Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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ゲイルたちがルアスを目指しているころ、ルケシオンは新海賊王ラルプ支配の下、歪な平穏に覆われていた。
血生臭さが薄まるや、多くの後暗い商人たちがここぞとばかりに品を並べ始める。
その中でもひときわ煌びやかな宝石商が、海賊王ラルプを相手に高飛車な交渉を仕掛けていた。


紫毒の魔術師

 処は移り、ここはルケシオンのレピオン戦艦。

 海賊王の座を手に入れたラルプがルケシオン全土を占領した今、生殺与奪の権を一手に握る。

 船の上では、相変わらず部下たちに口汚い言葉でうるさく指示を与える甲板長レックスが、ギラリと背後を睥睨していた。

 

「ちっ……いけ好かねえハイエナ連中めが」

 

 彼は船の中をうろうろとするフェンネルの部下連中が煙たくて仕方が無い。格下であるのに自分の支配下に置けないからだ。

 当の本人は偵察と称して船にはおらず、何か言ってやろうにも手柄も残しておりに負えない状態だ。

 

「おい、てめえ。見慣れない顔だな、名前を言え」

 

 そのいらいらが、若い船員に向けられた。

 

「俺はアベル。昨日入団しました」

「そうか、じゃあ何も知らねえな。だがな、掃除をサボっちゃいけねえことぐらい、ガキでも分かるだろ!」

 

 殴り飛ばされたアベルは、船長室の天窓がある通路から転げ落ちる。その心配もすることもなく、レックスは彼を引き摺って甲板へと出て行った。

 アベルが覗いていた船長室には珍しい客が来ており、ラルプは客のもたらした商品に釘付けとなっている。

 彼の据わるソファの前には色とりどりの宝石が躍っており、テーブル上で誘惑する。

 

「に、2,000万グロッドだと?! おめえ、いくらなんでもそれはねーだろ」

 

 さすがに宝石というものは高い。とにかく桁が違う。

 息が荒くなる海賊王を手玉に取るように、宝石商は売り込んでいく。

 

「なーに言ってんだい。このサイズは国宝級なんだよ? それともなんだい、海賊王でも手の届かないものがあるって? 情けないねえ」

「んだとぉ?!」

「買い手はあんただけじゃないからね。価値に相応しい相手に譲るだけさ」

 

 ラルプもいきり立って見せるもののそこまでだ。船長といえどそう簡単にほいほい買えるわけではない。

 組織の規模が大きくなるに連れて、出て行く金も青天井。ファーストマネーはすぐなくなるものだ。

 

「分かった。じゃあ1,800でどうだ。それならいいぜ」

「んー。値下げするつもりはないね。そうだ、私はあんたが首にかけているアメジストがいいねえ。紫は好きなんだよ」

 

 あっさり交渉は成立してしまった。ラルプは毒気を抜かれたような顔でアメジストを渡す。物々交換を持ちかけられるとは彼も思わなかったに違いない。

 

「どこで手に入れたんだい? これ」

「へ、そいつはな、スオミの名門を襲って手に入れたんだ。家宝だからって言うもんだからよ」

 

 一回で数百、数千万を動かすビッグビジネス。その相手は貴族やこういった連中。

 ルケシオンを手中に収めたという知らせを聞いて、機嫌のいいうちに売り込んでしまおうと宝石商は駆けつけたのだ。

 ところが、思わぬ収穫をする事ができた。

 そこまで大きなアメジストではないが、その輝きは透き通っていて引き込まれそうだ。

 宝石商の彼女でも魅了されるその指輪は、世界の理をも映すような神秘さを醸し出していた。

 

「しかし、やたら今日は気前がいいじゃねーか、紫毒の魔術(ルーチェ)師さんよ」

「まあね。カレワラ森で行き倒れを助けてやってねえ。人助けもたまにすると気持ちがいいもんさ」

 

 人助けと聞いて、ラルプはそのデカイ口を目いっぱい広げて大笑いしてみせた。

 

「へえ、死体でも宝石がついてりゃ漁るようなお前さんが人助けとはね」

 

