Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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寝静まった山奥ミルレス町の空には満天の星が煌めく。
温もりから抜け出したシャニーは、星明かりを頼りに道を急ぐ。
目指すは──約束の地ルケシオン。



俺のダチだ!!

 夜、皆が寝静まった頃、足音を立てずに部屋を歩き出す影──シャニーだ。

 彼女は間に合わせのために着ていた僧侶の服を脱ぐと、昼間に調達しておいた潜入服に着替えた。ルケシオンでの戦いで切れてしまった帯剣用のベルトも新調し、その両端にダガーを挿す。

 昼真に寝る振りをしてこしらえた爆弾も腰のパウチにしまい、いよいよ出発の準備は整った。

 

 ゲイルやサフィが寝ている横を通過して部屋を後にすると、窓からそっと外へ出た。

 ミルレスの夜は思った以上に寒く、月が恐ろしいほどに鮮明に夜空を照らす。

 

「こんな真夜中に、怪我人がどこへ行くつもりなのかな?」

 

 びくっとして、シャニーの足が止まった。

 診療所の外にある切り株に、レイが腰掛けていたのだ。

 まばゆい月明かりで本を読む横目から、月の光がメガネに反射してとても逃げられそうにない。

 

「ねえ、レイさん。あの二人には黙ってて。巻き込みたくないんだ」

「場所を移そうか」

 

 どうしても夜道の足取りがゆっくりになる。

 どれだけ説得されようと腹は決まっている。後はどう撒くか……ぶっちゃけた話、バックれてしまえば済むのだが、恩人にそんな不義理はできないし、何より出来なかった(・・・・・・)

 昼間とは違い、逆らえないような雰囲気がそこにあったからだ。

 

 中央広場に出て、何でも屋を通り越し、市街地を通過して石造りの門をくぐった。

 ミルレス町の入り口近くにある高台まで来てようやくレイが止まり、空を見上げるように促してきた。

 

「わあ……星がキレイ……」

「通称『星の振る丘』ってだけあるだろ?」

 

 言葉を失うシャニーの横顔を、レイはしばらく黙ってみていたが、

 

「この丘を降りて左に行けば、ミルレスの町から出られる」

 

 シャニーはレイの突然の言葉に、星を見上げていた顔を無理矢理彼のほうへ向けた。

 彼は出口まで案内してくれたというのか。言葉が出ずにいるとレイの手が肩へ乗った。

 

「だけど、キミは本当のことをまだオレに喋ってはくれていない。そうだろ?」

「なんで……?」

「キミは今、いろいろ嘘をついているね。オレにも、キミ自身にも。何故、キミはそこまでしてルケシオンに戻りたがる? 勝てっこないと分かっている戦力を相手に、何故一人で立向おうとする?」

 

 心を見透かされたような気分に陥った。

 余計なことは何も喋っていないし、矛盾がないよう注意を払ったはず。

 

(この人からは、逃げられない……)

 

 星の降る丘に座り込んで、もう一度空を眺めなおす。この空は、きっとルケシオンにも続いている。仲間を疑うような真似をするな──父の声が響いた気がした。

 

「驚かないでよ? あたしの父さんは、デムピアスなんだ。知ってる……よね? 海賊なんだ、あたし」

 

 レイは黙ったままで顔色ひとつ変えない。ただ、うんうんと相槌し、続きを待っているようだ。

 

「父さんがいない間に、他の海賊とエズダーシアが共謀してあたしたちを襲った。デムピアス海賊で生き残ったのはあたしだけ。これは話したよね?」

 

 なんだか思っていた反応と違う。何か言って欲しくて見上げてみても、レイは軽く笑みを浮かべながら頷くだけ。

 居心地の悪い沈黙に拍車をかけるように、レイは再び懐から本を取り出すと、しおりを頼りに読みかけの場所を探していく。

 どうすれば良いのか分からなくて星を見上げようとした時だった。

 

「キミの夢ってどんなの?」

「へ?」

 

 いきなりの振りだ。これはこれでびっくりしたが、レイはそのまま続けた。

 

「オレの夢はね、世界中で病に苦しむ人を、自分の薬で治してあげることなんだ。だから本当は、ミルレスを出て世界中の薬草を探して回りたいんだ」

 

