Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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向かうはルアス。メルトが襲撃を仕掛ける前に何としても辿り着き、企みを防がなければならない。
とは言え、相手は竜と化して飛んで行ってしまったのに、こちらの移動手段は徒歩……。
こんなのでは絶対に間に合わない……業を煮やしてシャニーは秘策を繰り出した。


4幕:孤塁の騎士
目指せルアス!


 暁の明星。ゲイル達はミルレス町の出口にいた。

 敵が先手を打っている以上、別れを惜しんでいる時間すらない。レイはさっとゲイルに右手を差し出した。

 

「今回のことは感謝している。道中の安全を祈っているぞ」

 

 差し出された手をゲイルはしっかりと握り締め、静かに、そして強く頷くとレイに向かって背を向けた。昇りつつある太陽が顔を覗かせる先を見つめ、新たなる出発にゲイルは両頬を叩き気を引き締めた。

 

「おーい、ゲイル君」

 

 歩き出そうとする肩を掴むようにレイが再び呼び止めた。彼はゲイルを手招きしている。

 ゲイルは残る二人を先に行かせると、レイに元へ駆け寄った。

 

「なんだよ?」

「オレの代わりにハーレムを満喫して来いよ」

「お前って奴は……」

 

 この期に及んでふざけたことを口にする親友に、ゲイルは開いた口がふさがらない。

 覚悟を決めてルアスへ向かおうとしているというのに──ツッコミを入れてやろうと拳を突き出したら、待っていたように拳を広げられ、レイがぽんと何かを載せた。

 

「ここが落ち着いたら、オレもお前たちを追いかける。それまでは、この薬で傷を癒すんだ。もちろん、向こうの二人に使うんだぞ。お前はツバでもつけとけば勝手に治る」

「お前、今、なんて……?」

 

 手渡されたビンの中身は、彼特製の特効薬だった。しかし、それ以上に驚いたのは彼が後から追ってくるということだった。すぐさまミルレスが気にかかり、それを聞こうとした。

 

──何も言うな。

 レイの顔はそう伝えてくる。

 

「オレはいつでも女性のミカタだ。時が移る。さぁ、行け」

 

 

 親友の優しさに再びの握手で感謝を伝えると、ゲイルは駆け足でリスタートを切った。

 果たすべき役割を果たしてくれると互いに信じて、二人は別の道を歩みだした。もちろん、道は違っても向かうところは同じ。その気持ちが、ゲイルの足取りを強くする。

 東の空は見る見るうちに赤く染まり、そして陽は完全に姿を現す。その輝きが希望をもたらしてくれるようだ。

 

 向かうはアスク帝国の都ルアス。敵は王宮騎士団を狙っている。

 それを狙うならば、壊滅させた後に国王の命を、ひいては帝国を占領することを黙示しているのだろう。

 

「ルアスは何としても守らねえとな」

「ええ。いろんな意味でエズダーシアの後手、後手になってしまっているし、そろそろ彼らの行動を押さえなきゃね」

 

 ゲイルに同調したサフィがグッと拳を握る横では、シャニーが頭の後ろに手を組みながら口を尖らせていた。

 

「ルアスを助けるって、なんかフクザツだなぁ〜」

「あん? 何でだよ」

 

 高まる士気に水を差すような言い草に聞こえたか、ゲイルの眉間にシワがより、シャニーは渋そうに視線を逸らす。

 

「アスクはあたしたちをずっと討伐しようとしてたし。言っちゃ悪いけど敵同士なんだよね」

「だからってお前──」

「ストップ、ストーップ! 分かってるって。今はそんなことより大事なことがあるんだから、急ごう?」

 

 すぐカッとなるゲイルを軽く抑えたシャニーはつかつか先頭を行く。

 マイソシア大陸の最重要拠点、文明の中心であるルアスが敵の手に墜ちてしまえば、たちまちその噂は世界中に広まってさまざまな悪影響を及ぼす。そうなっては遅い。

 ルアスへ攻め入られる前に、何とか足がかりを掴みたいところだ。

 

 ところが、すぐに音を上げる者が出てきた。

 彼女は一歩一歩しっかりと踏みしめて前へと進む残りの二人にじりじりし始めたのだ。

 しばらくはガマンしていたが、とうとう彼女はゲイルの服の袖をつかんで彼の足を止めさせた。

 

