瀕死の重傷を負っているシャニーを治せる数少ない名医が、この町に居るはず。
それだけではない、彼は〝奇跡〟の使い手なのだ。性格はアレだけど……。
ミルレスの町へ続く長い坂道を駆け上がる。
広く重厚なつくりでありながら、郷愁を誘うどこか温もりのある石畳が町の歴史を物語る。
その頂まで上り詰め、ゲイルは元来た道へ振り向いた。
「ひょ〜……すっげえ……」
「神に一番近い町……そう言われるのも頷けるわね」
眼下に広がる一面の緑に雲霞がかかる幻想的な光景は、まさに神々が世界を見下ろすかのよう。
かつてのメント文明の者たちも、ここから世界を見渡していたのだろうか。ありし日の世界の中心から眺めるこの光景に、一体何を感じて創造を行っていたのか。
考えずにはいられないロマンがそこにはあった。
「こうやって見てると、平和に見えるんだけどな」
「ホントね。エズダーシアの侵攻とか、カプリコに追い掛け回されたり、ただの夢みたい」
「雲の上から眺めてたって、何も分かんねえってこった」
「異常も毎日続けば、それが日常となるってお祖父様も言ってたわ」
「だから瞑想して神から教えを乞えってヤツだろ? ハッ……俺は神なんざ信じてねーよ」
今はロマンより重い現実の方が雲霞の向こうに浮かんでくる。
皆、神、神なんて言うが、昔から意味が分からなかった。神なんているかも分からない存在に縋るぐらいなら、一歩でも踏み出した方がマシだ。
「まーたそんな事を」
「ケッ、神がいるってんなら、サラセンの危機を見て見ぬ振りをしたって事だろ。ぶっ飛ばしてやりてーわ」
くるりと町のほうへ向きなおし、しっかりと一歩を踏み出した。信じられるのは己の肉体のみ──それが修道士だ。今は阿修羅だけど。
「ほえ〜……町まですっげえ緑だな……」
一面砂漠のサラセンとは別世界で、ミルレスは草花のいない場所を探すことのほうは難しい。
悠々と空へ向かって手を広げる木々の足元では子供たちが走り回る。貴重なはずの木をふんだんに使った家々には、それ自体にも草木が芽吹き、もはや森の一部だ。
まるで異世界にでも迷い込んだような、この世にこんな静かで美しく、そして儚げな町があるとは。
ミルレスはかつて世界の中心であり、神々がメント文明を封印した際にも、最高神セオが光臨した場所として言い伝えられてきた場所だ。それゆえに神と最も近い場所として崇められている。
次第に聖職者が住み着き、神との交信を図ろうと日々祈りが奉げられるようになる。今では住人の多くが聖職者、あるいは敬虔な信教者というわけだ。
「──ていうことで、聖職者達が6大神を守護して、セオを唯一奉る宗教都市と──」
「へーいへい。観光案内かっつーの……」
サフィの〝お祖父様から聞いた〟シリーズは毎度うんざりだ。神だとか宗教だとかどうでもいい。
それよりさっさと広場を抜けたいばかりだ。怪我人を背負って血の気の多い格好をしていると、自然と注目の的になる。中には天に向かって拝みだす者までいる。
「俺ら、たぶんあんまし歓迎されてないぜ」
「ここは中立都市だものね。聖職者教会が聖職者に刃物の携帯を禁止しているくらいだし」
ミルレスに訪れる人間は、殆どが信教者や商人である。
冒険者と名乗る者も時々訪れるが、それはミルレスに眠る黄金時代の遺産目当てであり、多くがミルレスの森の中へ勇んで入っては消えていく。どう見られているかなど言わずもがなだろう。
今から尋ねようとしている人物も例に漏れず聖職者とは言え、神頼みしに来たわけではない。シャニーのような重症者を治せるのは、アイツしか思いつかなかっただけだ。
ただ、知人と言っても、ミルレスのどこに住んでいるのかは知らない。近くにいた聖職者を呼び止めて話を聞いてみることにした。
