ラルプたちレピオンハンターではなく、現れたのは見たこともない黒装束の戦闘集団だった。
その先頭で舌なめずりをする長髪の男──フェンネルはとある交換条件を投げつけてきた。
無我夢中で突っ走り、シャニーはアジトへ転げ込んだ。
すぐさま部下たちが集まってきて何事かと背中をさすってくれるが、息も整わないうちにシャニーはレピオン戦艦で見聞きしてきたことを全て仲間に話す。
休戦協定そのものが、この日のためのフェイクだったと知ったとき、場にいた全ての者は凍りついた。
「うそ……だろ?」
それは願望にも近い、搾り出したような言葉。
向こうはこの一年で万全の体制を整えてきている。一方の自分たちは、一年で最も不利な状況。対応は急を強いられるが、あまりの急展開に皆言葉にならない。
そもそも対応と言っても、この戦力では選択肢は2つしか無いではないか。降伏するか、それとも玉砕するか──どちらに転んでも、デムピアス海賊団としては最悪のシナリオしか待ってはいない。
「……分かった」
凍りついたその場でようやく口を開いたのは、やはり頭領だった。
それまで出てこなかった言葉が、吹き出るように四方から一気に飛び出した。
「分かったってなんだよ? お前……まさか」
「向こうの狙いはあたし。特にラルプのヤツは、しつこくあたしを狙ってるし。だから、あたしが出て行って時間を稼ぐから、その間に……」
「ダメに決まってるだろ! お前一人に戦わせられるか!」
男たちは頭領の考えを真っ向から拒否した。
とはいえ、相手の狙いが頭領であることに違いはない。シャニーは反対を押し切ろうと踏み出した。
「あたしはデムピアスの娘。父さんに今まで良くしてもらった。海賊王の名を娘のあたしが汚すわけには行かない」
「それは俺たちだって同じ思いだ!」
「死ぬと分かってる戦いに、部下を連れて行くわけにはいかないよ」
できる限り部下を巻き込みたくなかった。最悪、ラルプの手中に墜ちてしまうにしても、無駄な犠牲は防ぎたい。
だが、部下たちは一歩も譲ることはなく、皆踏み出して手を取ってくる。
「シャニー、俺たちを信じてくれ。俺たちはお前の護衛隊だ。お前を残して逃げ落ちるなら、お前の盾になる。それが、俺たち海賊の誇りってもんだ」
「姫、どうか俺たちに生き恥を晒すようなことを命令しないでくれ」
「そうだぜ! 生き残ったところで太陽を失くしたルケシオンに生きる希望なんかねーよ!」
口々に叫ぶ部下たちを前に、シャニーは思わず俯いた。こんなにも言ってくれる部下たちに今の顔は絶対に見せられなかった。この場で一番肚が据わっていなかったのは自分かもしれない。
「みんな……。ごめんね」
「謝るなよ。お前は悪くない」
「うん……ありがと。よし、みんなっ、できる限りの事はしよう。父さんたちが帰ってくるまでは、何とか持ちこたえるんだ!」
「おぉっ!」
もう時間がない。部下たちに武器の準備や防衛ラインの構築を任せ、シャニーは奴隷たちの居住区へ走った。
すぐに皆を集め、緊急事態だと説明する。皆が死を悟ったように表情が消えていくのも無理はない。奴隷はこういうとき、真っ先に囮に使われる身だと悟っているからだろう。
彼女が奴隷たちの前にいろいろとものを置くと、奴隷たちからどよめきが起きた。武器や鎧、そして、彼らを拘束している枷を外す鍵だったのだ。
「子供と、子供を持つ親、そして老人。あなたたちを戦火に巻き込むつもりはありません。早く逃げて。残りの者も、命が惜しい者は彼らと一緒に逃げなさい。子供たちを守ってあげてください」
奴隷生活から抜け出せるのである。もちろん我先にと鍵を取り、自由を手に入れていく。
ゴーグルの中から、シャニーは厳しい表情で皆の様子を眺める。もし自分もここで奴隷であったならば、この苦境から逃げ出せたのだろう。
だが、そんな〝もし〟はもう彼女は考えないことに決めたのだ。
逃げ出さない。最後まで、背負った業と共に今生きている道を歩く。海賊王デムピアスの娘として恥じることのないように。
