Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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オレはとにかくムカついていた。
もう無い、何も無い、何処にも無い。一体、何処に何があるって言うんだ……。
それを探すようオレを立たせた、この地獄の中でのたった一つの居場所から去ってしまったアイツに、どんな顔を向ければいいんだ?

※今回はヴァンの一人称で進みます


灰色の空

「ヴァン! 貴様は、何をしにこの騎士団に入った。自身を国に優先するなら、俺に殺されないうちに帰れ!」

 

 今でもこびりついて離れない怒声。何百回叱られ、その都度何百回殴られただろう。

 オレは街並みを眺めながら、(ヤツ)のことを思い出していた。

 やたらと厳しい師匠だった。だが、ヤツだけだ。いまだかつて、オレが話を聞いてもいいと思った人間は。

 

「勝ち逃げは……許さない」

 

──…………

 眼を覚ましてもげんなりするだけだ。ハリボテみたいな青い空が灰色の壁の間から顔を覗かせ、周りを見渡しても、いつもどおりに薄暗くゴミや瓦礫が散乱する路地。

 昨日と何も変わってはいない。荒み尽くし乾ききった、無味無臭な灰色の生活が今日も始まる。

 生きることに価値など感じなかった。自分で何か価値を決め付けてやらなければ……できればこんなところ(・・・・・・)にはいないが。

 しばらく何をするでもなく、寝床の壊れたソファの上に座ってみる。

 もう頭も錆びついて壊れちまったのか、何も考えは湧いてこない。ただ、ひたすら今にイライラが膨らむだけ。何にイラついているかは知らん。とにかく、全部腹立たしい。

 

「おい、ヴァン。朝飯を調達しに行こうぜ」

 

 オレが起きているのを見つけて顔見知りが声をかけてきた。……ウザイ。群れるしかできないザコども。コイツの魂胆など知れている。

 

「キミたちだけで行きなよ。あいにく、腹も減っていないんだ」

 

 再び眼をつぶって時間を過ごそうとしていたら、腕を引っ張ってきた。

 

「まぁまぁ、お前がいると楽なんだよ。助けると思って、な? それとも役人が怖いのか?」

 

 いちいち気に入らない。役人が怖いかだと? そうか、そんな思い上がりは分からせてやるしかない。日和ってんのは、何もしない役人ども相手に群れるしかないキミらだってな──!!

 

「ごわっ?!」

「しつこい人間はキライだね。オレはやりたければ一人でやる。役人? オレはあんな奴らは大嫌いだよ」

 

 銅剣で一閃してやっただけで吹き飛ぶんなら最初から虚勢を張るな。錆びてる分、傷口はどうしようもないが、死ぬよりマシと思うんだね。

 銅剣を立てかけ、また灰色ですらない濁った世界に戻る。

 まあ、戻れるはずもないか。この世界の連中がそのまま黙って引き下がるわけが無い。ぞろぞろと飢えた犬……いや、とっくに死んでるくせに死にきれないゾンビみたいな連中が集まってきた。

 ケンカは嫌いじゃない。少なくとも、濁った世界を眺めさせられ続ける悪夢からは抜け出せる。何より──

 

「群れるしか能のないキミらみたいな連中は目障りだよ。オレを阻むなら覚悟はできてるのかな?」

「ヴァンッ、てめえこそ目障りだ!! 俺らに楯突いたことを死んで詫びやがれ!」

 

 ルアスを繁栄の中心地と吹聴するヤツらばかりで辟易する。ここ(スラム)の存在なんかどいつもこいつも見て見ぬ振り。

 お偉いさんの勝手な思いつきで引っ掻き回されて、ついていけない者は世界から弾き出される。

 周りから存在を否定された者たちが馴れ合う場所、それがスラムと言うわけさ。

 ここにあるのは謀略と怨恨。嘘と暴力。そして、空虚で無限の時間。希望? 食料にもならないそんな作り話に価値なんかあると思うかい?