「ん? シャニー、どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたも。このペースでルアスを目指すつもりなの?」

 

 長いルアスまでの道程を憂いて音を上げたわけではなく、残りの二人の進むペースが遅すぎるというわけだ。

 ゲイルはすぐ察知したようだが駆け足に変えただけ。シャニーはかっくりきてしまった。今度は正面に手を広げて立ち塞ぐ。

 

「そうじゃなくてさ! 風に乗って歩くとかできないの?」

「出来るかー! んなこと真顔で言うなっつーの!」

「ふふっ、それができるといいわね」

 

 ゲイルはまともに取り合ってくれずに、苦笑いを浮かべながらぐいぐい手を引っ張ってくる。

 サフィにも夢見る少女とでも見られているのか、まるで本気にしておらず、シャニーは顔を膨らせた。

 

「何言ってんのさ! メルトは昨日出発してんだよ。しかも、竜になってビューンってあっという間にさ。あたしたちだってビューンって──」

「だからよ、仙人でもねーのにどうやるんだって」

 

 こんなペースで進んでいたら、ルアスにいつ到着できるか分からない。ルケシオンは更に東進を要するから尚更のことだ。

 なのにゲイルときたら、ムリムリと手を振り出している。

 

「仙人じゃなくたって出来るよ。あたしはいつもそうしているもん。見ててよ!」

 

 彼女は自分の手を掴んでいるゲイルの手を振り解くと、逆に自分がしっかりと握り締める。

 

「お、何だ? 何かすげー技でもあるのか?」

「へっへーん! 今に分かるさ。分かったらバカにしたの謝るんだぞ!」

 

 何が起きるのかと興味津々のゲイルとは対照的に、サフィはどこか浮かない顔だ。

 ゲイルの顔を見てますますその気になったシャニーは、魔力で風に呼びかける。

 

「風が集まってやがる……。ほぇ〜、盗賊だけあって風の扱いには慣れてるってか?」

 

 ゲイルはまわりに渦巻く風のマナにはしゃぎ声をあげていたが、そんな楽観をしていられたのはまさに束の間のこと。

 

「うわーっ?!」

 

 突然に見えない力で前に引っ張られるや、景色が見て取れないほどに、とんでもない勢いで流れていくではないか。

 彼を支えているのはシャニーの細い腕だけ。絶叫するゲイルに彼女はお構いなしで、それどころか、スリルに白い歯がこぼれる。

 彼女の足は風に乗って地に着いていないかと錯覚するほどに、まさに滑るようにスキップしていた。

 盗賊の高位魔法ブリズウィク──風を味方につける盗賊だからこそなしえる高速移動術だ。

 

「止まってくれえええ、ああぁぁあぁぁッ?!」

 

 もちろん、それに付き合わされたほうとしては堪ったものではない。打ち付ける風はもはや凶器だ。

 例えシャニーがゲイルにも風をまとわせたといっても、当の本人がそれを使いこなせないのでは意味が無い。

 

「うがっ」

 

 風に乗り切れないゲイルの足はスピードについていけなくなってもつれにもつれ、しまいにはとうとう躓いて顔から着地してすごい音を立てた。

 

「うわっ?! ちょ、ちょっと!」

 

 ゲイルが繋いだ手を離さないままシャニーの体は宙を滑り、顔から滑り込んできたゲイルの背中に尻餅をついた。

 後ろには、長い距離に亘って轍のごとくゲイルが顔で抉った跡が新たな道を作っていた。

 

「いったー……。もうっ、トロいんだから!」

 

 背中に乗ったままゲイルのお尻をばんばん叩いてやった。

 追いついてきたサフィが呆れたように顔を手で覆っているが、口元ははっきり笑っていて恥ずかしいと言ったらない。

 

「ば、ばかやろっ。自分に出来るからって何させてんだおめーは!」

 

 ようやく地面にめり込んだ顔を持ち上げたゲイルの顔は真っ赤になっていた。彼は涙を浮かべながらシャニーの頬をつまんで反撃が始まる。

 

「ニブいから悪いんだもんね!」

「なんだと! メルトにもハエって言われてたクセに!」

「ハチだもん! 何度でも言っちゃうもんね、ニブいトロいニブいトロい! ニブトロー♪ ってね」

「てめ!」

 

 顔が真っ赤になるゲイルと追いかけっこしていたら、サフィがオホンと咳払いをして見せた。──ヤバい。

 