「おねえちゃん! また後であそぼうね!」
子供たちがはしゃぎ声をあげながらシャニーのもとに集まってくる。
いつもは頭を撫でてやるのだが、今日はもう首を横に振って追い返した。その去り際に皆が口にする言葉に、彼女は目が潤んだ。それでも、決して泣くまいとぐっと唇を噛む。
──誰もいなくなった。この広い奴隷居住区に、もう今は誰もいない。急に襲ってくる心細さは吐き気すら催すほどで、もう我慢できずとうとう決壊してしまった。
その時、後ろから彼女の双肩に手を置く人物がいた。
「ア、アベル……」
彼に手を取られるままについて行く。
着いた先は、よくシャニーが子供たちと遊び、アベルと口げんかをした畑の縁だった。アベルはその淵にどっかりと座り込み、座るように視線で促してきた。
しばらく繋ぐ言葉も出てこないまま、遠くに見える海原を二人で眺めていた。
カモメが飛んでいくのが見える。あのように、自由に空を飛べたら……。
「アベルは、逃げないの?」
「そのうち逃げるさ。だけど、これだけはお前に言っておきたくてな」
アベルにいきなり両肩を掴まれてドキッとしているのもお構いなしで、彼は正面を向けさせて睨むようだ。それだけで足らず、彼は装備しているゴーグルまで外して覗きこんでくる。
「お前、死ぬなよ」
「な、何言ってるのさ! そう簡単には死なないよ! あたしを誰だと思ってるの? ルケシオン一の盗賊だぞ!」
「自分だけ犠牲になればいいとか、そんなことを考えてたら、俺は許さねえぞ」
まるで胸を開いて心を直接覗かれているようでグサッと腹に声が刺さる。いくら幼馴染とはいえ、そこまで心を見透かされてしまうなんて。
なぜか潤む目をこすり、アベルを睨みつけた。
「知った風な口を利かないでよ! じゃあ、じゃあ……どうすればいいのよ……」
「簡単なことだ。 死ななければいい」
「そんなこと……っ。 そんなことっ!」
気付いたらアベルの頬を平手で打っていた。自分でも信じられ無いような衝撃が返ってきたのもあって我を忘れて感情を吐き出してしまう。死を覚悟しているのに、死ななければいいなんて無責任に感じた。
「そんなことも分かっていないから、どうすればいいかなんて口にできるんだろ。お前は海賊団の姫と言うだけじゃなくて、もっと大事なことをデムピアス様から仰せつかっているんだろ?」
アベルの視線を追ったとき、シャニーは言葉に詰まった。
シャスのトパーズ──人々の希望を司る天使の指輪。その力を守護することが、デムピアスと交わした誓い。その力を正しく行使し、諸人に希望を振りまくこと。それが神話に書かれていた守護者の使命。
「……分かってはいるんだ。 でも、この状況ではとても……」
「希望の守護者がそんなんで、皆どうするんだ。 諦めるな! お前は何が望みなんだ!」
親友からの強い言葉に心の中で何かが弾け、岩のように塞いでいたものを突き動かした。
望み、それは皆と一緒に生きて、再び笑って過ごす毎日が訪れること。
指輪をはめた手に、おのずと力が篭る──まさに、その時だった。
「!」
強烈な閃光が向こうから飛び出したかと思うと、間をおかず猛烈な爆風が周りを襲った。以後絶え間なく、第一防衛ラインがあるあたりから銃声や大砲と思しき爆音が聞こえてくる。
ついに、レピオンハンターが攻め込んできたに違いない。
シャニーは再びゴーグルを装着し、黒煙が上がる砦へと旋風のごとくその場を後にした。親友に別れの言葉も残さずに。
◆◆
「頭! 第一防衛ライン……突破されました!」
砦に戻るや否やの壊滅報告。頭が真っ白になって現実が入って来ない。
まだそんなに時間は経ってはいないはず。相手の戦力が底知れぬものであるのは間違いない。
それでも表情には出さず叫ぶ。
「あたしたちは、必ず生きる。例えこの場で敗れたとしても、生きていれば必ず蘇る! だから、死ぬことは許さない。 行くぞっ、海賊団の誇りにかけて!」
湧き上がる士気とは裏腹に、ほどなく第二防衛ラインも突破を許すこととなる。