 オレも当時、そんな世界の住人の一人だった。心にあるものは空虚そのもの。無──何もないという、それそのものが心を形作っていた。

 だから、喧嘩だろうと窃盗だろうと、心と時間を埋めてくれるものなら何でもやった。

 

「俺ら……ね。群れるザコに用はないよ」

 

 でも、きょうは別に暇つぶししたいわけじゃない。むしろ逆だ。楽しむ時間なんかないし、さっさと済ませるとしよう。

 

「減らず口もそこまでだ! ぶっ殺してやる!」

「フン。どうしてもと言うなら……──潰してあげよう!!」

 

 この袋小路に集まるにはあまりに数が多い喧嘩だが、待ち人が来るまでに片付けなければならない。

 右手に銅剣を握りしめ、オレは不良どもの群れに突っ込んだ。

 

◆◆

「やれやれ。またお前はケンカなんかしていたのか。しょうもないヤツだ」

 

 頼んでもいないのに手当して、挙句に説教を垂れるとかどんな暇人なんだ。

 オレの横には威勢のいいオッサンが座っている。自称詩人でひらひらとふざけた服を着ているが、背は高く筋骨隆々としていて、それだけで襲われにくそうな得なガタイをしている。

 しばらくスラムの様子をヤツは眺めていた。

 ヤツは不思議な男だった。考えてみろ、汚物を見るような目でスラムを蔑んで近づく者さえ稀なのに、このオッサンはいつも堂々と入ってきては、こうしてオレらと過ごしている。頭のねじがぶっ飛んでいるとしか思えない。

 

「相変わらず仏頂面なやつだな。ほれ、これでも喰え」

 

 そしたら今度は急にパンを差し出してくる。偶然を装っているつもりだろうが、はなから寄越すために持ってきたに決まっている。

 パンには興味はないが、ヤツの指に通る変わった指輪は今も記憶に残っている。どこまでも澄んで空以上に清々しい青は、スラムの淀みきった黎に呑まれず輝いていた。

 

「……悪いけど、施しは受けないのがオレの流儀でね」

「やれやれ、毒なんか盛ってないんだがな」

「それは知ってるさ。オレに盛ったところで意味ないしな」

 

 すぐ諦めたか、ヤツは横にパンを置いてまたスラムの様子を眺め始めた。どれだけ眺めたら気が済む……と言うより、そんなに見るものなんか無いだろう。

 

「キミ、狙いはなんだ。なぜ、こんなところに来るんだ?」

「ははは。俺は吟唱詩人だからな。仕事がなきゃどこだろうと暇が潰せればそれでいいんだ」

 

 暇つぶし……帰れる場所がある連中は気楽なものだ。こっちは生きる証明代わりだと言うのに。

 ヤツはすくっと立ったと思いきや、背後に振り向いて壁を眺める。

 壁はただの画用紙だ。色とりどりの落書きが、他者を押しやるように縦横無尽に駆け抜ける。

 スラムに生きる連中がその場のノリで描いただけだし、 理解しようなんてムダさ。連中にとっては、自らが作り出した形あるものが自分以外にあれば、“ただ存在する”だけでも十分なんだしな。

 

「お、まだあるんだな」

 

 ぽんぽんと壁を叩いてみせる男の手先には、最近の絵に隠れて注視しなければ見えないほどにくすんだ絵があった。

 物心ついた頃からオレはここにいるけど、そのときから既にその絵はここで生きていた。

 

「ははは、下手な絵だ。こいつは俺がお前ぐらいの時に書いたものだ。いやぁ、懐かしいものだ」

 

 息を吐くようにサラッと言ってくれたが、心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走った。

 

「キミも、ここで生活していたのか?」

「まぁな。今じゃこんなおっさんだが、俺にもお前ぐらいの年の時代があったんだ」

 

 最初に出会ったときは、オレはこの男を排除しにかかった。退屈だったから、ただそれだけ。

 ここの連中は群れて覇権を競うとかママごとばかり。そんな下らない馴れ合いは虫唾が走るし、指図してオレの行手を阻むヤツは潰したくなる。なら、全員敵の方が面白い──そう思わないかい?

 対立する人間は、力でねじ伏せる。それが、スラムの掟。

 気に入らない人間は、四の五の言えなくなるまで叩き潰す。それが、オレの流儀。

 でも、オレは完膚なきにまで叩きのめされた。一発も浴びせられないまま……。次に眼を覚ましたオレがいた場所が、今いるこの場所だった。別に、だからと言ってここをねぐらにしている訳じゃない。袋小路で誰も来なくてせいせいするだけさ。

 ……プライドを砕かれた。今まで、負けなんか知らなかったオレが喫した初めての負けは完敗。

 

「森中の(ディド)、大界を知らず。まさにお前のことだ」

 