 夢を語るレイの顔はとても生き生きしており、やはり悪い人ではなさそうだ。

 こんな人たちを死合場に連れていくわけには──それを口にさせまいとするように、「キミは?」と言わんばかりにレイが見つめてくる。

 

「あたしの夢かぁ。うーん、空を飛んでみたいな! 天使様みたいに!」

「空を飛ぶ……か。はは、楽しそうだ」

「でしょ? 楽しい──うん、昔みたいにみんなで楽しく過ごしたい。そうさ、ルケシオンを取り戻して、みんなで笑って過ごしたい」

 

 言葉がするする腹の中から溢れてきて、力が篭るのが分かる。そのはずだ。だからルケシオンへ戻ろうと固く誓ったのだ。

 

「でも、どうして一人で行こうとするんだい?」

 

 核心を突かれた。こうストレートに来られてははぐらかすなんて出来っこないし、彼は見つめてきてどうにも黙っていられる気がしない。

 押し出されるように「それは……」と口にしてしまい、もう観念した。

 

「だって、死ぬと分かっているのに連れてはいけないよ」

「そんな理由で、一人で死に行くつもりだったのか!」

 

 心臓が破裂するかと思った。レイに怒鳴られたかと思ったが、彼もメガネから目が飛び出しそうだし、何より声が違う。

 雷のように走る、野獣の咆哮にも似た腹からの怒声。

 シャニーは思わず駆け出して丘のふもとを覗く。そこにはゲイルが仁王立ちで見上げていた。

 彼はダッシュで階段を駆け上ってきて気づけば両肩を掴まれていた。

 

「お前! 自分だけ犠牲になればいいとか、そんなことを考えてたら、俺は許さねえぞ!」

 

 シャニーは胸が貫かれたような気分だった。アベルと同じことをゲイルからも言われてしまったのだ。

 アベルとは違い荒々しく剛い声だが、それに揺さぶられると縮こまるどころか心を手繰り寄せられるように言葉が出てくる。

 

「もうこれ以上、自分のことで人を苦しめたくないんだ。あたしがもっとしっかりしていれば、部下達は死なずに済んだはずなんだ」

「それは違う!」

「何が違うって言うのさ! 何も知らないくせに!」

「教えて欲しいのに隠すのはお前だろ!」

「そ、それは……」

「俺は師匠からこう教わった。上に立つ人間は下で支える人間の気持ちに気を配れってな。ダチが苦しんでて力になりたいのに、信じてもらえない悔しさがお前に分かるかよ!?」

 

 ゲイルの怒鳴り方に黙るしかなくなった。怖いからではない。何も言い返すことが出来なかったのだ。

 どっちに転んでも結果は同じだ。どのみち死ぬなら、いっそ一人の方が──そう考える頭を殴りつけられるようだった。

 

「海賊団の連中だって同じ気持ちだぜ、きっと。守ってもらった命で、お前は犬死するつもりなのかよ! 未来をお前に託して死んでいった部下を、お前は裏切るつもりなのか!」

「ゲイルくん、言うねえ。あんなガキだった奴がこんな事言うようになるとはなあ」

「うっせーつの。茶化すなオッサン」

「オッサン言うな!」

 

 ぐさっと来てシャニーは涙を堪えるので精一杯だった。

 ゲイルとレイの二人がかりで言われたからと言うより、自分でも分かっていたからだ。それを他人に言われると、その重さも、意味も全く違う。──仲間を疑うような真似をするな

 

「俺はそんなことさせねえ。もしするというなら、力ずくでも止めてやる。過ちを正すのも、ダチとしての役目だ!」

 

 彼女の中の何かを吹き飛ばした。友──彼は何度もそう言った。

 海賊の自分を友として、何の垣根も作らずにぶつかって来てくれた。

 仲間を失って孤独に苛まれていた身にとって、どれだけその心へ届く言葉だっただろう。

 

「ごめん、あたしが間違ってたよ。……ありがとう。友達……うれしいよ」

「おう!」

 

 ゲイルはそれ以上追求しなかった。

 でも、レイはそれでも足らないと言わんばかりに、ゲイルが掴んでいた肩を開放して彼のほうへ向けた。

 

「やっとオレらに本当の気持ちを教えてくれたね。でも、キミはまだ嘘をついている。キミ自身にさ」

 