「そんなことして遊んでるほうが、よっぽど時間勿体無いと思うんだけど」

 

 ばつが悪くなってひとまずやめてみたものの、やり足りないまま目が合ってしまい、再び頬の摘みあいになってしまう。

 次の瞬間、痛い音が森の中に響く。

 

「うー。ゲイルのせいでサフィさんに叱られた……」

「うるせえ。俺なんか二つもらったぞ」

 

 ようやく大人しくなった二人の頭には立派なこぶが出来ていた。

 

「ゲイル、あんた年上でしょ! 自覚あんの?」

 

 一気に道中が重い雰囲気に。サフィの説教は一旦はじまると長いのだ。

 身を絞られる思いで幼馴染の説教を聴く。

 シャニーもお灸を据えられているのだが、明らかに彼女へとゲイルへの説教の仕方はレベルが違う。

 

「あぁ……俺って、外に出ても師匠の魔の手から逃れられないんだなぁ……」

「ゲイル! 聞いてるの!?」

「はいっ、聞いてますとも!」

 

 ゲイルが絞られている今がチャンスだ。風の幻術を置いてさっさと逃げようとしたシャニーだったが、ふいに腕をがっしり掴まれて背筋が凍る。

 

「げっ……」

「死なば諸共だぜ」

 

 サフィへ反応しながら、逃がさんと言わんばかりにゲイルがガッツリ掴んでいたのだ。

 

「ゲイル!」

 

 もちろん、その行動はサフィの逆鱗に触れ、更にきつく絞られる羽目になった。

 

◆◆

 ようやくサフィの機嫌も昼ごろには空と同じように穏やかに戻り、一行に平和が訪れた。

 それでも、ルアスへの旅路が長いことには変わりはない。

 

「あーあ。ルーチェさんがいれば、ルアスなんかあっという間なのになぁ」

 

 頭の後ろで手を組んで、空を見上げながら独り言のように呟くシャニーのぼやきが止まらない。

 こんな風に魔力も使わずに長い距離を歩くなんて、とんでもなく久しぶりだ。

 

「ルーチェ? 知り合いか?」

「うん。海賊団お墨付きの宝石商さ。魔法の研究をしててさ、転移魔法も使えるんだ。それを使えばルアスだろうがルケシオンだろうが、一瞬だよ。金にうるさいけど、ま、あたしなら顔パスってとこだね」

 

 すごいとか興奮が返ってくると思ったのに、何やら物言いたげな視線に囲まれていた。

 とくにゲイルは露骨に信用していない目で、シャニーはむっとした。

 

「いいもん。ゲイルは置いてくから」

「ちょっと待て。お前が使えるわけじゃないだろ」

 

 またケンカを始めそうな二人を尻目に、サフィは考えに耽っている。

 

「魔術師でシャニーと知り合い……どこかであったような……──あっ!」

 

 大声でビクッと肩が跳ね上がったシャニーはコブを覚悟したが、サフィが突き出してきたのはゲンコツではなかった。

 

「ねえシャニー、ルーチェさんてすごい煌びやかなローブを羽織ってて、お姉さんて感じの人?」

「そうだよ。なんで知ってるの?」

「あー、あのカレワラ森にいた魔女かよ」

 

 サフィの口から出てきた特徴から、ゲイルも手を打ってもやもやが晴れたすっきりした笑顔になった。

 カレワラ森で迷子になったとき、ミルレスまで魔法で飛ばしてくれた──そう二人から聞いて、シャニーは血の気が引いて口がまともに閉まらなくなってしまった。

 

「どうしたの? 今度会ったらお礼しとかないとね。あの人もシャニーの命の恩人よ」

「う、うん。そうだね。(うわぁ、あの人に借り作っちゃったのか。……会わないようにしよっと)」

 

 

 その後はしばらく、街道とは言いがたい古道をひたすらに東へと歩んでいく。

 ルアスはミルレスから見ると、大陸を半分横断したところにある。その距離は言わずもがな。

 ゲイルだって呑気に構えているわけではないだろうが、やはり落ち着かない。この間に、フェンネルやメルトがどんな悪事を働こうとしているのかと考えたら……。

 

「あ、そうだ」

 

 頭の後ろで組んでいた手を解いてぽんと打って見せた。

 

