Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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侵入者を追い払ったゲイルたちだが、フォンがいきなり慌てだした。
その翌日、街は大きな試練を迎える。


何が起きやがった?!

 夜、普段どおりに蝋燭の灯の中で食卓を囲むフォンと二人。

 いつものように雑穀を掻き込み、いつものように汁をすする。何もかもがいつもどおりのはずなのだが、どうも空気が重いというか辛いというか。

 ゲイルはその理由を何とか探そうとしていた。神殿を抜け出したことがバレるなんてことはしょっちゅうなので、そんなことではない。じゃあ一体なんだろうか……。

 

「おい、ゲイルや」

「なんだよ、師匠」

 

 予想通りにフォンから名前を呼ばれ即反応したものの、フォンはゲイルを呼びかけただけで汁をゆっくりとすすっている。しばらくはすすり終わるのを待っていたが、一向にその後の進展がない。

 ゲイルはすぐに辛抱しきれなくなって器に手を伸ばし始めた。

 

「その頬の傷はどうしたんじゃ」

 

 器を掴もうとしていた手は、その寸前で急ブレーキをかけた。いや、ブレーキをかけたのではない。フォンの視線によって動きを封じられたのだ。

 椀と白い前髪の間から覗く視線は、いつも以上に厳しい。

 

「な、なんでもねえよ。サフィと稽古しててできたんだ」

 

 これ以上、この視線に串刺しにされてはたまらない。ゲイルはそそくさと食堂を抜け出していく。サフィもそれを追いかけようと箸を置いたが、どうもそういう風には行かないようだ。

 箸と椀を置いたフォンは孫娘のほうをじっと見据えた。

 

「果物屋で何があった?」

「え?」

「隠しても無駄じゃ。わしの耳に入らないとでも思っておったのか」

 

 長老だけに彼の情報網は密に張り巡らされているようだ。こうなってはサフィも降参するより他ない。大人しく出来事を白状する。

 

「見慣れない格好をした人たちが果物屋のおばちゃんを脅していたの。それをゲイルが見てられなくなって助けてあげたの」

「拳で、か?」

「うん……。だって! 相手はおばちゃんに刃物で切りつけようとしてたんだもの!」

 

 たっと席を立ったサフィは珍しく家の中をかけていく。

 すぐに戻ってきた彼女の手には何かが握られていた。テーブルの前まで走りこんでぶつかりそうになったが、そんなことは気にはしていないのか、さっとフォンの前に置いて見せる。

 

「これでおばちゃんを脅してたの。あそこでゲイルが助けてなかったら、おばちゃんは……」

 

 説明しながら、フォンのご機嫌をうかがうように彼の顔を覗く。

 とても厳しい顔をしている。が、それはいつものゲイルを叱るような顔ではない。厳しい中には怒りというよりも……焦りというか、畏怖すらまとっている気がする。いつも「感情を観られるような真似はするな」と門下生に口酸っぱく叱る彼が、だ。

 それでも見間違いかもしれない。すぐにフォンは「そうか」と視線を外した。

 

「それなら止むを得んな。しかし、複数を相手に一人で立向うとは、まったく身の程を知らんやつじゃわい」

 

 彼の口から放たれるゲイルへの評価は相変わらず辛口だ。今までゲイルのことをほめた事など、そんなことあったかと考えなければ出てこない。

 

「まったくよ。私が助太刀に入っていなかったらどうなっていたか。おじい様が教えてくれた大地の怒りが役に立ったわ」

 

 椅子が勢いよく後ろへ吹っ飛び、乾いた音を立てた。

 サフィは祖父の行動にびっくりして身を退いたが、フォンはそれを許さない。

 

「お前も参戦したのか?!」

 

 フォンは先ほどの厳しい顔を一変させ、焦りを前面に出した顔でサフィを問いただす。

 いつもの穏やかな感じはない。ゲイルに対しては茶飯事でサフィもよく見ているその激しい口調も、サフィ自身にとってはまず無いことなのだ。

 