 何故そこまで分かるのだろう。

 シャニーには不思議だった。何もかもが不思議だった。

 どうして、知り合ってまだ数日しか経っていないのに、こうも理解してくれる人たちがいるのだろう。

 

「え……?」

「キミは、今はボスじゃないんだ。自分の気持ちにもっと素直になってもいいと思う。自分の中にしまい込まないでさ」

 

 もうどうしてもガマンできなかった。今までは必死にこらえてきた。

 何があっても、どんなに辛くても。弱みは見せられないと耐えてきた。

 海賊王の娘なのだから、なんでも自分が解決しなければ、皆に答えを示さなければと、どんなに逃げたくても強がってきた。

 

 一気に決壊する気持ち。悲しさ、寂しさ、悔しさ、そして嬉しさ。全ての感情が大粒の涙となってあふれ出る。

 声を上げて泣きじゃくるシャニーは、支えなくしては立っていられなかった。

 レイはそんな彼女を優しく包んでやろうと腕を広げて待つ。シャニーもそれを受け入れるかのようにレイへ寄っていき、そして──通過した。

 

「あぁあぁぁぁッ、ゲイルさん!!」

「うええっ?! 俺か?!」

 

 シャニーはゲイルに抱きついて、更に上げる声を大きくして泣いた。

 

「ゲイルくん……」

「いや、待て待て待て、なんだその目は!」

 

 レイは恨めしそうにゲイルを睨むが、当のゲイルは狼狽するばかり。仲のいい女友達のサフィがあんな性格で、女の子に泣きつかれた経験など初めてなのだ。

 

(レイに譲ってやりてえとこだが、そうも行かねえよな)

 

 ゲイルは腹を括り、満足するまで泣かせてやることにした。それが、偽りの自分と決別しようとする者へできる、友としての勤めだ。

 やがて声は小さくなっていき、彼女は顔を袖で拭った。

 

「あー! すっきりした」

「──ッ?!」

 

 袖から現れたその顔は、それまでの沈んだ顔ではなく、澄んだ笑顔だった。

 闇の中で月明かりに照らされなくても、その笑顔はきれいに映える。

 ゲイルはその笑顔を見てはっとした。引き込まれるような不思議な力を持った笑顔。思わず息を呑む。

 

「へへへ、友達かぁ。うれしいなぁ。周りがむさい大人ばっかりだったからさ。ゲイルさんとはいい親友になれそう」

「呼び捨てでいいぜ。さん付けはくすぐったいしやめてくれ。こちらこそよろしくな!」

「お、おい! オレもいるからな!」

 

 三人は元来た道を戻る。

 もう一人で行くなんて言わない。心を許せる親友が出来たのだ。一人じゃないし、一人で溜め込む必要もない。

 その喜びが、彼女の顔には溢れていた。またひとつ、彼女の中で生きる意味ができあがったのだから。

 中央広場まで戻ってきて、シャニーはゲイルの服の袖を引っ張った。

 

「ん? なんだよ」

「どうしてさ、ゲイルはあたしにそんな親切にしてくれるの? レイさんもだけど」

 

 ゲイルはなかなか困る質問をされて頭をぼりぼりとかきむしる。

 気持ちを言葉にするというのは、案外難しいものである。

 レイさんも、とおまけ扱いされた彼のほうが、こういうことは得意だろう。シャニーに気づかれないようレイを肘で小突く。

 

「君が子供達と遊んでいた時の顔。アレを見てたら、放っておけなくなったのさ」

「そ、そうそう! 俺もがんばらなくちゃなって思わせる顔をしてるんだよ。だから、俺もお前に何かしてやりたいなって思ったんだ」

 

 ゲイルも手を打ってレイの言うことに賛成しておく。

 同じことは海賊たちにも言われていた。恥ずかしくて頭の後ろに手をやるシャニーだが、心の中では救われていた。

 

「へへっ、もしそうならとってもうれしいよ」

 

 希望の守護者として、生きる力をわずかでも与えられているのなら。

 診療所に戻ったら、もっと色々と親友に話をしようと意気込んでシャニーは帰路に着いた。




ミルレス南東の出口付近にあった高台。
あそこをアジトにしていたギルドは多いのではないでしょうか?
ミルレスガイドもなんかそこをギルドにする人たちのために(?)いたような存在とすら映る。
実際には、蜃気楼の地図を使うことも多かった気もしますが……!
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