残るはシャニーの率いる最終防衛ラインのみ。とうとう、敵の戦力が物見やぐらで確認できる距離となってしまった。
双眼鏡で向かってくる海賊たちを見て、シャニーは絶句した。
(ラルプ……手際が良すぎる……いや、それよりも……)
見たことも無い連中が、海賊団と混じってこちらへ侵攻してきているのだ。更にその後ろには、山が動いているのかと見紛うほどに巨大で、ひしめくようにあちこちから大砲が飛び出すレピオン戦艦。甲板にはラルプやレックスといった首脳陣が立っているのが見える。
まさに電光石火のブリッツクリーク。程なくして上陸を開始し、十八番を奪われたデムピアス海賊団のアジトの周囲は、屈強な男と強烈な火器が詰め込んだように押し合っている。
「ふふふ……これだけ包囲されればヤツも嫌とは言えまいよ」
ラルプは笑いが止まらない。ようやく、積年の思いを晴らすことができると言わんばかり。
彼は今まで全てのことを可能にしてきた男だ。デムピアスという存在を除けば。それが今、そのデムピアスさえも自らの手中に収めるチャンスが目の前まで差し迫ってきているのだ。チェックメイトをどのように捻じ込んでやろうか、興奮を抑えられない。
「ラルプ様。このような戦力に、何も船長御自らが手を下すことなどありません。私めにおまかせください。必ずや、新海賊王としてすばらしい門出となるお手伝いをできましょう」
そこに風のように現れたのはフェンネルだ。
彼は自身の部下を引き連れて、ラルプの前で深々とお辞儀する。
ラルプは今回のフェンネルの動きを高く買っていた。この作戦そのものが、彼の機転の賜物なのだ。
「よし、では貴様に任せよう。ただし! シャニーだけは生け捕りにしろ。アイツは大切な人質だ。色々借りもある。他の者の生死は問わん。行け!」
「はっ!」
作戦の統帥権を与えられたフェンネルは、口元に笑みを浮かべて砦へと向かう。その後ろからは大砲による援護射撃。吹き飛ぶ物見やぐら。砦は守りを失い丸裸となった。
真っ向から向かってくる黒ずくめの男たちを、デムピアス海賊団も指をくわえて見ているわけは無い。砦からの容赦ない銃撃がフェンネルたちを襲う。
銃弾は確実に男たちを貫通しているのに、倒れるどころかよろけもしないではないか。
「こいつら、化け物か……」
砲手や狙撃士は、効かない事が分かっていてもがんがん弾を繰り出す。
だが、その時シャニーの高い声が響いた。
「ダメ! それは幻術だよ!」
遅かった。幻術はその役目を終えて風の中に溶け込んでいく。
仲間全てを自らの幻術の支配下に置き、敵からの察知を防ぐ盗賊の最上級魔法、カムフラジュだった。
直後、砲手たちの間に捻じ込まれた強襲。目の前に突然現れた男が双剣で作り出した烈風により、彼らは吹き飛ばされた。
「ほう、私の術に気付くとは。さすが希望の守護者というだけはある」
姿なき声がシャニーを挑発する。いくら盗賊でも、すでに幻術の中にまぎれている者を探し出すのは困難と言える。
風の中から電撃が走るように喉元を襲う鋭い牙が、無防備とも言えるシャニーへと向けられた。
「?! ──そこか!」
寸前でそれを察知した彼女は、かろうじて一発目を避け、二発目を短剣で弾く。頬から一筋の赤い線が伸びた。
「なるほど、これは殺し甲斐がある。 美しい死に様を見せてくださいよ」
「お前、誰だ! レピオンハンターじゃないな!」
垂れた血を拭いながら、敵に向かってダガーを向ける。
レピオン戦艦に潜入した時も感じていた。彼らはどうもレピオンハンターとは違う。服装も、戦闘スタイルも。
男は肩を揺らしながら糸が引きそうに絡みついた声で嬲るように喋り出した。
「知れたことを。私はフェンネル。エズダーシアにおける幹部の一人……──なんて事になっていますがまぁ、そんなことはどうでもいいでしょう」
一体何を言っているのか、シャニーにはいまいち飲み込めなかった。レピオンハンターとは別組織の者が共謀しているくらいは分かるものの、理由も目的もサッパリだ。