「すいません、レイモンドっていう聖職者を知りませんか?」
「あぁ、あの好しょ……彼ならこの通りを西に行ったところで診療所を開いてるから分かるはずですよ」
ダメもとで聞いたつもりだったのだが、一発で彼の居所が知れてしまった。どうやら診療所を開いている為か顔が知れているようだ。
「へえ、あいつ意外と有名人なんだな」
「どんな意味で有名なのか聞く勇気は出なかったけれど……」
アイツの名誉のためにあえて言わなかったのだが、サフィは容赦無い。それも会えばわかる事だ。教えられたとおり、中央の広場から西に進み、診療所を探す。
彼らの様子を、メガネをかけた男が見つけて目をしかめた。
メガネを一度外した彼は、レンズを布で拭いてもう一度旅の三人を遠くからのぞき込むように目をパチパチさせている。
「どうしたんだい? デイブさん」
通りかかった住人エイミが足を止めた。
彼はまだまだ若く、ボケたり気が触れるような歳ではないはずだが、側から見れば明らかに挙動不審であり、このくらいの歳の人間にありがちな卑猥な行動に見えてもおかしくない。
それを裏付けるように、エイミに名前を呼ばれたデイブは、びっくりしてメガネ拭きを落としていた。
「いやあね、ぼくが昔、心に決めていた人にすごい似ている人が見えたから、つい見てしまってね」
「へえ、あんたにもそんな人がいたんだねぇ。あれかい? 今でもその人の事が忘れられずにいるってかい? 名前はなんて言うんだい?」
エイミはおばさん特有の勘を働かせてベイブをからかうが、当の本人は春風のように穏やかに笑ってサラッと流す。
「ははは、ただ単に適齢期を過ぎてしまっただけさ。もう彼女はこの世にはいないからね。名前はピタって言うんだ。ジプシーの可愛い子だった」
「おや……そりゃ悪いことを言ったねぇ。思い出させちまって」
「いや、いいのさ。でもあの子、良く似てたなぁ」
町の片隅にある、まだ木の色も明るいコテージにひっきりなしに人が出入りしている。
妙薬の開発と、神の奇跡による人知を超えた境地からの治療。その両方の技術を駆使することで、どんな難病も治すと言われる名医を求め、遠く首都ルアスなどから訪れる人も多い。
スタイリッシュなアンダーリムスクエアをかけた若い感じの医師の診察を待つ人が、今日も狭い待合室には溢れている。
「おお、お美しい……! 貴女のような方が病に臥しているなんてもったいない。ささ、早く治しましょう。治ったらどうです? 神の奇跡について夜ゆっくりと二人で説法を……」
「せんせっ!」
看護師から説教を受ける医師は毎度のことなのか、耳を引っ張られてしょうがなく診断を始める顔は、とても残念そうで泣きそうだ。
「これでよし。念の為、神の奇跡を賜りましょう。あなたにだけ、特別ですよ」
「せんせー、その患者さんの次もリカバリよろしくですー」
つい最近まではその多くが病人であり、投薬治療が主なものだった。最近ではそれ以上に怪我人が多く、神の奇跡を求めて運ばれてくる。
神の奇跡とは、神を崇め、奉る聖職者の中でも限られた者のみに与えられた神の権能の末端。すなわち、疲れを癒し、傷ついた体を再生する──ヒーリングの魔法のことだ。
そしてまた、そのヒーリングを求めて患者が現れた。
怪我を負った他の患者たちでさえも、運ばれてきた患者の様子が余りに無残だからかざわめいて道を空ける。
「おい、レイ!」
穏やかな木漏れ日さす診療室に荒っぽい男の声が響き、女性の患者とゆっくり問診していた医師の眉間にしわが寄った。
医師は女性の患者に薬を処方すると、ゲイルのほうに歩いていく。
「レイ、久しぶり──」
「おい、ガーゼを大量に用意してくれ!」
