仲間が増えて喜ばしい……はずが、何故かレイはしょぼくれている。
彼はシャニーと談笑するゲイルの肩を掴んでキッチンへと連れていた。
診療所ではサフィが看護師と共に帰りを待っていて、シャニーの姿を見るなり駆け寄ってきた。
サフィは三人を笑みを浮かべて迎え入れ、男二人もまた親指をぐっと立てる。
シャニーが部屋奥にかかった時計に目をやると、とっくに日付を越えている。
「おかえり。きっと帰ってくると信じていたわ」
「ただいま、サフィさん。心配かけてごめんね」
「ええ、心配したわ。もう絶対、こんなことしちゃダメよ?」
「はぁい」
シャニーは不思議な気持ちだった。生まれ変わって新しい家族の一員になったみたいな。知り合ってまだ数日だと言うのに。
ゲイルは言わずもがな、レイは知的なお兄さんだし、サフィもまるでお姉ちゃんのようで、今まで一人っ子──と言うより、ボスであるべきだったのが別世界のようだ。
中はとても暖かく、いいにおいが部屋を包んでいた。どうやらスープを温めてくれていたらしい。
寒いところから帰ってきた男共二人は、キッチンのほうへ鼻をひくつかせながら進んでいく。
「あはは。へーんなの」
「ホント、男ってやーね」
サフィと顔を見合わせ、クスクスとそのまま雑談が止まらない。
楽しい──悲しいし果たすべき使命の重さは何も変わらないのに、まるでずっと一緒にいたような温もりの中で、シャニーは新たな幸せに解れていった。
◆
ミルレスの恵みたっぷりのスープが冷えた体を温めてくれるのも手伝ってか、とっぷり深い夜のはずなのに部屋の中は笑い声が包み込む。 昼間にあったあの重く、居辛い空気はどこにもない。
「でさー、父さんったらあたしの足を掴んで窓の外に投げ出すんだよ! 絶海だよ! 父親のすることとは思えないでしょ?!」
「ははは、お前が悪いんじゃん」
「あー! 父さんの肩を持つわけ??」
昼間にはその場に重いオーラを発していた張本人であるシャニーが、今度はこの暖かい雰囲気を自ら作り出していた。
まるでゴシップ誌のように、後から後から話題が出てくる。
「はは、喋るの好きなヤツだなー。お前と話してても飽きねえわ」
「ゲイルとは気が合いますなぁ! よっし、じゃあとっておきの秘密を──」
「二人とも、もう深夜なんだからトーン下げてね」
サフィに小言をもらってもずっと喋り続ける二人の顔に笑顔が弾ける。その二人に釣られるようにサフィも口元を抑え、笑顔の渦に巻き込まれていく。
一人だけ、笑ってはいるものの少しブルーな人間が……レイだ。
レイは会話に忙しいゲイルの肩を掴むと、キッチンの奥へと連れて行った。
「なんだよ、レイ」
さっさとリビングへ戻ろうとするゲイルをレイは必死に止めようと肩を引っ張る。それでも無理矢理戻ろうとすると、今度は体重をかけてもたれかかってきた。子なき爺のようである。
仕方なく彼のほうを振り向いてみてゲイルはぎょっとした。レイは半泣きだったのだ。
「お、おい……」
「ゲイル……俺はどうしたらいいんだ」
何か嫌な予感がゲイルの脳裏をかすめ、それはすぐに現実となってレイの口から出てきた。
「あのコ、お前にやるよ」
「はぁ? 何わけのわかんねーことを言ってやがる」
レイの指差すほうにはシャニーがいた。
ナンパが失敗したのだろうか。いや、ナンパの失敗ごときでへこたれる様なタマか。絶望感に満ちたゾンビみたいな顔からするに、ショックの大きさは尋常ではない。
「なんだいあのコ……すごい元気じゃないか」
「はぁ……? いいことじゃねえかよ。アイツ、イイヤツっぽくて良かったぜ」
シャニーがようやく心を開いてくれたのだ。ゲイルにとっては嬉しいの一言だ。おまけに話している感じ、なかなか馬が合う気もする。
サフィとは違うタイプの友達。もっと言えば説教好きでどちらかと言えば姉貴のようなサフィよりも、陽気で気さくな性格でまさに同世代のダチだ。
