Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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アスク帝国は建国300年を迎えようとしていた。
帝都ルアスでは、それを祝う者達の往来で全てが飲み込まれていく。
そんな彩に踊る繁栄の町を、まるで虚無を見つめるように赤い眼光が見下ろしていた。


赤い死神

 その日、町は賑やかだった。

 いや、いつも賑やかであるが、今日の賑やかさはそんな比ではない。

 明日はアスク帝国の建国300年という記念すべき日なのだ。

 その首都ルアスの賑やかさたるや、朝を忘れ夜もないほどで、中心部は立ち止まることさえできないほど人で溢れており、溢れかえる人々の幸も不幸も、光や闇をも毎日すべて飲み込んでいく。

 名実共にマイソシア大陸の中心地であり、政治、商業、産業、そして交通……すべてにおける要所だ。

 また、古代文明の研究拠点があるのも、ここルアスである。神官らが専門チームを立ち上げ、調査に昼夜邁進している。

 

 周囲は堅牢な城壁が取り囲み、近代的で整然とした街の造りは、他都市にはない安住感を醸しだす。さらに王と城を守る騎士団の存在が、それを完全なるものとしている。

 騎士団長の下に絶対の上下関係と無尽蔵なる愛国心から成る強力な守り手の存在により、デムピアスやレピオンハンターといえども手を出せない絶対的な領域となっていた。

 そんな大国の節目──人々はその繁栄を祝福し、神々に対して感謝の意を表するために式典の準備に追われている真っ最中なのだ。

 

「けっ、平民共は気楽でいいぜ。俺達はどうせ警備で踊り子を拝むことも叶わねーっていうのによ」

 

 そんな喜びとは裏腹に、ここルアス城では中年の騎士がぼやいていた。

 騎士といえば、この世界で最強の力を持った者達。その精鋭部隊が守るルアス城は難攻不落として名高く、建国以来、一切の侵攻から国を守ってきた。

 

「そうぼやくなよ。それより厄介なのが、警備要員で新しく入団した連中の教育だろ。めんどくせえ」

「まったくだ。泣く子も黙るルアス騎士団に盾突く奴らなんかいねーっていうのに。ピルゲンの野郎も頭が悪いぜ。……にしても、新人共の人数がやたら少ないな。集合に遅れてくるとかどういう神経してんだか」

 

 騎士になるためには厳しい審査がある。実技あり、教養あり、そして騎士団長から直々に言い渡される試練。それら審査を通過した者だけが、騎士として国を守るプロフェッショナルとなる事ができる。……以前の基準では。

 

 今はそういった面倒くさい審査はほとんどない。

 以前までは、文官、武官。どちらも対等の発言力を有し、行き過ぎた支配が無いようになっていた。

 一応、憲法的には文官が優位となる文面ではあるが、騎士団の勢力拡大は予想以上のものがあった。

 それでも、武官トップであるルアス王宮騎士団長が大所帯をまとめることで均衡は保たれてきた。

 

 しかし、2年前からその均衡は突然に破られることになる。

 軍部の拡大を恐れていた宰相ピルゲンは、憲法を盾に文官主体の政治を行い始めたのだ。

 これに対し軍部は何も言わなかった──もとい、何も言えなかった。ピルゲンは、病に臥した国王から一切の政務の代行権限を賜っていたのだ。

 事実上、武は官の指示の下でしか動けなくなった。

 それでも、国が大きくなるに連れて、国防人員も大量に必要となってくるのは避けられない。今の文官が設けた基準では、軽い実技試験と、宰相のピルゲンの承認印させあれば、それで試験は終了だ。

 文官であるピルゲンが軍部の委細まで知るはずもなく、書類審査など捺印作業に過ぎない。

 

「へっへ。これで今日からタダ飯にありつけるって訳だ。いい身分だぜ」

 

 ここにも、そんなずさんな審査基準によって易々入団できた幸せ者がいた。

 山賊あがりの彼は、うだつのあがらない生活に嫌気が差していた。そんな時、彼は街にあった張り紙を偶然にも見つけたのだ。騎士転職希望者募集──文官が作ったなんとも軽いフレーズのものだった。

 腕っ節には自信のあった彼は、難なく実技試験を合格。書類審査も経歴を偽った。

 

「ちっ、無駄に広いな。ま、昼寝するにはおあつらえ向きか」

 

 どうやら慣れない城の中で迷ったらしい。

 彼は城の東側にある、街を一望できる物置部屋の前までたどり着いた。

 

「キミ、見かけない顔だね。新人さんかな?」

 

 行き止まりだと思って振り向いたその時、若くも身構えさせるような声が彼を挑発しにかかった。

 今までキミ呼ばわりなどされたことのない野卑な男は、何事かと部屋を覗き込む。

 

「ッ!」

 