 互いに堅気な生活は送っていない。ルーチェは海賊のほかにもギャングなどとも繋がりも深く、最悪なことにカレワラの暗黒魔術師とも交流が深いために、手を出そうとするものはいない。

 

「褒め言葉をどうも。でも、どうしたんだい。海賊王になったって聞いて祝いに来たのに、あんまり嬉しそうじゃないじゃないの」

 

 海賊王だ。もはや彼にたて突くものなどいないのだ。

 天下を手中に収めた彼の野望は、その頂点を見ているはず。

 なのに、呑めや歌えの騒ぎどころか、ラルプの顔にはどこか焦燥に駆られている感じがある。

 

「いや、別に──」

「顔がちびりそうだって言ってんだよ。値切った対価としちゃ安いもんだろ?」

 

 煽っても顔を真っ赤にするわけでもなく、損得勘定が波に揺られるようにラルプの視線は弱い。

 そのまま流れ着くようにルーチェを見上げた彼は舌打ちし、海賊王とは思えない小声で切り出した。

 

「てめえも他人事じゃねえぞ。俺らの資金源については知ってるな?」

「ああ。あの反吐が出るようなキレイな金塊様ね」

 

 レピオンハンターの資金源である金塊には、ある秘密が隠されていた。時間が経つと、輝きを放つ金がどうもただの石になってしまうというのだ。

 確たる証拠もないため、ルアスの財務長官もほとほと困り果てているという。幾重にも経由する空取引で、出所を掴む事ができないでいるようだ。

 

「そうだ。シャニーのやつが……──ッ! おめえ、まさか森で助けたっていうのは、シャニーじゃないだろうな」

「なんであんなゴキブリを」

 

 目の色を変えてラルプは問い詰めるが、ルーチェのほうはあっさりしたものである。

 

「あれの秘密を、シャニーがどうも嗅ぎつけたようなんだ。始末しようとしたんだが部下がしくじりやがった。あのガキ、シブトイ奴だ。死にかけで海に飛び込んで、森で旅の二人に拾われたらしい。……何を意味しているか分かるだろう?」

 

 ルーチェは返事に窮した。あのお喋りが、秘密を秘密で終らせておくわけはない。

 今までレピオンハンターが順風満帆に成長してこれたのも、莫大な資金が背景にあったからだ。

 そして、規模が大きくなった今、ますます資金繰りは大事になってくる。

 

「ルーチェ。もしあいつを見つけたら……分かってるな」

 

 黙って頷くルーチェ。邪魔者は消す。この業界では当然の掟と言える。

 

 

 彼女はラルプの元を後にすると、彼の戦艦を見上げた。

 商売心から訪れてみたものの、どうもとんでもないことになっているようだ。

 

「さぁて、あいつもカワイそうな子だねえ」

 

 商売を円滑に進めるには多少の犠牲は必要だ。今までもそうして大きくなってきた。

 シャニーを助けてやったことは後悔してはいないが、彼女は知らなくてもいいことを少々知りすぎてしまったようである。

 

「かわいそう? とんでもない。あの小娘はこの私に怪我を負わせたのですよ?」

 

 先ほどまで誰もいなかったはずである。

 はっとして後ろを振り向くと、ルーチェの後ろには眼帯をした紳士が立っていた。

 彼は口髭を触りながら、狐のような目を更に細めて近寄ってくる。

 

「誰だい、あんたは」

 

 やたら馴れ馴れしい奴。ルーチェは警戒した。彼女は魔術師。マナの流れは自然と分かる。

 男から流れてくるマナは汚れきっている。海千山千であろうと、あまり関わらないほうがいいと感じていた。

 

「これは失礼。私はフェンネルと申します。海賊王の下で参謀をさせていただいております。お話はうかがっておりますよ、紫毒様。さぞお強い魔術師様とお見受けします」

「前置きはいいんだよ。要件をさっさと言いな。わたしゃ忙しいんだよ」

 