 動けなくなるまでにやられた体では、説教を避けることも出来ない。

 むろん、聞く気などなかったが、男の言葉はどうも耳に染み込んでくる。自分が考えている事が、どうしてこうも分かるのかと不思議だった。

 それ以来、ヤツはちょくちょく現れては、オレも構ってやるようになっていた。

 まぁ、ヤツはオレを特別扱いしてたわけじゃない。後から知った話だが、ヤツはオレだけじゃなくて、スラムの連中ともよく話をしていたらしい。

 彼らにとっては、スラム育ちでスラムから外の世界へ飛び出した兄貴のような存在だったんだろうな。

 おまけに、ヤツは恐ろしいほど強かった。ザコが束でかかっても指一本触れることは出来なかった。どれだけが相手でも無傷なんだ。もう、戦神としか──

 

「ん?」

 

 オレとしたことが。まさか遅れをとるなんて。

 周りには、大勢の半グレどもが武器を持って取り囲んでいた。

 ちょっと……いや、なかなかにアガるじゃないか。

 あいつらは不良で済むハンパ者じゃない。キメているのは当たり前。略奪でも殺戮でもなんでもアリの、ここらを牛耳るギャングスターだ。

 狭い路地が男で寿司詰め……隣のオッサンといい、コイツらといい、人の静かな時間に土足で乗り込んできて本当にウザい。

 オッサンは笛を懐にしまうと、頭に載せていた羽帽子をソファの上に置く。

 

「おおっと。こんなに大勢集まっちゃって、VIP待遇だな」

「毎日毎日よそ者がうろちょろと。少々ヤキを入れてやるぜ。詩人さんよ」

 

 そんなことは口実に過ぎない。金目のものが目当てに決まっている。

 オッサンは傍にあった鉄パイプを拾うと、肩に載せて前に出た。ムカつくことに、ヤツはオレにも立つように目で促してきた。指図するな──

 

「おい、ヴァン。お前は生きたいか、それとも生かされたいか? 選べ」

 

 ついついヤツを睨んだのが間違いだったよ。

 いつものムカつくくらい飄々とした顔はそこにはない。ヤツの視線は、まっすぐオレの横に立てかけてある錆びた銅剣に向けられていた。

 いつもはイキって弱みを見せまいとする不良どもですら、ギャング相手にはへつらうしかない。ヘタにギャングに目をつけられれば、スラムで生きていくことは愚か、命すら危うい。

 もちろん、オレに迷いなど無かった。生きる価値を見出せないのに、命がどうだと恐怖する訳ないだろ? 

 あるのは、珍しく色がある時間を阻んだムカつきだけ。銅剣を握ってオッサンの横に立つ。

 

「ヴァンッ、調子に乗るなよ。お前なんぞ俺達が本気を出せば!」

「なんだ? 群れなきゃ何もできねぇのか? 貴様ら、それでも男か!」

 

 オッサンの啖呵を皮切りに、オレたちは飛び出した。まわりには、数十人に囲まれた兄貴を不安そうに 見つめる不良どもが横目に入る。

 別に奴らのためじゃない。だが、奴らの恐怖は三十分後には歓喜に変わっていた。

 オッサンは転がっていた鉄パイプ一本で、ギャングスターすべてを倒してみせたんだ。もちろん、無傷で。

 それどころか、ヤツはそのままギャングのアジトまで殴りこみ、根絶やしにしてしまったのだ。

 通報を受けて来たらしい、鎧をまとった男達がギャングスター達を連行していくその目、それが白黒していたのをはっきり覚えている。

 

「また騎士か……。オレは嫌いだ」

「ああ、王宮騎士団だな。国の治安と平和、そして豊かな生活を守っているんだ」

 

 騎士。そう、国の為に弱者を守る立場にある者達──と言うのが奴らの大義名分だ。

 実際は、アイツらがスラムに来るときは、大抵薬物取引の摘発か不良少年の補導ぐらいだった。

 何か良くしてもらった覚えなど一切ない。あるのは……ムカつきだけ。

 

「ふん、豊かな生活ね。奴らが何してくれたって言うんだ。国がしっかりしないから、オレ達のような奴が出て来るのによ。デカい顔をしてくれるもんだ」

 

 聞いたこともない脳を揺さぶる鈍い音が、まさかオレ自身からのものだった──そう分かったのは、世界が宙へ飛び痛みに全身が痺れ始めた後だった。

 地面を舐める視界にはぎょっとする騎士達がおり、彼らの視線を追うと、固く握られた詩人の拳が振りぬかれていた。

 オレは……殴られたのか? まさか……コイツに?