 その途端だった。突然彼の顔に何か固いものがぶち当たり、部屋の壁に吹き飛ばされて叩きつけられた。

 状況を理解できぬまま見上げれば、彼より遥かに若い騎士が、スピアを持って男を睥睨しているではないか。

 

「てめえ……」

 

 睨み返すものの、男はそれ以上に言葉が出てこない。ウルフカットの赤髪は触れるなと主張するかのようで、長い前髪の隙間から貫く目つきは、ぞっとするくらい赤く光る。

 

「ああ、キミ、ちょうどいい。練習台になってくれないかな?」

 

 城の東を走る回廊沿いには、あまり重要なポイントが存在しない。

 ギルド長らの集う会議室も、国営の図書館も、そして国益を司る財務や施政関係省庁もすべて城の西側にある。例に漏れず、騎士団の詰所があるのも城の西側だ。

 東側が大きく空いている事には諸説存在するが、やはり、かつてセオ神が光臨したとされるミルレスに少しでも近い場所で、国政に参与したいという宗教的なものが強いのだろうか。

 言うまでもなく、人の流れは城の西側に集中し、東側へ好んで向かう来訪者などまずいない。

 国の関係者であっても、知っている者であれば東側の回廊へ出向こうなどとは考えもしないのではないだろうか。

 なかんずく、例え用事があったとしても、今男がいる倉庫へと続く袋道は避けて通るほどだ。

 理由はただ一つ。どうにも手に負えない偏執者がそこを支配しているからだ。

 

「このガキめ、先輩面できるタマかよ!」

 

 ようやく勢いを取り戻した男は、立ち上がって少年騎士を見下ろした。

 だが、偏執者と言って誰も近づかないような少年騎士が、その程度のすごみですくむはずもない。

 見た目すらっとしながらも近寄り難い威圧感を放ち、獲物を待ち構えていたかのように、隼の如き眼光を前髪の後ろから光らせる。

 彼は指にはめた指輪にそっと口付けしてみせると、その手先からは紫電が走り、握った拳に力が入る。

 

「気に入らないね。その呼び方」

 

 嫌悪をもよおす稲妻の音と光が、少年の手先から槍の先端までほとばしっていく。

 異様な光景を眼のあたりにして、たじろいたのは体格の遥かに勝る男のほうだった。

 

 ──!!! 

 

 しばらくして、恐ろしいほどの轟音と地響きがルアス城を駆け巡った。

 会議をしていたギルド長らや文官も、そして城の外で明日の警備について打ち合わせをしていた騎士たちも。誰もがその異常を感じとり慌てふためいた。

 さきほどぼやいていた中年騎士が慌てて東に目をやると、倉庫の窓から今日も黒煙が上がっていた。

 この広いルアス城の西側にいても聞こえてくるような東からの轟音など、たいてい()()だ。

 彼らは新人たちをほっぽりだして、心ならずも東の回廊を駆け抜ける。

 

「ヴァン! 貴様、何をやっているんだ!」

 

 ヴァンと呼ばれた少年騎士は、呼んだ主を後目できっと睨みつけた。

 その視線にうっと後ずさりする騎士たちだが、ヴァンの足元には、今日入隊したばかりの新人騎士が黒焦げになって倒れているではないか。

 どうやら騎士の中でも最高位の実力者でしか扱うことの出来ないはずの奥義──ライトニングスピアをヴァンが放ったようである。

 今でも槍とそれを握るヴァンの手からは蒼白い稲光が走っており、その強力さの片鱗を見せ付ける。

 それでも、こんな部屋を吹き飛ばすほどの破壊力などありえない。その場に駆けつけた騎士は、一人残らず息を呑んで青ざめている。

 

「オレは、騎士の素質を微塵にも感じられないヤツに少しヤキを入れてあげただけだよ」

「お前が言える台詞か! そろそろいい加減にしないと!」

 

 そこまで騎士が忠告した時、目つきの変わったヴァンは槍を左手に持ち替えると、右の拳をそっと相手の騎士の胸元へ置いた。

 何事かと口を閉ざした騎士の顔を見て不敵な笑みをこぼすと、右手に気を集中させた。

 

「ぐわああっ」

 

 騎士の体に強烈な電撃が流れ、周りが閃光に包まれる。

 ヴァンはすぐに拳を騎士から離して電撃から開放してやるが、騎士の意識は飛んでいた。

 

「オレに命令していいのは団長だけだ。こんな奴を騎士として受け入れるなら、キミも同罪だね」

 

 残った騎士たちを目で恫喝し、倒れた二人を抱えて彼らがその場を立ち去っていくのを確認すると、ヴァンはいつもどおり、倉庫の窓縁に座って賑やかな街を見下ろしはじめた。




ルアスと言えば……やっぱり冒険の中心地って感じでしょうか。
とにかく広い町は、ただ歩いているだけで多くのプレイヤーとすれ違い、MMOをやってるんだって実感を味わうことが出来ました。
他の町と一線を画す露店群は今思い出しても圧巻です。
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