「え、ええ……、したわ」

「怪我はなかった? ペンダントも……無事のようだな」

 

 驚いて損をしたとサフィの顔に安堵というより呆れが浮かぶ。バカジジの発作だったようで、それならサフィにとっては茶飯事だ。ありがたいことなのだが、もうすぐ18になろうかという年を考えると少し恥ずかしいものもある。

 ましてゲイルの前で発作が起きると、どうしようか困ってしまう。

 

「おじい様、私ももう18なのよ? あまり過保護を言わないで」

 

 フォンの顔は厳しいまま。真っ赤になった顔で一呼吸置くと彼は孫の胸に手をやった。

 

「サフィよ。いくつになってもお前はわしの可愛い孫じゃ。そして、そのペンダントはお前の守り神。大事にするのじゃぞ」

「もう、おじい様ったら。母さんの形見だからって大げさよ」

 

 どうも今日のバカジジ発作はいつもより強力らしい。酒蒸しのアルコールが抜け切っていなかったのだろうか。

 とにかく、今日は一人にしておいたほうがよさそうだ。

 剣をテーブルの上に置いて囮にすると、それにフォンの気が取られている間に食堂を逃げ出した。

 

 一人になったフォンは、大分長い間剣を睨みつけた後、大きく息を吐き出して天を仰いだ。

 

「とうとう、来るのか……。ヤツの予言どおりに……なるのか」

 

 

◆◆

 一足先に部屋に戻ったゲイルは、休む間も無く地べたに座り腹筋のトレーニングに取り掛かる。張った肩が壁に当たって跳ね返り、棚を吹き飛ばしてもお構いなしだ。もう部屋の壁という壁はあちこちにひびが入っている。

 いつもはサフィにそれを叱られるのだが、戻ってきたサフィは何やら大きく息を吐き出している。

 

「どうしたんだ? 食いすぎたのか?」

 

 一瞬ムッとした視線が返って来てゲイルは思わず頭に手が行くが、サフィはまたため息したかと思うとガクっと肩を落として見せた。

 

「聞いてよ。またおじい様が発作を起こしたのよ!」

「はは、またかよ。おもしれーよな、お前ら」

「何でよ、少しは同情してくれない?」

 

 サフィはホンキで愚痴っているようだが、ゲイルにはただのギャグだ。何せいつも説教ばかりの師匠が別人の様に目元を綻ばせているし、ガミガミうるさい姉貴分が困り果てた顔をしているのだ。

 まともに取り合わずにいるとサフィが膨れ面を作りだすものだから、やむなく筋トレを止める。

 

「だって、俺はうらやましいよ。あのジジイ、俺だと眼が合うだけでゲンコだぜ? 人には不要な拳をよそ様に向けるなってうるさいくせによう。それがお前相手だとあのベタ甘。笑っちゃうぜ」

 

 目が合うだけで拳骨なんてことは決してない──と皆言うが、フォンと一緒に居る時は殴られているシーンしか思い浮かばない。それを考えたらサフィはそれだけで幸せのはずなのに、彼女は口をへの字に曲げている。

 

「それはそうだけどさぁ」

 

 それとこれとは話が別とでも言いたげで、愚痴が後から後から湧いて出てくる。腹筋の上に愚痴が積もってくるようで、ゲイルは堪らず立ち上がって全身を犬のようにブルブル振るわせると構えを取る。

 

「わっ! ゲイル! 部屋の中でマシンガンキックなんかしないでって何度言ったら分かるの?!」

 

 警告が一足遅かった。すでに壁に穴があく音がガラガラとサフィの顔から色を奪っていく。壁が元の壁であるところなど、見渡してもどこにもない。

 

「……なんか、もうどうでもいいわ。ふぅ」

 