 

「いいか、ヴァン。誰かに何かしてもらおうなどと思うな。どうにかしたければ自分でなんとかしろ。それが男だ」

 

 サシで拳を通したことはなかった。口元の血は屈辱以外の何者でもない。おまけに説教まで垂れるとは……いや、いつものオッサンとは顔つきも声質もまるで違う。何なんだ、この威圧感は……。

 

「オレに……何ができるんだ」

「だから俺は聞いたはずだ。生きたいか、生かされたいか」

「オレは──」

 

 そこへ騎士が走りこんできた。その眼は明らかに焦っていた。

 

「団長! またお一人でこのようなところに! そのような格好でなにをされているのですか!」

 

 いま、この騎士はなんて言った? 団長……確かにそう言っただろ? 団長……騎士のトップ、つまり、群れてデカい顔で偉そぶるムカつく連中の……ボスだと?

 オレは、オレは……そんなヤツに……。

 気づけばヤツを睨んでいて、ヤツはばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「お前……騎士だったのか」

「……そうだ。この格好もなかなか似合って……」

「帰れ。オレは役人は嫌いだ。口と建前だけで、何もしない奴のことなど誰が信用できる!」

 

 オレ自身もびっくりするほどの大声が出て、跡がつきそうなくらい銅剣を握りしめて構えた。

 そんな啖呵を切りながら無様なものさ。剣を電光石火の勢いで跳ね飛ばすと、ヤツは再びオレを殴り飛ばした。

 

「生きる覚悟もないこわっぱめ、そこまで言うなら覚悟を見せてみろ! 生かされるのではない、自らの足で歩む覚悟を!」

 

 その日、オレはスラムを去った。その後、ギャングの勢力も大幅に沈静化したらしい。

 後から聞いた話によれば、ギャングの一斉排除の為の潜入捜査が同時期に行われていたとのこと。

 団長(アイツ)がそこを訪れていたのも、その捜査の一環だったに違いない。

 それを裏付けるように、彼もまたスラムに姿を見せなくなっていたようだ。

 不良どもは傷ついただろうな。アニキと慕う人間が、自分達を情報収集のために利用していただけだったなんてな。

 彼らにとっては、いつまでも自分は被害者なんだよ。

 

──……

 思い出はつむじ風に吹き飛ばされ、オレは現実へと引き戻された。

 窓から吹き込んでくる風が、立てかけてある槍にいたずらして音を立てる。時計を見下ろすと昼過ぎとなっていた。

 

「ふん、回顧なんてオレとした事が」

 

 大嫌いだと罵った騎士に、今オレが就いている。

 今、オレが昔の自分に出会ったら、半殺しでは済まさないだろうね。

 指にはめた指輪を、天高く昇った太陽にかざして見つめてみる。

 師からもらった指輪──ライトニングリングは、今日もすばらしい輝きを放っていた。

 師の騎士団長はオレの才能を見抜き、さまざまな技を伝授していた。

 でもそれはおまけだ。師がオレに叩き込んだのは、その精神に他ならない。

 騎士と言うことだけに留まらない。人間としての根本を、荒んだ生活のなかで学べなかった分、徹底的に。

 でも……、今オレには、縛る者も、指導してくれる者もいない。もう、生かしてくれる者はいない。

 ──自分の足で生きろ、覚悟を決めて自分の道は自分で切り拓け。

 指輪が師の言葉を伝えてくる。手先を見つめてみた。

 師の教えを忠実に守ってきた。だけど、今でも見つからない。何の為に、国を守るのか。誰の為に、オレは生きているのか。

 別に国を守ろうなどという愛国心から騎士になったわけではないし、今でも騎士は嫌いだ。

 それ自体を師に叱られたことはなかったが、心より技に走ったときは必ず叱られた。それが、最初の怒鳴り声だよ。

 

 さあ、散歩の時間だ。

 このムカつきは、他ならぬオレ自身へのものだ。いまだに彷徨い続けるオレ自身の覚悟の無さに。

 オレはソファから立ち上がって腰に剣を挿し、倉庫を出た。

 今日も答えを探すために。




騎士って、ゲーム中の説明では戦士の中でも最高峰の者が集まった世界の精鋭って感じでしたな。
実際は何つーか、うん、確かに硬いんだけどね。固い!強い!遅い!な某ア○ダンほどの存在感があったかっつーと……。
すいません、騎士メインだった方に大変失礼な言い方になってしまったかもしれません。
ただ、私には騎士は扱いきれなかった。。ブラストアッシュを65にするだけで力尽きたのであります!
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