「今度はどうしたんだよ」

「あーっ! どうせまたロクでもないことを思いついたに決まってるとか考えたでしょ!」

「えーと……お前のホンキは認めるよ、うん」

 

 なんと適当な態度だろう。このままではルケシオン一の盗賊の名が廃る。

 

「あたしが一足先に行ってルアスの様子を偵察してこようか? 前情報はあったほうがいいでしょ?」

「お、何だか盗賊っぽいな! 名案じゃねーか!」

「へへーん、でしょー?」

 

 ブリズウィクを使えば、ルアスに行き、偵察をして戻ってきてもまだ十分に時間が余るはずだ。

 ゲイルの歓喜がスッと胸に溶ける。彼は肩に手を回して、ぐっと親指を立てて見せてきた。

 ようやく盗賊らしいところを仲間に披露することができる。

 

「ダメよ。一人で行くなんて危険だわ」

 

 やはりと言うべきか、サフィに止められた。

 

「だーいじょうぶだよ。あたしはルケシオン一の密偵だったんだ! 心得はあるさ」

「お前……前はルケシオン一のアサシンとか言ってなかったか?」

 

 早速ゲイルがシャニーのポニーテイルを引っ張って突っ込みにかかる。

 どうも言うことを真に受けないので、シャニーはぶーたれた顔でゲイルを見上げた。

 

「アサシンでもありレンジャーでもあるの! 疑ってるなら今度手合わせしようか?」

 

 拳を前に突き出して自身を主張するシャニーだが、ゲイルの表情は相変わらずだ。

 

「百歩譲ってルケシオン一の密偵だとしてもなあ」

「譲るなあ!」

「でも、本当に大丈夫なの? 一人で行って万が一の事があったら……」

「大丈夫だって、サフィさん。遊撃はあたしの得意中の得意だから」

「そうそう。こいつ殺しても死なないぜ、きっと」

 

 どうして怒ると分かっていてそんなことを言うのだろう。お望み通りにしてやろうとゲイルに詰め寄ったら、彼は両手を取ってきた。

 

「俺からも頼むぜ。お前にしか出来ないんだしな」

「今頃媚売ったって、ゲイルにはお土産買ってこないもんね!」

 

 憎まれ口を叩いておいたが、お前にしかできないとか言われたら張り切るしかない。

 風に乗ってシャニーは一瞬でその場を飛び出した。

 壊れた蓄音機がいなくなると、その場はとても静かになる。情景も手伝ってとても寂しい。

 

「お土産って……。遠足にでも行くつもりかよ」

「本当に大丈夫かしら。心配だわ」

 

 とは言うものの、もう止められるものでもない。弾丸娘は一度放たれてしまえば手に負えないのだ。

 何よりももう日が暮れる。夜の行動はモンスターとの遭遇の可能性が高まり危険だ。二人は野宿の準備を始める。

 アサシンというからには、夜も行動するのだろうか。野宿の支度中に再びシャニーのことを思い出し、ゲイルが親友を案じながら火を起こしていた時だった。

 

「イッ?! いててて?!」

 

 ふいに鼻にちぎれそうな激痛が走り、釣り上げられた魚みたいに立ち上がった。

 

「な、なんだよ!」

「言い忘れてたわ。あんた、シャニーに手を握られて鼻の下を伸ばしてたでしょ!」

「はぁ? ちょ、ちょっと待て! 誰があんな奴に鼻の下なんか!」

 

 ゲイルは心当たりがないと言おうと思ったが、許してくれるわけがない。サフィは完全に妹分の味方なのだ。

 

(くっそぉー。あのトラブルメーカーめ!)

「聞いてるの?! あ、それと! メルトに使って見せたあのコンビ技! もう少し技の名前捻れなかったの? 何よ、ツインデスアタックって! 途中で技をかけるのやめようかと思ったじゃない!」

「わぁ、もう勘弁してくれえ! (あぁ……俺ってかわいそう)」

 

 ハーレムなんてとんでもない。針のむしろに座らされたようなものだ。

 長い夜を、ゲイルは説教の中で過ごすこととなった。




ゲートを買うお金も惜しいβ時代。とは言え、徒歩で町から町へ移動するとそれだけで死ねるし。
特にサラセンやルケシオンゲートは切らさないように、町に着いたらまず買い直すのがルーティンでした。
もし買い忘れて故郷に戻されると……ぼったくり露店から買わなくちゃいけなくなるからね。
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