 サフィは寝る準備を始めたが、うるさくしていてもそのうち寝入るのはいつものことでゲイルは構わず稽古を続ける。

 今日は一段とキレが良く、すばやく狂いのない蹴りが空気を裂く音は淀みがない。

 

「よっしゃ、今ならもう一段高みを目指せるかもしれねえ!」

「……はぁ」

 

 背後からため息にも、もうゲイルが反応することは無かった。

 

◆◆

 次の日、二人は朝からロードワークで汗を流す。神殿からスタートして、サラセンの町の外周を走ってまわるのだ。

 ただのロードワークといっても、サラセンはとても広く、おまけに砂漠特有の熱砂が容赦なく襲う。日焼けはイヤ、なんて事はとてもじゃないが言ってはいられない。

 

 いつも同じ道を走っていても飽きるということで、今日は街中を走ってみることにする。見慣れた風景のはずなのだが、ロードワーク中に流れてくる景色がとても新鮮に見えてくるから不思議だ。

 

 北に神殿、西に果物屋をはじめとする商店街、南には集落が広がりそして、東には暗黒の森へと続く道がある。町の中央は銀行や宿屋といった都市機能が集中しており、訪れた者をオアシス特有の安堵感が包む。

 ちょうどその町の中央まで走ってきた時だった。

 

「今日も元気じゃのう。ヒッヒッヒッ」

 

 この不気味な笑い方は、サラセンの生きた化石と言われている薬屋のサカだ。

 呼び止められて足を止めた二人は、周りをきょろきょろ見渡すが誰もいない。その背後から伸びた骨そのもののような白く細い手がゲイルに触れた。

 

「ぎゃあ?!」

「なんじゃ、デカいくせいに意外と肝は小さいもんじゃな」

「げ、怨霊ばーさん!」

 

 その容姿と毎日アヤシイ薬の研究をしているところから、ゲイルはそう呼んでいる。どうも若い男……特に修道士のようなガタイの良いのがお気に入りのようで、見つけては声をかけられるのだ。

 捕まったら最後、いつも薬の試飲をさせられて生気を吸い取られる思いだ。もちろん、それを言えば杖で殴られる。見た目とは裏腹に随分と健脚なのだ。

 

「このバカもんが! こんな老いぼれになんて言葉をかけるのじゃ。最近の若い男はダメじゃのう……。ほれ、わしも昔はサフィみたいにピチピチだったんじゃ。若いころは、女子がいたら率先して男共が……」

「もういいっつーの、その話」

 

 ゲイルは先制を取って話を止めた。サカは相当暇らしく、いつもこうやって若かしりの頃の話を延々と聞かせるのだ。

 この流れに、サフィも笑顔が引きつりだしている。

 

「まったく、連れないヤツじゃ。そうじゃ、お前達を呼んだのは他でもない!」

「どーせ薬の素が切れたから取ってこいとかだろ? ジジイと言いばーさんと言い、パシリかよ俺ら」

「おお、そうじゃ。さすがわしの見込んだ男だけある。ブラウニーポケットを採取してきてくれ。何、ただとは言わん」

 

 あまりに面倒くさくて頭をぼさぼさやりながらボヤいていたゲイルだったが、ギンと目つきが変わる。

 

「おっ、何だよ。なんか食いモンくれんのか??」

「とって来てくれたら、そいつで作った新薬を飲ませてやるぞ。きっと精力が沸く!」

「いらねーよ!」

 

 

 結局引き受けてしまい、やむなく町の西に広がる森へと行く事に。

 ゲイルには老人共からのパシリはいつものことで特に何とも思わないのだが、サフィはソワソワ落ち着かず、どことなく顔も蒼い。

 大方の理由は採集対象がブラウニーポケットだからだ。それはサラセンの森に生息する巨大な花、メンドゴラの球根なのだが……。

 

「ヘーイ、今日モ元気デスカー?」

 

 なんとこの花、眼があり、鼻があり……口がある。おまけに喋るのだ! 

