Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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ルケシオンを目指して森を抜けるゲイルは、雨水が運ぶ〝ニオイ〟に気づく。
マイナスイオンたっぷりの朝霧には似つかわしくないそれを辿った先で、彼は運命を掬いあげる。


3幕:聖都ミルレスの悲劇
ヤバいの踏んだ!


 まだまだ木の葉から雫がこぼれ落ちてくるが、陽が差し込んでくる辺りようやく雨が止んだか。

 結局夜通し降られて下はドロドロで歩きにくい。おまけに霧まで起きていて、神秘的と言われれば聞こえはいいが、土地勘のない森で先が見えないのは辛い。

 

「おい、サフィ。なんかここって昨日も通らなかったか??」

 

 ゲイルはたまらず振り向いたが、何度も聞くなと言わんばかりの目が返ってきた。

 仕方ないではないか。ルケシオン森は魔女の棲家と言われるカレワラに続く幻影の森の手前で、結構な入り組み方をしていることで有名なのに。

 

「そんなこと無いわよ。ちゃんとコンパスで方位を確認しながら歩いているから大丈夫だと……思う」

「思うって」

「だって初めての道だし、頼りになるのは地図とコンパスだけなんだもの。ほ、ほら、早く行ってよ」

「なーんだ、怖い──ぶはあ?!」

「早く行かないと殴るわよ!」

「殴ってから言うんじゃねえ!!」

 

 まったく人を動物か何かと勘違いしているような扱いだ。殴れば言うことを聞くと思われている節がある。

 仕方なく歩き出したものの、ゲイルは妙な直感が騒いですぐ止まり、サフィが背中に突っ込んだ。

 

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

「……なんか臭う」

「なに犬みたいなことしてるのよ」

 

 サフィはやめさせたがっているようだが分からないのだろうか。嗅ぎたいとは思えない何とも嫌なにおい。それでも放っておけないニオイが森のどこかから──サフィに近づいた途端吹っ飛ばされた。

 気を取り直し、ゲイルが鼻を獣道の壁付近まで持っていったときだった。

 岩肌を伝って雨水がさらさらと流れ、雫がポタポタ落ちて行く──何かおかしい。その水流を手にとってみて確信した。赤く濁り、生臭い鉄の匂い。垂れたツタを掴みとっさに崖をよじ登る。

 

「おいサフィ、早く来い!」

「何よ……──きゃあああ?!」

 

 サフィが悲鳴を上げるのも無理はない。ツタを掴んで彼女もようやく理解したのだろう。しかし、今は彼女に構ってはおれない。

 

「おいっ、しっかりしろ!」

 

 人形が捨てられているかのように少女が倒れていたのだ。

 金髪だと最初は分からなかったくらい全身血まみれで、揺すっても叩いても反応は無い。背中にはモンスターに爪でザリっとやられたような切り傷。腹部には深い刺し傷があり、体は冷え切っていて、嫌でも身震いがくる。

 鼓動を確認しようとしたゲイルだったが、耳を押し当てる寸前でハッと躊躇した。

 

「何やってるのよ!」

「いや、ほら、その……。相手は女の子だから、その……」

「首筋でやればいいでしょ! もう、男ってサイテー!」

 

 ラリアットを喰らって弾き飛ばされ、身を起こすと脈を調べるサフィがホッと胸を撫で下ろしたのが見えて、ゲイルも思わずガッツポーズが飛び出す。

 

「ヨシっと。とりあえず血は止まったな」

「さすがに毎日怪我してるだけあって応急治療は上手ね」

「誰のせいで怪我してると……いや、何でもねえよ! 拳下ろせって!」

 

 話題逸らし半分に地図へと目を落としてみる。このくらいの距離ならルケシオンまで少女を背負って連れて行けそうだ。

 

「よし、早くこの子をルケシオンに運ぼう。……ん?」

 

 少女を抱き上げようとしたその時、何かの気配が突き刺さった。

 どう考えても野生動物のものではない。気配というより、視線──直後に何かが風を割く音が飛びつくように突っ込んできた。

 

「ゲイル?! 大丈夫??」

「何でもねえよ。こいつは……」

 

 飛んできたもの咄嗟に打ち落として見れば、銀の刀身が鋭く光るダガーだった。これを投げてきたというのか。

 

「私たち、誰かに狙われてる?!」

「ああ。サルヴァトに属してんだ。エズダーシアがいつ仕掛けてきてもおかしくねえよ。でもな、あのダガーの軌道からするに……──っと、現れやがった」

 

 どうやって隠れていたか分からないような、僧帽筋が張ったガタイのいい男達がぞろそろと木陰から出てきた。

 ところどころ歯がない口元はニチャニチャして、まさに獲物を前にした獣だ。

 