周りにいた看護師らに治療道具の用意を指示した医師レイモンドはゲイルを通過し、その肩からシャニーを下ろしてベッドに寝かせる。
馴れた手つきのハサミで、血で汚れた潜入服を切り開いて怪我の様子を確認すると、瓶から取り出した湿った綿で患部を丁寧に拭いていく。
その途端、シャニーの顔にゆがみが生じ、レイモンドはゆっくりとうなずく。
「へえ、町の住人に医者をやってるって聞いて驚いたけど、本当だったんだな。昔とエラい違いじゃないか」
「可愛い女の子を死なすわけにはいかないからね。お前みたいな毒盛っても平気なヤツなら放っておくよ」
「……性格は相変わらずかよ。前言撤回するぜ」
サフィは口元を押さえて笑ってフォローもしてくれないが、ゲイルも昔が帰ってきたみたいで心の重しが外れたようだった。
レイモンドはかつてサラセンでの修行仲間で、当時からレイと呼んでつるむ悪友だ。
彼は俗に言う〝変わり者〟で、聖職者でありながら故郷のミルレスを離れ、サラセンを訪れてフォンに弟子入りを志願したのだ。
年相応に落ち着いた感じであり、真面目な好青年──ともっぱらだがそれは見た目の話で、聖職者のくせに好色なところが玉に瑕なのは相変わらずらしい。
「よし、とりあえず消毒と基礎治療は済んだ」
そんなレイではあるが、医師としての腕は確かなようだ。
治療を終え手をきれいに洗った後、彼は部屋の奥から杖を引っ張り出してきた。
聖職者が神との交信に使うと言われる聖物をシャニーの上にかざすと、レイは目をつぶり祈り始めた。
軟派な親友からはとても想像のつかない、聖職者としての顔。サラセンでは決してうかがい知る事の出来なかった一面を見て、ゲイルは息を呑んだ。
サラセンでは、レイはあくまで修行僧として修行を積み、神の奇跡を披露することは無かった。
「偉大なる神、休息のイアよ。御名の下、穢れ無き彼の魂へ大いなる加護を与え給え!」
彼の魔力が白光の流れを作り、杖を通じシャニーへ流れ込んでいくのが分かる。
インカの呪術を操る魔術師のものとも、修道士の青い気弾とも違う、休息の女神に祝福された大いなる力。
その他意なき慈愛が聖職者の力であり、人を癒すことのできる唯一無二の存在なのだ。
「……ふう。よし、リカバリ完了だ。可愛さの特典で多めに神に祈りも奉げておいた。安静にしていればそのうち目を覚ますさ」
「……なんか素直に感謝できねーや」
レイの扱う高位治癒魔法に舌を巻くものの、相変わらずの言動に感謝どころか驚きでもなく、ただ呆れるしかない。
もっと反論してくるかと思ったが、彼はメガネを外しながら笑って見せた。
「感謝される為に医者をやってるわけじゃないからね。あ、でもサフィちゃんみたいなキレイな子に感謝されたら、医者冥利に尽きるんだけどなー」
「あら、じゃあ感謝の気持ちを拳に込めてあげようかしら」
「おおっと、それはきつい……」
【挿絵表示】
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レイモンド=ガルシア(22歳男 クラス:聖職者)
ミルレスに住む医者で、ゲイルとは悪友で彼らにはレイと呼ばれている。
かつてはゲイル達ともサラセンで修業した変わり者。
ナンパだが、聖職者として医師として、そして研究者として名を上げる俊英。
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ミルレスのBGMは新と旧、どっちが好きですか?
私は断然、旧ミルレスのBGM派です!
なんたって、アスガルドに降り立って一番最初に聞くBGMだったし、アスガルドならコレ!くらい印象に残っています。
キャラメイキングしてクロエ神官のもとに行くまでのドキドキは忘れんなぁ