 あまりにお喋りな為、メンドゴラが群生しているところは非常に騒がしい。花が喋るのだ。サフィにとっては不気味でたまらない。

 

「ネェ! ソコノオニーサーン、アソボウヨ!」

 

 近づいてきた人間たちにフレンドリーに話しかけるメンドゴラだが、ゲイルは容赦ない。茎を引っ張り、そのまま土から引き上げる。

 

「オゥ!」

「わりーな、付き合ってられねえんだ」

「ねぇちょっと、あんた気味悪くないの?」

 

 引っこ抜かれたメンドゴラの顔と目が合って、たまらずサフィはゲイルにくっついた。

 全く気にならないゲイルは次のメンドゴラへ手を伸ばす。茎を握り、力を込めようとした、まさにその瞬間だった。

 

 ────ッ!?! 

 

 サラセンのほうから、とんでもなく大きい音が聞こえてきた。何の音か想像もできない。生きてきた中で聞いた一番大きかった。家が崩れるような、いや、それどころですら済まない爆裂的な──激震。

 

「な、なんだ?!」

 

 二人が慌ててそちらを見ても、鬱蒼と茂る森に隠れて町を見ることは出来ない。

 それでも、木々の間からかすかに見える空は、真っ赤に染まって血の海のよう。

 とんでもないことが起きた──それだけは間違いがなさそうだ。互いに声をかけることもなく、いつの間にか二人は町へと全力で駈けていた。

 

 町に近づくに連れて、どんどん目の前に広がる光景が赤く染まりあがっていく。 もっと早く走る事ができればいいのに。そう感じた事など今まであっただろうか。

 早くサラセン町の入り口である大きな門が見えないか、空を見上げたその時。

 

「な……っ」

 

 ゲイルは走る事もできなくなって口をあんぐりしたまま立ち止まった。空が溶けたように一面を塗りつぶす真っ赤な光弾が、サラセンの町目がけて降り注いでいるではないか! 

 初めて見るはずなのに、なぜか経験したことがあるみたいな恐怖が彼の体を襲う。

 直後、体を押し倒すほどの激しい振動と轟音、そして爆風──

 

「ゲイル!」

 

 サフィの声で我に帰る。こんなところで立ち止まって入られない。二人は再び猛ダッシュで町へと急いだ。

 町の入り口までたどり着いた二人は、上げる言葉も見当たらなかった。入り口を象徴する大きな門は崩れ、その向こうは火の海と化している。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 そこらじゅうに転がる炎に包まれた瓦礫を避けながら、街中で倒れている者を助けながら町の北へと進んでいく。

 つい1時間ぐらい前までは、ここも人が溢れる市場だった場所。もう今は瓦礫と倒れた者達、そしてあちこちから上がる火と煙……言い表せる言葉はこれしか見当たらない──修羅場。

 

「何があったんだ!」

「分からん……突然空から何かが降ってきた。妙な格好をしたやつらが町の中央へ向かって歩いていった……」

 

 まだ息のある者の話からすると、何者かが襲撃してきたようだ。

 ゲイルは心当たりがあった。ナックルをしっかりと拳に装着する。

 

「何をする気だ」

「決まってる! 襲ってきた奴らをぶっとばす!」

「やめろ……お前達だけでも逃げるんだ……」

 

 降り注ぐ火の球を掻き分けるようにゲイルたちは風に消えた。町人の制止も掻き消して。





【挿絵表示】


サフィ=アーガント(18歳女 クラス:修道士)

ゲイルと同じくサラセンで修行に励む修道士であり、ゲイルとは幼馴染。
ギルド元締であるフォンの孫娘である彼女は、ゲイルとは反対にしっかり者で彼にとってはお姉さん的存在。
怒らせるととにかく怖く、口より先に手が出るのでゲイルも逆らえずにいる。
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今思うと、肉屋の主人が人間になったのはある意味ホラーだと思うんだ。
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