だが、レイにはそうは映ってはいないようなのである。
彼はゲイルの顔に自分の顔を近づけると、涙ぐんで同情を誘う。
「だってよう、来た時とまるで性格違うじゃないか」
「そりゃあお前……あんな重症でヘラヘラしてたらヤバいだろ。あいつならやってそうだけど」
「責任感に押しつぶされそうな、クールで儚げな少女盗賊というオレのイメージがぁ!」
「……。医者の風上にも置けねえ」
やはりいつもの病気が出たようだ。
シャニーを引き止めたのも、自分のイメージに合う理想の少女だったからではないかとゲイルは疑いをかけざるをえない。
せっかく聖職者らしく優しく諭していると、親友のことを見直していたのに。まさかあれもナンパの一環だったと思うと、彼でも情けなく思えてきた。
「それに……アレを見ろ!」
「あん? 何かあるか?」
レイの指差すその先は間違いなくシャニーなのだが、ゲイルには何を言っているのかよく分からなかった。
顔をしかめてもう一度見てみるが、やはりそこには笑顔しか映らない。
「野暮い奴だな。顔の下を見ろよ」
盗賊の潜入服は総じて薄着が多い。いま彼女が身につけている潜入服も、上半身はヘソ出しのクロップトップにショートマントを羽織っただけの軽装だ。
ゲイルはレイに言われるままに一度トップスを眺めて紅潮した後、レイの頭を小突いた。
「何をさせやがる!」
「お前も男だねー。よし、次にサフィちゃんと見比べてみろ! 大は小を兼ねるって言うだろ? あれじゃしょんぼりだぜ」
「あー……。何を言いたいかようやく分かったぜ」
「だろう? だろう? だからよ──」
「付き合った俺がバカだったぜ」
呆れて帰ろうとするゲイルを、レイが再び引き止める。
「お前も男だろ? 小さいとは言え想像してみろ! トップス1枚なんだぞ!」
テンション高まるレイに、仕方なく同情してやる。
だが、それが間違いだった。キッチンの奥でしゃがみこんで密談をしていたのだが──
「たった1枚っ。よぉおおしっ」
男たちの理想郷が頂点まで達した時、彼らは立ち上がって天に叫んでしまった。
その二人が、後ろからの怒りのオーラに気付いた時にはもはや遅かった。
がっちりと二人の頭は鷲掴みにされ、音が聞こえるほどに頭同士を叩きつけられてしまったのだ。
「ホント! 男ってサイテーなんだから!」
目から星が飛び出した二人は、そのままサフィに引き摺られていく。
(うわぁ……あの人には逆らわないほうがいいな)
あまりの力強さに、シャニーは思わず口元を覆った。
サフィはのびた二人を奥の部屋へと引き摺っていく。更に痛い音が聞こえ、戻ってきたサフィの両腕に二人はいなかった。
「ごめんね、二人ともバカで。根は優しいから怖がらないでね」
「(というか、サフィさんが一番怖いんですけど……)うん。あたし、ゲイルもレイさんも大好きだよ」
「そうそう、レイには気をつけたほうがいいわよ。ホント、女好きなんだから」
「ええ? 優しいお医者さんにしか見えないんだけどなぁ」
「あかぬけてないわね……」
うるさい男二人がいなくなった後も、二人で泉のように次々湧く話題で盛り上がり、会話を続けながらシャニーは武具を手入れをしておこうとパウチを開いた。
「へえ、たくさんあるのね」
テーブルの上に小道具を広げ、すり潰した材料を混ぜてダンゴを作っていたらサフィが物珍しそうに眺め始めた。
「手先の器用なのね。それは何を作ってるの?」
「これはねえ……えへへ、秘密兵器だよ!」
「秘密兵器? まん丸に上手く作るわね」
サフィはそう言いながら身を乗り出してきた。手を伸ばすのが横目に見える。たしか仕掛品を置いておいたはずだが……振り向いた時には遅かった。
「あっ、ダメ!」
サフィは手に取るだけでは足りず、何が入っているのかと耳元で球体を振っているではないか。
──ボンッ!!
