても、上層部に奪われたのでは何の意味もない。かといって適正な価格で売り払うまで守り抜くのも難しい。万が一
結局、自分で使う以上の利益になる事はまずなかった。そのため、完品が表に出回った例は今までない。
それこそ悪魔の実の残骸くらいは手に入るし、研究もされている。しかし、それ以上の情報が何も流れてこないという事は、つまりそうなのだろう。
ぼんやりと、アレンの頭が夢の中に包み込まれていく感覚に襲われる。
魔導書は読むという行為より、文字を視界に収める事の方が重要だと言われている。魔法を習得するのに、魔導書の中身を理解する必要はないためだ。中には魔導書の力に当てられて、読んでいるうちに意識を飛ばす者までいる。
ざっくり目を通すと、魔導書は風化するように砕けていった。普通は中身の消えた本くらいは残るのだが、こういった面でも特殊なようだ。
「……特に変化は感じねえな」
動かしこそしないが、全身を確かめる。倦怠感やら何やら、体のどこかが変わった感覚は覚えなかった。
魔導書で魔法を覚えた場合は、副作用が体調に出ると聞いたが。今のところ、そんな様子はない。
「普通の魔導書がどうなのかは知りゃしないけどね。うちのは全部こうで、ステイタス更新しなくとも使えるよ。まあ、似通ってるのは見てくれだけで、根本的には違う技術を使ってるって事なんだろうね」
言いながら、またもわざとらしい笑い。
「ステイタス更新もしないでどうやって呪文を……って、ああ。呪術は呪文が必要ねえんだったな。つっても、俺は使い方がわかんねえぞ」
「今はというだけだろうよ。術式は体に刻まれとるんだからね。ステイタス更新で術式の概要を伝えられずとも、そのうちなんとなく分かるだろうて。ただし……」
「どう発展させるかは悪魔の実と同じで本人次第、だろ。んなこた言われなくとも分かってる」
つい先日、それで大事故が起きたばかりだ。リヴェリア・リヨス・アールヴがやらかした、ロキ・ファミリアのホーム消滅事件。使いこなせていない力を無理矢理振るった事で起こされた、非常に無様な事件だ。被害総額は数十億ヴァリスだと言われている。
自分はあんな間抜けではないし、馬鹿もやらかさない。一緒にされては困る。
ただ一つ。いけ好かないエルフのクソババアが、己こそ伏黒恵でございみたいな顔して自慢げだったのは、殺したいほど腹が立ったが。
だがそれも今日まで。カスみたいな能力者や呪術師連中に、もうでかい顔などさせない。当然、上澄みにも。
恐らく自分の力はノーマルだ。レア以上を望むというのは贅沢。そんなものは結果で覆す。なにせ、全ての能力に、頂点に立てるだけの潜在能力があるのだ。だからこそ、能力のレアリティは作中の活躍で語られている。
「ジジイ、感謝するぜ。ありがとよ。できる礼なら何でもしてやりてえ気分だが……」
「いらないよ。そんな事をするくらいなら、あんたの活躍をとどろかせてほしいもんだ」
「だろうな」
金銭にこだわっているなら、無料で能力などばらまきはしない。恐らくこれも、過去に幾度か繰り返した会話だろう。
まあ……。
「俺はアレン・フローメルだ、覚えておけ。遠からず、どでかい話題の中心になる男だ」
「ひひひっ、期待してるよ」
それだけ言って、背を向ける。視界から外した瞬間、老人の気配がするりと消えた。一体どんなからくりなのやら。
振り返って様子を確認するつもりはない。必要もない。告げるべき事は告げたし、後はそれを証明するだけ。
ホームに帰ったアレンは、無作法を承知で、真っ先に神フレイヤの私室へ向かった。ノックを二つすると、入室の許可が出る。神フレイヤは、まるで今までの事を全て見ており、その上でアレンを待っていたようだった。
その考えを肯定するように、ささやきが漏れる。
「得たのね」
「はい」
「この時を心待ちにしていたわ。来なさい」
膝を突いて一礼した後、女神の御前に進む。そして、背中を差し出した。
幾度も行われた、いつも通りの儀式。しかし今日のそれは、神フレイヤの手に、心なしか力がこもっているように思えた。
「まあ」
小さく感嘆の声が漏れる。振り向くような無作法こそしなかったものの、喜びは隠しきれない。
一刻も早く確認したいが、許される行為ではない。眷族の力を誰よりも早く確認するのは、フレイヤに限らず主神の特権なのだ。
「はい」
と、背中越しにステイタスを記載した紙が渡される。
「とても扱いの難しい魔法。でも、アレンにぴったりよ。これを使いこなせるようになった時……ふふっ、あなたはもしかしたら、オッタルより強くなるかも」
魔法――もとい呪術を確認した時、アレンは確かに、心が燃え上がるのを感じる。本当にこれは、扱いが非常に難しく、自分をおいて扱える者はおらず、そして誰に対しても必殺が望める力。
歓喜。この感情を、それ以外に表現する方法がない。
「フレイヤ様、お願いがあります」
「分かっているわ。ダンジョンに籠もるのね」
アレンは小さく頷く。
これをどれだけの期間で扱えるようになるか、彼ほどの者でも見通しが立たない。
ましてや習熟し我が手足とするまで、一体どれほどの月日を必要とするのか。もしかしたら、何年という単位になるやも。だが、そんなものはどうだっていいのだ。重要なのは最強への道がはっきりと見えている事、どれほど困難で遠いかは重要ではない。
「必ずや、あなた様に俺の新たな力を献上します」
「期待しているわ、アレン」
最低限の礼節を済ませ、アレンは早速準備を始める。まずは新たな力『投射呪法』を試すところから行わなくては、と考えながら。
その日より、実に数ヶ月という時間、アレンが表舞台に立つ事はなかった。目撃者すらほとんどおらず、アレン大病説や死亡説まで流れたほどである。
心身がボロボロになるほどの特訓を経た後、彼は最強たるオッタルに挑む。
この戦いは、フレイヤ・ファミリアにある敷地の大半が、まるごとひっくり返るほどであった。激震はオラリオ半土に及び、当然ギルドからすぐさま職員が派遣される。ギルドの干渉は、フレイヤの命という形で突っぱねられた。
激戦は、実に半日も続いた。最終的に二人はボロ雑巾のようになり、
果たして、死線の上に生き残ったのは。アレン・フローメルだった。
彼は格上であるLv.7を打倒したという功績からランクアップを果たす。都市最強の名声とフレイヤ・ファミリア団長の座、この二つを手に入れた。
彼の二つ名こそ更新されなかったものの。戦う姿を見た者からは、『音を置き去りにする』とまことしやかに囁かれるようになった。
一つの勝利で欲する全てを手に入れた男、アレン・フローメル。彼の栄光は、敗北を恥じて一から鍛え直し、ランクアップまでしたオッタルの実に三度目となる挑戦で破れるまで、およそ二年間も続いた。