 こいつとはさっさと離れたい。その気持ちが言葉になって顕となる。

 彼から流れるマナは強力に間違いはないが、それ以上に人知を超えたものを感じて気持ちが悪くなるほどだ。

 その出所など、探すまでもない。禍々しいマナのオーラが、フェンネルの指先からほとばしっている。

 

「あの小娘には手を出さないで欲しいのですよ」

「なんでだい?」

「もちろん、奴は私がこの手で制裁を下さなければならないからです」

 

 彼は舌なめずりをしながら海を見渡した。蛇が舐め回すような眼光は、殺戮が楽しくてたまらないと言っている。

 

「ハッ、予想外だったってとこかい?」

「ええ。大方、岸壁に激突してぐちゃぐちゃになるか、レピオンに飲まれてバラバラになるかしているだろうと思っていましたから」

「そりゃ面倒なことになったねえ」

 

 上部だけでも同情して探りを入れようとしたのだが、「面倒? とんでもない」そう言ってフェンネルはゾクゾクするのを抑えられない感じに声を弾ませた。

 

「むしろ好都合です。どんな理由があろうと仕損じに変わりないですから。たっぷり甚振ってからこの手で握りつぶしてやりますよ」

 

 コイツが本気で言っているのは目を見れば分かる。プライドの塊のような男に喧嘩を売ったのがシャニーの運の尽きだが、そのままこの男が悦に入るのも何か癪だ。

 

「こちらも商売がかかってるからね。もたもたされると困るよ」

「承知しております」

 

 ラルプが言っていた〝しくじった〟部下はこの男なのだとルーチェは確信した。

 並々ならぬシャニーへの殺意。そして、彼の手にはめられたトパーズ。

 あれはデムピアス海賊団のボスの証。何度デムピアスに頼んでも譲ってもらえなかった代物だ。娘以外に渡すわけには行かぬ、と。

 それが今、娘のシャニーではなくフェンネルの指にあるとなれば、大体のことは予想がつく。

 ルーチェは無言のままそそくさと転移魔法でその場から消えてしまった。

 

 彼女の気配が消えた途端、フェンネルの顔には狡猾さが滲み出てきた。

 

「クククッ。ツルを棒に這わせた。あとはそのまま撒きつくように仕向けるだけ……」

 

 彼はルーチェの立っていた場所を睨みつけてその場を後にした。

 

「ラルプ様、偵察から戻り──ッ?!」

 

 戦艦へ戻った彼は、主に向かって頭を下げるや目が飛び出した。

 その指に光っているはずのアメジストがどこにもない。

 どこのガラス球か分からないようなデカブツに変わっていたのだ。

 

「ラルプ様、アメジストはどうなされたのですか? とてもお似合いでしたのに」

「ああ、ルーチェが持っていったぜ。それより見ろ、このダイアモンドを」

 

 自慢げにかざす彼の手には大きなダイアモンドが輝く。

 それはルーチェの言うとおり国宝級の大きさであり、品質に間違いはない。

 だが、それはただのダイアモンドだった。

 

(やれやれ。グレリア家まで赴く無駄が省けたと思っていたのですがねえ……)

 

 グレリア家は魔法都市スオミにある魔術師の名門家である。代々スオミに続く魔術師の家系で、その魔力によってスオミを守ってきた。

 最近では当主が亡くなり、跡取りのはずだった娘も家出状態。今は弟が切盛りをしている。

 そのグレリア家の家宝が件のアメジストであり、いまや宝石商ルーチェの手に渡ってしまった。

 しかし、邪魔者は消し、欲しいものは実力で奪い取る。彼にとってはやることは同じである。

 次の行動へ移るべく、彼は廊下をブーツで叩きながらいそいそと船長室を出て行った。




レピオンハンターと言えば船長ラルプ……かもしれないが、実際人気だったのはクレリックブレスを落としてくれるレックスとコーチだった気がする。
下手するとその二人と遊んで船長はスルーして帰るパーティもあったりして、
広い部屋を飾って料理も並べて朝からスタンバってるのに誰も来ない!と船長が寂しがっていたとかいないとか。
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