「おい、旅のお二人さんよ。そいつは俺達の仲間なんだ。見つけてくれてありがとな。こっちに渡してもらおうか?」

「嫌だね」

「んだと??」

「死にかけの仲間に、ダガーを投げるような奴に渡せるわけねえだろ」

 

 即答で突っぱねたからか男たちの顔は火を吹くように真っ赤になり、いきり立って武器を取り出した。

 

「てめぇ、こっちが下出に出てやればいい気になりやがって! てめぇもそいつと一緒に死にてえのかッッ」

 

 やはり思ったとおりだ。少女を渡すわけには行かないのは言わずもがな、相手をする時間さえ惜しい。少女を自分とサフィの裏に隠し、双剣を構える。

 

「死ねや! 俺らに逆らったらどうなるか教えてやるぜ!」

「そっちのねーちゃんは連れて帰ろうぜ!!」

 

 やたらと血の気の多い男達は一斉に突っ込んでくる。

 力任せの攻撃なら大歓迎だ。こちらの十八番だし、新たに手に入れた双剣の技術を磨くにも丁度いい。

 

 女だからとサフィを狙った荒くれもいたが、むしろ酷い目にあう羽目になっていた。いつもは大人しくても、戦いとなると容赦がない。

 

「口ほどにも無いわね! 連れて帰って練習台にしましょうか?!」

「あぎぃ?!」

 

 荒くれの腹に大地の怒りをぶち込むと、サフィは自分よりデカイその男を引きずり回して投げ飛ばしてしまった。普段からあのコンボを喰らっているゲイルは見ただけで背筋に冷たい何かが走る。

 

「ち、一旦退くぞ!」

 

 サフィに恐れをなしたか、荒くれ共は尻尾を巻いて逃げていき、森には小鳥のさえずりが戻ってきた。

 

「何なの、あいつら。エズダーシアの手先かしら」

「いや、練度が違いすぎる。にしても、この子、一体何したんだ?」

 

 ずっと感じていた疑問を腹に抑えきれなくなった。

 金髪の少女を見下ろしてみるが、もちろんそれに答える言葉は無い。その見た目は生きているのが不思議なくらいで目を背けたくなるほど。

 

「そうね……。ただ単に盗みを働いただけでここまでなるとは思えないよね」

「それだけじゃない。さっきのあの男達、こんなに酷くなるまで痛めつけて、まだ足りないみたいだった。なんかとんでもないことに首を突っ込んでんじゃないか?」

 

 こんな少女をあんな大人数で探し回っていたのだ。

 彼らの目つきは、明らかにこの弱りきった少女の息の根を止めようと光っていた。

 怪我では済まない事情を背負っていることを、少女の背中に走る二本の赤い稲妻が物語っている。

 

「ねえ、もしかして、この子置いてくとか言わないよね?」

「は? 何でそうなる? こんな重傷人を置いてけるわけねーじゃん。んな心配そうな顔するなって」

 

 少女の腹部の止血具合を見てホッとした。背に乗せてみる。小柄な少女は、雨でびっしょり濡れているのにとても軽い。魂が抜けてしまっていないか不安になるほどに。

 止血が外れないよう、ゆっくり獣道を進んでいく。ゲイルの首に、少女の息が弱いながらも拭きかかる。

 

「何とか助けてやらねえとな。よしッ、ルケシオンに急ぐとすっか! サフィ、地図頼むぜ」

「了解よ」

 

 足取りにも自然と力がこもり、抜かるんだ道をズンズン進む。

 その力の篭った足が、元気よく何かを踏みつけた。落ち葉や枯れ木ではない。何か柔らかいモノ。

 

「あん? 何だ?」

 

 あまりの違和感に、ゲイルは足元を見下ろしてみた。

 こんもりした枯葉の山があり、その横から白いヒモが出て……自分が踏んでいた。

 よく見れば、この枯葉の山は動いているではないか! 前方を見れば、サフィが口をあんぐりさせ顔を蒼くしている。

 

「げっ!」

 

 踏んでいたそれはヒモなんかではなかったのだ。

 ゲイルがヒモから足を離すと、ぷくぷくと枯葉の山が動きだしてヒモは反対側を向き、代わりに白い饅頭が現れたそれはどこかおはぎにも似て……。

 

「わぁっ、逃げろ!」




ルケシオン森はよほどの理由が無かったら行かない場所だったなぁ。
だってめっちゃ迷路だし……羽帽子集めくらいだったっけ。マジで記憶がない!
そういうおっかない場所はさっさと抜けちまうに限るんだぜ。っと、なんか踏んだぞ?
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