瞬きをする間もなかった。
シャニーの制止が間に合うわけはなく、球体は炸裂して周り一面に赤い粉末が飛び散っていく。
その瞬間、目や口、喉も痛くなって、とてもでないが開けていられなくなった。
「な、なにこれ……へっくしょん!」
いや、目と口は閉じればいい。閉じられない鼻は、その赤い粉末の容赦ない襲撃を受けて悲鳴を上げた。
くしゃみが止まらない。咽こんで息もできずに二人で涙ぐむ。
かなり長い間宙を舞っていた粉末がようやく全て地面に落ちると、次第にくしゃみも収まってきた。
「はうう……自分で自分の爆弾の餌食になるとは思わなかったよ」
「今の何?!」
二人は外の井戸水でしっかり顔を洗う。おかげで眠気が飛んだものの、鼻の奥がヒリヒリする。
「作りかけのトウガラシ爆弾だよ。敵に向かって投げつけるんだ。結果は今のとおりさ」
「アブナイものを作ってるのね」
「あたしはパワーが無いからさ、こういう小道具とスピードで勝負するんだ」
「私は拳で勝負するスタイルだからとっても新鮮だわ。これ、全部そうなの?」
サフィが指差すテーブルの上には、たくさんの球体が転がっている。
大小さまざまだが、シャニーにとってはそれらはまだ序の口だ。腰のパウチをテーブルに置き、芸術品の数々を見せつける。
「他にもいっぱいあるよ! これは目潰し用、こっちは攻撃用。えーとこれは……そうそう開発中の時限爆弾! それは触らないほうがいいよ、猛毒が仕込んであるから!」
「顔に似合わず危ないコね……」
「へっへっへー。ルケシオン一の盗賊とはあたしのことだい!」
出てくる出てくる。次から次へと彼女自作の小道具がこれでもかというほどに。これが腰のパウチから出てきたとは思えないほどの量だ。
「私はいつも手ぶらだから、これだけたくさんあると見分けがつかないわ。とっさに使い分けるなんてすごいわね」
シャニーはサフィの身なりを見渡してみる。なるほど、手ぶらというだけあって特に道具入れなどは持っていないようだ。
体を目いっぱい使う修道士ゆえに、邪魔になるのだろうか。
だが、そんな徒手空拳の中でひときわ輝くものをシャニーは見つけた。
「うわあ、きれいな宝石だね!」
視線に気付いたようで、サフィは首にかけているガーネットに手をやった。
「これね。ふふふ、きれいでしょ? きれいなだけじゃないのよ?」
「えー! なに、なに?! 教えて!」
「メテュスのガーネットって言って、すごいパワーを秘めた神の宝石なの。そうは見えないかもしれないけど、私はその守護者なの」
思わず耳を疑ったシャニーは、もう一度サフィの手元で光るガーネットに目をやる。
神の宝石。そして守護者。自分以外にも、神の加護を受けた宝石を所持する守護者がいたのだ。フェンネルといい、サフィといい。ただの絵本話だなんて考えは完全に吹き飛んだ。
「サフィさんは何の守護者なの? ほら、宝石が司る力っていうか」
「おじい様からこのガーネットは友情を司る宝石って聞いているわ。でも、どうしてそれを知っているの?」
「あたしも、守護者なんだ。シャスのトパーズって宝石の。守護する力は、希望」
サフィは目をまん丸にしてすぐに、今度はキョロキョロとシャニーを覗き込むように見下ろし始めた。
きっと、トパーズを探しているに違いない。見せたかった。見せられるものなら──どうしても、頭が垂れていく。
「でも、今はもうないんだ。仲間を守るためにフェンネルに渡しちゃったんだ。その仲間も……っ」
「シャニー……」
涙が止まらない。手は何かを握り潰すように震えるほど固く閉じて言うことを聞かず、嗚咽を堪えようと噛み締めるばかり。
どうしても、トパーズを考えるとフェンネルを思い出され、その背後には怯えるルケシオンの民が見えてしまう。
「だから、あたしはルケシオンに戻る。守護者としての使命を果たさなくちゃいけない。フェンネルから指輪と、ルケシオンを取り戻すんだ。だから、お願い。手を貸して!」
顔をあげ双拳をぐっと胸元で握り、シャニーは言葉に力を込めた。
泣いてはいられない。父と交わした約束がある。守護者として指輪を守護し、正しく力を行使するという、大事な約束。
背負った業がある。多くの命が、自分の命を護って死んでいった。護られた命を、託された未来のために使う義務がある。
「あたし、逃げないって誓った。閉じこもりそうになったけど、みんなに助けてもらった。友達がいるもん。もう今は一人じゃないって信じられるから、だから逃げないよ」
昨日までの自分だったら、きっとフェンネルへの復讐しか頭になかった。だけど、いま頭にふわっと広がるルケシオンにいるのはたくさんの仲間だ。
あの幸せを、希望に咲く太陽の街を取り戻す──そこに、さっと手が差し出された。
「もちろんよ、親友じゃない。それに、守護者同士、きっと助け合わなければいけないはず。行きましょう、ルケシオンに」
二人はがっちり握手し、それからもしばらく互いの故郷自慢で夜更かしを楽しんでいた。
ミルレスって聖職者の町って言う割に神殿が無かったよなぁ。
聖職者協会があるのにそのアジト……もとい本部が無かったり。
あの先が実装されていなかったポータルの向こうに、もしや利権と癒着でドロドロのディストピアが広がっていた?!