なんにしても、デムピアス海賊団の敵であることには変わりはない。ダガーを強く握り締めなおし、フェンネルを睨み据える。
「アナタに一度だけ猶予をあげましょう。クックック……」
フェンネルはダガーを構えようともしない。
それどころか、腰に手を当てて余裕の表情を浮かべ、シャニーを見下ろしている。
「死ねええ!」
隙丸出しのフェンネルへ斧を振りかぶって突撃する荒くれ。
視線を移しすらせず、冷笑を残してフェンネルはその場から消えうせた。
「上だよ!」
男がシャニーの声に気付いた時にはもう、頭上から襲う二本の短剣が荒くれの背中を引き裂いてた。飛沫を上げ、糸の切れた人形のようにその場に倒れる。
短剣にから滴り落ちる雫を見て、フェンネルは再び冷笑する。
「やれやれ、醜い、醜い。せめてリーダーが決断するまで待てばいいものを」
「貴様ぁ!」
「おっと、勘違いしないでください。そちらから手を出したのですよ。正当防衛というものです。私はアナタたちに興味などありません。私が欲しいのは、その指輪──トパーズさえいただければこれ以上危害は加えません」
シャニーは驚いて自分の手先を見つめる。
彼らの目的は海賊団ではなく、このトパーズだというのだ。この指輪を渡せば、最悪デムピアス海賊団を、部下を守ることができる。
決断に時間は必要なかった。短剣を腰に戻し、指輪を外す。
「ダメだ、頭! そいつは渡しちゃいけねえ!」
「おや、いいのですか? この戦力差では選択肢は1つしかないと思うのですが。こちらは最大限の情けをかけているのです。アナタたちなど、早々に葬ってから指輪をいただいても、私としては結果は同じわけですからね」
フェンネルの居丈高な表情が、狡猾な顔をさらに冷酷なものとして浮かび上がらせている。
しかし、事実だ。気が変わらないうちに交渉を終えなければ。何を始めるか分からない蛇のように彫りの濃い猟奇的な目が、今も赤くニタニタ見下ろしてくる。
仲間の反対を押し切り、シャニーはフェンネルへ指輪は投げつけた。
にこっとした後、約束どおり、彼は部下に武器を納めるよう指示する。
シャニーの拳は震えていた。海賊団の為とはいえ、相手の軍門に下ったその屈辱感で頭が焼き切れてしまいそうだ。
それでも、無策に渡したわけではない。確信していた。 彼は指輪をはめることすら出来ないはずだ。
例え手に渡ったとしても、装備できなければただの宝石に過ぎない──
「えっ……?!」
「ふふふ、これがシャスのトパーズ、そしてハデスの指輪か」
期待はあっけなく裏切られる。
フェンネルはシャニーの見ている目の前で、中指に指輪をはめ込んで見せたのだ。
「驚いた表情をしていますね。私が指輪を装備できる事がそんなに意外ですか? ふふふ、神など所詮、上辺だけしか見ていないということですよ」
指輪を見せつけられながら、狐のような線の細い顔に嘲笑を浮かべて絡みつくような声で煽られても、湧き上がるのは 彼の言う通り神への失望ばかり。
「さて……新しい力がどのようなものか、試したくなるのが人情というもの……」
フェンネルはシャニーたちから視線を外して森のほうを見渡している。
しばらく何かを探すようにして眺めた後、あの冷笑が再び彼の顔に踊り、何かをにおわす。
風に乗った彼はまっすぐに目標にへ向かって走り始めた。
「……──話が違う!!」
彼がその場を去ってから、ようやくシャニーは、彼がどこへ向かったのかが分かった。
事は一刻を争う。彼女は全ての魔力を風に変えてフェンネルの後を追う。
荒くれたちもそれを追おうとしたが疾風には追いつけず、それどころか残っていたフェンネルの部下に足止めを喰らってしまった。
「姫ぇッ!! 一人は危険だ!! てめぇら! そこをどきやがれ!」
「邪魔立てするなら、先ほどの話は無しだ。全員ここで始末する!」
タゲ取はサンドボムより、ポイズンの方が楽っていうね。
そんなかわいそうなサンドボムにはちゃんと見せ場を作ることにしよう。
あ……もっと要らない子のシューティングスターなんてのもありましたね。